大会プロローグSS

 いくつものフラッシュライトが白い花のように開き、その記者会見は始まった。

「本日皆様に集まっていただいたのは——『魔人闘宴劇』の開催を宣言するためです」

 細身のスーツに身を包んだ、年齢のわりに隙のない様子の若い男は、あくまでにこやかにそう告げる。
 最強の存在を決めるためのトーナメント。それが、日本でも有数の企業集合体である「亜門グループ」の若き代表取締役社長、亜門洸太郎による提案であり、意欲的な挑戦状だった。

「参加資格は無制限。そして優勝者への賞品は……『願いを叶える権利』だ」

 どよめきが辺りを支配した。ひとりの記者が、性急に質問をする。

「それは、どんな範囲の願いでも、ということでしょうか?」

「はい。我々には誰のどのような願いであろうと、叶える用意があります」

 まさか、そんなことができるとは思えない。場に流れるそんなムードを読んだのだろう。洸太郎は改めてこう言った。

「なるほど、信じられないのも無理はありません。では、わかりやすい形のトロフィーも用意しましょう。こちらはどうか。『願いを叶える権利』に加え、さらに日本円で五十億」

 もはやそこにあるのはどよめきどころではなかった。マスコミ各位は混乱し、口々に質問を飛ばす。五十億円——あまりに莫大なその金額は、いかにあの亜門グループといえども、容易に提示することのできるものではない。

 おかしくなったんじゃないのか、あの若社長。
 誰かがつぶやいた。だが、その光はあまりに強く。

 日本はその瞬間、カメラ越しに、確かに彼ひとりを見つめていた。


■ ■ ■ ■


『会見、見たよ。すごいね! 魔人闘宴劇?だっけ。本当に開いてくれるんだ!』

 液晶画面上に、顔の形にくり抜かれたカボチャ——ジャック・オー・ランタンのアイコン画像と吹き出し、そしてテキストが表示される。洸太郎はネクタイを解いた姿で、私室のPCと向かい合っていた。昼間行われた会見の反響は十分以上。質問攻めには閉口したが、世間の耳目は集めたろう。

「約束したからな」

 こちらもキーボードでテキストを打ち込む。相手は彼の十年来の友人であり、ある意味亜門グループ最大の取引相手であり……一度も直接顔を合わせたことはない相手だ。

『最強の存在、それってきっとすごく面白いよね。わくわくするよ』

 カボチャアイコンの下には『ラプタ』と名前がある。これはあくまでハンドルネームであり、本名は洸太郎も知らない。相手のプライベートに関する情報は、ひとつも持っていない。常に子供じみた文体だが、年齢がいくつなのかも知れたことではない。

 十年前だ。ただの学生だった洸太郎の前に、インターネットを通じて突然コンタクトを仕掛けてきた存在。それがラプタだった。

(やあ、僕ラプタ。僕を面白がらせてくれたら、君の願いを叶えてあげる!)

 そんな申し出に、何も持たない十六歳の洸太郎はふらふらと乗った。その日、片思い相手にひどいフラれ方をした話を切々と語った洸太郎は、次の日には突然心変わりをした同じ女子と付き合い始めることとなる。それが始まり。

 魔人能力『細やかな賞賛(プライヴェイト・リワード)』。ラプタ当人が心から面白いと思った相手の願いを叶えることができる。この取引相手が明かした当人の情報といえば、それくらいだ。

 彼は、それからもラプタの興味を引くようなことはなんでもやってのけた。南極点、北極点、グリーンランド氷床の3箇所をスキーで踏破する『ポーラー・ハットトリック』の記録更新。自力で授業料を稼いでのMIT入学、そして卒業。チベットでの修行の日々。いつも唐突に連絡をよこすラプタは、何度も画面の向こうで笑い転げているようだった。代わりに彼は富を、権力を、人脈を、運を、友情を、愛を、全てを手に入れ続け——そうして亜門グループを創設、今に至る。

「そう、絶対に面白い。だから、もう一度確認だ。優勝者には君の魔人能力を使って願いを叶えてほしいんだ」

『本当に面白かったら、そりゃもちろん叶えてあげるよ。良かった。最近洸太郎もあんまり楽しい話してくれないからさあ。つまんなくて』

 亜門洸太郎は静かに笑みを浮かべる。彼にはもう——ネタがない。非魔人である洸太郎の能力の伸びしろなどたかが知れている。ラプタをこれ以上満足させ、より高みを目指すことなど、今後はできそうにない。それが、彼が出した残酷な結論だった。

『それにしても五十億? 大きく出たねー。会社ヤバいんじゃないの?』

「そうだなあ」

 亜門グループは、この大会終了後、速やかに解散するだろう。後悔はない。既に根回しは済ませてある。ラプタへの恨みなどもない。身に余る栄華をくれた、それだけで十分。

 ただ、彼はこの友人と、最後に笑って別れたかった。全てはそのために用意した器。

「まあいいさ。物凄い大会にしてやろう。日本中を巻き込んで、めちゃめちゃに面白いものを見せてやるよ、ラプタ」

『うひょー! 楽しみ!』

 カボチャのアイコンはどこかはしゃいで見えた。洸太郎も親指を立てる絵文字を送り、テキストチャットを終了した。


 高層マンションの部屋から眺める都会の夜空は、晴れてもどこか寂しく、暗い。洸太郎は椅子の背もたれに寄りかかり、疲労した目を閉じる。


 あのしけた空に大きく綺麗な、きらきら光る花火を打ち上げるんだ。

 すぐに流れて儚く消えてしまっても、きっとそれは、どこかに焦げ跡を残すはずだから。



 それは、ひとりの男の友情の明かりと、人生の短いきらめきと、そしてただのごくごく軽い自己満足。

 ——魔人闘宴劇、開演。
最終更新:2018年06月10日 18:25