プロローグ(万願寺レイシャ)
私には願いがある。絶対に叶えたい、願いが。
4歳の頃にはその思いが芽生えていて、気が付いた時には行動していた。
他者の願いを叶えられる魔人能力者は、僅かながらだが存在している。
彼らとの接触手段として、私はお金を稼ぎ続けた。
けれど、どんな大金を支払っても、誰一人として、私の願いを叶えることは出来なかった。
だから、私は賭けようと思う。
「言ったな、亜門洸太郎」
この大会に──この戦いに、全てを。
「どのような願いであろうと、と。確かに、言ったな……!」
私には願いがある。絶対に叶えたい、願いが。
そのためならば何だってして、必ずこの戦いを勝ち残ってやる。
必ず。
■
「ここが魔人闘宴劇会場かあ~!」
広大なドームに、声が響いた。
周囲には個性的な面々がぎっしりと集まっている。見るからに魔人だとわかる者達が。
そう、ここは魔人闘宴劇会場!地の文が言うんだから間違いない!
「くっどいつも猛者ばかりだぜ……生き残れるかな、今から始まる予選選考」
そんな感じで愚民モブ共がざわざわとしている時。
突如煙幕が台上を満たし、その中にシルエットが浮かび上がる!
それは主催、亜門洸太郎の姿!イケメンだ。
「皆様、ご集まり頂きありがとうございます」
洸太郎の登場を受けて、歓声が会場を満たす!
そう……始まるのだ!魔人闘宴劇が!
「ここに、開幕を宣言します!
ただし……
貴様らの葬式のだがなぁぁーーーッ!!!!」
刹那──会場の全面から大量の機関銃が出現!
BRATATATATA!一斉に掃射が始まり、辺りは阿鼻叫喚の地獄と化す!
「ギャァァーーッ!?」
どうしたんだ!乱心したのか亜門洸太郎!
「この……クソ野郎がぁッ!」
しかし、魔人の群れを機関銃だけで抑えられるわけがない!台上に到達した一人が亜門洸太郎の体を真っ二つに切断する!おお、死んでしまったのか亜門洸太郎!いや……見よ!
『ソッ葬式ノダガナ……ピガッ』
「何だこりゃ、ロボじゃねえか!」
亜門洸太郎の……ロボ!一体どういうことなんだ!?誰か説明してくれ!
「本物の亜門洸太郎じゃないだと!?まさか、ここは魔人闘宴劇会場ではないのか!?」
なんだって、ここは魔人闘宴劇会場ではない!?
「どうなってやがる!」
ざわめきに満たされる会場……しかし、惨劇はこれだけでは終わらないというのか!
「グアアーーッ!?」
ドゴン!鈍く爆発音が響き渡り、残っていた魔人達が炎に包まれる!
床一面に仕込まれていた地雷が作動したのだ!ここは灼熱の葬式会場!
やがて膨大な衝撃が伝播し、ドーム自体がボロボロと崩落する。
しかし瓦礫の山の中、立ち上がる影が幾つかあった。
恐るべき魔人耐久力の持ち主達だ!
「ハァッハァッ……誰だ仕掛け人は!」
(しかし妙だ。あんなに喰らったのに血が出てない。なのに、体のあちこちが動かねえ!けど、一先ずは安心か……?)
瓦礫の上にいる誰もが思っていた。自分達は生き残ったのだ。建物が壊れた今、もう攻撃は来ない、と。
しかし、そうではなかった。
ひゅう、と。風を切る音が響いた。
続いて網膜を焼き切るほどの光が、立っている者達へ降り注いだ。
そうして、動く者は誰もいなくなった。
■ は~いこの辺りで地の文シリアス役に交代しま~す! ■
「終わった、か」
高度千mの上空。戦闘機の中で、金髪彗眼の幼き少女……万願寺レイシャは呟いていた。
(電波ジャックにより偽の予選情報を放送、巨大ドームの借用、特注亜門洸太郎ロボ、大量の機関銃と地雷の設置、そして戦闘機に対魔人用弾……可能な限りの用意をした。魔人闘宴劇の選考人数を減らす用意を)
魔人闘宴劇の本戦に参加できるのはたったの16人。世界規模の戦いでありながらそれだけだ。
故に、参加者を減らさなくてはならない。自身が選考に残る確率をあげるために。
「勝つぞ。私は勝つ。全世界に核爆弾を落としてでも、私は勝つんだ!」
確かめるように呟いて、機体を下降させていく。
未だ爆煙の籠もる大地の元へ。
■
先刻まであったはずのドームは跡形もない。砂礫の山と魔人達が転がっているだけだ。
しかしあれだけの衝撃があったにも関わらず、魔人達の体には傷一つ無い。
これこそ万願寺レイシャの能力『我が道に屍は要らずノーティアーズ・デイ』。彼女の攻撃によってダメージは生じず、死者は出ない。停止するだけとなる。
しかし彼らの表情に苦悶は無くとも、無念さは滲んでいた。
そうだろう。誰もに願いがあったはずだ。戦いに参加する、動機が。
「……すまない」
ブロロ、と。重い沈黙を破る音があった。一機のヘリが煙を晴らしながら着陸し、スーツ姿の男が降り立った。
「レイシャ様。この鳴金ヨシトが新しい弾を届けに到着しました」
「ご苦労。停止した魔人達の救助・輸送も頼んだぞ、ヨシト。大会が終わるまでは目覚めないだろう」
「ハイ!お任せくださいませ。キチンとやり遂げますよ。……だからッ!例のブツを!早くゥ!」
「……仕方のない奴だ!ほれ!」
「ヒヒッ!イ~ヒヒィヒャックゥ~ン。ベロベロベロ……」
ヨシトと呼ばれた男は、レイシャから金を投げ渡されるとそれを一心不乱に舐め始めた!明らかな狂人!
(鳴金ヨシト。有能だが、現金の即支給によってしか動かない男。……こんな小娘についてきてくれるのは、こいつとサンプル正義マン達ぐらいだけだ。私が負けたら、会社も必ず瓦解する)
自身の能力を活かし発展した万願寺コーポレーションだが、ここまで金を稼げてきたのは奇跡だった。
奇跡は二度もない。だから絶対に勝つ。飛び散るきったない涎を見ながら、万願寺レイシャは何度も決意を固めた。あっ涎掛かった。レイシャは泣きそうになった。
■
涎を拭いて、再装填を終えた後、万願寺レイシャは戦闘機に乗り込んだ。
偽の予選会場は一つではない。やるべき仕事が、まだ残っている。
「……」
これらの行いに意味はあるのか?必要になる多大な費用は本戦に回すべきなのでは?
負ければ一文無しになるだろう。被害者達には必ず恨まれるはずだ。
機内へ入った途端、栓が抜けたように不安が溢れてくる。
けれど決めたのだ。全力を尽くし、何としてでも優勝すると。
「私には、願いがあるんだ」
──また彼女は爆撃する。この戦いで勝ち残るために。