『正義から逃げる』

「あーどういうこと? 俺っちこれから進道ソラのライブコンサートに行かないといけないんだけど、ソラちゃんに渡されたこのチケットが無駄になっちゃうじゃないか? 頼むからそこをどいてくれ、急いでんだ」

「ここは通さない!」

 私に前にいるチケットをヒラヒラと見せびらかすようにニヤニヤと笑っているのは稲葉白兎、指名手配犯だ。

 頭にはカチューシャ、白いシャツに腰にはピンクのウエストポーチをしてチャラチャラした印象を受ける。ニヤ付いた顔がなんかむかつく。

「いやいやどうしてよ、俺っち何かした? 俺っちほど今日まで一生懸命生きてきた優良な人間はいないぜ、たのむよ今日はソラちゃんの新曲が発表されるんだ、ファンとしてこれを見逃せないワケよ」

「そんな事、私の知った事か!!」

 私は腕を組んだまま、前の男に怒鳴る。
 稲葉白兎は“逃走王”と呼ばれる大泥棒……でアイドルオタク? この男に盗まれて苦しんだ人は沢山いるはず。だったら私が捕まえないと、“ラクリノ”を探す為に街を見て周っていたのだけれど思わぬ収穫、人通りもない、この路地裏で絶対に決める。なぜなら。

「私が正義だ!!」

 私は構える、この狭い路地裏ならば私の能力が有利に働く、絶対に逃がしはしない。

「へぇ正義ねぇでかい事いうもんだ、だけどな俺っちにも譲れないモノってのがあるんだ、遅刻は絶対にできないからな、言っても聞いてくれないみたいだし……行くぜ“正義の嬢ちゃん”」

 その瞬間、稲葉の目が赤く光る。

 私は構わずに手を伸ばす。

「“ハンドレッドハンド”ぉ!!」

 無数に伸びた私の赤い半透明の手は稲葉に向かっていく、完全に捉えた、殴る!

「あれ?」

 拳に感覚がない……避けられた、さっき居た場所に稲葉の姿はない。
 私は急いであたりを見渡す。どこだ!?

「おいおい腕組んで偉そうにしてる割には大したことないな正義の嬢ちゃん、そんなに手を伸ばしちゃって俺っちが有名だからって握手せがみすぎじゃない? そんなんじゃ俺っちの“ラピッドラビット”は捉えられないし、赤いならその3倍のスピードは出さなくちゃ!」

 上を見上げるとマンションの窓に手を掛けた稲葉が見えた、こんな時でもニヤニヤ顔はやめていない、心底むかつく。

「逃げるな!!」

「それ“逃走王”に言うこと!? それに突っかかってきたのわっと!!」

 私は再び手を思いっきり伸ばし吹き飛ばす勢いで殴る、だが飛んだのはマンションにつけられていたクーラーの室外機だった。
 稲葉は向かいの建物の窓に飛び移っていた。

「卑怯だぞ!!」

「喋ってる途中で殴り掛かってくる奴の言う事か!? 何度やっても無駄だよ俺っちは“その手”じゃ捕まえられない、そんなので捕まってたら“逃走王”は名乗れないだろ、それに勝つ為に“これは卑怯だからダメ”って手段を選ぶのかい? お行儀がいいじゃないの!」

「う、うぉぉぉぉ!!」

 私は手を最大数……百本出して稲葉を捕まえようとする。
 路地裏はほぼ赤に染まった。
 他にあった室外機は飛び、ゴミ箱は倒れ標識も曲がり、放置されていた自転車はへしゃげていく。
 しかし稲葉には当たらない、かすりもしない。目で追えないスピードでは決してない、なのにギリギリの所で避けられてしまう。

 クソッ! なんで私はいつもこうなんだ。
 目の前にいるのに届かない、いつもそうだ。

「んじゃそろそろ俺っちは行くぜ、あと飛ばしたモノ早くなおしといた方がいいぜ後で何言われるかわからないからな、それか逃げるかだね俺っちからのアドバイス」

「行かせてたまるかーッ!」

「おっとコンサート会場まで追ってはこないでくれよ、警備員に止められるだろうけど、人込みの中の方が俺っちの独擅場だってわかるだろ? じゃあな~」

 そう背中から聞こえてきた。
 私はとっさに振り返って……倒れた。

 両足の靴ひもが結ばれており、足がもつれて近くに倒れていたゴミ箱に頭から突っ込んでしまった。いつ結ばれたのか全くわからなかった。

 稲葉白兎はもういない。

「くそっ!! どうして……いつも私はぁ!!」

 脱ぎ捨てる様にゴミ箱から顔を出し腐った臭いで吐きそうなのを堪える。
 体に付いたゴミを払い、結ばれた靴紐を引きちぎった。
 制服も大事なマフラーも汚れてしまった。帰ったら洗濯しないと。

 ……。

 …………。

 私は弱い。

 奇常ちゃんや他のみんなも呼べば捕まえれたかもしれない、いや捕まえられただろう。

 だけどダメだ、私だけのチカラだけでなんとかしないと……私だけの正義でなんとかしないと……。

 臨海学校では奇跡的に仇敵のラクリノに出会い色んな人達に助けられた。
 でも助けてくれた人達を全員危険な目に合わせてしまった。
 奇常ちゃんも血を流した。他のみんなも!
 誰よりも普通でいたいはずなのに、普通でいて欲しいのに!!
 でも奇常ちゃんは助けてくれた!!!

 私が弱いからだ!!!!!

 私が強ければこんなことにはならかった。

 だからダメなんだ、強くならないと。
 誰にも頼らない程に、誰にも悪には近づけさせないように。
 私が強くならないとダメなんだ。

 いつまでも“友達”に頼ってたらダメなんだ、手を借りるだけじゃダメなんだ。

 私だけが正義でいい。
 私だけが正義でないとダメなんだ。

「私が正義だ……!!」




 手を伸ばし後片付けをする、飛ばした室外機を元の場所に戻しゴミ箱を立て標識を無理矢理もどし、自転車はどうせ捨てられたものだから適当に置く。
 細かい部分は私のチカラでは元には戻らないが正義の為ならば仕方のないことだろう。悪い奴が悪い。

 そこで電柱に貼られた紙に目がいった。
 “魔人闘宴劇”。
 強者を決める大会。
 優勝者には賞金五十億と可能な限りの願いを叶える。
 強者同士の戦い。願いを叶える。

 ……これだ。
 強者との闘い……これこそ今の私に必要なモノだ、のどから手が出るほどに。 

 私は紙を破り家に持ち帰った。



 次の日、学校で奇常ちゃん達にとても怒られた。 




最終更新:2018年06月30日 23:15