プロローグ(琴平 くがね)

「これはね、幸せを呼ぶコインなの。
 これを大切にしていれば、きっと幸せが訪れるからね――」

おかあさんがくれた、ちいさなコイン。
それが、わたしのたったひとつのたからもの。

しあわせ、ってなんだろう。

~~~

びょう気でお母さんが死んで――あたらしいお母さんがやってきた。
わたしをいつもたたく。

事こでお父さんが死んで――あたらしいお父さんがやってきた。
よくわからない、ひどいことをする。

学校では、友だちがいなくなった。
つくえにらくがきされたり、教科しょをやぶかれた。
先生にそうだんしたら、わたしがおこられた。

家にも学校にもいたくないから町をあるいてたら、けいさつにおこられた。
どなられて、むりやり家にもどされた。

おとなになるまでがまんしよう、と思った。
でも、がまんしても、何もかわらなかった。

もういやだ。
らくになりたい。
何もしたくない。

だから、わたしはビルから飛びおりた。そうすれば、てんごくにいけるから。
でもわたしはわるい子だから、じごくにいくのかな。

……でも、わたしは死ななかった。

『オイオイオイオイ、死ぬなんてもったいねえぞ、ガキィ!』

じめんが近づく中、だれかがそうわらいかけた――

『死ぬくれえなら、その身体!命! すべて!俺に!よこせェェェッ!』

~~~

「……え」

私が意識を取り戻したのは、夜明け前のことだった。
自分が上半身だけになっている様子が、視界に入った。
それでいて死の苦痛を感じないどころか、血の一滴すら零れていない。
だが、それ以上に驚かされたのは。

肉片になったはずの、私の下半身が――
全て金貨となって、飛び散っていたことだ。

『イヒヒッ、お目覚めかァ?』

じゃらりじゃらり、と金貨が寄せ集まり――人の上半身を作り出した。
トレジャーハンターのような意匠の、若い男の姿を。

『お前の命と身体、このゴールドタワーが貰い受けたぜェ!』

邪悪そうに哄笑する、その姿を見て私は――悪魔だ、と思った。
ゴールドタワーと名乗ったそいつは再び金貨へと戻るやいなや、
私の千切れた上半身へと集い、元通りの私の身体を作っていった。

~~~

どうすればよいか悩んだ挙句、結局私は学校へ向かうことにした。
家で義父と義母に殴られ嬲られるよりは、同級生らのほうが幾らかマシだ、と思ったからだ。

「あ? 遅せーぞ、ブサイフ」

ブサイフ。私の容姿と用途を的確に表現した呼び名だ。
私のわずかばかりの小遣いは、彼女らの食費と交遊費に消える。
あるいは、私の身体で稼ぐこともある。

「早くカネ出せよ、なきゃウリだかんな」

リーダー格の女子――ヨーコが、威圧的に近づいてくる。
どうしよう、もう今月はお小遣いなんてとうにない――

「ああ。いくら欲しいんだ?」

怯える私に構わず、私の口が言葉を紡ぐ――えっ?
違う。これは私の言葉じゃない!

「ああ?持ってるだけ全部だよ、早くよこせ!」

普段と違う高圧的な口調に気分を害したのか、ヨーコがますます語気を荒げる。

「じゃあ、代わりに    を戴くぜ?」

ぼそり、と何か呟くと、地に向けた私の右掌から――大量の五百円玉が零れ落ちてきた。

「は? 何それ、手品? チョーウケルんですけど、てか生意気に持ってんじゃん」

じゃらじゃらと溢れる硬貨を、嬉々として拾い集めるヨーコ達。
だが、何十枚か拾い集めたところで、ゼンマイが切れた人形のように動きが止まる。

「契約成立、だなァ。
 それじゃあ、まずは――俺の足元に跪くがいい!」

私じゃない私の声――今なら解る。
ゴールドタワーが、私の身体で喋っているのだ。
私は口から出た言葉を取り消そうとするが――動かせない。

私にできたのは、虚ろな目で跪くヨーコら女子グループの姿を眺めることだけだった。
周囲がどよめく中、私は必死に問いかけてみる。

(こ、これ……何をしたの!?)

『あァ? 見ての通りさ。カネをくれてやる代わりに、こいつらの“自由意志”を買った。
 もうコイツらは、俺の奴隷(ペット)ってワケさァ!』

ぞくり、と背筋が凍る思いがした。
ヨーコ達が、ゴールドタワーの命令で服を脱ぎ始めるのを、逸らせない目で見ながら――
私は、今更ながらに後悔した。

(お、お願い! ――私の身体を、返して!私はこんなこと、望んでない!)

『あァ? いらねぇと捨てたモンだろ? 返してほしけりゃあ、俺から買え』

(わかった!わかったから! いくらなの?)

私は、思い至らなかった。
この悪魔に、軽率に返事することの恐ろしさを。

『五千万だ。
 買う意思を見せた以上、キッチリ全額払うまで返さねえぜェ?』

(!? そん、な大金、用意なんかできな――)

『タダは絶対この世にゃ無えのさ! それに気づいてねえよな?
 お前はもう、俺からいくつも“買った”ことに』

(か、“買った”――?)

『まずは“知能”が一千万』

その言葉で、私は気付いてしまった。
飛び降りる直前まで、私は――小学生程度の知力しか持っていなかったことを。
そして、今の私だからこそ理解してしまった。

今まで私が、何をされていたか(・・・・・・・・)を。

『次に“美貌”が一千万。傷やら痣やら、あと肉も足りてなかったぜ?』

震えが止まらない。
そうだ、義母と義父からまともな養育を受けていない私は、痣と傷だらけで。
食事も街角でこっそりと、残飯をあさるくらいしかできなかった。

今の、肉付きの良い健康体は、私のものじゃない。
いや、健康かも怪しい。だって、私の身体を作るものは――

『ラストに“魔人能力”。まぁ、大まけにまけて三千万だな。
 あァ、言っておくが能力で出したカネじゃあ俺から買い物はできねえぜ?
 頑張ってテメエで五千万稼ぎなァ! ギャハハハハハハッ!!!』

そうだ。私の身体はもう、まともじゃない。
お金を無限に生み出せて、人の心さえ買ってしまえる。
どころか、才能の押し売りさえ罷り通る――

どうして、こうなったんだろう。

私は、しあわせになりたかっただけ、なのに。

~~~

私とゴールドタワーが魔人闘宴劇のことを知るのは、数日後のことになる。

ゴールドタワーは、五十億という賞金を求めて。
私は、ちっぽけな願いを抱いて。

戦いたくも傷つけたくもないけれど、私は戦わないといけない。
いや、戦うのは私ではないのだ。

この身体も、命も。もう、私のものじゃないのだから。




最終更新:2018年06月30日 23:17