プロローグ(キャプテン・ハンセン)
「ダァーーーーッハッハッハッハァ!!」
爆音。
爆風。
サイレン。
怒号。
銃撃音。
「ついに……ついに! やってやったぜ、俺ァよォ!」
ここは、日本国内に存在する魔人拘置所のひとつ。
重罪を犯した魔人を捕らえ、封じ込めるための魔の監獄。
笑う男は大海賊、キャプテン・ハンセン。
今から四十年ほど前、太平洋を荒らしまわった大悪党。
この男が逮捕され、監獄に封じられてから四十年――――彼は、脱獄の計画を練り続けていた。
それが今、実行されている。
「ああ、この力を使うのも久しぶりだぜ……! さぁ野郎共、帆を上げろォ!」
ハンセンが叫ぶ。
発動する魔人能力、『船長権限』。
即ち、部下の魔人能力及び肉体をコピーして自在に操るチカラ。
「来ォい、“ロケット”アポロォッ!」
配下の一人、“ロケット”アポロ――――宇宙飛行士崩れだという彼の魔人能力は、足裏からのジェット噴射。
この能力を“招集”し、一気に空の彼方へ大脱出だ。
――――そう考えて跳躍したハンセンは、足裏からジェット噴射を行えずに壁に衝突した。
「がふっ!? ……な、なんだぁ!?」
……使えない。アポロの能力が。
混乱しながらも、ハンセンは咄嗟に判断を切り替える。
「クソッ……“のっぽの”サダハル、骨寄越せェ!」
“招集”したのは、身長5mにも及ぶ巨人、“のっぽの”サダハルの大腿骨。
“小岩井の”ジョーのおいしい牛乳を毎日飲んでいた彼の骨格は鋼のように硬く、強力な武器となる。
ハンセンは巨大な骨を振りかぶり、監獄の壁に叩きつけた
「どぉぉぉぉぉりゃぁぁぁ!!!」
気合い一発、フルスイング。
監獄の壁には大穴が空き――――ハンセンは脱獄した。
――――――――心に、ざわつくものを残しながら。
◆ ◆ ◆
“ロケット”アポロ――――魔人警官と交戦し、死亡。
“のっぽの”サダハル――――賞金稼ぎに討伐され、死亡。
“小岩井の”ジョー ――――心臓発作を起こし、死亡。
“かもめの”ヨナタン――――ゴミの誤飲により、死亡。
“魚人”ブラックバス――――違法スシマフィアに狙われ、死亡。
死亡、死亡、死亡、死亡死亡死亡――――――――!
「――――ふざけんなよ、テメェら……!」
脱獄を果たしたハンセンが真っ先に取った行動は、かつての仲間たちを探すことだった。
監獄の中の四十年、ハンセンが彼らを忘れたことは一瞬だって無かった。
……だと、言うのに。
数十人の部下たちは――――みんな、四十年の間にいなくなっていた。
「俺は、俺ァ、なんのために……っ!」
少なくとも、純然たる動物だったヨナタンは寿命で死んでいるとは思っていたし、そうでなくとも多少の死者はいてもおかしくないとは思っていた。
だが……全滅と言うのは、流石に予想外だった。
それほど、四十年という月日は長かった。残酷なまでに。
彼が監獄の中で思っていたよりは、ずっと。
……そして今、彼は最後の絶望を前にしている。
彼が今いるのは――――病院。
いたのだ。
たった一人、生きていた男が。
彼はこの情報に歓喜し、入院中だという情報に嫌な予感を覚えながらも、それを務めて無視して部下に会いに来た。
“カンフー”リー。
類稀なるカンフーの技と、怜悧な判断力を併せ持つ男。
彼に会いに行き――――――――絶望した。
「 ア ア ゥア 」
……ハンセンが見たものは。
ベッドに横たわり、点滴を打たれ――――焦点の合わない瞳を動かしながら、呆けたように呻く老人の姿。
「リー……ハハ、おい。なぁ。……リー、だろ?」
引き攣った笑みを浮かべ、声をかける。
「 ァ ゥゥゥ アァ 」
……リーは、曖昧に呻いた。
トレードマークだった弁髪は解かれ、白髪を幽鬼のように垂らしていた。
『肉体を意のままに動かす』能力を持つ男が、肉体を動かすための意識を破壊されている。
脳卒中だ、と医者は言っていた。
倒れて、一命は取り留めて……心は、帰ってこなかった。
「リー……おいリー! 起きろバカ野郎!」
「 ァ ァァァ 」
「寝ぼけてんじゃねェぞ……! 約束しただろ! あの日……また、冒険すんぞって! 帰ってくるから、待ってろって!」
ハンセンがリーに詰め寄る。
それでも、リーは呻くばかり。
ギリ、と歯ぎしりの音が病室に響く。
「リー……」
もう、見ていられなかった。
思わず、視線を逸らし……逸らした先に、あるものを見つけた。
ベッドの横の机の上に置かれた、古ぼけた金貨。
「……こいつは」
ハンセンが金貨をつまみ上げようとした瞬間、リーが動いた。
先ほどまでの耄碌ぶりが嘘のような、素早く正確な動き。
迷いなく――――リーの手が、金貨を拾う。
「っ、リー!?」
正気が戻ったのか。
希望と驚愕を乗せ、叫んだ。
……けれどリーはやはり、反応を返さない。
ただ……愛おしそうに、金貨を撫でていた。
「 ア アウ テン 」
……それは、ハンセンとリーが初めて会った時のものだった。
流れの用心棒をやっていたリーを、ハンセンが雇ったのだ。
――――――――この金貨は前金だ。だが俺についてくりゃあ……山ほどの財宝を見せてやるぜ!
リーはその台詞を気に入り、ハンセンの部下になった。
……まだ、持っていたのだ。
その時の、金貨を。
「……リー」
「 アウ テン おれ あ エぅ アら いっよ に 」
「…………ああ、ああ!」
ハンセンは、泣いた。
「そうだな、リー……! 待たせちまったけどよォ……!」
リーはなにも反応を返さない。
……それでも。
ハンセンはまだ、約束を果たしていなかった。
そして――――果たす機会はまだ、あった。
ハンセンは病室を飛び出した。
彼の手には、あるチラシが握られていた。
『魔人闘宴劇』――――財宝の在処が書かれた、宝の地図。
「――――あァ、行こうぜ、野郎共」
彼の右腕が、骨に変わった。
骨だけだ。支える筋肉が無い。
骨はすぐに崩れ落ちそうになり――――リーの魔人能力、『愚者の独演』でそれを防いだ。
骨は次々に形を変えた。
数十人の部下、それぞれの手に切り替わった。
「帆を上げろ」
最後に、リーの手に変わる。
先ほど、約束を握っていた男の手に。
「俺たちの冒険はまだ、終わらねェ――――!」
――――出航を祝う追い風が、ハンセンの背を押した。