『蛇紋眼ひふみプロローグ~君の瞳に恋したい~』

君の瞳は、
夕日を逆に染め上げるような、鮮烈な赤色で、
それは何もかも捧げていいほどに美しい。
そう思ってしまったのです。





予報外れの大雨が街中をシャワーのように洗い流している。
雨はいい。世間で何が起こっていようとそれをヴェールのように覆い隠し、他人に気取られせない。
その下で誰が生きていようが、死んでいようが、世間様はお構いなしって寸法だ。
そんな中で、真っ白なアオザイを着てサングラスをかけた(陸上選手がたまにかけてる、両目がつながった奴だ。かっこいいよな)まあ控えめに言って大分目立つ珍妙な女が半分濡れながら歩いていても、みんな自分の事でそれどころじゃない
もちろん、その女がどこから来て、どこに向かうのかなんて誰も分かるはずがないのだ。
大雨の覆いが、だからその女は大好きだった。
まあ、その女ってのはあたしなんだけど。





「ただいまー、帰っtわっぷ」

麗しのマイホーム(貸し賃一週間で31800円なり)に帰着したあたしを出迎えたのは、顔面を正確に狙ったバスタオルの一撃だった。

「お帰り、ひふみ。お風呂にする、ご飯にする?」
「行動とセリフがかみ合ってねえぞ(あきら)……なにしやがる」
「どうせまた(・・)濡れ鼠なんだろ? アオザイの生地が傷むから程々にっていつも言ってるじゃないか。そのバスタオルは晶君からの天誅だと思いたまえ」
「人誅じゃねえか」

ぼやきながら、投げつけられたバスタオルでわしわしと髪と服を拭う。
渡し方はあれだが、ありがたいのは確かだ。何しろこのマイホームは借り物なので、うっかり床を濡らして怒られても困る。

「しかし、妙にタイミングがいいな。見えてんじゃないだろうな」
「あいにくとただの勘だよ。ひふみが仕事に行ったあと雨が降ったら、帰ってくるのはこんなところだろう、ってね」
「はぁん、そんなに分かりやすいか」

わしわしするのをやめて、サングラス越しに眼前の少年……晶を見やる。
相変わらずどこで売ってんのか謎な貫頭衣じみたダボダボのシャツに、目が冷めそうに真っ白な肌。
その肌よりもなお白いぼさぼさの髪と、髪に負けずに真っ白な、無造作に眼窩に巻かれた包帯。
どっかの生き神様みたいなルックスだ。いや、生き神様だった(・・・・・・・)んだが。

「付き合いが長いしね。見えなくても見えてくるものがあるものさ」
「……そうかい」
「ついでに言うと、ひふみがお風呂とご飯の選択でどうするかも知っている」
「そうかよ」

分かりやすいのも困りもんだな。サプライズってもんが無くて困る。
あたしは靴を無言で脱ぎ捨てると、まっすぐに晶に向けて歩み寄り、屈みもせずにキスをした。
ちなみに晶はあたしより20cmばかり小さいので、屈まないとちょうど口と額が当たる。

「ま、言うまでもなく、お・ま・え、な訳だが」
「はいはい。お仕事の疲れとかお構いなしだネコの人」
「誰がネコだ。みてろ、今日こそなかせてやる」





なかされた。





晶、百目鬼(どうめき)晶との付き合いは、ちょうど20年ぐらいになる。
この少年……見た目(・・・)少年が実際何歳ぐらいなのか、あたしは知らない。
確かなのは、あたしが五歳か六歳のガキの頃には晶はすでに今の見た目だったこと。
そして、あたしの家……いや、一族が晶を神のように崇めていたことだ。

晶は魔人だった。それも、相当に規格外の。
魔人能力“百目一柱の鬼神(ハンドレッド=ワン)”。
晶が保有する、『目に関連する能力を百個保有する』とかいうバカじゃないのかって感じの能力。
外見も『見た()をそのままにする能力』で固定してるらしい。駄洒落じゃねえか。
とにかく、その規格外の能力で、晶は蛇紋島(あたしの生まれ故郷)で生き神として扱われていた。
神様万歳、神様万歳。どうか永遠の繁栄を我々にもたらしてください。

バーカ。

そんなノリだから、晶はあたし達の一族、蛇紋眼一族にすっかり飽きが来てしまったらしい。
一族の中で最年少だったあたしに目を付け、そそのかした。
自分を連れて島を出ないか、と。

あたしはその誘いに乗った。
目覚めたばかりだったあたしの魔人能力をフルに使い、あたしの親族達から幸運の()を奪った。

神は賽の目を置く(アイズオンリー)。幸運を買い、不運を売る能力。
晶由来ではない、あたし自身に目覚めた能力。
その段階は「一」から「六」の六段階、ではない。最大出力の七段階目が存在する。
要求される金額の膨大さから買うことは到底できず、不運として売却するしかできない目。

四五六(しごろ)を売る”

その一言で訪れたあたしの母親の不運は、あたしの生まれ故郷を不意の火山活動で沈めた。

もちろん、あたし達だけが無事に済むなんて虫のいい話はなかった。





「……なあ」
「なんだい」
「後悔してねーの。その、あたしのために目つぶしたの」
「ん、またその話かい。なかせ方が足りなかったかな」
「やめろバカ。マジな話だ」
「そうかい。……まあ、反省はしている」
「まじか」
「もう少し穏便な能力を使っておけば、ひふみに気負わせる事もなかったんじゃないかってね」
「……あったのかよ穏便な能力」
「探せば多分。……とはいえ、“目の代わりには目をもって(リプレイスメント)”が一番手っ取り早かったのは確かだけど」
「……そうか」
「それにまあ、君に盲目を気遣われながら暮らす生活も、悪くはない物さ」
「……」
「ん?」
「……そうじゃねえんだよ、ばぁか」





君の瞳は、
夕日を逆に染め上げるような、鮮烈な赤色で、
それは何もかも捧げていいほどに美しい。
そう思ってしまったのです。

だから、あたしは……。




最終更新:2018年06月30日 23:29