二回戦第七試合その1


南斗実況拳という拳法がある。
開祖の名は大地、名うてのゲーム実況プレイヤーである彼は同時に拳法家でもあった。
南斗実況拳、それは類まれなる実況力と暴力の融合した全く新しい拳法。
タケダネットによる刀狩り(読者諸氏もご存知と思うが、刀狩りとは反体制の武力を削ぐ目的で名だたる武闘家の腕を切り落とした悲惨極まりない事件である)を
全て「格闘ゲームの実況」という形で口伝いや実況伝することで逃れたのであった。
しかし、実況力と暴力を両立させた傑物は、そうそう輩出されるものではなく、やがて南斗実況拳は廃れて行った。

……だが、しかしゲーム実況動画として残された教科書を後世の名実況家が見たのであれば。
拳法としての全ては動画に詰まっている、大地の実況する言葉を繰り返し暗唱し、画面の動きとリンクさせれば……


「口を真一文字に結んで、そしておのれとその闘争本能に、今マッチで火をつけた古太刀。
ヨシ!という掛け声と共に、弾かれるように、今、入場の花道を突き進んできます。
行きはよいよい、帰りはこわい!もしかしたらこの栄光の花道は、引き下がるときには敗者として、惨敗の模様で帰るかもしれません!
そして、おっとこれは目の前には対戦者であります。一見してすぐに分かる巨体、なんという巨躯。
身の丈六尺越えといったところでありましょうか?、何かを仕込んでいるとでもいいたげな分厚いジャケットを着込んだ姿はまさに人間黒船、本名不詳『提督』の登場であります。」

一息に古太刀は大戦相手と己の実況を終える。
ここは非合法BAR、タケダネットの監視網から逃れたニューヨークの……ニューヨーク!?

「HEY、Master……My usual please. (マスター、いつものをくれ)」

『提督』の声にマスターはバドワイザーを投げて渡す。
プシッと小気味いい音が響き一気に飲み干す『提督』。

「おっと、どういったつもりでありましょうか。戦いを前にしてアルコールを摂取」
古太刀は好都合だと捉えた、酔いを強調してやれば戦いを少しでも優位に運べるだろう。
「これは非常に危険だ、酔いが回る酔いが回る、血中アルコール濃度がグングンと上昇していきます。」
……と同時に一つの疑念もあった、彼は「いつもの」注文をしていた。
つまり、この店を普段から利用している。
ちらりと古太刀の頭に希望崎学園に対する疑念がよぎる。
どういう事だ、敵に何か肩入れでもしているのであろうか。
だが、既に戦いは始まっている、古太刀は頭の片隅に疑いの目を追いやった。

空になったバドの缶を逆さに振って、中身が残っていないことを確認してから床に捨てる・
(……一体どういう事だ、これは)
古太刀が疑いを覚えているのと同様に、『提督』も焦っていた。
(よりによって、オレがNYで使うBAR、偶然……そんな事があるものか、希望崎学園か)

「考えても詮の無いことか・・・・・・猿の癖に手こずらせやがって」
先ほどから繰り返される、酔いを加速する実況にも『提督』はけろりとしている。
常用しているミスリルウコンのお陰であることは、言うまでもない。ほぼ0を何倍しても酷いことにはならない。

両者が店内の中央に進み出る。
その間も古太刀の実況は止まらない。
「ヒートアップする店内、そこはまさに闘いのワンダーランドといったところでしょうか」
この掛け声に聴衆も徐々に興奮の熱狂を抑えきれなくなる。

「ハロー、MRユーチューバー、今日はイイ闘いヲしまショウね!」
表面上だけ取り繕った挨拶、内容にいたっては侮辱しているようなものだ。
「おおっと、これはいきなりの宣戦布告なのか。私、古太刀いきなりの口撃に怒りを禁じえません。これには聴衆もブーイングの嵐だ」
古太刀は古太刀で軽く煽る、もちろんそれだけが目的ではないが。

「おット、早速始めてもいいんデスがちょットだけおまーチ下さイ」
『提督』は先ほどから目を付けていた二人組みへ声をかける。
徐々に二人に近づこうとする熱狂じみた観客とは逆に、少し距離を置き背を向けたのが目を引いた。
「確か、サンダース伍長とハリソン軍曹ですね」
そう、ここニューヨークにアメリカ帝国海軍の軍人が飲みに来ていたとしても全くおかしくは無いのだ。
名前を呼ばれた二人はばつが悪そうに、『提督』の方に振り向く。

「君たち、分かっているとは思いますがくれぐれも何もしないように」
『提督』はわざと二人に声をかけた。
試合中にちょっとでも、古太刀の意識がそちらに向けばいい、それぐらいの布石だ。
「おっと、何たることでしょう。流石は『提督』と言った所か、屈強な水夫を観客の海の中に隠していた!」
古太刀も、そこはお手の物といった返しである。

「さっ、始めマショウ。このまま、いきなリ、初めてモよいのデスガ……」
「これは!試合開始方法の提案であります、さぁ、一体どういった提案がくるのでしょうか」

「ユーはプロれすが好きでショウ!、オアツラエ向けに、ここにはゴングがあります」
一部のバーなどにはゴングやベルが設置されていることがある。
本来は、鳴らした人間が、そのとき店内にいる全員に一杯おごるという合図のために使われるのだが。
「おおーーーっと、なんという事でしょう!いきなりのゴング・スタート提案、これには私も興奮を隠しきれません」
ゴングの音色は人を興奮させる、聴衆たちもゴング!ゴング!とはやし立てる。
「お受けしましょう、ゴングの合図で古太刀VS『提督』三時間一本勝負、そういった訳ですね!」
古太刀の快諾を受け、場のボルテージは最高潮に達する。

「YES、それじゃア……HEY、MASTER……」
『提督』がバーカウンターのマスターとゴングの方を向いた。
古太刀も、そして観客も同じ方向を向く……その時だ!

メキョッ 

鈍い音が響き渡る。
一瞬遅れて派手に何かがぶつかる音。

音は、どちらも二つずつ聞こえた。

「なんということでしょう、お互いが奇襲攻撃であります」
「猿ごときが……同じ発想するだと、FUCK!!!」

お互いが目線を逸らした瞬間であった、二人とも右拳を相手顔面に向かって繰り出していたのだ。

「卑怯もへったくれもありません、これがリアル。これこそがリアリティであります」
VRでは得られない興奮、古太刀は満足気に喋る。
「脳下垂体から分泌されるのは、エンドルフィンか、はたまたドーパミンでありましょうか」
すぐに立ち上がる……敵は……いない。
嫌な予感を感じすぐにしゃがみこむ。

刹那、先ほどまで頭部があった場所に丸太のような蹴りが空を薙ぐ。

『提督』は先ほどの先制の一撃を食らい人ごみに突っ込んだところで、既に次の攻撃を開始していた。
人ごみを「開いて」、人垣の外に周り、古太刀に接近
もう一度「開いて」奇襲をかけたのだ。

「SHIT!」
悔やんでいる暇は無い、続けざまに拳を振り下ろす。
「これをすんでの所で回避!回避!!回避!!!」
ブザマに転がりつつ古太刀は距離をとる、床には先ほどの激突時の影響で大量の炭酸飲料の缶や酒瓶が散乱している。
一部は破損しているものもあるが、古太刀にそれを気にしている暇は無かった。

『提督』は残心しつつ距離をつめる、古太刀の能力特性は分かっている。
攻勢にさえさせなければ対したことは無い……そして、一撃決めさえすれば……あるいは相手の油断でもいい。

アレさえできれば!!

古太刀は近づく『提督』とは別のものを気にしていた。まだ客の盛り上がりが足りない。
仕方が無い……そろそろ仕掛けるか。

フシュと気を吐き、『提督』の豪腕が繰り出される。
軍隊格闘術でも彼の成績は(兄には及ばないながら)折り紙つきであった。
正確に顎から喉を打ち抜く。

だが、その拳は古太刀の腕によって止められた。
よし……と『提督』は思った。
この重い拳を受ければ次の一手は遅れる、そうすれば……あレ……を、アレ?

脳を揺さぶられるような衝撃!!

「ガーキャン通したぁぁぁぁ!」

南斗実況拳である!!
ガードから一転する状況など実際に作るのは難しい、だが格闘ゲーム文法を使用した南斗実況拳であれば!!

「バクステ読んでまだ入るぅ、ブーストきっちりぃぃぃぃ!」

自分から近づいた為、距離を「開」けなかった『提督』はステップを踏んでかわそうとした。
だが、古太刀の実況がそれを許さない。追いつかれた『提督』が古太刀を振り払おうとする。

「投ぁげぇたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
古太刀が早い、『提督』の体がふわりと浮く。
だが、ただ投げただけでこの実況の大げさっぷりは一体?

秘密は南斗実況拳奥義の一つ、「魔法の数字・27」にあった。
この技は、文字通り相手に27発打撃を打ち込む技……ただそれだけなのだが。
特定の順序を守り相手に当てると……相手は『浮く』のだ
殴っては床に叩きつけられ浮き上がる、蹴っては床に叩きつけられ浮き上がる。
まるで重力を無視して、相手が浮かび上がるのだ。
この相手を殴ると浮く動作から、ボールを叩いて浮かすバスケットボールという競技が生まれたことは有名である。

古太刀は未だ未熟なため、軽い攻撃やジャンプ攻撃からの奥義には繋げられなかった。
投げからのみ「魔法の数字27」につなげることが可能であったのだ!
古太刀の脳裏に勝利の二文字が浮かんだ。後は正確に打撃を打ち込むだけだ。

「近D!遠D!ジャンB!ジャンB!」
正確なリズムでレシピを繰り出す、観客も一撃入るたびに歓声を上げる。
どこかでプシュ!プシュ!という音が聞こえた、賭けの祝杯でもあげているのだろう。
いい盛り上がりだ、実況者冥利に尽きる。
もはやこの状態になれば手癖で技を繰り出すことが出来る。
……それが油断を生んだのであろうか!
違う、魔人同士の闘いに絶対などないのだ。

凄まじい勢いで何かが古太刀の視界を奪う、それは……エアバッグだ!
能力で胸に仕込んでいたエアバッグを「開いた」。
『提督』はこれにより、この空中コンボから脱することが出来たのだ……

古太刀は少々悔しそうに臍をかむ、油断したか、だが、もう熱狂は十分だ!
こおで、第二の策をとる、着地と同時に大声で観衆に語りかける、さぁ、最後の実況だ!

「おおっと、かろうじて苦しそうに『提督』が逃げ出す!闘いはクライマックス!」
一点を指差す、指し示すは『提督』
「観客のボルテージが最高潮に高まり!!、『提督』を襲うーーーーーー!!!!」

古太刀の実況を聞いた観客が我先にと『提督』へ襲い来る。
彼が観客を執拗に煽っていたのは、この為であった。
熱狂に狂った観衆が『提督』に飛び掛る、彼が何かを取り出して放り投げたのを古太刀には見えたであろうか。

「さぁ、数十人の観客がビチャビチャに塗れた床を踏みしめ今……」

古太刀が違和感に気づいたのと、「それ」はどっちが早かっただろうか。



ギィィヤァァという耳を劈く声、今頃『提督』を襲っているはずであった観客がバタバタ倒れていく。

じ、実況しなければ…一体何が起きたのか

靄がかかる頭脳をフル回転させる、先ほどまで床はこんな状態ではなかった、散らばった缶飲料
「開いて」いなかったはずの缶、全てが「開いている」、つまり……これは……

「ご名答。スタンガンだよ」
『提督』が目の前に来ている……まずい、実況せねば。

「はんほいうほほへ……ひょう」
口から出てくるのは気の抜けた音……顎が閉まらない

「猿にしては頑張ったよ、猿にしては……な、一瞬たりとも実況をやめなかった。だが、スタンガンの電撃が伝わった一瞬、お前は口を「閉じて」しまった」
「ああああああああーーーー」
古太刀が殴りかかる、だが実況のないその拳は空を切る
「もう、俺がお前の口を「開き」続ける限り実況はさせんよ」
「はぁぁ、うあああああああああーーーー!!」

「Die yobbo(弱者は死ね)」
『提督』の振るったナイフはやすやすと古太刀の喉を切り裂いた。

第二回戦 勝者 『提督』                 了
最終更新:2016年07月10日 00:11