サイクロプス染谷 プロローグSS

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<サイクロプス染谷 プロローグSS>


 恐るべき強敵だった。
大逆転人生ゲーム七回戦の相手、噛ませ百獣太。無機物を未知の生命に作り変え支配下に置く魔人。戦闘領域内に1000体以上の獣を放たれた時には万事休すかと思ったが、なんとか獣の群れを超え、殺人光線を打ち込むことが出来た。

「マジで手も足も出ないかと思ったぜ。何度あんたに背を向けて、逃げ出そうかと思ったか。しかし腰を据えて取り組んだ甲斐があったな。胸の空くような逆転劇たぁ正にこの事。不思議な国もこれにて終幕だな」

 百獣太は何が起こったのかわからない、という顔で、自らの胸に空いた穴を見下ろしている。その体がゆっくりと後ろに倒れ、地面に鮮やかな赤色が広がった。

「さて、一応俺の信条でな。殺したやつの最後の言葉くらい、胸に刻む事にしてる。どうせあんたは同じ穴の貉。俺と同じようなクズだろうけど、なにか言い残すことがあるなら、一応聞いてやろう。何かある?」

「黙れ……この、化け物が……お前が相手でなきゃ、俺は……ちくしょう……」

「その言葉を聞くの、もう3度目だぜ?本当に、似たような奴しか参加してないんだな、このゲーム。耳にタコができそうだ」

『チャチャラチャーチャーチャーチャッチャラー♪』

 その言葉を最後に、百獣太は死んだ。決着を告げるファンファーレが戦場内に響き渡った。

 サイクロプスの体が転送され、百獣太の体に仕掛けられた核爆弾により、戦闘領域は跡形もなく消滅した。


 ファイトマネーを病院へ入金した後、サイクロプスは妹である染谷真白へ電話をかけた。

 真白には、戦いが終わる度に電話をかけている。病状の確認のため、そして、戦う理由を確かめるためだ。

「もしもし、お兄ちゃん……?久しぶりだね……。その、元気にしてる?けほっ!デスゲームで……怪我とか、してない?」

 病院の職員とお決まりのやり取りを交わした後、すぐに真白の声が聞こえてきた。

 軽い口調とは裏腹に、彼女の声は弱々しい。病状が芳しくない事を、サイクロプスは察した。

「久しぶりって……まだ、前に電話してから二週間も経ってないだろ。ああ、元気だよ。少なくともお前よりかは」

「ほんとに?ちゃんとご飯食べてる?……私のこと、忘れたりしてない?」

「心配しすぎだって。俺とお前は唯一の兄妹なんだ。お前のこと忘れるわけ無いだろ。今だって、目を閉じればお前の姿が瞼の裏に浮かんでくるよ」

 サイクロプスが口に出すと、実際に瞼の裏に、真白の姿が浮かび上がった。想像の産物ではない。『換用躯』。サイクロプスが口に出した慣用句の通りに、自らの肉体を変化させる魔人能力。

 今、彼の瞼の裏は、はるか遠方にある真白の様子を写しだす、小型プロジェクターと化していた。

 そこに写ったのは、見慣れた病室だ。

 白衣の男性が二人、ベッドに横たわる真白を見つめている。

 横たわる真白の体から覗く手や首は、静脈の青が透けるような白い肌だが、顔だけは上気し、赤くなっている。

 けほ、けほと、真白は咳き込み、白衣の男性の片方、少女の主治医が口を開く。

『やはり……経過は良くないな。脈は安定していないしほにゃららほにゃらら。電話も程々にするように』

「……真白。やっぱり病気、良くないのか」

「……けほっ、いや……ちょっとだけ、ね……」

医師の言葉を受け、少女は顔を伏せ沈んだ声でつぶやく。

「この前も少し良くなったと思ったら……血とかブーって出ちゃって……ブーって……でも、電話くらいなら……」

『ブーはちょっとないかな…』

真白の言葉を、隣りにいるもう一人の白衣が遮った。

彼は病弱妹審査員。ブーの言葉を受け、渋い顔で採点ボードに何やら書き込んでいる。

あれっ!?という顔をしたのも束の間、真白は受話器に向かい、まくし立てるように言った。

「あのっ……でもっ、お兄ちゃん……!私……諦めてないから……!
 お兄ちゃんと一緒に……野球……見に行ったりしたいから……!」

「いや、真白。審査員の事チラチラ見ながら言っても説得力が……」

「だって……私……あの……野球チーム……えっと……その一位の……
 はい、あのチームの……一番すごい……けほっ!けほっ!……の……大ファンだもん……
 だから……あの…ゴール?したボールとかもらえたら……きっともっと元気になれると思うんだ……
 あそこの空いてるスペースあたりに……なんて、ふふっ……ちょっと欲張りかな?……私……」

 真白は、有名人からの贈り物コレクション4段目の右にわずかに空いたスペースを指差し、力なく笑う。

「いや、欲張りとかじゃないけど……お前野球よりサッカー派だろ?確かにサッカーボールは前にもらったけど……だからって安易すぎじゃ……ルールもうろ覚えだし……」

「と、とにかく!けほっ!けほっ!……絶対に病気を治して……お兄ちゃんと野球ボール……貰いに行くから……。約束、だよ……?」

「真白……!」

『ううーん!素晴らしい兄弟愛だ!しかもそのお兄ちゃんは妹のためにデスゲーム……!病気を治せても、約束を果たせるかはわからない……んー!しみじみと不幸だなぁ!これは先程の失点を補って余りある高ポイント会話ですよ~!』

満足げに何かを書き込む審査員を眺め、グッと少女の布団を掴む手に力が入る。

「はぁ……よし……いえ……一杯おしゃべりしたら疲れちゃった……すみません先生、横になるのでその前にお薬を……」

 か細い腕で医師から薬を受け取ると、真白は枕元にしまっていたスピリタスで薬を飲み流す。
 真白を痛みから救ってくれるはずの薬が胃に滑り込んでいくというのに。燃えるように胃が熱い。

「これで…よく眠れそ……うっ!!はっ……はぁっ……!」

 数秒後、あろうことか真白の体はますます朱に染まり、目の焦点も定まらず、呼吸は荒くなっていく。

「お、おい真白!?ちょっとお兄ちゃんよく見えなかったんだけど……お前今何で薬飲んだ!?お水じゃなくてスピリ……それお酒……真白!?真白ー!?」

『クッ!!!!!!患者の様態急変!オペの用意だ!!!
 ここで死んでいいのはデスゲームの参加者だけ!!!
 絶体に!!!死なせないからな!!!ホームランボールも楽しみにしているんだぞ!!!』

「お兄ちゃん……私も……一位目指して……頑張るから……!お兄ちゃんも……きっと帰ってきて……!!」

 真白の様態の急変に気づいた医師は看護師を連れオペ室へとかけこんでいく。

『あー今の表情いいですねぇ!12位近いですよぉ!ファイトファイトォ!』

 医師と看護師に続いて審査員も走り去っていく。瞼の裏の映像も途切れ、後には電話を持って立ち尽くす、サイクロプスだけが残された。

「真白……。お前は優しいな……。お前の知ってるお兄ちゃんは……もう、どこにも居ないのに……」

 そう呟いたサイクロプスの姿は、明らかに異彩を放っていた。いや、放ちすぎていた。

 まず、電話をかけている場所がおかしかった。地は足についておらず、眼下には小さくなった街が広がっている。背中からは炎が勢いよく吹き上がり、僅かに開けた目からは殺人光線の余光が漏れ出す。

 それらの異様な外見全てが、カメレオンのようにぐるぐると変色し……異彩を放ち、迷彩のように周囲の風景と同化していた。

(黙れ……この、化け物が……お前が相手でなきゃ、俺は……ちくしょう……)

 脳裏に、百獣太の言葉が蘇る。自分は正しく化け物だ。だからこそ勝たねばならない。

 妹のそばに居てやることはできないなら、できるだけ多くの金を……。病を治した後も、自由に生活していけるだけの金を残してやる。それだけが、今の染谷に出来ることだった。

 染谷は決意を新たにし、地上の住処へと戻っていった。

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 それから一週間後。染谷真白の妹ランキングが、12位に上がった。

 8位のランカー……噛ませ一子の病が完治し、脱落した事が原因だった。高額な手術費用が、匿名の入金により揃ったのだという。

 入金と同時に、一子の元には一通の手紙が届けられた。

『「妹を頼む」お前の兄に、そう頼まれた』

一ツ目の押印とともに、それだけが記された手紙だった。

「借金がまた増えちまったな。ま、最後に勝てば帳消しだ。問題ないだろ。……本当に。似たような奴ばっかりだよな。このゲームの参加者は」

 知らせを受け、瞼の裏にその様子を浮かべながら、染谷は独り言ちた。

「大丈夫さ。馬鹿な兄貴が居なくたって、お前らは生きていける」

 サイクロプスの、最後の戦いが始まろうとしていた。


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