『残緑の尽く前に』

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『残緑の尽く前に』



 灯りも(ほの)く、僅かに光るのみの、夜の静寂(しじま)の中。(うい)は――真新(まあら)(うい)は独り、何時もの様に見回って居ます。

 ()の地は(かつ)て、市場として栄えた時期も在ると、父上(けいしゅう)は云って居ました。今や()れは見る影も無く、死者の眠る地として整えられて久しい物です。()れも(すべ)て、“大領戦争”に端を発するのでしょう。

 大領戦争。互いの領土を塗り潰し合うかの様な、激しい攻防の繰り広げられた戦争。
 初めは、只の戯れ合いであったとも聞き及びます。“いかの瀬”、“たこの淵”なる菓子の人気(シェア)争いが高じて、其々(それぞれ)の愛好家同士の対立から発展した、と。
 ()れが真実かは、果たして定かでは在りません。(しか)し、一つだけ、まことの真実が此処に在ります。()れは戦争の爪痕が、今も尚、()の国を苛んで居る事。一華十色宗(いかじっしきしゅう)多幸八式教(たこはっしききょう)。二つの宗教対立へと形を変えて、連綿と小競り合いは続いて居ます。

 ()の墓所も、然様な場所の一つ。多幸八式教勢力の、戦死者を悼む共同墓地。静謐が支配する、()の様な場所にさえ、訪れる不埒者は絶え無いのです。
 ()れは往々にして、此処に遺産――強力な古代兵器か、莫大な金銀財宝か、願いを叶える願望器か、人によって解釈は区区(まちまち)です――兎も角、()れが眠ると云う噂を聞き付けた、盗掘者に身を(やつ)した様な方々です。

 闇夜を割って、遠間に、十二の輝線が見て取れました。
 緑色を――命の色を呈す()れは、侵略者の“死の桁(ホローポイント)”です。今宵も、敵襲が死者の眠りを妨げます。

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(こいねが)わくば、()の妨げが、玉響(たまゆら)の物で在ります様に」

 (うい)は、()れを切に願って居るのです。





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 隊列を乱さず進み行く()の集団は、軍人で在ったのかも知れません。只、最早()れも詮無き事です。
 一方的に視認できるので在れば、奇襲をしない道理など存在し得ず。

 横薙ぎを一つ。一度(うい)()うすれば、()の切先が描く華の軌跡は、瞭然と目を惹きます。

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 死の桁が紅に染まるのを、(うい)(しか)と確認する事が出来るのです。
 続けて、真っ直ぐに突き穿ちます。三人を積み重ねる様に、(うい)が槍の穂先は捉えて仕留めます。再び死の桁は赤く染まる事でしょう。()して、最初の赤は黒へと変わります。

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 黒は夜闇に溶け、消え失せる事でしょう。“死の桁”を(すべ)て黒く染め上げた者は、等しく死を迎えます。――父上(けいしゅう)が云うには、(うい)にしか見えぬものだとの事なのですが。

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 黒変した桁の持ち主を踏み蹴り、残る六人へと身を躍らせます。彼等の技量を貶める積もりでは在りませんが、()(まで)客観的に判断して、(うい)の技には遠く及ば無いでしょう。 
 彼等の中心に飛び込み、ひらり、ひらりと二回転。()れで万事、事足ります。

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「思い違いを為されては、(うい)が槍も、(うい)が業も可哀想ですので、一応、御伝えをして置きますが」

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 一人残った……(もと)い、一人残した事には、(しっか)りとした理由が御座います。()れを告げねば意味は産まれません。

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御身(おんみ)の無事は、(うい)が失着では在りません」
「がっ……!はっ……!」
言伝(ことづ)てて頂かねばなりません故。腕を落とすに留めたのですから。逃げ伝えなさいませ、(うい)が槍は壮健で在ると。()の地より“遺産”を奪わんとする者は、(あまね)()業突く張り(ごうつくばり)を恥じなさい、と!」

「――その必要はないわ」





 真後ろ。声の許へと、(うい)は腰より抜いた短刀を投げ付けました。

「っ痛。夜目でもバリバリに利くの? よくこの陰気臭い中で当ててくるわね……!」

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 先程迄の一段と比較して、明らかに長い“死の桁”は、()れだけの力を持つ者である事の証明。美しき黒髪の女性。酷く青白い肌にも関わらず、鍛え上げられた事の分かる肉体美は、不均衡さを際立たせ、(とて)も不気味に見えました。

「御大将と御見受けします。()の様な狼藉、(うい)が槍が許し置く物では在りません」
「狼藉? 何を勘違いしてるか知らないけどね、あたしの興味はハナっから――」

 一瞬、“死の桁”を見失いました。瞬く間に距離を詰めたステップ。眼前に迫る拳撃を(すんで)の所で(かわ)し、反撃に合わせた槍は、彼女の脇腹を浅く掠めました。

「あんたとの手合わせよ!真新(まあら)(うい)!」

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「遺産なんざ興味ないっての。あんたもそうでしょ? じゃなきゃ、わざわざ噂を広めたりなんかしない。あんただって待ってたんでしょ?」
「はい」

 (うい)は此処に何が眠るのかを知りません。ですから、只、待って居るのです。

(うい)の噂を聞いて尚、襲い来る強者を。貴女は()れに値するでしょうか?」

 構え、はたと(うい)は気付きました。彼女の“死の桁”は、見た事も無い色を呈していました。

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 黒く在るべき場所に、黄色が染まりつつ在ります。

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 良く観察してみれば、黄は緑に、残る黒は黄に――(すなわ)ち、失われた体力が、徐々に取り戻されていく――?
 彼女自身に目を向けると、(うい)が与えた筈の脇腹の傷は、すっかりと治って居る様ではありませんか。

「これでご満足?」
「――再生能力。(うい)は御初に目通ししました」
「そりゃご光栄ね。これが『形成仏之同胞(けいせいほとけのはら)』」

 打突をいなし、刺突が肩口を削ります。頬を掠めた拳打は、負傷と呼ぶ程では在りません。

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「さりとて、()の絡繰も、無尽蔵では無いのではと愚行しますが」

 槍の手を緩めず、連続して突き掛かります。制限無き再生能力など、在る筈も無いと判断して居ます。

 一突き。

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 二突き。腕で弾かれました。

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 三突き。浅い。

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 四突き。

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 五突き目は空を切りました。詰め寄る動きを警戒して、(うい)は槍を手元まで引き戻します。

「らあっ!!」

 相手の掌打を、槍の柄で辛うじて受け止めましたが、何と云う膂力でしょう。(うい)の両手は、()れだけでびりびりと痺れを覚える程です。

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 折角に与えた手傷は、見る間に回復を許して行きます。

 ()れでも、無駄であったとは思いません。今の攻防で、『形成仏之同胞(けいせいほとけのはら)』の見立ては整いました。恐らくは周囲の遺骸(ほとけ)を集積し、自らの義体として形成する能力。彼女が配下の集団を引き連れたのは、()の為でしょうか。先程見逃した一人も、先程屠った数人も。()の肉体は、丸で溶け始めたかの様に削れ始めて居るのです。
 (しか)し、問題が一つ。此処が墓所である事です。彼女の能力が、旧い死者へも届く物で在るのならば、()れは此の戦場に()いては、絶対のアドバンテージを有すと云う意味に()ります。

「どうしたどうした! 手え、止まってんじゃないの!?」

 彼女の猛攻は、留まる事を知りません。骨を断たせて肉を斬る、とでも云いましょうか。自らへの重傷は顧みず、致命傷だけを避けながら、(うい)へ軽傷を与えて行く。
 尋常の戦闘であれば敗北必至の戦術ですが、生憎と()の御仁は尋常では在りません。己が骨を接ぎ、(うい)だけに傷を蓄積させる(はらづもり)なのでしょう。

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 ()の様子では埒が明かぬどころか、(いたづら)(うい)の身が消耗するばかりです。

 再生を超える速度での攻撃が、正着なのでしょう。()しくは、一撃で絶命の突きを見舞い、仕留めてしまうか。()何方(どちら)も、上手く決めるのは困難でしょう。
 紛れも無き、(うい)が秘奥を振るうに値する相手。

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 なればこそ、(うい)は秘奥にて二撃で討ち果たします。





 (うい)は槍を持て、大上段に構えます。

「誘ってるわけ? いいでしょ、乗ってぶち抜いてあげる!」

 低く屈んだ姿勢のまま、敵は(うい)が近くまで詰め寄ります。迎撃の一突き。之を外せば最早、槍の距離は失われます。()うなれば、(うい)の身は彼女の連撃には堪えられ無いでしょう。

「秘奥――」

 (うい)が一撃は、彼女の頭上を過ぎ――

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 過たず、彼女の“死の桁”、()の左端へと、小さな傷を付けました。

「秘奥――幻突値槍(げんつきちやり)

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 生に値すると云う証を、(うい)は幻視しています。()の証を、(うい)()の槍で突き、否定出来るのです。()れにて一撃。

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 瀕死の敵手への二撃目を、外す道理は御座いません。(うい)は倒れる彼女の心の臓へと、()の穂先を突き付けました。

「辞世の句は御座いますか。名文句で在ると、(うい)は嬉しく思うのですが」

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「じゃあ止めとく……教養が無いのよね。こましゃくれたお嬢ちゃんを満足させるのは無理そう」
()うですか」

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 腕を突き出しました。残念です。見事な句が聴けたのならば、父上(けいしゅう)により色()い報告が出来たと云うに。





 (うい)は今は、屋敷に父上――真新(まあら)京秀(けいしゅう)と二人で住んで居ます。屋敷とは言えど、然程大きな物でもなく、まして二人であれば、使う部屋も限られては居ます。少なくとも、父上(けいしゅう)にとっては、今の居室以外の部屋は用を為さ無いでしょう。

 夜明け近く。(うい)が戻ると、珍しく、彼は起きている様でした。

「起きて居て構わ無いのですか?」
「たまにはな。寝れん日もある。それに暇だ」

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 彼の“死の桁”は、日々、徐々に()の緑の量を、黒へと磨り減らして居ます。
 恐らくは、(とて)も、(とて)も小さな(ひび)が、(みどり)(くろ)端境(はざかい)に棲んで居るのでしょう。父上(けいしゅう)の云う所の、“ウイルス”の様な。
 ()しも忍びの如き、油断の無い眼を持ってさえ居たのならば。初にも()の“死の罅隙(かげき)”を見る事は出来たのでしょうか。

 父上(けいしゅう)の能力は、『末期一会(エン・カウント)』と云い、得難き出会いを得る代償に、自らが緩慢な病死を迎える制約を持つ物の様です。魔人能力制約であるのであれば、解消の手段は限られるでしょう。父上(けいしゅう)は最早、ベッドより起き上がる事すら(まま)なりません。

「しかし、怪我なぞ珍しい。強い連中とでもやってきたのか?」
「はい!(うい)は今日、大立ち回りを繰り広げました。相手は、あ、()うです! (うい)の“桁”が、黄色に染まったのです! 緑と黒と赤以外を目にするのは、初めての事で――! ()の彼女の能力もですね、あ、彼女と呼ぶのは、()の侵略者が珍しく女性であった故で――」
「説明下手か。もう少し整理してから持ってこい」
「あ、はい。済みません。どうしても、父上(けいしゅう)に御報告差し上げたくて……」
「そうか。まあ、楽しそうでなによりだ」

 父上(けいしゅう)は優しき人です。(うい)が闘うのを止めるでもなく、只、(うい)が戦功を挙げた事を報告すれば、喜んで呉れるのです。()の喜色を得る為に、(うい)()れに足る相手との闘いを続けて居ます。

「あ」
「どうした」

 (うい)とした事が、大失態を晒してしまいました。

「御名前を伺って居ませんでした」
「別にいいだろう、墓銘なんざ。どうせ後ろ暗い連中、無縁仏で構わんだろ」
()うではなく! 父上(けいしゅう)に聴かせる、物語としての強度が下がって仕舞います」
「そういうものかね」
()う云う物です」





 数日の後。日課の夜歩きを終えて戻ると、机の上、小さな封筒が置かれて居ました。隣には、父上(けいしゅう)の字で、メモ書きがされています。

「旧い知り合いから貰った。行くなり売るなり好きにしろ」

 ()の中身は、何らかの争いへの招待状でした。舞台も、時代も、相手も。何もかもが判然とはしませんが。
 ()れでも尚、()れが戦役(キャンペーン)への切符であると。()れだけは(うい)にも知って取れました。()れ以外には何も判りません。知る術は無いのですから。


 或いは伝説の品を巡った熾烈なるレースなのかも知れません。
 勝者に瑞夢、敗者に凶夢を与える、夢の闘いなのかも知れません。
 監視社会の眼を掻い潜る、灰被りの武闘会なのかも知れません。
 最強の魔人を決める為の、カードの奪い合いなのかも知れません。

 若しくは誕生日を祝う為だけの、祭の様な物なのかも知れません。
 エンタメとして娯楽消費される、仮想空間戦闘なのかも知れません。
 浮遊国家に主宰される、魔人能力者の祭典なのかも知れません。
 大企業の首魁の仕掛けた、魔人の闘宴劇なのかも知れません。

 ()()れでも無いのやも知れません。ですが、(うい)が為すべき事は判ります。
 勝利を。()の争いに打ち勝ち、父上(けいしゅう)に報告する事。

 鏡を眺めます。其処(そこ)には(うい)の姿のみが在ります。
 (うい)には、(うい)自身の“死の桁”を見て取る事は在りません。()れは(すなわ)ち、屹度(きっと)(うい)が朽ち散る道は無いと云う事なのでしょう。


―終―



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