『残緑の尽く前に』
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『残緑の尽く前に』
灯りも仄 く、僅かに光るのみの、夜の静寂 の中。初 は――真新 初 は独り、何時もの様に見回って居ます。
大領戦争。互いの領土を塗り潰し合うかの様な、激しい攻防の繰り広げられた戦争。
初めは、只の戯れ合いであったとも聞き及びます。“いかの瀬”、“たこの淵”なる菓子の人気 争いが高じて、其々 の愛好家同士の対立から発展した、と。
其 れが真実かは、果たして定かでは在りません。併 し、一つだけ、まことの真実が此処に在ります。其 れは戦争の爪痕が、今も尚、此 の国を苛んで居る事。一華十色宗 と多幸八式教 。二つの宗教対立へと形を変えて、連綿と小競り合いは続いて居ます。
初めは、只の戯れ合いであったとも聞き及びます。“いかの瀬”、“たこの淵”なる菓子の
闇夜を割って、遠間に、十二の輝線が見て取れました。
緑色を――命の色を呈す其 れは、侵略者の“死の桁 ”です。今宵も、敵襲が死者の眠りを妨げます。
緑色を――命の色を呈す
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「希 わくば、其 の妨げが、玉響 の物で在ります様に」
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隊列を乱さず進み行く其 の集団は、軍人で在ったのかも知れません。只、最早其 れも詮無き事です。
一方的に視認できるので在れば、奇襲をしない道理など存在し得ず。
一方的に視認できるので在れば、奇襲をしない道理など存在し得ず。
横薙ぎを一つ。一度初 が然 うすれば、其 の切先が描く華の軌跡は、瞭然と目を惹きます。
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死の桁が紅に染まるのを、初 は聢 と確認する事が出来るのです。
続けて、真っ直ぐに突き穿ちます。三人を積み重ねる様に、初 が槍の穂先は捉えて仕留めます。再び死の桁は赤く染まる事でしょう。然 して、最初の赤は黒へと変わります。
続けて、真っ直ぐに突き穿ちます。三人を積み重ねる様に、
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黒は夜闇に溶け、消え失せる事でしょう。“死の桁”を総 て黒く染め上げた者は、等しく死を迎えます。――父上 が云うには、初 にしか見えぬものだとの事なのですが。
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黒変した桁の持ち主を踏み蹴り、残る六人へと身を躍らせます。彼等の技量を貶める積もりでは在りませんが、飽 く迄 客観的に判断して、初 の技には遠く及ば無いでしょう。
彼等の中心に飛び込み、ひらり、ひらりと二回転。其 れで万事、事足ります。
彼等の中心に飛び込み、ひらり、ひらりと二回転。
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「思い違いを為されては、初 が槍も、初 が業も可哀想ですので、一応、御伝えをして置きますが」
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一人残った……元 い、一人残した事には、確 りとした理由が御座います。其 れを告げねば意味は産まれません。
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「御身 の無事は、初 が失着では在りません」
「がっ……!はっ……!」
「言伝 てて頂かねばなりません故。腕を落とすに留めたのですから。逃げ伝えなさいませ、初 が槍は壮健で在ると。此 の地より“遺産”を奪わんとする者は、遍 く其 の業突く張り を恥じなさい、と!」
「がっ……!はっ……!」
「
「――その必要はないわ」
真後ろ。声の許へと、初 は腰より抜いた短刀を投げ付けました。
「っ痛。夜目でもバリバリに利くの? よくこの陰気臭い中で当ててくるわね……!」
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先程迄の一段と比較して、明らかに長い“死の桁”は、其 れだけの力を持つ者である事の証明。美しき黒髪の女性。酷く青白い肌にも関わらず、鍛え上げられた事の分かる肉体美は、不均衡さを際立たせ、迚 も不気味に見えました。
「御大将と御見受けします。此 の様な狼藉、初 が槍が許し置く物では在りません」
「狼藉? 何を勘違いしてるか知らないけどね、あたしの興味はハナっから――」
「狼藉? 何を勘違いしてるか知らないけどね、あたしの興味はハナっから――」
一瞬、“死の桁”を見失いました。瞬く間に距離を詰めたステップ。眼前に迫る拳撃を既 の所で躱 し、反撃に合わせた槍は、彼女の脇腹を浅く掠めました。
「あんたとの手合わせよ!真新 初 !」
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「遺産なんざ興味ないっての。あんたもそうでしょ? じゃなきゃ、わざわざ噂を広めたりなんかしない。あんただって待ってたんでしょ?」
「はい」
「はい」
「初 の噂を聞いて尚、襲い来る強者を。貴女は其 れに値するでしょうか?」
構え、はたと初 は気付きました。彼女の“死の桁”は、見た事も無い色を呈していました。
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黒く在るべき場所に、黄色が染まりつつ在ります。
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良く観察してみれば、黄は緑に、残る黒は黄に――則 ち、失われた体力が、徐々に取り戻されていく――?
彼女自身に目を向けると、初 が与えた筈の脇腹の傷は、すっかりと治って居る様ではありませんか。
彼女自身に目を向けると、
「これでご満足?」
「――再生能力。初 は御初に目通ししました」
「そりゃご光栄ね。これが『形成仏之同胞 』」
「――再生能力。
「そりゃご光栄ね。これが『
打突をいなし、刺突が肩口を削ります。頬を掠めた拳打は、負傷と呼ぶ程では在りません。
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「さりとて、其 の絡繰も、無尽蔵では無いのではと愚行しますが」
槍の手を緩めず、連続して突き掛かります。制限無き再生能力など、在る筈も無いと判断して居ます。
一突き。
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二突き。腕で弾かれました。
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三突き。浅い。
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四突き。
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五突き目は空を切りました。詰め寄る動きを警戒して、初 は槍を手元まで引き戻します。
「らあっ!!」
相手の掌打を、槍の柄で辛うじて受け止めましたが、何と云う膂力でしょう。初 の両手は、其 れだけでびりびりと痺れを覚える程です。
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折角に与えた手傷は、見る間に回復を許して行きます。
「どうしたどうした! 手え、止まってんじゃないの!?」
彼女の猛攻は、留まる事を知りません。骨を断たせて肉を斬る、とでも云いましょうか。自らへの重傷は顧みず、致命傷だけを避けながら、初 へ軽傷を与えて行く。
尋常の戦闘であれば敗北必至の戦術ですが、生憎と此 の御仁は尋常では在りません。己が骨を接ぎ、初 だけに傷を蓄積させる肚 なのでしょう。
尋常の戦闘であれば敗北必至の戦術ですが、生憎と
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再生を超える速度での攻撃が、正着なのでしょう。若 しくは、一撃で絶命の突きを見舞い、仕留めてしまうか。其 の何方 も、上手く決めるのは困難でしょう。
紛れも無き、初 が秘奥を振るうに値する相手。
紛れも無き、
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なればこそ、初 は秘奥にて二撃で討ち果たします。
「誘ってるわけ? いいでしょ、乗ってぶち抜いてあげる!」
低く屈んだ姿勢のまま、敵は初 が近くまで詰め寄ります。迎撃の一突き。之を外せば最早、槍の距離は失われます。然 うなれば、初 の身は彼女の連撃には堪えられ無いでしょう。
「秘奥――」
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過たず、彼女の“死の桁”、其 の左端へと、小さな傷を付けました。
「秘奥――幻突値槍 」
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生に値すると云う証を、初 は幻視しています。其 の証を、初 は此 の槍で突き、否定出来るのです。此 れにて一撃。
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瀕死の敵手への二撃目を、外す道理は御座いません。初 は倒れる彼女の心の臓へと、其 の穂先を突き付けました。
「辞世の句は御座いますか。名文句で在ると、初 は嬉しく思うのですが」
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「じゃあ止めとく……教養が無いのよね。こましゃくれたお嬢ちゃんを満足させるのは無理そう」
「然 うですか」
「
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腕を突き出しました。残念です。見事な句が聴けたのならば、父上 により色佳 い報告が出来たと云うに。
夜明け近く。初 が戻ると、珍しく、彼は起きている様でした。
「起きて居て構わ無いのですか?」
「たまにはな。寝れん日もある。それに暇だ」
「たまにはな。寝れん日もある。それに暇だ」
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彼の“死の桁”は、日々、徐々に其 の緑の量を、黒へと磨り減らして居ます。
恐らくは、迚 も、迚 も小さな赤 が、生 と死 の端境 に棲んで居るのでしょう。父上 の云う所の、“ウイルス”の様な。
若 しも忍びの如き、油断の無い眼を持ってさえ居たのならば。初にも其 の“死の罅隙 ”を見る事は出来たのでしょうか。
恐らくは、
「しかし、怪我なぞ珍しい。強い連中とでもやってきたのか?」
「はい!初 は今日、大立ち回りを繰り広げました。相手は、あ、然 うです! 初 の“桁”が、黄色に染まったのです! 緑と黒と赤以外を目にするのは、初めての事で――! 其 の彼女の能力もですね、あ、彼女と呼ぶのは、其 の侵略者が珍しく女性であった故で――」
「説明下手か。もう少し整理してから持ってこい」
「あ、はい。済みません。どうしても、父上 に御報告差し上げたくて……」
「そうか。まあ、楽しそうでなによりだ」
「はい!
「説明下手か。もう少し整理してから持ってこい」
「あ、はい。済みません。どうしても、
「そうか。まあ、楽しそうでなによりだ」
「あ」
「どうした」
「どうした」
「御名前を伺って居ませんでした」
「別にいいだろう、墓銘なんざ。どうせ後ろ暗い連中、無縁仏で構わんだろ」
「然 うではなく! 父上 に聴かせる、物語としての強度が下がって仕舞います」
「そういうものかね」
「然 う云う物です」
「別にいいだろう、墓銘なんざ。どうせ後ろ暗い連中、無縁仏で構わんだろ」
「
「そういうものかね」
「
数日の後。日課の夜歩きを終えて戻ると、机の上、小さな封筒が置かれて居ました。隣には、父上 の字で、メモ書きがされています。
「旧い知り合いから貰った。行くなり売るなり好きにしろ」
魔人一家が主催した、バトルトーナメントなのかもしれません。
現世への蘇りを懸けた、地獄の殺し合いなのかも知れません。
核と病魔で荒廃した、帝都でのコロシアムなのかも知れません。
禁足地よりの災厄を食い止める、決死隊なのかも知れません。
マジックアイテム所有者の、亜空間での遭遇戦なのかも知れません。
現世への蘇りを懸けた、地獄の殺し合いなのかも知れません。
核と病魔で荒廃した、帝都でのコロシアムなのかも知れません。
禁足地よりの災厄を食い止める、決死隊なのかも知れません。
マジックアイテム所有者の、亜空間での遭遇戦なのかも知れません。
或いは伝説の品を巡った、熾烈なるレースなのかも知れません。
勝者に瑞夢、敗者に凶夢を与える、夢の闘いなのかも知れません。
監視社会の眼を掻い潜る、灰被りの武闘会なのかも知れません。
最強の魔人を決める為の、カードの奪い合いなのかも知れません。
勝者に瑞夢、敗者に凶夢を与える、夢の闘いなのかも知れません。
監視社会の眼を掻い潜る、灰被りの武闘会なのかも知れません。
最強の魔人を決める為の、カードの奪い合いなのかも知れません。
若しくは誕生日を祝う為だけの、祭の様な物なのかも知れません。
エンタメとして娯楽消費される、仮想空間戦闘なのかも知れません。
浮遊国家に主宰される、魔人能力者の祭典なのかも知れません。
大企業の首魁の仕掛けた、魔人の闘宴劇なのかも知れません。
エンタメとして娯楽消費される、仮想空間戦闘なのかも知れません。
浮遊国家に主宰される、魔人能力者の祭典なのかも知れません。
大企業の首魁の仕掛けた、魔人の闘宴劇なのかも知れません。
勝利を。
鏡を眺めます。其処 には初 の姿のみが在ります。
初 には、初 自身の“死の桁”を見て取る事は在りません。其 れは則 ち、屹度 、初 が朽ち散る道は無いと云う事なのでしょう。
―終―
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