【線路】SS その1

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【線路】SSその1


『在るべき場所へと帰るもの』


 先の見通せぬ程に長く、真っ直ぐに続く軌線(レール)を辿り、(うい)は歩みを続けて居ます。
 線路と云う代物は、(うい)には縁遠い物です。此の上を走る列車に乗った事は在りませんし、之からも永劫無いのでしょう。父上(けいしゅう)は列車に乗って出掛けられる様な容態では在りません故。

 憧れが無いとは申しません。がたん、ごとん。がたん、ごとんと。風景とやらを眺めながら、揺られて過ごすもさぞ画に成るでしょう。

「今期豊作なのに……1話も追えてない録画溜まってるのに……!」

 ですが、今、初の為すべきは一つ。

「ただ下界で暮らしてればいいって言ったじゃん! 何が戦いですか! 何が秩序を司る女神ですか! 健康で文化的な最低限度の生活! 違憲違憲!」

 あの声の主――対戦相手、とやらを打倒する事に在ります。()れが招待状(きっぷ)の差出人――『秩序を司る女神』なる者の、願いで在るのならば。初は其れを終え、父上に奏じるのみ。

「あーっ! 初ちゃん! ひっさしぶり~! 『初心に帰れ』ってどういう意味かと思ったけどなるほどね~~~!」

 (しか)し、其の対戦相手は、初の知る人物でした。
 目元を隠す程長い前髪を、ピンで押さえ留めた其の細身の女性は、(かつ)ては“転生を司る女神”と称して居ました。初を此の世界へと、父上(けいしゅう)の許へと、転生させた者です。そして、初に『(うい)』という名を()れた人です。

久方(ひさかた)振りです」
「懐かしい……私ね、初ちゃんが初めての転生だったんですよ」
「ええ、伺いました。其れ故に、初の名を頂きました」
「そうそう、駆け出しの頃は全然予算無くて、あげたチート能力は“商売を司ってる女神”のチート屋さんから三が日明けに福袋のワゴンセールで買ったやつだから詳しくはぜんぜん知らないけど……ステータス見える系だっけ」
「はい。此の能力を以って初は貴女を討ち取ります。いざ、尋常に」
「えっ」

 成程、女神様の首級であれば、相手にとって不足が在ろう筈も御座いません。父上(けいしゅう)に語り、褒めを頂くには十二分です。初は槍を構えます。

「えええええ!? ストップ!ストップ! 私戦いたくないんですけど!」

 ()う云われても、初は困って仕舞います。決着付かねば、(そもそも)、此の地より離れる事も叶いません。

「あの……初ちゃん? 私は転生を司る女神であって、そういうのは蛮ぞk……戦を司る女神の領分なんだよね。そう、つまりラブとかピースとか担当だから……その槍は降ろ……うわっちょっ、危なっ!」
「初にとっては望む所なれば。其首(そっくび)貰い受け、神殺しの(ものがたり)と致しましょう……御覚悟を!」
「蛮族かよ~っ!」

 戦意が無い事は残念ですが、斯様(かよう)な事で初が槍筋は鈍りません。
 心の臓を狙っての突き。其れは丸で腰を抜かしたかの様に屈み込んだ女神様の、髪留めを突き壊すに留まりました。

「あーーっ! 優しいお姉さんのヘアピン……! ちょっと! 今後ラーメンを食べる時どうしたらいいの……分かってる!?」
(あがな)えば良いのでは。無論、此度の戦場より生還した後の話に()るでしょうが」
「せ、正論という暴力反対! こうなればもうとにかく、絶対初ちゃんをぶっ転生(とば)してあげます!」





 苛烈なる光量を(たた)えた雷光が、直ぐ近くに落着し轟音を響かせました。
 (かつ)て受けた身なれば、其の威力は知悉(ちしつ)して居ます。あれに当たれば、初が身は耐え切れぬでしょう。痛みさえ感じる(いとま)を与えずに、初を再び“転生の間”なる場へと放逐するのでしょう。

 雷と云う物は、鉄を伝うと聞き及びました。(とど)の詰まりは足許の鉄線を伝い、多面なる制圧力を誇ると云う事です。架線を張る尖塔に落ちし雷も、(すべ)て地に逃がす様に造られて居るのでしょう。鉄路には幾度と無く、雷閃が奔ります。

「えーっ当たんない当たんない! 待って待って待って!」

 其の(みち)の外側、鉄路と鉄柵の間の砂利道を駆け、初は女神へと急ぎます。座して居ては(てんせい)在るのみ。速やかに(にじ)り寄り、槍を突き立てるが上策。

 (しか)し、彼女の頭上。


                 


 蒼い“死の桁(ホローポイント)”は、初は今迄見た事も在りません。其れは何を表して居るかは知れません。ですが、仕掛ける以外に道は無し。

「御覚悟」
「ぎゃーっ! 来た!」

 易易と、彼女の懐に飛び込む事は出来ました。恐らくは、彼女は、戦自体に慣れて居おらず、身のこなしは戦士の其れでは無いのでしょう。だとしても、彼女の女神と云う肩書は、武勲に相応するのです。

 心臓を一突き……手応えは無く。正確には、手応えは在ったのですが。丸で押し返された様な。

「……此れは」
「ぎゃあああ痛……くない? あ、や、痛いは痛い! 痛そうで痛くない少し痛い攻撃!」


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 初が槍は一切女神の身に刺さる事無く。其ればかりか、(むし)ろ、穂先の方が刃(こぼ)れを起こして居ました。何と云う絶無の守りなのでしょう。神性の加護でも在るのでしょうか。 

「あっもしかして下界の武器って低レベルです……!? そっか、下界! 下々の世界と書いて下界!!」


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 僅かながらに削れた死の桁からは、緑が覗いて居ます。()ち、青を削った後に緑を削る、二本の桁を重ねた様な物なのでしょう。真に無傷では無い事は、幸いでは在りましょうか。絶対に傷が付かぬ、と云う物では無いと云う事です。

「攻撃効かないなら全然怖くないんですよね~~~! ほら! ほら! 当たれ!」

 とは云え、苦しい戦いを強いられるのも事実です。無差別なる雷の乱撃は、周囲を破壊しながら、辺りに降り注ぎます。横巾(よこはば)の狭い此の戦場では、其れだけで脅威と為る様な。

 鉄の死線(かみなり)のみを踏まぬ様に意識しながら、初は再び、女神様への近接を試みます。ナイフを投擲。如何に効かぬ物であろうとも、戦慣れして居ないので在れば当然、怯懦(きょうだ)に動きは鈍ります。
 幸い、牽制の残弾は無尽蔵に御座います。砕石(バラスト)を蹴り出し、女神様へとぶつけます。

「痛い痛い痛い! ほ、ほんとに当たんない! おかしくない!?」


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 実際にダメージを感じて居る訳では無いのでしょう。“死の桁”が赤を見せる事は在りません。其れでも、攻撃に意味は在るのです。
 怯みの間隙を縫う様に、初は我が身を滑り込ませます。近付けば無差別な雷撃も出来ぬでしょう。至近まで近付けば、選択肢が御座います。

 組付き。女神の肢体へと初の身を絡ませて、其の動きを拘束しました。

「ふぐっ」
「捕えて御覧に入れました」
「見れば分かりますよっ……ふぬぬぬぬ」

 攻撃は来ないでしょうが、勿論、組み付いた所で状況は変わりません。

 短刀にて首を掻き切ろうとも、傷を付ける事は叶いません。
 徒手にて首を締め上げ様にも、手応えを得る事は在りません。

 其れでも。もう少しで、勝利への鍵を手にする事が出来る。初は()う確信して居ります。


 遠間に、ブオン、と。高音が聞こえます。
 線路は誰の通り道で在るか。初のものでも、女神様の物でも在りません。主の御戻りの様です。

「待って初ちゃん、これ共倒れでしょちょっとちょっとちょっと」
「いいえ。初は直前で避けます」
「いや無理でしょ! 来る来る来るって! 来てる!」

 鋼鉄の質量が、猛速にて線路の上を駆け抜けました。





 ゆるゆると起き上がりながら、周囲を見渡します。得物は(しか)と初が掌中に在り。咄嗟に直撃は免れたのでしょうか、女神様はまだ、無事に立って居る様では在ります。


                 


()しもの女神様と云えど、あの質量では、(とて)も無傷とは行かない様ですね」
「それは、そうだけど! 初ちゃんのほうが怪我ひどいじゃん!」

 其れは、御指摘の通りではあります。初が身に車両が当たった訳では在りませんが、其の衝突の衝撃は、初を大きく吹き飛ばすには十分過ぎる物で在りました。
 幾度と無く、線路の石に叩き付けられた身体の節々が、断末魔の様に軋むのが分かります。目許も切ったのでしょうか、視界も赤に霞み、焦点を定める事も儘なりません。之では丸で、自らの死の桁を知覚して仕舞ったかの様です。痛みは麻痺して仕舞ったのでしょうか。初に伝わるのは、だくだくと流れる血の生温さのみ。

 (しか)し、初には理解出来ません。何故、無事な筈の彼女が、初へと恐れの様な目を向けるのでしょう。此の(まま)、事が進めば、勝つのは女神様と思しき様子に見える筈で在る物を。

「もう止めよ、痛そうだし……普通に死んじゃ損しかないよ!」

 涙ぐむ様な声で、女神様は懇願して居る様でした。

「ねえ、転生、もう一回しよ! 今の能力を引き継いで、もう一個能力もあげる! 世界救お! 世界救ってね、みんなに感謝してもらうの。あのね、チート能力だって、今はもっと高級品買ってあげられるようになったんだよ……!」
「初は(いな)びます」

 彼女の提案は、恐らく、甘美なる物なのでしょう。其れでも、初には意味を為しません。

 初が求めるのは、見知らぬ方々(フラッシュモブ)からの賞賛では在りません。他の誰でも無く、初は只、御慕いする父上(けいしゅう)にさえ認めて頂ければ、其れ以外は何も要りません。

 我が身は在るべき場所へと帰るもの。其の雷光(フラッシュ)は、初には無用の物で在るならば。

「紫電の如き、初が技の冴えを以て。此の戦、罷り通らせて頂きます!」





「もー! 初ちゃんの分からず屋! 死んじゃえ(いきちゃえ)!」

 恐るべき出力の雷撃が、真っ直ぐに初へと襲い来ました。

 初は迎え撃つために、“蒼き刀身”を構えます。其れは、組み付いた際にもぎり取った、彼女の“死の桁”。初だけが、“死の桁”に干渉出来るのです。女神様からは、屹度(きっと)、何も持たぬ者が、虚ろの空剣を構える様に見えるのかも知れませんが。傍目からは明白ならざれど、初が握りしは命脈。

                 

「秘奥――背反値剣(はいはんちけん)

 人を絶命させるだけの能力が在るのならば、其の背反。初が剣として操る、彼女自身の生を示す値の長物に、絶対致死の御雷(みかづち)を受けたのならば。

 雷撃は刀身に直撃しました。バチバチと耳を(つんざ)く音を立てながら、死の桁は瞬く間に色を変えて行きます。

 燐光の如き鮮やかな緑に。

                 

                 

                 


 赤熱するが如く沸々とする赤に。

                 

                 

                 


 炭化するが如く生を吐き尽くした黒に。

                 

                 

                 


 そうして、死の桁は崩れる様に消え。女神の姿も、既に其処には無く。
 初は討伐行を終えたのです。





 転生の間。神々の住まう天界の一画に位置しながら、数少ない下界との繋がりを持つ空間。

「あー懐かしい……あと5000年位ここにいたい……」

 純白のローブを纏った細身の女性が、その空間で寛いでいた。

 『生あるとは死あること』によって絶命した者は、この転生の間に送られる。それは『転生を司る女神』とて例外ではない。つまりは、ただの研修満了である。


「僕、そういうつもりでマッチング組んだわけじゃないんだけどな」

 彼女を見守るように見下ろす、『秩序を司る神』とて、殺し合いに参加させた負い目があるため、もはや強くは言えない。半年くらい会えなくてちょっとさみしかったのも事実ではあるし。


 『転生を司る女神』にとっても、確かに下界は楽しいこともあったが、それは一時の旅行気分だったからである。ずっと居るなら住み慣れた家のほうが楽に決まっているのだ。もう痛くて怖い思いだってしなくてもいい。

「天界って……最高~~~!!」





 身を引き摺りながら、屋敷に戻ると、矢張り父上(けいしゅう)は起きて居る様でした。

「戻ったか。どうだ? 楽しかったか……ってお前。酷い怪我だな……」


                 


 彼の“死の桁”は、相変わらず殆ど残って居ません。あの残緑の尽く前に、初はどれだけの話を出来るのでしょうか。其れも出来れば、沢山御褒め頂ける様な、珍しき相手との物語などは。少なくとも今は、其れが一つ御座います。

「やりました! 初は今日は、女神の首級を上げて御覧に入れました。然う、其れはもう、大立ち回りに告ぐ大立ち回り! 其処を初の精妙なる槍捌きと――」
「分かった、分かった。よくやったことは分かったから、その怪我を治せ。さっさと休め」
「済みません。速やかに快復し、朗々たる物語として(しか)と御耳に堪える物に致します」

 此処が初の在るべき場所なのでしょう。あの“死の桁”の続く限りは。其れ迄に、初はどれだけ、御褒めを頂く事が出来るのでしょうか。

 只、少なくとも、今は。此の喜悦に、身を浸して居たいのです。


―終―


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