【線路】SS その2

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【線路】SSその2


「うぅ~ん…ふわぁ…」

朝である!
起床と共に大きく伸びをし、幸せな気分で欠伸を一つ。
転生を司る女神の優雅な一日が今日も始まったのだ。

女神はふらふらと洗面所へ向かい、眠い目を擦りながら歯磨きを始めた。

(深夜アニメって面白いんだなぁ…はあ好き…下界好き…)

思い返すのは昨晩遅くまで見ていた数々のアニメ番組。
天界の常識では考えられないその過激な内容に目が離せず、つい夢中になってしまった。
だがそこは腐っても女神。
昼まで寝るような怠惰な真似はせず、今日も早朝から下界の視察に向かうのだ。

(今日は前から行きたかった脱出ゲームの日だし…いやーもうほんと最高…こんなのもう天界帰れませんよほんと…)

幸福感に包まれながら外出の準備を終え、意気揚々と家を出る。

家といっても、研修のために天界が用意してくれた特殊な空間だ。
女神が暮らすのに十分な広さがあるが、どういう理屈なのか人間には見ることも触ることも出来ない。
にも関わらずちゃんと電気やガスは通るし、テレビも見れる。天界最高。下界の次に最高。

改めて考えてみても都合のよすぎる環境に、女神も自然と笑みがこぼれる。
こんな謎空間なのに何故か形だけは下界の一般的な住居を模しており、玄関横にはインターホンや郵便受けも付いている。

彼女はなんとなくそちらに目を向けて、そしてそれが日常の終わりだった。

「え」

郵便受けに、一通の封筒が入っている。
人間には見えないし触れないこの家の郵便受けに、小さな封筒が。

「えっなんで」

慌てて封筒を掴んだ瞬間、彼女の視界は反転した。




「あ痛ーっ!な、何!?一体何が…ていうかここどこ!?」

背後から声が聞こえる。敵は、思ったより近くに転送したらしい。
同時に戦場へと転送されてきた少女──真新初は警戒しながら振り返り、

「…………成る程」

数秒かけて、声を振り絞った。

そこにいたのは、特に際立った特徴のない一人の女性。
こちらを警戒する様子もなく、どうやら地面に打ちつけた腰を押さえている。

そんな光景を前にして、初はまず呆気にとられ、次に青ざめ、最後に強い覚悟を決めた表情を浮かべた。
その視線は、前方斜め上を向いている。

「貴女が…対戦相手。成る程、成る程…」

意味のない言葉を紡いでいる。普段の自分なら、鼻で笑うようなことをしている自覚がある。
だが時間がほしかった。心を落ち着ける時間が。

「た、対戦相手?何の?」

要領を得ない返事。
だが、状況から見て対戦相手はこの者で間違いないだろう。
見渡す限り、この線路の上には自分たちしかいないのだから。

嗚呼、それにしても──






































「あ、あのー…今これ、どういう状況ですか…?」

初は一体何と戦おうとしているのでしょうか、と彼女は冷や汗と共に独りごちた。




結局、やることは変わらない。
自分に出来ることは、ただ全霊で以って命を刈り取ることのみ。

故に初は、未だ隙だらけの敵へ突き掛かった。まずは、首。

「うわぁっ!ちょっと何するんですか!」

避けられる。そこまでは想定内だが、避けられ方が問題だ。
槍の穂先が当たる直前に敵は高速で上空に飛び上がり…そして、今も宙に留まっている。
当然、もはや槍は届かない。

(馬鹿げた大きさの“死の桁”に、何の力みも見せず空中浮遊…いよいよもって人間とは思えぬ所業。
これが音に聞く妖怪の類なのでしょうか)


惜しいところまで見抜かれながら、女神はさてどうしたものかと悩んでいた。
なんだか分からないが、とにかく一度地上に降りたい。
このままだと大変なことになってしまう。

(あわわわわギャンブル…ドラッグ…酒浸りの日々…)

彼女は今、厳密には空中浮遊などしていない。そもそもそんな能力も持っていない。
ただ彼女は先程から、神力──神のオーラとでもいうべきものを自らに漲らせているだけだ。

それにより極めて当然の摂理として、女神の身体が本来在るべき場所、つまり天界へと引き寄せられているのだ!

(ひぃーっやばい!還る!還っちゃう!汚職替え玉受験振り込み詐欺!!)

なので放っておけばそのままぐんぐん高度が増し、はるか彼方にある転生の間へと帰宅することになる。
それを防ぐために、彼女はさっきから必死で俗っぽい言葉、女神っぽくない言葉で頭を一杯にしていた。

だが、初に手を止める理由は無い。
両手にナイフを構え、上空に浮く女神の身体とその“死の桁”に射ち込む。

「秘奥──」
































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「わわ!」

身体の方は避けられたが、“死の桁”には刺さった。
刺さったが、感覚で分かる。効いていない。そんなはずはないのに。
そもそもあれは本当に“死の桁”なのか?

これは…本当に埒が明かない。

「…戦う気が無い様ですが…貴女も招待状に呼ばれてきたのでは?」

秘奥の一つを費やしてなお突破口の見えない相手を前にして、初は戦い方を変えてみた。
得体の知れぬものには、自らを語ってもらうのが話が早い。

一方女神はようやく会話が成立し、一息つく!
と同時に件の「招待状」とやらについて記憶を探るが、心当たりなど一つしかない。

「あの、それは小さな封筒に入ってたり…?」

「嗚呼、やはり知っているではないですか」

戦いのルールも日時も、そこに書いてあったでしょう──そう返されては、女神としては沈黙するしかない。

あの封筒がいつから郵便受けにあったのかなど分からない。今日だってたまたま気付いただけだ。
いやだって、家は謎時空に存在するし、下界に知り合いとかいないし、郵便が来るなんて思わないじゃん…世の無情に女神は心で泣いた。

黙ったままの女神に向けて、初は更に言葉を紡ぐ。

「つまりもう、債は投げられたのです。観念して命の取り合いを──」

「待って、いやほんと待ってください」

女神が堪らず待ったをかける。
なんとなくそんな気はしていたが、どうしても確認しなければならないことがあった。
即ち──

「これ、どちらかが死ぬまで決着しないんですか…?」

「当たり前でしょう。戦いは、どちらかが死ねばそれで終いで御座います」

即ち、この不毛な戦いの終わらせ方の確認! だが帰ってきたのは非情なる言葉!

「あ…あああ……」

分かる。目の前の少女は初手からこちらの命を狙ってきていた。
今も会話しながら隙を伺っているのが分かる。

でも、駄目だ。もしも私が殺されれば、そのまま天界に帰ることになる。
即ちハッピー下界ライフの終焉。それだけは駄目だ!

そもそも、多分この少女は私を殺せない(・・・・・・)

最初から視線に違和感があった。そこに、先程の投げナイフ。
恐らく、彼女には私の「何か」…何らかのステータス情報が見えているのだろう。見える化である。
職業柄、そういうチートはよく知っている。鑑定はどんな異世界でも強い。分かる。

だが神を殺すにはそれだけでは足りない! なにか神殺しの謂れのある武器とか…そもそも即死に類する異能とか…そういうのがないと、この場で自分を殺すことは出来ない!

勝敗が互いの生死によってのみ決まるのであれば、はっきり言って負けようが無い!

「そんな…なんで…」

では自分が少女を殺すしかないのか。
否、それも駄目だ!転生を司る女神が人間を殺すというのは、即ち異世界に転生させるという意味である!

つまり…少女を殺した時点で、転生の間へと導く必要が出てくる! それはつまり帰宅である!

つ…詰んでいる!!どちらに転んでももはや天界行きは免れない!!
なんでこんなことになってしまったんだ!!


──なんでかというと、それは事実の誤認のせいである。
実際のところ、この戦いの敗北条件は複数ある。死なずとも戦闘不能になったり、戦闘領域から離れれば負ける。
それどころか、女神が一言「負けました」と言えば降参負けになる。

ならば何故初はそう言わなかったのか?
決まっている。真新初にとって戦いとは死を以って終わるものだからだ。

それ以外の「戦い」を彼女は知らない。
だから、聞かれたことに素直に答えただけだ。
勿論ルールはルールで理解しているが、端からそれ以外の決着を見るつもりがない。

それは偶然のすれ違いではない。互いが自分に正直であった結果の必然である。

そして女神が頭を抱えるのをやめ、結論を出した。
というか諦めた。現状もう、こうするしかない。

女神の雰囲気が変わる。
初はその手がゆらりと挙がるのを見つめ、さて鬼が出るか蛇が出るかと気を引き締め、

「うぎゃああああああああああ!!!!!!!」

そして少女の全身を神の雷が貫いた!
これは…間違いなく死んだ!

だがこの能力は命中率が低いはずでは──否、少女の手には鉄製の槍!避雷針!なるほどね!

「……嗚……ぁ……」
「えっ生きてる!?なんで!?」

えっ生きてるの!?なんで!?

い…いや、今の一撃は疑いようもなく致命傷!
その証拠に、肉体的には既に死体も同然のはず!

…されど彼女にも譲れぬものがある。

今もベッドの上で初の報告を待っているであろう父のこととか…あと“死の桁”が存在しない自分が死ぬはずないとか…
そういう精神的な強さが今、奇跡を起こしたのだ!

「じゃあもっかい落とそ」
「うぎゃああああああああああ!!!!!!!」

再度の落雷!今度こそ間違いなく死んだ!!

「いやーびっくりした…さ、流石に死にましたよね?」
「……」
「…一応もう一回やっとこう」

もの言わぬ真新初の亡骸に再三の落雷が直撃し、バラバラに砕け散った。

──勝者、転生を司る女神!




決着から数十分後、転生の間。

「なるほど、お父さんに喜んでほしくて闘いを…」

「えぇまあ…けれど父上より先に死ぬなんて、初はとんだ親不孝者になってしまいました」

そう言って大袈裟に涙を拭う真似をすれば、目の前の女神がばつの悪そうな顔を見せる。
神とは意外と人間味のある存在なのだな、と初は思った。

彼女は既に、この摩訶不思議な状況を受け入れている。
元より命の取り合いを望んで挑んだのだ。故に自らが負け、殺されたことに恨みはない。
ただ残してきた父のことを想うと、これぐらいの嫌味は言っても許される気がした。

「うぅん…じゃあやっぱり異世界転生はあんまり興味ない感じですか?
色々特典も付けられるんですけど…」

初はゆっくりと首を横に振った。

異なる世界の強者との戦いに興味はあれど、そこに父がいなければ意味がない。
ただ父が喜んでくれるから。
また聞かせろと言ってくれるから。

自分の戦いは全て父のためにあったのだ。

「んんー……あっいやでも…あの…お父さんはもう余命幾ばくもないんですよね?
未練も多分あんまりない感じ?……えっと、あくまで提案ですよ。
実は転生特典に『超健康体』ってチートスキルがあるんですけど…」




「うぎゃああああああああああ!!!!!!!……ぬぅっここは…?」

「父上!初はここです!」

「初…?なんだ、どうなっておる?」

「父上、初は遂に負けました…知りませんでしたが初も死んだら死ぬようです。 ですが不思議なことに此処では生死が有耶無耶であり、いえ、不思議といえばそもそも此度の相手! まさしく異界より出でしその者は見たことのない“桁”をしていて、あっいや、それよりも雷がですね──」

「待て、分かった。お前が本物の初であることはもう十分に分かった。それより、この状況は」

「つまり、異世界転生です!一緒に異世界転生しましょう!」

「…いや、分からん。遮って悪かった。一から話せ。…どうも身体が軽いから、長くなっても聞いてやれそうだ」




「…どうやら得るものはあったみたいだね。どうだった?下界研修は」

「最高でした!あのですねまずご飯が美味しいんですよ天界の味気ない料理とは大違いでそれに娯楽も凄く刺激的であっそういえば『秩序を司る神』さんもたまに下界行ってるんですよねどこかおすすめの場所とか」

「待って、分かった、得るものたくさんあったんだね。ほんとよく分かった。
その話長くなる?長くなるよね。うん、あの、手短にね。僕これでも結構忙しいからね…」
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