風月すず

基本情報

  • キャラクター名:風月すず
  • 性別:女性

特殊能力『鉄葉の心臓』

心臓を破壊されない限り、絶対に“死ねない”能力。
この心臓はスズと鉛、その他諸々の不純物からなる合金でそんなに綺麗なものではない。
傷つき、人間としての姿を保てなくなったときは周囲の“きれいなもの”を取り込み、綺麗な女の子になって再生する。

彼女がどんなモノであるかは、霊感の強い人ならうっすらとわかるらしい。
心臓はありとあらゆる物理的手段はもちろん論理的な魔人能力の干渉さえ受け付けないが、実は誰にでもできるたったひとつの方法さえ知っていれば破壊することが出来る。

苦痛も、苦悩も、遮断されない。
恋慕も、狂気も、すべて貴女のものだ。

キャラクター設定

キャラクター名:風月 すず
よみ:ふげつ すず
性別:女性
体型:普通
学年:高等部1年
部活:『カランドリエ』
委員:天文委員
武器:空の宝石箱と絵筆
初期ステータス
攻撃力:1 防御力:1 体力:3 精神:1 FS(開かれた結末):24
アビリティ:逸脱[abnormal]

『カランドリエ』の一員。
長らく所在が不明になっていた「風月」の座に新たに座った新入生。
元は美術部に所属していた魔人でもなんでもない普通の女生徒だったが、ある日を境に光り輝くような美貌を手に入れてからは『カランドリエ』の一員として迎え入れられる。
その際、芽月リュドミラのところに足繁く通っていたことから他のメンバーからは彼女の情婦なのでは? と陰口を叩かれている。


プロローグ

――あなたの肌に絵筆を乗せるたび、途方もないよろこびと怖気に身をよじらせる。
 体をくすぐり、ほほえみを浮かべるあなたを見て魂を震わせ、身体を抱きしめる。ああ、なんて私はしあわせなのだ、満ち足りているのか――と。

 人形すずはなにものでもない。なんでもないただの女子生徒だ。
 生まれつき足の片方が不自由で、なんでもない容姿と名前に生まれ付いた、平凡平均なおんなのこ。
 妃芽薗学園に中途入学したのにもさしたる理由があるわけではない、ただ、あの何も特徴もない、子どもから顔を忘れられていてもおかしくないこの両親にそんな甲斐性があったのかと驚いたくらいだ。

 だけど、それは彼らから見ても同じことなんだろう。
 きっと、私は誰からも見てもらえない。顔を覚えてもらえない。
 朝、鏡を見ても一対の目と耳、口と鼻がひとつずつ。そんななんでもない人並程度の容姿でどうして天上天下、雲上人の戯れに雑じることが出来たと思うだろう。

 私は――ここにいる。私はみなと違うのだ。
 「人形君、そこだ。そこ、そこをお願い」
 私は今、この世で一番美しい生きものを描き上げているのだ。人形すずは同性愛者というわけではないけれど――、そんな通り一辺倒の常套句を使わなくても彼女には触れられない、触れたくても触れたくない何かとわかっただろうか? “彼女”の背筋に筆を這わせ、こらえる嬌声、空気の震え、それを愛した。

 「近頃は、血色がいいようです。赤を混ぜたからでしょうか?」
 「人血なぞ使ってくれるなよ。気色悪くてたまりやしない。クレムソンレーキがいい、私が最初に描かれた時には既にこの世にあったものだ」

 私は――、一幅の絵、先輩の名の通り、先輩そのものを手に取った。手に取ることを絵自身に許された。
 絵筆の先から雫を落とすと、肌に染み込んで消えた。図らずも赤みが増したようだ。横たわる裸婦というには肉厚が足りない、未成熟な乙女の骨肉は絵筆に沿って形作られていく。いらない色気は肌の水気に負けて流れ落ちる。

 カンバスはあなた自身、百号を越える生きた人物画が立って歩く。
 川辺に遊ぶ水妖『リュドミラ』は百年前の無名画家が魂を込めて描き出した傑作だった。もし、彼女が処女作であったとして生みの親が首をくくる結末は変えられなかったはずだけど、言葉を結ぶことも叶わなかった水辺の可憐にそのことを告げるのは酷というもの……らしい。


 ――これも、すべて教えてもらったこと。
 私と貴女、それ以外は白紙に等しいここ部室の中、散乱するガラスのかけら。気にしたこともなかったなにかのトゲ。ここまで歩んで来いと裸足を強いられた。足跡を残す。

 今日も私は地面に水平に立てかけられたイーゼルの上、彼女と睦み合う。
 課業後の一時間、呼ばれた時だけの関係、傷を舐めるだけの関係、私たちを貴人の方々はそしるのでしょうが、それに言い返すことはできないし、たとえ御方が庇い立てようと私だけは受け入れる。
 私は、特別なのだから。いつもの特別な一時間が過ぎる。
 特別に囲まれた普通、普通を囲う(描こう)格別、傷口は増えていく。傷口を隠そうと絵具を塗りたくろうと、おみとおし。流石です。

 「帰りなさい」
 「私は絵じゃない。先輩と一緒になれないし、魔人じゃないからこのまま卒業までここにいることさえ出来ないです。だけど、一緒にいようとすることはできるはずです。違いますか! おかしいんです、私は!」
 こんなにきれいな人(絵)ですもの。
 先輩を愛した人はそれこそ星の数ほどいたはずです。きれいなひとが集まって――それでも私みたいなただの女の子を傍に置いてくれたのだから、そこには何か理由があるはずでそれはきっと、

 「ありふれた物言いだね。可笑しくもなんともない。探偵どもと風紀委員がいがみ合っている今、いつ巻き込まれても仕方がない。校外に出る手続きはしておいたから親御さんの許に帰りなさい」
 「でも、」
 「しつこい。すず、君は何に憧れているんだい?」

 いつも体を委ねているベッドからシーツを一枚取り上げると、先輩は歩んでいこうとする。
 待って、待ってください。追いかけようにも今のこの脚は、私は思い出してしまった。痛い、ということ、私は人間ということ、だから手を伸ばした先、絵とその先、かつていっしょに連れて行ってもらった絵の中の世界にはたったひとりでは行けないということに。

 熱、痛み、ジクジクと両脚から腰骨を通って全身を焼く痛みに気を失ったのはそれからすぐのことだった。


 人形すずは夢を見ました。
 まるで真白の夢に、色の無い夢の中にあって、落下し続ける夢を。
 その中ですずは本当にスズの人形になっているのです。
 そして、意識を数えることも忘れた頃になってスズ人形はお姫様の胸元に抱きしめられていることに気づきました。
 「なんてかわいそうなんでしょう」
 「なんてかわいそうなんでしょう」

 夢の中で人形になっている彼女に難しいことはわからなかったので、耳に入ったのはそれだけでした。
 実際はもっと違うことを言っていたのかもしれませんが、すべて理解したら狂ってしまうでしょうから、きっと丁度いいのです。
 ところでお姫様はスズ人形が今まで遊んでもらった人たちの中でも一番きれいな人でした。
 お姫様はきれいな黒髪をくるくると指先で巻いて、抜いた一本の髪の毛でスズ人形をぎゅっと結ぶと、お転婆にも放り投げました。行く先は暖炉でしょうか?

 気づくと、暖炉の中で一枚の絵が燃えていました。
 それは先輩です。スズ人形はそれも悪くないなと思いました。
 けれど、それは違いました。よくよく見ると燃えているのはすずの絵です。
 暖炉の中でスズ人形がすっかり燃えてしまうと、先輩は燃えさしのブリキの心臓を掻き出します。悲しそうな顔で摘まむと宝石箱に仕舞い込み、恭しく顔の見えない王子様に差し出しました。

 王子様の顔を目も耳もない心だけのスズはわかりませんが、この人こそが先輩が一番好きな人なんだなあと思うと、冷たいはずのハートがうずくのです。
 悲しくて、悔しくて、そしてこれが現実でした。

 「悔しい? 美しいものが憎い?」
 お姫様が語り掛けます。気づけば、お姫様のきれいな黒髪は真っ白になっていました。
 宝石箱の中で綺麗な石に囲まれて、スズのハートはねたみます、にくみます。
 どうして? どうして! と、いくら叫んでも叫んでも声にもならないのです。もう、スズの心は見たいものしか見ることはできないし、聞きたいものしか聞くことが出来ません。

 それが、死ぬということなのですから仕方ありませんね。
 だからお姫様の言葉は最後まで耳に入ることはありませんでした。

 ≪この物語は『幸福な王子』? それとも『しゃんとしたスズの兵隊』かしら? どちらにしても私はページをめくるだけ、ハッピーエンドのその先を絵本が終わったとしても、ね。≫
 一本の古びた匙からつくられた二十五人のきょうだいたち、図らずもアンデルセンが語ったのは最後スズが足りずに一本足で放り出された恋する兵隊でした。

 これは偶然でしょうか?


 それから三日後、人形すずは風月すずと呼び名を変えてここにいた。
 まるで別人のようにきれいになった娘の姿を見て、両親は驚き、詰め寄った。
 けれど、すずは二人を何か汚らしいものを見るような目で見ると、触れることさえ疎んで二人を振り払います。妃芽薗学園に向けて身を翻す娘だったものを見て父と母は泣くことしかできなかった。

 『電話住まいの探偵茶会』、『剣劇怪盗』、『公平なウォールブレーカー』、『一つきりの星座』、『薄暗がりに潜んだ血河』、『日和見する女王』、『気色のいいサボテン女郎』、『三千点探偵』。

 奇妙であったり、華麗であったり、構成員各々が二つ名で彩られる謎の部活動『カランドリエ(革命暦)』、痛む心臓を庇いながら『幸福なスズの兵隊』は引きずることのなくなった両足で行進を続ける。
 振り向いてもらうのは『絵の中の水妖』芽月リュドミラ。

 手柄のために旧校舎を目指すスズの目に、悲しさに曇る絵の中の瞳は映らない。




最終更新:2016年07月22日 23:43