世界の終わりがやって来た。
大仰な計画も、物々しい黒幕の存在もなく、それは突然に始まった。
星が消えていく。
柵(しがらみ)を呑み込んで。
人の築いてきた文明が、不出来な絵画に消しゴムをかけるような調子でかき消されていく。
本当に、ただ消えていくとしか言いようのない光景だった。
山が、草木が、あるいは海が、光の粒子になってなくなっていく。
しかし真に恐ろしいのは、その光景を見た時、心の中に芽生えた感情だ。
怖いとも、嫌だとも、どうにかしたいとも思わなかった。というより、思えなかった。
こうなってしまったのだから仕方がない――そんな肯定的な気持ちで、事を捉えている自分がいた。
怖くない。
怖くないのだ。
あと数日の内に自分も含めた何もかもが消えてなくなるというのに、自分はそれを毛ほども恐れていない。
自分だけではなく、誰もが。
いのちの終わりというものを、揃いも揃って良いものとして捉えている。
毎日のように生き死にや損得について、不毛な論議と争いを重ねてきた生き物とは思えないくらいに。
それに気付いた時――はじめて、怖いと思った。
「……はあ」
気付けばまた、溜息が漏れている。
それを聞いては顔を顰める古株の教師も、顔を見なくなって随分久しい。
それどころか、誰一人。
慈の知る限り、ここ数日は誰ひとりとして、この学び舎へ寄り付く人間はいなかった。
終わりゆく世界の中で、法律や規則の類は軒並み希薄化の一途を辿った。
皆が皆、幼い日の揺りかごで微睡むような心地よい酩酊の中で生きている。
赤ん坊に、法律の穴を突いて利益を得ようとするような狡猾さはない。
それと同じだ。きっと今、世界中の誰もがそういう意味では幼児退行を遂げている。
当然、例に漏れず義務教育などという観念は真っ先に無視された。
どうせ未来はないのだから、「学ぶ」ことに意味などない。
その主張の正誤は置いても、残された限りある時間を家族と過ごしたいという想いは理解できる。
佐倉慈にも、当然のように家族がいる。
けれど慈は滅亡へのカウントダウンが秒読み段階にまで迫った今もなお、こうして一人出勤を続けていた。
今朝も母親から電話があった。
そろそろ帰っておいでと誘う声は、どこか淋しげだった。
チクリと胸の内側を刺す罪悪感。
それを感じていながら、それでもやはり、足は自然とこの学校へ向かう。
とはいっても、こんなルーチン通りの暮らしを続けられるのも精々あと二日が限度だ。
最期は自分をここまで育て上げてくれた母の下で、礼の一言もかけてあげたい。
そんな思いは、人として当たり前に持ち合わせている。
なのに未だこんな日々を送っているのは、きっと諦め切れていないからだろうと思う。
世間が抗うのをやめて、ただ受け入れるばかりになった終わりの瞬間。
巡り、廻る観覧車のように、確率がどうこうではなく当たり前のこととして落ちる、銀幕。
「死にたくないなあ……」
この考えこそが、既に異端なのだ。
皆が全てを受け入れて、幸福な最期に拘り始める中で、佐倉慈は生へ未練を抱いている。
死にたくない。
もっと生きていたい。
人として当然の願いが、相対的に、立派な狂気の一形態に姿を変えている。
なんという、異常。
狂気的なほどの安らぎの中では、正気こそが狂気に成り代わる。
「聞いたわ。死にたくないのね、あなた」
仄暗い部屋の中。
無人の筈の職員室に、鈴の音にも似た少女の声が響いた。
沈みかけの夕陽が窓際に照らし出した姿に、慈は思わず息を呑む。
「あなた……誰なの?」
その少女は、あまりにも可愛かった。
美しい、という形容は似合わない。
ただ、可愛らしい。
童話の中から抜け出てきたとしか思えないような、全身で可憐さを主張した少女だった。
しかも、それは作られた可愛らしさではない。
この娘が生まれつき持ち合わせた、一言素質としか形容のしようがないものだ。
少なくとも慈は生まれてこの方、こんな人間は見たことがなかった。
それほどまでに、少女は現実離れした精微さを満面に宿していた。
「そんなことはどうでもいいのよ」
高校生ではないと思った。
多分、中学生――もしかすると小学生かもしれない。
それくらい、幼さを感じさせる。
それも、ある種の懐かしさすら抱かせるような。
他人であるはずなのに、どこか他人の気がしない。
「あなたは、死にたくないのね?」
「……死にたく、ない」
「そう。なら、私が喚ばれたのに間違いはなかったってわけね」
少女は満足そうに、にんまりと笑った。
とてとてと、可愛らしい擬音の似合う歩調で、彼女は慈の傍までやってくる。
滅びへ向かう前の世界には、慈が知らないだけで沢山の不思議な物語があった。
剣と魔法の冒険譚や裏社会を舞台とした能力者同士の抗争すら、確かに存在していた。
しかし佐倉慈は、誓って一度もそういったものへ関わったことがない。
その彼女でも、もう察していた。――この少女は、人間ではないと。
幽霊とか妖怪とか、そんな陳腐なものとはわけの違う……もっと輝ける「何か」であると。
「ねえ、お名前は?」
「……慈。佐倉、慈」
「慈ね。じゃあ慈、早速だけど、あそこへ案内してちょうだい」
少女が指差したのは、窓の向こうに見える景色の中でもひときわ目立った一本の塔であった。
日本一なんて大層なものではないが、市内では一番の高さを誇る電波塔。
展望台も兼ね備えられて、特にこの数週間は大人気となっている観光スポットだ。
なんでも、今は入場料も取っていないらしい。
「えっと……それは、どうしてかな?」
「私、あんな高い建物知らないわ!
女王様のお城なんて目じゃないほど、高くてスマート!
せっかくの現代なんだし、満喫できるものはうーんと満喫したいもの!」
「現代って……」
慈には、さっぱり話がわからない。
ただ、この可愛らしい少女は、やっぱりまともな人間ではないようだった。
先の「喚ばれた」という発言に加え、今のまるで現代人ではないかの如き振る舞い。
聞きたいことは山ほどある。けれどまずは、名前だ。
彼女の名前を聞いておかないことには、会話にさえ不都合する羽目になる。
「タワーに行くのはいいけど……その前に、あなたのお名前を教えてくれるかな?」
「――アリス」
にっと笑って、少女――アリスは言った。
「セイバーのサーヴァント、アリスよ。私はね、慈。あなたに未来をあげに来たの」
アリス。
その名前を聞いて、慈は歯車が噛み合ったような気分になった。
覚えている。
まだ小さかった頃。
世界が夢と希望と、そして幻想に満ち溢れていることを疑わなかった幼少期。
眠気に微睡む布団の中で、母に読み聞かせてもらった、心湧き踊る異国の冒険活劇。
――不思議の国のアリス。彼女はまさに、慈がイメージする通りの、「アリス」だった。
【クラス】
セイバー
【真名】
アリス@グリムノーツ
【パラメーター】
筋力:A 耐久力:D 敏捷:A 魔力:D 幸運:A 宝具:C
【属性】
混沌・善
【クラススキル】
対魔力:C
第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。
大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。
騎乗:B
騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、
魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなせない。
【保有スキル】
冒険体質:A
生前二度も未知の幻想領域へ足を踏み入れ、冒険を繰り広げた冒険者の象徴。
彼女が重ねた冒険の数は多くないが、正攻法では辿り着けない地を馳せたことから最高ランクとなっている。
セイバーは、自身が初めて赴く場所での戦闘時、幸運及び戦闘時の各種判定にプラス補正を獲得する。
キャスタークラスの陣地作成や、固有結界などの宝具へは更に効能が上昇。
ヒーロー:A
英霊の座と酷似した、「導きの栞」に宿るヒーロー。
セイバーは善性のヒーローであるため、悪属性のサーヴァントに対しては特攻を発揮できる。
ちなみに悪性のヒーローの場合は、善属性のサーヴァントに対して特攻が発動する。
コンボ攻撃:A
セイバーの攻撃は、手数が多くなればなるほど威力が上昇する。
撃破攻撃:A
敵を倒す毎に、その戦闘中においてのセイバーの筋力値が上昇していく。
これは敵を撤退させることでも効力を発揮しますが、サーヴァントを消滅させた場合は更に大きな上昇を見せるのが特徴であるといえる。
また、このスキルによる強化は重複するので、使い魔などを呼び出して戦うタイプのサーヴァントには猛烈な相性の良さを発揮するだろう。
【宝具】
『暴風の冒険譚(ワンダーラビリンス)』
ランク:C 種別:対人宝具
それは不条理を切り裂く刃の迷宮。少女を阻む者は皆、戦慄すべき刃の迷宮に閉じ込められる。
超高速から叩き込む十二連撃で、最後の切り上げの動作をもって攻撃が締め括られる。
特に物珍しくもない、あくまで技の範疇に収まった宝具だが、導きの栞に記録されたヒーロー達の持つ必殺技の中でも最高ランクと称される程に猛烈な威力を持つ。
『夢の始まり(ルイス・キャロル)』
ランク:E 種別:対人宝具(自身)
この宝具の発動タイミングは、いかなる手段を使ってもコントロールできない。
セイバーが不思議の国へと迷い込むに至った、時計ウサギの後ろ姿を象って宝具は何の前触れもなく発動する。
時計ウサギの姿はセイバー以外には見えず、またセイバーさえもウサギと意思疎通することも不可能だが、時計ウサギを追いかけた場合、必ずサーヴァントの下へと辿り着く。
【weapon】
片手剣
【人物背景】
時計ウサギを追いかける内に不思議の国へと迷い込んでしまった好奇心旺盛な少女。
次々巻き起こる奇妙で怪奇な事態にも物怖じしないその姿は、まるで少女こそが狂気の源のようでもある。
少女が見た世界は実在したのか、それともただの夢だったのか。真実は誰も知らない。
【マスター】
佐倉慈@がっこうぐらし!
【マスターとしての願い】
世界滅亡を止めたい……?
【能力・技能】
一般人。ただし学校の先生であるため、学力は高め。
【人物背景】
私立巡ヶ丘学院高等学校国語教諭。
生徒たちからは「めぐねえ」と呼ばれているが、本人は「『佐倉先生』と呼びなさい」と指導している。
【方針】
死にたくないし、世界には存続してほしい。
だがそんな一人の我儘を押し通していいのか、迷っている。
最終更新:2016年03月12日 15:04