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 ブラインド越しに見下ろす街には、拍子抜けするほど普段通りの時間が流れていた。
 子を背負い妻を連れ、笑顔で何処かへ出かけていく一家の父親らしき男。
 余程奮発したのだろう、買い物袋の中に普段は買えないような高級食材を詰めて帰途に着く主婦。
 野球バットを背負って走っている小学生たちは、これから一日遊び倒す腹積もりなのだろうか。
 世界の何処にでもありふれていた光景が、何一つ変わることなく眼下の街に広がっている。
 ただひとつ異質なところを挙げるとすれば、今日は土日の休日でもなければ、祝日でもないということ。
 月曜日。一週間の始まりである筈の日に、皆が休日と変わらない時間を謳歌している。
 大人は仕事へも向かわずに趣味や大切な人との時間に没頭し、子供は学問という本分を投げ捨ててひたすら楽しそうに遊び歩いている。
 平穏で素晴らしい光景には違いないが、一個の社会としてはあまりに異様な絵面だった。

「はっ、腑抜けどもが」

 隻眼の男は、そんな世界を嘲笑ってみせた。
 彼に限っては、強がりでも負け惜しみでも何でもない。
 心の底から、黙って終わりを待とうとしている衆愚を無能な愚図めと侮蔑している。
 やはり所詮は凡人どもだ。人並みの脳髄しか持たない人間だから、結局最後は無様に逃避することしか出来ない。
 だが、自分は違う。
 この終末期患者ばかりを押し込めたサナトリウムのような世界の中で正気を保ち、己の本願を果たすべく前進を続けているのだ。あらゆる争いが消えて酩酊するばかりの世界で、未だ確たる自分を失わずにいる。

 世界終焉の知らせは、男の耳にも等しく届いた。
 原因、理屈、一切が不明。
 地球という星について積み重ねられてきた全ての叡智を駆使しても、その理由一つ見出せなかったという。
 鉛筆書きの絵に消しゴムをかけるように、文字通り世界が端から少しずつ消えていく。
 建物も、海も山も、そこに生きる生物も、一切の例外なく消えてなくなった。
 やがて人類は抵抗の意思を捨て、如何にして幸福な終末を過ごすかということへ思考をシフトさせ始めた。

 その結果が、この現状だ。
 世界の終わりという状況に直面した人類が見せた反応は、心理学の定石を完膚なきまでに裏切った。
 謂わば心理面に覿面な作用を見せる脳内麻薬が、オーバードーズで放出されているようなもの。
 単純な死ともまた違った、種として根本的な終わりを前にした時、人はどうやら足掻くのを止めるらしい。


 ――それが人類共通の隠された性質であったのならば、きっと柳沢誇太郎は異常なのだろう。


 彼は世界滅亡のカウントダウンが現実的なものとなった今も、幸福の追求などという戯言に身を窶していない。
 そして今後どれだけの平穏が世界に満ちたとしても、それが彼を染め上げることはあり得なかった筈だ。
 淀んだ隻眼の奥底に渦巻く汚泥のように混沌とした感情が、そのことを物語っていた。

「人生の絶頂ともいえる高みから無様に転落したあの日から、俺を突き動かすものは常に一つだった」

 一つになってしまった目を閉じる度、昨日のことのように思い出される記憶がある。
 散らばる死骸と瓦礫の中、異形に成り果てて暴走する忌まわしき実験動物。
 潰された左目が放つ激痛と、婚約者の末路。
 あの時、柳沢は間違いなく持っていた何もかもを失った。
 残ったのは天才的なまでのその頭脳と、超生物を世に解き放ったという功罪と――

「『憎悪』だよ、モルモット。お前に復讐するという強い憎悪が無ければ、俺は此処までは来られなかったろう」

 狂死するほどの憎悪を抱えて、柳沢は死に物狂いで足掻いた。
 天才である自らに欠けているものを補充して、闇の情熱を携え、素性を隠して暗殺計画へ介入した。
 奴の心底大事にしている生徒達をも存分に利用し、幾度となくあれを窮地へ追い込んできたつもりだ。
 だが結果として、未だ柳沢はマッハ20の超生物……かつて『死神』と呼ばれた実験動物を殺しあぐねている。
 手をこまねいている内に、柳沢が次の一手を完成させるよりも速く『終焉』がやって来た。
 どれだけの速度で移動しようとも、星そのものが消滅してしまうのでは奴も形無しだ。
 全てを失ったあれは、何も成せなかった空虚の中で自壊するか、もしくは永遠に独りで生き続けることだろう。

「俺もお前に色々なことを教えられた。そして教え子は、立派に成長して恩師に報いるのが礼儀だ。
 だから俺は――」

 弧を描いて吊り上がった口許は、空に浮かぶ体の欠けた三日月を彷彿とさせた。
 柳沢の過去と抱く憎悪についてを知った人間は、まず間違いなくこう思うに違いない。――『逆恨みだ』と。
 実際、その通りだ。柳沢誇太郎という人間が原動力としている憎悪は全て、彼自身の身から出た錆。つまりは完全な逆恨みであり、そこに同情の余地など一片も存在しない。
 されども彼にとっては、最早理屈ではないのだ。
 何がどうしてこうなってこうだからお前が悪いのだと説かれたところで、柳沢は顔色一つ変えはすまい。
 ましてその憎悪と狂的な執念がほんの僅かでも薄まる確率など、真実零に等しい。

「悪鬼め――お前と、お前の愛した全てを惨殺しよう。
 俺から全てを奪ったお前に、安らかな終焉や孤独な余生など与えるものか。
 時間の許す限り、最上の苦しみの中でお前を看取ってやる」

 だが、相手はマッハの超生物だ。
 奥の手を切ったとしても、人間としての機能を残したこの体ではまず奴へは届くまい。
 用意していた二代目死神というカードも、実戦配備可能な段階となるには後最低でも半月の猶予は必要だ。
 それに何より、今の柳沢には一切の後ろ盾が事実上存在しないようなものだ。
 あれほど人類の敵を抹殺せんと息巻いていた連中は、世界終焉の影響をモロに受けた。
 これまでの準備も使ってきた金も、何もかもを顧みず、どいつもこいつも幸福な最期に奔走する始末。
 こうなっては、超生物抹殺の手立ては揃えられそうにない。では、どうするか。

「その為にもお前の力が必要なんだ、ニコラ・テスラ。現代のプロメテウスたる、君の力が」

 柳沢は天才だ。
 そう呼ばれてきたし、自負もしている。
 ちょっと頭がいい程度の人間ではどう頑張っても敵わないほど、自分は優れていると信じて疑わない。
 或いはその過剰な自信こそがかつての破滅を招いたのかもしれないが、それはさておいて。
 しかしその彼をしても、自らが喚んだサーヴァントには到底及ばないだろうと認めざるを得ない。
 それほどだ。それほどまでに、この英霊は――文明の発展へ大きな貢献をもたらした。

「……星が末期の叫びをあげている。
 無謬の人類神話が今、目の前で終幕しようとしている。
 にも関わらず、君は救済を願わない。そしてそのことが、私には不可解でならない。
 だが――その憎悪は深淵の海よりも尚深い。宛ら底の見えぬ常闇だ。それだけは伝わった」

 此の聖杯戦争は、本来の様式とは些か異なるものだ。
 通常英霊とは、人類史に名を残すような偉人英傑が、英霊の座より呼び出されたものである。
 しかし柳沢の知るニコラ・テスラと、今彼の眼前に居るニコラ・テスラの容貌は一言、似ても似つかない。
 これが何を意味するか。その答えは単純だ。柳沢の召喚したアーチャーのサーヴァント、ニコラ・テスラは、厳密に言えばこの世界に名を残した偉人とは別人ということ。
 そしてそのことは、間違いなく柳沢にとっては幸福だったに違いない。
 星の開拓者であり、己の手で構築すべき人類神話の墜滅を目の前にして何の行動も起こさないなどと、この英霊に限ってそんなことはあり得ないのだから。

「――マスター・柳沢よ。君は、神とは何と心得る」
「さあな。生憎、神頼みは嫌いな質なんだ」
「そうか」

 アーチャーは頷き、その機械化した右腕よりバチバチと紫電を散らした。
 電磁操作能力。彼が持つ、とある規格外級の宝具に由来する雷電の力。
 神々の特権と、人では及べない自然の光と畏れられていたそれを、この男は地上へ顕した。ゼウスを人界へ引き摺り下ろしたのだ。その彼が神と奉ずるものが何か。考えてみればこれほど分かりやすい問いもなかったかと、柳沢は苦笑を零さずにはいられなかった。

「神とは、雷だ。
 そして私はインドラを。
 ペルグナスを。
 ゼウスを超える稲妻を秘める。
 既にこの身と我が叡智は、神霊にすら比肩している。
 故に君が望むならば、私は遺憾なく――我が天才たる所以をお見せしよう。案ずるな、負けはしない」

 近代の英霊が神を名乗る。
 それどころか、神を上回ったと自称する。
 これほど滑稽な話はない筈なのに、どういうわけか頭ごなしに否定させない威容がこの男にはあった。
 だからこそ柳沢は確信する。このサーヴァントならば、彼の言う通り、決して負けはしないだろう。
 我々二人の天才に、破れぬ敵など存在しない――如何なる英霊が現れようと、ゼウスの雷霆を響かせて、その全てを撃滅することが我々には出来る!

「ところで、柳沢よ。君に聞きたいことがもう一つある」

 アーチャーは部屋に置かれたソファにどっしりと腰掛け、もう一度紫電を散らした。
 デスクの上に置かれていた硝子製のコップが極小の稲妻に射抜かれて粉々になる光景は、爽快でさえある。

「君がそれほどまでに殺したいと願う生物」

 柳沢の脳裏に、その面影が浮かぶ。
 人間だった頃の容貌は、いつだって記憶の中で穏やかに嗤っている。
 次に浮かぶのは、あの黄色い顔面に平和ぼけした表情を貼り付けて飛び回るアカデミックドレスの触手生物。
 本来の漆黒色を下品で薄ら寒い偽善の色で覆い隠した、超高速の生命体。

「――私では、不足か?」
「まさか」

 柳沢がそう返すのに、要した時間は一秒にも満たなかった。

「お前の雷霆ならば、あんな飛び回るしか能のない害獣如きは敵にすらならないさ」
「ふむ、そうか。それなら私を連れて行き、その超生物と殺し合わせれば良いと考えたが――愚問だったか」
「ああ……それじゃあ駄目なんだ。駄目なんだよ、アーチャー」

 柳沢は頭を掻く。
 髪の毛が抜けるのも構わずに、ぼりぼりと掻く。
 その顔には、これまで奥底に隠されていた狂的情念が滲み出ていた。
 確かにマッハ20で移動する生物が相手なら、その二十倍にも達する雷の力で仕留めることは難しくない。
 だが、それでは駄目なのだ。それでは、柳沢の憎悪は満たされない。

「奴が手塩にかけて育ててきた生徒たち。――俺に言わせれば、地面を這い回る蟻にも劣る頭でしかないがな。
 そいつらを人質に取りながら、じっくりと時間をかけて奴を殺す。
 それから、奴の愛したガキ共も一人ずつゆっくりなぶり殺してやる……奴や、奴を先生先生と尊敬してやがるクソガキ共の苦痛と絶望で歪んだ顔をとっくり堪能したなら……思い残すことなく逝けるってものだ」


 ――これはあらゆる分野において言えることだが。
 ある物事を窮極的に突き詰めた人間とは、得てして狂気と隣り合わせの生き様を送るのを余儀なくされる。
 それはその分野に対しての情熱であったり、美学と呼べるものであったり、人によって様々だ。
 柳沢誇太郎という男も、例外ではなくそれだろうとアーチャーは思う。
 電気分野の権威であるアーチャーには、彼の語る反物質、触手細胞なるものについての詳細な知識はない。
 しかし彼はきっと、それを極めるところまで極めたのだろう。
 憎悪を燃料として研究に研究を重ね、自らが産んだ超生物を、宿敵を抹殺せんと研鑽を積んだのだろう。
 彼の場合、燃料が燃料だ。その研究が実りへ近付いた時、狂気が発露するのは当然のこと。


「……果たして、悪鬼はどちらなのだろうな」


 アーチャーの声が柳沢の耳へ届くことは、なかった。


【クラス】
アーチャー

【真名】
ニコラ・テスラ@Fate/Grand Order

【パラメーター】
筋力:D 耐久力:C 敏捷:C 魔力:B 幸運:D 宝具:EX

【属性】
混沌・善

【クラススキル】
対魔力:C
第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。
大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。

単独行動:B
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
ランクBならば、マスターを失っても二日間現界可能。

【保有スキル】
ガルバニズム:A
生体電流と魔力の自在な転換、および蓄積。
魔力による実体のない攻撃を瞬時に電気へと変換し、周囲に放電することで無力化する。
また、蓄電の量によって肉体が強化され、ダメージの修復の速度も上がる。
生命活動を肉体に宿る電気で説明するガルバニズムの概念は錬金術のカテゴリーに属する。

星の開拓者:EX
人類史においてターニングポイントになった英雄に与えられる特殊スキル。
神代の存在のみが有していた力を地上へ降ろし、文明を引き上げた彼は、EXランクを所有する。

天賦の叡智:A
神域にすら足を踏み入れた碩学の叡智。


【宝具】
『人類神話・雷電降臨(システム・ケラウノス)』
ランク:EX 種別:対城宝具
生前の偉業と数々の超自然的伝説による神秘が昇華されたもの。
真名解放前でもきわめて強力な電磁操作能力。数多の神話で語られる雷電神たちの再臨を思わせる猛威を地上へともたらす宝具の存在が、彼をアーチャーたらしめている。
真名解放を行えば「限定的・擬似的な時空断層の発生」によって周囲一帯を破壊する。

【weapon】
なし

【人物背景】
電磁を制した十九~二〇世紀の天才科学者。星さえ割ってみせると宣う、堂々たる天才。
数多の神話で神の伝説として語られる雷電の力を解明し、人類文明に「電気」をもたらした偉大な碩学のひとり。
比類無き天才。現代のプロメテウス。絶世の美男子。発明王エジソンの好敵手。
ゼウスの雷霆を地上に顕した男。壮絶にして華麗なる叡智の魔人こそ、彼である。
マスターへの態度は尊大の一語。
聖杯にかける願いは「ニコラ・テスラ世界システムを完成させること」。交流電流が空間そのものを行き交う新世界の到来である。これを成就させるためにも、ニコラ・テスラは人類史の修復に協力を惜しまないだろう。


【マスター】
柳沢誇太郎@暗殺教室

【マスターとしての願い】
超生物、及びその生徒に絶望に満ちた『死』を。
それさえ叶うならば、世界の滅亡さえ惜しくはない。

【能力・技能】
非常に優れた頭脳。その明晰さは、間違いなく天才と呼ぶに相応しい。
また彼は全身の各所に触手細胞を埋め込んでおり、超人的な身体能力と強度を有している。
力を引き出すには携帯している注射器を首に注射する手順が必要な模様。
この影響で寿命は短縮されてしまうものの、それでも聖杯戦争を勝ち抜く上では問題ない。

【人物背景】
生物細胞を利用した反物質細胞の研究に携わっていた天才科学者。
弟子の裏切りで捕縛された殺し屋『死神』を実験のサンプルとするが、最終的に彼の暴走で計画はご破算となり、全てを失う結果に終わってしまう。
そのことから彼を逆恨みし、マッハ20の超生物となった宿敵を惨殺するために覆面を被って声を変え、『シロ』を名乗って暗躍する。

【方針】
聖杯を手にする。手段は選ばないし、どれだけの犠牲が出ようとも構わない。