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 肉切り包丁なんてものを見つけてくるまでが大変だった。

 人を解体するというのは、やってみると分かるがそんなに難しくない。
 血の後始末が簡単な風呂場でやれば、匂いを取るのに少し難儀するくらいで済む。
 まずは手足を上手いこと外して、それから適当に首を落として、後は黒いゴミ袋に入れてしまえば作業終了。
 検問に引っかからないことを祈りながら、見つからなそうな場所に捨てるなり埋めるなりすればいい。

「聖杯戦争ってのも不親切だよな」

 小太りな男の首を片手で絞め上げながら、表情一つ変えずに言ってのける男は医者だった。
 「だった」と語尾が付くのだから、当然今は医者などという高尚な職業には就いていない。
 彼が担当する分野は脳だ。脳の中。深層心理。精神科医と、かつて彼は呼ばれていた。
 そこら辺の凡百に比べれば腕が立つ方だとは今でも自負している。
 彼が精神科医を志すに至った最初のきっかけは、自分の妹を助けるため。しかも、当時彼はまだ子どもであった。
 彼はスタートラインから、患者の治療という実戦の舞台に立っていたのだ。
 そんな男が、精々二十近辺でようやっと人生の岐路を決めたようなボンクラに遅れを取るわけがない。

 ただ、彼は医者をやめた。
 正確には、やめざるを得なくなった。
 理由はこれもまた、家族のため。
 今度は娘と息子と、妹――もとい、嫁のため。
 彼は、医者ではいられなくなった。

「どうせなら殺した野郎の処分なんて雑務は、こんなことを考えやがった奴がやればいいのにな」

 右手で絞め上げていた首から、ぐぎ、と嫌な音が鳴る。
 頚椎が砕けた音だとすぐに分かった。
 何度もこんなことをしてきた経歴は伊達じゃない。殺し方など、そこらの学者よりよく知っている自信がある。
 こうなったら人間は生きていられない。九割死ぬし、一割で手当てが間に合ってもまず人生は終わりだ。
 温情を与えるわけではないが、最後っ屁などされては面倒なので、確実に息の根を止めておく。
 動かなくなった男を引きずるようにして路地裏を抜け、停めてあった車の後部座席に放り込んだ。

「お前はその辺どうしてたんだよ、零崎」
「あ? 放ったらかしに決まってんだろ。いちいち片付けてやる義理もねえ」

 そうかよ。
 そいつぁ、楽で良さそうだ。
 助手席に座る中性的な風貌をした青年の答えを聞いて、殺人犯はケケケと笑った。

 世界が終わると聞いた時、殺人犯――岩本健史は喜んだ。
 別に自殺がしたかったわけではない。
 人生なんてものはろくなもんじゃなかったが、それでも自傷の趣味も、鬱病のケも覚えはなかった。
 ただ、彼の世界は……もとい「彼ら」の世界は、とっくの昔から末期状態にまで冒されていた。

 狂い始めは、一つの絶望からだった。
 そこから全ての歯車が緩やかに、しかし確実に狂い始めた。
 完全に取り返しが付かなくなったのは、「サキ」が目覚めた頃だった。
 「岩本早紀」が、「岩本亮平」に。
 「岩本亮平」が、「岩本早紀」に。
 息子と娘が事実上入れ替わった頃にはきっと、もうどうしようもなくなっていたのだと思う。

 最初に殺したのは誰だったか。
 勝手な愛の末に狂い死んだ中学生だったかもしれないし、もっと前に誰か殺していたような気もする。
 その辺りは不謹慎ながら、曖昧になりつつあった。
 人殺しに不謹慎も何もありはしないだろうという突っ込みは、さておいてだ。

「初めに言っとくが、零崎。俺は多分、もう半分狂ってる」
「知ってるよ」
「お前の思ってるような意味じゃない。俺は今、人間の本能ってヤツと戦ってる状態だと思うんだ」

 ハンドルから左手を離す。
 それを自分の眉間に当て、トントンと小突いた。
 人間の本能――それは、世界滅亡が不可避のものと明らかになって初めて浮かび上がったもの。

 人間は逃れる可能性が一パーセントもない、人類種終焉の瞬間を決定付けられた時、過剰投与された脳内麻薬が特殊作用を引き起こして極度のリラックス状態に陥る。

 あれほど執着していた信仰の正否を投げ捨て、よき終末を誓い合うほどに。
 誰も喚いたり震えたりせず、終わりの時まで幸せに暮らそうとどいつもこいつも日和っている。
 今のところは、健史はまだそれに冒され切っていない。しかし、いつかは完全に喰われるだろうと自覚していた。 

「完全に負けた時、俺もあの緩やかな狂気に溺れながら死ぬことになるだろうな」

 岩本健史の家族……岩本家の人間は、揃いも揃って狂っている。
 最初から狂った人間に対して全く別ベクトルの狂気を発露させたことで、今、健史の家族は壊れている。
 狂いながら、破滅しながら、絶望を知っているのに、薄ぼんやりと夢見心地でいるのだ。
 まさにそれは、余程トリップの強い麻薬を常時投与されているとしか思えない有様だった。
 自分もいずれはああなるかもしれないと考えただけで、怖気が走ったのを覚えている。

「んで、あんたはあれか? やっぱりその世界滅亡ってのをどうにかして、みんな仲良しハッピーエンドと洒落込みたくて戦争やるってわけかよ」
「違うね」

 殺人犯は、殺人鬼にケケケと笑う。

「世界を救ったとして、戻ってくるのはどうせ地獄なんだよ」

 聖杯で世界を延命する。
 もしかしたら、ついでに幸せな日常なんてものを叶えることもできるのかもしれない。
 しかし健史に、それをするつもりはなかった。

「聖杯様の力を使ったとして、いつか必ずまた皺寄せが来る。何年か、何十年後かは知らねえが、俺達の周りの世界だけはどうにもならねえ。
 呪いとか言われてるらしいけど、正直的を射てると俺は思うぜ。だから――」

 また、彼はケケケと笑った。
 何度聞いても、おかしな笑い方だった。

「――俺は、幸せに死にたい」

 殺人犯は、幸せになりたかった。
 自分だけが、ではない。
 愛する妻であり妹でもある女と、息子に娘。
 全員揃って幸せに暮らせていれば、やはりそれに優る願いなどはなかったのだ。

 それがいつしか、父親から殺人犯になっていた。
 殺して、殺して、殺して、死刑台に送られる前に世界ごと屠殺が決まった。

「三日……いや、一日ありゃ十分だ。丸一日、あいつらと幸せに過ごしたい。
 あんなラリったみてえな有様で、じゃねえぞ。一ヶ月前みてえな絶望のどん底でも、ねえ」

 だから、彼は父親として最後に願う。
 「絶望」から一切合切解き放たれた――

「『希望の世界』だ」

 あんた、やっぱり頭おかしいわ。
 顔面刺青の青年は、かははと笑った。
 殺人犯の健史にとって、このサーヴァントは実にお誂え向きの皮肉が利いたチョイスだ。
 殺人鬼。この世で最も敵に回してはならず、同時に味方にしてもならないとされた最悪の群体の、鬼子。
 零崎人識。それが、岩本健史のサーヴァントの真名である。

「まあ、いいぜ」

 アサシンに願いらしいものはない。
 ないが、しかしただ適当に自殺して終わりというのも気が乗らない。

「かるーく、サービス残業してやるよ」

 とりあえず、生き残ることを目指して聖杯戦争をやってやろうと、アサシンは決めた。



【クラス】
アサシン

【出典】
人間シリーズ

【真名】
零崎人識

【パラメーター】
筋力C 耐久D 敏捷A 魔力E 幸運B 宝具E

【属性】
混沌・悪

【クラススキル】
気配遮断:A
サーヴァントとしての気配を絶つ。
完全に気配を絶てば、探知能力に優れたサーヴァントでも発見することは非常に難しい。
ただし自らが攻撃態勢に移ると気配遮断のランクは大きく落ちる。

【保有スキル】
人間失格:EX
とある欠陥製品の鏡写し。
EXランクはただ一例を除いた代替品が存在しない証明であり、零崎人識という反英霊の希少性、異常性を示す。
このスキルを保持する者は精神汚染の抵抗判定に対し大幅なプラス補正を受け、また、戦闘からの撤退を選択した場合の成功率が常に上昇する。

矢避けの加護(殺):D
飛び道具に対する防御。
あらゆる投擲武器を回避する際に有利な補正がかかり、銃手を視界に収めていなくとも射撃攻撃を回避できる。
ただし遠距離からの狙撃攻撃、超遠距離からの直接攻撃、広範囲の全体攻撃には該当しない。

心眼(偽):B
直感・第六感による危険回避。

曲絃糸:D
糸やそれに類するものを自在に駆使する戦闘技能。
Dランクでも人間や耐久値の低いサーヴァント相手には高い殺傷性能を誇る。


【宝具】
『集結の鬼筋』
ランク:E 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:可変
一賊の殺人鬼を、一日に一人までランダムに呼び出す宝具。魔力を殆どと言っていいほど喰わない。
呼び出された『零崎』は彼らの主義や主張に基づいて殺人を行い、直接的にアサシンがその行動を支配できるわけではないが、意思疎通は可能なので、全く制御不能というわけでもない。
『零崎』はそれぞれが一個の反英霊として行動し、聖杯戦争の知識も予め保有している。状態的には正規の方法で召喚されたサーヴァントと変わらない。
ただし召喚後二十四時間が経過した『零崎』は直ちにその場で消滅してしまう。『零崎』の消滅とともに次の殺人鬼が召喚され、同じ『零崎』は決して現れない。消滅を待たずに『零崎』が倒された場合も、最初の発動から二十四時間が経過していなければ次の殺人鬼は出現しない。アサシンが消滅した後も、時間いっぱいまで殺人鬼は現界可能。呼び出せる殺人鬼は零崎軋識、零崎双識、零崎曲識、零崎舞織の四名。

『流血の血筋』
ランク:E 種別:対人宝具(自身) レンジ:- 最大捕捉:-
『集結の鬼筋』により呼び出された『零崎』が何者かによって倒され消滅した時、自動発動する。
零崎一賊は流血で繋がる一賊。家族に仇成すならば、老若男女・動物人間植物の区別なく皆殺し。
『零崎』を敵に回すということの意味、そのものが昇華された宝具。アサシンは、自分の家賊を殺害したサーヴァントとの戦闘において全てのパラメータと判定にワンランクの補正を受ける。
アサシンは一賊としては異端とされた英霊であるため、効果はこれでも他の『零崎』に比べて低下している。
またこの宝具は『集結の鬼筋』により召喚された『零崎』全員が持ち合わせており、彼らの場合、上昇値はアサシンのものより更に大きくなる。
殺し名の猛者達が揃いも揃って忌み嫌い、この世で最も敵に回すことを忌避される醜悪な軍隊と称された逸話が昇華されたことにより、生前よりも敵に回すことの意味は重く、鋭く変化している。

【人物背景】
殺し名序列第三位の殺人鬼集団・零崎一賊の一人。
零崎零識と零崎機織という二人の殺人鬼を親に持つ、生粋の殺人鬼。

【サーヴァントとしての願い】
適当に生き残りを目指す


【マスター】
岩本健史@絶望の世界

【マスターとしての願い】
『希望の世界』を。

【weapon】
なし。

【能力・技能】
紛れもなく純粋な人間であるが、常人離れした戦闘能力を持つ。
そこそこ腕の立つとされた人物に金属バットで強襲されても、それを二度に渡り軽くあしらえるほど。

【人物背景】
精神科医。
希望と絶望の父。
誰よりも家族を愛したが、故に報われなかった殺人鬼。