「俺だ」

  その男は、異質な人物だった。
  白い着流しを着込み、往来の真ん中を憚ることなく異様な格好で闊歩している。
  断っておくが、今は別に祭りの季節でもないし、この街に観光名所のようなものもない。
  彼にとってはこれが普段着なのだ。ついでに言うなら、一際その異様さに拍車をかける、顔を覆った狐の面も。
  下手をすれば不審者と間違えられ、警察のご厄介になっても決して不思議ではない装いだが、
  終焉の時を前にして、奇妙な落ち着きと多幸感に支配された世界では、それをいちいち気にかける者もなかった。

 「今まで何をしていたのか……ふん。ありきたりな問いだな。面白みがないともいう。
  だが強いていうならば、終わる世界の探訪と呼ぶのが一番的を射ているだろう。
  何せ俺たちが何かするまでもなく、世界の終わりは向こうからやって来たんだからな。
  この機を放って眠りこけるなんざ、お前、それこそ本物の白痴というものだぜ」

  男の名前を、西東天といった。
  その名を知る者はきっと多くないに違いない。
  だがもしも知っている者が耳にすれば、否応なく眉を顰めるであろう不吉さを孕んだ名前であった。
  彼の、ひいてはその思想の為に、いったいいくつの物語が狂わされたか分からない。
  だが、彼と彼らの《十三階段》も、いよいよもって世界からの解雇通知を受け取る羽目になった。

  世界の終わり。
  ディングエピローグ。
  狐の夢見た結末は、呆気なく、つまらなく、拍子抜けするほどの陳腐さで、今目の前にまで迫っていた。

  世界が、消えていく。
  それは何の比喩でもない。
  文字通り跡形も残さず、端から順繰りに現在進行形で消滅しているのだ。
  既存の科学や人類が必死こいて想定した終末シナリオなど完全に無視して行使される『終わり』。
  そこには理屈やカラクリはおろか、誰の思惑さえありはしなかった。 
  機械仕掛けの神(Deus Ex Machina)が振り下ろす、幕引きの鉄槌としか言いようのない光景だった。

  挙句の果てに、世界は最後の数日間に新たな物語が生まれることをも許さなかった。
  世界中に蔓延した、これまた原因不明の精神疾患とも呼ぶべき多幸症状。
  麻薬の吸引時に訪れるトリップ状態の爆発力を弱め、効果時間を取り払ったような不可解な現象。
  それが人々の心から恐怖と不安を消し去って、物語の生まれ得る可能性を極限まで淘汰し、叩いて潰してくれた。

 「おいおい――お前も、頭をやられてるんじゃないのか?
  そんなに結論を急ぐたあ、お前らしくねえぜ。……まあいい。では、結論から言おう」

  しかしそれは、狐に限っては意気消沈を招かなかった。
  彼の《十三階段》は半分以上が欠落し、残る面々もこの通り、微弱ながら既に終焉麻薬の影響を受けている。
  唯一完全な意味で素面なのが、この西東天だ。
  彼はいつも通りの不遜さで姿を消し、何処かを渡り歩き、それからこの、変哲もない街へとやって来ていた。

 「《物語》は、まだ死んでいない」

  終わる世界は退屈だった。
  皆が皆、人間性を事実上漂白されてしまっているのだから無理もない。
  だが、彼の探訪は全く無意味というわけではなかったのだ。
  彼は終焉が近付いたことによって露出した機密へと踏み入り、そうして、そこで答えを得た。
  この平和という名の文学的荒野に――ただ一つ、《物語》の新芽を見出した。

 「潤に連絡しておけよ。あれは俺の娘だ。大方、俺と同じく正気だろうぜ。
  もしそうでなかったなら、それまでだったということだがな。
  くくく――なに、ただ個人的に興味があるだけだ」

  西東天はこれまでに、幾度か失敗を喫している。
  世界の終わりを求め、それを挫かれ、ずるずると此処まで来た。
  犠牲は多いが、彼が死ぬという事態だけはついぞなかった。
  だが今回ばかりは、そういう幕切れはあり得ない。

  つまるところ、彼はまたしても失敗したのだ。
  物語の幕が上がる前に、史上最大級の大ポカをやらかした。
  世界が終わるにしろ、彼の敗北で存続するにしろ、西東天という人間に未来はない。それだけは決まっている。
  それは世界の消滅に巻き込まれて消え去るような、そんな綺麗な終わりでさえない。
  彼に約束されたのは無惨なる最期――惨死だ。
  追い立てられ、這い寄られ、血を撒き散らし、喰らわれ、紅い原野の砂と消える。最早変えようもない。
  彼はこれから死ぬ――呆気なく。今も絶えず意識の彼方より降り注いでいる視線の主によって、今までの行いの報いとばかりに食い散らかされてこの世を去る。
  だが、無理もないことだ。「それ」に関しては、誰もが失敗してきた。そして彼もその例外ではなかったという、ただそれだけの話でしかない。

 「何せ真紅と緋色、砂漠と原野、鷹と鳥だ。実におあつらえ向きな組み合わせだろう」

  最後にそう言い残して、西東天は電話を切ると、それを路傍の自販機に備え付けられた屑籠へ放り捨てた。


  その足取りは、時代の流れと共に打ち捨てられた雑居ビルへと向かう。
  建物を取り壊すにも費用が嵩むのだ。
  こういう寂れ気味の都市では特に、こういう廃墟が野放しにされていることが多い。
  鍵は掛かっていなかった。少し前までは、どうやらチーマーや非行少年の格好の溜まり場になっていたようだ。
  もっとも今は彼らの姿も、下品な会話も聞こえてこない。
  大方終焉に漂白され、親元へ帰り、最後の親孝行と洒落込んでいるのだろう。殊勝なことだと思う。


  西東天が向かったのは屋上だった。


  面越しに見上げる空はモノクロームにも似た灰色だ。
  実に芸がない。
  終末の地としては、少々落第点か。

 「いいや、そんなものは、どちらでも、同じことだ」


  ――視線を感じる。赤い視線を。


 「あかしけ やなげ 緋色の鳥よ くさはみねはみ けをのばせ」  


  ――声が聞こえる。赤い声が。
  ――風を感じる。あの原野を吹く風だ。奴の翼が起こす風だ。


  人は常に何かの視線を感じながら生きている。
  それは常に「何か」の視線でしかない。そこには如何なる具体性も像も存在しない。
  だが、一体誰が己の背後に何者も存在し得ないことを保証できるだろうか。
  一体誰が、人の魂は誰の侵入も許さぬ神聖な不可侵領域であると嘯いた?
  一体誰が、己が己たる部分には鵬の嘴すらも届かぬであろうと説いたというのか?

  偶然などはどこにも存在しない。全ては必然であり、何らかの誘導の結果引き起こされたものである。
  だがそれを観測出来ぬ者はそれを偶然と決めつけなければ気が済まなくなる。
  人は結論の出ない問いにすら答えを押し当て、前に前にと進んで来た。それが故に、盲目であった。
  そしてそれは自然の摂理であった。盲目につけ込む捕食者。人が人たるを狩る、人類種の天敵。

  西東天というマスターが喚んだのは、厳密に言えば英霊ではない。
  英霊のような高潔さは持たず、反英霊と呼ぶにも悍ましすぎる、もっと別種の何かだ。
  あるいは聖杯の加護すらも遡り、這い寄るもの――それにとって、聖杯戦争とは単なる狩場でしかない。
  そしてそれにこの地を伝えた、もとい発見させたのは、他ならぬ西東天本人である。
  だが「それ」は仁義礼智の概念など持たない。理解を示すことも永劫にない。
  発見した先で一番最初に見つけた男がいたからというそれだけの理由で、因果関係など確認もせず、第一の獲物として砂漠を統べる狐(マスター)を食い殺す。


  それは緋色の鳥。祝詞によって封じられ、祝詞を利用し力を得た、意識界を飛ぶ鳥。


  さあ、後ろを見ろ。
  振り向け。そして、認識しろ。
  それは像を結び、観測することで形を与える。
  その時初めて、認識界から現界へと――緋色の鳥がまろび出る。


  さあ、見つめろ。
  凝視しろ。そして、見つめ返されろ。
  脳の片隅にのみ存在したその巨躯を、己の意識界一杯に拡大するのだ。
  そうしてそれは、遂に存在を得る。


 「直に混ざれねえのは残念だが、まあいい。残りはあの世で酒でも飲みながら見守るとするぜ」


  西東天の体が血を噴いた。
  肉を散らした。
  目玉が落ちた。
  内臓がこぼれた。
  首が曲がってはいけない方向に折れ曲がった。
  四肢が跳ね跳び、地上、何もない場所ではあり得ない損壊を見せる。
  銃弾でも浴びたようにその体はがくがくと、彼の意思とは関係ない物理的要因による痙攣を示していた。
  彼だけに見える、緋色の悪夢。
  その種子は、他ならぬ狐の悪意によって聖杯戦争の各所に蒔かれている。
  発芽の時をただ黙して、意識界の片隅で待ちわびている。


 「――緋色の鳥よ、今こそ発ちぬ」


  からん。
  そんな音を最期に、狐の面がコンクリートへ落ち、跳ね、血の海に沈んだ。
  血生臭さだけがこんこんと立ち込める廃墟の屋上に、西東天以外の生物など、どこにも存在しなかった。


【クラス】
パンドラ

【出典】
SCP Foundation-JP

【真名】
SCP-444-jp-■■■■[アクセス不許可]

【パラメーター】
筋力■ 耐久■ 敏捷■ 魔力■ 幸運■ 宝具EX

【属性】
混沌・悪

【クラススキル】
禁断存在:EX++++++++++++++++++++++
 エサをやるな 知るな 閉じこめろ

【保有スキル】
認識の鳥:EX
 パンドラは実体を持ちません。
 彼あるいは彼女は認識上の存在、精神の支配者、意識界の王と呼称される存在です。
 よって、パンドラに対して直接的な干渉を行うことは人間には不可能であり、サーヴァントでさえも、パンドラの幻覚空間か、もしくはパンドラの捕食目的での接触時以外にその体を害そうとすることは不可能です。

単独行動:EX
 一度召喚されたパンドラは、聖杯戦争が終了するまで決して消滅しません。
 あるいは、 杯 争  う   当  める   えも  味  か  れ  ん。

【宝具】
『緋色の鳥よ、未だ発たぬ』
ランク:A++ 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:1
 パンドラは顕現時以外、この第一宝具により文章形式の言葉という概念を取ります。
 その言葉を実際に発声し読み上げた際、その人物は幻覚世界へ囚われ、その空間にてループ・イベントの幾つかを疑似体験することとなります。
 幻覚から脱出する手段は、件の言葉を対象の現実の肉体が筆記することのみです。この行動の際のみ、幻覚世界内の人間の意識的行動が現実の肉体を制御できます。
 但しループの性質から、それを思い立つには幻覚世界内での数週間単位の時間を要します。サーヴァントとして具現化した影響により、幻覚世界での時間と現実での時間経過は一致しません。
 幻覚世界から脱した対象者はループの記憶を保持したまま生存可能ですが、発作的に『緋色の鳥よ 未だ発たぬ』と呟きながら、自身の周囲の生命へ無差別に危害を加える擬似発狂状態へ陥ることがあります。この状態に陥った存在はその後重度の知性退行と強迫性障害を患うことがほとんどです。

『緋色の鳥よ、今こそ発ちぬ』
ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:∞ 最大捕捉:∞
 パンドラの第一宝具を受けた者、その文面を目にしたものは勿論、彼あるいは彼女の存在を知った者全てがこの第二宝具の対象となります。
 過去、パンドラは幻覚の中のみに存在する認識の鳥でした。
 しかし人々の好奇と責任感が重ねた多くの実験の末、パンドラは肥え、拡大し、第一宝具の言葉を読み上げるというプロセスさえも必要としない、無意識を這い寄る緋色の悪夢と化したのです。
 パンドラがこの第二宝具で最終的に引き起こす事象は不明とされており、誰も知るすべがなかった為に、聖杯戦争機構の中にさえその詳細情報は収められていません。
 聖杯戦争におけるパンドラは直接的接触による捕食という手段を取ります。
 彼あるいは彼女の存在を知った人物の前に、場所、時間、次元の全てを問わず、パンドラは餌を喰らうために現れ、その血肉を貪り体躯を肥え太らせるでしょう。
 一度パンドラに認識された者は、もう何をしても、何処へ逃げてもパンドラの視界から外れることは出来ません。
 知るな、見るな、関わるな。それを無意識的に遵守する以外、緋色の原野から逃れるすべはないのです。

【人物背景】
 あかしけ やなげ 緋色の鳥よ くさはみねはみ けをのばせ
 なのと ひかさす 緋色の鳥よ とかきやまかき なをほふれ
 こうたる なとる 緋色の鳥よ ひくいよみくい せきとおれ

【サーヴァントとしての願い】
 今こそ来たらん我が脳漿の民へ
 今こそ来たらん我が世の常闇へ
 今こそ来たらん我が檻の赫灼ヘ


【マスター】
 西東天@戯言シリーズ

【マスターとしての願い】
 最後の物語を。

【weapon】
 なし

【能力・技能】
 彼は一切の特殊な力を持たない

【人物背景】
 世界の終わりを望み、行動する狐面の男。
 人類最悪。砂漠の狐。
 彼は、失敗した。だから死んだ。

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最終更新:2016年03月12日 15:11