小説フレームアームズ・ガール

第1話「その名はフレームアームズ・ガール」


1.出陣


 暦の上ではもうすぐ秋なのだが、それでもルクセリオ公国の日中は未だに蒸し暑さが残る。
 午後1時の、ルクセリオ公国城下町の軍施設の滑走路・・・強い日差しが照りつける中、昼食を終えたシオンは輸送艦ビスマルクの周辺で、慌しく出撃準備を進める部下たちに色々と指示を出していた。
 シオンの的確な指示、そして隊内での人望の厚さのお陰で、出撃準備は滞りなく進んでおり、予定通り午後1時半には出発出来そうな状況だ。
 天候は清々しい快晴、風速も微風、夕立の危険も無し・・・出撃するにはこれ以上無い最高の気象条件だと言える。

 だがシオンは順調に出撃準備を進めながらも、自分たちシオン隊に与えられた今回の任務の内容に、言いようの無い違和感を感じていた。
 頭の中でシオンは、先日の上層部とのやり取りを思い浮かべる。

 『オルテガ村までクリスタルの強奪・・・ですか!?』
 『そうだ。オルテガ村がグランザム帝国の領内において、豊富なクリスタルの産地だという事はお前も知っていよう?』
 『それは・・・有名な話ですから、勿論僕も知っていますが・・・。』

 ルクセリオ公国国王・・・ジークハルト・ルクセリオは、上層部の会議に出頭させられたシオンを、鋭い眼光で睨み付けている。
 納得が行かないといった表情のシオンに対して、ジークハルトと同席している他の大臣たちは、強い侮蔑の表情を見せていた。
 そんな大臣たちの侮蔑の視線など「いつもの事」だと全く気にする事無く、シオンは目の前のジークハルトだけを真っ直ぐに見据えている。

 『グランザム帝国において、クリスタルの採掘は貴重な産業の1つだ。それを妨害する事が出来れば、奴らの経済に少なからず打撃を与える事が出来るだろう。』
 『しかしオルテガ村は帝国領とはいえ、今回の戦争とは無縁の平和な村です!!いかに帝国の産業への妨害目的とはいえ、何の罪も無い無抵抗の民間人を襲うなど・・・!!』
 『これも長年続く戦争に終止符を打つ為だ。』
 『しかし陛下、僕はこんな・・・!!』

 言いかけたシオンに対して大臣の1人が、怒りの形相で机を思い切り両手で叩き付けた。
 突然の激しい物音、そして大臣の怒りの形相に、ジークハルトの傍に控えている付き人のメイド服の女性が怯えた表情になる。

 『貴様ぁ、たかだか薄汚い孤児の分際で、国王陛下のお言葉に背くつもりか!?』
 『・・・いえ、そういう訳ではありませんが。』
 『そもそも貴様ら軍人は、上官の命令には絶対服従だろうが!!たかが中尉風情が国王陛下に意見するとは何事か!?抗命罪に問われたいのか貴様はぁっ!?』

 薄汚い孤児・・・大臣が何気なく放った心無い言葉に、シオンは思わず眉を潜める。
 確かに自分は両親に捨てられ児童擁護施設で育てられたが、それを理由に差別されるのは納得が行かない。
 だが頭でっかちの彼らに何を言った所で無駄だろうし、そもそも彼らとこんな所で争った所で何もならないし、何よりも時間の無駄だ。
 気を取り直してシオンは、とても真っ直ぐな瞳でジークハルトに向き直った。

 『承知致しました。要はオルテガ村でクリスタルを手に入れれば文句は無い訳ですね?』
 『そうだ。手段は問わん。村人が抵抗するようなら容赦なく殺せ。』
 『・・・ならば作戦行動中の隊の指揮は、全て僕に一任して頂いてもよろしいのですね?』
 『フン・・・僕に考えがある・・・そう言いたげな顔だな?シオン。』
 『・・・・・。』
 『まあいいだろう。全てお前に任せる。今回の任務では大規模な戦闘を起こす訳でもないし、私はお前に全幅の信頼を寄せている。わざわざ私がお前に横槍を入れるまでもなかろう・・・話は以上だ。下がれ。』
 『はっ。』

 敬礼して会議室を出て行くシオンを、大臣たちが一斉に侮蔑の表情で睨み付ける。
 その鋭い視線を背中から感じながら、シオンは心配そうな表情で自分を見つめるメイド服の女性を、穏やかな笑顔で安心させたのだった・・・。

 (敵国の領地とはいえ、こんな戦争とは無縁な平和な村を襲うような命令を、何故陛下は僕たちに下されたのか・・・。)
 「・・・アルザード中尉。」

 突然自分に呼びかける、凛とした女性の声に、シオンはハッと我に返った。
 振り向くとそこにいたのは、凛とした態度でシオンに敬礼をする凛々しい少女。

 「ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。本日付けでシオン隊に配属となりました、マチルダ・アレン上等兵と申します。以後お見知りおきを。」
 「・・・そうか。話は聞いているよ。僕はルクセリオ公国騎士団シオン隊隊長の、シオン・アルザード中尉だ。これからよろしく頼む。」

 穏やかな笑顔で、シオンはマチルダに敬礼を返す。
 いかにも軍人らしい凛とした態度のマチルダとは対称的に、シオンは全てを優しく包み込むような、そんな雰囲気を抱いていた。
 そもそも一人称が「僕」だし、端から見たらとても軍人とは思えない程だ。

 「君の事はオスカルが自慢げに話していたよ。士官学校をトップの成績で卒業した期待の新鋭が、うちの隊に加わるってね。」
 「いえ、私などまだまだ若輩者です。これからご指導ご鞭撻の程、よろしくお願い致します。」
 「・・・そうなると君は、今回の任務が初陣という事になるな。」

 敬礼を解いたシオンは、とても複雑な表情でマチルダを見つめた。
 今回の任務は、それ程危険がある訳でもない・・・ただ村を襲ってクリスタルを奪うだけの簡単な仕事だ。確かに新兵の初陣には適した任務なのかもしれないが・・・それでも任務の内容が内容なのだ。

 「無抵抗の村を襲い、クリスタルを略奪する・・・そんな盗賊まがいの任務を君の初陣にしてしまって、本当に申し訳なく思っているよ。」
 「いえ、私はルクセリオの英雄と呼ばれているアルザード中尉と共に戦う事が出来るだけで、とても光栄だと思っています。」
 「・・・ルクセリオの英雄・・・か・・・。」

 シオンがそう呼ばれるようになってから、もうどれ位経っただろうか。
 シオンはこれまでルクセリオ公国騎士団の一員として、任官当初から数多くの敵を打ち倒し、数多くの人々の命を救ってきた。
 その功績をジークハルトに認められ、シオンは1年前に中尉に昇進し、こうして小隊の指揮を任せられる程の立場にもなった。

 だがそれでも・・・守れなかった命もあるのだ。
 本当に守りたかった大切な人の命を、シオンは守る事が出来なかったのだ。
 敬礼を解いたマチルダは直立不動のまま、羨望の眼差しでシオンの事を見つめていたのだが。

 「私はアルザード中尉の事はとても尊敬しています。アルザード中尉は覚えていらっしゃらないでしょうが、私の母もアルザード中尉に命を救われ・・・。」
 「僕の事はシオンでいいよ。」
 「・・・はあ!?」

 全く予想もしていなかった、突然のシオンの言葉に、マチルダは唖然とした表情になる。
 軍隊において規律はとても重要だ。上官のシオンをファーストネームで呼ぶなど、到底許されない事だろう。それはマチルダも士官学校で教官から、何度も厳しく言われて来た事だ。
 シオンもそれは充分承知しているが、それでも彼なりにファーストネームで呼ばせる理由があるのだ。

 「聞いてくれマチルダ。これはとても真面目な話なんだ。敵軍と命のやり取りをする戦場において、一瞬の伝達の遅れや指示ミスが命取りになる事だってある。」
 「・・・それは・・・確かにその通りですが・・・。」
 「それに僕はこれから君の命を預かる事になるから、君たちに変な遠慮なんかして欲しくないんだ。だから僕は部下たちに対して、互いの事をファーストネームで呼び合ってくれと伝えているんだよ。」
 「・・・・・。」

 別の隊の中にはシオンと同じ理由から、戦闘中は名前ではなくコードネームで呼び合うよう命じている隊もある。
 実際に例を挙げるなら、例えばジョーカーとかホワイトファング1とかシュヴァルツ5とか。
 だがシオンは、そんなまどろっこしい真似をする位なら素直にファーストネームで呼べばいいだろうと思っているし、何よりマチルダにも言ったが変な遠慮などしないで欲しいのだ。
 これからシオンは隊長として、彼女の命を預かる事になるのだから。

 「・・・分かりました。ではシオン隊長と呼ばせて頂きますね。」

 シオンの真意を悟ったマチルダは、屈託の無い笑顔でシオンに告げたのだった。
 他の幹部連中と違い自らの地位や権力を振りかざす事をせず、部下に対して決して横暴な態度を取らない彼の人柄に、好感が持てたというのもそうだが・・・それだけではない。
 ルクセリオの英雄とまで呼ばれているこの人になら、自分の命を預けられると・・・そうマチルダは思ったのだろう。

 「うん、それでいいよ。マチルダ。」
 「お~い、シオン隊長~。出撃の準備が整いましたよ~。」

 そんなシオンに、隊員の1人であるオスカル・ナーブソンが呼びかけてきた。
 お調子者の青年だが兵士としての能力は高く、シオンからも高い信頼を寄せられている。
 そんなオスカルに連れられてシオンとマチルダの元に歩み寄ってきたのは、総勢8人ものシオン隊の面々だ。
 彼らの活き活きとした表情が、隊内におけるシオンの人望の厚さを現していると言えるだろう。

 「・・・よし、全員揃っているな。皆に紹介しておくよ。今日からこのシオン隊に加わる事になった、マチルダ・アレン上等兵だ。皆仲良くしてやってくれ。」
 「本日付けでシオン隊に配属される事になりました、マチルダ・アレン上等兵と申します。まだまだ若輩者ですが、皆さんこれからよろしくお願い致します。」

 敬礼をするマチルダに、隊の者たちは温かい拍手を送った。
 凛々しくも可憐な女性兵士が加入したという事もあってか、オスカルがなんかヒューヒューとか叫んでいる。

 「取り敢えずマチルダに紹介しておくけど、彼女がオペレーターのナナミ・キサラギ軍曹、そしてこのリーゼントがオスカル・ナーブソン少尉、この巨漢がリック・オーケン少尉・・・」

 シオンに紹介されたシオン隊の面々は、名前を呼ばれた者から順に、穏やかな笑顔でマチルダに会釈をしたのだった。

 「・・・とまぁ、以上なんだけど・・・いきなり全員の名前を覚えるのは大変だろうから、これから少しずつ覚えていってくれればそれでいいよ。」
 「分かりました。シオン隊長。」
 「よし。シオン隊、総員傾注。」

 シオンの号令で全員が一斉に直立不動の姿勢となり、シオンに向き直る。
 その軍人としての訓練された一糸乱れぬ動きは、まさに美しささえも感じられる程だ。

 「これより僕たちシオン隊はビスマルクに搭乗し、予定通りヒトサン・サンマル(13時30分)に出発する。その後各自パワードスーツを着用しシステムチェック。ヒトヨン・マルマル(14時)にブリーフィングルームに集合。今回の作戦についての概要を説明する。いいな?」
 「「「「「「「「「了解!!」」」」」」」」」

 敬礼をするシオンに、マチルダたちが力強い敬礼で返したのだった。

2.作戦会議


 輸送艦ビスマルクのブリーフィングルームでは、ルクセリオ公国騎士団の主力兵装であるパワードスーツに着替えたオスカルたちが、新加入のマチルダを取り囲んで凄まじい質問攻めを繰り広げていた。
 どこの出身?軍人になった理由は?女性でありながら何故オペレーターではなく兵士になったのか?彼氏募集中?好きな食べ物は何?酒は飲める?今度一緒に飲みに行こうぜ?
 マチルダは戸惑いの表情を見せつつも、それでもオスカルたちが自分と積極的に交流を深めようとしてくれているのを察して、穏やかな笑顔で質問に応えたのだった。

 「・・・皆、マチルダと仲睦ましくしてくれるのは結構だが、もう作戦会議の時間だ。続きは今日の任務が終わってからにしてくれないか?」

 定刻通りの14時・・・皆と同じくパワードスーツを身につけたシオンが、ティーセットを持参したナナミを連れて部屋に入った途端、隊員たちは慌てて着席してシオンに注目した。
 ナナミは前線に出ないオペレーターという事もあり、彼女1人だけがパワードスーツを身につけずに軍服のままの姿だ。
 とても穏やかな笑顔で、ナナミはシオンたちに順番に紅茶を注いでいく。

 「今日はカモミールティーにしてみました。リラックス効果があって落ち着きますよ。」
 「・・・うん、美味い。相変わらず紅茶を淹れるのが上手だね。ナナミ。」
 「えへへ、ありがとうございます。シオン隊長。」

 作戦会議の前にナナミがこうして皆に紅茶を出すのは、シオン隊の恒例行事となっている。
 これは決して遊びでやっているのではなく、作戦の前に気持ちを高ぶらせたり不安になったりする隊員の心をリラックスさせる為の、ナナミなりの配慮なのだ。
 それにナナミが皆に紅茶を振舞うようになってから、今の所シオン隊に死者は1人も出ていない・・・誰も死なないようにという、ある種の願掛けのような物なのだろう。
 マチルダが淹れたての熱い紅茶を口に含むと・・・とても香ばしくて優しい香りが口の中にスーッ・・・と広がっていく。
 まるでナナミの母性と優しさが、マチルダを温かく包み込んでいるかのようだ。

 「・・・美味しい・・・。」

 素直な感銘の言葉を口にしたマチルダに、ナナミはとても嬉しそうな笑顔を見せたのだった。

 「さて皆、紅茶を飲みながらでいいから聞いてくれ。今回のクリスタル強奪作戦に関しての概要を説明する・・・ナナミ、頼む。」
 「はい。」

 シオンに促されたナナミがノートパソコンをプロジェクタに繋ぐと、目の前の大型スクリーンにオルテガ村周辺の全体図が映し出された。
 そしてシオンは指示棒を手に、マチルダたちに任務の内容を説明していく。

 「既に皆も知っての通り、国王陛下は僕たちシオン隊に、グランザム帝国領のオルテガ村に侵略しクリスタルを強奪せよとの指令を下された。手段は問わない、逆らう者がいたなら容赦なく殺せとの事だ。」

 シオンの言葉にマチルダたちは、とても真剣な表情で聞き入っている。

 「だけどオルテガ村は帝国領とはいえ、そこに住んでいる村人は戦争とは無縁の一般人だ。だから僕は村人を誰1人として犠牲にはしたくないと思っている。」
 「・・・あの・・・シオン隊長。無礼を承知ながら、上申してもよろしいでしょうか?」

 マチルダがためらいながらも、シオンに対して右手を挙げたのだった。
 本来ならば上官に逆らうとは何事だ・・・と怒鳴られてもおかしく無いのだろうが、それでもシオンは穏やかな笑顔で、不安そうな表情のマチルダに向き直った。

 「構わないよ。何か疑問があればどんどん言ってくれ。それに僕に対して遠慮はするなと、さっき君に言ったばかりだろう?」 
 「その・・・逆らう者がいたなら容赦なく殺せとの、国王陛下からのご命令なのでは?それなのに村人を誰1人として殺さないとは・・・。」
 「そうだね。だけど逆に言えば、『逆らう者がいなければ、別に殺さなくても構わない』という事だろう?」
 「そ・・・それはそうなのですが・・・まさかシオン隊長!!」

 マチルダは頭の中で思考を張り巡らせ、シオンの考えを瞬時に理解したのだった。
 シオンが今回の任務において、一体どういう作戦を立案したのかという事を。

 「国王陛下は僕に対してこう仰られた。『手段は問わない、全てお前に任せる』とね。だから僕は国王陛下のお言葉に存分に甘えさせて貰う事にするよ。」

 シオンが指示棒をスクリーンに順番に当てると、当てられた場所に次々と簡単な作戦概要が記載されていく。

 「単刀直入に言うと、今回の作戦は極めて短時間での電撃作戦で行う。ビスマルクが指定ポイントに到着するのは、予定通りならヒトヨン・ヨンマル(14時40分)。そこからヒトヨン・ゴーマル(14時50分)に出撃してポイントGR90に潜伏待機。ヒトゴー・マルマル(15時)になった瞬間にオルテガ村に強襲、催涙ガスを一斉掃射して村人を全員無力化する。」
 「その隙にクリスタルを奪うっていうんですかい!?それじゃあまるで盗人じゃないっすか!!」
 「オスカルの言う通りだ。僕たちの行動はまさに泥棒その物だよ。だけどこれなら村人を誰1人殺さずに済ませられるだろ?それにこの件に関しては国王陛下にも報告済みだ。」

 事前にシオンが調べた情報によると、オルテガ村のクリスタル発掘現場では、午後3時には作業を一旦止めて15分間の休憩時間に入る。
 その休憩時間に入った直後の、村人全員が一斉に背伸びして気を緩めた瞬間こそが、まさに作戦決行の好機という訳なのだ。それこそがシオンの真の狙いなのだ。

 こんな泥棒同然の作戦内容を大臣たちに知られよう物なら、誇り高きルクセリオ公国騎士団にあるまじき汚れた行動だ・・・などと大臣たちに怒られるだろうが、それでもジークハルトはシオンに対して確かにこう告げたのだ。
 手段は問わない。全てシオンに任せると。
 だからシオンは言われた通り、手段を選ばず好きにやらせて貰う事にする。それで文句を言われる筋合いなど微塵も無いし、この作戦なら確実に無駄な犠牲を出さずに済むのだから。

 「催涙ガス一斉掃射後、クリスタル発掘現場に強襲しクリスタルを強奪。ただしクリスタルの入手量に関係なくロクマル・セコンド(60秒)で速やかに離脱、ポイントGR93経由でビスマルクに帰還し、作戦終了とする。」

 シオンが指示棒を当てたスクリーンには、隊員たちの脱出ルートまでもが詳細に示されていた。

 「いいな?重ねて言うがクリスタルの入手量に関係なく、ロクマル・セコンドで絶対に離脱しろよ。極端な話、全くクリスタルを入手出来なかったとしても構わない。その時は全ての責任を僕が負うから、君たちは何も気にする事無く任務に挑んでくれればそれでいい。」
 「もし万が一、村人からの抵抗があった場合は?」
 「気絶させる程度なら別に構わないが、絶対に必要以上に傷つけたり殺したりしては駄目だ。彼らは敵国の人間とはいえ、今回の戦争には無縁の一般人なんだ。そんな人たちまで虐殺してしまえば、それこそ僕たちは強盗と何も変わらない事になるんだからね。」
 「了解しました。シオン隊長。」

 シオンに力強く頷いたマチルダに、隣に座っていたオスカルがニヤニヤしながら、右手で肩をポン、と叩いたのだが。

 「ま、俺たちは何も気にせず、シオン隊長の指示に従っていればそれでいいって事さ。あの人になら安心して俺たちの命を預けられるからさ。」
 「・・・止めて下さいオルカル少尉。セクハラです。」

 物凄い表情で、マチルダはオスカルを睨み付けたのだった・・・。

 「は、はひいっ(泣)!?」
 「まあマチルダに振られたオルカルは放っておいて・・・。」
 「ちょっと酷くないっすかシオン隊長(泣)!?」
 「作戦内容は以上だ。何か他に質問は?」

 誰も挙手しないのを確認したシオンは、指示棒を教壇の上に置いたのだった。

 「よし。シオン隊、総員傾注。」

 シオンの号令と同時に、全員が一斉に起立し直立不動の状態となる。

 「これより僕たちはオルテガ村に向かい、電撃強襲作戦を執り行う・・・マチルダ。リニアカタパルトによる射出訓練は受けているか?」
 「はい、問題ありません。」
 「なら大丈夫だな。定刻通りヒトヨン・ゴーマル(14時50分)に総員出撃。リニアカタパルトで一気にポイントGR90に向かい、ヒトゴー・マルマル(15時)に作戦開始とする。総員ヒトゴー・マルイチ(15時1分)にアラームセット。くどいようだがアラームが鳴った時点で速やかに離脱だ。ナナミはここに残って索敵と対空監視。何かあったらすぐに僕に知らせてくれ。」
 「了解です。シオン隊長。」

 ナナミはとても穏やかな笑顔で、シオンに対して頷いた。
 この彼女の笑顔も、これから任務に赴くシオンたちの心を落ち着かせてくれる。

 「今回は極めて危険が少ない任務だけど・・・絶対に油断だけはするなよ。いいな?」
 「「「「「「「「「了解!!」」」」」」」」」
 「よし、シオン隊、出撃だ!!」 

3.強襲作戦


 輸送艦ビスマルクの発進ゲートで待機しながら、マチルダは自らが身につけているパワードスーツの性能の高さに、改めて驚きを隠せないでいた。
 半年程前に完成したばかりのルクセリオ公国騎士団の主力兵装であり、グランザム帝国軍の通常の兵器を圧倒する程の性能を秘めている。

 兵装というか全身に纏う鎧のような代物なのだが、銃弾を軽々と弾くだけの強固な防御力を備えているだけでなく、最新型のビームシールドも搭載している。
 にも拘らず、驚く程の軽さで使用者の動きを全く阻害しない。強度と軽さを併せ持つミスリル合金を素材に使っているからこそなのだろう。
 また両足に搭載されているバーニアを活用する事で空中飛行も可能となっており、さらに背中のバックパックを換装する事により、様々な支援装備を装着出来るなどの拡張性も備えている。
 コストを少しでも抑える為に汎用性を重視した事で、軽装タイプと重装タイプの2種類しか存在しない。シオン隊のメンバーは巨漢のリックは重装タイプを、彼以外は全員軽装タイプを装備しているようだ。

 それでも性能の高さ故にどうしてもコストが高く付いてしまい量産には向かず、現時点でルクセリオ公国騎士団で実戦配備されているのは、シオン隊が使っている9体を含めた32体のみ・・・それでもこのパワードスーツの登場により、劣勢が続いていたグランザム帝国軍との戦争を打開しつつあるらしい。
 またシオンのアイデアの立案により、現在はより高性能化しての量産を目指しており、試作品を鋭意開発中との事だ。

 「皆、聞いてくれ。マチルダが新たに加わった事だし、彼女に説明する意味でも改めて皆に話しておきたい事がある。」

 シオンの言葉で、マチルダはハッ、と我に返った。

 「他の幹部連中は僕たち現場の兵士たちに、国の為に戦え、国の為に命を捨てる覚悟で戦えと、常日頃から口酸っぱく言っているけど・・・僕は皆にそんな事は絶対に許さない。」

 とても真剣な表情で、シオンは部下たちに呼びかけている。
 戦場において、兵士というのは1戦闘単位に過ぎない、だから互いに殺し、殺されたとしても文句を言われる筋合いは無い、前線に出る以上はその覚悟を持って戦え・・・それはマチルダも士官学校にいた頃に、教官から何度も厳しく言われ続けた事だ。

 だがそれでもシオンは、部下たちを兵士である前に1人の人間として見ているのだ。
 彼らには戦争の為の道具としてではなく、1人の人間としての人生をきちんと歩んで欲しいから。

 「僕は他の幹部連中と違い、任務に失敗した事に関してはぎゃあぎゃあ言うつもりは無いけど・・・自分の命を粗末に扱う奴だけは絶対に許さないからな。」

 シオンの厳しくも温かい言葉に、マチルダたちはとても真剣な表情で耳を傾けている。

 「いいか、国の為にではない。友と明日の為に戦え・・・それが僕が上官として君たちに常に命じる事だ。僕も君たちも、こんな下らない戦争で死ぬべきじゃない。生きて生き抜いて、人としての幸せを掴むべきなんだ。」
 「・・・友と・・・明日の為に・・・。」

 こんな事を言われたのは、マチルダはこれが始めてだった。
 国の為に戦え、国王陛下の御身の為に滅私奉公せよ・・・士官学校でも教官たちから常にそう言われ続けてきたというのに、シオンはマチルダの事を兵士としてではなく、1人の人間として扱ってくれているのだ。
 やっぱりこの人の部下になって良かったと、この人は他の上官たちとは違うと・・・マチルダは心の底からそう思ったのだった。

 『シオン隊長、作戦開始時刻です。』

 射出ゲートに、ナナミからの艦内放送が響き渡った。
 シオンの言葉に感銘を受けたマチルダだったが、改めて気を引き締め直し、リニアカタパルトによる射出姿勢に入る。
 訓練で何度も習ったように膝を落として腰を低く、視線を常に前に。
 これから生身の身体を高速で空中に飛ばすのだ。パワードスーツには一応安全装置による自動姿勢制御機能が付いているものの、その安全装置に不備があった場合、変な格好で空中に飛んでしまえば最悪命にも関わりかねない。 

 『リニアカタパルト起動、パワードスーツ全システム・オールグリーン。発進シークエンスをシオン隊長に譲渡します。』

 ナナミの合図と共にリニアカタパルトが起動し、磁力によってシオンたちの身体が宙に浮く。
 その磁力によって兵士たちを高速で空中に飛ばし、迅速に戦場に向かわせるという訳だ。

 『進路クリア。シオン隊発進、どうぞ!!』
 「友と明日の為に!!シオン隊、出るぞ!!」
 「「「「「「「「了解!!」」」」」」」」

 シオンの合図と共に、シオンたちの身体が一斉に発進ゲートから空中へと射出されていく。
 そしてあっという間にオルテガ村近くの予定ポイントまで到着してしまった。
 迅速に周囲の木々に身を隠したシオンたちは、作戦開始時刻が来るのを今か今かと待ち続けている。
 その間に改めて採掘現場への突入ルートと脱出ルートを端末で確認し、頭の中に入れておく。

 村人たちは汗だくになりながらも、まさかシオンたちが襲ってくるなどとも思わず、採掘現場で必死にクリスタルの採集作業にあたっていた。
 彼らも生活の為に、収入を得る為に必死になって作業しているのだろうに・・・それを邪魔する事に対する罪悪感をシオンは感じていたが、だからこそ彼らへの精一杯のお詫びとして、無駄な犠牲を絶対に出さないようにしなければならない。

 「ナナミ。周辺にグランザム帝国軍は?」
 『周囲にそれらしき熱源は無し・・・脱出ルートも確保されています。問題ありません。』
 「よし、作戦開始まで残りサンマル・セコンド(30秒)。総員突撃準備。」

 シオンの言葉でマチルダたちは、催涙ガス弾が入ったライフルを持つ手に力を込める。
 極めて危険が少ないとはいえ、これが初めての実戦・・・だがマチルダは緊張こそするものの、不思議と不安は感じなかった。
 それはシオンが傍にいてくれるから。シオンと一緒なら安心して戦えると心の底から思えるから。

 「カウント開始・・・作戦開始まで10・・・9・・・8・・・7・・・6・・・」

 シオンの秒読みを、他の隊員たちは真剣な表情で耳を傾け・・・そして・・・

 「5・・・4・・・3・・・2・・・ひと・・・作戦開始!!」
 「「「「「「「「了解!!」」」」」」」」

 シオンの合図と共に、休憩時間を知らせる鐘の音色が一斉に村全体に響き渡った。
 まさかシオンたちが襲ってくるとも思わず、村人たちの誰もが気を抜いた表情で一斉に伸びをして、休憩所までお茶を飲みに行こうとする。
 まさに村人たちの緊張が途切れた、その瞬間・・・パワードスーツの両足のブースターを起動させ、物凄い速度で村に突撃するシオン隊。

 「催涙ガス弾一斉掃射!!クリスタル採掘現場へと向かう!!」
 「「「「「「「「了解!!」」」」」」」」

 そして村人たちが驚く暇もなく、一斉にライフルで催涙ガス弾を村人たちの足元に撃ち込んでいった。
 撃ち込まれた弾丸から白い煙が一斉に噴き出し、村人たちの視界を覆っていく。
 この煙自体に殺傷能力こそ全く無いものの、それでも一時的に目と喉を痛めて視界を奪い、標的の動きを弱らせる事が出来るのだ。

 「ゲホッ・・・ゲホッ・・・な、何だこれ・・・一体何が・・・っ・・・!?」
 「総員突撃ーーーーーーーっ!!」

 咳き込む村人たちに心の中で詫びながらも、シオンは部下たちと共に瞬く間にクリスタル採掘現場へと到着した。

 「オスカルとリックは周辺の警戒!!他の者は僕と共にクリスタルの回収にあたれ!!」
 「「「「「「「「了解!!」」」」」」」」

 そして用意しておいた袋の中に、迅速にクリスタルを拾い集めていく。
 ここまでは作戦通り、順調その物。
 だが戦場というのは、常に何が起こるか分からない物なのだ。

 「いいな!?重ねて言うが、アラームが鳴った瞬間に即時離脱だ!!」
 『シオン隊長!!ポイントGR85より、高速で接近する熱源を1体感知!!そちらに向かっています!!』

 クリスタルの回収作業中・・・突然ナナミからの警告がシオンに届いた。

 『ライブラリー照合・・・ありません!!』
 「画像データを送ってくれ!!」
 『了解!!』

 シオンの端末に送られた、正体不明の敵らしき画像・・・それはシオンたちが身に纏うパワードスーツのような、青色の鎧のような物を身に纏った1人の少女の姿だった。
 両肩と両足に小さな翼のような物が装備されており、まるで戦闘機を擬人化でもしたかのようだ。
 長い蒼白のツインテールをなびかせ、可愛らしくも凛々しさも感じさせられる。
 彼女が手にしているのは、ビームガトリングガンか・・・それを見たシオンは即時決断した。

 「作戦中止!!総員即時撤退しろ!!」
 「「「「「「「了解!!」」」」」」」
 「シ、シオン隊長!?」

 まさかの予想外のシオンの言葉に、マチルダは驚きを隠せないでいた。
 幾ら正体不明の敵が相手とはいえ、たった1人の敵を相手に即時撤退しろなどと。
 クリスタルを回収した袋の紐を慌てて縛ったオスカルたちは、シオンの指示に従い慌てて脱出ルートへと向かっていくのだが・・・。

 「シオン隊長、相手はたった1人です!!それなのに即時撤退しろとは一体・・・!?」
 「ここは帝国の領地内だ!!正体不明の敵を相手に戦闘をするのはリスクが大き過ぎる!!」
 「しかし・・・!!」
 「それにさっきも言っただろう!!村人たちを誰1人として犠牲にはしたくないと!!ここで戦闘すれば間違いなく村人にも危害が及ぶ!!それだけは絶対に避けないといけないんだよ!!」

 シオンの脳裏に浮かんだのは、1年前の忌まわしい光景。
 出産の為に、村の病院で静養していた妻・・・その村がグランザム帝国軍との戦闘に巻き込まれ、シオンは産まれたばかりの女児と共に、大切な人を亡くしてしまった。
 そしてシオンは生き残った村人たちから、怒りと憎しみに満ちた表情でこう蔑まされたのだ。
 どうしてもっと早く来てくれなかったのか、あいつらをもっと早く殺してくれれば、こんな事にはならなかったのに・・・と。

 あんな苦しい思いは、もう二度としたくないから。
 あんな苦しい思いを、村人たちに味あわせたくないから。

 「いいなマチルダ、彼女に構うな!!即時撤退だ!!」
 「・・・りょ、了解しました。」

 渋々ながらもマチルダはシオンの命令を受け入れ、シオンと共に脱出ルートへと向かっていく。
 そして青色の鎧を身に纏った少女は、あっという間にシオンたちがいた採掘現場へと降り立ち、シオンたちを物凄い速度で追いかけていく。

 (機動性は彼女の方が上か・・・このままでは追いつかれる・・・僕が彼女の足止めを・・・っ!?)

 だがシオンたちが村の敷地内から脱出した途端、彼女はビームガトリングガンの照準をシオンたちに合わせながらも、全く撃ってこようとしなかった。

 「・・・撃ってこない・・・?どういう事だ?僕たちの迎撃が彼女の任務ではないのか・・・!?」

 自分たちがビームガトリングガンの射程距離に入っている事は、彼女だって充分に分かっているはずだ。それにシオンも自分が彼女にロックオンされている事をセンサーで把握している。
 この距離なら撃たれてもビームシールドで余裕で防げるが・・・何故彼女は撃ってこないのか。

 「この村の防衛が目的なのか?僕たちが立ち去るなら深追いはしないと・・・?」
 「・・・っ!!」
 「な・・・!?おいマチルダ!!」

 だがシオンと脱出ルートを並走していたマチルダが、突然シオンの命令を無視して方向転換。青色の鎧を身に纏った少女に突撃したのだった。

 「シオン隊長、マチルダ上等兵の奴、勝手に・・・!!」
 「リックたちはそのままビスマルクまで撤退しろ!!僕がマチルダを救助に向かう!!」
 「了解です!!シオン隊長、ご武運を!!」 

 命令違反を犯したマチルダに対して怒りの形相を見せるリックを尻目に、シオンもまた青色の鎧を身に纏った少女に突撃したのだった。

最終更新:2016年07月31日 08:23