小説フレームアームズ・ガール

第1話「その名はフレームアームズ・ガール」


4.その名はフレームアームズ・ガール


 「マチルダ、何をやっている!?いいから彼女に構わずに撤退しろ!!」

 必死にマチルダに呼びかけるシオンだったが、それでもマチルダは追撃の速度を緩めようとしなかった。 
 ビームマシンガンを取り出し、少女をロックオン・・・一斉掃射。
 少女はそれを冷静に上空に飛んで避け、空中からマチルダに向かってビームガトリングガンを一斉掃射する。
 マチルダも上空に飛んで弾丸を避け、彼女と空中での銃撃戦を繰り広げた。
 互いの銃弾が飛び交う中、マチルダは必死にシオンに呼びかけたのだが。

 「村人に危害を加えたくないから撤退したのでしょう!?ならば村の敷地内から出た今なら、彼女を・・・っ!!」

 だが次の瞬間、マチルダの視界から少女の姿が消えた。
 驚くマチルダだったが、次の瞬間自分がロックオンされたという警告音が。

 「下だ!!マチルダ!!」
 「な・・・きゃあっ!?」

 1体いつの間に自分の真下に・・・!?そんな事を考える暇も無いまま、少女が放ったビームガトリングガンがマチルダのビームマシンガンを大破させたのだった。

 「くっ・・・このおっ!!」

 マチルダは懐からビームサーベルを取り出すものの、少女は物凄い速度でマチルダの周囲を飛び回り、狙いを付けさせない。
 ビームガトリングガンを背中にしまい、彼女もまた懐からビームサーベルを取り出し、マチルダに斬りかかる。
 彼女の動きの速さもそうだが、剣術の腕もケタ違いだ。マチルダは彼女の動きに全く対応する事が出来なかった。

 「な・・・何て速さなの・・・っ!?」
 「はああああああああああああああっ!!」
 「きゃあああああああああああああっ!!」

 互いに何度も剣をぶつけ合い・・・そして少女のビームサーベルが、マチルダのビームサーベルを弾き飛ばした。
 グランザム帝国軍の通常の兵器を圧倒する程の性能を秘めた、パワードスーツ・・・そのパワードスーツをもってしても、ここまでマチルダは圧倒されてしまったのだ。
 驚愕の表情のマチルダだったが、何故か少女はマチルダを追撃してこなかった。
 何の迷いも無い力強い瞳で、少女はビームサーベルを手に丸腰のマチルダを見据えている。

 「あ、貴方、一体どういうつもりなの・・・!?」 
 「マチルダーーーーーーーーーっ!!」
 「・・・っ!?」

 シオンが放ったビームマシンガンが、少女をマチルダから引き離したのだった。
 そしてシオンもまた上空に飛び、ビームサーベルを手に少女に斬りかかる。
 シオンと少女の剣が何度もぶつかり合う。2人の周囲に無数の閃光が走る。

 「シオン隊長、凄い・・・私が歯が立たなかったあの子と、互角に渡り合うなんて・・・!!」
 「僕はルクセリオ公国騎士団シオン隊隊長、シオン・アルザード中尉だ!!君は一体何者なんだ!?グランザム帝国軍なのか!?それとも村の自警団か何かなのか!?」

 少女と鍔迫り合いをした状態で、シオンは彼女に自らの所属と名前を告げたのだった。
 少女も真っ直ぐにシオンを見据え、自らの所属と名前をはっきりと告げる。

 「私はグランザム帝国軍フレームアームズ・ガール部隊所属・・・スティレット・リーズヴェルト少尉です!!」
 「な・・・フレームアームズ・ガールだと!?そんな奴が存在するなんて聞いてないぞ!!」
 「ここの村人たちを守る為、ここから先は通しません!!」

 スティレットと名乗った少女はシオンを弾き飛ばし、背中からビームガトリングガンを取り出し、狙いをシオンに付ける・・・が、それを読んでいたシオンは両足のバーニアをフル可動させてさらに飛翔し、スティレットの真上を取った。
 そしてロックオンを外したシオンは、上空からスティレットに強襲を仕掛ける。
 急上昇の直後に急下降・・・シオンの身体が悲鳴を上げるが、この程度なら戦闘や訓練で日常的に経験しているので、どうという事はない。
 スティレットにビームガトリングガンを撃つ暇を与えない、シオンのアクロバティックな動き・・・反射的にスティレットは再びビームガトリングガンを背中にしまい、ビームサーベルを取り出した。

 「くっ・・・さすがシオンさん・・・だけど!!」
 「ステラーーーーーーーーっ!!」

 2人の剣が再びぶつかり合う・・・が・・・。

 「シオン隊長、ステラって一体何なんですか!?」
 「「・・・!?」」

 マチルダの呼びかけで、シオンもスティレットも驚愕の表情になった。
 何故私は、この人の事をシオンさんだなんて呼んだんだろう・・・。
 何故僕は、彼女の事をステラなどと呼んだのか・・・。
 何故なのだろう。2人はこれが初対面のはずなのに、何故か互いに妙な親近感を感じていたのだった。
 2人共訳が分からないといった表情で、鍔迫り合いの状態のまま互いの事をじっ・・・と見つめていたのだが。

 『アルザード上等兵!!貴様、何をやっているかぁっ!?』
 『嫌ああああああああああ!!パパあああああああ!!ママあああああああああっ!!』
 『君の両親は死んだ。だけど君は・・・。』

 ふと、シオンの脳裏に浮かんだ、戦火に包まれた村の断片的な映像。
 次の瞬間、シオンを急に激しい頭痛が襲う。

 「ぐっ・・・何だ・・・今のは・・・っ!?」
 「シオン隊長!?」
 「・・・マチルダ、撤退するぞ!!」

 スティレットの腹を蹴飛ばしたシオンは、そのままの勢いでマチルダをお姫様抱っこし、全速力で離脱したのだった。
 いきなりの出来事に、戸惑いを隠せないマチルダ。

 「ちょ・・・!?」
 「当初の目的は達成した!!ここで彼女と戦闘を続けた所で何の意味も無い!!」
 「ですが、シオン隊長・・・」
 「いいから撤退だ・・・っ!!」

 何故か襲い掛かる頭痛に耐えながら、シオンはマチルダを連れてビスマルクに帰還する。
 そんなシオンをスティレットは追撃しようとせず、神妙な表情で見つめていたのだった・・・。

5.作戦を終えて


 「マチルダ上等兵!!貴様、何故シオン隊長の指示に従わなかったぁっ!?」

 何とか無事に帰還したマチルダは、シオンと共に輸送艦ビスマルクのブリーフィングルームに向かったのだが、命令違反を犯してスティレットに攻撃したマチルダを、リックが物凄い形相で胸倉を掴んで壁に叩き付けた。
 マチルダも自分がやらかした事の重大さは自覚しているようで、とても沈痛な表情でうつむいている。
 無理も無い。軍隊において上官からの命令は絶対だ。逆らえば抗命罪に問われる事になり、それによって自軍に甚大な被害を及ぼしたとなれば、最悪銃殺刑も覚悟しなければならない。それはマチルダも士官学校で嫌という程散々叩き込まれてきた事なのだ。
 その様子をナナミたちが、とても心配そうな表情で見つめていたのだが・・・。

 「たった1人の身勝手な行動が、隊全体を危機に晒す事だって有り得るんだぞ!?それを貴様はぁっ!!」
 「リック、もうそれ位にしておけ。マチルダも心の底から反省している。」
 「シオン隊長・・・!!」

 神妙な表情で、シオンはマチルダの胸倉を掴むリックの右手に、そっ・・・と自分の右手を当てる。
 リックは舌打ちしながら、渋々とマチルダの胸倉を離したのだった。
 上官のシオンが止めろと言ったのだ。リックもシオンの部下である以上は従うしかない。

 「シオン隊長、甘過ぎますぜ・・・!!ここはこの自惚れが過ぎる新兵に、ガツンと言ってやらないと・・・!!」
 「分かっている。今から僕の方からマチルダに注意しておく。」

 それだけ告げて、シオンは心配そうな表情を見せるナナミたちに、穏やかな表情で向き直った。

 「皆、任務ご苦労だった。基地に帰還するまでゆっくりと身体を休めてくれ。以上、解散。」
 「総員、敬礼!!」

 ナナミの号令で、オスカルたちが一斉にシオンに対して敬礼をする。
 シオンも敬礼で返し、リックの怒声ですっかり落ち込んでしまっているマチルダの右手を掴み、すぐ隣の物置へと連れて行った。
 武器や弾幕、保存食といった軍備品が整理整頓して棚に並べられた殺風景な部屋で、シオンと2人きりになったマチルダ。
 すぐ隣でオスカルたちのぎゃあぎゃあ騒ぐ声が聞こえるが、今のマチルダには全く耳に入ってこなかった。
 マチルダはシオンからどれだけ厳しい叱責を受けるのかと、とても不安そうな表情でうつむいていたのだが・・・。

 「・・・正体不明の敵と敵地で正面から戦闘するのは、リスクが大きい・・・僕が言った通りの結果になっただろ?マチルダ。」
 「・・・え?」

 呆気に取られたマチルダが顔を見上げると、彼女の視界に映ったのは、とても意地悪そうな笑顔を見せるシオンの姿だった。
 その予想外のシオンの自分への対応に、マチルダは思わずきょとんとしてしまう。
 スティレットを無視して撤退しろというシオンの命令に背いたばかりか、無様に返り討ちに遭う失態を犯したと言うのに。
 本来ならば厳しく叱責され牢屋に入れられても、文句は言えない状況なのだ。それなのにシオンはそんな素振りを一切マチルダに見せなかった。

 「先に言っておくけど、僕は君に対して厳罰を下すつもりは一切無いよ。」
 「ですが、シオン隊長・・・。」
 「今回の件に関して、君が心の底から反省しているというのは誰が見ても明らかだ。だから僕は君に対してこれ以上とやかく言うつもりは無い。次から気を付けてくれればそれでいい。」

 全く反省していないというのであれば話は別だが、マチルダはこうして心の底から反省の姿勢を見せているのだ。あれだけリックに激しく怒鳴られたのだから、それで充分だろう。
 他の幹部連中ならマチルダを情け容赦なく牢屋にぶち込むだろうが、シオンはそんな事をする位ならマチルダにもっと働いて貰った方が、隊にとって余程有意義だと思っているのだ。
 それに、こうしてマチルダと2人きりになったのも、彼女を隊の晒し者にしないようにというシオンの配慮なのだ。

 「だけど、理由を説明してくれないか?彼女を無視して撤退しろという僕の指示を、何故無視したんだ?」
 「・・・それは・・・。」

 一瞬ためらったマチルダだったが、それでも意を決して自らの想いをシオンに正直に伝えた。

 「隊長は村を戦火に巻き込みたくないから撤退しろと、私に仰いましたよね?ですが彼女が村の敷地内から出たのであれば、村を危険に晒す心配は無いと・・・私はそう判断しました。」
 「うん。」
 「それに正体不明の敵が相手なら尚更、今ここで少しでもデータを取っておかないと・・・相手はたった1人だけ・・・そう思っていたのですが・・・いえ、自惚れが過ぎる新兵・・・確かにリック少尉の仰る通りですね・・・。」

 士官学校をトップの成績で卒業した。自分に敵う者は士官学校で誰1人としていなかった。そんな自分を誰もが羨望の眼差しで見つめていた。
 その有能さを評価されて精鋭を誇るシオン隊に配備され、最新鋭の装備であるパワードスーツまで与えられた。
 誰もが羨むエリート街道を歩んできた・・・それがマチルダを自信過剰にさせてしまっていたのかもしれない。

 「・・・私は自分の能力と、このパワードスーツの性能を過信していたのかもしれません。例え誰が相手だろうと負けるはずがないと・・・ですがこうして彼女に無様に敗れ、皆に迷惑を掛ける事になってしまいました。」
 「それを理解してくれたなら、今はそれでいいよ。」

 そのマチルダの過信こそが、戦場で命を落とす事に繋がりかねないのだ。
 それをマチルダが猛省している以上、シオンもこれ以上何も言うつもりは無かった。

 「僕も彼女の事は何も知らされていなかった。フレームアームズ・ガール部隊と言ったか・・・あんなのがグランザム帝国軍にあとどれだけいるのかは知らないけど、僕たちルクセリオ公国騎士団にとって最大の脅威である事に変わりはないだろう。」
 「そうですね・・・実際に戦って分かりました。彼女はとても強いと・・・たった1人で戦況をひっくり返せるだけの力を持っていると。」
 「だが幾ら彼女が強いと言っても、敵の指揮官が彼女をたった1人で、正面から無策で小隊に突っ込ませるとはとても思えない。僕が指揮官ならそんな馬鹿な真似は絶対させないよ。」

 本当にスティレット1人だけでシオンたちを何とかさせようと考えていたのなら、敵の指揮官はスティレットの強さに自信過剰になっていたのか、それとも余程馬鹿なのだろう。
 あのスティレットの絶妙な襲撃のタイミングから考えれば、こちらの作戦が相手に漏れていたと考えるのが妥当だ。
 グランザム帝国からのスパイが紛れ込んでいたのか、それともシオンのノートパソコンをハッキングでもされたのか。

 「・・・これはあくまでも僕の考えに過ぎないけど・・・多分村には伏兵が潜んでいたんだと思う。」
 「伏兵!?ですが村人たちからは挙動不審さがまるで感じられませんでしたよ!?」
 「その村人たちにさえも知らされていなかったんだろう。下手に挙動不審にさせる事で、伏兵の存在を僕たちに気付かせない為にね。」
 「そんな・・・!!」
 「そして彼女が敢えて1人だけで正面から突っ込む事で、敵は彼女1人しかいないと僕たちに思い込ませるつもりでもあったんだろう。」

 その思惑通り、マチルダは『敵はスティレット1人だけ』と見事に思い込まされてしまった訳だ。
 少なくともシオンならそういう作戦を立てる。幾らスティレットが強いからと言っても、何の援護も与えずにスティレットを危険に晒すような真似は絶対にさせない。
 まあ相手の指揮官の考えなどシオンには分からないが、それでもシオンは何らかの罠があったと見て間違いないと思っているのだ。

 「とにかく、君が反省してくれているのは分かったから、今回の件に関してはこれで終了だ。」
 「シオン隊長・・・。」
 「だけど自分の命を粗末に扱うような真似だけは絶対に許さないからな。少なくとも僕は君たちに対してそういう命令は出さないし、自分の命を軽く考える奴に僕は一切容赦しない。それだけは覚えておいてくれよ。」

 励ましの意味を込めて、シオンはマチルダの肩にポン、と右手を乗せたのだが。

 「・・・ああ、ごめん・・・セクハラだったかな?」

 先程のオスカルとマチルダのやり取りを思い出し、慌ててマチルダの肩から右手を離したのだった。
 だがマチルダはすぐにシオンの右手を両手で掴み、優しく温かく包み込む。
 いきなりの事に、シオンは戸惑いを隠せない。 

 「ちょ・・・!?」
 「・・・いいえ・・・隊長の右手はとっても温かいです・・・。」
 「おいおい、パワードスーツ越しじゃ、そんなの分からないだろうに。」
 「分かりますよ・・・隊長はとても温かい人なんだって。」

 やっぱりこの人は他の幹部たちとは違う・・・マチルダは心の底からそう思った。
 赤面するシオンの右手を、マチルダは自らの頬に当てたのだった。
 手袋越しでも充分に分かる・・・シオンの手は温かい。

 「私、貴方の部下になれて本当に良かったです。シオン隊長。」 

 屈託のない笑顔で、マチルダはシオンに対してそう告げたのだった。

6.真実


 その後、城下町に帰還したシオンは、休む暇もなく上層部の会議に出頭させられ、大臣たちから激しい罵声を浴びせられたのだった。
 クリスタルを僅かな量しか奪取出来なかったばかりか、突然現れたスティレットを相手に無様に撤退するという醜態を犯したのだ。
 結果だけを見れば、作戦失敗・・・大臣たちが怒るのも無理も無いだろう。
 伏兵が潜んでいた可能性、村人を戦闘に巻き込みたくなかったというシオンの主張にも、大臣たちは全く耳を貸してくれなかった。

 だがジークハルトは特にシオンを咎める事も無く、シオンもまた大臣たちの罵声を全く気にする素振りも見せなかった。
 そして・・・その日の夜10時。

 「国王陛下。アルザード中尉がお見えになられました。」
 「分かった。通せ。」
 「はっ。」

 護衛の兵に促され、普段着姿のシオンがジークハルトの部屋に入ってきた。
 国王の部屋とはとても思えないような、豪華な飾り物が一切置かれていない、とても質素な部屋・・・置かれているのは必要最低限の家具や大量の書物・・・そして机の上にはノートパソコンと写真立て。
 その写真立てに入っている写真には、ジークハルトが妻や娘と並んで笑顔を見せている光景が映し出されていた。
 まだ10年前の・・・丁度戦争が始まったばかりの頃に撮った写真だ。

 「よく来たなシオン。遠慮せずに座るがいい。」
 「・・・相変わらず殺風景な部屋ですね、陛下。まあ僕も人の事は言えませんが・・・。」
 「何か飲むか?」
 「いえ、結構です。明日も仕事なので。」
 「そうか。」

 本当に何の遠慮もせずにソファに座ったシオンは、反対側に座るジークハルトと正面から向かい合う形になった。
 仮にも一国の国王であるジークハルトに対して、この図抜けた態度・・・シオンとジークハルトは互いにとって、気心の知れた相手なのだろう。

 「・・・それで、私と2人きりで話したい事とは何だ?」
 「ええ、今回の任務について、どうしても陛下に話しておきたい事があったんです。」

 今回のクリスタル強奪任務・・・結果だけを見れば無様に作戦失敗となったが、それでもシオンにはどうしても腑に落ちない点があったのだ。
 それを先程の上層部の会議で、大臣たちが見ている目の前で報告しても良かったのだが、大臣たちに余計な横槍を入れられたくないという理由から、こうしてジークハルトに2人だけで話す機会を設けて貰ったという訳だ。

 「今回の任務で、僕たちはヒトゴー・マルマル(午後3時)にオルテガ村に襲撃を仕掛け、催涙ガスで村人たちを無力化、その隙にクリスタルを強奪する・・・という作戦を立てていました。」
 「そうだな。それはお前が今日の朝に私に報告した事だ。」
 「ですが、あのフレームアームズ・ガールと名乗った少女は、あまりにも絶妙なタイミングで僕たちに襲撃を仕掛けてきました。これは事前に僕たちの作戦を知っていなければ到底出来ない事のはずです。」

 グランザム帝国からのスパイが紛れ込んでいたのか、それともシオンのノートパソコンをハッキングされたのか。
 可能性としてどちらかを考えていたシオンだったのだが、やはりスパイの線が濃厚だと判断したのだ。

 「・・・陛下。今回の作戦内容を事前に知っていたのは、僕以外では陛下と、陛下が最近雇った専属の付き人の彼女のみです。確か名前はラクティと言いましたか?」

 昨日の上層部の会議でもジークハルトの傍にいた、あのメイド服の女性だ。
 大臣に理不尽な叱責をされた自分に対して、とても心配そうな表情をしてくれていたので、シオンも気になってはいたのだが。
 もうこんな時間なのだ。ジークハルトの傍にいないのは業務時間外だからなのだろうと、シオンはそう思っていたのだが・・・。
 次の瞬間ジークハルトは、シオンが予想もしなかった事を言い出した。

 「そうだ。ラクティがグランザム帝国のスパイだという事が発覚した。」
 「・・・はあ!?」

 いきなりのジークハルトの言葉に、驚きを隠せないシオン。

 「奴が帝国に暗号通信を送っていた所を、現行犯で逮捕したのだ。丁度お前がビスマルクで出発した頃にな。」
 「そんな、彼女が・・・一体どうして!?」
 「妹を帝国に囚われ、人質にされたのだそうだ。無事に返して欲しければスパイとなり、我々の情報を送り続けろとな。」

 ジークハルトは神妙な表情で、シオンをじっ・・・と見据えている。
 スパイの件は最初から疑っていたし、だからこそシオンはこうしてジークハルトに相談したのだが・・・まさかこうもあっさりと捕まるとは。シオンは予想外の出来事に驚きを隠せないでいた。
 だがそれでも、幾ら何でもタイミングが良過ぎるとしか言いようがない。
 いや・・・あまりにもあっさりと捕まり過ぎたと言うべきか。
 というよりもむしろジークハルトは、まるで彼女がスパイだと最初から知っていたかのようだ。

 「今だからこそ明かすが、今回の作戦ではクリスタルの奪取など別にどうでも良かったのだ。ラクティに今回の作戦の情報をわざと伝える事で、グランザム帝国への暗号通信を送らせ、スパイだという決定的な証拠を掴む事・・・それが私がお前にクリスタル強奪を命じた真の理由なのだ。」
 「・・・つまり僕たちは、初めから囮に使われたという事ですか・・・!!」
 「最もフレームアームズ・ガールとやらの介入は、私にとっても計算外だったがな。」

 事前にシオンにこの事を知らせなかったのも、シオンを変に挙動不審にさせないようにする事で、今回のジークハルトの策をラクティに悟られないようにする為なのだろう。
 スティレットが今回の作戦で、伏兵の存在を村人にすら伝えなかったのと同じ理由だ。

 「不服そうだな、シオン。だがこれも帝国の連中からこの国を守る為だ。悪く思うなよ。」
 「・・・それで、彼女の処遇は?彼女は今どうしてるんです?」
 「ラクティは最早我々に害を成す存在ではない。だから釈放し、私の付き人として再雇用した。」
 「害を成す存在ではないとは・・・一体どういう・・・まさか!?」

 シオンはその優れた洞察力で、最悪の事態を想定してしまった。
 グランザム帝国に妹を人質に取られ、スパイを強要された彼女・・・そのスパイ行為がジークハルトにバレてしまったとなれば・・・。

 「・・・ラクティのスマートフォンに、妹が惨殺された画像が送りつけられたそうだ。」
 「そんな・・・!!」
 「スパイ行為がバレてしまったのであれば、ラクティに利用価値は無い・・・だから人質に取った奴の妹を生かしておく必要も無い・・・大方そんな所なのだろう。」

 シオンは特に彼女と親しかった訳ではないが、それでもあまりの凄惨な結末に、何ともやり切れない思いを感じていた。
 無抵抗の娘をあっさりと惨殺するなど、これが人間のやる事なのか。

 「分かるなシオン。これがグランザム帝国の・・・皇帝ヴィクターのやり方なのだ。奴らをこのまま放っておけば、ラクティのような犠牲者がまた次々と現れる事だろう。」
 「だから滅ぼせと・・・!?帝国に組する者は全て敵だと、そう仰りたいのですか!?」
 「そうだ。奴らはこの世界を汚染するガン細胞その物だ。奴らを滅ぼさなければ、今まで死んでいった多くの者たち・・・そして10年前に奴らに殺された、私の妻と娘も浮かばれないだろう。」
 「陛下・・・!!」

 グランザム帝国との戦争が始まってから、既に10年・・・一体いつになったらこの戦争は終結を迎えるのだろう。
 ジークハルトの言うように、どちらかが滅ぶまで終わらないというのか。
 互いに話し合いによる和平は、最早不可能な所まで来ているのだろうか。

 「・・・今日はもう遅い。お前は明日に備えてもう休め。」
 「・・・分かりました。陛下。」
 「これからもお前の働きに期待しているぞ。シオン。」
 「陛下に言われなくとも、僕はそのつもりですよ・・・貴方には幼少時に両親に捨てられ路頭に迷っていた僕の命を、救ってくれた恩がありますから。」

 ジークハルトに敬礼をして、部屋を出て行ったシオン。
 そのシオンの後姿を、ジークハルトは神妙な表情で見つめていたのだった。
 だがジークハルトにああは言ったものの、本当に帝国を滅ぼさなければこの戦争は終わらないのかと・・・シオンは何ともやり切れない気持ちになってしまっていた。
 本当に和解による戦争終結は不可能なのか・・・どちらかが滅ぶまで終わらないのか・・・。
 そんな事を考えながら、シオンは1人暮らしをしているアパートの部屋に帰ろうとしたのだが。

 「・・・あの・・・アルザード中尉。」
 「君は・・・陛下の付き人の・・・!!」

 城門の前で待っていたのは、スパイの現行犯で逮捕され、すぐに釈放されたラクティだった。
 予想外の人物の登場に、シオンは戸惑いの表情になる。

 「まさか、ここでずっと待っていたのか!?」
 「随分と帰りが遅かったんですね。」
 「ああ、ちょっと陛下に用事があってね・・・それでこんな時間まで一体どうしたんだ?」
 「どうしてもアルザード中尉に話しておきたい事があって・・・。」

 シオンの顔をじっ・・・と見つめるラクティだったが、シオンは彼女の表情から違和感を感じ取っていた。
 何というか、目が病んでいる。まるで正気ではないかのようだ。
 この戦争の真っ只中、シオンはこういう目をする者たちを、もう数え切れない程見てきた。
 大切な者を理不尽に奪われ、怒りと憎しみに囚われた者の目だ。

 「・・・アルザード中尉・・・お願い・・・!!あいつら皆ぶっ殺して!!私の最愛の妹を、たった1人の家族を・・・シルフィを殺したあいつら帝国の奴らを!!」
 「ラクティ、取り敢えず落ち着け!!」
 「あいつら皆やっつけて!!お願いだからシルフィの仇を取って!!もう貴方にしか頼めないの!!ルクセリオの英雄と呼ばれている貴方にしか!!」

 ラクティは身体を震わせながら、狂気の表情でシオンの身体にしがみついたのだった。
 城門の警備をしている騎士団の兵士たちは、一体何事なのかと戸惑いの表情を見せる。

 「あの、中尉殿、これは一体・・・!?」
 「すぐに医療スタッフを呼んできてくれ!!彼女は心を病んでしまっている!!すぐにカウンセリングを受けさせないと立ち直れなくなるぞ!!」
 「りょ、了解しました!!」

 慌てて城内に走っていった兵士を尻目に、シオンは何とかラクティを落ち着かせようとするのだが、帝国への怒りと憎しみに心を囚われたラクティが、そんなに簡単に正気に戻るはずもない。
 自分の身体にしがみつくラクティを一旦引き離し、シオンはじっ・・・と彼女を見つめる。
 その狂気に満ちた瞳に、シオンは心を痛めたのだった。
 こんな狂気に満ちた瞳を、シオンはこれまでに一体どれだけ見てきたのだろうか・・・。

 「・・・ラクティ。落ち着いて聞いてくれ。僕はルクセリオ公国騎士団に所属する軍人だ。だからこの国と国民を守る為に力を尽くすのは当然の事だ。」
 「それじゃあ、あいつらを皆殺しにしてくれるんですよね!?シルフィの仇を取ってくれるんですよね!?」
 「だけど僕は帝国軍に対して、怒りと憎しみの心で戦うつもりは無いよ。」

 予想外のシオンの言葉に、ラクティは唖然とした表情になった。
 一体この人は何を言っているのかと・・・何の迷いも無い真っすぐなシオンの表情に、ラクティの表情が怒りと失望で満ち溢れていく。

 「僕が戦うのは騎士団の一員として、この国と国民を守る為だ。間違っても帝国軍を皆殺しにする為に戦ってるんじゃない。」
 「・・・そんな・・・一体どうして・・・!?あいつらを皆殺しにしてくれるんじゃないんですか!?」
 「怒りと憎しみに身を任せて敵を殺した所で、新たな怒りと憎しみの連鎖を招くだけなんだよ。それでは何も変わりはしない・・・何も終わりはしないんだ。」
 「貴方は何を知ったような事を・・・!!全部あいつらが悪いのよ!!あいつらさえいなければシルフィは死なずに済んだのよ!!何で貴方にはそれが分からないのよぉっ!?」

 物凄い形相で、ラクティはシオンに食ってかかっていった。
 それでもシオンはラクティの怒りを一身に受け止め、顔を背ける事無く、じっ・・・とラクティを見つめ続けている。

 「どうせ貴方は英雄とか呼ばれてチヤホヤされてるから、私みたいに全てを失った人の気持ちなんて理解出来ないんでしょうね!?こんな甘ちゃんのどこがルクセリオの英雄なのよ!?」
 「理解出来るさ。僕も君のように、全てを失い絶望した経験があるのだから。」

 自分への怒りを露わにするラクティの瞳をじっ・・・と見つめながら、シオンは自らの過去の経験をはっきりと告げたのだった。
 今でもたまに夢に出てくる、あまりにも凄惨な過去を。

 「・・・僕も1年前に、帝国軍に妻と娘を殺された。」
 「・・・っ!?」
 「だから僕は君の怒りや憎しみを、身に染みて理解しているつもりだよ。だからこそ僕は君に言わなければならないんだ。怒りと憎しみに囚われていては、何も変わりはしないとね。」
 「・・・ううう・・・うああ・・・!!」
 「こんな下らない戦争を早く終わらせなければいけないのは、僕だって分かってるつもりさ。だけど敵を殺す事だけを目的にしてしまったら、ただの強盗と何も変わりはしない。それでは何も終わりはしないんだ。」

 シオンはラクティに、下手な慰めの言葉をかけるつもりは微塵も無かった。
 ただ自らの想いを、素直に真っすぐにラクティに伝えただけだ。
 それはラクティに変な期待を抱かせるわけにはいかないから・・・何よりも下手な慰めの言葉をかけた所で、ラクティが決して救われはしないからだ。
 そしてシオンの凄惨な過去を知ったラクティは、身体を震わせ激しく嗚咽したのだった。

 「中尉殿!!医療スタッフを呼んできました!!」

 そこへ先程の兵士が、2人の医療スタッフを連れて慌ててやってきた。
 2人の医療スタッフはとても心配そうな表情で、その場に崩れ落ちたラクティを担架に運び込む。

 「事情は彼から聞いているか!?すぐに彼女のメンタルケアを頼む!!」
 「はっ!!」

 シオンに敬礼した2人の医療スタッフが、慌ててラクティを城内の医療施設へと連れていく。
 そしてシオンのすぐ傍で先程から話の一部始終を聞いていた、もう1人の騎士団の兵士が、とても悲しみに満ちた瞳でシオンを見つめていたのだった。
 この人は一体どれだけの悲しみを背負って戦ってきたのかと。この戦争で一体どれだけ傷ついてきたのかと。
 それでもシオンは『ルクセリオの英雄』としての周囲の期待を一身に背負い、これまでこの国の為に必死に戦ってくれていたのだ。

 「・・・くそっ!!」

 苦虫を噛み締めたような表情で、シオンは右拳を派手に壁に叩き付けた。 

 「こんな事が・・・あと一体どれだけ続くって言うんだ・・・!!」

 夜空の満月を見上げながら、シオンは誰かに助けをすがるかのように、そう呟いたのだった・・・。

最終更新:2016年07月31日 08:26