小説フレームアームズ・ガール

第3話「運命の邂逅」


1.壮絶な戦いの末に


 グランザム帝国軍のルクセリオ公国城下町への侵攻作戦は、指揮官のアーキテクトがシオンに無様に敗北した事で、グランザム帝国軍の撤退という結果に終わった。
 それから両国の間で小規模な小競り合いが何度か繰り広げられたものの、それでもあの時の侵攻作戦の時のような大規模な戦闘は発生せず、両国共に戦況は膠着状態に陥っていた。
 絶対的な切り札として投入したフレームアームズ・ガール部隊をもってしても、シオンという厚い壁を崩す事が出来なかったのだ。皇帝ヴィクターが慎重にならざるを得なくなるのも無理も無いという物だろう。

 また戦闘中に何故かシオンにキスをしたスティレットの行動に関しても、アーキテクトの懸念通り上層部が軍法会議でスティレットを厳しく追及したものの、それでもアーキテクトの進言によって『ハニートラップによる毒殺のつもりだった』という事で上層部に納得して貰い、何とかスティレットはお咎め無しとされたのだった。

 そして、あの時の侵攻作戦から2週間が経過した頃。
 グランザム帝国軍のフレームアームズ・ガール部隊は、ルクセリオ公国とコーネリア共和国の国境付近にある、ルクセリオ公国の軍備品生産施設へと進軍を開始。
 それに対抗する為にルクセリオ公国騎士団は、シオン隊を現地へと派遣。両軍共にコーネリア共和国の国境付近の上空において、壮絶な戦闘を繰り広げていた。

 「もういい加減にしろ!!しつこ過ぎるだろ君らはぁっ!?」

 迅雷のバスタードソードによる斬撃を、ビームサーベルで受け止めるシオン。
 そのまま鍔迫り合いの状態になったシオンの背後から、シオンをプラズマキャノンで狙い撃とうとした轟雷を、マチルダがビームマシンガンで牽制する。

 「シオン隊長に手出しはさせないわよ!!李轟雷少尉!!」
 「全く、しつこいのはどっちなんだか・・・!!」
 「おらおらぁっ!!お前らの敵はシオン隊長だけじゃねえんだぞ!?」

 スティレットに何度も斬撃を浴びせるオスカルだったが、それをスティレットは涼しい顔で受け流し続ける。
 そのスティレットの余裕の表情に、オスカルは焦りと苛立ちを隠せずにいた。
 そんなオスカルをリックが遠くから陽電磁砲で援護し、スティレットは一旦オスカルから間合いを離す。

 「焦り過ぎだオスカル!!お前1人で敵う相手か!?」
 「すまねえ、助かりましたよリックさん!!」
 「とはいえ、この状況・・・!!オスカルが焦るのも無理は無いかもしれないが・・・!!」

 今回の戦闘は、前回の城下町付近での戦闘とは意味合いが違う。政治的な意味でかなり厄介な状況になってしまっているのだ。
 前回はルクセリオ公国領地のど真ん中での戦闘だったから、シオンたちもスティレットたちも何も気にする事無く、思う存分戦う事が出来たのだが・・・問題なのは今回の戦闘が、第3国であるコーネリア共和国の領地付近で行われているという事だ。

 「マチルダ!!下がり過ぎだ!!コーネリア共和国の領地内に入ってしまえば、重篤な国際問題になるぞ!!」
 「そ、そんな事言われたって・・・これでは下がるしか・・・っ!!」

 迅雷と何度も剣を交えながら、マチルダに警告するシオン。
 襲い掛かる轟雷のプラズマキャノンを何とか避け続けるマチルダだったが、それでも徐々にコーネリア共和国の領地付近へと追い込まれていってしまう。
 コーネリア共和国は王妃エミリア・コーネリアの統治の下、絶対中立、差別根絶を国の絶対的な姿勢として掲げている。
 今回の戦争においてもエミリアは、ルクセリオ公国にもグランザム帝国のどちらにも属さずに中立の姿勢を崩さない事を、戦争が始まった10年前から公式に表明しているのだ。

 そのコーネリア共和国の領地内に入るという事は、中立国を戦闘に巻き込む事を意味する・・・そうなればルクセリオ公国は不当な領地侵犯をしたとして、世界中から激しい非難を浴びる事になるだろう。
 そしてそれはアーキテクトたちにとっても同じ事であり、だからこそシオンたちを相手に引き気味の戦いをせざるを得なくなっていた。

 「轟雷少尉!!深追いするな!!それ以上は領地侵犯になってしまうぞ!!」
 「ああもう!!本当に面倒臭いなあっ!!」

 アーキテクトからの警告を受けた轟雷はマチルダへの追撃を止め、シオンと交戦する迅雷の援護へと回る。
 国境に到達するギリギリの境界線まで追い込まれていたマチルダだったが、何とか体勢を立て直してシオンの援護に回ろうとする。
 そうはさせまいとアーキテクトが、中距離からビームバスタードライフルでマチルダを狙撃する。
 放たれた光弾を、何とかビームシールドで防ぎ続けるマチルダ。

 「くっ、オラトリオ大尉、邪魔を!!」
 「アルザード中尉を集中的に狙え!!私がお前たちを援護する!!奴さえいなくなればシオン隊は烏合の衆だ!!」
 「「「イエス!!マム!!」」」

 スティレット、迅雷、轟雷が3人がかりでシオンに挑むが、それを読んでいたシオンが鍔迫り合いをしていた迅雷の胸倉を掴み、無理矢理轟雷に向かって投げ飛ばした。

 「どああああああああああああああっ!?」
 「迅雷!!」

 いきなり目の前に飛んできた迅雷の身体を、轟雷は慌てて抱き止める。

 「大丈夫!?」
 「うん、大丈夫。ありがとう、お姉ちゃん・・・!!」
 「シオン・アルザード、本当に何て奴・・・ステラ!?」

 ビームサーベルを手にしたスティレットが迅雷と轟雷の隣を通り過ぎ、シオンに向かって颯爽と斬りかかっていった。
 シオンとスティレット、2人のビームサーベルが何度も派手にぶつかり合う。
 両者互角の死闘の最中、互いに戦場を高速で飛び回った末に鍔迫り合いの状態になり、互いに見つめ合う形になったシオンとスティレット。

 「・・・くそっ、またか・・・っ・・・!!」

 その瞬間、またしてもシオンに襲い掛かる強烈な頭痛。
 シオンの脳裏に映ったのは、またしても炎に包まれた村の中で、大粒の涙を流しながら号泣するスティレットの姿。
 そしてスティレットもまた、そんなシオンに対しての懐かしさと愛おしさが、以前よりもさらに増してきているのを自覚していた。
 シオンとは面識が無いはずなのに・・・いや、面識が無いはずなのだが・・・スティレットはどうしてもシオンの事を、『敵国の兵士』『他人』だと思う事が出来ずにいるのだ。

 一体どうして自分がシオンに対して、こんな感情を抱いてしまうのか・・・訳が分からない自分自身の想いに戸惑いを隠せないスティレットだったが、そんな2人の端末に鳴り響く、コーネリア共和国の領地内へと入り込んでしまった事を示す警告音。

 「「・・・しまった!!」」

 コーネリア共和国の領地内に入ってしまった事で、2人共『早く領地内から出る事』に意識を取られ過ぎてしまい・・・さらに互いの事に気を取られ注意力が散漫になってしまった2人は、互いにマチルダとアーキテクトの援護射撃を避け切る事が出来なかった。

 「シオン隊長!!」
 「リーズヴェルト少尉!!早くそいつから離れろぉっ!!」

 マチルダのビームマシンガンによって、スティレットの背中のエクシードバインダーが被弾・・・さらにアーキテクトのビームバスタードライフルが、シオンの右足のバーニアを大破させた。

 「くそっ、バーニアが!!」
 「きゃあああああああああああああっ!!」

 互いに被弾したシオンとスティレットが、コーネリア共和国領地内の森の中へと墜落していった。
 墜落しながらもシオンは空中で体勢を立て直し、落ち着いて信号弾を上空へと撃つ。
 自分が撃墜された今となっては、これ以上の戦闘継続は危険だと判断したのだ。

 「シオン隊長ーーーーーーーーーーーっ!!」
 「作戦中止!!総員施設まで撤退しろ!!いいな!?」

 心配そうな表情で自分を見つめるマチルダに、シオンは墜落しながら撤退命令を出したのだった。

2.運命の邂逅


 「パワードスーツの緊急安全装置起動・・・緊急着地用意・・・この高さなら骨折まではしないだろうが・・・いけるか・・・!?」

 スティレットと一緒に地上へと墜落するシオンだったが、こういう状況に対応した訓練はもう何度も受け続けていたので、慌てる事無く冷静に対処出来ていた。
 幸いにも落下地点は森林地帯なので、墜落の際にどうにか木がクッションになってくれそうだ。
 空中で体勢を立て直したシオンは、何とか無事だった左足のバーニアをフル稼働し、着地による衝撃を少しでも和らげようとする。

 「シオンさぁーーーーーーーーーん!!」

 そこへ両足のバーニアをフル稼働させたスティレットが、心配そうな表情でシオンを追いかけ・・・墜落するシオンを慌てて抱き締めた。

 「な・・・リーズヴェルト少尉!?」
 「私にしっかりと掴まって下さい、シオンさん!!」

 シオンを抱き締めたスティレットは体勢を立て直し、両足のバーニアをフル稼働させて減速。
 シオンもまた、とっさにスティレットの身体を抱き締めるような形になった。
 そしてスティレットは足元に迫る木の枝を巧みに避けながら、シオンと共に地上にゆっくりと着地したのだった。

 「大丈夫ですか、シオンさん?」
 「あ、ああ、君のお陰で僕は無事で済んだけど・・・っ!?」

 何故か和やかな雰囲気になってしまったシオンとスティレットは、互いに抱き締め合った状態で笑顔で見つめ合うのだが・・・。

 「「・・・っ!?」」

 互いに敵同士だという事を慌てて思い出した2人は、とっさに間合いを離してビームサーベルを構えたのだった。
 何故私は、この人の事を思わず助けてしまったのだろう・・・。
 何故僕は彼女に言われるまま、彼女に身を任せてしまったのだろう・・・。
 互いに無意識の内に取った行動に、戸惑いを隠せないシオンとスティレット。

 シオンと違い両足のバーニアが無事だったスティレットは、そのままシオンを見捨てて1人だけ無事に着地する事が出来たはずだ。
 それにシオンもまた、自分を抱き締めた状態の無防備なスティレットを攻撃する余裕は、充分にあったはずだ。
 それなのに、一体何故・・・互いにビームサーベルを構えながら、互いに無防備な相手を攻撃出来なかった事に困惑していたのだが。

 「・・・止めよう、リーズヴェルト少尉。ここは既にコーネリア共和国の領地内だ。」

 溜め息をついたシオンが、ビームサーベルを懐に収めて両手を広げたのだった。
 それはスティレットに対して、敵意が無い事を示す証だ。

 「ここで僕たちが戦闘をしてしまえば、それこそ国際的な大問題になるだろう。」
 「・・・シオンさん・・・。」
 「お互いにそれだけは避けたいだろう?だから救助が来るまで互いに一時休戦にしないか?」

 正直、これは建前だ。シオンは自分でもそれを自覚していた。
 少なくとも思慮深いジークハルトならともかく、あの頭でっかちな大臣たちなら、どんな手段を使ってでもスティレットを殺せとシオンに命令する事だろう。そしてスティレットが敵国の兵士である以上は、それは当たり前の事だ。
 それでも何故かシオンは、これ以上スティレットと戦いたくない、傷つけたくないという衝動に駆られたのだ。

 「・・・・・。」

 スティレットもまた素直にそれに応じ、ビームサーベルを懐にしまい両手を広げた。
 互いに敵意が無い事を理解した2人は、そのままゆっくりと両手を降ろす。
 その事にシオンもスティレットも、何故か心の底から安堵してしまったのだった。
 互いにその事に戸惑いつつも、それでも和やかな表情を見せる。

 「・・・取り敢えず現状を把握しないとな。ここはコーネリア共和国の国境付近にある森林地帯のようだけど・・・ここから国境を出ようにも崖で道が閉ざされている。それにこの近くに村や集落の類は無さそうだ。」
 「結局救助を待たないといけないという事ですね・・・ならそれまでの食料や水は、私たちだけで何とかしないといけないですね。」

 互いに身体を寄せ合いながら、互いの端末で地図を見せ合う2人。 
 確かにシオンの言う通り、ここから国境を越えて仲間と合流しようにも崖に阻まれており、互いに飛行ユニットを壊された今の2人では空を飛べないので無理だ。それに最短の村まではかなりの距離がある。食料も水も自分たちで自給自足する必要がありそうだ。
 ここは様々な動物が豊富に暮らす森林地帯だ。食料に関しては鹿やウサギ、蛇などを捕らえれば何とかなりそうだし、木の実や果実の類も探せば豊富にありそうだ。
 問題は水だが・・・ここから2km程離れた場所に水源となる湖がある事を、シオンもスティレットも地図で確認した。

 「僕はオラトリオ大尉に右足のバーニアを破壊されてしまったから、飛べないけど・・・君は?」
 「私のバーニアもエネルギー残量が残り僅かです。エクシードバインダーも壊されてしまいましたし・・・。」
 「なら面倒だけど、湖まで歩いて行くしかなさそうだな。」

 歩いて行くにはちょっと面倒な距離だが、別に歩いて行けない程の距離でもない。
 シオンもスティレットも端末の地図で方角を確認しながら、湖を目指して歩き出したのだった。 
 取り敢えず現状やるべき事は、湖に辿り着いて水を確保する事だ。
 水さえ確保出来れば、救助が来るまでの当面の生活に関しては何とかなるだろう。

 問題なのはコーネリア共和国が、マチルダたちやアーキテクトたちの救助の為の入国を、素直に認めてくれるかどうかなのだが・・・。

 「君はサバイバル技能検定は受けているか?」
 「はい。士官学校で1級の資格を取りました。」
 「なら食料の確保は任せてもいいかな?僕は寝床と薪を何とかするよ。」
 「分かりました。シオンさん。」

 互いに敵同士だというのに、何故か和やかな雰囲気で会話をするシオンとスティレット。
 このコーネリア共和国はルクセリオ公国やグランザム帝国のような近代都市とは違い、緑溢れる自然に囲まれた、美しくも和やかな国だという事が最大の特徴となっている。
 清々しい青い空、白い雲、森の安らぎ、小鳥のせせらぎ、遥か彼方に見える壮大な山脈。
 そして地面に沢山生えている色とりどりの可憐な花々は、見る者の心を和ませてくれる。
 これが戦争でなければ、何だか2人でピクニックにでも出かけているみたいだ。
 いや・・・こんな戦争さえ起きていなければ、2人はもっとマシな出会い方をしていただろうに。

 政治的な問題で一時休戦しているとはいえ、互いに敵同士だという立場を忘れていないからなのか、シオンもスティレットも無言で湖まで歩き続ける。
 だがそれでもスティレットは頭の中で、許されない事だと分かっていながらも、思わずシオンとピクニックに出かける光景を想像してしまったのだった。

 シオンの為に心を込めて作った自慢の手作りの弁当を手に、シオンと手を繋ぎながら、2人で笑顔で自然公園を散策する。
 そして2人で汗だくになりながらも、自然公園の最大のスポットである壮大な花畑に辿り着く。
 その美しくも壮大な光景に、シオンとスティレットの心が癒されていく。
 他の多くの観光客や家族連れがのどかな雰囲気を見せ、子供たちが笑顔で走り回る最中、すっかりお腹を空かせたシオンとスティレットは、地面にピクニックシートを敷いて昼食の用意をする。
 今日の昼食は、スティレットが心を込めて作ったサンドイッチだ。
 ハム、トマト、玉子焼き、カツ、ポテトサラダ・・・色とりどりの具材の華やかさが、シオンとスティレットの食欲を刺激する。
 さあシオンさん、どうぞ召し上がれ・・・屈託の無い笑顔でサンドイッチを勧めるスティレット。そしてそれを美味しそうに食べるシオン。

 どうしてだろう・・・どうしてスティレットは、シオンとのこんな光景を想像してしまうのだろう。
 どうしてこんなにも・・・シオンに対して懐かしさと愛おしさを感じてしまうのだろう。
 どうして自分は・・・こうしてシオンと敵同士になってしまったのだろう。
 何故かスティレットは悲しい気持ちで、胸が一杯になってしまったのだった。

 「着いたよ。リーズヴェルト少尉。」
 「・・・っ!?」

 シオンに呼びかけられ、スティレットはハッと我に返る。
 汗だくになりながらもシオンとスティレットは、何とか水源となる湖まで辿り着いたのだった。

 「・・・うわぁ・・・。」

 その美しくも壮大な湖の光景に、思わずスティレットは息を呑んでしまう。

 「シオンさん見て見て!!凄く綺麗な湖ですよ!!」
 「あ・・・うん、そうだね。」

 自分の右手を掴んで、とても嬉しそうにはしゃぐスティレットの姿に、思わずシオンは苦笑いしてしまう。
 スティレットはシオンが敵だという事を、もう完全に忘れてしまっているようだった。
 こうしてシオンに笑顔を見せるスティレットを見ていると、とても軍人とは思えない・・・まさに年頃の女の子の態度その物だ。

 スティレットに右手を引っ張られながら湖の目の前に来たシオンは、パワードスーツの右手の手袋を外して水を掬い、試しに一口飲んでみる。
 水質は良好で、特に浄化処理をしなくても充分に飲める代物のようだ。それにこれだけの広さなら洗濯や水浴びをするのにも使えそうだ。
 シオンは周囲を見渡し、寝床として使えそうな場所の目星を付ける。
 周辺の地質も特に荒れている訳ではないので、普通に横になって寝る分には充分な状態だと言えるだろう。

 「よし、僕は今から薪を集めに行くよ。君は食料の確保を頼む。取り敢えずヒトナナ・マルマル(17時0分)までに一度ここに集合。いいね?」
 「はい、分かりました。シオンさん。」

 屈託の無い笑顔を見せるスティレットに、シオンは戸惑いながらも何故か心の中で安らぎを感じたのだった。

3.絶対中立


 「ですから私たちルクセリオ公国は、貴国の領地を不当に侵犯するつもりは微塵もありません!!ただ墜落したアルザード中尉の救助に向かいたいだけなんです!!どうしてそれを分かって頂けないのですか!?」

 一方その頃、ルクセリオ公国の軍備品生産施設の通信室において、ナナミが必死の形相でコーネリア共和国軍の女性士官に通信を送っていた。
 モニター越しに映る女性士官は厳しい表情で、先程からナナミの要求を跳ね除け続けている。
 シオンの懸念通り、救助活動の為のシオン隊のコーネリア共和国領地内への入国が、先程からコーネリア共和国に拒否され続けている状態なのだ。
 下手をすればシオンの命にも関わりかねないという事もあり、普段は穏やかで心優しいナナミも、さすがに焦りと苛立ちを隠せないでいた。 

 『それは先程も申し上げた通り、皆さんの入国を許可した場合、共に墜落したリーズヴェルト少尉と交戦状態になる恐れがあるからです。その危険性がある以上は中立国として、皆さんの入国を許可する訳にはいきません。』
 「あくまでも救助活動を最優先します!!アルザード中尉を救助次第、領地から即時離脱すると誓います!!ですから・・・!!」
 『貴国らが戦争状態を継続中である以上、仮にその発言が貴方自身の本意であったとしても、結果的に皆さんとリーズヴェルト少尉が交戦状態になってしまう恐れがあります。』
 「貴国が中立国だという事は分かっています!!無用な戦闘は一切しません!!ですから・・・!!」
 『上層部からの攻撃命令が出たとしたら?軍人である皆さんがそれに歯向かえるとでも?』
 「・・・そ・・・それは・・・!!」

 女性士官の言葉に、思わず言葉を詰まらせてしまうナナミ。
 シオン1人だけが墜落したというのであれば、この女性士官もシオン隊の救助活動を別に拒みはしなかっただろう。
 救助後に即時離脱しろという条件は付くだろうが、快く入国許可を出したはずだ。
 だが問題なのは敵国の兵士であるスティレットが、シオンと一緒に墜落したという点だ。
 それが政治的に色々とややこしい状況を生み出してしまっており、シオン隊の救助活動が拒まれてしまっているという訳だ。

 コーネリア共和国としても、どちらにも属さない絶対中立の立場を取っている以上、領地内で戦闘をされたら困ると考えるのは当然だろう。
 この女性士官が言っている事は、国としての立場を考えれば至極当然の事なのだ。むしろ無理な事を言っているのはナナミの方であり、シオンとスティレットがコーネリア共和国に迷惑を掛けているような状況になってしまっているのだ。
 ナナミもそれを理解しているからこそ、女性士官に何も言い返す事が出来ずにいるのだ。

 「だけど・・・だけど、このままじゃシオン隊長が・・・!!」
 『いずれにしても皆さんの入国を許可する訳にはいきません。理由の如何を問わず、入国した場合は領地侵犯とみなし、ただちに皆さんを攻撃致します。』
 「ならせめてドローンでの食料と水の運搬だけは許可して頂けませんか!?墜落した大体の場所は分かっているんです!!シオン隊長だって今頃お腹を空かせてるはずだから・・・!!」
 『それも認められません。ドローンに武器と弾薬を積まれる可能性もあります。』 
 「それじゃあシオン隊長に飢え死にしろって言うんですかぁっ!?」

 思わず想像してしまったナナミは、すっかり涙目になってしまったのだった。
 対照的に女性士官は顔色1つ変えず、毅然とした態度をナナミに見せ続けている。

 『既に我々の方からも捜索隊は出しています。こちらとしてもアルザード中尉とリーズヴェルト少尉には、早々に領地内から出て行って頂きたいですから。』
 「そんな、シオン隊長の事をまるで厄介者みたいに・・・!!」
 『事実、現状では厄介者なのではないですか?敵同士である2人がいつ交戦状態になっても不思議ではないでしょう?最も2人が我が国に亡命するというのであれば、我々は喜んで2人を歓迎致しますが・・・。』
 「亡命って、シオン隊長が私たちを見捨てて、そんな事する訳ないじゃないですか!!」
 『亡命しないのなら、2人は我々を戦火に巻き込む厄介者です・・・とにかく皆さんの入国を許可する訳にはいきません。入国した場合は領地侵犯とみなし、容赦なく攻撃対象とします。』
 「ちょ・・・!!」

 ナナミが何かを言う暇も無く、女性士官に一方的に通信を切られてしまったのだった。
 その一部始終を見ていたマチルダたちが、何とも歯がゆそうな表情を見せている。
 ナナミが言っていたように、シオンが墜落した大体の場所は分かっているのだ。そこを中心に捜索すれば、シオンを探し出す事は決して難しくはないだろう。
 だが入国を許可されていない以上は、救助に行けば領地侵犯となり、国際的な大問題となる・・・救助に行きたくても行けない現状に、マチルダたちはやり切れない思いで一杯だった。

 「・・・シオン隊長・・・今頃お腹空かせてないかしら・・・空腹のあまり毒キノコとか食べて、お腹を壊すような事にならないといいけど・・・。」

 シオンはサバイバル技能検定の1級の資格を持っている。間違ってもナナミが心配するような事態にはならないだろうが、それでもナナミは不安を隠せなかった。 
 とても心配そうな表情で、ナナミはシオンが墜落した森を窓から見つめている。
 既に時計は午後6時を回っていた。本来なら今頃は夕食を食べている時間だ。
 今頃は施設の食堂の従業員たちが、自分たちの防衛任務を命懸けで遂行してくれているマチルダたちの為に、温かい夕食を用意してくれている頃だろうが。

 「何でぇ何でぇ、こいつは一体何の騒ぎだ。ああん?」

 その時ナナミの背後から、作業着姿のガイウスが声を掛けてきたのだった。
 予想外の人物の登場に、マチルダは唖然とした表情になる。

 「お、お父さん、何でこんな所にいるのよ!?」
 「仕事だよ仕事。この施設に野菜を納品しに行ったら、お前がここにいるって職員の連中に言われたから声を掛けたんだよ。お前こそ何でこんな国境沿いの田舎にいるんだよ?」
 「そりゃ、グランザム帝国軍がこの施設に攻撃を仕掛けて来たから、施設の防衛任務の為に来たに決まってるでしょ!?」
 「まあそんな事はいい。それはそうとシオンはどうしたんだ?姿が見えねえようだが・・・。」
 「・・・シオン隊長は・・・。」

 マチルダに事情を説明されたガイウスは、呆れた表情で深い溜め息をついたのだった。 

 「何だよアーキテクトだかチーズケーキだか何だか知らねえが、たかが女1人に、しかも一度負かした奴に撃墜されたってのか。シオンの奴ちゃんとキンタマついてんのか?」
 「キ、キンタマって・・・お父さん、ナナミ軍曹が目の前にいらっしゃるのよ!?ちょっとはデリカシーって物を考えなさいよ!!」
 「で、お前らはシオンを助けに行く事も出来ずに、ここで足止めを食らっちまってるって訳か。何だかよく分からねえが、人命が懸かってんだから助けに行ってもいいんじゃねえのか?」
 「そんな簡単な問題じゃないのよ!!入国を許可して貰えない以上は、勝手に動いたら領地侵犯になっちゃうの!!」

 マチルダだってシオンを助けに行けるのなら、今すぐにでも助けに行きたい。
 だが現状ではマチルダが言うように、領地内に入った時点で領地侵犯になってしまい、国際的な大問題になってしまうだろう。
 下手をすればルクセリオ公国がコーネリア共和国に、戦争を仕掛けたという事にもなってしまいかねないのだ。

 「・・・ったく、コーネリア共和国の連中も頭でっかちな奴らばっかだな。人命救助の何が悪いってんだ。なあ?」
 「国王陛下からも待機命令が出てるし、隊長のパワードスーツの通信機能も壊れちゃったみたいで、さっきから全然繋がらないのよ。今は八方塞がりな状況なのよ。」
 「で、お前らはちゃんと飯食ってんのか?言っておくがシオンの事が気になって飯が喉を通らねえなんてのは、許されねえからな?」
 「そ、それは・・・」

 鋭い眼光を見せるガイウスの言葉に、マチルダは思わず言葉に詰まってしまった。
 ガイウスの指摘通り、確かにマチルダたちはシオンの事が心配になるあまり、夕食の時間になっても食事を取っていないのだ。
 それを悟ったガイウスは、何とも呆れた表情で深い溜め息をついたのだった。

 「あのなあマチルダ。お前ら軍人だろうが。この施設の防衛任務でここに来てるんだろうが。ちゃんと飯を食っておかねえと、いざという時にここの施設の連中を守れるのか?あ?」
 「それは・・・確かにお父さんの言う通りなんだけど・・・。」
 「大体、そのチーズケーキが再びここを襲ってきたらどうすんだ?」
 「チーズケーキじゃなくてアーキテクト!!」

 呆れるマチルダだが、それでも確かにガイウスの言う通りだ。
 ちゃんと食事をして睡眠を取って万全の体調を維持する事も、軍人としての重要な仕事だ。
 でなければ敵が攻めてきた時に全力を出せず、国や人々を守れないなんて事になりかねない。
 シオンの事は確かに心配だが、だからと言って自分たちが空腹のままでいいという理由にはならないのだ。

 「・・・轟雷少尉、迅雷少尉。リーズヴェルト少尉が心配なのは分かるが・・・食事をする事も軍人としての立派な責務だからな?」

 そしてそれは輸送艦の中で待機中の、フレームアームズ・ガール部隊にとっても同じ事のようで・・・スティレットを心配するあまり食事が全然喉を通らない轟雷と迅雷に、アーキテクトが苦言を呈していた。

 「いざという時に前線で戦う我々が、万全の状態でいられなくてどうするというのだ。」
 「それは・・・確かにそうなんですけど・・・私があの時アルザード中尉に、無様に投げ飛ばされたりなんかしなければ・・・!!」
 「お前1人が背負い込むことは無い。奴を仕留め切れなかった私にも責任はあるのだからな。」

 肩を落とす迅雷を励ましながら、アーキテクトは迅雷の口の中に、クリームシチューを入れたスプーンを無理矢理ぶち込んだのだった。

 「ほれ迅雷少尉。あ~ん。」
 「もががががが。」
 「どうだ?美味いだろう?何しろ私の手作りのシチューなのだからな。不味いわけがない。」
 「・・・んぐ・・・んぐ・・・お、美味しいです・・・。」
 「だろう?ならば冷めない内に早く食べてしまえ。」

 確かにアーキテクトの言う通りだ。コーネリア共和国に入国許可を貰えていない現状ではあるが、それでも何が起こるか分からないのだ。
 とっととスティレットを連れて行って欲しいから救助に行けと、コーネリア共和国側に言われるかもしれないし、もしかしたら再びシオン隊と交戦する事になるかもしれない。
 その時に自分たちが万全の状態でいられなくて、どうするというのか。
 スティレットが安心して帰れる場所を守る事・・・それも自分たちがやるべき事なのだ。
 その決意を胸に、轟雷も迅雷も決意の表情で、アーキテクトが作ったクリームシチューを必死に口の中に流し込んだのだった。

 「やれやれ、私としては、もっと美味そうな顔で食べて貰いたい物なのだがなぁ。」
 「・・・あ、キノコ。」
 「何だ轟雷少尉。キノコが苦手なのか?軍人なんだから好き嫌いはいかんぞ。」
 「いえ、ステラったら空腹のあまり毒キノコを食べちゃって、お腹を壊したりしてなきゃいいけど・・・って思って。」
 「奴はサバイバル技能検定の1級の資格を持っている。間違ってもそんな事にはならんだろう。」
 「それは確かにそうなんですけど・・・。」

 クリームシチューを食べながら、轟雷はスティレットが墜落した森を窓から見つめ続ける。
 今頃スティレットは無事だろうか。一緒に墜落したシオンと交戦するような事態になっていなければいいのだが。
 シオンは思慮深い男だから、そんな事をしてしまえば重篤な国際問題になってしまう事は分かっているはず、だからスティレットと一時休戦状態になっているはずだと、そうアーキテクトは言っているのだが・・・それでも轟雷は心配で仕方が無かった。

 (早く戻ってきてよ、ステラ・・・隊長が作った美味しいシチューが待ってるから・・・。)

 自軍からの救助はおろか、補給さえも全く期待出来ない。食料も水も自分たちで自給自足するしかない。温かい毛布に包まれて眠る事さえも出来ない。
 しかも政治的な事情から一時休戦状態になっているとはいえ、敵国の兵士と共同生活を送る羽目になってしまっているのだ。
 お互いに何がきっかけとなって、いつ寝首を掛かれるか分からない・・・シオンとスティレットは仲間たちから心の底から心配されながら、そんな過酷なサバイバル生活を・・・。

 「シオンさ~ん、晩御飯の用意が出来ましたよ~。」
 「ああ、すぐに行くよ。こっちも丁度寝床の用意が出来た所だ。」
 「取り敢えず鹿と蛇とキノコを焼いてみました。デザートはリンゴとオレンジですよ。」
 「おっ、これは美味そうだな。それじゃあ両手を合わせて・・・。」
 「「いっただきまーす!!」」

 物凄く楽しそうに満喫していたのだった。

最終更新:2016年09月04日 08:56