小説フレームアームズ・ガール

第3話「運命の邂逅」


4.空白の過去


 既に日が沈みかけている薄暗い森の中で、シオンとスティレットは焚火を前に向かい合うような形で、穏やかな雰囲気の中で夕食を食べていた。
 焚火に関してはスティレットが、尖った木の先端をゴリゴリして火を起こすアレで作り出した。
 鹿と蛇もスティレットが捕まえ、プロの料理人顔負けのナイフ捌きで調理した物だ。
 的確に内臓と血を抜かれた肉が焚火の中で焼かれ、何とも香ばしい香りを漂わせている。
 シオンとスティレットの命を繋ぐ為に、失われた命・・・生きるという事は他の命を奪うという事を意味するのだ。シオンもスティレットもそれを忘れる事無く、自分たちが殺して焼いた鹿と蛇の肉を、感謝の気持ちを込めて口にしていた。

 そして焚火のすぐ近くには、シオンが作り出した即席の寝床が用意されている。
 これもその辺に落ちていた落ち葉を掻き集め、その上に藁を敷いた物だ。これだけでも藁の中は結構温かいので、身体を冷やす事無く眠る事が出来るだろう。
 その寝床の傍らには2人が脱いだパワードスーツとフレームアームが、綺麗に整頓されて置かれている。

 「不思議・・・ですよね。敵国の・・・しかもルクセリオの英雄とまで呼ばれているシオンさんと、こうして焚火を囲んで食事をする事になるなんて・・・。」 

 焼いた蛇肉をかじりながらスティレットは、バチバチと静かな音を立てる焚火を見つめながら、穏やかな表情で何となくそう呟いた。
 中立国のコーネリア共和国の領地内に墜落したという、複雑な政治的な事情があって止むを得ず一時休戦している2人。
 いや・・・本当に止むを得ず・・・なのか。
 何故かシオンもスティレットも、心の中ではこうなる事を望んでいたような・・・そんな気がしてならないのだ。

 シオンはスティレットと共同生活を送る内に、スティレットとの戦闘中にも度々感じていた激しい頭痛に、再び襲われるようになり・・・スティレットに対しての懐かしさと後悔の念がどんどん増しているのを感じていた。
 またスティレットも、シオンに対しての懐かしさと愛おしさが、以前にも増して一層と膨らんでいるのを自覚していた。
 一体この感覚は何なのか・・・どうして互いに対して、こんな想いを抱いてしまうのか。

 1つだけ確かなのは、本来なら敵国の兵士が目の前にいるのだから、軍人として抱かなければならないはずの警戒心と敵対心が、今のシオンとスティレットからは全く感じられないという事だ。

 「ルクセリオの英雄か・・・皆が僕の事をそう呼ぶけど、僕はそんな大それた存在じゃないよ。」
 「だけど貴方はこれまでに、沢山の人々の命を救ってきたんでしょう?それに貴方は国の人々から慕われている。ただ強いだけでは決して英雄だなんて呼ばれないはずですから。」
 「それでも・・・守れなかった命が沢山あるんだ。それに僕は本当に守りたかった人の命を、守る事が出来なかった・・・。」

 シオンもまた焚火を見つめながら、とても悲しげな瞳で鹿肉を口にしたのだった。
 今でもたまに夢に出て来る・・・1年前に妻のアルテナが、産まれたばかりの娘のセリスが、戦火に巻き込まれて亡くなってしまった光景。
 あの時のような悲しみは、もう二度と味わいたくはない・・・もう誰にも味合わせたくない・・・その強い想いと信念を胸に、これまでシオンは必死に戦ってきた。
 そしてシオンの活躍で、多くの者が命を救われた・・・だがシオンとて人間なのだ。自分の目の届く全ての者を守れる程、万能ではないのだ。

 「・・・だけど、貴方のお陰で命を救われた人だって大勢いる・・・貴方は多くの人たちに感謝されている・・・それは誇るべきだと私は思います。」
 「それは・・・確かにそうなんだけどさ。」
 「私も帝国の人たちから救世主なんて呼ばれてますけど・・・私はシオンさんとは違う・・・ただ皆に都合がいいように持ち上げられているだけですから・・・。」

 オルテガ村で初めてシオンと戦った時、あれだけシオンに追い詰められていたにも関わらず、あの英雄シオンを圧倒したなどと記事やニュースで捏造され、真実を知らない国の人々から熱狂される騒ぎになってしまった。
 今思えばアーキテクトの言う通り、これも皇帝ヴィクターの政略の1つなのだろう。
 救世主という絶対的な存在を作り上げる事によって、国中の士気を高める・・・兵士たちに希望を持たせる・・・祀り上げられた本人の意思など関係無いのだ。

 「そう・・・私はシオンさんとは違う・・・私はシルフィさんを守ってあげる事が出来なかった・・・。」
 「シルフィって・・・まさかラクティの妹さんの!?」
 「やっぱりシオンさんも知っていたんですね。お姉さんをスパイに仕立て上げる為に人質に取られたシルフィさんを、私が世話をしていたんですけど・・・オルテガ村でシオンさんと戦った後、私が城に戻ったら・・・彼女はもう用済みになったとかで殺されたんです。」
 「・・・そうか。君がラクティの妹さんの世話をしてくれていたのか。」

 あの時のラクティの狂気に満ちた瞳は、今もシオンは忘れる事は無い。
 今は立ち直ってジークハルトの付き人をしているのだが・・・たった1人の家族を失ったラクティの心には、一生消えない深い傷が残ったはずだ。

 「・・・ごめんなさい・・・私の力が足りなかったばかりに・・・。」
 「それは君のせいじゃない・・・こんな下らない戦争が悪いんだ。」

 泣きそうな顔のスティレットを見つめるシオンに、怒りや憎しみの感情は一切感じられなかった。
 シルフィが帝国によって殺されたのは事実だ。だが帝国の兵士だからという理由で、それを全部スティレットのせいにしてしまうのは筋が違うという物だ。
 恐らくスティレットは、どうにかしてシルフィの事を救おうと尽力してくれていたのだろう。でなければ敵国の人間であるシルフィの死を、こんなにも悲しんでくれるはずがないのだ。

 「・・・シオンさんは優しいんですね。本当なら私に罵声を浴びせてもおかしくないのに。」
 「僕はただ、僕が思った事を正直に君に言ったまでだよ。」
 「やっぱりシオンさんは英雄ですよ・・・私なんかとは全然違う・・・シオンさんのご家族も鼻が高いんじゃないですか?」
 「・・・僕に家族なんていないよ。」

 皮肉そうな笑みを浮かべるシオンを見て、スティレットは申し訳ない気持ちで一杯になった。

 「まさか、この戦争でお亡くなりになられたとか!?もしそうだったら私・・・!!」
 「いや、父も母もまだ生きてるよ。今住んでる場所も分かってる。」
 「住んでる場所も分かってるって・・・一体どういう事なんですか?」
 「僕は幼い頃、両親に捨てられたんだ。」
 「・・・捨てられた・・・!?シオンさんが!?」

 全く予想もしなかったシオンの言葉に、スティレットは驚きを隠せなかった。
 ルクセリオの英雄とまで呼ばれているシオンが、孤児だった・・・それも戦争で両親を失ったのではなく、捨て子だったというのだ。

 「僕の物心が付く前の話だよ。僕は公園に置き去りにされて泣き叫んでいたらしくてね。そこへたまたま通りかかった陛下が、僕を児童養護施設に送ってくれたらしいんだ。」
 「・・・そう・・・だったんですか・・・。」
 「陛下はあの時の僕の事を、鼻タレ坊主だったとか笑いながら言ってたんだけどさ。とにかく僕は陛下に命を救われて、施設の皆と一緒に暮らしてきた・・・決して裕福とは言えなかったけど、それでも僕は優しいシスターに温かく育てられて、それなりに幸せだったよ。」
 「それで、どうしてまた軍人なんかになっちゃったんですか?」
 「中学の頃に施設の仲間の1人が、税金泥棒だとか言われて酷い虐めを受けたのを目撃してね。僕は必死に仲間を助けようとしたんだけど、腕っぷしでは全然敵わなくて、ボコボコにされて・・・周りの皆に助けを求めたんだけど、報復を恐れたのか誰も僕を助けてくれようとしなかった。」
 「・・・そんな・・・酷い・・・。」

 想像しただけでスティレットは、悲しい気持ちで一杯になってしまった。
 施設の子供たちを税金泥棒とか・・・どうしてそんな酷い事を平気で言えるのか。
 それに必死に虐めから仲間を庇ったシオンの事を、誰も助けようとしてくれなかった・・・今のシオンからは想像も付かないが、こんな酷い話があっていいのだろうか。
 私なら絶対にそんな酷い事はしない・・・私ならシオンさんを守ってあげるのに・・・スティレットは心の底からそう思ったのだった。

 「結局僕と仲間を虐めた奴らは、騎士団に逮捕されて少年院送りになったんだけど、その時に僕は陛下に言われたんだ。誰かに助けを求めるのは構わない。だがそれで助けを貰えるとも限らない。本当に大切な人を守りたいなら、お前自身が強くなれと。」
 「・・・それでシオンさんは、そのまま軍人になっちゃったんですか!?」
 「陛下に志願して、中学卒業後に士官学校に入れて貰ったんだ。大切な人を守れるだけの力が欲しいと思ったから・・・そしたらいつの間にか英雄呼ばわりだよ。」

 他人から見れば美談にしか聞こえないだろうが、シオンにとっては皮肉でしかない。
 中学の頃に自分を税金泥棒だと虐めた連中でさえも、今では逆にシオンの事を英雄だと称えるようになってしまったのだ。
 そしてシオンは自分を虐めた連中を虐め返すような気にもなれなかった。そんな事をしても逆に惨めでしかないのだから。

 「それで僕が任官して、戦場に出るようになって・・・あれは確か僕が准尉に昇進したばかりの頃だったかな・・・突然僕を捨てた両親から連絡が入ったんだ。今まで済まなかった、これからは一緒に暮らさないかってね。」
 「それなのにシオンさんは、今はご両親と別居していらっしゃるんですか?」
 「両親は鉄工所を経営していたんだけどね。今までの罪滅ぼしがしたいと、僕は両親の実家に招待されたんだ。だけどそこへ消費者金融の人が突然現れて、いつになったら借金を返してくれるんだ、軍人になった息子が払ってくれるんじゃないのかって、そう怒鳴り散らしてきたんだ。」
 「・・・それって、まさか・・・。」
 「そうだよ。結局僕の軍人としての収入と名声が目当てだったんだ。それで僕は家を飛び出したんだよ。借金なら自分たちで何とかしろ、もう二度と会う事は無いと罵声を浴びせてね。」

 今思えば両親が幼少時のシオンを捨てたのも、経営する鉄工所が経営難に陥った事で、シオンを育てられるだけの余裕が無くなってしまったからなのだろう。
 今まで済まなかったという両親の言葉が、心の底からの真実の物なのかは分からない。本当にシオンに対して申し訳無いと思っていたのか、それともシオンに借金の肩代わりをさせる為の物だったのか、それはシオンには分からない。
 だがそれでも両親が、シオンの事を借金を返す為のダシとして扱ったのは事実だ。それがシオンには何よりも許せなかったのだ。

 「結局両親が経営していた鉄工所は、土地と建物を借金の担保に取られて経営破綻して、両親は裁判所から破産宣告を受けたんだ。今は別の仕事に就いて細々と暮らしてるみたいだけど、それでも僕はもう二度と両親に会うつもりは無いよ。」
 「・・・シオンさん・・・。」
 「どうしてだろうな・・・どうして僕は敵国の兵士である君に対して、こんな事をベラベラと・・・」
 「それでもシオンさんのご両親は今もご健在なんでしょう?シオンさんの事を大切に思ってくれているんでしょう?」
 「・・・それは・・・。」

 とても悲しげな瞳で自分を見つめるスティレットに、シオンは戸惑いを隠せない。
 シオンが置かれた境遇には同情する。だがそれでもスティレットは言わずにはいられなかった。

 「だったらシオンさんはご両親と、一度本気で向き合って話し合うべきなんじゃないかって・・・そう私は思います。例えシオンさんが本当にご両親と、完全に縁を切るつもりなのだとしても。」
 「・・・リーズヴェルト少尉・・・。」
 「シオンさんは、まだ恵まれてる方ですよ。私はこの戦争で両親を失ったんですから。今は迅雷ちゃんや轟雷ちゃん、それにオラトリオ大尉も傍にいてくれるから、寂しくはないですけど・・・。」

 再びシオンから視線を外して、スティレットは自分が起こした焚火を、悲しみの表情で見つめ・・・そして自分の過去をシオンに語り出した。
 敵国の兵士であるシオンに、こんな事を言っても仕方が無いのに・・・それでもスティレットはシオンに自分の過去を知って貰いたいと、そう思ったのだ。

 「私は5年前までコーネリア共和国の国境付近の、帝国領のゼピック村という所で両親と一緒に暮らしていたんですけど・・・。」
 「・・・ゼピック村で暮らしていた・・・!?5年前・・・!?」
 「だけど突然ルクセリオ公国騎士団が攻めてきたらしくて・・・村が戦火に包まれて、私の両親も騎士団に殺されたらしくて・・・。」
 「・・・ま・・・まさか・・・。」
 「私はその時の、ただ1人の生き残りらしいんですけど、何故か私にはその頃の記憶が全然無くて・・・泣き叫んで路頭に迷っていた私を、皇帝陛下が救って下さったらしいんです。それで私は・・・?」

 言いかけたスティレットがシオンに視線を戻したのだが、その時だ。
 シオンの表情が急に青ざめていた。顔から酷い冷汗が出ていて、全身が震えていた。
 シオンが手にしていた食べ終わったばかりの鹿肉の骨が、シオンの震える右手からポロリと離れて、力無く地面に落ちていた。
 このシオンの変わり様は、はっきり言って尋常ではない。
 一体どうしたというのか・・・心配そうな表情を見せるスティレットに、シオンは驚愕の事実を語ったのだった。

 「・・・シオン・・・さん・・・?」
 「・・・僕は5年前・・・ゼピック村への威力偵察任務に参加していた・・・らしいんだ・・・。」
 「らしいって・・・一体どういう事なんですか?」
 「僕も何故かその時の記憶が曖昧になっていてね・・・陛下が言うにはその時の作戦で、僕が事故に遭ったらしいんだけど・・・とにかく僕は5年前に、任務でゼピック村に・・・ぐうっ!!」
 「シオンさん!?」
 「ぐあああああああああああああっ!!」

 まただ。またしても突然シオンに襲い掛かった、激しい頭痛。
 これまでもシオンはスティレットと戦う内に、もう何度も原因不明の頭痛に見舞われ続けていた。
 それがより一層激しさを増して、シオンの事を苦しめている。
 心配そうな表情でシオンに駆け寄るスティレットだったのだが、そんなシオンの脳裏に、またしても戦火に包まれた村の光景が・・・断片的な記憶が浮かび上がった。
 家の中で泣き叫ぶスティレット、ハンドガンを手にする自分・・・そしてスティレットを庇うように倒れている、スティレットの両親の姿・・・。

 「頭が・・・頭がぁっ・・・!!」
 「シオンさん、しっかりして下さい!!シオンさん!!」
 「まさか・・・まさか僕は・・・そんな・・・っ!!」

 『アルザード上等兵!!貴様、何をやっているかぁっ!!』
 『嫌ああああああああああ!!パパあああああああ!!ママあああああああああっ!!』
 『君の両親は死んだ。だけど君は・・・。』

 「あ・・・あああ・・・そんな馬鹿な・・・僕は・・・!!」
 「シオンさんっ!!」

 シオンの脳裏に断片的に浮かび上がった映像であり、確たる証拠とまではいえない。
 それでもシオンは、考えられる中でも最悪の事態を想像してしまったのだった。
 倒れているスティレットの両親、泣き叫ぶスティレット・・・そしてハンドガンを手にする自分・・・。

 「まさかそんな・・・僕は5年前に・・・君のご両親をこの手で殺したのか!?」
 「・・・そんな事無いですっ!!」

 むぎゅっ。
 目から涙を流しながら、スティレットはシオンの顔を優しく抱き締めた。
 驚愕の表情のシオンの顔を、スティレットの豊満な胸が包み込む。
 その柔らかくて優しい胸の感触に、思わずシオンは顔を赤らめてしまうが・・・同時にシオンを苦しめていた頭痛が次第に収まっていったのだった。

 「・・・リ、リーズヴェルト少尉・・・あの・・・。」
 「シオンさんはそんな人じゃない!!絶対にそんな酷い事をする人じゃない!!」
 「だけど僕は・・・5年前・・・。」
 「私はシオンさんを憎みたくない!!お願いだから私にシオンさんを憎ませないでぇっ!!」

 自分の顔を抱き締めるスティレットの両腕が震えているのを、シオンは敏感に感じ取っていた。 
 そしてスティレットもまた、何故自分がこうやってシオンの心と身体を慰めているのか、全然理解出来ないでいた。
 シオンは敵国の兵士なのに。それどころか自分の両親を殺した仇かもしれないのに。
 それなのに・・・それでもスティレットは、シオンに対しての懐かしさと愛おしさが止まらなかった。むしろ今でもどんどん膨らんでいるのを実感していた。
 この気持ちは一体、どこから湧いて出てくるのだろうか・・・。

 「・・・リーズヴェルト少尉・・・僕は・・・。」
 「ステラ。」

 スティレットはシオンの顔をぎゅっと抱き締めながら、潤んだ瞳でシオンにそう囁いた。

 「親しい人たちにはそう呼ばせています。私の事はステラって呼んで下さい。」
 「あの・・・だけど・・・。」
 「ステラって呼んでくれるまで離してあげません。」
 「・・・・・。」
 「大体シオンさんだって私と戦ってる時、私の事を何度かステラって呼んでたじゃないですか。」

 確かにスティレットの指摘通り、これまでシオンはスティレットの事を、無意識にステラと呼んでしまう事が何度かあった。
 それが何故なのかはよく分からなかったのだが・・・何故かスティレットの事をステラと呼ぶ事に、今のシオンには全く抵抗が感じられなかった。

 「・・・うん、分かったよ。ステラ。」
 「・・・シオンさん・・・。」

 シオンがスティレットの身体を、ぎゅっと抱き締めた・・・その時だ。

 『・・・おうおう、2人共敵同士だってのに熱いねぇ。ヒューヒュー。』
 「「・・・っ!?」」

 突然上空から響いた声に、シオンとスティレットは慌てて顔を赤らめて離れたのだった。 

5.救助


 シオンとスティレットの頭上に姿を現したのは、コーネリア共和国軍が運用する輸送艦『フェニックス』だった。
 既に日が沈み薄暗くなってしまった周囲を、フェニックスから照らされる光がシオンとスティレットを温かく包み込んでいる。
 フェニックスはゆっくりと高度を下げて地上に着陸し・・・驚くシオンとスティレットの前に姿を現したのは、コーネリア共和国軍所属の兵士たちだった。
 そして彼らを率いている1人の女性士官が、ゆっくりとシオンとスティレットの下に歩み寄ってくる。

 「アンタらがシオン・アルザード中尉とスティレット・リーズヴェルト少尉に間違いないね?私はコーネリア共和国軍所属のアイラ・アーテル中尉だ。」
 「コーネリア共和国軍か・・・もしかして僕たちを救助に・・・いや、追い出しに来たと言った方が正しいのかもしれないな。」
 「私は別にそんなつもりじゃないんだけどさ。上層部がアンタらを早く捜索して、とっとと領地外に送り届けろってうるさくてねぇ。」

 アイラと名乗った女性は、シオンと同じ位の年齢だろうか・・・とても大ざっぱで姉御肌の性格の女性のようだった。
 とてもニヤニヤしながら、シオンとスティレットの事を見つめている。

 「て言うかさ。アンタら本当に敵同士なのかい?とても仲良さそうに飯食ってるかと思えば、そのお嬢ちゃんがいきなりアンタを抱き締めたりするし。」
 「・・・それは・・・いやでも、確かに僕とステラは・・・。」
 「まあいいさ。とにかく2人共無事で何よりだ。取り敢えずフェニックスに乗りなよ。既にアンタらの所属部隊には連絡済みだから、国境まで送ってやるよ。」
 「済まない、恩に着るよ。アーテル中尉。」

 正直、本当に助かった・・・シオンは心の底からそう思ったのだった。
 コーネリア共和国の上層部にとっては確かに自分とスティレットの存在は、領地内での無用な争いを引き起こしかねない危険因子なのかもしれない。だから一刻も早く領地から出て行って欲しいという彼らの考えを、シオンはよく理解しているつもりだ。
 だが経緯はどうあれ、これで無事に部下たちの下に帰れるのだ。今頃はシオンの事をとても心配しているはずだから、早く戻って安心させてやらないといけない。

 再びパワードスーツとフレームアームを身に纏ったシオンとスティレットは、アイラに案内されてフェニックス内部の応接室へと通される。
 2人を乗せたフェニックスが静かな音を立てながら、ゆっくりと地上を離れ・・・国境付近へと飛翔する。
 応接室の椅子に座ったシオンとスティレットに、アイラはホットコーヒーを提供したのだった。

 「それじゃ、早速任務を遂行しましょうかねぇ。頭でっかちな上層部たちからは、これからアンタらを早急に領地外まで追い出せと言われてるんだけどさ。」
 「それは充分承知しているよ。中立国のコーネリア共和国にとって僕とステラの存在は、厄介者以外の何物でも無いという事は分かっているつもりだ。」
 「・・・実はここだけの話、私はエミリア様から極秘任務を受けていてね。」

 シオンとスティレットの反対側の席に座ったアイラは、突然静かにそう切り出してきた。
 コーネリア王国王妃の、エミリア・コーネリア・・・彼女がアイラに極秘で依頼とは、一体何事なのか・・・怪訝な表情になるシオンとスティレットだったのだが、次の瞬間アイラは2人が予想もしなかった、とんでもない事を言い出した。

 「・・・単刀直入に言うよ。エミリア様がアンタらに、うちへの亡命を勧めてるんだけどさ。」
 「・・・はああああああああああああ!?」 

 いきなりのアイラの言葉に、思わず仰天してしまうシオン。
 無理も無いだろう。本来ならば国の統治者としての立場からすれば、自分とスティレットには一刻も早く領地外に出て行って貰いたいはずなのに。
 実際にコーネリア共和国の上層部たちは、最初からそのつもりでアイラをシオンとスティレットの下に派遣したのだが、それがよりにもよって王妃自らが上層部には内密にした上で、シオンとスティレットに亡命を勧めてくるとは。

 「アンタらがこの国に『迷い込んでしまった』というのであれば、エミリア様も統治者としての立場を考えれば、アンタらを追い出さざるを得ない・・・だけど『正式な手続きをした上で亡命した』と言うのなら、アンタらを追い出す理由は無い・・・それがエミリア様のお考えなのさ。」
 「いや、ちょっと待ってくれ。そんな事をいきなり言われても・・・。」
 「そうだね。いきなり亡命しろとか言われたら、そりゃ驚くのも無理も無いだろうけどねぇ。」

 コーネリア共和国は絶対中立、差別根絶を国の絶対的な掟として掲げており、それ故に10年前に今回の戦争が勃発した時にも、エミリアはルクセリオ公国にもグランザム帝国にも、どちらにも属さないという事を公式に表明している。
 だからこそルクセリオ公国騎士団に所属するシオンも、グランザム帝国軍に所属するスティレットも、本来ならば早急に国から追い出さなければならない危険因子のはずだ。
 それなのに、何故・・・驚きを隠せないシオンとスティレットに、アイラは穏やかな笑顔でタブレットを差し出したのだった。

 「だけどよく考えてみな。アンタらがうちに亡命すれば、アンタらはこれから敵同士として戦う必要は無くなるんだよ?」
 「「・・・はうあ(泣)!?」」

 タブレットの液晶画面に映されていたのは、先日の城下町での戦いで、スティレットがシオンにキスをしている画像だった。
 それを見せつけられたシオンとスティレットが、恥ずかしさのあまり思わず顔を赤らめてしまう。

 「これはうちの国の戦場カメラマンが、命懸けて撮ってきた写真なんだけどさ。」
 「いやいやいやいやいや、命懸けで何とんでもない写真を撮って来てるんだよ(汗)!?」
 「リーズヴェルト少尉。アンタは何でアルザード中尉にキスなんかしたんだ?相手は敵国のエースなんだよ?それにさっきもアルザード中尉と、なんかイチャイチャしてたみたいだし。」

 アイラに質問されたスティレットは恥ずかしそうにしながらも、それでも自分の正直な気持ちをアイラに素直に伝えた。

 「・・・私にも、よく分からないんです。」
 「はあ!?アンタ、理由も分からないのにアルザード中尉にキスしたってのかい!?」
 「その・・・シオンさんと戦ってる内に、何だか急にそういう気分になったっていうか・・・。」
 「はぁ・・・まあ私にはよく分からないけど、とにかくアンタらがこのまま国に戻れば、いずれアンタらは再び敵同士として、殺し合わなければならなくなるって事だ。」
 「・・・そ・・・それは・・・。」
 「・・・なあ、アンタら・・・本当にそれでいいのかい?」

 とても真剣な表情で、アイラはシオンとスティレットをじっ・・・と見据えた。
 このままだと2人は互いに殺し合わなければならなくなる・・・シオンもスティレットもアイラの言葉に戸惑いを隠せない。
 よく考えたら互いに敵同士だという事を、2人は今まですっかり忘れてしまっていたのだ。

 「アンタらの事情はよく分からないけど、このままアンタらを所属部隊に返して、再び戦場で殺し合いをさせたくはない・・・それがエミリア様のお考えなんだけど・・・っとっとっと。」

 そこへ、応接室の通話機の着信音が軽快に鳴り響いた。
 アイラはどっこいせとか言いながら席を立ち、受話器を手に取る。

 「私だ。どうした?」
 『ルクセリオ公国騎士団とグランザム帝国軍・・・両軍の輸送艦の熱源反応を感知しました。あと5分程で合流出来ると思われます。』
 「あいよ。今アルザード中尉とリーズヴェルト少尉に大事な話をしてるから、しばらくそこで待機していろと両軍に伝えておいてくれ。」
 『はっ。』

 仲間たちが、もうすぐそこまで来ている・・・シオンもスティレットも気を引き締めるが、それでも先程のアイラの言葉が耳から離れない。
 このまま国に戻れば互いに敵同士として、再び殺し合わなければならなくなる・・・だけど2人が亡命すれば、その必要性は無くなる・・・。
 だが、それでも。

 「・・・2人共どうする?今ならまだ引き返せるよ?何ならこのままアンタらを無理矢理城下町に連れて帰ってもいい。正式な亡命手続きなら、それからでも別に遅くは・・・。」
 「・・・それでも僕は戻るよ。」 

 何の迷いも無い力強い瞳で、シオンはアイラにそう告げた。
 アイラの言う通りこのまま亡命して、スティレットと一緒に暮らす・・・確かにそれも悪くないかもしれない。
 それでもシオンは、戻らなければならないのだ。

 「僕はルクセリオ公国騎士団に所属する軍人で、シオン隊の隊長なんだ。それに隊の皆が僕の事を心配しているだろうからさ。」
 「・・・そうか。リーズヴェルト少尉はどうする?」
 「・・・私も戻らないと・・・皆が私の事を心配してるはずだから。」

 スティレットもまた、潤んだ瞳でアイラにそう告げた。
 2人が亡命しないというのであれば、それを止める権限はアイラには無い・・・ならば上層部の命令通り、今から2人を他国の部外者として、それぞれの所属部隊に送り返さなければならない。
 正直残念だが、それがシオンとスティレットの意思である以上は、アイラにはどうする事も出来なかった。

 「・・・分かった。なら決まりだな。早急にアンタらの身柄を両軍に引き渡そう。」

6.帰還


 その後、身柄の引き渡しの最中に両軍に交戦されたら困るという事で、まずは先にアーキテクトたちにスティレットの身柄を引き渡し、アーキテキトたちが去った後にシオン隊が合流、シオンの身柄を引き渡すという形になった。
 無論、両軍に対して、互いの身柄の引き渡しが完了するまでは絶対にシオンとスティレットを攻撃するな、それが出来ないなら身柄の引き渡しには応じられないという条件付きでだ。

 アーキテクトとナナミが、それを了承した事を通信でアイラに伝え・・・いよいよスティレットがフレームアームズ・ガール部隊に帰還する時がやってきた。
 互いの輸送艦が地上に着陸し、シオンたちが地上へと降り立った瞬間・・・轟雷と迅雷が物凄い勢いでスティレットに抱き着いてきた。

 「ステラ~!!本当に無事で良かったよぉ~!!」
 「もう、本当に心配したんだからね!?ステラの馬鹿ぁっ!!」
 「・・・轟雷ちゃん・・・迅雷ちゃん・・・心配かけてごめんね。私なら大丈夫だから。」

 互いに抱き合いながら、3人は笑顔で互いの温もりを確認し合う。
 その様子をシオンが、とても温かい眼差しで見つめていたのだが。

 「よく無事で戻ったな。リーズヴェルト少尉。」
 「・・・オラトリオ大尉っ・・・!!」

 穏やかな笑顔で歩み寄ってきたアーキテクトに、スティレットは涙目で抱き着いたのだった。
 そんなスティレットの頭を、アーキテクトがとても優しい笑顔で撫でてあげる。
 戦場でシオンと戦っていた時は、まさに豪傑な軍人という感じだったのだが・・・この全てを優しく包み込む母性こそが、恐らく彼女の本来の姿なのだろう。
 スティレットは心の底から、アーキテクトの事を慕っているのだ。それをシオンは改めて思い知らされたのだった。
 もし、あの城下町での戦いで、シオンがアーキテクトを殺してしまっていたら・・・今頃スティレットと心を通わせる事が出来ていただろうか・・・。

 「・・・アルザード中尉。それにアーテル中尉。リーズヴェルト少尉を無事に送り届けてくれた事に感謝する。」
 「礼を言うのは僕の方だよ。貴方に撃墜された時にステラが助けてくれたから、こうして僕は無傷で戻る事が出来たんだ。ステラがいなかったら今頃僕はどうなっていたか・・・。」
 「・・・ステラ・・・か。コーネリア共和国で、一体お前たちに何があったのかは知らんが・・・。」

 他の幹部連中ならスティレットに対して、何を敵国の兵士と親しくなっているのだと厳しく断罪するだろうが・・・アーキテクトは深く追及するつもりは無かった。
 スティレットが無事に戻ってきてくれた・・・それだけでアーキテクトには充分なのだ。
 それにシオンはスティレットの事を守ってくれた。だからアーキテクトはシオンに対して、礼節を持って接しなければならないのだ。

 「・・・オラトリオ大尉もいる事だし丁度いい。ステラ。君に話があるんだ。」

 だが感動の再会もつかの間、シオンがとても真剣な表情でスティレットに突然そう切り出した。
 アーキテクトから身体を離したスティレットは、戸惑いの表情でシオンを見つめていたのだが・・・次の瞬間シオンは、スティレットが全く予想もしなかった事を言い出した。

 「単調直入に言うよ。君は軍人を辞めて、普通の女の子に戻るべきだ。」
 「・・・え!?」

 いきなりのシオンの言葉に、驚きを隠せないスティレット。
 轟雷と迅雷がシオンに文句を言おうとしたのだが、それをアーキテクトが片手で制する。

 「いいかい?これは君が抜ければ帝国軍の戦力が減るからラッキーだとか、そんな生ぬるい気持ちで言ってる訳じゃないんだ。」
 「なら一体、どうして・・・?」
 「僕は君と何回か戦ったから分かるんだ。君は今まで一度も人を殺した事が無いんだろう?」
 「・・・そ・・・それは・・・。」

 シオンはこれまで何度かスティレットと剣を交えてきたのだが、彼女の剣からは全く殺気が感じられなかった。
 それにスティレットが城下町での戦闘の際、敵の武器や兵器だけを破壊して無力化するという戦い方を徹底していた場面を、シオンはその目で目撃していたのだ。

 「君は間違い無くグランザム帝国軍の中でも最強の実力者だよ。だけど君は軍人としては優し過ぎる。その優しさが戦場では命取りになる事だってあるんだ。それはオラトリオ大尉にも厳しく言われていたんじゃないかな?」
 「・・・それは・・・確かにシオンさんの言う通りですけど・・・。」
 「勘違いしないで欲しいんだけど、別に君を責めているわけじゃないんだよ。人を殺せないというのは人として当然の事なんだ。だけど軍人である以上はいずれ仲間を守る為に、敵を殺さざるを得ないような状況に置かれる事になるだろう。」

 自分の事を本気で心配してくれるシオンを、スティレットは潤んだ瞳で見つめている。
 こんな優しい女の子に、人殺しをさせるわけにはいかない・・・人を殺す事に慣れさせてしまってはいけない・・・その想いがシオンの頭の中でどんどん強くなっていた。
 いや・・・そんな物は建前だ。言っていることは正論だが建前なのだ。
 シオンはスティレットと、もうこれ以上戦いたくはない・・・ただそれだけなのだから。

 「・・・それに・・・今度戦場で君と出会ってしまったら・・・僕は国や仲間を守る為に、今度こそ本当に君を討たなければならなくなるだろう。」
 「・・・シオンさん・・・。」
 「軍人失格だと言われるかもしれないけど、僕はもう君を傷つけたくはないんだ・・・頼むから僕にそんな事はさせないでくれよ。オラトリオ大尉も、それでいいだろう?」

 スティレットが性格的に軍人には向いていない事は、常に上官として彼女の傍にいるアーキテクトなら、充分に分かっているはず・・・そうシオンは確信していたのだが。

 「・・・アルザード中尉。それは私が決める事ではない。リーズヴェルト少尉が自分の意志で決める事だ。」
 「オラトリオ大尉・・・私は・・・。」
 「お前がどんな選択をしようとも、私たちは決してお前を責めたりはしない。だからお前自身が決めるんだ。お前のこれから先の人生を・・・お前がこれからどうありたいのかをな。」
 「・・・・・。」

 スティレットもまた、シオンと同じ想いだった。
 もうこれ以上、シオンさんと戦いたくない・・・シオンさんを傷つけたくない・・・その気持ちがどんどん膨らんでいるのを自覚しているのだ。
 それに自分が戦場で敵を殺せないというのも、間違いなく事実だ。

 大切な人たちを今度こそ自分の手で守りたい・・・その想いを胸にスティレットは軍人になった。
 だがシオンの言うように、敵を殺さなければ大切な人たちが死ぬ・・・そんな状況に追い込まれてしまったとしたら。
 そしてそんな状況で、もしシオンを敵として討たなければならなくなってしまったとしたら。
 シオンを殺さなければ、アーキテクトが死ぬ・・・そんな場面に遭遇してしまったとしたら。
 想像しただけで、スティレットは耐えられなくなってしまった。

 「私も・・・これ以上シオンさんと戦いたくありません・・・だから私、軍を辞めます。」
 「・・・分かった。除隊届は私の方から皇帝陛下に出しておこう。」
 「ごめんなさい、オラトリオ大尉。身勝手な事を言っているのは分かっています。だけど・・・。」
 「気にするな。お前がどんな選択をしようとも私は責めないと言ったはずだぞ?」
 「・・・はい。」

 思えばこれで良かったのかもしれない・・・アーキテクトも轟雷も迅雷も、心の底からそう思った。
 寂しい気持ちは正直あるし、戦力的に大きな痛手なのは間違いない。
 それでもスティレットにはいつまでも、自分たちの心を癒してくれる優しい女の子でいて欲しいから。

 「だがアルザード中尉・・・今度戦場で出会った時は、その時は容赦無くお前を討つ。」

 アーキテクトは何の迷いも無い力強い瞳で、シオンに宣戦布告をしたのだった。
 スティレットを守ってくれた事には感謝しているが、それでも軍人である以上は、戦場でシオンに対して容赦をする訳にはいかないのだ。
 シオンを討たなければ、戦場で数多くの同胞の命が失われる事になるだろうから。

 「・・・僕もだ。オラトリオ大尉。」

 シオンもまた、その想いはアーキテクトと同じだ。
 アーキテクトを討たなければ、戦場で数多くの同胞の命が失われる事になるだろうから。
 敵を討たねば、仲間が討たれる・・・戦場とはそういう所なのだ。 
 シオンもアーキテクトも互いに軍人として、人として、敬意をもって互いを認めている・・・それでも戦場の最前線で戦う以上は、シオンもアーキテクトも容赦をする訳にはいかなかった。

 例えスティレットが、シオンとアーキテクトの事を慕っているとしても・・・それでも戦争が続いている以上は、2人は戦場で殺し合わなければならないのだ。
 どうしてこの2人が殺し合わないといけないの・・・?スティレットは悲しい気持ちで一杯になってしまった。

 「ステラ。この先、例え何があったとしても、生きる希望だけは絶対に失っては駄目だ。」

 そんなスティレットの両肩に優しく両手を添えながら、シオンはスティレットに対してそう告げた。

 「君の両親は死んだ。だけど君はこうして生き残ったんだ。だから君は死んでしまった両親の分まで、精一杯強く生きて幸せになるんだぞ。いいな?」
 「・・・シオンさん・・・。」

 潤んだ瞳でシオンを見つめるスティレット。
 そのシオンの言葉にどこか懐かしさを感じるのは、スティレットの気のせいなのだろうか。
 だがその時、アイラの端末のアラームが鳴り響いた。
 そしてそのアラームは・・・シオンとスティレットの別れを告げる非情の鐘だ。

 「・・・オラトリオ大尉。折角の感動の再会の所を申し訳無いけどさ、そろそろシオン隊との合流予定時刻だ。早急にここを立ち去ってくれないかい?」
 「了解した。リーズヴェルト少尉を救ってくれた事、隊長として重ねて礼を言わせて貰おう。」
 「あの、待って下さいオラトリオ大尉!!・・・アーテル中尉、最後に1つだけいいですか!?」

 アーキテクトに右手を引っ張られながら、スティレットはアイラに必死に呼びかけたのだが。

 「その・・・マテリアちゃんは今も元気でやっていますか?私はそれだけがどうしても気がかりで・・・。」
 「・・・マテリア?」

 聞き慣れない名前に、アーキテクトは不思議そうな顔をしたのだった。
 だがスティレットがとても心配そうな表情をしている事から、スティレットにとって大切な人である事は間違い無さそうだ。
 そんなスティレットを安心させる為に、アイラはとても穏やかな笑顔をスティレットに見せた。

 「何だいアンタ、もしかしてマテリアの知り合いなのかい?あいつならエミリア様の専属秘書として元気でやっているよ。」
 「そうですか・・・彼女が無事だったのなら、それでいいんです・・・良かった・・・。」
 「ほら、安心したのならさっさと行きな。もうすぐここにシオン隊の連中が来るからさ。」
 「・・・はい。」

 名残惜しそうに互いを見つめ合うシオンとスティレット。
 だがそれでも現実は残酷だ。別れの時が容赦無くシオンとスティレットに訪れる。
 アイラが言っていたが、もうすぐシオン隊がここに合流する時間だ。それまでにアーキテクトたちは早急にこの場を離れないといけないのだ。

 「ステラ・・・元気で・・・いや・・・この戦争が終わったら、必ずまた会おう。」
 「シオンさん・・・。」
 「いいな?必ず生き延びて幸せを掴み取るんだぞ?死んでしまった君の両親の分まで。」
 「・・・はい。シオンさんもお元気で。」

 アーキテクトに右手を引っ張られ、スティレットは名残惜しそうにシオンを見つめながら、輸送艦へと乗り込んでいく。
 そのスティレットの姿を、シオンは神妙な表情で見つめていたのだった。
 本当にこれで良かったのだろうか・・・その小さな雑念を胸に抱きながら。

 「シオンさん、また会いましょう!!この戦争が終わったら、いつか必ず!!」
 「ああ、必ずだ!!約束しよう!!」

 輸送艦に乗り込んだスティレットに、シオンは穏やかな笑顔で手を振ったのだった。

7.忍び寄る不安


 その後、無事にマチルダたちに救助されたシオンだったのだが・・・それから城下町へと帰還後、休む暇も無く翌日の上層部の会議に出頭させられる事になってしまった。
 全く、今日は久しぶりの休日だってのに・・・シオンは心の中で愚痴をこぼしたのだが、それでも軍人である以上は上層部からの命令には従うしかない。
 シオンに出頭命令が下されたのは、やはりシオンのコーネリア共和国領地内での遭難時の一連の行動が、大臣たちに問題視された事が理由だった。
 敵国の兵士であるスティレットと共同生活を送ったばかりか、あろう事か心を通わせ・・・しかも終戦後の再会の約束までした。大臣たちはシオンの一連の行為を、悪質な国家反逆罪に値すると断罪しているのだ。

 「・・・以上の理由から、我々はアルザード中尉の中尉階級を剥奪し、国家反逆罪で投獄すべきだと判断する物である!!」
 「ですから先程申し上げた通り、僕がステラと一時休戦していたのは、中立国であるコーネリア共和国の領地内で戦闘をしてしまえば、重篤な国際問題になってしまうからです。それの一体何がまずいと言うのですか?」
 「敵国の兵士が無防備な姿を晒していたのだぞ!?それを何とかしてごまかしてでも殺すのが貴様が本来やるべき事だろうが!?」
 「そもそもステラは軍を辞めました。もう彼女が我が国の脅威になる事は無いでしょう。」
 「そんな物は結果論に過ぎん!!我々は過程を問題視しておるのだ!!」

 大臣たちは、どうあってもシオンを罪人として処分したい意向のようだ。
 それは敵国の兵士・・・それもエースであるスティレットを、むざむざと見逃したというシオンの行動を問題視したから・・・それだけが理由ではない。
 彼らはただ単に、シオンの事が気に入らない・・・それだけなのだ。
 幼少時に両親に捨てられた薄汚い孤児風情が英雄として称えられ、ジークハルトからも高い信頼を置かれている。それが彼らには気に入らないのだ。

 それに妻と娘を10年前に戦争で失ったジークハルトには、正当な後継者がいない・・・そしてジークハルトもまた再婚は全く考えておらず、自分の死後は自分が最も信頼出来る者に国王の座を託す事を公言している。
 このままでは薄汚い孤児であるシオン如きに、次期国王の座を取られてしまう・・・だからこそ理由を付けて、何とかしてシオンを処分してしまおうと、彼らはそれを企んでいるのだ。
 シオンがこれまでこの国の為に、どれだけ尽くしてくれたのか・・・シオンのお陰でどれだけ多くの命が救われたのか・・・それを考えもせずに、あまりにも身勝手な理由でだ。

 「陛下、どうかご決断を!!この裏切り者を即刻投獄すべきでは!?」
 「では逆に聞くが、お前が仮にシオンの立場だったならば、お前はどう行動する?」
 「そんな物は聞くまでも無いでしょう!?事故死に見せかけてリーズヴェルト少尉を殺す!!それ以外の何がありますか!?」
 「全く話にならんな。シオンの主張が全面的に正しい。貴様らはまともな状況判断も出来ん、ただの愚か者の集まりだ。」
 「な・・・!?」

 ジークハルトは威風堂々と腕組みをしながら、大臣たちの主張を一蹴したのだった。
 シオンも直立不動のまま、表情一つ変えずにジークハルトを見据えている。

 「コーネリア共和国は中立国だ。だからこそ我々と帝国の奴らがトラブルを起こせば、ただそれだけで国際的な大問題になるのだぞ。」
 「ですから、だからこそ事故死に見せかけて・・・」
 「事故死だろうと何だろうと関係無いのが分からんのか。理由や過程など問題ではない。あそこでリーズヴェルト少尉が死ぬ事自体が問題になると言っているのだ。」

 シオンが傍にいる状況でスティレットが死ぬ・・・そうなれば当然ルクセリオ公国は、コーネリア共和国からの厳しい追及の目を受ける事になるだろう。
 中立国の領地内で敵同士の2人が問題を起こし、その結果どちらかが死ぬような事態になった・・・それが問題なのだ。それだけで重篤な国際問題になってしまうのだ。ジークハルトが言うように、事故死だろうと何だろうと関係無いのだ。

 それにコーネリア共和国とて中立の立場を貫いている以上、国境付近に何らかの監視網を敷いていたと考えるのが妥当だろう。でなければアイラたちがあそこまで迅速にシオンとスティレットの現在位置を正確に特定し、救助に行けるはずがない。
 つまりそれはシオンとスティレットの領地内での一連の行動が、完全にアイラたちに筒抜けになっていた事を意味するのだ。それに加えてスティレットはグランザム帝国軍最強の実力者・・・こんな状況では事故死に見せかけて殺すなど不可能だ。

 全く状況判断が出来ていない・・・ジークハルトは大臣たちに心の底から失望していた。

 「それにシオンがこれまで我が国に、どれだけの貢献をしてくれた?どれだけ多くの兵や民の命を救ってくれた?どれだけ多くの敵兵を打ち倒してくれた?」
 「そ、それこそ陛下が言うように、そんな物は関係無い・・・」
 「そのシオンを正当な理由も無しに投獄する事自体が、兵や民たちの強い反感を招くという事が分からんのか?」
 「・・・そ・・・それは・・・」
 「シオンが何か重大な犯罪行為をしでかしたというのなら、話は別だがな。だがシオンはあの状況で正しい判断をした。そのシオンを投獄する理由など何も無いだろうが。」
 「し、しかしですね陛下、こやつは・・・!!」
 「お前はこの国で暴動でも起こしたいのか?」
 「・・・ぐ、ぐぬう・・・!!」

 ジークハルトに立て続けに主張を潰され、とても悔しそうに黙り込んでしまった大臣たち。
 そんな大臣たちを無視し、ジークハルトはシオンに向き直る。

 「・・・あの娘に死んだアルテナの面影でも重ねたのか?シオン。」
 「いや、僕はステラに対して、そんな・・・」
 「まあ良い。お前も聞いての通り、今回の一件に関しては不問とする。休日なのに戻ったばかりで疲れている所を、わざわざ呼び出して悪かったな。もう下がっていいぞ。」
 「はっ。」

 ジークハルトに敬礼をして、シオンは会議室を出ていく。
 背後から大臣たちの、自分への侮蔑の視線を感じながら。

 「・・・ふう。」

 溜め息をつきながら扉を閉めたシオンに、先程から部屋の外で待っていた私服姿のナナミが、心配そうな表情で駆け寄ってきた。
 予想もしなかった人物の登場に、シオンは戸惑いを隠せない。

 「うおわあああああああっ!?」
 「シオン隊長!!」
 「ナナミ!?何でここにいるんだ!?今日は休みのはずじゃ・・・」
 「大臣たちに一体何を言われたんですか!?どんな酷い処分を下されたんですか!?私はもう心配で心配で、居ても立っても居られなくなって・・・!!」
 「いや、特に何も処分は下されていないから、心配しなくていいよ。」

 苦笑いしながらそう告げたシオンを見て、ナナミは心の底から安堵したのだった。

 「良かった・・・シオン隊長がお咎めなしで・・・。」
 「別に咎められるような事は何もしていないからさ。ただ大臣たちからは色々とネチネチと悪口を言われたけどね。」
 「そんな、シオン隊長は何も悪くないのに、それを悪口なんて・・・!!」
 「いいんだよ、本当に大した事じゃないから。それじゃあ僕はこれで帰らせて貰うけど・・・。」

 アパートの部屋に戻ろうとしたシオンの右腕を、ナナミが慌てて両腕で抱き締める。
 いきなりの出来事に、シオンは戸惑いを隠せない。
 心配そうな表情で自分を見つめるナナミの豊満な胸が、シオンの右腕に思い切り当たっていた。
 その柔らかくて優しいナナミの胸の感触に、思わずシオンはドキドキしてしまう。

 「・・・あ・・・あの・・・ナナミ?」
 「私・・・最近不安なんです。シオン隊長が私たちの前からいなくなっちゃうんじゃないかって。」
 「いや、僕はルクセリオ公国騎士団の軍人だし、君たちの隊長なんだから、そんな事・・・。」
 「シオン隊長がオラトリオ大尉に撃墜された時・・・私、凄く不安だったんですよ?しかもリーズヴェルト少尉まで一緒に墜落して、隊長と2人きりになって・・・一時はどうなる事かと・・・。」
 「それでも僕はこうして無事だから。それにステラならもう軍を辞めたからさ。」

 そう・・・スティレットは軍を辞めたのだ。だからこそスティレットが、もう敵として戦場に出て来る事は無い。これで心置き無く戦いに集中出来る・・・そうシオンは思っていたのだが。

 「・・・本当に、簡単に辞めさせて貰えるのでしょうか?」

 ナナミが不安そうな表情で、そう呟いたのだった。

 「シオン隊長は仰っていましたよね?リーズヴェルト少尉は帝国軍最強の剣士だって。」
 「それはまあ・・・確かにそうなんだけどさ。」
 「それ程の使い手であるリーズヴェルト少尉を、軍の上層部がそう簡単に辞めさせるのでしょうか・・・?」

 ナナミの言う事は最もだ。今この戦況で簡単にスティレットに辞められたら、グランザム帝国軍だって困るのは当然だろう。
 だがそれでも戦意を無くしてしまったスティレットを軍に置いた所で、はっきり言って邪魔にしかならない事は分かっているはずだ。それにこの件に関してはアーキテクトも了承しているし、スティレットの代わりに除隊届を出すとまで言ってくれているのだ。

 「いや、辞意を表明した軍人を無理に引き留めるのは、重大な国際条約違反じゃ・・・」
 「そんな簡単な問題じゃないと私は思うんです・・・本当に彼女はこのまま戦場に出て来ないのでしょうか・・・。」
 「・・・それは・・・。」

 ナナミの言う事を聞いている内に、本当にこれで良かったのかと・・・シオンも心の奥底で不安が広がっているのを感じていた。
 あのままスティレットを帝国に返す事が、最良の選択だったのか・・・いやでも、あの状況ではそれ以外に選択肢など無かったはずだ。
 コーネリア共和国に亡命させれば、スティレットは慕っていたアーキテクトたちと離れ離れになってしまう。かといってルクセリオ公国に無理に連れて帰ったとしても、敵国の兵であるスティレットに待っているのは処刑だけだ。
 なら帝国に戻して、軍を辞めさせるしかない・・・そうすればスティレットはアーキテクトたちと一緒にいられる・・・それが最良の選択のはずだと・・・そうシオンは確信しているのだが。

 「いやでも・・・あれで良かったはずだ・・・そうだ、ああする以外に無かったはずなんだ・・・。」
 「・・・シオン隊長・・・そんなに彼女の事が心配なんですか?」
 「え?ああ、うん・・・そりゃあね。」

 シオンは心の奥底で広がる不安を、先程から隠し切れずにいた。
 スティレットは軍を辞めた。これからは民間人として戦いとは無縁の、平穏な暮らしが待っているはずだ。
 それなのに・・・これで本当に良かったのかと・・・言いようの無い不安と後悔が、先程からシオンの頭の中をぐるぐると渦巻いていた。
 それを必死に否定しようとするシオンだったが・・・それでも完全に否定し切れずにいた。
 スティレットを帝国に返して、本当に良かったのかと。

 (・・・そうさ、これでステラは平穏な日常を取り戻せる・・・これでいいはずなんだ・・・これで・・・。)

 頭の中で必死に言い聞かせるシオンの顔を、ナナミがとても不安そうな表情で見つめていたのだった。

最終更新:2016年09月04日 09:00