小説フレームアームズ・ガール第5話

「シオンとステラ」


1.怒りと憎しみの連鎖


 皇帝ヴィクターが死亡した事で大混乱状態に陥ったグランザム帝国軍は、一斉に城下町へと撤退。それにより今回の戦闘はルクセリオ公国騎士団の勝利という形になる。
 皇帝不在となったグランザム帝国に対しての、降伏勧告や和平交渉などの政治的な問題が未だに残されているが、それは戦いを終えた現場の兵士たちの仕事ではない。国王であるジークハルトら閣僚の人間がやるべき仕事だ。

 生き残ったルクセリオ公国騎士団の兵士たちが、一斉にビスマルクへと帰還していく。
 これで10年も続いた今回の下らない戦争が、終わりを迎えてくれれば・・・兵士たちの誰もがそんんな想いを胸に抱いていた。
 そしてそれはシオンの命令で戦場を早々に離脱した、シオン隊の者たちも例外ではない。
 暴走したスティレットがマチルダを斬った際に、スティレットの中に僅かに理性が残されていたからなのか、マチルダの傷は辛うじて急所から外れており・・・それが幸いして何とかマチルダは一命を取り留めたようだ。

 マチルダを緊急手術した医師の話によると、シオンとアーキテクトの迅速かつ的確な応急処置のお陰だとの事だ。それを伝えられたオスカルたちは、誰もが安堵の表情を見せたのだった。
 今は集中治療室で眠っているが、取り敢えず危険な状態からは脱したと言えるだろう。
 敵であるアーキテクトにマチルダの命を救われたという事で、オスカルは何とも複雑な思いを抱いているようなのだが。

 「おお、お前たち、無事だったか。」

 指令室でシオンからの通信を心配そうに待ち続けているオスカルたちの前に、パワードスーツを身に纏った中年の男性が話しかけてきた。
 かつてシオンが所属していたアルフレッド隊の隊長であり、これまで数多くの戦果を挙げてきた名将・・・アルフレッド・ギルマン大尉だ。
 彼の姿を確認したオスカルたちは、一斉にアルフレッドに敬礼をする。

 「事情はキサラギ軍曹から聞かせて貰った。シオンが不在につき、現時刻をもってお前たちは暫定的に私の指揮下に入れ。」
 「「「「「「「「了解!!」」」」」」」」
 「それと正式な任官手続きはまだ先になるが、キサラギ軍曹の曹長への昇進、アレン上等兵の伍長への昇進、そしてシオンの大尉への昇進が正式に決まったそうだ。特にアレン上等兵は、我が軍における最速の昇進記録らしいぞ。」

 マチルダは前回の戦闘で、スティレットを撃墜した功績が認められたのだ。いつまでも上等兵のままにしておくのは勿体ないと上層部が判断したに違いない。
 そのマチルダが集中治療室で眠っている事を、アルフレッドはとても残念に思っていたのだが。

 「まあそれはそれとして、キサラギ軍曹。シオンとは未だに連絡が取れないのか。」
 「はい、シオン隊長が通信機の電源を切ってからというもの、未だにまだ・・・。」
 「何を考えているのだ、あの馬鹿は・・・。まあいい、連絡が取れないならこちらから出向くまでだ。奴は今もゼピック村でフレームアームズ・ガール共と一緒にいるのだな?」
 「はい、そのはずです。」
 「よし。ならばお前たちは、今から私と共にゼピック村へと出撃だ。シオンの救出と同時に、フレームアームズ・ガール共を抹殺する。」

 アルフレッドがオスカルたちに対して、威風堂々と告げたのだが。

 「この艦の防衛の為に私の部下をここに残しておくが、キサラギ軍曹は念の為に索敵と対空監視を怠るな。戦闘が終わったとはいえ、帝国軍の残存部隊が潜んでいるかもしれないからな。」
 「ちょ、ちょっと待って下さいギルマン大尉!!」
 「どうした、キサラギ軍曹。」

 アルフレッドの命令を聞いたナナミが、とても不安そうな表情になったのだった。

 「シオン隊長は仰っていました。リーズヴェルト少尉を救う事に集中したいから通信を切ると。」
 「だから何だ?」
 「シオン隊長は洗脳された彼女を救おうと、今も必死に戦っているはずなんです。それを抹殺するなんて、シオン隊長がどう思うのか・・・!!」
 「・・・キサラギ軍曹。奴の意思が我が軍の・・・いや、我が国の総意なのか?」
 「そ・・・それは・・・。」
 「それに私は奴の上官だ。お前は上位命令に逆らうつもりなのか?」

 昇進が決まったとはいえ、それでも任官手続きがまだ済んでいない以上は、シオンの階級は今も中尉のままだ。軍隊である以上、大尉であるアルフレッドの命令の方が絶対なのだ。
 それにスティレットたちフレームアームズ・ガールによって、ルクセリオ公国騎士団がどれ程の打
撃を受けたのか・・・どれだけの死者を出したのか。
 そして戦死した兵士たちの遺族の、スティレットたちへの怒りと憎しみ、そして悲しみ・・・そんな彼らの無念を思えばこそ、スティレットたちを「救う」など、アルフレッドは到底納得するわけにはいかないのだ。

 「奴らフレームアームズ・ガールたちにどんな事情があるのかは知らんが、それでも我々にとって奴らが危険な存在である事に変わりはない。それに奴らによって我々は多くの同胞を失った。だからこそ、この機に乗じて我々が奴らを討たねばならんのだ。」
 「ギルマン大尉・・・ですが・・・!!」
 「話は以上だ。これ以上の反論は認めんぞ。総員直ちに出撃の準備をしろ。何としても奴らを我々の手で抹殺し、孤軍奮闘しているシオンも救助するのだ。いいな?」

 ナナミと同様に納得が行かないといった表情のオスカルたちだったが、それでも上位命令に逆らう訳にもいかず、渋々と出撃の準備をする。
 ヴィクターが死亡し、グランザム帝国軍は撤退した。これでもう10年も続いたこの戦争は、終わりを迎えるはずなのに・・・それでも尚、怒りと憎しみの連鎖は止まらないのか。
 しかもスティレットは除隊申請を出したのに、それを拒否されて洗脳され、ヴィクターに無理矢理戦わされていただけなのに・・・それでもアルフレッドはスティレットを、危険だからという理由で抹殺対象にするというのだ。

 『リニアカタパルト起動、パワードスーツ全システムオールグリーン。発進シークエンスをギルマン大尉に譲渡します。』

 ナナミは艦内放送をしながら、必死にシオンとの通信を試みようとするが・・・それでも未だにシオンとの通信は繋がらない。
 シオンは今も、暴走したスティレットを救う為に必死に戦っているのか。それとも救う事に成功したのだろうか。
 そのスティレットをアルフレッドが抹殺しようとしていると知れば、シオンはどう思うのだろうか。
 この緊急事態をシオンに伝えたいのに・・・伝えられない事がナナミにはもどかしい。

 もしシオンが、スティレットたちの抹殺を企てるアルフレッドに反発し、スティレットたちを守る為に軍を辞める・・・そんな事になってしまったとしたら・・・。
 想像しただけで、ナナミは思わずゾッとしてしまった。
 そんな事は、とてもナナミには耐えられなかった。

 『・・・進路クリア。アルフレッド臨時小隊、発進どうぞ。』
 「これよりフレームアームズ・ガール共を抹殺する!!アルフレッド臨時小隊、出るぞ!!」
 「「「「「「「了解!!」」」」」」」

 不安を隠し切れないナナミからの艦内放送を合図に、アルフレッドたちはゼピック村へと出撃したのだった。

2.守る為の覚悟


 かつて、自分が両親と共に暮らしていた自宅・・・そこに足を踏み入れたスティレットは、5年ぶりの懐かしい光景に思わず目を潤ませたのだった。
 玄関のすぐ先にある居間・・・5年前のあの日、あそこで皆で楽しそうに、スティレットの誕生日パーティーを開いていたのだ。
 帝国軍の新兵器の暴走により、完全に吹き飛ばされてしまった居間は滅茶苦茶に散らかってしまっており、スティレットが誕生日プレゼントとして父から貰った大きな熊のぬいぐるみが、すっかり焼け焦げてボロボロになって床に転がってしまっている。

 2階に上がり、スティレットの自室に入ると・・・そこは新兵器の直撃を免れたからなのか、何とか綺麗な状態を保ったまま放置されていた。
 大量のぬいぐるみが置かれた、年頃の女の子らしい部屋・・・机の上にはスティレットのやりかけの小学校の宿題が放置されている。
 そして液晶テレビに繋がれていたのは、父に買って貰った当時の最新鋭のゲーム機だ。

 何もかも懐かしい光景・・・そしてここでの幸せの日々を、スティレットはグランザム帝国軍によって理不尽に奪われたのだ。
 そして記憶を消され、何も知らないまま命の恩人であるシオンとの戦いを強要させられ、戦いを拒絶したら今度は洗脳までされたのだ。これが理不尽と言わずに何と言えばいいのか。
 身体を震わせるスティレットの肩を、シオンがそっ・・・と優しく抱き寄せた。

 「シオンさん、私、もう帝国になんか帰りたくない!!お願い、私たちをルクセリオ公国に連れてって!!」

 何の罪も無い両親と親友を理不尽な理由で虐殺し、スティレット自身もここまで自分の人生を台無しにされたのだ。スティレットがシオンの傍にいる為に、ルクセリオ公国への亡命を願うのは当然かもしれないが。
 だが必死の表情で懇願するスティレットに、シオンは首を横に振った。

 「・・・いいや、それは駄目だステラ。今更君たちを城下町に連れて行った所で、待っているのは恐らく君たちの処刑だろう。」
 「そんな・・・!!」
 「皇帝ヴィクターが死んで、戦争はひとまずの終結を迎えた・・・だけど今頃軍の上層部は、君たちをどうやって抹殺するかを必死に考えているんじゃないかな?」

 これまで不殺を貫いてきたスティレットはともかくとして、アーキテクトたちはルクセリオ公国騎士団の兵士たちを、戦場で何人もその手で殺してきたのだ。
 いや、そのスティレットも暴走していたとはいえ、味方であるはずのグランザム帝国軍の兵士たちを大量虐殺したのだ。それにスティレットはグランザム帝国軍最強の剣士だ。軍の上層部はスティレットこそが一番の危険人物であると考えているに違いない。

 戦場に出るからには、兵士というのは単なる一戦闘単位に過ぎない。だから殺そうが殺されようが文句を言われる筋合いなど無い。殺人罪など当然適用されるはずがない。
 これはシオンもスティレットたちも士官学校で、教官から散々しつこく教え込まれた事なのだが・・・それでも遺族たちの感情、そしてスティレットたちの脅威を考えれば、そんな悠長な事など言っていられないというのが、軍の上層部たちにとっての本音なのだろう。

 スティレットたちをグランザム帝国に返す訳にもいかず、かと言ってルクセリオ公国に連れていく訳にもいかない・・・シオンは完全に八方塞がりな状況になってしまっていた。
 これから一体、スティレットたちをどうやって守っていけばいいのか・・・頭を悩ませていたシオンだったのだが。

 「ならばシオン。私に提案がある。」

 アーキテクトがシオンに提案したのは、その場にいた誰もが考えてもいなかった事であった。

 「私たち5人で、今からコーネリア共和国に亡命するのだ。あの国は絶対中立、そして一切の差別行為を禁じているからな。」
 「な・・・コーネリア共和国への亡命!?」

 アーキテクトの提案に、驚きを隠せないシオン。
 いや・・・確かに今の状況でスティレットたちを守るには、それしか方法が無いのかもしれない。
 アーキテクトが言うように、コーネリア共和国は絶対中立・・・そしていかなる理由があろうとも差別行為は一切禁じられている。
 だから暴走していたとはいえグランザム帝国軍の兵士たちを大量虐殺してしまったスティレットも、コーネリア共和国でなら白い目で見られる事無く、穏やかに暮らしていける・・・確かにアーキテクトの言う通りなのかもしれないが。

 「最もこれはお前に、あまりにも理不尽で重い決断をさせる事になってしまうがな。」
 「アキト・・・。」
 「私たちは今更帝国に対して何の未練も無い・・・だがお前にとってコーネリア共和国への亡命は、結果的にルクセリオ公国に対しての裏切りも同然だ。」
 「・・・・・。」
 「それでもお前は来るか?私たちと共に、コーネリア共和国へ。」

 あそこまでスティレットを理不尽に苦しめ、シオンを殺す為の使い捨ての駒として扱い、自分たちも散々コケにしたのだ。
 アーキテクトたちはグランザム帝国を裏切る事に、今更何のためらいも無かった。
 だがシオンにとっては、あまりにも重い決断である事は間違いない。
 コーネリア共和国に亡命するという事は、幼少時に自分の命を救ってくれたジークハルトを裏切る事になり、自分の大切な部下であるマチルダたちを・・・いいや、ルクセリオ公国その物を敵に回す事を意味するのだから。

 それを理解しているからこそアーキテクトは、シオンに対してコーネリア共和国への亡命を無理に強要したりはしなかった。
 何なら自分たち4人だけでコーネリア共和国に亡命し、シオンだけは一旦ルクセリオ公国に戻るという選択肢もある。
 皇帝ヴィクターが内乱の末に死亡した事で、この10年も続いた戦争もひとまずは終結を迎えるはずだ。落ち着いたらまたシオンとスティレットが会う機会も作れるのではないか・・・そうアーキテクトは考えていたのだが。

 「・・・僕も君たちと一緒に行くよ。アキト。」

 それでもシオンは決断した。
 ルクセリオ公国騎士団シオン隊隊長として、中尉として・・・あまりにも重い決断を。
 それはスティレットを守りたいから。今度こそスティレットを助けたいから。
 それに晴れて恋人同士になったスティレットと今更離れ離れになるなど、今のシオンには到底耐えられなかった。
 例えそれによって、ルクセリオ公国の人々を裏切る事になったとしても。
 スティレットを守るには、最早コーネリア共和国への亡命しか手が残されていないのだ。

 「・・・本当にいいんだな?シオン。」
 「君の言うようにステラを守るには、もうそれしか方法が無い。それに僕はもう後悔だけはしたくないから。今度こそステラを守りたいから・・・例え世界中を敵に回したとしても。」
 「分かった。ならば今からコーネリア共和国への正式な亡命手続きを進めよう。」

 端末を取り出したアーキテクトがコーネリア共和国の公式サイトにアクセスし、オンラインでコーネリア共和国への亡命手続きを進めた。
 契約事項に同意した上で、シオンたち5人のサインと、指紋による生体認証を済ませた上で、送信ボタンを・・・

 「・・・うお!?」

 押した数秒後に、アーキテクトのスマートフォンに着信音が鳴り響いた。

 「こちらアーキテクト・オラトリオ大尉だ。コーネリア共和国軍か?」
 『はい!!エミリア様の専属秘書を務めさせて頂いております、マテリア・アーカイブと申します!!エミリア様からのご命令で、先程から皆さんの事をずっと見守っていました!!』
 「・・・見守る・・・か。私たちの『監視』の間違いではないのか?」

 このゼピック村は帝国領とはいえ、それでもコーネリア共和国の国境のすぐ近くなのだ。
 だからこそ中立国のコーネリア共和国軍が、ここで戦闘を行っているルクセリオ公国騎士団とグランザム帝国軍が何かの拍子に自国の領地内に入ってしまった時に、いつでも迎撃が出来るように戦闘準備を進めておくのは、確かに間違いではないのかもしれないが。

 「・・・いいや、私たちは貴国に亡命を申請した立場だったな。敢えて深入りはすまい。今の失言を詫びさせてくれ。」
 『いいえ、そんな事はどうでもいいんです!!それよりも皆さんの亡命申請を確かに正式に受理しました!!直ちに輸送艦フェニックスを指定のポイントに向かわせます!!』

 シオンの端末に、このゼピック村からそう遠くない場所の、国境沿いのポイントの座標が示された。
 全力で飛べば、ここから5分も掛からないような距離だ。

 『ただし皆さんもご存じでしょうが、私たちコーネリア共和国は絶対中立・・・ここから直接皆さんの所に救助に行く事は出来ません!!』
 「ここまで輸送艦を飛ばせば、帝国への不当な領地侵犯になってしまうからだな?」
 『だからお願い・・・何とか自力で辿り着いて下さい!!私たちの所に!!』
 「了解した。必ず5人揃って辿り着くと貴官に約束しよう。」

 マテリアと通話をするアーキテクトだったが・・・話している内に、ふと思い出した。

 「・・・貴官は確かマテリアと言ったな?そう言えばステラがシオンと共にコーネリア共和国に墜落した際に、貴官の事を心配していたが・・・」
 『はい、ステラちゃんには一度、命を救われた事があったんです!!それでステラちゃんに勧められて、私はコーネリア共和国に亡命を・・・!!』
 「そうか。だが積もる話は後にしよう。」

 スティレットの知り合いという事もあって興味深くはあるが、それでも今はそんな悠長な事を言っていられる場合ではないのだ。
 もしかしたらルクセリオ公国騎士団がシオンの救助を兼ねて、自分たちを抹殺に来るかもしれないし、無理矢理洗脳されたスティレットの容態も気がかりだ。

 「貴官もそこで私たちを見ていたならば理解していると思うが、ステラは皇帝ヴィクターに無理矢理洗脳され、さらに暴走までも引き起こした。洗脳維持装置をシオンが破壊してくれたお陰で今は正気に戻っているが、それでもステラの脳に深刻な後遺症が残っている可能性もある。」
 『はい、ステラちゃんをすぐに診れるように、医療スタッフを既にフェニックスに待機させています!!だから安心して下さい!!』
 「貴官の善意に多大なる感謝を・・・今から直ちにそちらに向かう。」
 『オラトリオ大尉・・・それに皆さんも・・・どうかご武運を!!』

 マテリアとの通話を切ったアーキテクトは、決意の表情でシオンたちに向き直った。
 そしてシオンたちもまた、決意の表情でアーキテクトに頷く。
 亡命申請を正式に済ませた以上、シオンはもういよいよ後戻りが出来なくなってしまった。
 だがそれでもシオンは、スティレットたちと共にコーネリア共和国に行かねばならないのだ。
 スティレットを守る為に・・・今度こそスティレットを救う為に。
 それによってルクセリオ公国を・・・ジークハルトやマチルダたちを裏切る事になったとしても。

 「・・・行ってくるね。パパ・・・ママ・・・アスナちゃん・・・アスカちゃん・・・!!」

 家の外に出たスティレットは涙目になりながら、すっかりボロボロになってしまった・・・かつて両親と幸せに暮らしていた自宅を見つめていた。
 だが今はそれでも、昔の事を懐かしんでいられる場合ではない。
 全てを捨ててまで、国を裏切ってまで自分の事を守ろうとしてくれている・・・そんなシオンの想いに報いる為にも、必ず生きて無事にコーネリア共和国に辿り着かなければならないのだ。

 「ステラは僕が必ず守ります・・・必ず!!」 

 そんなスティレットの肩を抱き寄せながら、シオンは決意の表情で、スティレットの自宅に向けて敬礼をした。
 その瞬間、スティレットたちのフレームアームに鳴り響く、自分たちがロックオンされた事を示す警告音。

 「総員撃ち方始めぇーーーーーーーーーーーーーっ!!」

 アルフレッドの号令と共に、上空からオスカルたちが一斉にビームマシンガンを掃射してきた。
 それをビームシールドで受け止めるスティレットたち。
 そしてシオンもまた・・・ビームマシンガンでアルフレッドたちを牽制したのだった。

 「何いいいいいいいいいいいいいっ!?」

 全く予想もしていなかったシオンの攻撃を、慌てて避けるアルフレッド。
 そして地上に降り立ったアルフレッドは、自分にビームマシンガンの銃口を向けるシオンを怒りの形相で睨み付けた。

 「アルフレッド大尉・・・!!」
 「シオン!!この私に銃を向けるとは、貴様一体何のつもりだぁっ!?」

 自分を怒鳴り散らすアルフレッドに対して、シオンもまた何の迷いも無い力強い瞳で、スティレットたちを庇うように立ちはだかったのだった。

3.本当に守りたい物


 やはりアーキテクトが懸念していた通り、ルクセリオ公国騎士団がシオンの救助を兼ねて、自分たちの抹殺にやってきたようだ。
 だがその任務を受けたのが、よりにもよってシオン隊とは・・・こんな運命のいたずらがあっていいのだろうか。
 コーネリア共和国への亡命を決意したその瞬間から、シオンはかつての部下と戦わなければならなくなってしまったのだ。シオンにとってこれ程残酷な現実は無いだろう。

 先程のシオンの銃撃は、あくまでもアルフレッドたちへの牽制・・・殺すどころか当てるつもりさえも無かった事はアルフレッドも理解しているのだが、アルフレッドにとってそんな事は至極どうでもいい事だった。
 シオンが味方であるはずの、しかも上官である自分に銃を向けた・・・アルフレッドはそれ自体を問題視しているのだ。

 「シオン!!貴様まさか、その娘たちを庇い立てするつもりなのか!?」
 「聞いて下さいアルフレッド大尉!!ステラたちは最早我々に害を成す存在ではありません!!彼女たちは・・・!!」
 「その娘たちによって我々は、数多くの同胞を殺されたのだ!!それにその娘たちは極めて危険な存在だ!!生かしておけばいずれ我々に牙を向き、我が国にとって最大の脅威となるかも知れんのだぞ!?」
 「アルフレッド大尉、ステラは皇帝ヴィクターに無理矢理洗脳されて・・・っ!!くそっ!!」

 問答無用でスティレットにビームマシンガンを照射しようとするアルフレッドに、シオンはビームサーベルで斬りかかる。
 とっさにバックステップでそれを避けるアルフレッドだが、シオンが本気だという事を理解し、いよいよ完全に頭に血が上ってしまったようだ。

 「貴様ぁ!!抗命罪に問われたいのかぁっ!?私は貴様の上官なのだぞぉっ!!」
 「アルフレッド大尉・・・どうしてもステラたちを殺すというのですね!?」
 「当たり前だ!!その娘たちは我々の敵なのだぞぉっ!?」
 「だったら・・・!!」

 戦わずに済ませられるなら、話し合いで済ませられるなら、それに越した事は無かった。
 だが運命というのは、一体どこまで非情だというのか。
 アルフレッドはシオンの言い分にも、どうやら全く耳を傾けるつもりは無いようだ。それを悟ったシオンは、いよいよアルフレッドたちと本気で戦わなければならなくなってしまった。
 アルフレッドが本気でスティレットたちを殺すつもりである以上、アルフレッドたちを倒さなければスティレットたちを守れないのだから。
 覚悟を決めたシオンは、これまで電源を落としていた通信機を再起動した。

 「・・・ナナミ。それにオスカルたちも聞いてくれ。今から僕は物凄く身勝手な事を言わせて貰う。」
 『シオン隊長・・・まさか・・・!!』
 「現時刻をもって僕はルクセリオ公国騎士団を退職する!!そしてステラたちと一緒にコーネリア共和国へと亡命する!!」

 スティレットたちを守る為に、シオンが自分たちに敵対する・・・ナナミが恐れていた事態が遂に現実になってしまったのだ。
 アルフレッドがスティレットたちの抹殺を命じたりなどしなければ・・・シオンの言葉に落ち着いて耳を傾けてくれれば・・・こんな事にはならなかったかもしれないのに。

 『シオン隊長!!待っ・・・』

 ナナミが涙目になりながら、必死にシオンを説得しようとした、その時だ。

 『・・・ならんぞ。シオン。』
 「陛下!?」

 突然ジークハルトが、シオンとナナミの通信に割り込んできた。
 いきなりの事に、シオンたちは驚きを隠せない。

 『大体の事情はキサラギ軍曹から聞かせて貰った。お前がその娘たちを守りたいというのであれば、その娘たちの身の安全と、国内における最低限の地位は保証しよう。』
 「陛下・・・!!」
 『その娘たちは帝国への謀反を宣言したらしいな。ならば我々がその娘たちを傷つける理由など最早何も無い。我が国に亡命したいというのであれば受け入れるつもりだ。』
 「・・・・・。」
 『だからお前は戻ってこい。シオン。我が国には・・・いいや、私にはお前が必要なのだ。』

 皇帝ヴィクターが死に、戦争がひとまずの終結を迎えた上に、アーキテクトがグランザム帝国に対しての謀反を高々と宣言したのだ。
 確かにジークハルトの言うように、これ以上ルクセリオ公国騎士団がスティレットたちを傷つける理由も、必要性も無いのかもしれないが。

 「・・・いいえ、やはりそれは出来ません。陛下。」

 だがそれでもシオンは、ルクセリオ公国に戻る訳にはいかないのだ。
 ルクセリオ公国では、スティレットたちを守る事が出来ないから。

 「仮に陛下にそのつもりが無かったとしても、他の上層部たちは決してステラたちを許さないでしょう。現にアルフレッド大尉はステラたちを殺すと堂々と宣言しましたし、そもそもあの頭でっかちな大臣たちが、ステラたちを見逃すとは到底思えません。」
 『シオン・・・!!』
 「食事に毒を盛られるかもしれない。入浴中や寝込みを襲われる事だってあるかもしれない。それに城下町の人々の中にも、元々帝国の人間であるステラたちに、強い敵意や殺意を持つ人だって大勢いるでしょう。」

 そのような環境では仮に命までは取られなかったとしても、とてもじゃないが身も心も到底休まらないだろう。スティレットたちにとっての安住の地とは到底言い切れる物ではない。
 だからこそシオンはスティレットたちと共に、コーネリア共和国に亡命しなければならないのだ。
 絶対中立、差別根絶を掲げるコーネリア共和国でなければ、とてもスティレットたちを守る事が出来ないのだから。

 『・・・シオンよ。お前は自分の立場を分かっているのか。お前は我が国の英雄なのだぞ。それに正式な任官手続きはまだだが、お前は大尉への昇格が決まっているのだ。それを・・・』
 「身勝手な事を言っているのは重々承知しています。陛下やナナミたちを裏切る事になってしまう事も・・・でも僕が今守りたいのは国じゃない・・・ステラたちなんです!!」

 スティレットも、アーキテクトも、轟雷も、迅雷も・・・つい先日までシオンと死闘を繰り広げた敵同士だったというのに、今度はシオンが軍を辞めてまで彼女たちを守ると言い出したのだ。
 シオンが通信を切っている間に、一体スティレットたちとの間に何があったのか・・・それはジークハルトやナナミたちには分からない。
 ただ一つ言えるのは、アルフレッドが頭に血を上らせスティレットたちへの殺意を明確にしてしまったせいで、シオンの決意が揺るがぬ物になってしまったという事だ。

 「シオン貴様ぁ!!国王陛下からの御進言にさえも歯向かうつもりなのかぁっ!!」
 「言い訳は一切するつもりはありません。ステラたちを守る為に、僕は陛下を裏切ります。」
 「この裏切り者が!!最早容赦はせんぞおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 アルフレッドがシオンにビームマシンガンを放つものの、とっさにアーキテクトがシオンを庇うように前に出て、ビームシールドで弾幕を受け止めた。
 最強の防御力を誇るアーキテクトのフレームアームの前では、ビームマシンガンなど所詮は豆鉄砲に過ぎない。アルフレッドはアーキテクトにかすり傷1つ負わせる事すら出来なかった。
 そのアーキテクトの余裕の態度に、アルフレッドは悔しそうに歯軋りする。

 「確かアルフレッドと言ったな?シオンにコーネリア共和国への亡命を提案したのはこの私だ。だから貴官が本来責めるべきはシオンではなく、この私だろう。」
 「何だと!?貴様がシオンを誑かしたというのか!?」
 「結果的にはそうなるな。だがそれでもシオンは英雄としての地位と名誉を捨ててまで、私たちを守ると言ってくれたのだ。貴官もシオンの上官なら、そのシオンの決意と覚悟だけは、どうか理解してやってはくれないか?」
 「貴様も貴様だが、貴様ら如きに誑かされるシオンもまた軟弱者だ!!」
 「・・・最早何を言っても無駄のようだな。」

 敵国の兵士が相手だからこそ、アルフレッドがアーキテクトの言葉に簡単に耳を貸せないのは仕方が無いのかもしれないが・・・まさかここまで器量の小さい男だとは。
 互いに己と国の信念を懸けて命のやり取りをする以上、戦場では敵国の兵士に対して一定の敬意を示さなければならないというのに。
 ただ激情に身を任せて目の前の敵を殺す・・・それではもう軍人とは呼べない。ただの殺戮者に過ぎなくなってしまうのだ。今アーキテクトの目の前にいるアルフレッドは、まさにそれなのだ。
 アーキテクトは完全に頭に血が上ってしまっているアルフレッドに、心の底から失望していた。

 「・・・何にしても僕たちは、今からコーネリア共和国に亡命します。ステラたちを守る為に。」
 『シオン・・・!!』
 「願わくば、脱出を許されん事を・・・!!」

 武器を取り出し身構えるシオンたちだったが・・・スティレットだけはビームサーベルを懐から取り出そうとして、恐怖のあまり手が激しく震え出してしまった。
 あの時、洗脳維持装置が暴走した状態においても尚、スティレットはしっかりと自己意識を保っていたのだ。
 自分が殺した帝国軍の兵士たちの、恐怖に震えた表情・・・断末魔・・・そしてビームサーベルで生身の人間を斬った時の感触・・・それが今もスティレットの心と身体に染みついてしまっている。
 元々軍人でありながら、敵国の兵士を殺す事が出来ないでいたスティレット・・・そんな心優しくて可憐な彼女だからこそ、自分が人を殺した時の感触をその手に刻んでしまった事で、武器を手にする事に恐怖心を抱くようになってしまったのだ。

 「・・・ステラ。君はもう無理に戦わなくていいんだ。君は僕たちが守るから。」
 「シオンさん・・・!!」

 そんなスティレットの心情を瞬時に悟ったシオンは、右手のビームマシンガンの銃口をアルフレッドたちに向けながら、涙目になってしまったスティレットの肩を左手で優しく抱き寄せた。
 5年前のあの時とは違う・・・今度こそ必ずスティレットを守り抜いて見せる・・・その決意をアルフレッドたちに見せつけながら。

 「シオン!!これより貴様を国家反逆罪と抗命罪の現行犯で拘束する!!貴様ら総員突撃せよ!!奴らをこの場でひっ捕らえるのだ!!」
 「あ、いや、でもギルマン大尉・・・シオン隊長は・・・。」
 「何を躊躇っておるかナーブソン少尉!!かつての上官が相手だからといって容赦はするな!!奴の発言と行動は、我が国に対しての明らかな反逆なのだぞ!?」

 シオンとの戦闘を拒絶するオスカルをアルフレッドは激しく叱責するが、それでもシオン隊の誰もがオスカルと同じ想いだった。
 シオンがどんな気持ちで、どれ程の覚悟で、コーネリア共和国に亡命すると・・・スティレットたちを守ると言い出したのか。
 そもそもジークハルトも言っていたが、もうオスカルたちがスティレットたちを傷つける理由など何も無いのだ。それを理解していない程オスカルたちは馬鹿ではなかった。
 それなのにアルフレッドがスティレットたちを殺すなどと言うから、こんな事になってしまったのではないのか。

 「・・・済まない、皆。そういう訳だから、僕たちはもう行くよ。」
 「シオン隊長・・・何でこんな事になっちまったんだよぉっ!?」
 「本当に何でこんな事になってしまったんだろうな。だけど僕は世界中を敵に回してでも、ステラたちを守りたいと思ったんだ。だから僕たちは今からコーネリア共和国に亡命する。」

 シオンに促された迅雷が、懐から手の平サイズの球を取り出し、地面に叩き付けた瞬間・・・突然一筋の閃光と共に、周囲に大量の煙幕が撒き散らされた。

 「おのれ、目くらましとは小賢しい真似を・・・!!キサラギ軍曹!!奴らの現在位置を私に伝えろ!!」
 『・・・・・。』
 「どうした!?何をやっているキサラギ軍曹!!奴らの現在位置を私に伝えろ!!」
 『・・・・・。』
 「ええい、どいつもこいつも腑抜け揃いがぁっ!!」
 『・・・・・。』 

 煙が晴れた頃には、シオンたちの姿は完全に見えなくなってしまっていた。
 まだそんなに遠くへは行っていないはず・・・こうなったら自分1人だけでもシオンを追いかけようとしたアルフレッドだったのだが。

 『・・・もうよい。ギルマン大尉。』

 そんなアルフレッドにジークハルトが追撃中止命令を下したのだった。

 「陛下、しかし・・・!!」
 『今コーネリア共和国に問い合わせたが、奴らが正式な亡命手続きをしたのは事実のようだ。それに今回の件に関しては、どう考えても私とお前に落ち度がある。』
 「な、何故です!?奴はあのフレームアームズ・ガール共を守るなどいう愚行を・・・!!」
 『そのフレームアームズ・ガールたちを抹殺しようとする行為自体が問題だというのが、お前にはまだ分からんのか?それにお前はシオンたちの話を聞いていなかったのか?』

 アーキテクトたちがグランザム帝国に対しての謀反を宣言した。
 そしてヴィクターが死んだ事で、戦争は終結を迎えた。
 さらにスティレットに至っては除隊申請をしていたにも関わらず、ヴィクターに無理矢理洗脳されて戦わされていただけであって、それをシオンが救ったに過ぎないのだ。

 だからこそルクセリオ公国騎士団が、今更スティレットたちを傷付ける理由など何も無いというのに、それをアルフレッドが血気盛んに殺すなどと言い出した・・・これではスティレットたちを守りたいと願うシオンの裏切りを招いて当たり前だ。
 そしてそんなシオンが安心して戻れる環境を作ってやれなかった・・・アルフレッドや大臣たちのスティレットたちへの殺意を抑え切れなかったジークハルトにも、責任の一端はあると言えるのだ。

 『・・・ステラたちを守る・・・か。あの時の鼻タレ坊主が、よくぞこれまでになった物よ。』
 「は?陛下、それは一体どういう・・・」
 『何でもない。こちらの話だ。それよりもお前たちは新型兵器の鹵獲任務を継続せよ。諜報部からの情報通りなら、ゼピック村の近くに奴らの研究施設があるはずだ。』
 「りょ、了解しました。」

 アルフレッドたちが村の跡地の散策を再開した最中・・・ナナミは大粒の涙を流しながら、ビスマルクの指令室で泣いていたのだった。
 何故こんな事になってしまったのか・・・つい先程までシオンは自分に対して、とても穏やかな笑顔を見せていたというのに。
 それなのに突然、自分の前からいなくなってしまった・・・しかも戦死や行方不明などではなく、コーネリア共和国への亡命という裏切り行為によってだ。ナナミがショックを受けるのも仕方が無いと言えるだろう。

 「・・・どうして・・・どうしてなんですか・・・シオン隊長・・・!!」

 シオンの裏切りという現実を未だに受け入れられず、ナナミは悲しみの表情で身体を震わせていたのだった。

4.コーネリア共和国へ


 あれからアルフレッドたちがジークハルトの命令で追撃を中止したお陰で、シオンたちは何とか無事にコーネリア共和国領地内の指定のポイントで待機していた、コーネリア共和国の輸送艦フェニックスまで辿り着いたのだった。
 出迎えた医療スタッフたちにシオンがスティレットの症状を説明し、グランザム帝国軍の医師から託された洗脳に関するデータも提供し、すぐに担架で医務室へと運んでもらう。
 これからスティレットの脳に深刻なダメージが無いかを精密検査するとの事で、シオンたちは医療スタッフたちに応接室での待機を促されたのだった。

 「よっ、久しぶりだねぇ。まさかこんな形でアンタらと再会する事になるとは思わなかったよ。」

 そんなシオンたちを出迎えたのは、以前遭難したシオンとスティレットを救助したアイラだった。
 とても穏やかな笑顔で、アイラはどっこいせと席に座る。

 「大体の事情は把握しているよ。アンタらも大変だったね。何にしても無事に辿り着いてくれて何よりだ。」
 「アーテル中尉・・・。」
 「そんな堅苦しい呼び方はもう止めておくれよ、シオン。正式な亡命手続きを済ませたアンタらは、もう私たちの仲間なんだからさ。だから私の事はアイラと呼んでくれ。」
 「・・・うん、分かったよ。アイラ。」

 正式な亡命手続きを済ませた・・・もう私たちの仲間・・・アイラの言葉でシオンは、冗談抜きで本当にルクセリオ公国を裏切ってしまった事を実感したのだった。
 だがそれでもシオンは、決して後悔などしていない。
 あれだけアルフレッドがスティレットたちへの殺意を明確にしたのだ。それにスティレットたちの事を快く思わない者は、アルフレッド以外にもルクセリオ公国には大勢いるだろうから。
 スティレットたちを守るには、もうコーネリア共和国への亡命以外に選択肢が無かったのだ。
 世界中を敵に回してでもスティレットたちを守る・・・その決意と覚悟を持って、シオンはコーネリア共和国に亡命したのだから。

 「それにしても、ついこの間までアンタらはシオンと殺し合ってたってのに、今度はシオンと共にうちに亡命する事になるなんてねぇ。世の中何が起こるか本当に分からないもんだ。」
 「そうだな。だが我々には、そうしなければならない事情があったのだ。」
 「かつての敵同士が、共に手を取り合う・・・か。確かに美談ではあるけど、それでもアンタらにとっては随分と重い決断だったんだろう。」

 アイラはシオンの隣に座るアーキテクトを、とても興味深そうに見つめていた。
 つい先日までこの2人は、互いに戦場で殺し合っていたというのに、それがいつの間にかこんな事になってしまったのだ。
 だがどんな事情があるにせよ、こうして正式に亡命手続きをした以上は、もう彼女たちはコーネリア共和国の一員・・・アイラたちの仲間なのだ。

 それからシオンたちは、あの遭難事件の後に何が起こったのか・・・そしてヴィクターがスティレットに何をしでかしたのか、5年前のゼピック村での事件の真相を、アイラに忌憚なく説明した。
 本来ならシオンは、この一連の真実を世界中に伝える事で、ヴィクターを国際裁判にかけるつもりだったのだが・・・そのヴィクターはもう死んでしまった。
 だがそれでもシオンは1人でも多くの人たちに、この真実を伝えなければならないのだ。
 保身に走ったヴィクターの身勝手さのせいで、人生を狂わされたスティレットの悲劇を。
 アイラもシオンたちの話に黙って耳を傾け、シオンたちに襲い掛かった悲壮な運命に同情し、そしてよくぞ生きてここまで辿り着いてくれたと感銘を受けていたのだが。

 そこへ応接室に設置されていた通信機の着信音が、突然けたたましく鳴り響いた。
 アイラはどっこいせと立ち上がり、受話器を手に取る。

 「・・・私だ。どうした?」
 『リーズヴェルト少尉の精密検査と応急処置が無事に終了しました。検査結果と今後の治療方針について話がしたいので、至急アルザード中尉たちを医務室に連れて来て頂けませんか?』
 「分かった。すぐにシオンたちを連れて行こう。」

 アイラに案内されながら、シオンたちが医務室に向かうと・・・検査着に着替えてベッドで横になっているスティレットが、シオンたちにとても穏やかな笑顔を見せていたのだった。
 そのスティレットの無事な姿を見て、シオンたちは安堵の表情を見せる。
 そして、そんなスティレットの右手を優しく両手で握っている、スーツ姿の1人の少女。
 シオンたちの姿を確認した少女が立ち上がり、とても穏やかな笑顔でシオンたちに一礼する。

 「皆さん、本当によく無事にここまで辿り着いてくれました・・・改めて自己紹介させて頂きますね。エミリア様の専属秘書を務めさせて頂いております、マテリア・アーカイブと申します。」
 「そうか。君が以前ステラが話していたマテリアか。」
 「はい。ステラちゃんを助けて頂いた皆さんには、本当に心の底から感謝しているんですよ?」

 見た所、スティレットと同じ年頃の女の子のようだが・・・そう言えばスティレットが随分と彼女の事を心配していたのを、シオンは今になって思い出していたのだが。
 だがマテリアはシオンたちが全く予想もしなかった、とんでもない事を白状したのだった。

 「君の事はステラが随分と心配していたんだけど・・・君はステラとどういう関係なんだい?」
 「・・・実は私、バンパイアなんです。」
 「バッ・・・バンパイアぁっ!?」

 いきなりのマテリアの言葉に、驚きを隠せないシオンたち。
 マテリアは少し口を開けて、人間の物よりも鋭利に発達した犬歯をシオンたちに見せつける。
 それはマテリアが人外の存在であるという事の、逃れようのない確固たる証だ。

 「バンパイアって、あの女性しかいないっていう吸血一族の事だよね!?僕も中学校の授業で話だけは聞いた事があるけど・・・」
 「はい、私の母もバンパイアだったのですが・・・それでも私は両親と一緒に正体を隠しながら、3人で穏やかにマルス村で暮らしていたんです。」

 バンパイアは化け物だ、忌むべき存在だと、シオンは中学校の授業で教え込まれてきたのだが・・・それでも目の前にいるマテリアは、とても化け物などとは呼べない可憐な少女だ。
 マテリアは穏やかな笑顔を崩さず、シオンたちの事を見つめ続けている。

 「ですが半年程前に私と母の正体が村の皆にバレてしまって、両親を殺されてしまって・・・私も殺される寸前だったのですが、そこへステラちゃんに命を救われたんです。そしてステラちゃんに勧められて、私はコーネリア共和国に亡命したんです。」
 「・・・そうか。差別根絶を掲げているコーネリア共和国なら、バンパイアの君も迫害されずに安心して暮らしていけるはずだと・・・そうステラが判断したんだな?」
 「はい。そして私はエミリア様に拾われ、専属秘書として仕えさせて頂いているんです。」

 いきなりバンパイアだとか言われて驚きを隠せずにいたシオンたちだったが、それでもシオンたちは中学校の授業で習ったような、マテリアが忌むべき化け物だとは微塵も思わなかった。
 目の前にいる彼女は、どこからどう見ても人を襲うようには見えない可憐な少女だ。
 それ以前に仮にマテリアが化け物として人々を襲うようなら、いくらコーネリア共和国が差別根絶を掲げていると言っても、軍がマテリアの事を決して放置してはおかないはずだろう。
 そのマテリアが、こうして無事に笑顔でここにいる・・・つまりはそういう事なのだ。

 「エミリア様もステラちゃんも私の正体を知りながら、それでも私の事を受け入れてくれた・・・だから私は2人にはとても感謝しているんです。そしてステラちゃんを救って下さった皆さんにも・・・」
 「あー、マテリア君。話し込んでいる所へ申し訳無いが・・・アルザード中尉たちにリーズヴェルト少尉の検査結果について説明したいんだけど、いいかな?」
 「・・・あああ、ごめんなさい!!私ったら、つい・・・!!」

 医師に促されたマテリアが、慌ててシオンたちから離れる。
 そしてスティレットに治療を施した医師が、脳内を映したレントゲンの写真を見せながら、シオンたちにスティレットの検査結果と、今後の治療方針について説明したのだった。
 医師の話によると、シオンが提供してくれた洗脳データのお陰で、スティレットの検査と応急処置を迅速かつ的確に行えたとの事だ。

 まず心配されたスティレットの脳へのダメージや後遺症についてだが、脳細胞の一部が傷ついてはいるものの、シオンが洗脳維持装置を迅速に壊してくれたお陰で深刻なダメージには至っておらず、若くて健康なスティレットなら放っておいても数日あれば完治するだろう、との事らしい。
 ただし肉体的な傷は外的治療で治せても、心に受けた傷は簡単には治らない・・・いいや、一生心に深く刻まれる事もある。

 スティレットは洗脳措置によって残酷な映像を長時間見せられ続けた事や、それに伴う肉体的、精神的な拷問に晒された影響、そして両親や親友の死の真相を思い出してしまった事で、重度のPTSD(心的外傷後ストレス障害)の発症の危険があるとの事らしい。
 それで予防措置として、取り敢えず精神安定剤を飲ませた上で、スティレットの心を安心させる為に知り合いのマテリアに傍にいて貰ったのだそうだ。

 今後の治療方針としては、今後1週間は1日4回、食後と就寝前に精神安定剤を服用させる事になったのだが、精神安定剤というのは長期間常用的に服用を続けると、逆に依存症を引き起こしてしまう恐れがあるとの事らしい。
 なので様子を見ながら、精神安定剤の投与数を徐々に減らしていこうという話になった。
 そして何よりも大切なのは、スティレットの心に強い負担を掛けない事・・・そしてスティレットが心の拠り所にしているシオンたち、特に恋人であるシオンが常に傍にいてやる事・・・それがスティレットにとっての最大の特効薬になるとの事だ。

 「もう、ステラったら本当に世話が焼けるんだから~。シオンが助けてくれたお陰で、何とか無事で済んだから良かったけど・・・。」
 「うん・・・心配かけちゃってごめんね。轟雷ちゃん。」
 「まあステラが無事ならそれでいいんだけどさ・・・私たち亡命したのはいいんだけど、これから一体どうすればいいのかな?」

 轟雷の言葉で、シオンたちは不意に顔を見合わせた。
 確かにシオンたちはコーネリア共和国に亡命するので頭が一杯で、今後の身の振り方については全く考えていなかった。
 シオンたちの実力なら、コーネリア共和国軍にスカウトされる事もあるだろうが・・・そうなると下手をするとシオンたちは、かつて所属していた部隊を本当の意味で敵に回す事にもなりかねない。

 ヴィクターが死んだ事で、この10年も続いた戦争も、ひとまずは終結を迎えるだろうが・・・もしルクセリオ公国騎士団やグランザム帝国軍がコーネリア共和国に攻めて来るような事態になった場合、シオンたちはかつての仲間と戦わなければならなくなるのだ。
 そういう意味合いからシオンたちは、民間企業に再就職するのが一番なのだろうが。

 「・・・取り敢えず今後の事については、ステラの容体が安定してから・・・」
 「あの、その事についてなのですが・・・エミリア様から皆さんへの伝言を承っています。」

 言いかけたシオンの言葉を、マテリアが遮った。

 「実はエミリア様が皆さんとの面会を希望していらっしゃるのですが、今日はもうこんな時間ですので、城内に皆さんの部屋を用意させたので、今日はそこで寝泊まりして欲しいとの事です。」
 「・・・エミリア様が僕たちとの面会を・・・しかも城内に僕たちの部屋を・・・!?」

 一介の亡命者でしかない自分たちとの面会を、王族であるエミリアが自ら望むだけでなく、まさか城内に部屋まで用意させるとは。
 幾ら何でも待遇が厚過ぎるのではないか・・・シオンは驚きを隠せなかった。
 てっきり亡命者が一時的に滞在する為の、保護施設か何かで寝泊まりする事になるのではと、そうシオンは思っていたのだが。

 まあそれでもエミリアとの面会自体は、シオンも自ら望んでいた事でもある。
 戦争の悲惨さ、大切な者を理不尽に失ったシオンたちの悲しみや絶望・・・何よりもヴィクターの身勝手さのせいで人生を狂わされたスティレットの一件について、シオンはエミリアと話がしたいと思っていたのだから。

 「それでエミリア様のスケジュールの都合がありますので、面会は明日の12時から昼の1時まで、昼食を食べながらでお願いしたいとの事です。皆さんそれでよろしいでしょうか?」
 「構わないよ。僕たちに拒否する理由は何も無いからね。」
 「承りました。ではエミリア様にも、そのように伝えておきますね。」

 穏やかな笑顔でシオンにそう告げたマテリアだったのだが、不意に窓の景色を見つめたスティレットが、思わず感銘の溜め息を漏らしたのだった。
 窓から見えてきたのは、もうすぐ日が沈んで夜になろうかという、薄暗い夕焼けの光に照らし出された、大自然に囲まれた城下町の光景。
 多くの建物から漏れる光が、周囲の大自然と夕焼けの光と合わさって、何とも幻想的な景色を作り出している。

 ルクセリオ公国やグランザム帝国のような大都会とは違う・・・このコーネリア共和国は、緑と自然に囲まれた美しい国なのだ。
 スティレットに釣られて窓の景色を見つめたシオンたちもまた、その美しくも幻想的な光景に心を奪われていたのだが。

 「・・・ステラちゃん・・・そしてシオンさん、アキトさん、轟雷ちゃん、迅雷ちゃん。」

 とても慈愛に満ちた笑顔で、マテリアはシオンたちに敬礼したのだった。

 「緑溢れる自由と平和の象徴・・・コーネリア共和国へようこそ。」

最終更新:2016年11月13日 08:47