小説フレームアームズ・ガール第5話
「シオンとステラ」
5.王妃エミリア
それから城まで連れていかれたシオンたちは、当面の滞在先となる城内の部屋に案内され、そこで戦闘で疲れ切った心と身体を存分に癒したのだった。
部屋割りはシオンとスティレット、轟雷と迅雷、そしてアーキテクトが1人部屋・・・という割り振りになったのだが、結局は轟雷と迅雷がシオンとスティレットの部屋に突撃してきたので、シオンとスティレットはあまり2人きりになれなかったりする。
それでもシオンがかつて敵同士だった轟雷や迅雷と笑い合う光景に、スティレットは心の底から安堵を覚えたのだった。
轟雷と迅雷が部屋に戻った後・・・美しい星々と月の光に包まれながら、シオンとスティレットはダブルベッドの中で布団に包まれ、互いの手を握り合いながら、お互いに離れ離れになってからの5年もの間に何があったのか、どんな人生を歩んできたのかを静かに語り合った。
シオンはこの5年間で上等兵から中尉にまで昇進したものの、戦争で妻と娘を失った事を。
スティレットは士官学校で轟雷や迅雷と出会い、すぐに仲良くなった事・・・そして3人で一緒に配属された部隊で上官となったアーキテクトが、愛情を持って自分たちを支えてくれた事を。
互いにこうして生き延び、5年ぶりの再会を果たした事を喜び合い・・・シオンとスティレットは互いの存在と温もりを感じ合いながら、静かに眠りについたのだった。
そして翌日の昼・・・遂にシオンたちがエミリアと面会をする時がやってきた。
メイドの女性に連れられて、シオンたちは城の応接室へと案内される。
扉の前でエミリアの警護を担当するコーネリア共和国軍の兵士2人が、穏やかな笑顔でシオンたちに敬礼をしたのだった。
「さあ皆さん、どうぞこちらへ。エミリア様がお待ちになっておられます。」
メイドの女性がシオンたちに深々と頭を下げ、兵士2人が扉を開ける。
次の瞬間、シオンたちを包み込んだのは、とても美味しそうな料理の香り。
そして扉の向こうにいたのは、とても穏やかな笑顔をシオンたちに浮かべる1人の中年の女性、そして彼女に寄り添うマテリアの姿。
メイドの女性に促されたシオンたちが部屋に入ると、背後の扉がそっ・・・と静かに閉じられた。
「よく来てくれましたね皆さん。コーネリア共和国王妃を務めさせています、エミリア・コーネリアと申します。貴方たちの事はマテリアからよく聞かされていたのよ?」
「エミリア様。僕たちの亡命を受け入れて下さって、本当にありがとうございました。」
「さあ5人共、遠慮しないで座って頂戴。折角の料理が冷めてしまうわ。」
「はい、それでは失礼します。」
シオンたちが席に座ると、それを合図にマテリアも、エミリアとアーキテクトの隣の席に座る。
円卓のテーブルの上に並べられたのは、マテリアや城の料理人たちがシオンたちの為に、心を込めて作ってくれた料理。
サラダスパゲティ、鶏肉のステーキ、コーンスープ、クリームチーズのリゾット・・・そしてデザートのフルーツポンチ。
どれも実に見事な出来栄えで、栄養のバランスもきちんと考えられている。
シオンがナイフで切った鶏肉のステーキを、口の中に一口入れた途端・・・柔らかい肉がジューシーな肉汁を放ちながら、シオンの口の中で溶けていくかのようだった。
「・・・うん、美味い。」
「えへへ、それ私が作ったステーキなんですよ?」
「へえ、そうなのか。大した物じゃないか。」
とても美味しそうに料理を口にするシオンの姿に、マテリアはとても嬉しそうな表情を見せる。
「・・・あ、この冷麺も凄く美味しそう。」
「迅雷ちゃん、それは冷麺じゃなくてパスタ・・・」
「ずるずるずるずるずる。」
「・・・って、迅雷ちゃん、パスタは音を立てて食べちゃ駄目だってばぁっ。」
「ふがふごごふがふご。」
「ほら、ドレッシングが口に付いてるよ?もう、本当にお行儀が悪いんだから~。」
ナプキンで迅雷の口元を拭うスティレットの姿に、アーキテクトはクリームチーズのリゾットを口にしながら苦笑いを浮かべる。
正直スティレットに洗脳による後遺症が無いかを心配していたのだが、医師が言っていた通り、見た限りでは大丈夫そうだった。
とはいえ、心に受けた傷は簡単には治らない・・・いいや、スティレットの心に一生深く刻まれる恐れもある。今は大丈夫だからといって油断するわけにはいかなかった。
これからは自分たちが、心に傷を負ったスティレットを支えてやらなければ・・・アーキテクトは改めてその決意を顕わにしたのだった。
かつては何度も死闘を繰り広げながらも、今は頼れる同志となったシオンと共に。
「・・・ところでシオン。お前は何故オクラを残すのだ?」
「あ、いや、僕はこういうネバネバした食べ物は苦手でさ。」
「何?ならお前は納豆や里芋も食べられないと言うのか?」
「う、うん、まあね。」
「・・・この軟弱者が。まあいい、お前が要らないなら私が貰うぞ。」
「うん、まあいいけど。はい。」
苦笑いしながらアーキテクトは、シオンが差し出した皿のオクラをフォークでぶっ刺して、口の中に入れたのだが。
スティレットが目をうるうるさせながら、オクラを美味しそうに食べるアーキテクトを見つめていたのだった。
「・・・あの、アキトさん。」
「ん?どうしたステラ?」
「・・・それ、シオンさんとの間接キスですよね?」
「・・・あ。」
「アキトさんの馬鹿ああああああああああああああっ(泣)!!」
「まあ細かい事は気にするなステラ。はははははは。」
楽しそうなシオンたちの姿を見ながら、エミリアはとても嬉しそうな表情を見せたのだった。
かつてシオンはアーキテクトたちと、敵同士として殺し合いをしていた・・・それでも今は色々あって、こうして手を取り合い笑顔を見せ合う関係になったのだ。
そんなシオンたちだからこそ、この戦乱の世の中を平和へと導く存在になれる・・・エミリアはそれを確信していた。
「円卓はいいですよね。こうして互いに対等の立場で話が出来ますから。」
食後の紅茶を飲みながら、エミリアはシオンたちに突然そう切り出したのだった。
それを合図に、それまで楽しそうに騒いでいたシオンたちが、一斉に姿勢を正してエミリアに傾注する。
シオンたちがここまでやってきたのは、楽しく昼食を食べる為だけではない・・・エミリアと面会をする為でもあるのだ。
「さて、食事も済んだ事ですし、そろそろ本題に入りましょうか・・・私たちコーネリア共和国は、貴方たち5人の亡命を歓迎致します。」
「僕たちもエミリア様に、そして僕たちを温かく迎えてくれたこの国の人たちに、心の底から感謝しています。特に洗脳されたステラを診て下さった事には、何とお礼を言えばいいのか・・・。」
「大体の事情は把握しています。本当に大変でしたね。そしてよくぞ無事に5人揃ってここまで辿り着いてくれました。」
自分に注目するシオンたち5人の、1人1人の顔をじっ・・・と見つめるエミリア。
本当によくぞ無事にここまで辿り着いてくれた・・・しかもシオンは国を裏切ってまで、英雄としての地位や名誉をかなぐり捨ててまで。
元々グランザム帝国軍に村を滅ぼされたスティレットや、そのスティレットと共に歩んできたアーキテクトたちにとっては、グランザム帝国を裏切る事に何の躊躇も無かっただろうが・・・シオンにとってはかなり重い決断だったに違いない。
それでも尚シオンは・・・スティレットたちを守る為に、命懸けでこの国まで来てくれたのだ。
「ですが貴方たちも知っているとは思いますが、私たちコーネリア共和国は絶対中立、差別根絶を国の掟として掲げています。この国に亡命した以上は、貴方たちにもその掟に従って貰う事になりますが・・・。」
「はい。だからこそ僕は、この国でなければステラたちを守れないと判断したのですから。以前ステラがマテリアを、この国に連れて行った時と同じように。」
「マテリアもバンパイアだからという理由だけで迫害され、両親を失い、この子自身も殺される寸前だったのをステラが救ってくれたと聞いています・・・何も悪い事をしていないこの子が迫害されるなど、そんな事は絶対に許されるべきではありません。」
「差別根絶を掲げる自由と平和の象徴の国・・・だからこそマテリアはこの国で安心して暮らしていられる・・・彼女が作った料理からは、そんな安心感のような物が感じられました。」
料理というのは、人の心を映し出す物だ。
仮にマテリアがエミリアに奴隷として扱われていたとしたら、あそこまで慈愛に満ちた料理は作れなかったはずだ。それは普段から自炊しているシオンだからこそ理解出来た事だ。
この国で迫害される事無く穏やかに暮らしていけているからこそ、マテリアの料理からは彼女の優しさと温もりが感じられたのだ。
だがそれでもシオンには、懸念していた事があった。
「ですがエミリア様。敢えて無礼を承知で言わせて頂きますが・・・だからこそこの国は、他の国々から圧力をかけられているのではないでしょうか?」
「ええ、シオンの言う通りです。マテリアを保護した時にも、幾つかの国から強い批判を浴びせられました。バンパイアを保護するとは何事だ、すぐに処刑するべきだとね。」
「それでもエミリア様は、マテリアを保護する道を選ばれたのですね?例え世界中の国々を敵に回したとしても。」
「私たちは他国からの不当な圧力に屈するつもりは微塵もありません。私はこの国を不当な差別など無い、誰もが穏やかに暮らしていける国にしていきたいと思っています。だからこそ私は絶対中立、差別根絶を国の掟として掲げているのです。」
絶対中立、差別根絶・・・口で言うのは簡単だが、それでも相当な困難が伴う道だろう。
絶対中立という事は、他の全ての国を敵に回す事を意味する・・・だがそうでもしなければ差別根絶など、到底叶う事のない理想なのだ。それはマテリアを保護した際に他の国々から圧力を掛けられた事を考えれば、容易に理解出来る事だろう。
それでもエミリアは屈するつもりは無かった。不当な差別など無い、誰もが穏やかに暮らしていける・・・そんな理想の国を作る為に。
だがどれだけ理想を掲げようが、何の力も持たない想いなど何の意味も無い。すぐに他国からの圧力に潰されてしまうだけだ。
その為の自衛手段として、コーネリア共和国軍が存在しているのだろうが。
「ここからが本題になりますが・・・私は貴方たち5人に、この国の象徴になって貰いたいと思っているのです。争いに満ちたこの世界を真の平和へと導く為に。」
「・・・この国の象徴・・・ですか・・・?僕たちに軍に入隊しろとかではなく?」
予想外の言葉にシオンたちは、驚きと戸惑いを隠せずにいた。
てっきり亡命の対価としてコーネリア共和国軍に加わって欲しいと・・・その力を国を守る為に役立てて欲しいと、そんなような事を言われると思っていたのだが。
だがエミリアは穏やかな笑顔で、首を横に振った。
「貴方たちが軍に加わってくれれば、確かにこれ以上無い心強い戦力ではありますね。ですが私は貴方たちには戦場ではない、別のステージで働いて貰いたいのです・・・この国の掟である差別根絶の象徴として。」
「ですが象徴になれと急に言われても、一体僕たちに何が出来るのか・・・。」
「貴方たちが戸惑うのも無理も無いかもしれませんね。ですが敵同士でありながらこうして手を取り合い、この国に亡命してきた貴方たちだからこそ、出来る事があるのです。」
一体全体何が何だか、全然意味が分からないといったシオンたち。
まあ無理も無いだろう。いきなりこの国の象徴になれと言われて、戸惑いを隠せない訳が無い。
テレビやラジオにでも出て、演説か何かしろとでも言うのだろうか。
「・・・何にしても、今の貴方たちに必要なのは心と身体の休息です。特にステラは心に大きな傷を負ってしまったのですから。幾ら医師に脳の異常は無いと診断されたからと言っても無理は禁物です。ステラが心の傷を癒す時間は必要でしょう・・・いいですね?ステラ。」
「・・・エミリア様・・・私は・・・。」
「この国の象徴として、貴方たちにやって貰いたい仕事は山ほどあります・・・ですが今は激しい戦いで疲れ切った心と身体を癒す事を考えて下さい。それまでの間、貴方たち5人は私の客人として扱います。」
すっかり話し込んでいる内に、時計の針が1時を回ろうとしていた。
腕時計を見たマテリアが、タブレットを見ながらエミリアにスケジュールを告げる。
「エミリア様、そろそろ魔法化学研究所の視察のお時間です。」
「あらやだ、もうこんな時間。貴方たちとゆっくり話す時間も無いわね・・・そうだ。貴方たち、今日の夕方5時から収穫祭が始まるから、折角だから見に言ったらどうかしら?」
エミリアの言葉に、シオンは驚きを隠せなかった。
「お祭りって・・・この戦時中の世の中にですか!?」
「こんな世の中だからこそ、生きる喜びを忘れてはいけないのですよ。今日は豊穣の女神ラーミア様に今年の豊作の感謝を伝える為の、年に一度の収穫祭の日です。屋台も沢山あるし、色んな催し物も見られますよ?」
思わず顔を見合わせたシオンたちだったが、まあ確かに城の中でじっとしていても退屈になるだけだ。折角なのでシオンたちは、5人で収穫祭を見に行ってみる事にした。
「じゃあ決まりだな。皆、待ち合わせは城門前でいいかな?」
楽しそうに話すシオンたちを、エミリアとマテリアが穏やかな笑顔で見つめていたのだった。
6.シオンとステラ
コーネリア共和国の城下町は、年に一度の豊穣祭が開催されるという事もあり、城下町全体の雰囲気が賑やかな活気に満ち溢れていた。
豊穣祭・・・コーネリア共和国が信仰している豊穣の女神ラーミアに、今年の豊作の感謝と来年の豊作の祈願を伝える為の催しである。
多くの道路で車両が通行禁止の歩行者天国となっており、あちこちで色々な屋台が設置されており、派手なイルミネーションが街中を彩っており、多くの人々がとても楽しそうな笑顔で道路を行き交っている。
そんな祭りの雰囲気をぶち壊すかのように、人々から財布を盗もうとしたり恐喝する者たちが何人もいたのだが、その全てが祭りの警備に当たっていたコーネリア共和国軍によって拘束されて、未遂に終わっていた。
ルクセリオ公国では戦時中という事もあり、もう10年近くもの間こういった祭り事は、別にジークハルトが禁止していた訳ではないのだが、自治会が今の戦時中の世の中に配慮して自粛してしまっていたので、シオンは中学時代以来となる久しぶりの祭りの光景に、感慨深い物を感じていた。
夕方5時・・・待ち合わせ場所に指定した城の正門前で、スティレットたちを待っていたシオンだったのだが。
「シオンさ~ん、お待たせ~。」
浴衣姿のスティレットが笑顔で手を振りながら、シオンの下に駆け寄ってきたのだった。
とても嬉しそうな笑顔で、スティレットはシオンの左腕を両腕で抱き締める。
そんなスティレットの姿に苦笑いを浮かべるアーキテクト、そして轟雷と迅雷の姿も。
普段から彼女たちのフレームアームを身に纏った姿ばかり見てきた事もあり、4人の可憐な浴衣姿にシオンは素直に感嘆したのだった。
「えへへ、この浴衣、アキトさんが着付けてくれたんですよ?どうですか?似合ってます?」
「うん、とても似合ってるよステラ。それにアキトたちも。」
自分の左腕にしがみつくスティレットを、穏やかな笑顔で見つめるシオン。
「隊長ってばこう見えて、意外と家庭的な一面もあるんだよね~。料理も裁縫も得意だし。」
「意外とは余計だぞ、轟雷・・・では、行くとしようか。」
アーキテクトの言葉に笑顔で頷いたシオンたちは、とても和やかな雰囲気で、豊穣祭が始まったばかりの城下町へと歩き出す。
街のあちこちにある様々な屋台から活気溢れる客引きの声が響き、その呼びかけに釣られて屋台に訪れた沢山の人々が、食事やゲームなどを楽しんでいる。
そんな人々に紛れて祭りを楽しむシオンたちだったのだが、シオンたちの存在に気付いた周囲の人々が一斉に騒ぎ出し、シオンたちの所に集まり出す騒ぎになってしまった。
シオンたちはコーネリア共和国でも以前からかなりの有名人だったようで、またシオンたちの亡命の件についても朝から新聞やニュースで大々的に報じられる程の騒ぎになっており、それ故に多くの人々がシオンたちに注目して、デジカメやスマートフォンで写真を撮っていた。
中には頼んでもいないのに、シオンたちに売り物の食べ物を無償で提供したり、ゲームを無償で遊ばせる屋台の主までも、何人か現れ出してしまう始末だ。
お陰であっという間にシオンたちの両手が、一銭たりとも金を使っていないのに、食べ物やゲームの景品などが沢山入った袋で塞がってしまう事態になってしまった。
シオンは苦笑いしながら焼きたてのタイ焼きを口にし、自分の左手を右手で恋人繋ぎするスティレットを見つめる。
スティレットもまたリンゴ飴を美味しそうに舐めながら、とても幸せそうな笑顔をシオンに見せたのだった。
そして近くにいたコーネリア共和国軍の兵士に勧められて、シオンたちが神社に向かうと・・・そこでは豊穣の女神ラーミアに扮した踊り子姿の少女が、とても爽やかな笑顔で人々に華麗な踊りを披露していた。
兵士が言うには、何でも豊穣祭の女神役を決める為のオーディションが毎年開催されており、女神役1人の枠を毎年200人近くが派手に争っているのだそうで、今年は厳正な審査の結果、コーネリア共和国軍の少女が選ばれたとの事だ。
女神役の少女の華麗な踊りに、人々の誰もが感嘆の声を上げる。
そして曲のクライマックスに合わせて側転、バク転、さらに空中でバク宙し、華麗に着地。
両手を広げて綺麗に着地する少女の姿に、人々は大絶賛の歓声と拍手を送ったのだった。
踊りを終えて充実した笑顔を見せる少女に神社の神主の老人が歩み寄り、来年の豊作を女神ラーミアへと祈願する儀式を、穏やかな笑顔で執り行う。
神主が盛大な祝詞を唱えながら、少女の目の前で大幣(おおぬさ)を何度も振り払う。
とても恥ずかしそうな笑顔で、神主の儀式を受ける少女。
盛大な盛り上がりを見せていた豊穣祭も、いよいよクライマックスの時が迫っていた。
だが儀式を終えた少女が笑顔で退場し、多くの人々が神社を後にした、その時だ。
「・・・おいてめぇ、俺らの目の前で女4人連れとか、舐めた真似してんじゃねえぞコラ。」
「見せつけやがってよ。何様のつもりだてめぇ?あぁ?」
ガラの悪そうな男4人が、物凄い形相で突然シオンに絡んできたのだった。
いきなりの出来事に、まだ神社に残っていた周囲の人々が怯えながら悲鳴を上げる。
そんな周囲の人々とは対照的に、絡まれた張本人であるシオンは毅然とした態度で、スティレットたちを守るかのように男たちを見据えた。
「・・・なあお前ら・・・よく見たらこいつ、あのシオン・アルザードじゃねえのか?」
「うほっ、マジかよ!?あの伝説の英雄様かよ!?こんなヘタレそうな奴がか!?」
「こんな優男が英雄とか、ルクセリオ公国も地に落ちたもんだなおい!!」
男たちはシオンの事はニュースで知ってはいたが、それでも実際にシオンと対面してみて、とても軍人とは思えないシオンの見た目に、思わず笑いが止まらなくなってしまった。
ルクセリオの英雄とか呼ばれているから、男たちはシオンの事を屈強そうな男だとばかり思っていたのだが・・・これでは自分たちの方が余程筋肉質で強そうではないか。
シオンの事を馬鹿にする男たちだったが・・・彼らは知らないのだ。シオンが過酷な戦場でどれだけの死線を潜り抜けてきたのかを。どれだけの実戦経験を積んできたのかを。
彼らはまさに、見た目だけで人を判断して痛い目に遭うと言う、とても良い手本だ。
「英雄っつてもよ、所詮はあのパワードスーツ・・・だったか?あの鎧みてぇな武装があってこそだろ?今の丸腰のこいつに何が出来るのかってんだ。なぁ?」
「俺らはこの辺り一帯をシメてる、チーム・グランルージュのモンなんだけどよ・・・お前マジでむかつくからよ。今から死刑な。」
男の1人が突然構え出し、いきなりシャドーボクシングを始めた。
その僅か数秒の男の身のこなしだけで、シオンは瞬時に判断する。
成る程、筋肉の質もいいし動きも悪くない。相当に喧嘩慣れしているのは確かなようだ。
それに・・・どうやら彼らは人を傷つけたり殺すのに、何の躊躇いも持っていないようだ。
「見ろ!!このスピード!!俺様のこの音速の拳が、てめぇに見切れるか!?」
シュッ!!シュッ!!
男はシオンをびびらせる為に、何度もシオンの目の前で拳を突き出してきたのだが。
全く動じないシオンに逆上した男が、とうとうシオンに本気で殴りかかってきた。
だがシオンは涼しい表情で男のジャブを受け流し、体勢を崩した男の両足を軽く蹴飛ばして転倒させ、さらに背後から男の右腕を極めて拘束したのだった。
その華麗な動きに、周囲の人々の誰もが感嘆の声を上げる。
「ながあっ!?」
「音速の拳か・・・僕の目には止まって見えるけどな。」
「て、てめえ、ふざけやがって!!この女がどうなってもいいのかコラぁっ!?」
男の1人がスティレットを羽交い絞めにしたのを見て、シオンは厳しい表情を見せる。
別にこんな連中にスティレットが傷つけられるとは思っていないのだが、シオンはスティレットの心に負担が掛かってしまうのを気にしているのだ。
医師から処方された精神安定剤を服用しているとはいえ、洗脳によって心に甚大な傷を負ってしまったスティレットは、見た目は大丈夫そうでも精神的にとても不安定な状態にある。
だからこそスティレットの心に負担を掛けるような事態は、なるべく避けないといけないのだが。
「・・・シオンさんを虐めるな・・・!!」
「な・・・どああああああああああっ!?」
スティレットは自分を羽交い絞めにした男を背負い投げで地面に叩き付け、物凄い形相で睨み付けたのだった。
その年頃の少女には分不相応の、凄まじいまでの威圧感と殺気を敏感に察知し、スティレットに投げ飛ばされた男は怯えた表情で、思わず小便を漏らしてしまう。
「シオンさんを虐めるなああああああああああああああっ!!」
「ひ、ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!?」
そのままスティレットは男の胸倉を掴み、拳で顔を殴りつけようとしたのだが。
「ステラ・・・!!」
「お~っと、駄目だよステラちゃん。それ以上は正当防衛の範疇を超えちゃうから。」
止めようとしたシオンの背後から、私服に着替えた先程の女神役の少女が声をかけてきた。
少女は屈強そうな男たちを前にしても全く怯む様子を見せず、とても穏やかな笑顔をシオンたちに見せている。
スティレットは男の胸倉を掴みながら、呆気に取られた表情で少女を見つめていたのだが。
その少女の余裕の態度が気に入らないと思ったのか、残りの男2人が一斉に少女に絡んできたのだった。
「何だてめぇ、女神役に選ばれたからっていい気になってんじゃねえぞコラぁ!!」
「アンタたちもさぁ、折角の楽しい祭りをぶち壊しにするような真似は止めようよ。皆が迷惑してるって分からないのかな?」
「ふざけんじゃねえぞ、てめ・・・っ!?」
だが男が少女の胸倉を掴もうとした瞬間、少女は突き出してきた男の右手首を左手で素早く掴み・・・次の瞬間、男の身体が空中で一回転したのだった。
受け身も取れずに地面に叩き付けられた男が、とても苦しそうな呻き声を上げる。
一体何が起こったのか。というか一体何をされたのか。
訳が分からないといった表情で、男は全身に襲い掛かる激痛に苦しんでいる。
「こ、この・・・!!」
最後に残った男が懐からナイフを取り出したのだが、少女が掌底を男の腹に繰り出した瞬間、男は派手に吹っ飛ばされて神社の壁に叩き付けられたのだった。
その少女のあまりの強さに、周囲の人々の誰もが驚きの声を上げる。
「これは・・・合気道か!!」
「さすがシオンさん。見ただけで分かっちゃうなんて凄いね~。」
驚きの表情を見せるシオンに対して、少女は勝ち誇った笑顔で親指を立てたのだった。
彼女はコーネリア共和国軍所属の軍人との事だが、これ程の使い手はルクセリオ公国騎士団にも数える程しかいないだろう。
そして騒ぎを聞きつけて駆けつけてきたコーネリア共和国軍の兵士たちが、シオンたちに叩きのめされた男4人を傷害未遂の現行犯で逮捕する。
ご協力、感謝します・・・シオンたちに敬礼をし、兵士たちは男たちを連行していったのだが。
「そう言えば自己紹介がまだだったね。私はコーネリア共和国軍のフレームアームズ・ガール部隊(予定)所属、アリューシャ・ルーカス少尉でありますっ。」
とても爽やかな笑顔でシオンたちに敬礼をするアリューシャの、全く予想もしなかった言葉に、シオンたちは驚きを隠せなかった。
「フレームアームズ・ガールだって!?コーネリア共和国軍にも存在していたのか!?」
「まだ(予定)なんだけどね。ステラちゃんが提供してくれたフレームアームをベースにして、魔法化学研究所で発展量産型を開発してる最中なんだ。」
「そうだったのか・・・しかし驚いたな。」
「フレームアーム自体は、シオンさんとステラちゃんたちの戦闘データを元にして、私たちでも以前から独自に開発してたんだけどさ。ステラちゃんが実物を提供してくれたお陰で開発が一気に進みそうだって、私のお爺ちゃんが凄く喜んでたよ。」
このコーネリア共和国は絶対中立・・・それはつまり他の国々全てを敵に回す事を意味する。
そしてエミリアが掲げる差別根絶の理想に反発し、圧力を掛ける国も決して少なくない。
だからこそ、その脅威から国を守る為の絶対的な力が必要なのだろう。
想いの無い力など、ただの暴力に過ぎない・・・だが何の力も無い想いなど、何の意味も無いのだから。
「シオンさんたちの事は、私もマテリアちゃんから聞かされたよ。ステラちゃんを洗脳とか、本当に帝国も酷い事をするよね・・・っと、お爺ちゃんからだ。」
アリューシャの腕時計型の通信機から、とても屈強な肉体の老人のホログラムが映し出されたのだった。
昨日から城や街の設備を目にしてきたシオンたちも気になっていたのだが、このアリューシャの通信機にしても、コーネリア共和国の科学技術は他の国々よりも随分と先を進んでいるようだ。
この国が他国から強い圧力を掛けられているのは、絶対中立や差別根絶への反発による物だけではない。
これらの優れた科学技術を手に入れようと、躍起になっている国々も存在しているからなのだ。
魔法化学・・・『精霊魔法』と『マナエネルギー』を融合させた、コーネリア共和国が独自に進化させた科学技術・・・それはシオンたちも名前だけは聞いた事があったのだが。
『こら~!!アリューシャ~!!女神役が終わったらさっさと戻って来いって、お前に伝えてあっただろうが!!何をいつまでもそんな所で油を売っておるか!?』
「え~、だってシオンさんたちが不良たちに絡まれてたから、助けてあげたんだけど!?」
『いいからさっさと戻って来い!!今日は祭りが終わったら、家族でファミレスまで飯食いに行くって話になってただろうが!!アスベルとナターシャもお前の帰りを待ってんだぞ!?』
「それはそうなんだけど、だからシオンさんたちを助けてたんだってばぁ!!今からすぐに家に帰るからってパパとママに伝えといて!!それじゃ!!」
通信を切ったアリューシャは溜め息をついて、大慌てで帰り支度を始めたのだった。
「ああもう、シオンさんたちとゆっくり話をする暇も無いよ~。とにかくシオンさんはもう私たちの仲間なんだから、これからずっと末永く永遠によろしくね~。」
「あ、ああ・・・。」
「んじゃ皆、そういう事なんで。アデュー!!」
嵐のようなインパクトを残し、颯爽と去っていったアリューシャの後姿を、シオンたちは唖然とした表情で見つめていたのだが。
その瞬間、シオンたちの頭上で凄まじい爆音が響き、直後に盛大な光が夜空を包み込んだ。
思わずシオンたちが夜空を見上げると・・・祭りのクライマックスを祝うかのように、無数の可憐な花火が上空に打ち上げられていたのだった。
「・・・綺麗・・・。」
シオンの左腕を両腕で抱き締めながら、スティレットが感嘆の声を上げる。
先程までのスティレットの凄まじい威圧感と殺気は、もう完全に消え失せてしまっていた。
そんなスティレットの様子に、シオンたちは安心した表情を見せる。
まさか祭りに来てまでこんな目に遭ってしまうとは、思ってもみなかったのだが・・・それでも最後にスティレットのこの笑顔を見れたのだから、まあ良しとするべきだろう。
こんな静かで穏やかな日々が、ずっと続いていけばいいのに・・・スティレットと一緒に夜空の花火を見上げながら、シオンたちはそんな事を考えていたのだった。
7.動き出す陰謀
コーネリア共和国の毎年の恒例行事となっている豊穣祭は、今年もまた多少のトラブルはあったものの、何とか無事に成功を収める事が出来た。
街中を彩っていた無数のイルミネーションからは完全に光が失われ、多くの屋台が慌ただしく店じまいの準備を始めている。
祭りの余韻を残した城下町では既に多くの人々が帰り支度を始めており、ほんの数時間前まで沢山の人で賑わっていたのが嘘のように、人々の姿がまばらになってしまっていた。
もうすっかり夜遅くなってしまっており、警備を担当しているコーネリア共和国軍の兵士たちが、寄り道せずに早く家に帰るように促していたのだが。
「・・・以上が依頼内容だ。くれぐれも他の者には絶対に悟られないようにな。」
豊穣祭の2次会を開こうとする客たちが、派手な盛り上がりを見せている酒場において、そんな喧噪から完全にかけ離れた店の最奥のテーブル席において、この国の大臣の1人が対面側の席に座る屈強な男に、書類と札束を手渡していた。
男はニヤニヤしながら書類に目を通し、札束を鞄の中に入れる。
「しかし、よりにもよってシオン・アルザードやフレームアームズ・ガール共を殺せとはなぁ・・・この国は差別根絶を掲げてるんじゃなかったのかい?大臣さんよ。」
「エミリア様は理想論や綺麗事を掲げて自己陶酔するばかりで、現実をまるで見ていない・・・あの人のせいでこの国は今、各国から強い圧力を掛けられているんだよ。これもこの国を守る為だ。仕方が無いだろう。」
「ま、俺はプロの殺し屋だ。金さえ貰えれば依頼内容はきっちりこなすさ。」
「今払った料金が前金だ。無事にあの5人の抹殺に成功すれば、成功報酬としてその5倍の料金を払う。それで文句は無いかな?」
「安心しな。報酬の額に不満はねえよ。あの5人を殺すのに充分見合った金額だ。」
シオンたちは安息の地を求めて、エミリアが掲げる差別根絶の理想を信じて、命懸けでコーネリア共和国に亡命してきたというのに・・・それでも尚、シオンたちの事を厄介者だと思っている者も国内に少なからず存在しているのだ。
皇帝ヴィクターが亡くなったとはいえ、ルクセリオ公国とグランザム帝国が未だに戦争中だという事実に変わりはない。
ジークハルトがグランザム帝国に降伏勧告を出したものの、それでも未だに帝国内で対応を検討している最中だから、もう少しだけ待って欲しいとの返答がジークハルトに返って来ている状態なのだ。つまりは戦争は未だに正式には終わってはいないという状況なのだ。
そんな状況において、よりにもよってこの両国の軍隊に所属し、互いに敵同士だったシオンたちが、手を取り合って亡命してきた・・・確かに余計な混乱を招くだけの厄介者だと思われても、仕方が無いのかもしれないが。
それはこの国の絶対的な掟である、差別根絶に背く事を意味するのだが、それでもこの大臣はエミリアの差別根絶の理想自体を真っ向から否定しているのだ。
バンパイアであるマテリアを保護したというだけで、他の国々から強い圧力を掛けられているというのに、さらに厄介者を招き入れてどうするのだと。
「・・・それで、どうやって奴らを殺せって言うんだい?手段を問わないってんなら、俺に任せて貰えれば今すぐにでも殺しに行って構わないんだぜ?」
「いや、彼らに死んでもらうのは3日後だ。」
大臣はグラスの中のウイスキーを口に含み、ふうっ・・・と一息入れた。
仮にも人殺しの、しかも何の罪も無い者たちを殺せなどという依頼を、プロの殺し屋にしているのだ。こんな話は酒の力を借りなければ確かに出来ないのかもしれないが。
対照的に殺し屋の男は、殺しが生活の一部になっているからなのか、大臣にニヤニヤと余裕の態度を見せつけている。
「実は3日後の朝に記者会見に出るように、今日彼らに依頼しておいた。今回の亡命の件について他の国々の記者から問い合わせが殺到しているから、記者会見で君たちが直接真相を話してくれってね。そこで大勢の記者たちが見ている目の前で、君に彼らを殺して貰いたい。」
「おいおい3日後って、確かあの帝国に洗脳された嬢ちゃんは、1週間は経過観察が必要だって医師から指示を受けてるんだろ?それなのに随分と無茶させるじゃねえか。」
「どの道殺すんだから、そんな物は関係無いさ。それに暗殺ではこの国の改革は成り立たない。記者会見という場で、世界中が注目している中で彼らに死んで貰わなければ意味が無いんだ。」
記者会見ともなれば、嫌でもライブ中継がリアルタイムで世界中に流れる事になる。
その世界中が注目している状況でシオンたちを殺し、不安分子であるシオンたちを招いた事でこの国に余計な混乱を招いた責任を、議会でエミリアに厳しく追及し王妃の座を降りて貰い、マテリアもこの国から追放する。
そして自分が新たな国王となる事で、差別根絶や絶対中立などという下らない掟を撤廃する・・・それが大臣の狙いなのだ。
決して国王の座が欲しい為に、私利私欲の為の計画ではない。
全てはこの国を真に平和へと導く為なのだ。
「・・・記者会見は3日後の午前9時からの予定だ。手段は問わない。必ず彼らを殺すんだ。」
「任せておきな。俺はプロだ。報酬に見合った働きはさせて貰うつもりだ。」
「頼んだぞ。それでは私はこれで失礼させて貰う。」
殺し屋の男に酒の代金を渡した大臣が、何食わぬ顔で店を出ていく。
まさかシオンたちを殺せなどという話をしていた事など知る由も無く、レジで清算を済ませた大臣を、メイド姿の従業員の女性が笑顔で見送っている。
その後姿を、殺し屋の男がニヤニヤしながら見つめていたのだった。
最終更新:2016年11月13日 08:50