小説フレームアームズ・ガール

第6話「内乱の果てに」


4.エミリアの戦い


 「御免なさいね、皆さん。用事があって遅くなりました。」

 エミリアが会議室に入った途端、席に座って激論を交わしていた大臣たちが一斉に起立し、エミリアに敬礼をした。
 エミリアも敬礼で返し、空いていた席にゆっくりと腰を下ろす。
 そして護衛役のシオンはエミリアの傍で起立したまま、大臣たちをじっ・・・と見据えている。
 そのシオンのパワードスーツで武装した姿に、大臣たちは一斉に怪訝そうな表情をしていたのだが・・・。

 「エミリア様、まさかアルザード中尉も同席させるおつもりですか!?」 
 「今回の事件があったのです。私の命を狙われる可能性も否定出来ません。なので護衛を兼ねて重要参考人として、私の傍にいて貰う事になりました。」
 「しかし命を狙われている彼がこの場にいたのでは、逆に我々やエミリア様にも危険が及ぶ可能性も否定出来ませんよ!!」
 「いえ、逆にそれが狙いですよ。あの殺し屋の男がシオンを狙ってこの部屋を襲うのなら、逆にシオンに彼を捕らえて貰う絶好のチャンスでもありますからね。」

 それもあるが、殺し屋の男にシオンたちの抹殺を依頼したのが本当に目の前の大臣たちの中の誰かなら、報酬を貰わなければならない依頼主を巻き込む危険を冒してまで、シオンを狙うような馬鹿な真似はしないはずだと・・・それをエミリアは確信していた。
 それ以前にスティレットたちやアイラ隊に殺し屋の男を追わせているのだ。彼がこの部屋を襲えるだけの余裕自体が無いはずだ。

 「まあいいでしょう。ではエミリア様もご到着なされた事ですし、そろそろ本題に入りましょうか。」

 それから始まった緊急会議は、まさに文字通り白熱した物となった。
 議題の中心となったのは、やはりシオンたちをこの国に招いた事が、今回の騒動の発端となったのではないかという事・・・そしてこの国の絶対中立、差別根絶という掟を見直すべきではないかという事・・・そしてシオンたちをこの国に招き入れたエミリアに対する責任追及だった。
 中にはエミリアを擁護する穏健派の大臣たちもいるにはいるのだが、やはり過半数の大臣が反エミリア派として、真っ向からエミリアに厳しい意見をぶつけてきた。
 エミリアはシオンに守られながら、毅然とした態度を崩さずに真っ向から反論する。

 「以上の理由により我が国は、兼ねてより傘下に加わる事を我々に要求してきているグランザム帝国と同盟を締結し、我が国が独自に運用している魔法化学の技術も提供し、相互利益を深めていくべきだと考えます。」
 「そんな事は断じて認めませんよ。我が国の魔法化学技術が他国に渡ってしまえば、それこそ今の戦乱の世の中が一層激しさを増す事になるでしょう。」
 「しかし帝国軍がこの国に攻めて来るような事態になるかもしれないのですよ!?それに帝国だけではない、他の国々からも我々は厳しい圧力を掛けられているのです!!優れた技術を自分たちだけで独占するとは何事だと!!」
 「例えそれによって、我々が他国に戦争を仕掛けざるを得ない事態になってもですか?貴方は今の戦乱の世の中を加速させるつもりなのですか?」
 「国は貴方の玩具ではない!!いい加減学びなさい!!」

 大臣の怒鳴り声にもエミリアは全く怯まない。何の迷いも無い力強い瞳で、エミリアは大臣を見据えていた。
 人というのは強大な力を手にしてしまえば、それを私利私欲の為に使わずにはいられない物だ。
 ましてコーネリア共和国の優れた魔法化学技術は、他国の技術を完全に圧倒してしまっている代物・・・『マナエネルギー』と『精霊魔法』を組み合わせた、コーネリア共和国だけが実用化に成功した、全く新しい科学技術なのだ。
 大臣の主張通り、それだけの科学技術をグランザム帝国に提供してしまえば、一体どうなるのか・・・さらなる戦乱を引き起こす事は容易に想像出来る事だ。だからこそエミリアは絶対に引く訳にはいかないのだ。

 確かに自分たちに圧力を掛けているグランザム帝国の傘下に入ってしまえば、少なくとも帝国軍にこの国が襲われる事は無くなるかもしれない。
 だがそれによってグランザム帝国の新皇帝の命令により、コーネリア共和国軍が他国への侵略に手を貸す事を強要される事になったとしたら・・・ましてグランザム帝国はルクセリオ公国と戦争をしている最中なのだ。
 その危険性はルクセリオ公国騎士団の一員として、これまでグランザム帝国軍と何度も戦ってきたシオンが一番よく理解していた。

 「・・・大臣。上申してもよろしいでしょうか。」

 右手を上げたシオンを、反エミリア派の大臣たちが一斉に怒鳴りつけた。

 「何だね君は!?たかが中尉風情が我々の議論に口出しするつもりか!?」
 「構いませんよ。私の権限でシオンの発言を許可します。」

 エミリアに促されて、シオンが大臣たちをじっ・・・と見据える。
 彼らがルクセリオ公国の大臣たちとは違い、本当の意味でこの国の未来を真剣に考えている者たちばかりだという事は、この会議の一連の流れを見てきたシオンは充分に理解していた。
 この国が各国から・・・特にグランザム帝国から厳しい圧力を掛けられている実情から、この国を戦乱から守る為に、言い方を変えればグランザム帝国に守って貰う為に、グランザム帝国との同盟を締結しようと考えるのは仕方が無いのかもしれない。
 だがそれでも、シオンはそれを許す訳にはいかないのだ。

 「皆さんも既にご存知の事ですが、帝国は身勝手な理由でステラから全てを奪い、あまつさえ記憶消去や洗脳までやらかすという大罪を犯しました。これらは国際条約で固く禁じられているにも関わらずです。」
 「だから帝国と同盟を結ぶのは駄目だと、君はそう言いたいのか!?」
 「そうです。それだけでこの国は、他の国々から掛けられている圧力が一層深まる事になってしまうでしょう。それはこの国にとって利があるとは、僕には到底思えません。」

 シオンが言っているのは、要は世間体だ。
 今回のシオンの記者会見での発言によって、これまでヴィクターが巧みに隠蔽し続けてきたグランザム帝国の非道さが明るみに出たのだ。そのグランザム帝国と同盟を結ぶという行為自体が、他の国々からどう思われるのか。
 いや、そんな物は建前だ。言っている事は正論だが建前なのだ。
 スティレットから全てを奪い、戦争に勝つ為の道具として利用し、傷つけ、用済みになれば殺そうとした・・・そんな連中と手を組むなどシオンは絶対に嫌なのだ。
 だがそれでもシオンの中尉という身分が、大臣たちの心を動かすには至らなかったようだ。

 「それはただ単に、君が恋人のリーズヴェルト少尉を帝国に傷つけられた事による、恨みの感情による物だろう!?だが国というのはな、たった1人の個人的な感情だけで動かせるような代物ではないのだ!!」
 「個人の感情ではなく、国全体の事を考えて動けと仰いたいのでしょう?だからこそ僕は帝国との同盟がこの国の利益にならないと、ちゃんと理由を付けて説明したはずですが?」
 「強力な軍事力を有する帝国に我々の魔法化学技術を提供すれば、その強大な軍事力はさらに盤石になる!!我々が帝国と同盟を結べば、その帝国に守って貰えるのだぞ!?」
 「それによって他の国々を敵に回す事になってもですか?」
 「そうだ!!帝国との同盟締結には、そのリスクを負うだけの価値があるのだ!!」

 反エミリア派の大臣たちは、シオンの言葉に全く耳を貸すつもりは無いようだ。
 まだ公にはなっておらずエミリアにも知られていない事なのだが、グランザム帝国軍が新たなるフレームアームズ・ガール部隊を結成したとの情報を、彼らは内密に得ているのだ。
 その新型フレームアームの性能は、スティレットたちが使っていた旧型のフレームアームを上回っているとの事らしい。
 それだけの戦力を有する帝国軍が、このコーネリア共和国に攻めて来たら、どうなるか・・・それを反エミリア派の大臣たちは恐れているのだ。
 グランザム帝国を敵に回す位なら、他の国々を敵に回してでも同盟を結んだ方が、確実にこの国を守る事が出来るはずだと。

 「そもそも君は、この国に騒動を招いた元凶だという自覚があるのか!?君たちがこの国に亡命したせいで、我が国の内部で混乱が引き起こされたのだぞ!!」
 「だから僕たちに、この国から出て行けと・・・そして僕たちを招き入れて下さったエミリア様にも責任を取って貰い、王妃の座から退陣しろと・・・そう仰りたいのですね?」
 「・・・そうだな。いつの間にか話が脱線してしまっていたな。では議題を戻そうか。そもそも今回の騒動を招いた最大の原因が、他でもないエミリア様であるという事は一目瞭然である。」

 反エミリア派の大臣たちに一斉に睨まれながらも、エミリアは毅然とした態度を崩さない。
 シオンも何があってもすぐにエミリアを守れるように、いつでも武器を手に出来るように心の準備を整えていたのだが・・・。

 「エミリア様がアルザード中尉たちを招き入れたせいで、この国に余計な混乱を引き起こした。それ故に我々は、アルザード中尉たちを迎え入れたエミリア様への責任追及を・・・」
 「いいえ、シオンさんたちの抹殺を企てたのは、他でもない貴方です。ダラン・ギリバス大臣。」

 そこへ突然マテリアが、颯爽と会議室に入ってきた。
 突然の出来事に、その場にいた誰もが一斉にマテリアに注目する。
 そしてマテリアと共に部屋に入ってきたのは、アイラ隊のオペレーターを務める少女・・・ミスティ・セルグリッドだ。
 ダランと呼ばれた大臣は一瞬驚きながらも、それでも冷静な態度を崩さなかったのだが。

 「私がアルザード中尉たちを殺そうとした?君たちは一体何を馬鹿な事を言っている?」
 「とぼけても無駄ですよ。貴方が黒幕だという事は既に分かっているのですから。」
 「まさか状況証拠だけで私を追及するつもりではないだろうな?確かに私がセッティングした記者会見の最中にアルザード中尉たちは襲われた。状況証拠から考えれば君たちが私を疑うのは当然の事だが、だからと言ってそれだけで私を拘束するのは不当ではないのか?」

 ダランは、これでも証拠は絶対に残さないように立ち回ってきた。
 不審な金の流れが無いかを追求されないように、殺し屋の男への報酬を国庫からではなく、後で国庫から回収するつもりで一旦は自分のポケットマネーから出した。
 それに万が一にも会話を録音されないように盗聴器が無いかも念入りに調べたし、殺し屋の男との話をする場所も選んだつもりだ。
 殺し屋の男に依頼のメールを送った際にも、発信元がバレないようにIPアドレスを偽装した上で、国外のサーバーを何重にも経由して送付した。そのメール自体も複雑な暗号文にした上で、強固なプロテクトを掛けてあるのだ。

 だからこそダランは、自分が真犯人だと絶対にバレる訳が無いと・・・その強い確信を持っていた。
 それに仮にシオンやマテリアが状況証拠だけで自分を拘束しようというのなら、それは逆に好都合だ。不当拘束だとエミリアを逆提訴する事で、逆にエミリアを追い詰める事が出来るのだから。
 だがそれでもマテリアとミスティは、自信に満ちた表情を崩さなかった。

 「いいえ、決定的な証拠なら全て揃っていますよ。貴方は証拠を残さないように上手く立ち回ったつもりだったのでしょうが・・・私とマテリアちゃんを相手にするには詰めが甘かったようですね。」

 ミスティが開いたノートパソコンには・・・先日の豊穣祭が終わった後の夜に、ダランと・・・少し遅れて殺し屋の男が店に入る光景だった。
 その映像だけでも、大臣たちは一様に驚いた表情を見せる。

 「これはこの国の城下町に存在する酒場の、午後10時頃の映像です。城下町全ての防犯カメラの、シオンさんたちが亡命してから今日に至るまでの全時刻の映像を、マテリアちゃんが全て調べてくれました。」

 この城下町の防犯カメラを全て調べたとなると、その数は実に200個以上にもなるはずだ。
 それだけでも驚きなのに、それをシオンたちが亡命してから今日までに録画された映像を全て調べ、このダランと殺し屋の男が映った映像を、しかもこの僅かな時間で特定したというのだ。
 これは一般的には速視、速読と呼ばれている技術だが、マテリアのそれはまさに達人クラスの域にまで達しているのだ。
 大臣たちはマテリアのあまりの優秀さに驚きの声を上げたが、それでもダランを動揺させるには至らなかった。

 「・・・ほう。確かにあの男が私と同じ店に入っているのは事実だね。だがそんな物はただの偶然だ。私はこの男とは面識など無いし、そもそも私とこの男がこの店で会話をしたという証拠でもあるのかね?セルグリット准尉。」
 「そうですね。あの店の店内には防犯カメラは設置されていませんでした。なので『店内で』貴方がこの男と会話をしたという記録は残っていません。」
 「ならばセルグリット准尉。不当に私を陥れようとするのは止めてもらえ・・・っ・・・!?」

 だがミスティがノートパソコンのファイルを開いた次の瞬間・・・一瞬にしてダランの表情が強張ってしまった。
 液晶画面にでかでかと映し出されていたのは・・・ダランが殺し屋の男に送った、複雑な暗号文で書かれたメールと・・・それをミスティが解読したテキストファイルだった。

 「失礼ながら緊急事態につき、エミリア様からの承諾を得た上で軍の権限でもって、重要参考人である貴方のデスクトップパソコンを調べさせて頂きました。そして消去されたメールを私が復元し、暗号文を解析してみた結果・・・出てきたのがこれです。」
 「・・・ば・・・馬鹿な・・・っ!!」 

 ミスティの厳しい視線に、ダランからは先程までの余裕が一瞬で消え失せてしまっていた。
 映像に自分が映っていた事で、マテリアとミスティが自分のパソコンを最優先で調べる事になったのは理解出来る。
 それでもバレないようにIPアドレスを偽装し、国外のサーバーを何重にも経由した上で、メール自体も複雑な暗号文にした上で、強固なプロテクトまで掛けていたのだ。
 それなのにそれが・・・まさかこんな短時間で全て解析されてしまったというのか。

 「メールの内容にはこう記されていますね。シオンさんたちの抹殺を依頼したい、豊穣祭が終わった後の午後10時に、あの酒場を訪れるようにと。そしてその時間も場所も、マテリアちゃんが特定した映像記録と完全に一致しています。」
 「いや、そのメールを私のパソコンから送られたという証拠でもあるのか!?そうだ、私のパソコンを何者かが遠隔操作したに違いない!!これは私を陥れようとする何者かの陰謀だ!!」
 「貴方が偽装したIPアドレスも既に解析済みです。国外のサーバーを何重にも経由した事もね。その証拠も今から皆さんにお見せしましょう。」

 ダランが偽装したIPアドレスの通信記録、そしてそれをミスティが解析したデータが、でかでかとノートパソコンに映し出されていた。
 IPアドレスの解析などといった専門的な知識はシオンには無いが、それでもこのメールの文章だけでも充分な証拠と成り得る事だけは、シオンは充分に理解出来ていた。
 さらにマテリアはタブレットに映し出された画面も、情け容赦なくダランたちに見せつけた。

 「ラキウス・ベルハルト・・・元グランザム帝国軍一等兵で、5年前に軍の規律の厳しさに嫌気が刺して軍を退役し、今は殺し屋に転向。これまでに数多くの依頼をこなしているプロの殺し屋ですね。これもミスティさんにメールの解析をして頂いている間に、私が身辺調査をさせて頂きました。」
 「ダラン君、これは一体どういう事なのか説明して貰おうか!?」

 エミリア擁護派の大臣たちから、一斉に厳しい視線を向けられたダラン。
 ここまで決定的な証拠を立て続けに見せつけられては、最早どうにも言い逃れする事は出来なかった。焦燥を隠せないダランは絶望の表情で、完全に腰を抜かしてしまったのだった。
 そんなダランを、ミスティが情け容赦なく手錠を掛けて拘束する。

 「ダラン・ギリバス大臣、貴方を殺人委託の容疑で逮捕します。」
 「わ、私は、エミリア様ではこの国を守れないと思ったのだ!!この人は自分の理想を追い求めてばかりで、現実をまるで見ていない!!」
 「はいはい、詳しい話は後で尋問室で聞かせて貰いましょうか。」

 ミスティにずるずると引きずられるダランだったが、それでもマテリアに情け容赦なく罵声を浴びせ続ける。 

 「そうだ、そもそも全部その汚らわしいバンパイアの小娘が悪いのだ!!半年前に亡命してきたそいつをエミリア様が受け入れたせいで、他国から厳しい圧力が・・・っ!?」
 「ふざけるなぁっ!!マテリアが一体貴方たちに何をしたって言うんだぁっ!?」

 怒りの形相でシオンがダランの胸倉を掴み、壁に叩き付けた。
 普段はとても温厚でヘタレな人物なだけに、シオンのこの激怒ぶりに大臣たちの誰もが驚きの声を上げる。

 「確かにマテリアはバンパイアだ。だけどそれが一体何だって言うんだ!?マテリアがこの国に何かしたのか!?何か重大な犯罪行為でもしたと言うのか!?」
 「そ、そいつの存在自体が犯罪その物だ!!そいつは汚らわしいバンパイアひぎいっ!?」
 「バンパイアである以前に、マテリアは1人の女の子なんだぞぉっ!!」

 今、シオンはようやく理解した。何故エミリアが絶対中立、差別根絶を、このコーネリア共和国の絶対の掟にしているのかを。そして他国からの圧力にも、こうして内乱を引き起こす事になりながらも、それでも全く屈せずに、その強い信念を頑なに貫こうとしているのかを。
 ダランもこの国の未来を真剣に考えた上で、帝国との同盟を結ぶべきだと主張したのだろう。賛否はどうあれ、政治家としては確かに正しい判断だと言えなくもない。
 だがだからと言って、こんな何の罪もない少女を汚物呼ばわりする事が許されていいのか。

 「アルザード中尉、君も所詮は甘ちゃんだな!!一時の感情に囚われて大義を見失っている!!理想ばかり追い求めてばかりいないで現実を見ろ!!」
 「理想を追い求める事の一体何が悪い!?誰もが穏やかに暮らせる国を作る・・・そのエミリア様の理想は決して間違ってなどいない!!今僕はようやくそれを理解したよ!!」
 「そのバンパイアの小娘のせいで、我が国は他国から強い圧力を掛けられているんだぞ!?」
 「それでも僕は守ってみせるさ!!マテリアも、この国の人々も!!」

 ダランの胸倉を離し、マテリアの肩を優しく抱き寄せながら、シオンは何の迷いも無い力強い瞳で、はっきりと告げた。

 「・・・マテリアだって精一杯生きているんだ・・・生きる権利があるはずなんだ!!」
 「・・・シオンさん・・・!!」

 自分の肩を抱き寄せるシオンの横顔を、マテリアが涙目になりながら見つめていた。
 パワードスーツ越しでも分かる。シオンの身体はとても温かい。そのシオンの温もりと優しさは、まるでマテリアの全てを包み込むかのようだ。
 そして立ち上がったエミリアが、シオンを励ますように肩をポンと叩いた。

 「シオン、もういいですから・・・ミスティ、連れて行きなさい。」
 「はっ。」

 エミリアに敬礼したミスティが、情け容赦なくずるずるとダランを連行していく。
 そして反エミリア派の大臣たちに、エミリアは毅然とした態度ではっきりと告げたのだった。

 「貴方たちも見ていたように、今回の事件は全て彼が仕組んだ、実に下らない茶番でした。よって貴方たちが頑なに主張する私への責任追及も、帝国との同盟締結も、私は一切認めるつもりはありません。以上をもって今回の緊急対策会議は終了とします・・・いいですね?」

 エミリアの厳しい視線の前に、反エミリア派の大臣たちの誰もが何も言い返す事も出来ず、とても悔しそうな表情を見せたのだった。

5.内乱の果てに


 ラキウスは、これでも相当腕が立つプロの殺し屋だ。
 特に帝国軍を辞めてフリーランスの殺し屋に転向した後は、死線を何度も潜り抜けてきた。生死の境を彷徨った事だって一度や二度ではない。
 そんなラキウスだからこそ、はっきりと理解出来るのだ・・・この女共は揃いも揃って、正真正銘の化け物ばかりだと。

 『轟雷ちゃん、容疑者の進路予測、銃口そのままでカウント5後に距離247。』
 「了解。どんどん座標送ってね、ステラ。」
 『カウント開始、5・・・4・・・3・・・2・・・ひと・・・今!!』

 轟雷のマナ・ビームスナイパーライフルが、情け容赦なく正確にラキウスに襲い掛かる。
 放たれた緑色のエネルギー弾が、ラキウスが乗っているバイクの後輪を貫いた。
 慌てて地面を転がって衝撃を殺し、体勢を立て直したラキウスの背後で、轟雷に狙撃されたバイクが壁に激突して大破してしまった。

 『轟雷ちゃんはそのまま指示通りに狙撃を続けて、容疑者をポイント286まで追い込んで。』
 「了解。」
 『迅雷ちゃんはその場で待機。轟雷ちゃんに容疑者をそっちに誘導して貰うから。』
 「おっけー。」

 続けて放たれた自分への狙撃を、何とか辛うじて避け続けるラキウス。
 いや・・・避けさせてられている・・・と言うべきか。自分が巧みに誘導させられている事をラキウスは敏感に感じ取っていた。
 自分の進路を完全に予測され、その上で巧みに妨害されている・・・そして立て続けに立ちはだかるアーキテクトたちやアイラ隊の少女たち。
 しかも周辺の一般市民に絶対に被害を出さないように、自分をわざと泳がせておきながら、徐々に人気の少ない場所に誘導されている。
 それはつまり・・・アーキテクトたちに指示を出しているスティレットに、それだけの余裕があるという事を意味しているのだ。

 「・・・やっほー。また会ったね。」
 「くそが、一体誰がこいつらのオペレーターを務めてやがるんだぁっ!?」

 こいつらも化け物だが、こいつらに指示を出しているオペレーターも相当な化け物だと・・・ラキウスはそれを実感させられていた。
 ラキウスを将棋やチェスで言う所のキングに見立て、駒を巧みに動かして的確に詰ませ、徐々に身動きが取れない状況に陥れつつある。
 必死に逃げるラキウスを、迅雷は何故かゆっくりと歩きながら追いかけて来る。そして襲い掛かる轟雷の狙撃。
 その狙撃も本気でラキウスに当てに来ていない。立ち止まっていれば当たってしまう、だけど逃げ続けていれば当たらない・・・そんな絶妙なポイントへの狙撃を繰り返しているのだ。これも全て周辺地域に絶対に被害を出さないようにする為なのだろう。 

 そうこうしている内に、いつの間にかラキウスは、完全に城下町の端っこの路地裏にまで追い込まれてしまっていた。
 住民を人質に取ろうにも、周囲に全く人がいない・・・それを待っていたかのように、轟雷の狙撃が今度こそ本気でラキウスに襲い掛かった。
 慌ててそれをビームシールドで防ぐラキウスだったが、そんなラキウスの肩を背後からポン、と叩くアーキテクトの姿が。

 「よう。」
 「この・・・化け物共があああああああああああああああああああっ!!」

 右手でハンドガンを取り出したラキウスだったが、それさえも轟雷に狙撃されてしまい、そこへ颯爽と現れたアリューシャがラキウスの右手首を掴んで、ラキウスの身体を空中で一回転させて地面に叩き付ける。
 受け身も取れずにうずくまるラキウスをアーキテクトが情け容赦なく拘束し、立て続けに現れたアイラ隊の少女たちが次々とマナ・ビームマシンガンの銃口を向けてきたのだった。
 アーキテクトたちと違いフレームアームこそ纏っていないが、このアイラ隊の少女たちも相当な強者揃いだ。ラキウスは実際にアリューシャに叩きのめされて、それを実感させられていた。

 「・・・は、ははは・・・まさかこの俺が・・・てめぇらみてぇなガキ共に・・・ここまで追い込まれるとはな・・・!!」
 「ガキだガキだって私たちを侮って貰っちゃ困るんだよね~。私たちはアイラ隊長率いる、コーネリア共和国軍のフレームアームズ・ガール部隊(予定)なんだから。」
 「だがな、俺はプロだ。俺を捕まえた所で依頼主の秘密は死んでもバラさねえ。誘導尋問も拷問も無駄だぜ。それに耐える為の訓練だって受けてるんだからな。」

 勝ち誇るアリューシャに対してさらに勝ち誇るラキウスだったが、そこへスティレットからアイラに通信が送られてきた。

 「どうした、ステラ?」
 『アイラさん、今回の事件の黒幕を捕らえたとシオンさんから報告がありました。その人にシオンさんたちを襲わせ内乱を企てたのは、ダラン・ギリバス大臣だそうです。』
 「あいよ。あんたの的確なナビのお陰で、こっちも随分と楽に仕事が出来たよ。ステラ。」

 通信を切ったアイラを見たラキウスは、一瞬驚いた表情を見せたのだが・・・やがて含み笑いをし出したと思ったら、狂ったように高笑いしたのだった。
 一体何事なのかと、全然意味が分からないアーキテクトたちだったのだが・・・

 「・・・おい女。今お前に通信を送った奴の事をステラと言ったか!?そいつはもしかしてスティレット・リーズヴェルト少尉の事かよ!?」
 「そうだよ。それが一体どうしたって言うんだい?」
 「そうかよ、あいつが俺をここまで追い詰めたのかよ!?これが運命だとしたら、こんな皮肉があってたまるかってんだよ!!これも神様が俺に下した天罰って奴なのかもなあ!!」
 「・・・あんた、一体何を言っているんだ・・・!?」

 訳が分からないと言った表情のアイラだったのだが、突然ラキウスはアイラに予想外の事を言い出した。

 「・・・女。さっきのガキともう一度通信を繋げ。奴に話しておきたい事があってな。」
 「何・・・!?」
 「いいから繋げ。今更抵抗なんかしねえからよ。」

 戸惑いながらもアイラは、言われた通りスティレットともう一度通信を繋いだ。
 アイラの腕時計型の通信機から、スティレットのホログラムが映し出されたのだが・・・。

 「スティレット・リーズヴェルト少尉!!まさかこの俺をここまで追い込んだのが、てめぇだったとはなぁ!!こんな運命のいたずらがあってたまるかってんだよ!!なぁ!?」
 『・・・あの・・・貴方、一体何を訳の分からない事を・・・』
 「いいから耳かっぽじってよく聞きやがれ!!5年前にてめぇが住んでいたゼピック村を、暴走した帝国軍のヴンダーガストが焼き払った事件なんだがなあ!!」

 次の瞬間ラキウスは狂喜乱舞の笑顔で、スティレットにとんでもない事を白状したのだった。

 「そのヴンダーガストを暴走させたのは、他でもないこの俺だぁ!!」
 『・・・っ!?』

 全く予想もしていなかったラキウスのとんでもない言葉に、スティレットは驚愕の表情になる。
 そして身体を震わせながら怒りの形相で、スティレットはモニター越しにラキウスを睨み付けたのだった。

 「そうそう、てめぇのその顔が見たかったんだよ!!ぎゃははははははは!!」
 『・・・どうして・・・どうして貴方は、そんな事を!?』
 「その方が面白ぇからに決まってるだろうが!!ルクセリオ公国騎士団が威力偵察に来てたって聞いたからよ、奴らと帝国軍をゼピック村でドンパチさせたら面白ぇと思って暴走させたんだよ!!」
 『面白いから!?そんな理由で貴方は、村の皆を!?』

 そんな下らない理由で、ラキウスはゼピック村を戦火に巻き込み、そしてスティレットの両親や親友、村の皆が皆殺しにされたと言うのか。
 あまりにも理不尽な、そして身勝手なラキウスの言葉に、スティレットは怒りが収まらなかった。

 「大体てめぇらはよぉ、周りが戦争やってる最中に、てめぇらだけ関係無さそうに平和そうに幸せそうな顔しやがって!!俺はそれが最初から気に入らなかったんだ!!だからヴンダーガストで村を焼いてやったんだよ!!ひゃはははははははは!!」
 『貴方のせいで・・・貴方のせいで、私のパパとママが・・・アスナちゃんとアスカちゃんが!!』
 「あの時、依頼主からお前を殺せって依頼が来た時は、正直心が震えたぜ!!こんな運命のいたずらがあっていいのかってよぉ!!そして俺は今こうして、お前がナビゲートした兵隊共に追い詰められてるって訳だ!!ぎゃはははははは・・・がっ!?」

 高笑いするラキウスの脳天に、アーキテクトがマナ・ビームハンドガンを撃ち込んだのだった。
 汚物を見るような瞳で、アーキテクトは絶命したラキウスを見下している。

 「・・・貴様のような戦闘中毒者に、これ以上ステラの心を傷付けさせる訳にはいかん。」
 『アキトさん・・・。』
 「作戦終了。これより帰還する・・・お前もよく頑張ったな、ステラ。」
 『・・・はい。』

 涙を流すスティレットを、駆けつけたシオンが背後から優しく抱き締める映像を、アーキテクトは神妙な表情で見つめていたのだった。

 こうして今回、世界中を震撼させたシオンたちの抹殺未遂事件、そしてコーネリア共和国内での内乱は、首謀者のダランが逮捕された事で一応の決着を見せた。
 それを受けてエミリアは、その日の午後3時に改めてシオンたちと共に記者会見を開き・・・今回の内乱の詳細について記者たちに説明したのだった。
 ダランが秘密裏にグランザム帝国と同盟を結ぼうとしていた事、その障害となるであろうシオンたちを抹殺し、その責任をエミリアに押し付ける事で王妃の座から落とす事を企てていた事を。
 それもこれも全て、エミリアが掲げる絶対中立、差別根絶の掟が間違っているからだと・・・グランザム帝国との同盟こそがコーネリア共和国を守る為の唯一の道なのだという、ダランのこの国の未来を憂うが故の信念からなのだと。

 だがそれでもダランは絶対中立、差別根絶というコーネリア共和国の絶対の掟を破り、何の罪もないシオンたちまで身勝手な理由で殺そうとした。
 それを受けてエミリアはダランを懲戒解雇とし、大臣としての一切の権限を剥奪。同時に国外への追放処分にすると発表。同行する事を望んだ家族と共に、彼はコーネリア共和国を追われる事となった。
 同時にエミリアは今後も絶対中立、差別根絶の掟を覆す事は無い、他国から掛けられている圧力にも絶対に屈するつもりは無い事を高々と宣言。
 シオンたちのように掟を受け入れてくれる者は、例え誰だろうと亡命者として歓迎するが、ダランのように受け入られない者は、情け容赦なく国外に追放する厳しい姿勢を改めて見せつけた。

 そしてラキウスを射殺したアーキテクトの対応に関しても、記者たちから彼女に次々と厳しい意見をぶつけられる事になった。
 何も殺す必要は無かったのではないか、拘束して国際裁判にかけるべきだったのではないかとの記者たちの厳しい追及に対して、アーキテクトはラキウスに全てを奪われたスティレットの心情、そしてラキウスの残虐さから考えれば、射殺という対応は決して間違ってはいなかったと真っ向から反論。それに反発する記者たちと激論を繰り広げる事になる。

 シオンもまた、今後もスティレットたちと共にコーネリア共和国に留まる意志は変わらない事を、記者たちに高々と宣言した。
 絶対中立、差別根絶を掲げるコーネリア共和国でなければ、居場所を失ったスティレットたちを到底守れないのだと。例え裏切り者だと罵られようが、そんな物は全て覚悟の上だと。
 そしてマテリアがバンパイアだからというだけでダランに罵声を浴びせられた事を受け、マテリアにだって生きる権利があるんだと、バンパイアである前に1人の女の子なんだと、そんなマテリアの事も僕たちが守ってみせると、シオンは記者たちに熱く語ったのだった。

 そんなシオンの横顔を、マテリアが羨望の眼差しで見つめていたのだった・・・。

6.求愛するマテリア


 白熱した記者会見を何とか終わらせたシオンは、ようやく緊張の糸から解放され・・・なかった。
 今度はコーネリア共和国の各テレビ局からの番組出演依頼が殺到したり、何故か国民たちの前で演説をする羽目になってしまったり、なんかコーネリア共和国軍の兵士たちからも羨望も眼差しで見られたりと、色々とバタバタさせられる羽目になってしまったのである。

 そして遅めの夕食後に自分とスティレットの部屋に戻り、ようやくスティレットとの2人きりの、静かで穏やかな時間を取り戻・・・せなかった。
 シオンはルクセリオ公国から送られてきた、自分のアパートの部屋の荷物を整理していたのだが、その際に部屋に突撃してきた轟雷と迅雷に、ノートパソコンの中身を色々と見られてしまったのがまずかった。
 そのノートパソコンの色々とアレな動画やら画像やらゲームやらを見せつけられたスティレットは、その純真無垢さ故にすっかり泣き出してしまい、私ならシオンさんに色々としてあげるのに!!とか涙目で騒ぎ出し・・・その騒ぎを聞きつけ駆けつけてきたアーキテクトに、この軟弱者が~!!などと、何故か色々と説教される羽目になってしまったのである。
 結局アーキテクトたちから解放されて、スティレットとの2人きりの静かで穏やかな時間を取り戻したのは、すっかり夜遅くになってしまい・・・色々と疲れ切ってしまったシオンはダブルベッドの布団の中で、スティレットの温もりと優しさに包まれながら、すぐに深い眠りへと落ちていったのだった。

 そして清々しい朝日に包まれた、翌日の朝・・・カーテンから漏れる朝日の光に当てられて、シオンは静かに目を覚ました。
 シオンの隣ではスティレットがシオンの身体を抱き締めがら、穏やかな表情で眠りについている。
 洗脳の影響で精神的にとても不安定な状況にあるスティレットの心に、ラキウスの一件でまた余計な負担がかかってしまうのではないかと危惧していたシオンだったのだが、精神安定剤が効いているからなのか、それともアーキテクトがラキウスを即座に射殺してくれたからなのか、昨日までの様子を見た限りでは大丈夫そうだった。
 そんなスティレットの頬を、右手で優しく撫でようとしたシオンだったのだが。

 「・・・ん?」

 フニフニ、フニフニ。
 いつの間にかシオンの右手に、なんか柔らかくて温かい物が当てられていた。
 何だろう。この右手にすっかり吸い付くような、右手の形状にすっかり馴染むというか、とても触っていて気持ちいいと・・・いつまでも触っていたいとさえ思えるような、この感触は一体何なのか。
 ふと気になって、シオンが右手の方を見た瞬間。

 「のほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお(汗)!?」

 物凄いヘタレな表情で、慌ててシオンはベッドから飛び起きたのだった。
 シオンの隣にいたのは、シオンの右手をしっかりと両手で優しく包み込み、その右手を衣服をはだけさせた自分の豊満な左胸に当てながら、シオンの隣で横になっているマテリアの姿だった。
 そのマテリアの柔らかくて優しい胸の感触が、ダイレクトにシオンの右手に伝わってくる。
 とても慈愛に満ちた笑顔でマテリアはベッドから起き上がり、シオンの事をじっ・・・と見つめていたのだが。

 「あ、おはようございます。シオンさん。」
 「ママママママママママテリア、いいいいいいいい一体、僕に何をしているんだ(泣)!?」
 「見ての通り、シオンさんに私の胸を触らせているんです・・・私の胸は確かにステラちゃんに比べると、物足りないかもしれませんが・・・それでもこれはこれで趣があるとは思いませんか?」
 「いやいやいやいやいやいや、そういう事じゃなくて!!て言うか一体いつの間に僕とステラの布団の中に入り込んでいたんだ(泣)!?」
 「はい。1時間くらい、ずっとこうしてました。」
 「1時間~~~~~~~~(泣)!?」

 フニフニ、フニフニ。

 「単刀直入に言わせて頂きますね?私、シオンさんの事が好きです。」
 「はああああああああああああああああああああ(泣)!?」

 フニフニ、フニフニ。

 「シオンさんはこう仰いました。私がバンパイアである以前に1人の女の子なんだと。私の事を守ってみせると・・・そのお言葉に私はとても強い感銘を受けたんです。」
 「うん、確かにそう言ったけどね!?言ったけれども(泣)!!」
 「そんな事を仰って下さった殿方は、これまでシオンさんが初めてでした・・・ちなみに女性ではステラちゃんが初めてでした。」
 「いやいやいやいやいや、君も知ってると思うけど、僕にはステラという恋人が・・・(泣)!!」
 「分かっています。正妻はあくまでもステラちゃんです。私は側室でいいんです。」
 「そそそそそそ側室~~~~~~~(泣)!?」

 一体マテリアが何を言っているのか、全然意味が分からないシオンだったのだが。
 相変わらずマテリアは自分の胸にシオンの右手をフニフニと当てながら、とても慈愛に満ちた笑顔をシオンに見せ続けている。
 だが次の瞬間マテリアはシオンも知らなかった、とんでもない事を言い出したのだった。

 「どうやらシオンさんも御存知では無かったようですね。コーネリア共和国ではエミリア様主導の下、一夫多妻制が認められているんですよ?」
 「何やってんのエミリア様~~~~~~~(泣)!!」
 「私はステラちゃんから正妻の座を奪おうなんて、これっぽっちも考えていません!!私はあくまでも側室でいいんです!!シオンさんがステラちゃんに向けていらっしゃる愛情を、ほんの少しでもいいから私にも分けて下されば・・・!!」

 その騒ぎで目を覚ましてしまったのか、パジャマ姿のスティレットが目をこすりながら、ベッドから身体を起こしたのだった。

 「おはようございます。ステラちゃん。」
 「おはようマテリアちゃん・・・ふあぁぁぁぁぁぁ・・・」 

 大きなあくびをしながら、スティレットは自分に慈愛の笑顔を見せているマテリアを、寝ぼけながらぼーーーーーっと見つめていたのだが・・・。

 「・・・ふぇ?」

 なんかもう、完全に引きつった笑顔を自分に見せているシオン、そのシオンの右手を自分の左胸に当てているマテリアの姿を目の当たりにさせられたスティレットは、すっかり完全に目を覚ましてしまったのだった。

 「・・・ふええええええええええええええええええええ!?」
 「や・・やあステラ・・・(泣)。」
 「シオンさん、マテリアちゃんに何やってんですかああああああああああああっ!?」
 「あ、いや、これはその・・・(泣)。」

 もう何度も繰り返しになってしまって本当に申し訳無いが、ヴィクターが施した洗脳による影響で、今のスティレットは精神的にとってもすっごく不安定な状態にあるわけで。

 「のほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ(激怒)!!」
 「あ、ちょっとステラ、ど、どこでそんなテクを!?ちょっと、やめ、あ、あああ、アッー(泣)!!」

 そんなスティレットとシオンの微笑ましい光景を、マテリアは慈愛に満ちた笑顔で見つめていたのだった。

7.新皇帝シュナイダー


 「これ以上ルクセリオ公国との戦争を継続するのは、我が国の利益になるとは到底思えん!!」
 「だがしかし、むざむざと奴らに降伏してしまえば、この国は一体どうなるのか・・・!!」
 「しかし我々が秘密裏に開発していた新型フレームアームのフェルズヴェルグも、完成間近という所で奴らに鹵獲されてしまったのですぞ!?」
 「我々にはまだ完成したばかりの量産機のゼルフィカールがある!!」
 「あれは使い手はまだ見つかっていないだろう!?どれだけ高性能だろうと使い手がいなければ、ただの鉄の塊も同然だ!!」
 「そんな物は軍の女性士官たちの中から早急に候補を探せばいい!!」

 コーネリア共和国で内乱騒ぎがあった一方で、ヴィクターという絶対的な統治者を失ったグランザム帝国でもまた、事実上戦争に勝利したルクセリオ公国からの降伏勧告への対処に関して、今日も朝から大臣たちが、皇帝不在のまま激論を繰り広げていたのだった。
 降伏勧告を受け入れて投降すべきだと主張する者たち、国を守る為にも降伏は絶対に許されないと主張する者たち・・・この両陣営の激論は両者一歩も譲らないまま、もう3日も平行線を辿り続けていた。

 「確かにゼルフィカールの性能は、リーズヴェルト少尉たちが使っていた試作機のゼクスを上回っているが、だからと言ってこれ以上の無駄な血を流してまで戦争を継続するのは、国民からの強い反発を買うだけではないのかね!?」
 「奴らはシオン・アルザード中尉という絶対的なエースを失ったのだ!!リーズヴェルト少尉たちを失った我々も確かに痛いが、それでも未だゼルフィカールという切り札を有している我々の優位は変わらない!!ここは戦争継続の意思をジークハルトに見せつけるべきだ!!」
 「そうだそうだ!!降伏勧告の回答期限を待つまでもない!!逆にこちらから奴らの領土に攻め入るべきだ!!」
 「しかし奴らも新型パワードスーツの開発に成功したと、諜報部からの報告があるのだぞ!?それに戦争継続自体が国民からの強い反感を買うのではないのか!?」

 ジークハルトがグランザム帝国側に送った降伏勧告の回答期限は、1週間。
 それまでに返答無き場合は戦争継続とみなし、我が軍は貴国に進軍を開始する・・・大臣たちが手にしているタブレットの液晶画面には、ジークハルトが送った公的文書の内容がでかでかと映し出されている。
 こんな時にヴィクターが健在なら、その強い統率力と指導力でもって、彼らをあっという間にまとめてしまうのだろうが・・・その肝心の絶対的指導者たる皇帝がこの場にいない事もあって、大臣たちは意見をまとめられずに大混乱状態に陥ってしまっていた。
 このままジークハルトへの回答をどうするのかを決めかねないまま、回答期限を迎えてしまうのか・・・大臣たちの誰もが、そんな焦りを見せていたのだが。

 「おやおやぁ?大臣の皆さん、一体何をそんなに熱くなっておられるのですかな?」

 1人のスーツ姿の青年が、颯爽と会議室に入ってきたのだった。
 そして青年の隣にいるのは、新型フレームアーム・ゼルフィカールを身に纏った1人の少女。
 2人の姿に大臣たちは、一様に驚いた様子を見せる。

 「貴方はシュナイダー殿!!それに彼女は確か士官学校を退学したはずの・・!!」
 「貴方は確か次期皇帝の座を、他のご子息の皆様と争ってる最中だったはず・・・!!」
 「選挙活動を放り出して、こんな所に来ている場合では・・・!?」

 騒ぎ立てる大臣たちを、シュナイダーが右手で軽く制して黙らせた。
 ヴィクターには7人の妻がおり、それぞれ1人ずつ子供を産ませている。
 彼はその7人の子供の1人であり、ヴィクター亡き今、新たな皇帝候補として他の6人の子供たちと次期皇帝の座を巡り、選挙活動をしている最中のはずだったのだが・・・。

 「ああ、その事に関してはご心配なさらず。正式発表はまだですが、たった今私が新たな皇帝として就任する事が決まりました。」
 「何と、まだ投票日を迎えてもいないというのに!?では他の6人のご子息の皆様は、いずれも選挙活動から降りられたと・・・!?」
 「ええ、兄上たちは皆『快く』、私に皇帝の座を譲って下さいましたよ・・・フフフ。」

 そう意味深に告げたシュナイダーは、余っていた席にどかっと腰を下ろして腕組みをしながら、驚きを隠せない大臣たちを見据えている。
 そして次の瞬間シュナイダーは、大臣たちの誰もが予想もしなかった、とんでもない事をさらっと口にしたのだった。

 「さて、これまで私がいない間、皆さんは実に下らない議論を続けていたようですが、ここではっきりと言っておきましょう。我々グランザム帝国はルクセリオ公国との戦争を継続します。」
 「な・・・何ですと!?」
 「いやだって、あのシオン君がいないんですよ?なら今が奴らの元に攻め入る絶好のチャンスではないですか。」
 「しかし皇帝陛下、我々も新型機のゼルフィカールが未だ健在とはいえ、奴らにフレズヴェルグを鹵獲されてしまいましたし、それにこれ以上無駄な血を流すのは・・・!!」
 「そうですね。確かに無駄な血を流すのはよくありませんねぇ。だからこそ戦争というのは、もっとスマートな勝ち方をしなければ。」

 そこまで言うからにはシュナイダーには、ルクセリオ公国との戦争に『勝てる』という、絶対的な自信があるとでもいうのか。大臣たちの誰もがシュナイダーに対して怪訝な目を向けていた。
 それに対してシュナイダーは自信満々だと言いたげに、腕組みをしながらニヤニヤと大臣たちを見据えていたのだが。

 「そうそう、紹介するのが遅れてしまいました。彼女はカリン・ラザフォード中尉。皆さんも見ての通り新型機のゼルフィカール部隊の隊長として、本日付けで軍に入って貰う事になりました。」
 「馬鹿な、彼女は士官学校を中退したのですぞ!?それを卒業もしていないのに、いきなり軍に入れるなど前代未聞ではないですかな!?」
 「カリン君は一身上の都合で中退したとはいえ、士官学校ではあのスティレット君と並ぶ成績を収めていたのでしょう?それを放っておくなんて勿体ないじゃないですか。」
 「ですが皇帝陛下、無礼を承知で上申させて頂きますが、彼女が士官学校を辞めた経緯が経緯ですし、それをいきなりゼルフィカール部隊の隊長にするなど、周囲の者たちがどう思うのか・・・」

 大臣の言葉でカリンは、苦虫を噛み締めたような厳しい表情になる。
 カリンはシュナイダーの言う通り、確かに士官学校ではトップの座をスティレットと争っていた。
 定職に就かずに毎日酒を飲んで家でダラダラ過ごすだけの父親、そんな父親に嫌気が差し、自分を見捨てて新しい男を作って逃げ出した母親・・・そんな両親に失望したカリンは、1人で生きていく為の力が欲しいと願い、全寮制の士官学校に入学したのだ。

 だが父親がギャンブルにはまり出し、負けが込んで多額の借金を背負う事になってしまい、しかもその借金をあろう事か父親は、娘のカリンに勝手に押し付けて姿をくらましてしまった。
 その父親が勝手に押し付けた多額の借金を返済する為に、カリンは士官学校を中退して働かざるを得なくなってしまったのだ。
 それだけではなくネット上では目撃者がスマホで撮影して投稿した、彼女がゴミ箱の残飯をあさって食べる動画や、風俗店の入り口で客引きをする動画まで流れている始末だ。
 借金にまみれながら残飯をあさる、風俗店で働く汚れた少女・・・それ故にカリンは大臣たちから、侮蔑の目で見られているのだ。

 「・・・これはシュナイダーにも言った事なのですが、彼に改めて伝えるのも兼ねて、今から皆さんに言っておく事があります。」

 カリンのその言葉に対して大臣たちの何人かが、怒りを顕わにしたのだが。

 「何だねラザフォード中尉!!君に発言を許可した覚えは無いぞ!?それに皇帝陛下に対して呼び捨てとは何事か!?」
 「そんな下らない事は別にどうでもいいんですよ。私がカリン君の発言を許可しましょう。」

 シュナイダーに促されたカリンの発言によって、大臣たちの怒りがさらに膨らむ事になった。

 「私たちカリン隊11名は全員シュナイダー直属の部下となり、彼のボディーガードを兼ねる事にもなりました。ですが少なくとも私はシュナイダーに忠誠を誓ったつもりはありません。」
 「な・・・何だとおおおおおおおおおおおおおっ!?」

 貴様一体何のつもりだ・・・大臣たちの怒りの視線と表情が、カリンにそう告げていた。
 無理も無いだろう。軍人にとって上からの命令は絶対だ。しかもシュナイダーは皇帝という国の頂点に立つ男なのだ。それなのに忠誠を誓っていないなどと言い出すとは。
 だがカリンもまたそんな事を気にする事もなく、何の迷いもない力強い瞳で、大臣たちを見据えている。
 当のシュナイダーもまた腕組みをしながら、満足そうにうんうん、と頷いたのだった。 

 「ただ単に、利害関係が一致しただけ・・・私がシュナイダーを外敵から守る見返りとして、シュナイダーが私の借金を肩代わりする・・・ただそれだけの事です。」
 「ええ。あの時も言いましたが、お互いWIN―WINの関係でいきましょう。」
 「言っておきますが、私はスティレット程甘くはありません。シュナイダーに敵対する者は、例え誰だろうと容赦なく抹殺します・・・この私の未来の為にね。」

 そのスティレットのルクセリオ公国騎士団との戦いぶりは、カリンもテレビで観戦していた。
 無闇に敵の命を奪う事を嫌い、敵の武器だけを破壊する事で命を奪わず無力化する・・・だがカリンは、あんな『ぬるい』戦い方をするつもりは一切無い。
 そもそもスティレットがヴィクターに無理矢理洗脳されたのだって、カリンに言わせればスティレットの心の弱さと甘さが招いた事なのだ。ヴィクターが無理矢理洗脳しようとしたその時点で、スティレットはヴィクターと医師をその場で殺してしまえば良かったのだ。

 だが自分はスティレットとは違う。例え誰だろうと、自分に立ちはだかる者は一切合切容赦せず殺す・・・それがシュナイダーを守る事にも繋がり、それによって父親が押し付けた借金をシュナイダーが払ってくれる事にもなるのだ。
 ある意味カリンは、シュナイダーの奴隷になったような物だ。
 だがそれでも構わない。奴隷でも何でも、そんな物はどうだっていい。
 シュナイダーの奴隷になる事で、あの貧困に苦しむ地獄の日々から解放されるのであれば。
 その為ならカリンは、シュナイダーからの命令とあれば、かつて共に鍛錬を積んだ仲であるスティレットや轟雷、迅雷をも容赦なく殺す覚悟だ。 

 その決意と覚悟を胸に、カリンは拳をぎゅっと握りしめる。
 そんなハングリー精神溢れるカリンの姿を、シュナイダーはとても満足そうに見つめていたのだった。

最終更新:2016年12月25日 07:14