小説フレームアームズ・ガール

第7話「新たなる翼」


1.急転


 『アーキテクト・オラトリオの、ボッコボコ人生相談室!!』

 じゃんじゃかじゃんじゃかじゃんじゃんじゃん♪でんでんででんでんでんででん♪

 『さあいよいよ今週から始まりました新コーナーです。元グランザム帝国軍のアーキテクト・オラトリオ大尉に、その大尉としての豊富な人生経験を下に、ゲストの方の人生相談をして頂きます。オラトリオ大尉、どうぞよろしくお願いします。』
 『はい、よろしくお願いします。』

 なんか昼のお笑い番組に、スーツ姿にネクタイを締めたアーキテクトが出演していた。
 その様子をシオンとスティレットが昼食を食べながら、食堂の大型テレビで他の兵士や職員たちと一緒に眺めている。
 エミリアが言うには、これもコーネリア共和国の絶対中立、差別根絶の『象徴』としての仕事の一環なのだそうで、シオンやスティレットに先立って既にアーキテクトたちに働いて貰っているのだそうだ。
 かつて他国の軍人だった亡命者が、こういった自国のバラエティ番組に出演する姿を全世界に晒す事で、コーネリア共和国が差別行為を一切しないというアピールに繋がるとの事らしい。
 実はこのコーナーの前に流れた、世界中で売れている有名化粧水のCMにも、轟雷と迅雷が出演していたりするのだが。

 『それでは最初の相談者は、この方です!!エミリア様の専属秘書を務めていらっしゃる、マテリア・アーカイブさんです!!』
 『は、はい、アキトさん、よろしくお願いします。』

 スタッフに促されて壇上に現れたマテリアが、アーキテクトに深々とお辞儀をした。
 椅子に座ったマテリアはアーキテクトと向き合うような形になり、とても真剣な表情でアーキテクトをじっ・・・と見つめている。
 対照的にアーキテクトは、なんか物凄い笑顔をマテリアに見せていたのだが。

 『ほう・・・最初の相談者が、よりにもよってお前とはな。』
 『実はアキトさんに、どうしても相談したい事がありまして・・・』
 『お前とは城で毎日顔を合わせているのだ。わざわざこんな世界中で流れるバラエティ番組で、大衆に顔を晒してまで相談なんかせんでもいいだろうに。』
 『いえ、むしろ世界中の人々に知って貰いたいんです!!私がシオンさんに対して、どれだけ深い愛情を抱いているのかという事を!!』

 ぶぶぶぶぶーーーーーーーーーーーっ!!
 いきなりのマテリアの爆弾発言に、シオンは口に含んでいた緑茶を盛大に吐き出してしまった。

 『実は相談というのはシオンさんの事についてなんです。私はあの内乱騒ぎの際に、私の身も心も救って下さったシオンさんにとても深い感銘を受けまして・・・それで私、シオンさんに愛の告白をしたんです。』
 『そう言えばこの国では、一夫多妻制が認められているのだったな。』
 『そうなんです。シオンさんにはステラちゃんという正妻がいるのですが、私はステラちゃんから正妻の座を奪うつもりなんか微塵もありません。あくまでもシオンさんの側室でいいんです。』
 『何だそのギャルゲーみたいな展開は。シオンめ爆発しろ。』
 『ですがシオンさんったら、私が告白をしてからもう3日も経っているというのに、未だに私の事を受け入れて下さらなくて・・・!!』

 「いやいやいやいやいやいや、何でそんな事を世界中に晒すような真似をするんだマテリアあああああああああああああああ(泣)!?」 

 泣きそうな表情のシオンを、食堂の人々がじぃ~~~~~~~~っと見つめている。
 痛い。周囲からの視線が物凄く痛い。というかシオンは思い切り世界中の晒し者になってしまっていた。
 ただでさえシオンはルクセリオの英雄として、中尉として、世界中に名が知られた存在だというのに、さらにこんな事まで世界中に暴露されてしまったのでは・・・。
 なんかもうシオンは、穴があったら入りたい気分になってしまっていた。

 『ステラちゃんは私の事を、ちゃんと受け入れてくれたんです。ですがシオンさんったら、正妻が側室を作る許可を作ってくれたというのに、未だに私の事を受け入れて下さらないんです。』
 『あの馬鹿は堅物だからな。奴の事だ。妻は1人しか持たないのが普通だとかヘタレな事を言っているのだろう?』
 『そうなんです!!シオンさんはとても素晴らしい方なんです!!いずれはエミリア様の後を継ぎ、この国の王となられるべきお方!!そんなシオンさんが妻を1人しか娶(めと)らないなんて、そんなの世間様に顔向け出来ません!!』
 『今は亡き皇帝ヴィクターには、7人の妻がいたと聞く。奴も英雄ならば、それ位の気概を持ってもいい物なのだがなあ。』

 ヒソヒソヒソヒソヒソ・・・。
 食堂の人々がヒソヒソ話をしながら、一斉にシオンに厳しい視線を向けていた。
 と言うか世界中で流れるバラエティ番組で、マテリアは何とんでもない事を暴露しているのか。
 なんかもうシオンは、心の奥底から不安になっていた。
 陛下やマチルダたちは、今頃僕の事をどう思っているのかなぁ・・・と。

 『それでアキトさんに相談しに来たんです。一体どうすればシオンさんの心をステラちゃんだけでなく、私にも向けさせられるのかと・・・!!』
 『成る程な。お前の言いたい事はよく分かった。ならば難しい事など何も無い。お前のやるべき事は実に単純明快だ。』
 『そ・・・それは・・・!?』

 アーキテクトが物凄い笑顔で、マテリアにとんでもないアドバイスを告げたのだった。

 『お前バンパイアだろ。だったら吸えばいいじゃないか。』
 『・・・っ!?』

 アーキテクトの言葉でマテリアは、なんか物凄く感動した表情を見せたのだった。

 『奴は英雄だと言っても所詮はヘタレだからな。とっとと既成事実を作って、奴を身も心も言い逃れ出来ない状況に追い込んでしまえ。』
 『・・・そうですよね・・・吸えばいいんですよね・・・私、そんな簡単な事に何で今まで気が付かなかったんだろう・・・。』
 『人は目の前の出来事に夢中になると、他の事に目が回らなくなってしまう。それで正常な判断力が失われてしまう物なのだ。お前がこんな事に気が付かなかったのは責められんよ。』

 そう、それはアーキテクトとて同じ事だ。マテリアにアドバイスを送りながら、アーキテクトはそれを改めて実感させられていた。
 ルクセリオ公国で初めてシオンと戦った時、追い詰めたシオンに止めを刺す事に夢中になってしまうあまり、シオンが巧みに仕掛けたレールガン(陽電磁砲)という罠を見落としていたのだ。スティレットからの警告が無ければ今頃どうなっていたか・・・。
 懐かしさのあまりアーキテクトは、ついしみじみと感慨に耽ってしまったのだった。

 『ありがとうございましたアキトさん!!私、城に帰ったら早速シオンさんを吸ってきます!!』
 『本日の格言!!私の物にならぬなら!!吸ってしまえ!!ホトトギス!!』

 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
 なんか食堂にいる人たちが物凄い勢いで、一斉にマテリアを応援し出したのだった。
 中には涙を流しながら、感動のあまり号泣する者までも。

 「い、一体僕の何を吸うつもりなんだ!?」
 『待っていて下さいねシオンさん・・・すぐに吸ってあげますから・・・じゅる・・・じゅるじゅる・・・ぐへへ、ぐへへへへへ・・・!!』
 「だから僕の何を吸うつもりなんだマテリアあああああああああああ!?」

 ヨダレを垂らしたマテリアを見て、慌てふためくシオンだったのだが・・・その時だ。
 突然番組が中断され、液晶画面にニュースキャスターの姿が映し出された。
 盛り上がってる所へ水を差されて文句を言い出す人たちがいたのだが・・・とても緊迫した表情でニュースキャスターが告げた緊急事態に、その場にいた全員が緊迫した表情になる。

 『番組の途中ですが、ここで緊急臨時ニュースをお送りします!!たった今グランザム帝国の新皇帝が、ルクセリオ公国からの降伏勧告を拒否し戦争を継続する意向である事を、正式に表明致しました!!』

 テレビの液晶画面には椅子にどっかりと腰を下ろし、とてもニヤニヤしながら緊急記者会見に応じるシュナイダーの姿が。
 突然の出来事に先程までヘタレていたシオンも、さすがに真剣な表情になったのだった。
 スティレットもとても心配そうな表情で、緊急記者会見の様子を見つめている。

 『皇帝陛下、ルクセリオ公国からの降伏勧告を拒否するという事は、再びルクセリオ公国に攻撃を仕掛けるという事でよろしいのでしょうか!?』
 『ええ、勿論ですとも。何しろ今のルクセリオ公国には、あのシオン君がいませんからねぇ。絶対的なエースを失った今のルクセリオ公国騎士団など、我々の敵ではありませんよ。』
 『しかし失礼ながら帝国軍も、同じく絶対的なエースだったリーズヴェルト少尉らフレームアームズ・ガール部隊を失いましたが・・・そんな状態で戦争に勝つ見込みがあるのですか!?』
 『では皆さんに紹介致しましょう!!我々の新たなる切り札・・・新生フレームアームズ・ガール部隊の隊長を務める事になりました、カリン・ラザフォード中尉です!!』

 シュナイダーの言葉と同時にゼルフィカールを身に纏ったカリンが、威風堂々と記者たちの前に姿を現したのだった。
 カメラのフラッシュが、一斉にカリンに浴びせられる。

 「・・・カリンちゃん・・・!!」
 「知り合いかい?ステラ。」
 「士官学校で私とトップの座を争っていた、私の同期です。でも彼女は一身上の都合とかで、士官学校を中退したはずですけど・・・それがいきなり中尉階級って、一体どうして・・・!?」
 「・・・そうか・・・ステラと同格の実力者か・・・。」

 それだけの実力者が士官学校を辞めたとは、一体何があったというのか。
 シオンやスティレットもそうだったのだが、士官学校に在学中は卒業後に軍に入る事を条件として、学費や生活費を国が全額負担してくれる事になっている。
 だからこそ、経済的な理由だとは到底考えられないのだが・・・両親に軍人になる事を反対されたのを、スティレットたちの亡命という緊急事態を理由に、臨時招集されたとでもいうのか。
 どうやらスティレットも、カリンが士官学校を辞めた『本当の理由』を知らないようだった。

 『彼女が身に纏っているのが、我々が開発した新型フレームアーム・・・その名もゼルフィカールです。量産機ではありますが基本性能は、スティレット君たちが使っていた試作機のゼクスを上回っています。』
 『量産機と言いましたが、具体的にどれだけの数を量産したのでしょうか!?』
 『はい、ざっと10機です。』
 『10機!?たった4機しか生産されなかったゼクスでさえも、ルクセリオ公国騎士団をあれだけ苦しめたと言うのに!?それを上回る性能の新型が10機も!?』

 物凄い勢いで、カメラのフラッシュが一斉にシュナイダーに浴びせらせる。 
 一斉にざわめく記者たちの姿に、シュナイダーはとても満足そうな笑みを浮かべたのだった。
 確かにそれだけの戦力があれば、シオンを失ったルクセリオ公国騎士団など敵ではない、降伏勧告など受ける必要は無い・・・シュナイダーがそう考えるのも仕方が無いのかもしれないが。

 『陛下、失礼ながら申し上げます。我々が独自に入手した情報によると、ルクセリオ公国騎士団もパワードスーツをさらに量産し、また新型パワードスーツの開発にも成功したとの事ですが、それでも戦争に勝てるという自信は揺るがないのでしょうか!?』
 『ええ、彼らが何をしてこようが、どんな新兵器を用意しようが、我々の勝利は揺るぎませんよ。』
 『戦争を継続する事に反発する国民も出る事が予想されますが、その対応はどうなさるおつもりなのでしょうか!?』
 『私は父上のように馬鹿正直に真正面から戦争する程、馬鹿ではありませんよ。戦争というのは無駄な犠牲を極力出さず、もっとスマートな勝ち方をしなければ。』

 そう告げたシュナイダーは立ち上がり、マイクを手に威風堂々と演説を開始したのだった。
 この戦争に必ず勝てると。この国はルクセリオ公国に降伏などしない、奴らにこの国を蹂躙させたりはしない、我々こそがこの世界の頂点に立つ者なのだと。

 「愚かな・・・また同じ過ちを繰り返すつもりなのですか・・・!!」

 終わったはずの戦争を、また再開させようとする・・・そんなシュナイダーの愚かな姿を、自室のテレビで記者会見を見ていたエミリアが、とても厳しい表情で見つめていたのだった。

2.再開された戦争


 そして翌日の朝・・・遂にグランザム帝国軍がルクセリオ公国城下町へと進軍を開始した。
 シュナイダーの指揮の下、グランザム帝国軍が左右から挟撃を仕掛けるように部隊を展開。それをルクセリオ公国騎士団が迎え撃つような形になる。
 両軍の弾幕が激しく飛び交う中、壮絶な戦闘を繰り広げる両者ではあるが・・・グランザム帝国軍の切り札であるカリンら新生フレームアームズ・ガールたちは、未だに戦場に姿を現さなかった。
 以前スティレットたちが攻めてきた時と、全く同じ状況・・・陽動作戦の後に切り札を万全の態勢で、要所で投入するつもりなのか。
 それも踏まえてなのかルクセリオ公国騎士団は、前回の時とは違い無闇な追撃をせずに陣形の維持に努めており、それ故に戦闘は両軍共に一進一退の膠着状態に陥っていた。

 だがシオンが不在とはいえ、グランザム帝国軍がスティレットたちを失った穴もまた大きく、やはりパワードスーツをさらに量産したルクセリオ公国騎士団の方が優勢のようだ。
 それだけではなく、開発が終了したばかりの新型・・・パワードスーツ・ツヴァイを身に纏った元シオン隊のメンバ・・・リック隊の活躍も大きかった。

 「はあああああああああああああああああああああっ!!」

 怪我が完治し、ようやく部隊に復帰したマチルダが、ビームサーベルで果敢に帝国兵たちを斬り捨てていく。
 そのマチルダを背後から狙い撃とうとする帝国軍のモビルアーマーのコクピットを、リックが放ったビームバズーカランチャーによる砲撃が貫いた。
 マチルダの背後で、派手な音を立てて爆発するモビルアーマー。

 「いけるぜ、この新型パワードスーツ!!」

 オスカルたちのビームマシンガンが、次々と帝国兵たちを一網打尽にしていく。
 試作機としてリック隊に支給されたパワードスーツ・ツヴァイの性能は圧倒的で、旧型とは比べ物にならない程、機動性と火力が向上されていた。
 恐らく基本性能だけならば、スティレットたちが使っていたフレームアームさえも完全に上回っているのではないだろうか。
 もっと早くこの新型の開発が終了していれば・・・リック隊の誰もがそう思っていたが、それを悔やんだ所で何もならない。今はこのパワードスーツ・ツヴァイの力でもって、襲い掛かるグランザム帝国軍から城下町を・・・そして人々を守らなければ。

 「ナナミ曹長!!例の新型はまだ出てこないのか!?」
 『現在それらしき熱源は未だ感知されていません。前回のオラトリオ大尉たちの時の様に、陽動の可能性もありますが・・・。』
 「そうだな、その備えもしっかりしておかないとな!!総員深追いはするなよ!!あくまでも防衛線の維持を最優先しろ!!」
 「「「「「「「了解!!」」」」」」」

 シオンの代わりに隊長となったリックが、部下たちに対して号令を出す。
 きっとシオン隊長なら俺なんかと違って、もっと大胆かつ繊細な作戦を立てるだろうが・・・そう考えてしまうリックだったが、それでも今のリックではこれが精一杯だ。
 スティレットたちが使っていた物よりも、さらに高性能の新型フレームアームが10機・・・記者会見でシュナイダーが暴露した情報がある以上、リックたちも下手に帝国兵たちを深追いをする訳にはいかなかった。
 いや、もしかしたらそれさえも、シュナイダーの戦略の内なのかもしれないが。
 その戦いの様子をカリンたちが、空中に浮かぶ輸送艦のリニアカタパルトから、モニター越しに眺めていた。

 「・・・ルクセリオ公国騎士団・・・随分と情けない戦い方をするのね。」

 ルクセリオ公国騎士団が押され気味のグランザム帝国軍を深追いせずに、防衛線の維持を最優先した事で、膠着状態に陥っている・・・そんな今の戦況を見たカリンが、厳しい表情でそう呟いたのだった。

 「それだけ私たちの事を警戒しているって事よ。カリンちゃん。」

 そんなカリンに穏やかな表情で話しかけてきたのは、カリンと同じくゼルフィカールを身に纏った少女、リアナ・トラヴィス少尉だ。
 士官学校ではカリンと同期で、中退してしまったカリンの事をずっと気にかけていたのだが・・・カリンが軍に復帰し、自分たちの隊長になった事を心から嬉しく思っているようだ。
 リアナも含めてカリン隊の少女たちは、全員が士官学校で優秀な成績を収めたとはいえ、実戦経験がそれ程多いとは言えない。
 だからこそ士官学校でスティレットとトップの座を争っていたカリンの存在は、リアナたちにとって心強くはあるのだが。

 「そうね。彼らがシオン・アルザードを失った事も影響してるのかもね。」
 「でもどうして皇帝陛下は、私たちに出撃命令を下されないのかしら?」
 「陽動のつもりなのかしらね。でも私ならそんなチマチマとせこい真似なんかしないわ。」

 そもそもルクセリオ公国騎士団がカリンたちを警戒し、深追いせずに防衛線の維持に努めている現状では、陽動しようにも全然陽動になっていないのだが。
 戦況は依然として膠着状態ながら、ルクセリオ公国騎士団が優勢・・・見かねたカリンが舌打ちし、シュナイダーに通信を送った。

 「もう見ていられないわ。私たちも出るわよ。」
 『おや?君たちには待機を命じていたはずですがねぇ。』
 「彼らのペースに乗せられ過ぎよ。私たちが今の戦況を変えてみせるわ。」
 『やれやれ、血気盛んなお嬢さんですねぇ。まぁいいでしょう。そんなに暴れたければ好きに暴れてきていいですよ。』

 命令があるまで待機してろって言ったのに・・・シュナイダーはやる気マンマンのカリンの姿に苦笑いしたのだった。

 『もっとも、君たちが今更出撃した所で、君たちが活躍する機会があるとは到底思えないのですがねぇ。』
 「はあ!?戦況は依然として私たちが押されているのよ!?何か策があるとでも言うの!?」
 『それはまぁ、見てのお楽しみという奴です。』
 「・・・まあいいわ。暴れてもいいって言うなら好きに暴れさせて貰うわよ。」

 依然として余裕の態度を崩さないシュナイダーの事は気になるが、それでもようやく出撃許可が下りたのだ。
 この戦況を一気に覆してやる・・・カリンはその決意を固めていた。

 『リニアカタパルト接続、ゼルフィカール全機全システムオールグリーン。発進シークエンスをカリン隊長に譲渡します・・・進路クリア。カリン隊発進どうぞ!!』
 「これより城下町へと奇襲をかける!!カリン隊、出るわよ!!」
 「「「「「「「「「イエス、マム!!」」」」」」」」」

 オペレーターからの号令と共に、カリンら新生フレームアームズ・ガール部隊が遂に戦場へと飛翔した。
 そして苦戦を強いられているグランザム帝国軍の救世主となるかの如く、その圧倒的な戦闘能力を存分に見せつけたのだった。

 「いくわよ!!ルクセリオ公国騎士団!!」

 カリンのビームサーベルによる斬撃が、まるでハサミで紙を切るかの如く、一瞬で戦車を真っ二つにしてしまった。
 派手な音を立てて、カリンたちの背後で爆発する戦車。それを気にする事無くカリンたちは突撃を仕掛ける。
 慌てて迎撃するルクセリオ公国騎士団だったが、パワードスーツを身に纏った兵士たちのビームマシンガンによる弾幕でさえも、カリンたちは易々とビームシールドで防いでみせた。

 それとは対照的にカリンのビームサーベルが、兵士たちのパワードスーツの装甲さえも、易々と突き破ってしまう。
 そんな先陣を切って暴れるカリンをリアナたちがビームマシンガンで援護し、兵士たちを次々と絶命させていく。
 ゼルフィカールとパワードスーツでは、あまりにも火力が違い過ぎる・・・それだけでなくカリン自身が、帝国軍最強の剣士とまで呼ばれたスティレットに匹敵する実力者なのだ。それを目の前で見せつけられたアルフレッドが、とても悔しそうに歯軋りしたのだった。

 「何て手応えの無い・・・シオン・アルザードがいなければ、この程度なの・・・!?」
 「小娘共がぁ、よくも私の部下たちをぉっ!!」

 カリンの斬撃を辛うじてビームサーベルで受け止めるアルフレッドだったが、それでもあっけなく吹っ飛ばされてしまった。

 「おのれ、まだまだぁっ!!」

 体勢を崩されながらもビームマシンガンをカリンに向けて乱射するアルフレッドだったが、カリンを庇うかのように立ちはだかったリアナが、ビームシールドで易々と受け止める。

 「リアナったら、余計な真似をしなくていいわよ。」
 「カリンちゃん1人だけに負担を掛ける訳にはいかないのよ。」
 「まぁ一応礼だけは言っておくわ。」
 「もう、素直じゃないんだから。」

 何とか立ち上がったアルフレッドだったが、それでもゼルフィカールの圧倒的な性能に、完全に気圧されてしまっていた。
 スティレットのフレームアームの機動性、アーキテクトのフレームアームの防御力、そして轟雷と迅雷のフレームアームの高火力。
 ゼルフィカールは量産機でありながら、これら全ての面を兼ね備えたバランス型のハイスペックな機体であり、基本性能はスティレットたちが使っていた旧型機を完全に凌駕しているのだ。
 それ程の高性能機を身に纏った少女たちが、10人も・・・兵士たちの多くが絶望の表情を隠せずにいた。

 「総員このまま一気に城下町へと突入して指令室を占拠。こんな下らない戦争、私たちでさっさと終わらせるわよ!!」
 「「「「「「「「「イエス、マム!!」」」」」」」」」

 そんなアルフレッドたちを無視し、カリンたちはさっさと城下町へと突撃していく。
 いくらゼルフィカールが高性能機だと言っても、そのエネルギーは無限ではないのだ。予備のバッテリーパックは常備しているものの、無駄な戦闘で無駄にエネルギーを消耗させる訳にはいかないのだ。

 「くそっ、我々など眼中に無いとでも言いたいのか・・・っ!!」
 『アルフレッド大尉、我々が奴らを止めて見せます!!』
 「な・・・オーケン少尉か!?」 

 だがそんなカリンたちの行動を予測していたかのように、リックたちがカリンたちの前に立ちはだかった。
 リックたちが放つ弾幕の前に、さすがのカリンたちも引き気味にならざるを得ないようだ。城下町への突撃を中断し、ビームシールドで弾幕を受け止める。

 『済まないオーケン少尉!!奴らに対抗出来そうなのは新型を身に纏ったお前たちだけだ!!何とかして奴らを止めてくれ!!』 
 「了解!!行くぞお前たち!!あの小娘共に我々の力を見せつけてやれ!!」
 「「「「「「「了解!!」」」」」」」

 リックの号令と共に、マチルダたちがカリンたちと激しい死闘を繰り広げる。
 パワードスーツ・ツヴァイとゼルフィカール。両陣営の新型機が戦場で激しく乱れ舞う。

 「新型だか何だか知らねえけどなぁ、俺らだって新型なんだよぉっ!!」
 「さすがにこの人たちは手強い・・・それにこの新型の性能も侮れないか・・・!!」

 オスカルの斬撃を、辛うじてビームサーベルで受け止めるリアナ。
 パワードスーツ・ツヴァイの性能は、ゼルフィカールにも充分に対抗出来ている・・・それを確信したリックたちが一気に押せ押せムードになった。 
 そのまま鍔迫り合いの状態でオスカルと睨み合うリアナを援護しようと、カリンがビームサーベルでオスカルに斬りかかろうとするが、邪魔はさせまいとマチルダが立ちはだかる。

 「これ以上貴方たちの好きにはさせないわよ!!ラザフォード中尉!!」
 「この・・・病み上がり風情が生意気なのよぉっ!!」 

 マチルダとカリンがビームサーベルをぶつけ合うが・・・その時だ。
 突然上空に向けて放たれた、一筋の信号弾。それを見たマチルダたちが驚愕の表情になる。
 まさか、この状況で有り得ない・・・信じられないと言った表情で、マチルダは目の前のカリンを放り出して、信号弾が放たれた上空を見つめていた。
 放たれた信号弾が意味する物・・・それは・・・。

 「・・・そんな・・・戦闘中止命令・・・それに降伏・・・!?一体どういう事なの!?」

 マチルダだけでなく生き残ったルクセリオ公国騎士団の全員が、何が起こったのか全然意味が分からないと言った表情をしていた。
 無理も無いだろう。マチルダたちがカリンたちを抑えている事で、戦況は再びルクセリオ公国騎士団が優勢になりつつあるというのに、この状況でグランザム帝国軍に降伏とは。
 だが次の瞬間マチルダたちの端末に、信じられない映像が送られたのだった。

 『・・・ふっ、お前たち。これは一体何の真似だ?』

 それは大臣たちの命令でジークハルトにビームマシンガンの銃口を向けている、いつの間にか侵入していたグランザム帝国軍の兵士たちの姿だった。
 銃口を向けられても尚、ジークハルトは腕組みをしながら威風堂々とした態度を崩さない。国王としての、人の上に立つ者としての意地という奴なのか。
 指令室にいるナナミも含めた他のオペレーターたちもまた、グランザム帝国軍の兵士たちにビームマシンガンの銃口を突き付けられている。
 一体全体、何がどうしてこうなったというのか。

 『総員に警告する!!この愚かな男を殺されたくなければ大人しく戦闘を中止し、シュナイダー殿に従うのだ!!』
 『よくやってくれましたね大臣の皆さん。この作戦が上手くいったのは、全て大臣の皆さんの協力があればこそです。』
 『シュナイダー殿、これで我々の身の安全と地位は保障してくれるのですよね!?』
 『ええ、勿論ですとも。約束の報酬もきちんと払いますので、ご安心を。』

 まさか、大臣たちが裏切ったのか・・・それも自分たちの我が身可愛さと報酬目当てに。
 その無様な醜態を見せつけられたオスカルが、目の前のリアナをほったらかしにして怒りを露わにしたのだった。

 「こ・・・この、金と権力に目が眩んだ裏切り者共がぁっ!!」
 『動くなよナーブソン少尉。ジークハルトやキサラギ曹長が殺されてもいいのか?ん?』
 「てめえら自分たちが何やってんのか、本当に分かってるのかよ!?」

 ジークハルトやナナミが銃を向けられている光景をまざまざと見せつけられたのでは、さすがのオスカルも目の前のリアナに手出しする事が出来なかった。
 いや、むしろカリンたちさえも、目の前の出来事に驚きと戸惑いを隠せないでいるようだ。

 「ちょっとシュナイダー!!これは一体どういう事なの!?」
 『見て分かりませんか?大臣の皆さんに伏兵の手引きをして頂いたのですよ。それで隙を見てジークハルトさんを拘束させたという訳です。』
 「・・・私たちの出番は無いって、そういう事だったの・・・!?随分と趣味が悪い男なのね。」
 『戦争というのは、もっとスマートに勝たなければならないと・・・私はそう言いましたよね?まあ何にしても、これでルクセリオ公国の制圧は無事に完了です。皆さんお疲れ様でした。』

 ニヤニヤするシュナイダーだったが、そこへマチルダが怒りの形相で、カリンが手にした端末を強引に奪い取った。

 「貴方、一体いつの間に大臣たちを買収したのよ!?」
 『おやマチルダ君。私に対してそんなに反抗的な態度を取っちゃって、本当にいいんですか?』
 「何ですって!?」
 『人質は何もジークハルトさんだけではないのですよ。特に君は優秀ですから、これからも私の為に是非とも働いて貰いたいですからねぇ。』
 「貴方、一体何を訳の分からない事を・・・っ・・・!?」

 シュナイダーの言葉と同時に、カリンの端末に映った映像・・・それはいつの間にか拘束されていたミハルが泣きそうな表情で、牢屋に閉じ込められている光景だった。
 それを見せつけられたマチルダが、途端に絶望の表情になる。

 「・・・ミ・・・ミハル・・・!?そんな・・・何で・・・!?」
 『まあそういう訳です。私に逆らえば彼女がどうなるか・・・賢明な君ならば分かりますよね?』
 「嫌ああああああああああああああ!!ミハルーーーーーーーーーーーーっ!!」
 『さて、そんな絶望しちゃってる君に早速命令です。すぐに城下町に戻って補給を済ませ、出撃の準備を整えて下さい。これから君たちにはコーネリア共和国を襲撃して貰います。彼らが独占している魔法化学技術を我々の物にする為にね。』

 何て悪趣味な・・・シュナイダーに侮蔑の目を向けるカリンだったが、それでもマチルダに同情はしなかった。
 父親が勝手に押し付けた借金をシュナイダーに払って貰う為だというのもあるが、何よりも今の世の中はこんな不条理な事ばかりなのだと、カリンは完全に割り切ってしまっているのだから。
 カリンに言わせれば無様に人質にされて、マチルダに迷惑をかけたミハルが悪いのだ。
 ミハルがもっと強ければ、人質になどされなければ、こんな事にはならなかったのだ。
 そう、世の中結局こんな物だ。弱者は強者に蹂躙される世の中なのだ。
 高笑いするシュナイダーを、カリンは汚物を見るかのような瞳で見つめていたのだった。

3.襲撃


 ルクセリオ公国敗戦、そしてジークハルトとミハルが捕らえられたというニュースは、瞬く間に世界中を駆け巡り、大騒ぎになってしまっていた。
 あっという間にルクセリオ公国の城下町はグランザム帝国の支配下に置かれ、派遣された帝国兵たちが情け容赦なく城下町を蹂躙する。
 ジークハルトとミハルを人質にされている以上は、ルクセリオ公国騎士団の兵士たちも、帝国兵たちに下手に手を出す事が出来ずにいた。
 目の前に敵兵がいるのに、守るべき国民たちが怯え、傷つけられているというのに、何も出来ない・・・騎士団の兵士の誰もがその憤りを胸に秘め、悔しそうな表情をしていたのだった。

 そして一夜明けた翌日・・・息つく暇も無いままリック隊のメンバーは、シュナイダーの命令でコーネリア共和国への襲撃を余儀なくされる事になってしまう。
 コーネリア共和国が独自に運用している魔法化学技術・・・それを帝国の物にする為に。
 ジークハルトだけでなくミハルまで人質にされてしまったのでは、リックたちもシュナイダーの命令に従わざるを得なくなってしまっていた。
 仮に片方の人質を無事に救助出来たとしても、別の場所に捕らえられたもう1人の人質を即座に殺されてしまう・・・いや、拷問によって生き地獄を味あわされる事になるかもしれない。これではリックたちはシュナイダーに逆らう訳にはいかなかった。
 まさに二段構えの戦略・・・シュナイダーはそこまで考えてミハルを人質を取ったのだ。

 リックたちを乗せた輸送艦ビスマルク、そして監視役のグランザム帝国軍の輸送艦3隻が、コーネリア共和国の領地内へと侵入する。
 その様子は世界中の戦場カメラマンによって、今や全世界で生中継される騒ぎになっていた。

 「ジャクソン。例の新型はどうなっていますか?」

 エミリアの呼びかけで指令室のモニターに映されたのは、ジャクソンと呼ばれたアリューシャの祖父の姿だった。
 作業着を着たジャクソンの背後で、魔法化学研究所の職員たちが慌ただしく作業を進めている。

 『イクシオンはエンゲージ・システムの調整を始めたばかりで、とてもじゃねえが出せる状態じゃねえ!!量産機のスティレット・ダガーも最終調整にあと15分は必要だ!!』
 「では完成したばかりのヴァルファーレは?先程の運用テストの結果はどうなったのですか?」
 『結果は散々だ!!まともに使いこなせる奴が誰もいやしねえ!!あまりにもピーキー過ぎて普通に飛ぶ事すら困難だって、兵隊共に散々文句を言われたよ!!』
 「そうですか・・・!!」
 『兵隊共の誰もが口を揃えて言いやがる!!あれを使いこなせる奴は変態だってよ!!』

 ジャクソンの言葉でエミリアは厳しい表情を見せる。
 どれだけ強力な兵器を有していようとも、使えなければ宝の持ち腐れだ。そうこうしている間にもリック隊と監視役のグランザム帝国軍が、情け容赦なく城下町から目視出来る距離にまで迫ってしまっていた。

 「エミリア様!!戦況は!?」

 そこへシオンがスティレットと共に、慌てて指令室にやって来た。
 指令室ではオペレーターの女性士官たちの、リック隊や帝国兵たちに領地侵犯だと訴えたり、兵士たちに指示を出したりと、慌ただしく騒ぐ声が響き渡っている。

 「見ての通り、貴方のかつての部下たちが目の前にまで迫っています。恐らくは監視役であろう帝国軍も一緒にね。」
 「そうですか・・・マチルダたちが、もうすぐそこまで・・・!!」
 「それにしても、人質を取ってまで敵兵に戦闘を強要するとは・・・何て愚かな事を・・・!!」

 エミリアたちがいる指令室のモニターには、魔法化学研究所に駆けつけたアリューシャたちが、新型フレームアームが完成するのを今か今かと待ち続けている光景が映し出されていた。
 もう運用テストとか言っていられる場合ではない。何しろ敵が目の前に迫っているのだ。アリューシャは明らかに焦っていたのだが。

 『お爺ちゃん、私たちのスティレット・ダガー、まだ~!?』
 『馬鹿野郎!!だから最終調整を今やってる最中だって言ってんだろうがぁ!!』
 『そんなぁ~!!』

 モニター越しにアリューシャがジャクソンに文句を言っている光景を見たシオンが、とても厳しい表情を見せる。
 マチルダたちが身に纏っているパワードスーツ・ツヴァイの性能は、シオンも前回の戦闘をテレビ観戦していて充分に思い知っていた。それに監視役として同伴しているであろうグランザム帝国軍も、恐らくはパワードスーツを鹵獲して使用しているはずだ。
 それだけの戦力を相手にするには、いかに優れた戦力を誇るコーネリア共和国軍と言えども、やはりアリューシャらフレームアームズ・ガールたちの存在が必要不可欠だ。だが肝心のフレームアームが使えないとなれば、状況は厳しいと言わざるを得ない。

 『ううう~、だったら私がステラちゃんのゼクスで出る!!』
 『あれはもっと駄目だ!!今マテリア用に強化改修してる真っ最中だ!!』
 『じゃあこのまま黙って見てろって言うの!?』
 『そうだ黙って見てろ!!それが今お前らがやるべき事だ!!』

 そんなアリューシャとジャクソンのやり取りが、城のリニアカタパルトで待機しているアーキテクト、轟雷、迅雷の所にも聞こえていた。
 何かあった時にすぐに出撃出来るように、フレームアームを装備して待機しているのだが・・・果たして精鋭を誇るマチルダたち、しかも新型のパワードスーツ・ツヴァイを相手に、この旧型機でどこまで太刀打ち出来るのか。

 『悪いな。聞いての通り、嬢ちゃんたちの分のスティレット・ダガーもまだなんだ。済まねえがその旧型機のゼクスで我慢してくれねぇか?』
 「何、俗物共が相手ならこれで充分ですよ。ジャクソン殿。」

 アーキテクトは余裕の態度でそう返すが、それでも内心では不安を感じていた。
 新型機の最終調整が終わるまで、アリューシャたちが出撃出来るようになるまで、何とかエミリアが時間を稼いでくれる事をアーキテクトは祈っていたのだが。

 『・・・こちらルクセリオ公国騎士団、マチルダ・アレン伍長です。無礼を承知ながらエミリア王妃殿下に是非お願いしたい事があり、通信を送らせて頂きました。』

 そこへ突然ビスマルクから、パワードスーツ・ツヴァイを身に着けたマチルダからの通信が届いた。
 指令室のモニターにでかでかと映し出されたマチルダの姿・・・だが毅然と振る舞いながらもミハルを人質に取られた事で、どこか憔悴し切っているようにも見える。

 「マチルダ・・・!!」
 『お久しぶりです、シオン隊長。こんな形で再会する事になってしまい、本当に残念です。』
 「・・・ああ、僕もだ。」
 『シオン隊長も御存知でしょうが私たちルクセリオ公国騎士団は、大臣たちの裏切りにより陛下とミハルを人質に取られ、グランザム帝国軍に無様な敗北を喫しました。そして皇帝シュナイダーの命令で私たちは、こうしてこの国に襲撃を仕掛けざるを得なくなってしまいました。この国の魔法化学技術を帝国の物にする為に。』

 それはつまり下手をすれば、かつての上官であるシオンとも戦う事になる可能性がある事も意味するのだ。
 上官として尊敬し、同時に密かな想いも胸に抱くシオンとの殺し合い・・・それがマチルダには何よりも耐えられなかった。
 だがそうしなければ、人質に取られたジークハルトとミハルが、一体どうなるのか・・・。
 意を決したマチルダは、突然エミリアに向かって土下座したのだった。

 『エミリア王妃殿下、誠に恐れながら殿下にお願いがあります!!どうか貴国が独自運用している魔法化学技術を、帝国に提供して頂けませんか!?』
 「貴方、一体何を馬鹿な事を・・・!!」
 『皇帝シュナイダーが欲しがっているのは、あくまでも魔法化学技術です・・・それさえ手に入れば皇帝シュナイダーも、この国を攻めようなどと考えないでしょう!!ですから・・・!!』

 シュナイダーがマチルダたちに下した命令は、魔法化学技術を手に入れて来いという事だけだ。
 だからこそ、逆に言えば魔法化学技術さえ手に入れてしまえば、シオンたちと無駄な殺し合いをする必要は無くなるのではないか・・・そうマチルダは考えているのだ。
 無茶苦茶な事を言っているのは分かっている。自分の土下座という行為が、誇り高きルクセリオ公国騎士団の一員として相応しくないという事も。だがそれでもマチルダはなりふり構っていられなかった。

 『あっはっはっはっは!!マチルダ君、突然いきなり何をやらかすのかと思えば・・・君は実に滑稽ですねぇ!!』

 だがそんなマチルダの決意をあざ笑うかのように、シュナイダーが通信に割り込んできた。
 椅子にどっかりを腰を下ろして、ニヤニヤしながらふんぞり返るシュナイダーの傍には、彼のボディーガードを務める軍服姿のカリンの姿が。

 『シュナイダー・・・!!』
 『コーネリア共和国の魔法化学技術なんて、別にその気になればいつでも強奪出来るんですよ。私はねぇ、ただ単に君たちとシオン君が殺し合う光景を見たいだけなんですよ。』
 『な・・・何ですってぇ!?』

 立ち上がったマチルダが、シュナイダーのあまりの非道さに怒りを露わにしたのだった。
 これが、こんな事が、仮にも国の頂点に立つ者がやる事なのか。
 だがジークハルトとミハルを人質に取られている以上、マチルダも下手に逆らう事が出来なかった。それがマチルダの心を絶望へと突き落としてしまう。

 『かつての上官を相手に、人質にされた妹の為に命を懸けて立ち向かう・・・実に美しい光景じゃないですか!!』
 『くっ・・・シュナイダー・・・貴方だけは絶対に許さない・・・!!』
 『ほらほら、シオン君も早くパワードスーツで出撃しちゃって下さいよ。早くしないとマチルダ君たちが城下町を焼き払っちゃいますよ?最も君のパワードスーツの性能では、マチルダ君たちの新型には到底太刀打ち出来ないでしょうけどねぇ。』

 確かにシュナイダーの言う通りだ。幾らシオンでもパワードスーツ・ツヴァイを身に纏ったマチルダたちを全員まとめて相手にするとなると、旧型機のパワードスーツでは荷が重すぎる。
 アリューシャたちが出れるようになるまで、あと10分程度・・・それまで何とか時間を稼げればと思ったのだが、シュナイダーはそこまで待ってはくれないようだ。

 「・・・シュナイダー。2つ質問してもいいかな?」

 それでもシオンは冷静な態度を崩さず、不安そうな表情のスティレットの左手を右手で優しく握りながら、モニター越しにシュナイダーをじっ・・・と見据えた。

 『おや、時間稼ぎのつもりですか?まあ別にいいんですけどね。質問を許可しましょう。』
 「まず1つ目。君は陛下とミハルを人質に取ってマチルダたちに戦闘を強要しているけど、これは明らかな国際条約違反だという自覚はあるのかな?今の君は世界中から非難を浴びせられてもおかしくは無い状況だと思うんだけど。」
 『ああ、別にそんなの私には関係ありませんよ。だっていずれは世界中の国々を全て支配するつもりですからねぇ。』
 「・・・そうか。君はそこまでの野心を抱いているというのか。」

 世界中の国々を全て支配するつもりならば、確かに国際条約など知った事ではないのかもしれないが、まさかここまで大っぴらに世界征服を宣言してしまうとは・・・余程肝が据わっているのか、それが実現出来るという確固たる自信でもあるのか。

 『それで?2つ目の質問とは?』
 「陛下は今、どうしている?」
 『おや、やはり気になりますか?まあ君にとっては父親も同然ですからねぇ・・・ジークハルトさんなら無事ですよ。今の所は・・・ね。』
 「そうか無事なのか。なら問題ないな。」

 そう告げたシオンの余裕ぶっこいた態度に、シュナイダーは明らかに機嫌を悪くしたのだが。

 『・・・何ですか君のその態度は?確かにジークハルトさんは今は無事ですが・・・今殺したって私としては別に構わないんですよ?』
 「シュナイダー。君は陛下を甘く見過ぎだよ。君は陛下を人質にするなんてセコい事をせずに、さっさとその場で殺してしまえば良かったんだ。とは言えあの人を殺すなんて、そんな事は常人には到底無理だろうけどな。」
 『何を訳の分からない事を・・・人質はもう1人いるという事を忘れて貰っては困りますよ?』

 シュナイダーの言葉と同時に、下着姿にされてベッドの上で鎖に繋がれたミハルが泣きそうな表情で、全裸になった大臣に犯されようとしている光景がモニターに映し出された。
 その光景を見せつけられたマチルダの表情から、途端に血の気が失せてしまう。

 『ちょっと、話が違うわよ!!私が貴方の指示に従えばミハルの身の安全は保障するって、そう私に約束したじゃない!!』
 『あー、大臣さん?まだミハル君を犯しては駄目ですよ?マチルダ君の言う通り、人質は無事だからこそ価値があるのですから。』

 非道だ下劣だと思ってはいたが、まさかここまで性根が腐った男だとは。シオンは完全に呆れ果ててしまっていた。
 こんな男が、国の頂点に立つ皇帝だとは・・・これではグランザム帝国の未来は決して明るいとは言えないだろう。
 だがミハルが目の前でここまでされているにも関わらず、シオンは尚も余裕ぶっこいた態度で、深く溜め息をついたのだった。

 『シュナイダー殿、私もう我慢出来ませ~ん!!早くこの娘を犯す許可を下さいよ~。』
 『・・・あああ・・・陛下・・・!!』
 『あぁ?な~にが陛下だ。あんな男、いなくなればただの小便よ。ぎゃはははははは・・・』

 そんな大臣の肩を後ろからポン、と叩く人影が。
 誰だこんな時に・・・とてもウザそうに振り向いた大臣だったのだが、次の瞬間怯えた表情で、思わず小便を漏らしてしまったのだった。

 『・・・は・・・ははは・・・ははははは・・・しょ・・・小便・・・(泣)。』
 『ぬうん!!』
 『ぶぶぶぶぶぼべるおああああああっ!?』

 顔面を全力で殴られて、吹っ飛ばされて壁に叩き付けられた大臣。
 そして怯えた表情のミハルに優しく毛布を被せたのは・・・ルクセリオ公国騎士団の兵士たちに付き添われた、捕らえられたはずのジークハルトだった。

最終更新:2017年01月08日 08:36