小説フレームアームズ・ガール

第8話「止まらない戦争」


1.ジークハルトの決意


 新型フレームアーム・ヴァルファーレを纏ったシオンの活躍ぶりは、瞬く間に世界中で特番が組まれる程の大騒ぎになってしまった。
 無理も無いだろう。あれだけの数のグランザム帝国軍を、たった1人であっという間に壊滅させてしまったのだから。
 同時にこのシオンの活躍ぶりとヴァルファーレの圧倒的な性能は、以前からコーネリア共和国に圧力を掛け続けている各国の首脳たちを、無言で牽制する意味合いをも含まれていた。
 下手にコーネリア共和国に武力介入を仕掛けた所で、グランザム帝国軍のように返り討ちに遭ってしまうのが関の山なのだと。兵たちを無駄死にさせるだけなのだと。

 だがそれでもヴァルファーレの圧倒的な性能故に、何とかしてコーネリア共和国が独占している魔法化学技術を手に入れようと、今まで以上に躍起になってしまった国々も存在するようだ。
 中には人道的な措置だったとはいえ前回の戦闘において、中立国でありながらルクセリオ公国騎士団を援護した事を口実にして圧力を掛ける国もあったのだが、それをエミリアは言っている事が意味不明だと、失笑しながら突っぱねてしまったのだった。

 人というのは欲深い生き物だ。一度強大な力を手にしてしまえば、それを私利私欲の為に使わずにはいられない物なのだ。
 もしコーネリア共和国の優れた魔法化学技術を他国が手にするような事態になれば、一体どうなるか・・・その強大な力を用いて他国への侵略を企てる国が現れてもおかしくないだろう。そうなれば今の戦乱の世の中が一層加速する事になるのは想像に難しくない。
 未だに魔法化学技術を手に入れる事を諦め切れない・・・いや、むしろその執着がより一層激しく深まってしまったシュナイダーのように。

 そんな騒動の中でジークハルトは、マチルダと共に彼女の実家を訪れ、今回のミハルの件に関してガイウスたちに謝罪をしに来たのだが・・・。

 「ちょ、ちょっと待ってくれ国王さんよ!!それは国の頂点に立つ者として絶対にやってはいけない事だ!!」

 応接室でいきなり自分たちに土下座をするジークハルトの姿に、さすがのガイウスたちも慌てふためいてしまったのだった。
 無理も無いだろう。仮にも一国の国王が平民に対して土下座をするなど前代未聞の事態だ。こんな事が世間に知られてしまえば、ジークハルトは周囲から一体どう思われるのか。下手をすれば他国との政治問題に絡んでしまうどころか、重篤な国際問題にもなりかねないのだ。
 それでもジークハルトはガイウスたちに頭を下げ続けた。自分の失態のせいでミハルを酷い目に遭わせてしまった事を、心の底から懺悔しながら。
 応接室の机の上には、ジークハルトがガイウスたちに差し出した高級菓子折りが置かれている。

 「・・・私が国王として至らなかったばかりに部下たちの謀反を招いてしまい、結果的にその娘を危うく犯される寸前にまで追い込んでしまった。それは言い逃れの出来ない事実だ。」
 「それはアンタのせいじゃねえよ!!あの金と権力に目が眩んでアンタを裏切った大臣たちが全部悪いんだ!!アンタは国王として本当に良くやってくれているよ!!」

 ガイウスは本当に心の底からそう思う。ジークハルト以上に国王として相応しい男はいないと。
 その優れた政治力や手腕、人格やカリスマ性だけではない。元々平民出身という事もあってか、自分たち平民に対して本当に良くしてくれている。
 それが大臣ら上級職たちには快く思われなかったのかもしれないが、それでも権力を振りかざして自分たち平民を不当に苦しめた先代の国王とは大違いなのだ。
 まして、あのシュナイダーのような下劣で非道な男などとは、比べるにも値しない程までに。
 そのジークハルトが自分たち平民に対して土下座をするなど、そんな事は到底ガイウスには耐えられないのだ。

 「国王さん、もういいですから。ミハルが無事で済んだのは貴方の活躍があっての事なんですから。それに貴方のお陰でマチルダをシオンさんと戦わせずに済んだんですよ?」

 緑茶をジークハルトに差し出しながら、イメルダがとても穏やかな笑顔でそう告げた。
 確かにミハルを危険な目に遭わせたのはジークハルトの失態なのかもしれない。だがそもそもミハルを犯そうとしたのは裏切った大臣たちであって、ジークハルトはそのミハルを身体を張って助けてくれたのだ。
 そのジークハルトを非難するなど、イメルダには到底出来るはずが無かった。

 「・・・シオンか・・・もしかしたら私も、知らぬ間に奴に影響され過ぎてしまったのかもしれんな。」

 イメルダに促されて、ようやくジークハルトは苦笑いしながら頭を上げる。
 思えばジークハルトは、当初はグランザム帝国は徹底的に潰さなければならないと、そう心に決めていたはずだった。
 どちらかが滅ぶまでこの戦争は決して終わらないのだと。妻と娘の命を・・・そして多くの国民や兵たちの命を理不尽に奪った帝国を許す訳にはいかないのだと。
 それがどうだ。いつの間にかジークハルトは、先代の皇帝であるヴィクターが内乱の果てに殺された際に、帝国を滅ぼす絶好の機会だったにも関わらず、城下町に攻め入るどころか降伏勧告を送って、平和的な解決を図ってしまっていたのだ。
 最もその降伏勧告は、新たな皇帝となったシュナイダーに突っぱねられてしまったのだが。

 「奴は軍人でありながら、本当に心優しくてヘタレな男だった・・・奴に接する内に、私もいつの間にか甘くなってしまっていたのかもしれん。」

 昔のジークハルトだったらヴィクターが死んだ時点で、間違いなく混乱する城下町に総攻撃を命じていただろう。
 そしてスティレットたちフレームアームズ・ガール部隊を失い、指揮系統も乱れて大混乱状態に陥っているグランザム帝国軍など、簡単に潰す事が出来ていたはずだ。
 それを敢えてせずに降伏勧告を送るという平和的な選択をしたのは、確かにシオンの甘さと優しさに影響され過ぎてしまっていたからなのかもしれない。

 だがそれでもシュナイダーは戦争継続の意思を表明し、あろう事かミハルを人質に取り、この可憐な少女を犯そうとまでした。
 自国の民がここまでされた以上は、ルクセリオ公国の国王として絶対に許す訳にはいかないのだ。最早ジークハルトは暴走するシュナイダーをこのままにしておくつもりは微塵も無かった。
 降伏勧告を拒否した以上、今度こそ徹底的にグランザム帝国を潰さなければならないのだ。
 ミハルのような犠牲者を、もう二度と出させない為に。

 「近い内にグランザム帝国軍が、コーネリア共和国に攻め込むつもりらしい。」
 「おいおい、あれだけシオンに叩きのめされたってのに、あのシュナイダーって奴はまだ諦めねぇつもりなのかよ!?」
 「そうだ。シオンが身に着けていたヴァルファーレとかいう新型フレームアームの性能が、あまりにも圧倒的過ぎたからかもしれんな。」

 また戦争を繰り返すつもりなのか・・・シュナイダーの愚かさに心底呆れかえるガイウスだったのだが、それでもジークハルトはこの機を逃すつもりは微塵も無かった。

 「恐らくは新型フレームアームズ・ガール部隊を総動員してまで、奴らはコーネリア共和国に攻め込むつもりだろう。その隙に乗じて我々は帝国の城下町に総攻撃を仕掛ける。」
 「そんな、総攻撃って・・・陛下、何とか話し合いで解決とか出来ないんですか!?」
 「今回の件でよく分かった。最早話し合いが通じるような生易しい相手では無いという事がな。」
 「そんな・・・!!」

 自分が帝国によって危ない目に遭わされたばかりだというのに、それでもミハルは悲しい気持ちで一杯になってしまっていた。
 自国の民を守る為に、自国に対して侵略の意思を示する敵対国を潰さなければならないと考えるのは、確かに国王としてはジークハルトの判断は正しいのかもしれない。
 それでもミハルは思うのだ。どうにかして平和的な解決の道を探れないのかと。
 だがシュナイダーの愚かさが、ミハルが望むような平和的な解決を許してはくれなかった。

 「・・・アレン伍長。引き上げるぞ。」
 「え!?あ、はい。」

 緑茶を飲み干したジークハルトが、決意に満ちた表情で立ち上がる。

 「今回の件でお前たちには本当に迷惑を掛けてしまった。こんな事をもう二度と繰り返さない為にも、今度こそ我々の手で帝国を徹底的に叩きのめすつもりだ。」 
 「ねえ陛下、本当に帝国を滅ぼすつもりなの!?」
 「そうだ。お前のような悲しい犠牲者を、もう二度と出させない為にな。」
 「そんな、陛下・・・!!」
 「・・・戦わなければ、守れない物もあるのだ。」

 悲しみの表情で自分とマチルダを見送るミハルを背に、ジークハルトは静かに、しかし力強くそう呟いたのだった。

2.止まらない戦争


 そして3日後・・・グランザム帝国軍が、再びコーネリア共和国城下町へと侵略を開始した。
 しかも、前回の時とは比べ物にならない程の大部隊によって。
 迎撃するコーネリア共和国軍も城下町周辺に部隊を展開。城下町全体にけたたましい警報が鳴り響き、人々は軍の誘導で一斉に避難施設へと避難していく。
 己の欲望の為に、コーネリア共和国の魔法化学技術を何としてでも手に入れようとするシュナイダー。それを阻止する為に、魔法化学技術の流出を何としてでも阻止しようとするエミリア。
 各国のトップが両者共に一歩も譲ろうとせず、それ故に両国による戦争という最悪の事態を生む結果となってしまったのだが、それでもエミリアは絶対に引く訳にはいかないのだ。

 これは最早コーネリア共和国だけの問題ではない。己の欲望をむき出しにし、世界征服まで高々と公言したシュナイダーに魔法化学技術が渡ってしまえば、この世界は一体どうなるのか。
 それを阻止する為にも、エミリアは・・・そしてシオンたちは絶対に負ける訳にはいかないのだ。

 「・・・時間です。進撃を開始して下さい。」

 シュナイダーの命令により、城下町付近で部隊を展開していたグランザム帝国軍が、一斉に進撃を開始。
 放たれた無数のミサイルをコーネリア共和国軍の魔術師部隊が、次々と精霊魔法で撃ち落としていく。
 そんな凄まじい戦いの様子が世界中の戦場カメラマンたちによって、全世界へと生中継されていた。

 『進路クリア。アイラ隊発進、どうぞ!!』
 「友と明日の為に!!アイラ隊、出るよ!!」
 「「「「「「「「「了解!!」」」」」」」」」

 アイラ隊のオペレーターを務めるミスティからの号令と共に、スティレット・ダガーを身に纏ったアイラたちフレームアームズ・ガール部隊が、一斉に戦場へと飛翔する。
 そして上空から城下町を攻めようとする戦闘機やキラービーグ、モビルアーマー部隊を、マナ・ビームマシンガンで次々と撃ち落としていく。

 『スティレット・ダガー部隊出撃完了。続いてヴァルファーレの発進シークエンスに移行します。リニアカタパルト・エンゲージ。ヴァルファーレ全システムオールグリーン。射出タイミングをシオンさんに譲渡します。』

 スティレットからのナビゲートと共に、ヴァルファーレのOSが起動。シオンが身に纏うヴァルファーレから、緑色のマナエネルギーの粒子が一斉に溢れ出す。
 今回の戦闘では間違いなく、カリンらゼルフィカール部隊も出撃してくるはずだ。それにあのシュナイダーの事だ。どんな卑劣な手を使ってくるか分からない。
 厳しい戦いになる事は間違いない・・・それでもシオンは絶対に負ける訳にはいかないのだ。
 この国の魔法化学技術をシュナイダーに渡さない為に・・・そして何よりもスティレットを帝国の魔の手から守り抜く為に。

 『進路クリア。シオンさん発進、どうぞ!!』
 「シオン・アルザード、ヴァルファーレ、出る!!」

 スティレットに見送られながら、シオンは無数の弾幕が飛び交う戦場へと飛翔した。
 ヴァルファーレから溢れ出す緑色のマナエネルギーの粒子が、まるで飛行機雲のように美しい緑色の線を上空に形成する。

 「ここから先は、絶対に通さないんだからぁっ!!」

 アリューシャのマナ・ビームサーベルが、パワードスーツを身に纏った帝国兵の左胸を情け容赦なく貫いた。
 そんなアリューシャを背後から襲おうとするモビルアーマーを、アイラ隊の少女たちがマナ・ビームマシンガンで一斉に蜂の巣にする。
 激しい爆音を立てながら、地上へと落下するモビルアーマー。そんなアリューシャたちに息つく暇も与えず、無数のキラービーグたちが一斉にアリューシャたちを取り囲んだのだが。

 「行け!!フェザーファンネル!!」

 駆けつけたシオンが放った12基ものフェザーファンネルが、物凄い勢いでオールレンジ攻撃を仕掛け、アリューシャたちを取り囲んだ無数のキラービーグたちを一瞬で蜂の巣にしてしまった。
 呆気に取られるアリューシャたちを尻目に、城下町に放たれたミサイルを迎撃しに行くシオン。

 「おうおう恰好良いねぇ!!さすがはルクセリオの英雄殿だよ!!」

 そんなシオンに負けてなるものかと、アイラがマナ・ビームサーベルでパワードスーツを身に纏った帝国兵たちを次々と斬り捨てていく。

 「アンタたち!!ボサッとしてるとやられるよ!?総員陣形を立て直せ!!このまま一気に押し切るよ!?」
 「「「「「「「「「了解!!」」」」」」」」」

 アイラたちフレームアームズ・ガール部隊、そしてヴァルファーレを纏ったシオンの活躍は凄まじく、グランザム帝国軍は完全に空路からの進軍を断たれる形になっていた。
 ならばと地上から攻め入ろうとするものの、そんなグランザム帝国軍にコーネリア共和国軍の地上部隊が、鉄壁の布陣を敷いて立ちはだかる。
 パワードスーツを身に纏ったコーネリア共和国軍の兵士たちを、後方から魔術師部隊の精霊魔法が援護する。
 そして召喚士部隊によってこの世界に召喚された、サラマンダー、ウンディーネ、シルフといった無数の精霊たちが、コーネリア共和国軍の兵士たちと連携してグランザム帝国軍を押し返していた。

 空路はシオンたちによって完全に断たれ、地上も劣勢・・・戦いは完全にコーネリア共和国軍側が優勢かと思われたのだが。

 「よし、このまま帝国軍を蹴散らし・・・!?」
 『高速で接近する熱源を感知!!ゼルフィカール部隊です!!』
 「何だと!?うわあっ!?」

 スティレットからの通信を受けたコーネリア共和国軍の兵士が、一転して驚愕の表情になる。
 押せ押せムードのコーネリア共和国軍や人々に絶望を与えるかの如く、突然放たれたリアナのビームマグナムによる一撃が、情け容赦なくサラマンダーたちを一斉に貫いたのだった。
 力を失ったサラマンダーたちが光の粒子と化し、再び精霊界へと還っていく。

 「精霊魔法だか召喚魔法だか何だか知らないけれど、そんな物で私たちを止められると思ったら大間違いよ!!」

 突如現れたカリン率いるゼルフィカール部隊が、グランザム帝国軍の地上部隊を援護。精霊たちを次々と叩きのめしていく。
 あっという間に無数の精霊たちが、物凄い勢いで次々と光の粒子と化してしまう。
 カリンたちの介入により地上での戦況は一転して、グランザム帝国軍優位へと変わってしまったのだった。

 「例の新型か!?砲火を奴らに集中させい!!これ以上奴らの好きにやらせるなぁっ!!」

 コーネリア共和国軍の地上部隊がカリンたちに弾幕を浴びせるが、それをカリンたちはビームシールドで易々と受け止める。
 そしてコーネリア共和国軍の必死の抵抗を嘲笑うかのように、カリンのビームサーベルがコーネリア共和国軍の兵士たちを、そして精霊たちを次々と斬り捨てていく。
 スティレットにも劣らないカリンの優れた剣術の前に、次々と死体の山が出来上がっていった。
 そんなカリンを援護しようと、リアナのビームマグナムが戦車を次々と大破させていく。
 だがカリンは戦況を優位に進めながらも、今の状況に違和感を感じていた。

 「・・・オラトリオ隊が出てこない・・・!?一体どういうつもりなの・・・!?」

 上空ではシオンとアイラ、アリューシャたちが戦場を駆け巡っているのだが、地上部隊にアーキテクトたちの反応がどこにも見当たらないのだ。
 空路をシオンたちに任せているからこそ、地上部隊にアーキテクトたちがいる物だとばかり思っていたのだが・・・地上が完全にグランザム帝国軍優位の今の状況においても、何故未だに出てこないのか。

 「エミリア・コーネリア・・・一体何を企んでいるの・・・!?」
 『あー、君たち?魔法化学研究所だけは絶対に壊してはいけませんよ?まあそれ以外の物なら全部壊してしまっても構いませんがねぇ。』
 「そんな事はアンタに言われなくったって・・・っ!?」
 「カリンちゃん、危ないっ!!」

 シュナイダーからの通信に応えようとするカリンに、駆け付けたシオンのマナ・ハイパービームライフルが襲い掛かった。
 慌ててそれをビームシールドで受け止めるリアナだが、あまりの威力に弾き飛ばされてしまう。

 「リアナ!?・・・くっ!!」
 「はあああああああああああああああああああっ!!」

 シオンのマナ・ハイパービームサーベルを、辛うじてビームサーベルで受け止めるカリン。
 鍔迫り合いの状態のまま睨み合う2人を、両軍の兵士たちが唖然とした表情で見つめている。

 「来たわね!!シオン・アルザード!!」
 「これ以上君たちの好きにはさせないぞ!!」 
 「ここで貴方を倒せば、コーネリア共和国軍の士気は一気にガタ落ちする!!今の貴方はこの国にとって、最早そういう存在なのよ!!」
 「そうだね、自覚しているよ!!君たちにその気があるのなら、僕について来い!!」

 これ以上カリンたちに地上部隊への被害を出させない為に、シオンは敢えて自らが囮となり、再び上空へと飛翔した。
 そんなシオンを追いかける為に、カリンはゼルフィカールの飛行ユニットを展開する。

 「たった1人で私たちと戦うつもりなの!?随分と舐められた物ね!!総員シオン・アルザードを迎撃!!あの調子に乗ってる英雄殿を叩きのめすわよ!?」
 「「「「「「「「「イエス、マム!!」」」」」」」」」

 決意に満ちた表情で、カリンはシオンに斬りかかったのだった。

3.激突、シオンVSカリン


 「どりゃああああああああああああああっ!!」

 アリューシャのマナ・ビームマシンガンが戦闘機のコクピットを情け容赦なく撃ち抜き、パイロットが即死した事で制御不能になった戦闘機が、力無く地上へと落下していく。
 その戦闘機の残骸がグランザム帝国軍の地上部隊目がけてビンポイントで直撃し、それによってさらに地上部隊に甚大な被害が出る。
 この時を待っていたと言わんばかりに、さらにコーネリア共和国軍の地上部隊が攻勢へと転じ、グランザム帝国軍を追い詰めていく。
 後方の魔術師部隊が放った精霊魔法が帝国軍に降り注ぎ、再召喚された精霊たちが戦場を蹂躙する。

 シオンがカリンたちゼルフィカール部隊を抑えている事で、戦況は再びコーネリア共和国軍側の優勢へと変わりつつあった。
 その様子を見届けたカリンが舌打ちし、この戦況の流れを再びグランザム帝国軍側に戻す為に、シオンに向かって突撃する。 

 「行くわよ!!シオン・アルザード!!」

 放たれたカリンのビームサーベルを、シオンはマナ・ハイパービームサーベルで受け止める。
 スティレットにも劣らないカリンの優れた剣術を前にしても、シオンは一歩も引かずに互角に渡り合っていた。
 互いに何度も剣をぶつけ合い、2人の周囲に糸状の閃光が走る。

 「ステラ、敵の気勢を削ぐ。彼女たちのリアルタイムの座標データを送ってくれ。」
 『同士討ちを誘うんですね?なら彼女たちを指定のポイントに誘導して下さい。出来ますか?』
 「問題無いよ。フェザーファンネルで迎撃する。」

 カリンと鍔迫り合いの状態になりながら、シオンはフェザーファンネルでリアナたちを狙うが、それでも高速で動き回るリアナたちには一向に当たらなかった。
 そしてシオンはカリンの凄まじい気迫の前に防戦一方で、徐々に後退しつつあった。
 やはりカリン程の使い手と戦いながらだと、フェザーファンネルの制御も思ったように出来ないのだろうか。こういったビット兵器自体が使いこなすのに相当な空間認識能力が必要で、脳にも相当な負荷が掛かり、普通の人間にはまともに制御する事すら困難だとされているのだ。

 「はっ、どこを狙ってるのさ!?この下手糞!!」
 「隙だらけじゃん!!このまま一気に叩きのめしてやる!!」

 フェザーファンネルによるオールレンジ攻撃を避けながら、ゼルフィカール部隊の少女たちがカリンと鍔迫り合いをしているシオンをロックオンするのだが・・・それはシオンとスティレットが巧みに仕掛けた罠だった。

 『彼女たちの指定座標への誘導を確認。合図と同時に離脱して下さい。』
 「死ね!!シオン・アルザード!!」
 「・・・っ!?待ちなさい貴方たち!!これは罠よ!!」
 『・・・今です!!』

 シオンを取り囲んだ少女たちがビームマシンガンを放つと同時に、スティレットからの合図を受けたシオンがカリンの腹を蹴飛ばし、高速離脱。
 そしてスティレットによって少女たちが絶妙な位置へと巧みに誘導されていた事によって、放たれたビームマシンガンが味方へと直撃してしまったのだった。

 「どあああああああああああああああああっ!!」
 「うあああああああああああああああああっ!!」

 自分たちの攻撃によって味方を誤射してしまった事で、シオンの目論見通りに少女たちは一転して気勢を削がれてしまった。

 「ご、ごめんアリス!!」
 「ううん、私こそごめん、ラドネイ・・・!!」
 「まさかあいつ、さっきまでカリンに追い詰められてたのも、あのビット兵器を散々外したのも、全部わざとだって言うのかよ・・・!?」
 「私たちを巧みに誘導して、同士討ちさせる為に・・・!?」

 シオンも訓練兵だった頃に一度経験した事があるから分かるのだが、自らの手で味方を誤射する事を一度でも体験してしまうと、どうしても乱戦状態では銃を撃つ事を躊躇うようになってしまう物なのだ。
 今回はゼルフィカールの強固な装甲によって守られたから、互いにそれ程のダメージは受けなかったのだが・・・もし自分の手で仲間を傷つけ、殺すような事態になってしまっていたら。
 それを想像しただけで、少女たちは思わずゾッとしてしまったのだった。
 彼女たちは先程まで巧みな連携によってシオンを追い詰めていたのだが、誤射してしまった今では一転してシオンへの攻撃を躊躇うようになってしまっていた。

 「あの人、同士討ちを誘う技術まで持ってるっていうの!?」
 「それだけじゃないわ。オペレーターのリードが巧いのよ・・・!!」

 驚きを隠せないリアナにそう告げるカリンだったが、この程度の事はカリンの想定の範囲内だ。
 幾らヴァルファーレを纏っているからと言っても、たった1人で自分たち10人全員をまとめて相手にするなどと豪語したのだ。それにシオンは英雄と呼ばれている程の歴戦の軍人だ。同士討ちを誘う技術くらい持っていて当然だろう。 
 だからこそ隊長であるカリンが、この悪い流れを一気に戻さなければならない。

 「皆、何をビビっているのかしら!?ゼルフィカールの強固な装甲なら、ちょっとビームマシンガンで誤射した程度なら簡単に怪我なんかしないわよ!!」 
 「だけどアタシら・・・もしかしてカリンの足手まといになってるんじゃ・・・」
 「貴方たちは全員、この私が直々に腕を見込んで部隊に引き入れたのよ!?この私が必要だと思ったから仲間にしたのよ!?足手まといだなんて微塵も思ってないわよ!!たかが一度誤射した位で何を怯えているの!?もっと自分に自信を持ちなさい!!」
 「カリン・・・。」
 「私が貴方たちに勝利を見せてあげるわ!!総員スカーレットアローの陣形を敷け!!下手に取り囲んでもまた同士討ちさせられるだけよ!!前方に火力を集中させて一気に落とすわよ!!」

 この状況においても全く動揺しないどころか、誤射した自分たちを全く責める事無く、逆に威風堂々とした態度で的確な指示を出すカリンの姿を見せつけられた少女たちは、気を取り直して陣形を立て直したのだった。

 「「「「「「「「「・・・イエス、マム!!」」」」」」」」」

 先程までの動揺は、彼女たちからは微塵も感じられない。
 カリンについていけば間違いない、自分たちはカリンに必要とされているのだと・・・その迷い無き自信が彼女たちの表情から満ち溢れていた。

 (・・・やるな。彼女たちの気勢を削いだつもりだったが、たった一言で彼女たちを再び奮起させてしまうとは・・・。)

 カリンの威風堂々とした姿を見たシオンは、心の中で思わず感心してしまったのだった。
 彼女たち全員がいずれも侮れない使い手ばかりだが、その中でも特にカリンは別格だ。
 一度剣を交えたからこそ分かる。カリンはスティレットと並ぶ、グランザム帝国軍の中でも最強の実力者だ。それにただ強いだけでなく部下たちからの人望も厚く、部下たちを惹きつけるカリスマ性さえも持ち合わせているようだ。
 これ程の軍人であるカリンが、何故士官学校を辞めるような事態になったのか・・・それはシオンには分からない。だがこれ程の軍人であるからこそ、シオンはカリンに問いかけなければならないのだ。

 「何故だラザフォード中尉!!君程の軍人が、何故シュナイダーのような愚かな男に付き従っているんだ!?」
 「何ですって!?」
 「君だってシュナイダーの愚かさは、身に染みて分かっているはずだろう!?」

 ミハルを人質を取って無理矢理マチルダを戦わせようとしたり、世界征服を高々と公言したり、さらには己の欲を満たす為に中立国であるコーネリア共和国にまで戦争を仕掛け、魔法化学技術を手に入れようとしている。
 確かにシオンの言う通り、シュナイダーは愚か極まりない男なのだが・・・そんな物はカリンには関係無いのだ。
 父親が勝手に押し付けた多額の借金を、シュナイダーに肩代わりして貰う・・・だからシュナイダーに逆らう者は全て排除する。カリンにとってそれが、それだけが全てなのだから。
 シオンがこの国を、そしてスティレットを守る為に、命を懸けて自分たちと戦っているのと同じだ。
 カリンもまた生きる為に必死なのだ。生きる為に死に物狂いでシオンと戦っているのだ。

 「だから何だって言うの!?軍人にとって上からの命令は絶対よ!!それは貴方だってそうでしょう!?まあ貴方の場合は独自行動を起こす権限を与えられてるみたいだけど!?」
 「それは・・・!!」
 「さっき貴方、オペレーターの事をステラって呼んでたわよね!?もしかしてスティレットが貴方のオペレーターを務めているのかしら!?」

 ビームサーベルを手にしたカリンが、再びシオンに斬りかかる。
 それをマナ・ハイパービームサーベルで受け止めたシオンが、再びカリンと鍔迫り合いの状態になる。

 「除隊届を出したのに拒絶されて無理矢理洗脳されて、その洗脳が暴走して味方を大量虐殺して、それで戦う事が怖くなってオペレーターに転向した・・・大方そんな所かしら!?」
 「そうだね、確かに君の言う通りだよ。今のステラはもう戦えなくなってしまったんだ。」
 「甘い甘い!!甘過ぎるわ!!そんな甘っちょろい考えで世の中を渡っていけると本気で思っているの!?」
 「くっ・・・!!」

 カリンに弾き飛ばされたシオンに、リアナたちの一斉射撃が放たれる。 
 何とかマナ・ハイパービームシールドで受け止めて耐え続けるシオンだが、ゼルフィカールの強力な火力の前に完全に押されていた。
 シオンの目の前の空間に警告を示す画像が映し出され、ヴァルファーレからの警告音がけたたましく鳴り響いている。

 「ねえスティレット!!聞こえているのでしょう!?貴方はそうやって悲劇のヒロインでも気取るつもりなのかしら!?私は昔から貴方のそういう所が大嫌いだったのよ!!」

 リアナたちの一斉射撃にさらにカリンのビームガトリングガンが加わり、シオンはさらに追い詰められていく。
 ロックオンを外して上空へと逃れようとするが、極限まで磨かれたヴァルファーレの機動性をもってしても、カリンたちの高精度の射撃から逃れることは出来なかった。
 カリンたちの射撃の腕にゼルフィカールのOSによるサポートも加わっているというのもあるが、何よりもスティレットと同様にオペレーターのリードも巧いのだ。シオンの動きを先読みし、的確にカリンたちに座標を送ってくる。

 「大空を舞い上がれ!!フェザーファンネル!!」

 それでもシオンは慌てる事無くフェザーファンネルを展開し、巧みにカリンたちを全方位オールレンジ攻撃で牽制する。
 カリンと同じだ。この程度の苦戦はシオンも想定の範囲内なのだ。

 「くっ、このビット兵器さえ何とか出来れば・・・!!」

 ビームマグナムでフェザーファンネルを迎撃しようとするリアナだったが、シオンの巧みな制御によって、まるで生き物かと思える位にフェザーファンネルが俊敏な動きを見せる。 
 先程までシオンを集中砲撃していたのが、フェザーファンネルに全方位オールレンジ攻撃をされた事で、カリンたちはシオンへの砲撃を止めて、全員が背中合わせの状態にならざるを得なくなってしまっていた。

 「くそっ、何でだよ!?何でここまで精密にビット兵器を制御出来るんだよ!?」
 「慌てないで!!これだけの数のファンネルをここまで精密に制御し続けるからには、彼の脳にも相当な負荷がかかっているはずよ!!私がシオン・アルザードに斬り込んで集中を切らすわ!!」

 それでも臆する事無く、カリンは再びシオンにビームサーベルで斬りかかる。
 フェザーファンネルによる全方位オールレンジ攻撃をも巧みに避け続け、カリンはシオンに至近距離にまで近付き、ビームサーベルを浴びせた。
 それをシオンがマナ・ハイパービームサーベルで受け止めた瞬間、シオンの集中が切れた事でフェザーファンネルの動きが一気に鈍くなる。

 「今よ!!全方位一斉射撃開始!!」
 「「「「「「「「「イエス、マム!!」」」」」」」」」

 カリンの指示で少女たちが全方位に一斉射撃を開始。慌ててシオンがフェザーファンネルをヴァルファーレに戻すが、戻し切れなかった3基が被弾し大破してしまった。
 確かにカリンの言う通りだ。幾らヴァルファーレのOSによるサポートを受けているからとはいえ、これだけの数のフェザーファンネルをあそこまで精密に制御し続けるとなると、シオンの脳に相当な負荷がかかってしまうのだ。それ故にこうやってカリンに集中を切らされただけで、動きに精密さが失われてしまうのだ。
 そもそも12基ものフェザーファンネルを全て同時に精密制御し続けられるシオンが化け物なのだが、扱いが難しい武器であるが故に、強さと脆さを併せ持っているという訳だ。

 「やるな!!ラザフォード中尉!!」
 「貴方はファンネルに頼り過ぎなのよ!!確かに強力な武器だけど脆くもあるわ!!対策さえ万全ならご覧の通りよ!!」
 「そうか、君は僕とヴァルファーレの事を相当研究していたみたいだな・・・!!」
 「何の対策も無しに貴方程の強敵に挑む程、私は自惚れてなんかいないわよ!!」

 カリンに弾き飛ばされたシオンに、再びリアナたちの一斉射撃が襲い掛かる。
 それをマナ・ハイパービームシールドで、辛うじて受け続けて耐えるシオン。

 (アキト、まだなのか・・・この作戦の成否は君たちの活躍に懸かっているんだぞ・・・!!)

 カリンたちの猛攻に押されながらも、それでもシオンの瞳からは希望の光が失われていなかった。

最終更新:2017年02月26日 07:03