小説フレームアームズ・ガール

第8話「止まらない戦争」


4.総力戦


 コーネリア共和国軍とグランザム帝国軍の戦闘が熾烈を極める最中、シュナイダーに狙われている魔法化学研究所の職員たちが慌ただしく動き回っていた。
 もしシオンたちが敗北し、この魔法化学研究所がグランザム帝国軍に占拠されるような事態になった場合、エミリアが外部への流出を固く禁じている魔法化学技術がシュナイダーの手に渡る事になってしまう。
 そうなれば魔法化学技術によって帝国の軍事力がさらに強大になり、世界中の国々が帝国の脅威に晒される事になってしまうだろう。
 それだけは絶対に阻止する為に、データのプロテクトや暗号化、大量のダミーを混ぜるなど、万が一の事態に備えていたのだが。

 「・・・動くな。全員両手を上げろ。」

 突然何人かの職員たちが作業を中断し、いきなり立ち上がって懐からマナ・ビームハンドガンを取り出し、慌ただしく作業している他の職員たちに銃口を突き付けたのだった。
 いきなりの出来事に職員たちは動揺する・・・かと思われたのだが。

 「・・・お前たちがな。」
 「な・・・!?ぐはあっ!?」

 この時を待っていたアーキテクト、轟雷、迅雷、マテリアが、まるでこうなる事が最初から分かっていたと言わんばかりの絶妙なタイミングで現れ、あっという間に銃を突きつけた職員たちを叩きのめし、拘束してしまったのだった。
 そして他の職員たちも慌てる事無く、拘束された職員たちにマナ・ビームハンドガンの銃口を突き付けている。
 スティレット・ダガーを身に纏ったアーキテクトの姿に、拘束された職員たちが信じられないといった表情をしていた。

 「ば、馬鹿な・・・!?我々がスパイだと何故見抜いたのだ!?」
 「正確には見抜いたのは私ではなく、エミリア様なのだがな。」

 魔法化学研究所に、いつの間にか帝国からのスパイが紛れ込んでいた・・・だがエミリアはそれを最初から見抜いており、これまでずっと泳がせていたのだ。
 恐らくは友軍のグランザム帝国軍が侵攻を開始した際に、コーネリア共和国軍が外部での戦闘に気を取られている間に、内部からかく乱して魔法化学技術を奪取するよう、シュナイダーから命じられていたのだろうが。
 しかしエミリアには完全にバレており、こうして呆気なくアーキテクトたちに拘束されたという訳だ。

 「この・・・帝国に仇なす裏切り者共が・・・!!」
 「否定はしないさ。だが私たちにそうさせたのは皇帝ヴィクターだという事を忘れるな。」
 「くっ、無念・・・!!」

 アーキテクトに拘束されたスパイの男が、とても悔しそうな表情で歯軋りする。
 そんなスパイなど無視し、大型モニターで戦況を見つめていたアーキテクトが、とても厳しい表情を見せたのだった。

 「シオンめ、苦戦しているな・・・我々は直ちにシオンの援護に向かう。後の事は任せたぞ。」
 「「「「「「「「「はっ!!」」」」」」」」」

 スパイたちが職員たちに一斉に連行されていく最中、アーキテクトたちは苦戦するシオンを援護する為に、魔法化学研究所のリニアカタパルトで出撃の準備を整えていた。
 アーキテクト、轟雷、迅雷が身に着けているのは、発展量産機の新型フレームアームのスティレット・ダガー・・・そしてマテリアが身に着けているのは、かつてスティレットが使っていたフレームアームを強化改修した物だ。

 『マテリア。今お前さんが身に纏っているスティレット・リペアーは、スティレットの機体をお前さん向けに強化改修した物だ。運用テストをする暇も無く使わせる事になっちまって悪いが、それでも最終調整は済ませてある。機体性能は保障してやるよ。』

 リニアカタパルトで待機しているマテリアに、ジャクソンからの通信が送られてきた。
 マテリアが身に纏っているスティレット・リペアーの背中から、緑色に美しく輝く蝶の羽が具現化しており、そこから緑色のマナエネルギーの粒子が溢れている。
 そのアーキテクトたちを優しく包み込む温かい光の粒子は、まるでマテリアの慈愛と母性を現しているかのようだ。

 『機動性だけならヴァルファーレやイクシオンにも匹敵する程だ。お前さんなら大丈夫だとは思うが、振り回されんなよ?』
 「大丈夫です。ステラちゃんの想いが込められた、この機体・・・使いこなしてみせますよ。」

 必ずこの国を、そしてシオンを守る・・・マテリアはその決意を顕わにしていた。

 『・・・進路クリア。オラトリオ隊、発進どうぞ!!』
 「これよりシオンを援護する!!オラトリオ隊、出るぞ!!」
 「「「イエス、マム!!」」」

 スティレットからの合図と共に、アーキテクトたちがリニアカタパルトで戦場へと飛翔。物凄い速度で一直線にシオンの下へと向かっていく。

 「はああああああああああああああああっ!!」

 そしてシオンと剣を交えているカリンに、アーキテクトのガンブレードランスが振り下ろされた。
 慌ててそれをビームシールドで受け止めたカリンは、一旦シオンから間合いを離して体勢を立て直す。

 「オラトリオ少佐・・・!!」
 「ラザフォード中尉。お前たちが送り込んだ帝国のスパイたちは、先程私たちが全員拘束した。」
 「スパイですって!?シュナイダーめ、私に何の断りも無く、また勝手な事を・・・!!」

 アーキテクト、轟雷、迅雷、マテリアが、シオンを守るかのように一斉にカリンの前に立ちはだかる。
 リアナたちも一旦体勢を立て直し、カリンの所に集合したのだった。
 互いに武器を構えながら、睨み合う両陣営。

 「済まないアキト、助かったよ。どうやら上手くいったみたいだな。」
 「随分と苦戦していたようだが、まだ戦えるか?」
 「フェザーファンネルが6基大破したけど、問題無いよ。まだやれる。」
 「ならばお前はラザフォード中尉との戦いに専念しろ。残りの連中は私たちが引き受ける。」
 「了解!!」

 マナ・ハイパービームサーベルを懐から取り出し、再びカリンに斬りかかるシオン。
 もう何度目かというシオンとカリンの激しい剣のぶつかり合い・・・そんなカリンを援護しようとするリアナたちだったが、そこへ轟雷のマナ・ビームセレクターライフルが襲い掛かった。
 慌ててそれをビームシールドで受け止めるリアナたちだったが、これでは迂闊にカリンの援護に行く事が出来ない。

 「迅雷は私と共に先陣を切り込め!!轟雷とマテリアは私と迅雷の援護だ!!」
 「「「イエス、マム!!」」」
 「ステラ、私たちとシオンのオペレートもそうだが、索敵と対空監視も怠るなよ!!」
 『イエス、マム!!』
 「よし、では行くぞ!!」

 先程まで1対10だったのが、これで5対10・・・だが数的優位は依然としてカリンたちにある。
 それでもアーキテクトたちが援護してくれるお陰で、シオンはカリンとの戦いに専念する事が出来るようになり、先程までよりも随分と楽になっていた。
 そんなシオンの邪魔をさせまいと、リアナたちと死闘を繰り広げるアーキテクトたち。

 「これ以上シオンさんを傷つけさせはしません!!」
 「この・・・バンパイア風情が生意気なのよぉっ!!」

 ヴァルファーレにも引けを取らないスティレット・リペアーの機動性を最大限に発揮し、超高速の動きで少女たちを翻弄するマテリア。
 そのあまりに機動性の前に、少女たちはマテリアのロックオンすらままならない。
 そして懐からビーストマスターソードを取り出し、轟雷のマナ・ビームセレクターライフルによる援護を受けながら、マテリアは少女たちに斬りかかる。
 放たれた剣を少女がビームサーベルで受け止めるが、突然ビーストマスターソードの刀身が鞭状に変化し、まるで蛇のように激しくうねりながら少女に襲い掛かった。

 「な・・・!?」
 「貰った!!」
 「させない!!」

 その変則的な動きに惑わされた少女を、リアナがビームマグナムで援護する。
 慌てて間合いを離したマテリアにさらにビームサーベルで追撃しようとするリアナだったが、そこへ迅雷のユナイトソードが襲い掛かった。
 何とかビームシールドで受け止めたリアナだったが、そこへ轟雷のマナ・ビームセレクターライフルがさらに追撃を掛ける。
 そんな轟雷をビームマシンガンで牽制する少女たち。そしてリアナも迅雷の腹を蹴飛ばして間合いを離し、ビームマグナムで迅雷を狙い撃つ。
 まさに壮絶な死闘が、シオンとカリンのすぐ隣で繰り広げられていた。

 「さすがにこの人たちは手強い・・・シオンさんが苦戦させられるだけの事はありますね。」
 「そうだな、だが私たちの目的はこいつらの足止めだという事を忘れるな。」

 互いに背中合わせの状態になるマテリアとアーキテクトだったが、それでもその目からは希望の光が失われてはいなかった。
 確かに手強い相手である事に間違い無いが、それでも太刀打ち出来ない程でもない。
 それにアーキテクトたちがリアナたちを抑え込めば、シオンはカリンとの戦いに専念出来る。
 カリンもまたシオンと同じように、グランザム帝国軍の絶対的なエース・・・それだけに彼女が落とされるような事があれば、グランザム帝国軍の士気は一気にガタ落ちするだろう。
 シオンと同じようにカリンもまた、グランザム帝国軍にとって最早そういう存在なのだ。
 だからこそアーキテクトたちの役目は、リアナたちの足止め・・・シオンの邪魔をさせない事だ。
 そしてそれはリアナたちにとっても同じようで、それ故にシオンとカリンは誰にも邪魔される事無く、壮絶な一騎打ちを繰り広げる事が出来ていた。

 「シュナイダー!!アンタが勝手に送り込んだスパイたちが、全員オラトリオ少佐に拘束されたらしいんだけど!?」
 『ちっ・・・さすがはエミリアさんと言った所でしょうか。ならば尚更の事、君にシオン君を倒して貰わないといけませんねぇ。』
 「言われなくてもそのつもりよ!!彼さえ倒せばこの戦いは終わる!!今の彼はこの国にとって、最早そういう存在なのよ!!」

 カリンのビームガトリングガンがシオンに襲い掛かり、それをシオンはマナ・ハイパービームシールドで受け止める。
 そして右手でビームガトリングガンを正確に乱射しながら、カリンは左手でジャマーグレネードをシオンに投げつけた。
 そのジャマーグレネードが、シオンの目の前で激しい光を放ちながら爆発する。
 ビームガトリングガンに加えて、ジャマーグレネードの爆風と激しい閃光が、情け容赦なくシオンに襲い掛かった。

 「くっ・・・視界が・・・それにこれはレーダーのジャミングか!!」

 閃光はすぐに収まったものの、それでもシオンはカリンの姿を見失ってしまっていた。
 そしてヴァルファーレのレーダー機能もジャミングによって低下させられた事で、シオンはカリンの現在位置を座標で知る事も出来ずにいた。
 これではカリンもジャミングの影響を受けてしまうが、1対1のこの状況ではそんな物は関係ない。シオンさえ倒せればそれで充分なのだから。
 それでもシオンは慌てる事無く、残り6基のフェザーファンネルを周囲に展開。

 「ステラ、ラザフォード中尉の現在位置を・・・やはり通信も遮断されたのか・・・ならば!!」
 (これで終わりよ!!シオン・アルザード!!)
 「ここだ!!フェザーファンネル!!」
 「な・・・!?」

 いつの間にか背後に回り込んでいたカリンがシオンに斬撃を浴びせようとするが、まるでそれを予測していたかのように、フェザーファンネルが物凄い勢いでカリンに襲い掛かった。
 慌ててそれを回避するカリンだったが、そこへシオンのマナ・ハイパービームサーベルが迫る。

 「まさか、殺気と気配だけで私の位置を特定したって言うの!?」
 「はああああああああああああああっ!!」
 「何て男なの・・・だけど私だって負けられないのよぉっ!!」

 もう何度目かという、シオンとカリンの鍔迫り合い。そんな2人の壮絶な戦いぶりを、スティレットは心配そうな表情で見つめていた。

 「シオンさん、シオンさんっ!!」
 「落ち着けリーズヴェルト中尉!!ジャミングの影響でアルザード大尉への通信は遮断されている!!今はアルザード大尉を信じてオラトリオ隊のナビゲートに集中しろ!!」

 隣の席に座る女性士官からスティレットに指示が飛ぶが、もうスティレットはこのままじっとしてはいられなかった。
 この国を、そして自分を守る為に、命を懸けてカリンと戦ってくれているシオン・・・だがそのシオンが、カリンを相手に苦戦を強いられている。
 これ以上シオンが苦しめられる光景を、スティレットはもう見たくないのだ。

 5年前、シオンは命令違反を犯してまで、命を懸けて自分を助けてくれた。
 だからこそ、そのシオンを、今度は自分が助ける番だ。
 父や母、そして親友のアスカとアスナを目の前で失ったスティレット。
 あんな光景は、もう二度と見たくないから。 

 「・・・ミッシェル中尉。アキトさんたちのナビゲートをお願いしてもいいですか?」
 「は!?リーズヴェルト中尉、いきなり何を・・・!?」

 インカムを静かにテーブルの上に置いたスティレットが、決意に満ちた表情で立ち上がる。

 「エミリア様、イクシオンの最終調整はもう終わってるんでしたよね!?」
 「ステラ、貴方一体何を・・・まさか!?」
 「もう見てはいられません!!私もイクシオンで出ます!!」
 「ステラ、ちょっと待ちなさい!!ステラ!!」

 シオンへの想いを胸に、スティレットは魔法化学研究所へと走り出したのだった。

5.心を繋ぐエンゲージ


 魔法化学研究所のリニアカタパルトで、新型フレームアーム・イクシオンを身に纏ったスティレットが、決意に満ちた表情で遥か彼方の戦場を見据えていた。
 その白銀に輝くフレームアーム、そして背中から広がる美しい白銀の翼は、まるでコーネリア共和国を守護する天使を体現しているかのようだ。
 緑色に輝く美しいマナエネルギーの光が、スティレットの全身から溢れ出ている。

 『スティレット!!お前さんの腕ならイクシオンの性能を存分に引き出せるだろうが、お前さん本当に戦えるのか!?何しろ今のお前さんは・・・』
 「大丈夫です。私は戦える・・・私は飛べる・・・!!」

 心配そうな表情のジャクソンを、というよりも再び戦場に赴く自分自身を安心させる為に、スティレットは気丈な笑顔をジャクソンに見せた。
 皇帝ヴィクターに無理矢理施された洗脳が暴走し、帝国軍の兵士たちを大量虐殺してしまった事で、スティレットは武器を手にする事に恐怖心を抱くようになってしまい、もう二度と戦う事が出来なくなってしまった。
 だがそれでもシオンたちと共に亡命したコーネリア共和国が、自分たちを温かく出迎えてくれたコーネリア共和国の人々が、今こうしてグランザム帝国の脅威に晒されてしまっている。
 そんなコーネリア共和国の人々を、帝国の魔の手から守りたいから・・・そして何よりも自分を守る為に必死に戦ってくれているシオンたちが、カリンたちゼルフィカール部隊を相手に苦戦を強いられている。
 もうスティレットは、これ以上黙って見ている事など出来なかった。

  『リニアカタパルト・エンゲージ。イクシオン全システムオールグリーン。射出タイミングをリーズヴェルト中尉に譲渡します。』

 リニアカタパルトが起動し、スティレットの身体が宙に浮く。
 精神安定剤の数を1日3回に減らしたとはいえ、それでも今のスティレットは無理矢理施された洗脳の影響で、精神的に未だ不安定な状態にある。
 正直言って今も武器を手にするのに恐怖心を感じる。マナ・ホーリービームサーベルの柄を握るスティレットの右手が震えていた。
 それでもスティレットは静かに目を閉じて深呼吸をし、頭の中でシオンの姿を・・・そして全身でシオンの温もりと感触を思い浮かべ、強く願う。
 シオンさんを守りたいと。シオンさんを失いたくないと。

 「大丈夫・・・私は飛べる・・・シオンさんと一緒なら、私はどこまででも高く飛んでみせる!!」

 その強い想いによって、スティレットの右手の震えが見事に止まったのだった。

 『進路クリア!!リーズヴェルト中尉、発進どうぞ!!』
 「スティレット・リーズヴェルト、イクシオン、行きます!!」

 リニアカタパルトから射出されたスティレットは、まるで飛行機雲のような緑色のマナエネルギーの粒子を空中に残しながら、猛スピードでシオンたちの下に向かう。

 「あれはリーズヴェルト中尉!?それに白銀のフレームアームだと!?」
 「お前たち、何を躊躇っておるか!?かつての上官だろうと今の奴は裏切り者なのだぞ!!撃て!!撃ち殺せぇっ!!」
 「りょ、了解!!」

 そんなスティレットにカリンたちの邪魔をさせまいと、パワードスーツを身に纏った帝国兵たちが何人も立ちはだかり、一斉にビームマシンガンを浴びせる。
 だがそれでもパワードスーツ如きでは、イクシオンを纏った今のスティレットは止められなかった。

 「邪魔だああああああああああああああああっ!!」
 「どああああああああああああああああああっ!?」

 物凄い勢いでマナ・ホーリービームサーベルによる斬撃を浴びせられ、目の前で無数の閃光が走ったと思った瞬間、帝国兵たちのビームマシンガンがバラバラになってしまう。
 その美しさすら感じられる程の、スティレットの達人クラスの剣術から放たれる剣閃を、帝国兵たちは目で追う事すら出来なかった。
 まともに抵抗する暇も無く武器を壊され、唖然とする帝国兵たちを無視し、スティレットはあっという間にシオンたちの所に辿り着く。

 「ステラちゃん!?」
 「リフレクタービット展開!!」

 そしてゼルフィカール部隊の少女たちに取り囲まれているマテリアたちに向けて、イクシオンの背中の翼から12基ものリフレクタービットが一斉に放たれた。
 それがマテリアたちを守る盾となり、少女たちが放つビームマシンガンの弾を反射する。

 「くっ、何なのよ、これはぁっ!?」
 「ビームを反射する!?こいつもビット兵器かよ!?ふざけやがって!!」

 リフレクタービットでマテリアたちを援護しながら、スティレットはシオンにビームガトリングガンを浴びせるカリンに、マナ・ホーリービームサーベルで斬りかかる。

 「カリンちゃああああああああああああああああああん!!」
 「な・・・スティレット!?くっ・・・!!」

 スティレットの斬撃をビームサーベルで受け止めたカリンは、そのままスティレットと鍔迫り合いの状態になった。
 互いに剣をぶつけたまま睨み合う、カリンとスティレット。

 「ステラ、大丈夫なのか!?今の君は・・・!!」
 「私は戦えます!!シオンさんと一緒なら!!」
 「フン、恋人の危機に慌てて駆け付けたって所かしら!?だけど戦う事が怖くなってオペレーターになった臆病者如きが、私に勝とうなんて100億万年早いのよ!!」

 スティレットとカリンが互いに剣を何度もぶつけ合い、2人の周囲に糸状の閃光が走る。
 その2人の凄まじい戦いぶりを、シオンが心配そうな表情で見つめていたのだった。
 かつて士官学校で共に訓練に励み、研鑽し合った者同士の戦い・・・だがそれでもカリンは一切合切容赦するつもりは無かった。
 目の前に立ちはだかる者は、例え誰だろうと容赦なく排除する・・・それがシュナイダーを守る事に繋がり、父親が勝手に押し付けた借金をシュナイダーに肩代わりして貰う事に繋がるのだから。

 「カリンちゃん、どうしてなの!?どうしてあんな皇帝シュナイダーみたいな非道な人の為に、ここまで命を懸けて戦えるの!?どうして!?」
 「そんなの貴方には関係ないわよ!!帝国の事なんか正直どうでもいい!!私は私の目的の為に戦っているのよ!!」
 「カリンちゃんの目的って何!?あんな身勝手な人の私利私欲の為に、何の罪もないこの国の人たちを傷付けてまで果たさないといけない目的って、一体何なの!?」
 「貴方に言った所で、どうせ理解なんか出来ないわよ!!それに貴方に理解して貰おうとも思わない!!」

 何故カリンがシュナイダーのような愚か者の為に、ここまで凄まじい気迫を見せながら戦えるのか・・・それは事情を知らないスティレットには分からない。
 ならばスティレットは、その事情を無理矢理にでも知るだけの話だ。

 「・・・互いの相互理解を深め合い、互いの想いを繋げ合う・・・それがこのイクシオンに秘められた真の力・・・!!」
 「スティレット、貴方一体何を・・・!?」
 「私はカリンちゃんに全てをさらけ出す!!そして私はカリンちゃんと心を繋げる!!」

 カリンの右手を左手で掴んだスティレットが、決意に満ちた瞳で叫んだ。

 「エンゲージ・システム、起動!!」

 次の瞬間、スティレットとカリンの意識が、温かい光の温もりに包まれた。
 互いの心が繋がり、互いの想いが、互いの記憶が、互いの心が、互いの中に入り込む。
 そしてスティレットは思い知った。カリンがシュナイダーの為に戦う本当の理由を・・・父親が勝手に押し付けた借金に苦しめられている、そんなカリンの深い悲しみを。
 そしてカリンも思い知った。ラキウスや皇帝ヴィクターの身勝手さのせいで全てを奪われた、そんなスティレットの深い悲しみを。

 互いの心を繋げ合い、言葉ではなく『想い』で会話をする・・・それによって言葉の齟齬による誤解が無くなり、本当の意味で互いを理解し合える・・・それが『分かり合う』という事。
 これこそが、イクシオンに秘められた真の能力・・・エンゲージ・システムの力なのだ。
 今、スティレットは全てを理解した。カリンのこれまでの凄惨な人生を。
 風俗店で何人もの男に抱かれてまで、ゴミ箱から残飯を漁ってまで、父親から勝手に押し付けられた多額の借金を何とか返そうと、これまで必死に生き抜いてきたという事を。
 今、カリンは全てを理解した。スティレットのこれまでの凄惨な人生を。
 両親も親友も、住む家も財産も、記憶さえも失いながらも、それでも希望だけは決して失わず、これまで必死に生き抜いてきたという事を。

 「リーズヴェルト中尉!!カリンちゃんから離れろぉっ!!」
 「「・・・っ!?」」

 リアナがスティレットをロックオンした事でイクシオンの安全装置が作動し、エンゲージ・システムが自動解除。2人の意識が現実世界へと引き戻された。
 放たれたビームマグナムを、シオンがマナ・ハイパービームシールドで受け止める。

 「ステラ、大丈夫か!?」
 「私なら大丈夫です。でもカリンちゃんは・・・!!」

 再びマナ・ホーリービームサーベルを構えるスティレットだったが、エンゲージ・システムによって自分の心の中を覗き見されたカリンが、怒りの形相でスティレットを睨み付けたのだった。

 「この・・・よくも私の心の中に土足でズケズケとぉっ!!」
 「カリンちゃん、どうしてリアナちゃんたちに借・・・」
 「言わないで!!リアナたちに言ったら殺すわよ!!スティレット!!」
 「くっ・・・!!」

 放たれたビームガトリングガンを、スティレットはマナ・ホーリービームシールドで受け止める。
 互いの心を繋げ合い、想いを深め合う・・・それがイクシオンのエンゲージ・システムの力。
 だが他人に知られたくない、秘密にしておきたい事くらいは、誰の心にも1つや2つ位あってもおかしくは無いだろう。いわばプライパシーの侵害という奴だ。
 カリンにとっての借金の件が、まさにそれ・・・リアナたちに知られたくない・・・いや、リアナたちを『巻き込みたくない』というのがカリンの本音なのだろう。
 そんなカリンの心情は、カリンと心を繋げ合ったスティレットだからこそ理解出来ていた。
 だからこそスティレットは、カリンに言わなければならないのだ。
 どうしてそうやって何もかも、自分1人だけで抱え込んでしまうのかと。

 「・・・ねえ、カリンちゃん・・・私がリアナちゃんの立場だったら、私、本気で怒るよ?」
 「何ですって・・・!?」
 「カリンちゃんにとってリアナちゃんたちは、その程度の存在でしかないって事なの?」
 「うるさい!!言ったでしょう!?貴方に理解して貰うつもりは無いって!!」

 ビームガトリングガンをスティレットに撃ち続けるカリンだったが、ゼルフィカールのエネルギー残量が残り僅かになった事を示す警告音が鳴り響いた。
 確かにゼルフィカールの性能は凄まじいが、マナエネルギーを動力源にする事で無限稼働を実現しているヴァルファーレやイクシオンと違い、バッテリーで稼働しているゼルフィカールではどうしても稼働時間に制限が生じてしまうのだ。
 予備のバッテリーパックは残り1個あるが、それでもこのまま長期戦になれば、明らかにカリンたちがジリ貧になってしまうだろう。

 「ビームガトリングガンを使い過ぎたか・・・だったらこれで決着を付けてやる!!」

 カリンがジャマーグレネードをシオンとスティレットに投げつけ、凄まじい閃光が2人を包み込む。
 視界を塞がれ、通信もレーダーも妨害されてしまった・・・だがそれでもシオンもスティレットも冷静さを失わず、2人でしっかりと手を繋いだ。

 「シオンさん!!」
 「行くぞステラ!!」
 「「エンゲージ・システム、起動!!」」 

 イクシオンのエンゲージシステムによって、シオンとスティレットの心が繋がる。
 互いの想いが、互いの記憶が、互いの心が、互いの中に入り込む。

 「大空を舞い上がれ!!フェザーファンネル!!」
 「リフレクタービット展開!!」

 6基のフェザーファンネルと12基のリフレクタービットが、一斉にカリンを取り囲んだ。

 「また馬鹿の1つ覚えみたいに・・・そんな物は私には通じないと何度言えば・・・っ!?」

 だがフェザーファンネルから放たれたビームはカリンにではなく、リフレクタービットに放たれた。
 放たれたビームをリフレクタービットが反射し、それが別のリフレクタービットに向けて放たれ、次々とビームが反射されていく。
 それがカリンにも予測不能な弾道を生み出し、情け容赦なく全方位からビームが襲い掛かった。

 「くっ・・・こんな・・・っ・・・!!」

 先程までシオンのフェザーファンネルを避けまくっていたカリンだったが、今度は一転して避け切れずに食らいまくっていた。
 無理も無いだろう。こうも立て続けにビームを不規則に反射されたのでは、幾らカリンでも弾道を的確に予測するなど到底不可能だ。
 フェザーファンネルが的確にリフレクタービットを狙い撃ち、それをリフレクタービットが的確な角度で反射する。だがどちらかの角度がほんの少しだけでもズレてしまえば、ビームは完全に明後日の方向へと飛んでしまうだろう。それがカリンを的確に狙い撃ちしているのだ。
 こんな芸当はイクシオンのエンゲージ・システムによって、シオンとスティレットが互いの思考を読んでいるからこそ出来る事なのだ。

 「こんなの、息が合ってるっていうレベルじゃ・・・うあああああああああああっ!!」

 ゼルフィカールの飛行ユニットを破壊されたカリンが、力無く地上へと落下したのだった。

6.死闘の末に


 シオンがカリンを撃墜した・・・その事実はコーネリア共和国軍に希望を与え、逆にグランザム帝国軍には絶望を与えた。
 無理も無いだろう。カリンはスティレットに匹敵する実力を持つ、グランザム帝国軍最強の剣士なのだ。そのカリンでさえもシオンに勝てなかったという事実は、帝国兵たちの戦意を萎えさせるのにはあまりにも充分過ぎる事態だった。
 逆にシオンがカリンを打ち破った事で、コーネリア共和国軍の勢いはさらに増す事となり、完全に怖気づいてしまった帝国兵たちを次々と押し返していく。

 シオンもカリンも両軍にとっての絶対的な『エース』・・・その勝敗自体が兵たちの士気に大きく影響し、戦局さえも大きく変えてしまう程の影響力を持ってしまっている。
 この戦闘で、もし逆にシオンがカリンに撃墜されてしまっていたら・・・逆にグランザム帝国軍がコーネリア共和国軍を押し返す結果になっていたとしても不思議ではないのだ。
 この2人は両軍にとって、最早そういう存在なのだ。

 「カリンちゃん!!カリンちゃ・・・」
 「はあああああああああああああああああああっ!!」
 「くっ・・・!!」

 マテリアのビーストマスターソードが、リアナのビームマグナムを真っ二つにした。
 慌ててビームマグナムを投げ捨てたリアナが、ビームハンドガンでマテリアを牽制しながら、地上へと落下したカリンを大急ぎで救助しに行く。
 マテリアも人命救助を優先したリアナを敢えて追撃しようとせず、背中からマナ・ビームガトリングガンを取り出してアーキテクトたちの援護に向かった。
 その様子を帝国兵たちが、絶望の表情で見つめている。 

 「あのラザフォード中尉でさえも、あの男に太刀打ち出来ないって言うのかよ・・・!!」
 「隊長!!敵の魔術師部隊の魔法攻撃が止まりません!!このままではぁっ!!」
 「ええい、引け!!引けぇっ!!一旦防衛ラインを立て直・・・うわあっ!!」

 コーネリア共和国軍のドラゴンライダー部隊が、上空から帝国兵たちに一斉に襲い掛かる。
 兵士たちのビームマシンガンとドラゴンたちの炎のブレスが一斉掃射され、あっという間にグランザム帝国軍の一個小隊が壊滅してしまった。
 上空から城下町を攻め落とそうとした航空部隊も、城からの砲撃とアリューシャらスティレット・ダガー部隊によって完全に壊滅させられてしまい、地上部隊も完全に押し切られてしまっている。
 最早戦いの流れは、完全にコーネリア共和国軍側に傾いてしまっていた。

 「ユーリ隊、バルス隊、通信途絶!!カルザス隊も壊滅した模様!!」
 「総員後退しつつ陣形を立て直し、防衛線を維持せよ!!ゼルフィカール部隊はどうなっているか!?」
 「現在オラトリオ少佐たちと交戦中!!こちらも押され気味です!!」
 「くっ・・・これがコーネリア共和国軍の底力か・・・既に我らに勝利の芽は無し・・・!!このままでは・・・!!」
 「さらにスティレット・ダガー部隊が本艦に急速接近!!もう目の前にまで迫って・・・うわあっ!!」

 後方に陣取っているグランザム帝国軍の旗艦に、アリューシャたちが一斉に襲い掛かった。
 一斉に放たれたマナ・ビームマシンガンが有無を言わさずに砲台を全て破壊し、マナ・グレネードが旗艦の推進部を大破させ、完全に無力化した旗艦が地上へと不時着していく。
 不時着した旗艦の指令室にマナ・ビームマシンガンの銃口を突き付けるアリューシャに、パワードスーツを身に纏った帝国兵たちが左右から一斉に襲い掛かったのだが、アイラたちのビームマシンガンが彼らを情け容赦なく蜂の巣にしてしまう。
 アリューシャの隣で力無く倒れ、絶命する帝国兵たち。スティレット・ダガーを身に纏ったアリューシャたちは、最早パワードスーツ如きで太刀打ち出来るような相手では無いのだ。
 その様子を旗艦の艦長が、歯軋りしながら見つめていたのだった。

 「私はステラちゃんと違って優しくないからね。抵抗するなら容赦なく殺すよ?」
 「・・・分かった、我々は大人しく降伏する。だから生き残った兵たちの命と尊厳だけは保障してくれないか?」
 「OK。私はシュナイダーと違って優しいからね。国際条約に則って捕虜は丁重に扱うよ。」

 大人しく両手を上げた指揮官の姿を見せつけられた周囲のオペレーターたちもまた、アリューシャに対して両手を上げて降伏の意思を示したのだった。
 アリューシャたちも降伏した帝国兵たちまで殺すような真似はせず、生き残った帝国兵たちを次々と拘束していく。

 「いやアンタ、優しいのか優しくないのかどっちなんだい。」

 苦笑いしながらアリューシャにそんなツッコミを入れたアイラだったのだが、その様子をリアナに救助されたカリンが、遠くから歯軋りしながら見つめていたのだった。
 既に地上部隊は完全に押し切られ、航宙部隊も壊滅、さらに旗艦まで撃墜されたとなっては、これ以上の戦闘継続は最早不可能だ。
 まして自分がシオンに撃墜されてしまった事で、味方部隊の士気が一気にガタ落ちしてしまったとなれば。
 リアナの肩を借りながら、カリンが通信機をオープンチャンネルに設定し、生き残った味方部隊に一斉に呼びかけたのだった。

 『旗艦撃墜に伴い、これより本作戦は我、カリン・ラザフォード中尉が指揮を執る!!生き残った兵たちは総員直ちに戦闘行為を中止し、速やかに撤退せよ!!繰り返す!!総員直ちに戦闘行為を中止し撤退せよ!!』

 カリンの呼びかけにより、グランザム帝国軍の残存部隊が一斉に撤退を開始したのだった。
 その様子をシュナイダーがモニター越しに、とても不満そうな表情で見つめている。

 『やれやれ、君には期待していたんですけどねえ。それが無様に生き恥を晒した挙句、撤退命令とは・・・。』
 「これ以上戦闘を継続しても、兵たちを無駄に死なせるだけよ!!戦局は完全に私たちが劣勢、挙句の果てにアンタが勝手に送り込んだスパイたちも全員拘束されたのよ!?」
 『・・・まあいいでしょう。ですがここで引くからには、君には次こそは勝つ為の算段があるんですよねえ?』
 「生きてさえいれば、まだ幾らでもチャンスはあるわ・・・だけど死んでしまったら、それで何もかも終わりなのよ!?」

 スティレットのマナ・ホーリービームライフルが、アーキテクトを狙おうとしたゼルフィカール部隊の少女のビームマシンガンを撃ち抜いた。
 慌ててビームマシンガンを投げ捨てた少女がカリンの撤退命令を受け、スティレットをビームハンドガンで牽制しながら後退していく。

 「グランザム帝国軍、撤退していきます!!」
 「引くのであれば追撃はしない・・・全軍に徹底させなさい。」
 「はっ!!」

 オペレーターの女性士官たちが、兵士たちに追撃はしないよう指示を出す。
 そして撤退していくグランザム帝国軍の後ろ姿を見据えながら、生き残った兵士たちが勝ち誇り、勝利の雄叫びを上げたのだった。
 今回の戦いはシオンたちの活躍もあり、コーネリア共和国軍の勝利に終わった。
 帝国軍最強の剣士であるカリンでさえも、最新鋭のフレームアームであるゼルフィカールでさえも、ヴァルファーレを身に纏ったシオンには勝てなかったのだ。
 その事実は世界中を震撼させ、コーネリア共和国の魔法化学技術を何としても手に入れようとする他国を、さらに牽制する意味合いをも含まれているのだ。

 「シオン・アルザード・・・この屈辱は忘れないわよ!!覚えておきなさい!!」

 リアナの肩を借りながらも、カリンが部下たちを守るために殿(しんがり)を務め、ビームガトリングガンの銃口をシオンに向けながら撤退していく。
 この状況でも尚、身体を張って部下たちを必死に守ろうとするカリンの姿は、彼女の隊長としての器と有能さを現していた。
 そんなカリンをシオンとスティレットが互いに手を繋ぎながら、神妙な表情で見送っている。

 「・・・そう言えばステラ。さっきエンゲージシステムで君と心を繋いだ時に、ラザフォード中尉の事情を知ったんだけど・・・。」
 「シオンさん・・・。」
 「父親が勝手に押し付けた多額の借金か・・・本当にどこにでもいる物なんだな。身勝手な親というのはさ・・・。」

 両親に捨てられたシオンだからこそ、身に染みて分かるのだ。カリンが今までどれだけ苦しんできたのかという事を。どれだけ寂しい思いをしてきたのかという事を。
 カリンもシオンと同じなのだ。両親に捨てられても尚、必死になって生き抜こうとしている。
 いや、カリンと違って施設の職員たちに大切に育てられ、父親に勝手に借金を押し付けられなかった分だけ、シオンはまだカリンよりは恵まれているのかもしれないが。

 「お~い、シオンさ~ん、ステラちゃ~ん。皆~。」

 そこへアリューシャたちが、慌ててシオンたちの元にやってきた。
 彼女たちの無事な姿に、シオンとスティレットは安堵の表情を見せる。

 「やれやれ、何とか無事に切り抜けられて何よりだよ。アンタらも怪我は無かったかい?」
 「僕たちなら大丈夫だよ。それよりアイラ。君に相談したい事があるんだ。」
 「おっ?何だい改まって?アンタが私に相談とは珍しいねぇ。」
 「君は以前、幼馴染が女弁護士だとか言ってただろう?ラザフォード中尉の借金の事についてちょっと相談したくてさ。」
 「は?借金?話の内容がよく見えないんだけど・・・。」

 一体全体何が何だか、全然意味が分からないといったアイラだったのだが。
 そんなアイラに、スティレットがそっ・・・と手を繋いだのだった。

 「言葉で説明するより、こっちの方が早いかもです。」
 「エンゲージ・システムかい?ジャクソンも随分とハイテクな代物を作ったもんだねぇ。」
 「私はアイラさんに全てをさらけ出します。そして私はアイラさんと心を繋げる。」
 「話だけを聞いてると、アンタが変態にしか聞こえないんだけど・・・。」
 「エンゲージ・システム、起動!!」

 アイラの瞳を真っすぐに見据えながら、スティレットはカリンの苦しみをアイラにも知って貰いたい一心で、エンゲージ・システムを起動させた。
 カリンは借金の事を誰かに話したら殺すなどと言っていたが、やはりこんな事を1人だけで抱え込むなんて、そんなの絶対に間違っている。
 そしてスティレットと心を繋げたアイラは、即座に状況を理解し・・・はああああ~~~~と深く溜め息をついたのだった。

 「やれやれ、この期に及んで敵の心配とは・・・アンタらも随分と甘いんだねぇ。」
 「ご、ごめんなさいアイラさん、でも・・・。」
 「いいよ、話は分かった。フュリーに話だけはしておくけど・・・それでもラザフォード中尉は敵国の軍人なんだ。あの子を実際に救えるかどうかまでは保証出来ないよ?」
 「はい。充分に承知しています。」
 「それにしても、多額の借金を勝手に娘に押し付けるなんて、酷い親もいるもんだよ。」

 戦いを終えたシオンたちを優しく癒すかのように、美しい夕焼けの光がシオンたちを温かく包み込んでいる。
 そして生き残ったコーネリア共和国軍の兵士たちが、次々と城下町へと撤退していく。
 結果だけを見れば、今回の戦闘はコーネリア共和国軍の圧勝・・・だがそれでも戦いに勝利したコーネリア共和国軍側にも戦死者が何人も出てしまった。
 皆、それを覚悟の上で戦場に出ているのだが・・・それでも味方に死者が出るというのは、軍人である以上は避けられない物だと分かっていても、決して気分のいい物ではない。
 だがそれでもシオンたちは、死んでいった同志たちの分まで、前を向いて生きていかなければならないのだ。

 「ねえカリンちゃん、リーズヴェルト中尉がカリンちゃんに何か言おうとしてたみたいだけど・・・」

 そしてグランザム帝国の城下町へと帰還する輸送艦の中で、すっかり疲れ切ってソファの上にへたり込んでしまったカリンに、リアナが心配そうな表情で話しかけてきたのだが。

 「・・・リアナには関係無いわよ。」
 「そんな、関係無くなんか無いでしょ?だって私たちは仲間じゃ・・・」
 「リアナには・・・関係無い・・・。」

 多額の借金を父親に勝手に押し付けられたなんて、とてもじゃないがリアナたちに話せる訳が無かった。いや、下手に話してリアナたちを巻き込んでしまう訳にはいかないのだ。
 この問題は、自分1人だけで片を付けなければならない・・・誰も巻き込む訳にはいかない・・・カリンはその決意を顕わにしていた。
 だが同時に「誰にも相談出来ない」という状況が、カリンの心を深く締め付けてしまう。

 今回の戦闘で、カリンはシオンに敗北した。
 カリンがグランザム帝国軍のエースである以上、この程度の事でシュナイダーがカリンを見限る事は無いだろうが・・・それでも同じ失態を何度も何度も繰り返すような事態になれば、それこそカリンはシュナイダーに無能だと判断され、見捨てられる事にもなりかねないのだ。
 そうなれば残された借金を、一体誰が払ってくれると言うのか。
 だからこそカリンは、今度こそシオンに負ける訳にはいかないのだ。

 「シオン・アルザード・・・今度こそ私が必ず討ち取ってみせる・・・!!」 
 「・・・カリンちゃん・・・。」 

 その悲壮な決意を胸に秘めたカリンを、リアナが心配そうな表情で見つめていたのだった。

最終更新:2017年02月26日 07:06