小説フレームアームズ・ガール

第9話「守りたい物があるから」


1.破滅への序曲


 コーネリア共和国軍に惨敗を喫したグランザム帝国軍の残存部隊が、城下町へと帰還する最中。
 これまでグランザム帝国から傘下に入るよう圧力を掛けられ続けてきた、隣国のチャイナ王国が侵攻部隊を編成。カリンらゼルフィカール部隊が不在の隙を狙い城下町へと侵攻を開始した。
 ルクセリオ公国騎士団が城下町への総攻撃の準備を整えていた矢先の出来事であり、ジークハルトにとっては出鼻を挫かれる形となった。
 チャイナ王国の国王・呂建民(ル・チェンミン)はジークハルトに共闘を持ちかけ、ルクセリオ公国騎士団に城下町を挟撃させるよう依頼したのだが、ジークハルトは貴国の政治的な思惑に利用されるつもりは無いと、これを固辞。
 これによりチャイナ王国軍単独でグランザム帝国軍に挑む形となった。

 だが果たしてこれは何の因果なのか、運命がジークハルトに味方しているのか。
 ジークハルトの後々のチャイナ王国との政治的な駆け引きをも見越したこの決断が、結果的にルクセリオ公国騎士団を壊滅の危機から救う形となったのである。

 「少佐、戦況はどうなっていますか!?」

 自国の領地がチャイナ王国に攻め込まれようとしている事で、大急ぎで城下町へと帰還する帝国の輸送艦・・・その指令室にカリンが慌てて駆け付けてきた。
 別にカリンは帝国の為に戦っているのではないのだが、シュナイダーに借金の肩代わりをして貰っている以上は、シュナイダーに何かあってはカリンも困るのだ。
 それに城下町にはリアナたちの家族も住んでいる。隊長として彼女たちの家族も守ってやらなければならないのだ。

 「落ち着けラザフォード中尉。今は最大船速で城下町に向かっている。これ以上の速度が出せない以上、我々が今慌てても何もならん。」
 「それにしても、こんな時に仕掛けて来るとは・・・予想はしていたのですが・・・。」
 「貴官らのゼルフィカールも未だ整備の最中だろう。我々も負傷者を多く抱えている。今のこの現状で我々に出来る事は、城下町に戻るまでに万全の状態を整えておく事だけだ。」

 指令室の大型モニターには、チャイナ王国軍の大部隊がグランザム帝国の城下町へとなだれ込もうとする様子が映し出されている。
 迎撃するグランザム帝国軍も部隊を展開し、城下町周辺で待機し防衛戦の構えを見せているのだが、戦力差は一目瞭然・・・どう考えてもグランザム帝国軍が圧倒的に不利な状況だ。

 『あの厄介なフレームアームズ・ガール共が不在の今こそが、奴ら帝国を叩きのめす絶好の好機よ!!我らチャイナ王国の底力、今こそ奴らに見せつけてやるのだ!!』
 「「「「「「「「「リージェイ(了解)!!」」」」」」」」」
 『総員城下町に突撃せよ!!憎き帝国の豚共に鉄槌を食らわせてやるのだぁっ!!』

 チャイナ王国城の指令室から建民の号令が飛び、チャイナ王国軍が一斉にグランザム帝国の城下町へと突撃する。
 その様子をカリンが、歯軋りしながら見つめていたのだが。

 「何をやっているのシュナイダー、私たちが戻るまでに時間稼ぎ位はしなさいよ!!何を馬鹿正直に受けて立っているのよ!!この戦力差では兵を無駄死にさせるだけよ!!」
 「チャイナ王国は前皇帝ヴィクター殿が、兼ねてより傘下に入るよう圧力を掛け続けてきた国なのだが・・・結果的にそのツケが今になって回ってきたという訳か。」
 「て言うか、この状況で正面から応戦とか、何を馬鹿な事をやっているのよ、あの馬鹿は!!」
 「やれやれ、皇帝陛下の事を馬鹿呼ばわりとは・・・血気盛んなお嬢さんだ。」

 呆れた表情で溜め息をつく艦長だったのだが、そんな事をしている間にもチャイナ王国軍が圧倒的な物量差を活かし、物凄い勢いで城下町に迫ろうとしていた。
 城下町の指令室で何故かニヤニヤしながら、その様子を見つめているシュナイダー。

 「ま、こうなる事が分かっていたからこそ、カリン君たちを敢えてコーネリア共和国に行かせたんですけどねぇ。」
 「ニュークリア・ブラスト部隊、展開完了!!我が軍と城下町が攻撃範囲内に巻き込まれない事を確認しました!!チャイナ王国軍、ニュークリア・ブラストの射程距離に到達!!」
 「よろしい。ニュークリア・ブラスト、一斉掃射!!」
 「了解!!ニュークリア・ブラスト部隊、攻撃を開始して下さい!!」

 オペレーターの女性士官からの命令を受け、いつの間にか左右に展開していたグランザム帝国軍の伏兵たちが、チャイナ王国軍に挟撃を仕掛けて来た。
 パワードスーツを着た帝国兵たちが、右肩に抱えた大型のミサイルランチャーから放ったミサイル・・・それがチャイナ王国軍に向けて一斉に放たれた。

 カリンらゼルフィカール部隊を含めた、グランザム帝国軍の主力部隊が不在で、戦力差は圧倒的にチャイナ王国側が有利。
 しかもそのカリンたちがコーネリア共和国軍に敗北したという事実が、もしかしたらチャイナ王国軍や建民に油断や慢心を抱かせてしまっていたのかもしれない。
 もう少し建民にジークハルトのような思慮深さがあれば、後に歴史に刻まれる事になる今回の大量虐殺を、何とか未然に防ぐ事が出来たのではないだろうか。
 そして今回の建民の先走った行動がきっかけとなって、この戦乱の世の中がさらに混迷の渦中へと巻き込まれる事になるのである。

 「馬鹿め、たかがあんなチャチなミサイル如きで・・・っ!?」

 勝ち誇った表情を見せる建民だったが、次の瞬間、放たれたミサイルが激しい閃光を放ちながら大爆発を起こし・・・その凄まじい光と熱風がチャイナ王国軍に一斉に襲い掛かった。
 そのミサイルの圧倒的な威力によって、着弾点の上空に大きなキノコ雲が形成される。
 しばらくして光が収まると・・・そこには何も無かった。
 チャイナ王国軍の兵士たちも・・・そこに生えていた草木さえも。
 そこにあったのは草木一本すら生えていない・・・ただの焼けただれた荒野だ。
 あまりにも凄まじい威力の爆風によって、全部何もかも焼けて、溶けて、無くなってしまったのだ。

 「・・・ば・・・馬鹿な・・・一体何があったというのか・・・!?」
 『あー、呂建民さん?貴方があまりにも反抗的な態度を取るので、取り敢えず侵攻してきたチャイナ王国軍を壊滅させちゃいました。』
 「な・・・な・・・な・・・!?」

 建民の青ざめた表情を、大型モニターに映し出されたシュナイダーがニヤニヤしながら見つめていた。
 一体何があったというのか、一体何が起きたというのか。
 ほんの数秒前まで自軍が圧倒的に優勢だったはずだ。それがいつの間にか・・・本当にいつの間にか、気が付いたら侵攻部隊が全滅していたのだ。

 「グランザム帝国軍、侵攻開始!!真っすぐに我が国へと向かってきています!!」

 オペレーターの女性士官の泣きそうな表情が、早く降伏してくれと建民に訴えかけているかのようだった。
 チャイナ王国の城下町には、予備兵力として待機させていた残存部隊が未だ健在なのだが、あの正体不明の凄まじい威力のミサイルの脅威を目の当たりにしてしまったのだ。女性士官が絶望するのも無理も無いだろう。

 「き、き、き、貴様、一体何をしたのだ!?今のミサイルは一体何だというのだ!?」
 『さて、呂建民さん。こう見えても私は慈悲深いですからねえ。今すぐ降伏し我々の傘下に入るというのであれば、皆さんや国民たちの身の安全は保障しますが?』
 「わ、分かった!!我々は大人しく貴国に降伏する!!だから今のミサイルを城下町に撃つ事だけは勘弁してくれぇっ!!」
 『賢明な判断ですね。では絶望しちゃってる呂建民さんに早速命令です。これから我々はカリン君たちが戻り次第ルクセリオ公国へと侵攻を開始するので、皆さんもそれに協力して下さい。』

 その様子は世界中の戦場カメラマンによって、全世界へと生中継されていた。
 一瞬で全滅してしまったチャイナ王国軍、上空に形成された巨大なキノコ雲、草木すら残らず荒野と化してしまった戦場・・・そのあまりの残酷な映像に世界中が大騒ぎになる。
 もしルクセリオ公国騎士団が建民からの依頼を受け、グランザム帝国の城下町へと挟撃を仕掛けていたら、一体どうなっていたか・・・。

 「シュナイダーめ、遂に堕ちる所まで堕ちたか!!最早奴をこのまま生かしておく訳にはいかん!!部隊の編成を急がせろ!!」
 「何を考えているのよ、あの馬鹿は!!あんな大量虐殺兵器を投入するなんて、世界中を敵に回すだけだって何で気が付かないのよ!?」
 「愚かな・・・野望に走るあまり、この世界その物を滅ぼすつもりなのですか・・・!!」

 ジークハルトが、カリンが、エミリアが・・・巨大なキノコ雲をモニター越しに、とても厳しい表情で見つめ居ていた。
 そして城の自室のテレビで、その様子を見つめていたシオンとスティレットも、また・・・。

 「シ・・・シオンさん・・・。」
 「・・・間違いない・・・あれは・・・!!」

 泣きそうな表情で自分の身体にしがみつくスティレットの肩を優しく抱き寄せながら、シオンが厳しい表情ではっきりと告げたのだった。

 「・・・核ミサイルだ・・・!!」

2.守りたい物があるから


 コーネリア共和国はエミリアが絶対中立、差別根絶を掟として掲げており、それ故に今回の戦争にもルクセリオ公国、グランザム帝国のどちらにも加担しない事を、開戦した10年前からエミリアが公式発表している。
 だがそれでも今、コーネリア共和国軍はグランザム帝国軍と戦う為に、ルクセリオ公国とグランザム帝国の領地の境界線に向けて進軍を開始していた。
 それはルクセリオ公国を援護する為ではない・・・野心に走るシュナイダーの愚かさのせいで、この世界その物が滅んでしまうかもしれないから。だからシオンたちはシュナイダーを止める為に、グランザム帝国軍と戦わなければならないのだ。

 シュナイダーは、核兵器を実戦投入するという禁忌を犯した。それによって前回の戦闘でチャイナ王国軍が「存在していた」場所は、草木1本生えていない死の大地と化してしまったのだ。
 その核兵器に対抗する為に、世界中の国々も核兵器を実戦投入する事になってしまったら・・・戦場で核兵器が飛び交う事で、この世界その物が滅んでしまうような事態になってしまったら。
 その最悪の事態だけは、何としても止めなければならないのだ。

 『進路クリア。ヴァルファーレ、イクシオン、発進どうぞ。』 
 「シオン・アルザード、ヴァルファーレ、出る!!」
 「スティレット・リーズヴェルト、イクシオン、行きます!!」

 輸送艦フェニックスのリニアカタパルトから射出されたシオンとスティレットが、決意に満ちた表情で目の前の戦場を見据えていた。
 今、グランザム帝国軍がルクセリオ公国との領地の境界線にまで進軍しており、それをルクセリオ公国騎士団が部隊を展開して迎え撃とうとしている。
 今回の戦闘ではジークハルトが直々に出陣し、旗艦で部隊の指揮を執っていた。
 シオンたちはその戦闘に介入するという、中立国としての禁忌を犯そうとしているのだ。

 『ヴァルファーレ、イクシオン、出撃完了。続いてアレキサンダー射出。ヴァルファーレ、イクシオンとのドッキングシークエンスに移行します。』

 リニアカタパルトから射出されたシオンとスティレットの下に、ヴァルファーレとイクシオン専用の大型支援ユニット・アレキサンダーが射出され、それが変形してシオンやスティレットとドッキングした。

 「シオンさん、行きましょう!!」
 「ああ、僕たちでシュナイダーを止めるんだ!!」

 アレキサンダーとドッキングしたシオンとスティレットが、物凄い速度で戦場へと飛翔する。
 その様子をエミリアがコーネリア共和国軍の旗艦から、決意に満ちた表情で見つめていた。

 「結果的に私たちは中立国でありながら、ルクセリオ公国騎士団を再び援護する形になってしまいましたね・・・私たちの今回の行動もまた、後に世界中からの非難に晒される事になるでしょう。ですが今は・・・どうか今だけは・・・この愚かな怒りと憎しみの連鎖を断ち切る為の力を。」

 グランザム帝国軍が次々と進軍を開始する中、カリンらゼルフィカール部隊だけは出撃命令が出ているにも関わらず、輸送艦からの出撃をためらっていた。
 今回カリンたちに出された命令はグランザム帝国軍本隊の後方に陣取る、核ミサイル部隊を攻撃されないように護衛する事だ。
 だが核ミサイルでルクセリオ公国騎士団を滅ぼした所で、果たしてその先に未来などあるのか。
 グランザム帝国軍が放った核ミサイルに対抗する為に他国が新たな核兵器を開発し、やがて世界中で核兵器が飛び交う大戦が勃発し、この世界その物の破滅を招くだけなのではないのか。

 前回のチャイナ王国との戦闘で、核ミサイルが放たれた戦場は草木1本残らない死の大地と化してしまったのだ。その光景をまざまざと見せつけられたからこそ、カリンたちはグランザム帝国軍として戦う事に疑問を抱くようになってしまっているのだ。

 『何をボサッとしているのですかカリン君。君たちの任務はニュークリア・ブラスト部隊の護衛でしょう。さっさと出撃しちゃって下さいよ。』
 「・・・シュナイダー・・・!!」
 『カリン君。君は自分の立場を理解しているんですか?君は我が誇り高き帝国軍のエースなのですよ?だからこそ君が戦場の先頭に立って・・・』
 「何が誇り高き帝国軍よ!?核兵器まで使って、この戦いの先に一体何があると言うの!?」
 『・・・やれやれ・・・君はもっと賢明な女の子だと思っていたのですがねえ・・・。』

 深くため息をついたシュナイダーが、とても不満そうな表情でモニター越しにカリンを見つめる。
 そしてリアナたちにとっては意味が分からない、しかしカリンにとっては残酷な言葉を発したのだった。

 『カリン君・・・私に逆らうという事が何を意味するのか・・・賢明な君ならば分かりますよね?』
 「・・・っ!?」

 カリンがリアナたちに借金の件については明かすなと言うから、シュナイダーはわざわざ言葉を選んでカリンに通告したのだが・・・それだけでもカリンには充分に意味が伝わったようだ。
 ここでシュナイダーに借金の肩代わりを止められてしまっては、また多額の借金をカリンが背負わなければならなくなるのだ。
 それを理解したからこそ、カリンはとても辛そうな表情で歯軋りする。そんなカリンの様子をリアナたちが、とても心配そうな表情で見つめていた。

 「・・・カリンちゃん・・・。」
 「・・・私たち軍人にとって、上からの命令は絶対・・・逆らえば抗命罪に問われる事になる・・・それは理解しているつもりよ・・・!!」
 『理解してくれたようで誠に結構。ならばさっさと出撃しちゃって下さい。』

 シュナイダーからの通信が途切れ、リアナたちはとても不安そうな表情を見せる。
 皆、カリンと同じ様に不安なのだ。核兵器まで投入したこの戦いの先に、果たして何が待ち受けているのかを。
 それでもカリンの言う通りだ。軍人にとって上からの命令は絶対・・・逆らえば抗命罪に問われる事になり、それによって味方部隊に甚大な被害を及ぼしたとなれば、最悪銃殺刑も覚悟しなければならないのだ。
 その悲壮な決意を胸に、カリンたちが覚悟を決めた、その時だ。

 「・・・やるしかないのよ・・・やるしか・・!!」
 『カリン隊長!!ニュークリア・ブラスト部隊に高速で接近する熱源感知!!』
 「何ですって!?」
 『ライブラリー照合・・・ヴァルファーレ、イクシオンです!!』

 グランザム帝国軍の進軍が止まらない中、後方に陣取る核ミサイル部隊が核ミサイルの狙いをルクセリオ公国騎士団に定める。

 「くたばれ!!ルクセリオの豚共がぁっ!!」
 「我ら帝国の栄光ある未来の為にぃっ!!」

 パワードスーツを身に纏った帝国兵たちが、遂に核ミサイルを放ったのだった。
 何発もの核ミサイルが一斉に襲い掛かる。必死に迎撃するルクセリオ公国騎士団だったが、それでも侵攻するグランザム帝国軍本隊への対応にも追われ、迎撃が追い付かない。
 歯軋りするジークハルトだったのだが、その時だ。

 「高速で接近する熱源を感知!!ヴァルファーレ、イクシオンです!!」
 「何だと!?」

 ナナミの言葉にジークハルトが驚きの表情を隠せない最中、シオンとスティレットが放たれた核ミサイルを全弾全てロックオン。
 そしてアレキサンダーから放たれた無数のジャッジメント・レイが、あっという間に核ミサイルを全て薙ぎ払った。
 上空で一斉に爆発する核ミサイル。その光景をシュナイダーが、とても悔しそうな表情で見つめていたのだった。

 「これは一体どういう事です!?何故コーネリア共和国軍がこの戦いに介入するのですか!?中立国の彼らが一体何故!?」
 『グランザム帝国皇帝シュナイダー、並びに帝国軍の皆さんに通告します。私はコーネリア共和国王妃、エミリア・コーネリアです。』
 「な・・・!?」

 シュナイダーの目の前の大型モニターに、エミリアの威風堂々とした姿が映し出された。
 そしてそのエミリアの声はシュナイダーだけでなく、グランザム帝国軍にも・・・そしてルクセリオ公国騎士団にも届けられる。

 『貴方たちは自分たちが一体何をしようとしているのか、本当に理解しているのですか!?ルクセリオ公国との戦争に勝つ為に、この世界その物を滅ぼしてしまうつもりなのですか!?貴方たちはその武器を、一体何の為に手にしているのですか!?』
 「何を馬鹿な事を!!貴方たちの介入さえ無ければ、今頃この戦いは我々の勝利で終わっていたのですよ!!それを・・・!!」
 『貴方たちに帝国の軍人としての誇りが、人としての心が未だ残っているのであれば・・・今すぐに核ミサイルによる攻撃を中止しなさい!!』
 「皆さん、愚か者の言葉に耳を貸してはなりませんよ!!ニュークリア・ブラスト部隊、次弾装填開始!!ゼルフィカール部隊は何をやっているのですか!?」

 エミリアの言葉に全く耳を貸す様子も無く、完全に頭に血が上ったシュナイダーが核ミサイル部隊に攻撃継続命令を下した。
 慌てて核ミサイルをミサイルランチャーに装填する帝国兵たち。そんな彼らに追撃しようとするシオンとスティレットだったが、そこへカリンらゼルフィカール部隊が襲い掛かった。

 「シオン・アルザードおおおおおおおおおおおおっ!!」
 「カリン・ラザフォード中尉か!?」

 放たれたビームサーベルを、シオンがアレキサンダーのジャッジメント・ブレードで受け止めた。
 互いのビームサーベルがぶつかり合い、2人の目の前でバチバチと火花が飛び散る。

 「中立国の癖に、よくもこんな所にまでノコノコとぉっ!!」
 「止めろラザフォード中尉!!エミリア様の言葉を聞いていなかったのか!?それに君だって理解しているはずだろう!?この戦いの先に待っているのは破滅だけだと!!」
 「以前も言ったでしょう!?私たち軍人にとって上からの命令は絶対だって!!私は隊長として隊の皆の命を守らないといけないのよぉっ!!」

 カリンにだって分かっているのだ。核ミサイルまで投入したこの戦いに勝利した所で、待っているのは世界各国からの帝国への強い敵意・・・その先にあるのはシオンの言う通り、破滅だけだと。
 だがそれでもリアナたちを抗命罪に問わせない為にも、カリンはここで絶対に引くわけにはいかないのだ。その為にも隊長である自分が率先して、戦う姿勢を見せつけなければならないのだ。
 そして何よりも・・・父親が勝手に押し付けた多額の借金を、これからもシュナイダーに肩代わりし続けて貰う為に。

 「やらなければならないのよ!!私たちがやらなきゃぁっ!!」
 「くっ・・・君のその凄まじい気迫は・・・!!」
 「はあああああああああああああああああああああっ!!」

 カリンたちの銃撃がシオンとスティレットに襲い掛かる。何とかアレキサンダーのジャッジメント・シールドで受け止めるシオンとスティレットだったが、その間にグランザム帝国軍の核ミサイル部隊が次弾装填を終えたようだ。
 慌てて核ミサイル部隊を迎撃しようとするシオンとスティレットだったが、それをカリンたちが必死に妨害する。

 「くそっ、こんな所で君たちと戦っている場合じゃ・・・!!」
 「シオンさん、私たちが援護するよ!!」
 「な・・・アリューシャ!?」

 そこへ駆けつけたアリューシャらスティレット・ダガー部隊がシオンに加勢。アリューシャたちのマナ・ビームマシンガンがカリンたちに襲い掛かった。
 慌てて間合いを離すカリンたちの前に、アリューシャたちが立ちはだかる。

 「シオン!!ステラ!!こいつらは私らに任せな!!アンタらは核ミサイルを止めるんだ!!」
 「・・・分かった、ここは任せたぞ、アイラ!!」
 「おうよ!!任せときな!!」

 再び核ミサイルを迎撃に向かうシオンとスティレットを慌てて追いかけようとするカリンたちだったが、そうはさせまいとアリューシャたちがカリンたちに襲い掛かった。
 スティレット・ダガーとゼルフィカール。両陣営の最新鋭のフレームアームズ・ガールたちが、上空で激しく乱れ舞う。
 そして決意の表情のアリューシャが、マナ・ビームサーベルでカリンに斬りかかった。

 「カリンちゃああああああああああああああああああん!!」
 「このおっ!!」

 ぶつかり合う互いの剣。そしてアリューシャの勢いに押され、カリンは地上へと押し込まれてしまったのだった。
 その両陣営の凄まじい戦いの様子を見つめるナナミは、意を決してインカムを静かに机の上に置き、決意の表情で立ち上がった。

 「陛下。私もフレズヴェルクで出ます。」
 「いいのか?シオンと戦う事になるかもしれんのだぞ?」
 「・・・私からシオン隊長を奪ったリーズヴェルト中尉も、私を見捨てたシオン隊長も・・・私は絶対に許さない・・・!!」

 それだけ告げて指令室を出たナナミの後姿を、ジークハルトが溜め息をつきながら見送ったのだった。

 「・・・私にも経験はあるが・・・女の恨みとは、かくも恐ろしい物よ。この事態を招いた原因となったのは紛れもなくお前だ。その責任はお前自身の手でしっかりと付けるのだぞ、シオンよ。」

 再び放たれた核ミサイルを、シオンとスティレットがアレキサンダーのジャッジメント・レイで次々と撃ち落とす。
 そんな2人を邪魔させまいと、アリューシャたちがカリンたちと死闘を繰り広げる。
 その激しい戦闘の様子をじっ・・・と見据えながら、武装されたエアバイクに乗ったナナミがリニアカタパルトの上で待機していた。
 このエアバイクこそが、グランザム帝国軍から鹵獲した新兵器・・・フレズヴェルクなのだ。

 『リニアカタパルト接続、フレズヴェルク全システムオールグリーン。発進シークエンスをキサラギ曹長に譲渡する。』

 オペレーターの女性士官の合図と共に、ナナミが搭乗するフレズヴェルクが宙に浮く。ハンドルを握るナナミの両手に力が入る。
 ナナミが目指す場所はただ一つ・・・シオンとスティレットの所だ。

 『進路クリア。キサラギ曹長、発進せよ。』
 「ナナミ・キサラギ、フレズヴェルク、行きます!!」

 決意の表情のナナミがアクセルを全開に吹かせたフレズヴェルクが、物凄い速度で戦場へと飛翔したのだった。

3.死闘、カリンVSアリューシャ


 「中立国でありながら、どうしてこの戦闘に介入するんですか!?アーテル中尉!!」
 「そんなの決まってるだろう!?アンタらが核ミサイルなんかぶっ放すから、私らがそれを止めにきたんだよ!!この世界その物を破滅させない為にねぇっ!!」

 リアナが放つビームマグナムを、アイラがマナ・ビームシールドで受け止める。
 スティレット・ダガー部隊の妨害を受けた事により、ゼルフィカール部隊は核ミサイル部隊の援護に向かう事が出来ず、それによってシオンとスティレットは核ミサイル部隊への攻撃に集中する
事が出来ていた。

 「ステラ、僕が核ミサイル部隊を殲滅する!!君は僕が核ミサイルを撃ち漏らしたら迎撃してくれ!!」
 「シオンさん!?」
 「こんな所で君にまた、人殺しをさせる訳にはいかないんだよ!!」

 シオンがアレキサンダーで、核ミサイル部隊を全てまとめて一度にロックオン。
 核ミサイルの誘爆によって地上に被害を出さないように、帝国兵だけを狙い撃つ。
 そして超精密の精度で放たれたジャッジメント・レイの緑色の光が、情け容赦なく帝国兵だけを次々と貫いたのだった。
 驚愕の表情で次々と死んでいく帝国兵たち。ここまで来ると、最早シオンによる一方的な大量虐殺だ。
 それでもシオンは帝国兵たちを少しでも苦しませない為に、一撃で的確に急所を貫いて即死させていく。

 「ええい、ゼルフィカール部隊は何をやっているのだ!?ヴァルファーレとイクシオンを撃ち落とせぇっ!!」
 「そうはさせるかよ!!シオン隊長の邪魔はさせねぇっ!!」
 「な・・・!?ぐあああああああああああああっ!!」

 シオンを狙おうとする帝国兵たちを、パワードスーツ・ツヴァイを身に纏ったオスカルたちが、ビームマシンガンで次々と蜂の巣にする。
 コーネリア共和国軍の加勢により、戦局は次第にルクセリオ公国騎士団が押せ押せムードになりつつあった。

 『進路クリア!!オラトリオ隊、発進どうぞ!!』
 「これより我々は帝国の城下町へと潜入し、皇帝シュナイダーを拘束する!!」
 「「「イエス、マム!!」」」
 「頭さえ潰せば、それでこの戦争は終わりだ!!行くぞ!!」

 アーキテクト、轟雷、迅雷、マテリアがグランザム帝国の城下町へと飛翔する。
 まさかこんな形で再び帝国の城下町に戻る事になるとは思っていなかったのだが、それでも今は感慨に耽っている場合ではない。
 シュナイダーを捕らえ、最悪の場合は抹殺してでも、一刻も早くこの戦争を止めなければならないのだ。
 シュナイダーの愚かさのせいで、この世界その物を破滅させない為に。
 その3国による凄まじい戦闘の最中、部隊から完全に孤立してしまったカリンとアリューシャが、誰にも邪魔されずに1対1の死闘を繰り広げていた。
 互いの剣が何度もぶつかり合い、2人の周囲に糸状の閃光が走る。

 「さっきエミリア様はシュナイダーの馬鹿をボロクソに批判してたけど、それでもエミリア様だって人の事が言えるのかしら!?絶対中立とか言いながら、それでも結局はルクセリオ公国騎士団を二度も援護してるじゃない!!」
 「カリンちゃん、それは結果的にそうなっただけであって・・・!!」
 「そんな物はただの言い訳よ!!この戦争が終わった後、貴方たちは世界中の国々から激しく批判される事になるでしょうね!!言ってる事とやってる事が滅茶苦茶だってねぇっ!!」

 カリンの凄まじい剣術の前に、アリューシャは完全に押し込まれてしまっている。
 スティレットと並ぶ実力を持つ、グランザム帝国軍最強の剣士・・・その通り名は伊達ではないのだ。それをアリューシャは存分に思い知らされてしまっていた。
 鬼気迫る表情で、カリンはアリューシャを追い詰めていく。

 「差別根絶!?誰もが穏やかに暮らせる世界!?エミリア様は頭の中が花畑で埋まってるんじゃないの!?そんな物は私に言わせれば、ただの甘ったれた幻想よぉっ!!」
 「ぐぬぬぬぬぬ・・・!!」

 カリンのビームガトリングガンを、アリューシャがマナ・ビームシールドで何とか受け止める。
 だがあまりの威力にスティレット・ダガーからの警告音が鳴り響き、アリューシャの目の前の空間に警告を示す画像が映し出されていた。
 このアリューシャも確かに腕は立つようだが、カリンに言わせれば甘ちゃんもいい所だ。
 その雰囲気だけでも分かる。いかにも汚れを知らない、周囲から大事に育てられたお嬢様だという事が。

 「ねえ貴方、風俗店で何人もの男に抱かれた事ってある!?ゴミ箱から残飯を漁って食べた事は!?地面に生えてる草を食べた事は!?ザリガニを捕まえて焼いて食べた事は!?」

 カリンのビームサーベルが、アリューシャのマナ・ビームマシンガンを真っ二つにした。

 「男が見てる目の前でレズプレイをした経験はあるかしら!?私が勤務してた風俗店でレズ鑑賞っていうオプションサービスがあってね!!私はお客さんに命じられるまま、同僚と何度も何度もレズプレイをさせられたわ!!何度も何度も何度も何度も何度も!!」

 カリンのビームサーベルが、アリューシャのマナ・ビームハンドガンを真っ二つにした。

 「そうして夜遅くまで働いて沢山稼いで、それでも稼ぎのほとんどが、父が勝手に押し付けた借金の返済で消えてしまう!!貯蓄なんてほとんど残らない!!その日暮らしで精一杯!!その辛さが貴方に分かるかしら!?」

 カリンのビームサーベルが、アリューシャのマナ・ビームサーベルを弾き飛ばした。
 その鬼気迫る凄まじいカリンの猛攻の前に、完全に丸腰になってしまったアリューシャ。
 それでも尚、希望を捨てない瞳を自分に見せつけるアリューシャを見て、カリンは思う。
 何故私はこんな事を、まるで愚痴をぶつけるかのように、この戦闘の真っ只中に彼女に向けて吐き捨ててしまったのだろうかと。

 「貴方には分からないでしょうね!!いかにも汚れを知らないお嬢様みたいな貴方には、今の世の中の理不尽さなんて!!私の苦しみなんて!!」
 「・・・カリンちゃん・・・!!」

 今まで巻き込みたくない一心でリアナたちにも話せなかったこの苦しみを、誰かに分かって欲しいと・・・誰かに自分を救って欲しいと・・・カリンは心の奥底でそんな事を考えてしまっていたのだろうか。
 完全に丸腰になり追い詰められながらも、それでもまるで諦めようとしないアリューシャ。
 この状況で、何故そんな瞳が出来るのか・・・その真っすぐで力強い瞳に、カリンは一瞬気圧されてしまったのだが・・・それでもカリンはビームサーベルを情け容赦なくアリューシャに浴びせた。
 だが、それでもアリューシャは諦めない。
 友と明日の為に・・・生きる覚悟でカリンと戦うのだ。

 「そんな私だからこそ分かるのよ!!エミリア様が掲げる差別根絶なんて、所詮は甘ったれた夢物語だって・・・っ!?」
 「・・・はあああああああああああっ!!」

 アリューシャが両手にマナエネルギーを収束させてバリア代わりにし、放たれたカリンのビームサーベルを真剣白刃取りで受け止めた。
 予想もしていなかった出来事に、さすがのカリンも驚きを隠せない。

 「な・・・その技は古武術の・・・!?」
 「・・・確かに私はカリンちゃんの言う通り、汚れを知らないお嬢様だよ。パパもママもお爺ちゃんも、私に武術を教えてくれた先生も、私の事をとても大切に育ててくれたから。」

 そのままアリューシャは合掌した両手に気を集中させて交錯させ、カリンのビームサーベルを弾き飛ばした。
 アリューシャは剣術も一流だが、この丸腰になった状態での徒手空拳、武器を持った敵を相手にしての素手での戦術こそが、アリューシャ本来の持ち味、そして真骨頂なのだ。
 弾かれたカリンのビームサーベルが、空中で回転しながら力無く地面へと落下していく。

 「だから私にはカリンちゃんの気持ちが分かるだなんて、そんな無責任な事は口が裂けても言えないよ・・・!!だけどこれだけは胸を張って言える!!エミリア様の掲げる差別根絶の理想は、決して間違ってなんかいないって!!だって私はそれで救われたんだから!!」
 「くっ・・・何を馬鹿な事を・・・!!」
 「そんでもって!!これはアイラ隊長からの伝言!!」

 アリューシャの合気道に対して、剣を失ったカリンがマーシャルアーツで応戦する。
 互いに武器を失った者同士による、徒手空拳でのぶつかり合い・・・それでも本来の2人の実力差なら、カリンがアリューシャを相手に苦戦はさせられても、決して後れを取るような事は無かったはずだ。
 だがそれはあくまでも、「カリンの精神状態が万全だった場合」の話だ。
 人間はロボットとは違う・・・戦う本人の精神状態も戦闘能力に大きく影響する物なのだ。

 「・・・カリンちゃんにはそもそも最初から借金を返済する義務なんか無いって・・・そう弁護士さんが言ってたらしいよ!!」
 「・・・は・・・!?」

 不意に放たれたアリューシャのこの一言が、カリンの動きを完全に鈍らせてしまったのだった。
 茫然自失とした表情で、カリンは完全に呆気に取られてしまう。
 その隙を目がけて、アリューシャがマナエネルギーを収束させた右手による掌底を、カリンの腹目がけて思い切り撃ち込んだ。

 「おんどりゃあああああああああああああああっ!!」
 「がはあっ・・・!!」

 避け切れずにまともに直撃を食らったカリンが、吹っ飛ばされて地面に叩き付けられてしまったのだった。


4.戦う理由


 カリンがアリューシャに敗北した・・・その事実はコーネリア共和国軍やルクセリオ公国騎士団に希望を与え、逆にグランザム帝国軍には絶望を与えた。
 カリンはグランザム帝国軍最強のエース・・・その勝敗自体が敵味方の士気に大きく影響し、戦局さえも左右してしまう程の影響力を持ってしまっているのだ。
 カリン撃墜の一報を受けた帝国兵たちが途端に焦り出し、逆にルクセリオ公国騎士団は一気に押せ押せムードになる。
 戦局は完全に、ルクセリオ公国騎士団優勢になりつつあった。

 「あのラザフォード中尉が、また負けた・・・!?しかも今度はあんな小娘相手に!?」
 「ええい、ひるむな!!我々が核ミサイルをルクセリオ公国騎士団の旗艦にぶつければ、それでこの戦いは終わり・・・!?」
 「隊長!!鹵獲されたフレズヴェルクがこちらに急速接近!!」
 「何だと!?索敵班は何をやって・・・う、うわあああああああああああああっ!!」

 ナナミのペリルショットランチャーが、情け容赦なく帝国兵たちを貫いていく。
 驚愕の表情で次々と死んでいく帝国兵たち。シオンとスティレットだけでなくナナミまでもが核ミサイル部隊を次々と撃破する事で、ルクセリオ公国騎士団の勢いはさらに増す事となった。

 「ナナミ・・・僕たちを援護・・・してくれているわけでは無さそうだな。」

 シオンの目の前の空間に、フレズヴェルクで核ミサイル部隊の帝国兵たちを次々と虐殺するナナミの映像が映し出されている。
 その映像越しでもシオンには分かる。ナナミがシオンとスティレットに向ける、明確な『殺気』。

 「君たちを見捨ててコーネリア共和国に亡命した僕の事を、恨んでいるのか・・・。」
 「シオンさん、今は核ミサイルを止める事だけに集中しましょう!!」
 「・・・そうだな。ナナミの事はそれからだ。」

 シオンとスティレットのアレキサンダーから放たれるジャッジメント・レイが、帝国兵たちや核ミサイルを次々と撃墜していく。
 その様子をシュナイダーがモニター越しに、驚愕の表情で見つめていた。

 『ええい、ゼルフィカール部隊は一体何をやっているのですか!?』
 『ラザフォード中尉、応答ありません!!ルーカス少尉に敗北し、負傷した模様!!』
 『くそが、肝心な時に役に立たない女だ!!拾ってやった恩を忘れやがってぇっ!!』

 通信機から自分に向けられるシュナイダーの罵声が、腹を抱えて地面にうずくまるカリンの耳に届けられるのだが・・・今のカリンにはそれに対してまともに返答する余裕すら無かった。
 マナエネルギーを収束させたアリューシャの掌底の威力が、ゼルフィカールの装甲を貫通してカリンの腹に直接伝わっているのだ。
 鎧を貫通し、人体の内部に直接衝撃を伝える古武術の極意・・・これではゼルフィカールの装甲がどれだけ頑丈だろうと関係無かった。幾らカリンでも直撃して無事で済む訳が無い。
 別に命に関わるようなダメージではないが、それでもこれ以上の戦闘はどう考えても無理だった。
 腹に響く衝撃によって嗚咽したカリンが、とても辛そうに地面にうずくまっている。

 「・・・うっ・・・ゲホッ・・・ガハッ・・・!!」
 「うあああああああああああああああああっ!!」
 「リ、リアナ・・・ぐっ・・・!!」

 そんなカリンの隣に、アイラに敗北したリアナが落下してきた。
 それでもリアナはゼルフィカールの緊急安全装置を作動させ、何とか受け身を取って即座に立ち上がり、ビームサーベルを構えてカリンを庇うかのようにアリューシャを見据える。
 他のゼルフィカール部隊の少女たちもカリンが敗北した事で戦闘行為を中止し、カリンを守る為に次々とアリューシャの前に立ちはだかった。

 「あ・・・貴方たち・・・っ・・・!!」
 「中々いい部下たちを持ったじゃないか。随分と慕われてるんだね、ラザフォード中尉。」

 そんなカリンたちの目の前に、リアナを撃墜したアイラが降り立った。
 いや、アイラだけではない。他のスティレット・ダガー部隊の少女たちも、アイラを追いかけて次々と地面に降り立ってくる。
 互いに武器を手に身構える両陣営・・・だがアイラには既にカリンたちへの戦意は無いようだった。

 「さてと・・・アリューシャから話は聞いただろう?アンタには借金の債務なんて、そもそも最初から存在しないってね。」
 「・・・ううっ・・・ぐっ・・・!!」
 「私の幼馴染が腕の立つ女弁護士でね。アンタの事情を話したら、明らかな金融機関の違法行為だって顔を赤くして怒ってたよ。」
 「何を・・・馬鹿な・・・事を・・・っ・・・!!」

 父親が勝手に押し付けた借金を返済する為に、今まで死に物狂いで頑張ってきたというのに・・・それがいきなり自分には借金の債務が最初から存在しないとか。
 一体アイラもアリューシャも何を言っているのか。カリンは戸惑いを隠せないでいた。
 そんなカリンにアイラは、借金について定められた国際法について静かに語りだしたのだった。

 まず借金というのは、そもそも借りる為に連帯保証人が必要になるのだが、今回はそれをカリンが勝手に父親から押し付けられた形になっており、それ故にカリンが連帯保証人として、失踪した父親の借金を代わりに返済しなければならなくなっていた。
 だがそもそも本人の同意が無ければ勝手に連帯保証人にする事は出来ず、それ以前に20歳未満の者を連帯保証人にする事自体が、国際法で固く禁じられているのだ。
 カリンが父親から勝手に借金を押し付けられた時点で、カリンはまだ16歳・・・そして現在のカリンの年齢は18歳だ。
 この時点でカリンには連帯保証人になる資格自体が存在せず、最初から借金の返済義務など存在しない事になる。

 カリンは自分が父親の血縁者だから、父親の代わりに借金を払わないといけないと、法律でそう決まっていると金融機関から凄まれたと、泣きながらアイラに説明したのだが・・・それさえも違法だとアイラにあっけなく突っぱねられてしまった。
 連帯保証人というのは前述の通り、本人の同意無しに勝手に設定してはいけない物なのであって、それは例え肉親や血縁者であろうとも例外ではないのだ。
 父親が失踪したから、代わりに娘に借金を払わせる・・・割とよくある話なのだが、実はこれ自体が金融機関の悪質な違法行為なのだと、アイラはカリンに静かに語ったのだった。

 涙を流しながらアイラの話に黙って耳を傾けるカリンを、アリューシャたちもリアナたちも悲しみの表情で見つめている。
 当のカリンは今までの自分の凄惨な人生その物を否定されたも同然であり、先程からシュナイダーからしつこく送られてくる通信を無視し、茫然自失としてしまっていた。

 「・・・な・・・何なのよ・・・それ・・・。」
 「この戦争が終わった後に、アンタが金融機関を相手に民事裁判を起こせば、少なくとも今までアンタ自身の手で稼いだ分のお金は、全額戻ってくるはずだって・・・そうフュリーは言ってたよ。アンタが望むなら裁判で、アンタの事を全力で弁護するってさ。」
 「だって・・・帝国の大人たちは、そんな事を・・・誰も私に教えてくれなかった・・・!!」
 「そうだね、アンタは今まで帝国の人間たちにずっと騙され、利用され続けてきたんだよ。」

 そもそも借金の債務が存在しないなんてカリンに知られてしまえば、帝国の大人たちにとっては色々と都合の悪い事が多いのだ。
 金融機関にとっては、父親が踏み倒した借金をカリンから回収する事が難しくなってしまう。
 シュナイダーにとっては、カリンが自分の為に戦う理由自体が無くなってしまう。
 風俗店の店長にとっても店の経営を考えれば、まだ若くて容姿もスタイルも抜群で、店の稼ぎ頭であるカリンに辞められる事態だけは、何としてでも避けたい所だったのだろう。

 「じゃあ私・・・今まで何の為に戦ってきたの・・・!?シュナイダーの命令でルクセリオ公国騎士団やコーネリア共和国軍の人たちを、何人も殺して・・・!!これじゃあ私、馬鹿みたいじゃない・・・!!」
 「そうよ!!カリンちゃんは馬鹿よ!!何で今まで私たちに相談してくれなかったの!?」
 「リアナ・・・!!」

 涙を流すカリンを、リアナがぎゅっと力強く抱き締めた。
 そのリアナの温もりと優しさが、カリンの心を安心させる。
 以前、スティレットはカリンに言っていた。自分がリアナちゃんの立場だったら、私は本気でカリンちゃんに対して怒ると。どうしてリアナちゃんたちに相談しないのかと。
 スティレットの言う通り、リアナはカリンに対して明らかに怒っていた。
 自分1人だけで何もかも抱え込んでしまい、自分たちを頼ってくれなかったカリンに対して。

 「だって私、リアナたちを巻き込みたくなかった・・・!!私のせいでリアナたちまで苦しむ事になったらと思ったら・・・私・・・!!」
 「カリンちゃんにとって私たちは、その程度の存在でしかなかったっていうの!?私たちは仲間でしょ!?苦しむなら皆でその苦しみを分かち合えばいい!!その苦しみを乗り越える為に、皆で相談し合えばいい!!それが仲間って物なんじゃないの!?」

 スティレットが以前カリンに言っていた事と、全く同じセリフがリアナから返ってきたのだった。

 「少なくとも私はカリンちゃんの事を大切な仲間だって・・・友達だって思っていたよ!?」
 「リアナ・・・!!」
 「カリンちゃんは違うの!?ううん、違わない!!だっていつも私たちの事を、本当に大切にしてくれてるんだもん!!」

 常に傍でカリンの事を見続けてきたリアナだからこそ、分かるのだ。
 カリンが自分たちの事を、どれだけ大切に想ってくれているのかという事を。
 カリン隊の隊長として常に自分たちを引っ張り、励まし・・・危険な戦場の最前線で自ら率先して敵を討ち倒し、自分たちを必死に守ってくれていた。
 前回の戦闘でシオンに敗れた時でさえも、シオンとの戦いで負傷していたにも関わらず、自ら率先して身体を張って殿を務め、撤退する自分たちをシオンから必死に守ろうとしてくれたのだ。
 だからリアナも、ゼルフィカール部隊の少女たちも、全員がカリンの為に命を懸けて戦えるのだ。
 そのカリンの事を今までずっと騙してきたというのであれば、最早リアナたちがシュナイダーの命令を聞く義理も義務も無いのだ。

 「・・・は・・・ははは・・・私って、本当馬鹿・・・。」
 「で、これまでアンタをずっと騙し続けてきた張本人である皇帝シュナイダーが、さっきからギャーギャーうるさく騒ぎ立てているんだが・・・アンタたちはまだ、こんな下衆な男の為に命を懸けて戦えるのかい?」

 カリンの通信機の液晶モニターには、明らかに焦っているシュナイダーの憔悴し切った表情が映し出されていた。
 借金をカリンの代わりに肩代わりすると言っても、その財源となっているのは国庫から・・・いわば国民の税金からなのだ。それを自由に使える立場であるシュナイダーにとっては、カリンの多額の借金など別に痛くも痒くもない代物だったはずだ。

 「・・・アーテル中尉。皇帝シュナイダーはカリンちゃんの事を今までずっと騙していました。そしてカリンちゃんにはもう、皇帝シュナイダーの為に戦う理由が何も無くなりました。だからこそ私たちカリン隊には、最早コーネリア共和国軍と戦う理由は何もありません。」

 涙を流すカリンをぎゅっと抱き締めながら、リアナはアイラにはっきりと告げた。

 「私たちカリン隊は現時刻をもって、貴方がたスティレット・ダガー部隊に投降します。」
 「あいよ。投降するからには、アンタらの身柄は丁重に扱うよ。アンタたちもいいね?彼女たちには最早戦意は無いんだ。一切危害を加えるんじゃないよ?」
 「「「「「「「「「了解!!」」」」」」」」」

 アイラに敬礼して武器を降ろすアリューシャたちを、リアナたちが神妙な表情で見つめていたのだった。

最終更新:2017年04月09日 07:26