小説フレームアームズ・ガール

最終話「光溢れる未来へ」


1.城下町での死闘


 これは随分と楽な仕事だと・・・彼らはシグルドに雇われた際に、誰もがそう思っていた。
 市民に多少の死者が出ようが構わん、俺様がシルフィアたちをぶっ殺す邪魔をする者たちがいたら容赦なく殺せと・・・シグルドは彼らにそう告げていた。
 それで戦闘に巻き込まれて死ぬような惰弱な市民など、強国たる我が帝国には不要なのだと。

 だからこそアーキテクトたちが城下町に侵入してきた時も、ゼルフィカール部隊が援軍に来た時も、彼らは誰もが思ったのだ。
 フレームアームズ・ガールだか何だか知らないが、警戒すべきは歴戦の勇者であるアーキテクトのみ。それ以外は所詮は実戦経験が1年にも満たない小娘共の集まり・・・しかもマテリアに至っては正規の軍人ですら無いのだ。
 そんな彼女たちなど、死線を何度も潜り抜けて来た、豊富な実戦経験を誇る自分たちの敵では無いと・・・彼らは誰もがそう思っていた。
 それにいざという時は、市民を人質にでも取って脅してしまえばいい・・・実際に彼らはシグルドから、その許可を正式に得ているのだ。 

 それなのに・・・何故こんな事になってしまったのか。

 「くそが、くそが、くそが、くそが、くそがああああああああああああああっ!!」

 傭兵たちがビームマシンガンを必死にマテリアに放つが、スティレット・リペアーの圧倒的な機動力の前にロックオンすらままならない。
 そして彼らがマテリアに気を取られ過ぎている間に、いつの間にか背後に回り込んでいた迅雷が、ユナイトソードで傭兵たちを次々と斬り捨てていく。
 慌てて傭兵たちは迅雷に向けてビームマシンガンを放つが、そんな彼らをリアナのビームマグナムが情け容赦なく貫いた。
 そんなリアナを遠くから狙撃しようとした傭兵にマテリアが上空から急接近。ビーストマスターソードの刀身が鞭状に変化し、傭兵の首を絞め付ける。

 「あがっ・・・!!」
 「大人しく武器を捨てて投降して下さい。さもなくばこのまま貴方の首を切断しますよ?」
 「わ、分かった・・・大人しく降参するから・・・だから・・・っ!!」

 降参する素振りを見せながらも、隠し持っていたビームハンドガンでマテリアを撃とうとした傭兵だったが・・・次の瞬間、首が胴体から離れて宙を舞っていた。
 普段の慈愛に満ちたマテリアからは想像も付かないような、冷酷な瞳・・・それを見せつけられた周囲の傭兵たちが思わずゾッとしてしまう。
 マテリアはビーストマスターソードの刀身についた血を、指で掬って舐めたのだが・・・すぐにペッ、と不味そうに吐き出したのだった。

 「・・・不味い。やっぱり吸うならシオンさんたちじゃないと。」
 「この、バンパイア風情が・・・あがあっ!?」

 慌ててマテリアをビームマシンガンで撃とうとした傭兵たちを、駆け付けたゼルフィカール部隊の少女たちがビームマシンガンで一網打尽にしていく。
 そして背中合わせの状態になったマテリアとゼルフィカール部隊の少女たちが、互いに頷き合い・・・散開して傭兵たちの残存部隊の迎撃に向かったのだった。

 即席のチームとはとても思えない程の、彼女たちの一糸乱れぬ連携・・・傭兵たちは完全に追い詰められてしまっていた。
 苦し紛れに市民を人質に取ろうとするものの、彼女たちの統率された動きの前に、人質を取らせてすら貰えない。
 数の上でも圧倒的優位に立っていたはずが、いつの間にか9割近くがアーキテクトたちによって叩きのめされてしまっていた。

 「くそっ、何故だ!?俺たちはプロの傭兵なんだぞ!?それが何でこんな小娘共に、こんな・・・!?」
 「侮ったな。戦闘のプロと言えども、貴官らは所詮は傭兵・・・一致団結する事を知らん。」

 何の迷いも無い力強い瞳で、アーキテクトが生き残った傭兵たちにガンブレードランスを突き付け、はっきりと告げた。

 「ここにいるフレームアームズ・ガールたちの方が、少々チームワークが上だったようだな。」
 「・・・っ!?」

 威風堂々と自分たちを見据えるアーキテクトたち、そして目の前で積み上げられている死体の山を前に、傭兵たちは焦りを隠せずにいた。
 いかに戦闘のプロと言えども、彼ら傭兵はアーキテクトたちと違って何の信念も持たず、所詮は金の為に戦っているだけに過ぎない。
 また彼らのその特性上、昨日まで味方同士として背中を預け合っていた者たちが、翌日には敵同士として殺し合う・・・なんて事も日常茶飯事だ。本当の意味でチームワークを発揮する事など出来るはずがない。
 どれだけ優れた戦闘能力を有していようが、そんな彼らが揺るぎない信念を胸に戦うアーキテクトたちを相手に、最初から勝てるはずが無かったのだ。

 「じょ、冗談じゃねえ!!こんな化け物共相手にこれ以上戦えるかぁっ!!」
 「命あっての物種ってなぁっ!!」

 生き残った傭兵たちが、次から次へと逃げ出していく。
 彼らは何の信念も持たず、ただ金の為にシグルドに雇われて戦っているだけなのであって、命の危険に晒されてまでアーキテクトたちと戦う理由など何も無いのだ。
 これが傭兵たちの限界・・・守るべき物の為に命を懸けて戦うアーキテクトたちとは、格が違う。

 「お、おいお前ら!!」
 「貴官はどうする?降伏か?死か?」
 「ぐ・・・ぐぬうっ・・・!!」

 ただ1人残された隊長格の男が歯軋りするが・・・やがて観念したのか手にしたビームマシンガンを地面に投げ捨て、両手を上げたのだった。

 「分かった、俺は大人しく降伏する。正直お前らの事を舐めてたわ。」
 「賢明な判断だな。よし、総員ただちにラザフォード中尉を援護に向かうぞ。あのインペリアルとかいう新型の性能は未知数だ。いかにラザフォード中尉といえども1人で戦わせるのは・・・。」

 隊長格の男に背中を向けて、リアナたちに指示を出すアーキテクトだったのだが・・・そのアーキテクトに向けて隊長格の男が、突然隠し持っていたビームハンドガンの銃口を向けたのだった。

 「・・・馬鹿が・・・っ!?」

 だが発砲しようとした所で、アーキテクトのマナ・ビームハンドガンが隊長格の男の脳天を貫いた。
 驚愕の表情のまま、どうっ・・・と地面に倒れる隊長格の男。即死だった。

 「・・・馬鹿は貴官の方だ。あのような愚物の為にそこまで命を懸ける意味がどこにある?」

 そこまでして金が欲しいのか・・・いや、それ程までのハングリー精神を持って、彼はアーキテクトに最後まで抵抗しようとしたのだろう。
 コーネリア共和国の軍人として、公務員として、安定した収入を得ているアーキテクトとは違い、彼ら傭兵はフリーランスだ。収入が安定しているとは決して言えない。
 ここまで命を懸けなければならない程までに、金銭的に切迫していたのか・・・それともラキウス同様にただの戦争中毒者なのか。
 詳しい事情は知らないが、アーキテクトは隊長格の男の瞳と口をそっ・・・と閉じ、静かに冥福を祈ったのだった。

 『オラトリオ少佐、周囲に残存部隊の反応はありません。シグルドの私兵の傭兵部隊は完全に壊滅しました。』

 そこへゼルフィカール部隊のオペレーターの少女が、アーキテクトに通信を送って来た。

 「これで残る脅威はルクセリオ公国騎士団とジークハルト殿だけか・・・シオンが何とか足止めしてくれているようだが・・・。」
 『それとシルフィア様からの伝言です。市民の避難誘導はエルウィン隊に任せ、オラトリオ臨時小隊は苦戦しているカリン隊長の援護に向かって欲しいとの事です。』
 「了解した。言われなくとも元よりそのつもりだったからな。」

 あのインペリアルとかいう新型の性能もさる事ながら、シグルド自身も相当な使い手なのだろう。
 そうでなければヴァルファーレを纏ったシオンを、自らの手で叩きのめすなどと軽々しく言えるはずもない。
 それに、あのカリンでさえも苦戦させられる程の相手・・・アーキテクトたちも気を引き締めて掛からなければならないだろう。
 その決意と覚悟を胸に秘め、アーキテクトは再びリアナたちに向き直った。

 「・・・よし、総員ただちにラザフォード中尉の援護に向かうぞ!!」
 「「「「「「「「「「「「イエス、マム!!」」」」」」」」」」」」

 決意を胸に秘めた瞳で、リアナたちは一斉にアーキテクトに敬礼したのだった。

2.女同士の意地の張り合い


 ナナミが故郷のジャパネス王国を離れてルクセリオ公国に亡命したのは、6年前・・・16歳になったばかりの頃だった。
 突如ジャパネス王国を襲った大震災と、それによって引き起こされた津波によって、ナナミは両親も弟も家も財産も全て失ってしまう。
 当時隣国のルクセリオ公国が積極的に支援活動を行っていた事、そして肝心のジャパネス王国の上層部が、この有象無象の大震災を前に大混乱状態に陥り、軍による支援物資の配給すらまともに行われなかった事で、ナナミは「さすがにこれでは駄目だ」と完全にジャパネス王国を見限ったのである。

 『食料や水はいつになったら届けてくれるんですか!?もうあと1日で底がつくんです!!』
 『申し訳ありませんが、こちらも上層部からの指示が二転三転していて、動きたくても動けない状況なんですよ。自分たちで何とか出来ませんかね?』
 『そんな、自分たちで何とかしろって・・・土砂崩れで道路が寸断されているんです!!それに私たちの中には怪我人も大勢いますし、中には足を骨折してる人だっているんですよ!?私が応急処置をしましたが、早く病院で適切な治療をしてあげないと!!』
 『本当に申し訳ありませんが・・・出来るだけそちらまで救援活動を行えるよう、上層部に掛け合ってみますので・・・。』
 『ちょ・・・!!』

 避難所に指定されていた小学校の体育館で、電話越しにジャパネス王国軍を怒鳴り散らすナナミを、不安そうな表情で見つめている避難民たち。
 そして設置されていた大型テレビでは、政府関係者が軍によって救助された事が大々的に放送されていた。
 一体どうなってるんだ、上の連中はすぐに助けるのに、何で俺たちは後回しにされるんだ・・・そんな軍に対する不満が怒号となり、子供たちが涙を流しながら泣き喚く。

 そして助けが来ないまま、1日が過ぎ・・・備蓄していた食料や水がとうとう底をついた。
 避難民たちの将来への不安や、軍に対しての不満が限界まで高まり、とうとう爆発し・・・一部の避難民たちが発狂しながら、ナナミに集団レイプを働こうとしたのである。
 極限状態に陥った事で、「ナナミに子供を産ませなければ」という種としての生存本能が暴走したのか、それとも助かる見込みが無い事で自暴自棄になってしまったのか。
 そこへ間一髪で駆け付けたルクセリオ公国騎士団によって、ナナミは何とか犯される寸前の所で救われたものの、この事件は絶望したナナミの心に一生消えない深い傷を残す事になる。

 結局自分たちを最後まで助けてくれなかった、ジャパネス王国の軍や上層部に失望したナナミは、そのままルクセリオ公国に亡命。
 そして極限状態におかれた避難所での、冷静かつ適切な判断力を評価されたナナミは、軍のオペレーターを目指してみないかと士官学校への入学を勧められた。
 別に強制はされなかったものの、それでもナナミには士官学校に入る以外に選択の余地は残されていなかった。

 全寮制の士官学校なら、衣食住が全て保障される。それに将来軍に入隊する事を約束すれば、学費や生活費が全額支給される・・・家族も財産も全て失ってしまったナナミにとって、これ程魅力的な話は無かったのである。
 士官学校を卒業後も軍に入らず、大学に進学したり一般企業に就職する者たちも決して少なくはない。実際に士官学校でもそういった者たちへの進学、就職のサポートも行っていた。
 だがその場合は国から支給された学費や生活費を、全額返済しなければならなくなってしまう。それはとてもじゃないが震災で無一文になってしまったナナミには、到底無理な話だった。

 かくしてナナミは士官学校を卒業し、オペレーターとして軍に入隊する事になる。
 だがルクセリオ公国の城下町や軍の内部においても、ジャパネス王国出身で震災から逃れてルクセリオ公国に亡命したナナミの事を、興味本位の目で見る者たちも決して少なくは無かった。
 どんな悲惨な状況だったの?大丈夫だった?・・・ナナミが避難所で受けた屈辱や心の傷を知りもせずに、根掘り葉掘りと当時の状況を興味本位で聞こうとする者たち。
 彼らには決して悪気があった訳ではないのだが、それでもナナミにとっては苦痛以外の何物でも無かった。

 そして1年前、中尉に昇進したシオンがシオン隊の隊長として小隊の指揮を任されるようになり、そこへ軍曹に昇進したナナミがシオン隊のオペレーターとして配属される事になる。
 シオンは他の者たちと違いナナミの心情を理解し、ナナミに対して最大限の配慮をしてくれた。
 シオン隊のメンバーに震災に関しての話題を、ナナミの前では絶対にしないように命じ、シオン自身もナナミに対して特別扱いは一切しなかったし、震災の話題は一切口にしなかった。
 私から当時の状況を聞きたいと思わないんですか?ファミレスで2人で食事をした際に、ナナミはシオンにそう切り出してみたのだが、シオンからこんな言葉が返ってきたのである。

 『君は自分の心の傷を僕にえぐって貰いたいのか?少なくとも僕にそんな趣味は無いよ。』

 穏やかな表情でそう話すシオンに、ナナミは心の底から救われたような気がした。
 ルクセリオ公国に亡命してからという物、そんな事を言ってくれたのはシオンが初めてだった。
 ナナミが受けた心の傷を知りもしないで、興味本位で震災の事をしつこく聞いてくる者たちが多い中で、シオンだけはナナミの心情を理解し、最大限の配慮をしてくれたのである。
 この人となら共に歩んでいけると、ナナミは心の底からそう思った。
 そして、そんなシオンにナナミが惚れるのに、それ程時間がかからなかったのである。
 それなのに・・・。

 「それなのに、そんなシオン隊長を貴方は奪った!!だから私は貴方が許せないのよ!!そして私を見捨てたシオン隊長の事も!!」

 エンゲージ・システムで自分の心の中を垣間見たスティレットに、ナナミが怒りの形相でペリルショットランチャーを乱射した。
 マナ・ホーリービームシールドで必死に受け止め続けるスティレットだが、あまりの威力にイクシオンからの警告音が鳴り響き、スティレットの目の前の空間に警告を示す画像が映し出される。

 複雑な変形機構を搭載した事で、単機であらゆる状況に対応出来る万能機となったフレズヴェルク。しかしそれ故の生産性の悪さ、メンテナンスの煩雑さ、そもそも使いこなせる者が少ないといった問題があった事で、結局試作機が1機作られただけに留まっていた。
 だがその基本性能はゼルフィカールやスティレット・ダガーを上回っており、それにナナミ自身の高い技量も加わった事で、スティレットは苦戦を強いられていた。

 だがそれでもスティレットは、一歩も引かない。
 ナナミの心情や想いは理解したが、だからと言って今更シオンを譲るつもりなど無いのだから。

 「私だってシオンさんに身も心も救われたんです!!私もシオンさんの事が好き!!愛してる!!だからキサラギ曹長にシオンさんは渡さない!!」

 何とかナナミに接近したスティレットが、マナ・ホーリービームサーベルをナナミに浴びせる。
 それをテイルブレードで受け止めたナナミが、スティレットと鍔迫り合いの状態になる。
 そのまま鍔迫り合いの状態のまま、睨み合う2人。

 「大体、私にシオンさんを取られたからってシオンさんを殺すとか、そんな物騒な人に尚更シオンさんは譲れません!!そもそもアレン伍長にシオンさんを取られたら、貴方はアレン伍長を殺したんですか!?」
 「殺す訳がないでしょう!?同じ隊に所属する大切な仲間なのよ!?私だってマチルダ伍長だったら仕方が無いと思っていたわよ!!私は貴方だから許せないのよ!!」

 スティレットを弾き飛ばしたナナミが、ペリルショットランチャーを最大出力で発射する。
 それをマナ・ホーリービームシールドで受け止めるスティレットだったが、あまりの威力に吹っ飛ばされてしまう。
 その隙を狙い、フレズヴェルクをサイドワインダー形態に変形させたナナミが、スティレットの背後に超高速で回り込んだ。

 「くっ、飛行形態にも変形を・・・!!」
 「これで終わりよぉっ!!」
 「まだです!!」

 再びフレズヴェルクをフレームアーム形態に変形させ、体勢を崩したスティレットにテイルブレードで斬りかかるナナミだったが、それを読んでいたスティレットが背中の翼を閉じて盾代わりにして、ナナミの斬撃を受け止めた。

 「な・・・!?そんなでたらめな使い方を・・・!!」
 「私はまだ終われない!!シオンさんとの未来を掴む為にも!!」

 ナナミの一撃でイクシオンの翼に亀裂が走るものの、それでもスティレットは空中で身体を反転させて、イクシオンの翼でナナミのテイルブレードを弾き返した。
 そして体勢を崩したナナミに、至近距離からマナ・ホーリービームサーベルを放つ。

 「はあああああああああああああああああああっ!!」
 「うわああああああああああああああああああっ!!」

 立て続けに浴びせられたスティレットの斬撃によって、フレズヴェルクを損傷させられたナナミが遂に地面に叩き付けられた。
 うずくまるナナミの首元に、スティレットがマナ・ホーリービームサーベルの剣先を突き付ける。
 死を覚悟して目を閉じるナナミ・・・だがスティレットはナナミに止めを刺さず、マナ・ホーリービームサーベルを懐に収めたのだった。
 予想外の出来事に、ナナミは戸惑いを隠せない。

 「・・・な、何故・・・!?どうして私を殺さないの・・・!?」
 「貴方が死ねば、シオンさんはきっと悲しむだろうから・・・私はシオンさんの悲しむ顔を見たくない。だからキサラギ曹長。貴方はこれからも生きて下さい。生きて幸せを掴み取って下さい。」

 戦場に出るからには、兵士というのは単なる一戦闘単位に過ぎない。だから殺そうが殺されようが文句を言われる筋合いなど無い。これはシオンもスティレットもナナミも、士官学校で教官から散々しつこく叩き込まれた事だ。
 だからこそシオンもスティレットもナナミも、それを覚悟の上で戦場に出ており、仮にここでどちらかがどちらかを殺したとしても、シオンは悲しみはしても決して殺した方を恨みはしないだろう。それはスティレットもナナミも充分に分かっていた。
 だがそれでもスティレットは、ナナミを殺さなかったのだ。

 「私に同情するつもりなの!?貴方にそんな事されたって、私には屈辱でしかないわよ!!」
 「それにシオンさんにもさっき言われましたよね?自分の命を粗末に扱う事だけは絶対に許さないって。」
 「・・・っ!?」

 スティレットの言葉で、ナナミが驚愕の表情になる。
 それはシオンがルクセリオ公国騎士団に所属していた頃から、シオン隊のメンバーに口酸っぱく言い聞かせてきた事だ。
 自分の命を粗末に扱うのは許さないと。友と明日の為に戦えと。 
 それを言われたら、さすがのナナミも言い返す事など出来るはずが無かった。

 「・・・卑怯よ、貴方は・・・!!そんな事を言われたら、私は・・・!!」
 「キサラギ曹長。そんなにシオンさんが好きなら、さっさと私みたいにシオンさんとエッチして、身も心も言い逃れ出来ないように、既成事実を作っちゃえば良かったじゃないですか。」

 損傷したイクシオンの翼を外したスティレットが、再びアレキサンダーとドッキングする。

 「私だってやれる物ならとっくにそうしてたわよ!!そんな事をしたらシオン隊長の立場が悪くなるに決まってるでしょうが!!無神経な貴方と一緒にしないで頂戴!!」
 「そんなのは、ただの言い訳ですよ。ただ単に貴方に勇気が無かっただけです。それこそシオンさんと相談して、一緒に乗り越えようとは思わなかったんですか?」
 「・・・は、ははは・・・貴方、意外に情け容赦のない事をズケズケと言うのね・・・。」
 「私はもう行きますね。シオンさんを助けに行かないと・・・。」

 アレキサンダーとドッキングしたスティレットが、大急ぎでシオンの救援に向かう。
 その威風堂々とした姿を、ナナミがとても悔しそうに見つめていたのだった。

3.史上最強の親子喧嘩


 パワードスーツ・ルクスの圧倒的な火力、そしてジークハルト自身の高い戦闘能力の前に、ヴァルファーレを身に纏ったシオンでさえも苦戦を強いられていた。
 その圧倒的な武力とカリスマ性によって、ただの二等兵から国王にまで上り詰めたジークハルト。その強さはシオンに「あの人を殺すなんて常人には到底無理だ」と言わしめた程だ。
 かつて両親に捨てられたシオンを救ってくれた、大恩あるジークハルト・・・そのジークハルトが悲壮な運命によって、今度はシオンの最大の敵として立ちはだかっている。
 だがそれでもシオンは、ここで引く訳にはいかないのだ。
 シルフィアを、そしてグランザム帝国の人々を、ルクセリオ公国騎士団から守る為に・・・この10年も続いた愚かな戦争を止める為にも。

 「ぐうっ・・・!!」

 ジークハルトが放ったハイパービームマシンガンを、何とかマナ・ハイパービームシールドで受け止め続けるシオン。
 だがあまりの威力にヴァルファーレからの警告音が鳴り響き、シオンの目の前の空間に警告を示す画像が映し出される。
 シオンは何とかジークハルトを振り切ろうとするものの、極限まで磨かれたヴァルファーレの機動性をもってしても、ジークハルトの正確無比の射撃からは逃れられなかった。

 「行け!!フェザーファンネル!!」

 それでもシオンは諦めず、翼に装填された12基のフェザーファンネルの内、4基を一斉にジークハルトに飛ばすが・・・。

 「何だ貴様のその軟弱な武装は!?貴様も男なら自らの腕で勝負せんかぁっ!!」

 多くの帝国兵を叩きのめし、ゼルフィカール部隊をも苦戦させ、スティレットの力を借りたとはいえカリンさえも撃墜したフェザーファンネルでさえも、ジークハルトには全く通用しなかった。
 繰り出されたオールレンジ攻撃をもろともせず、ジークハルトはハイパービームサーベルで、フェザーファンネルを次々と叩き壊していく。

 (全く、この人は本当に人間なのか・・・!?)

 呆れながらもシオンはジークハルトに言われた通り、マナ・ハイパービームサーベルでジークハルトに斬りかかった。
 互いの剣がぶつかり合い、2人の間にバチバチと火花がほとばしる。
 だがパワードスーツ・ルクスの圧倒的なパワーの前に、シオンは完全に押されていた。

 「くっ・・・サーベルのパワーが負けている・・・っ!!」
 「貴様に討たれるならば本望だと私は思っていたが・・・どうやら器では無かったようだな!!シオンよ!!」
 「陛下ぁっ!!」

 シオンに向けて放たれる、凄まじい『殺気』。ジークハルトはシオンを本気で殺すつもりなのだ。
 グランザム帝国を完膚なきまでに叩きのめす・・・その自らに課した使命、今更曲げる事の出来ない覇道を達成する為に、その障害と成り得るシオンを排除する為に。
 たとえ息子同然に育て上げたシオンだろうと、敵として立ちはだかるなら決して容赦はしない・・・その悲壮な覚悟をシオンは敏感に感じ取っていた。

 そう・・・戦場に出るというのは、そういう事なのだ。
 たとえ肉親や親友、恋人が相手だろうと、敵である以上は戦って排除しなければならないのだ。
 だからシオンはスティレットがグランザム帝国軍にいた頃に、君を殺したくないから軍を辞めてくれと持ち掛けたのだし、そもそもジークハルトがシオンを殺すつもりだという事も、シオンは最初から承知の上だ。
 承知の上でシオンは、こうしてジークハルトの前に立ちはだかっているのだ。
 その2人の悲壮な戦いを、マチルダもオスカルもリックも、かつてのシオン隊のメンバーたちも、悲しみの表情で見つめていた。

 「陛下、シルフィアならグランザム帝国を、必ず良き方向へと導いてくれるはず!!そしてラザフォード中尉なら、必ずシルフィアをシグルドから守り抜いてくれる!!それは陛下だって理解しているはずでしょう!?」
 「最早誰が新たな皇帝となろうが、私は一切の容赦をするつもりは無い!!一切の弁明を聞くつもりも無い!!帝国を完膚なきまでに滅ぼす!!それが私が果たさねばならぬ天命なのだぁっ!!」

 シオンを弾き飛ばしたジークハルトが、ハイパービームマシンガンをシオンに向けて乱射する。
 それを何とかマナ・ハイパービームシールドで受け止めるシオン。
 やはりジークハルトは強い。それにヴァルファーレさえも凌駕するパワードスーツ・ルクスの火力は驚異的だ。認めたくはないがシオン1人だけでは荷が重過ぎた。
 ナナミを撃破したスティレットが救援に駆けつけるまで、あと5分といった所か。

 (それまで時間を稼ぐか・・・!?いや、それでは僕の方がジリ貧になるか・・・!!)
 「貴様の事だ!!リーズヴェルト中尉が駆け付けるまで時間を稼ぐつもりなのだろう!?だが貴様には最早その猶予さえも与えん!!このまま一気に叩きのめしてくれるわぁっ!!」

 マナエネルギーを動力源とする事で無限稼働を実現しているヴァルファーレと違い、バッテリーで稼働しているパワードスーツ・ルクスでは、どうしても稼働時間に制限が生じてしまう。
 だからこそジークハルトは、そうなる前に一気に決着を付けるつもりなのだ。
 いくらヴァルファーレさえも上回る火力を誇るパワードスーツ・ルクスと言えども、バッテリー切れを起こしてしまえばただの鉄の鎧同然となってしまう。
 それでもジークハルト程の強者ならば、並の敵が相手なら素手で充分渡り合えるが・・・今ジークハルトが相手にしているのは英雄とまで呼ばれているシオン、そして究極最強のフレームアーム・ヴァルファーレなのだ。
 バッテリー切れを起こしてしまえば、ジークハルトの負けだ。 

 右手でハイパービームマシンガンをシオンに向けて乱射しながら、ジークハルトは左手で懐からハイパーグレネードを取り出し、シオンに投げつけた。
 それがシオンの目の前で派手に爆発し、防ぎ切れなかったシオンが吹っ飛ばされてしまう。
 爆発と同時に後方に飛ぶ事で衝撃を和らげたシオンだったが、それでもダメージを受けてしまったようだ。
 あまりの威力に、ヴァルファーレのあちこちに亀裂が走ってしまっていた。

 「くっ・・・!!」
 「やはりそのフレームアームは火力と機動性を極限まで高めた代償として、装甲の防御力が犠牲になってしまっているようだな!!メッキが剥がれてしまえば脆い物よ!!」

 体勢を崩したシオンに、さらにジークハルトがハイパービームマシンガンで追撃を掛ける。
 ジークハルトは決してシオンを侮らない。幾ら優位に戦いを進めているからといって決して油断はしない。
 認めざるを得ないが、純粋な剣術ならシオンの方が上なのだ。下手にハイパービームサーベルで斬り合えば、番狂わせが起きてしまう可能性がある。
 心底悔しいが、それは先程シオンと剣をぶつけ合った時に確信させられていた。
 だからこそジークハルトはこのまま距離を取って、シオンに剣を取らせないまま終わらせるつもりなのだ。

 「最早リーズヴェルト中尉の救援も間に合わん!!貴様は今ここで朽ち果てるのだ!!」

 放たれるハイパービームマシンガンによって、ヴァルファーレの装甲が少しずつ削られていく。
 直撃を食らって大破した肩の装甲が、力無く地上へと落下していく。
 ヴァルファーレの装甲に亀裂が走り、ボロボロにされていくシオン。
 だがそれでもヴァルファーレは死なない。そしてシオンも決して諦めてはいなかった。

 「これで終わりだ!!死ねい、シオン!!」
 「まだだぁっ!!」
 「なっ・・・ぐあああああああああああっ!?」 

 突然ジークハルトの真下から放たれた無数の緑色のビームが、ジークハルトのハイパービームマシンガンを貫いた。
 慌ててジークハルトに投げ捨てられたハイパービームマシンガンが、ジークハルトの目の前で派手に爆発する。
 まさかスティレットの救援が間に合ったのか・・・いや、パワードスーツ・ルクスのレーダーには何の反応も無い。
 慌ててジークハルトが、ビームが放たれた真下を見降ろすと、そこにあったのは・・・いつの間にか空中に設置されていた4基のフェザーファンネルだった。

 「馬鹿な!?フェザーファンネルだとぉっ!?何故あんな位置にぃっ!?」

 ジークハルトはシオンと交戦しながらも、翼に装填されたフェザーファンネルを警戒し、決して目を離さなかった。
 12基のフェザーファンネルの内、4基は大破させた。残る8基のフェザーファンネルもヴァルファーレの翼からは一度も分離していなかったはずだ。
 ではあの4基のフェザーファンネルは、一体全体どこから湧いて出て来たというのか。

 「陛下あああああああああああああああああああああっ!!」

 戸惑うジークハルトに考える余地さえ与えず、シオンがマナ・ハイパービームサーベルを手に斬りかかった。
 慌ててそれをハイパービームサーベルで受け止めるジークハルトだったが、さらに上空から4基のフェザーファンネルがジークハルトに襲い掛かった。
 またしても有り得ない方角からの攻撃に反応出来ず、直撃を受けたジークハルトが地上へと吹っ飛ばされてしまう。
 ヴァルファーレの翼に装填されている8基のフェザーファンネルは、未だ分離されてはいない。

 「な、何故だ!?これは一体・・・ま、まさか貴様・・・!!」

 地上に吹っ飛ばされながらもジークハルトは、シオンの作戦を瞬時に理解したのだった。
 今現在ヴァルファーレの翼に装填されている8基のフェザーファンネルは、確かに「ジークハルトとの戦闘では」一度も分離していない。
 では今ジークハルトを襲った、本来有り得ない8基のフェザーファンネルは、一体全体どこから飛んで来たのか。

 それはジークハルトがアレキサンダーを撃墜した際に、シオンが爆風に紛れさせてとっさに飛ばして隠していた、アレキサンダーに搭載されていた予備のフェザーファンネルだったのだ。
 まんまとシオンに一杯食わされた・・・ジークハルトは「ヴァルファーレの」フェザーファンネルは確かに警戒していたが、撃墜したアレキサンダーに関しては完全に無力化した物だと判断し、全く警戒していなかったのだ。
 今までシオンが8基のフェザーファンネルをヴァルファーレから分離させなかったのは、密かに隠していた8基のフェザーファンネルの存在を、ジークハルトに悟らせない為だったのだろう。
 驚愕しながら地上に落下するジークハルトのハイパービームサーベルを、追撃するシオンのマナ・ハイパービームサーベルが弾き飛ばす。

 「お、おのれシオン・・・!!」
 「これで、終わりだああああああああああああああっ!!」
 「ぐあああああああああああああああああああああっ!!」

 シオンのマナ・ハイパービームサーベルによる一撃が、遂にジークハルトのパワードスーツ・ルクスを粉々に粉砕したのだった。

4.戦う理由


 シオンがジークハルトを撃墜した事で、ルクセリオ公国騎士団は事実上敗戦し・・・城下町への脅威は取り敢えず去ったと言えるだろう。
 だがそれでも、また終わってはいない。
 シルフィアとシグルド・・・このグランザム帝国の次期皇帝の座を巡っての、正当な皇位継承者同士による争いは、まだ終わってはいないのだ。
 この期に及んでも尚、ルクセリオ公国との戦争継続の意思を表明し、その障害となるシルフィアを何としてでも抹殺しようとするシグルド。彼だけは何としても今ここで討たなければならないのだ。
 グランザム帝国・・・いや、この混迷に満ちた世界を、真の平和へと導く為に。

 だがヴァルファーレを纏ったシオンを自らの手で討ち取ると、自信満々に語るだけはある。
 新型フレームアームのインペリアルの力、そしてシグルド自身の強さも圧倒的で、カリンは完全に苦戦を強いられていた。
 シュナイダーのような口先だけが達者の男とは、格が違う・・・シグルドはまさしく正真正銘の武人なのだ。カリンはそれを思い知らされていた。

 「はっはっはーーーーー!!中々やるではないか!!さすがは帝国軍最強の剣士と呼ばれているだけの事はあるなぁっ!!」
 「くっ・・・!!」
 「やはり戦いとは、こうでなくてはな!!強者との戦いは血沸き肉躍るわぁっ!!」

 シグルドが繰り出すビームランスを、辛うじてビームサーベルで受け止め続けるカリンだったが、シグルドの優れた槍術、そしてインペリアルのパワーの前に完全に押されてしまっていた。
 カリンが身に纏うゼルフィカールから警告音が鳴り響き、カリンの目の前の空間に警告を示す画像が映し出される。
 このインペリアルは火力だけなら、間違いなくヴァルファーレさえも凌駕する代物だ。正面からまともにぶつかり合えばカリンの方がジリ貧になるだろう。

 カリンは一旦間合いを離しビームガトリングガンを放つが、それをシグルドはガンシールドで易々と受け止める。
 逆にガンシールドから放たれた無数のビームが、カリンのゼルフィカールに少しずつダメージを与えていた。
 あまりの威力に、ビームシールドでも完全に防ぎ切れないのだ。

 「喜べラザフォード中尉!!貴様は価値のある女だ!!この俺様直々に死を与えられる価値がなぁっ!!」
 「私はまだ死ねないわ!!リアナたちの為にも、そして何よりもシルフィアを守る為にも!!」
 「あんな戦場で腰を抜かして逃げ出すような臆病者に、何の価値がある!?」
 「価値があると思ったからこそ、私はシルフィアを全力で守るのよ!!」

 シルフィアはカリンの足手まといにならないようにと、護衛の帝国兵に守られながら、再び城の指令室にまで避難していたのだ。
 カリンの戦いぶりをモニター越しに、とても心配そうな表情で見つめている。
 それをシグルドは「逃げた」「臆病者」などと批判していたが、それが今のシルフィアがカリンにしてやれる精一杯なのだ。
 そしてそのシルフィアの判断があったからこそ、カリンはこうして何も気にせずに、シグルドと全力で戦う事が出来ているのだ。

 「シグルド、貴方は一体何の為に戦うの!?何の為にルクセリオ公国との戦争を続けようとするの!?これ以上の戦いに一体何の意味があると言うのよ!?」
 「そんな物は決まっておろうが!!我が帝国を強国たらしめる為!!この世界全てを帝国の支配下に置く為よ!!」
 「貴方もシュナイダーと同じ様に、世界征服でも企むつもりなの!?」
 「歯向かう者は力で屈服させる!!この戦乱の世の中で帝国を守るにはそれが最善手だと、貴様程の女が何故それに気が付かんのだぁっ!?」

 シグルドのガンシールドが、カリンのビームガトリングガンを粉々に粉砕した。
 カリンは懐からビームハンドガンを取り出しシグルドに撃つものの、それでも元々牽制用の武器であるビームハンドガンでは、インペリアルには傷1つ付けられない。
 まさに絶対障壁とまで呼べる程の、立ち向かう者に絶望すら与える程の、圧倒的なインペリアルの防御力・・・だがそれでもカリンの目はまだ死んではいなかった。
 まだ諦める訳にはいかない。まだカリンは今ここで死ぬ訳にはいかないのだ。

 ゼルフィカールがインペリアルよりも優れている点・・・それはヴァルファーレにもそれなりに対抗出来ていた機動力だ。
 バランスが取れた扱いやすい汎用機として設計されたゼルフィカールと違い、インペリアルは火力と防御力を極限まで追求するあまり、機動性が犠牲になってしまっている。
 その機動力という数少ない利点を生かせば、カリンにもまだ勝機はある。
 どれだけ強力な一撃だろうと、当たらなければどうという事は無いのだ。
 そういう意味ではシグルドは、まだシオンに比べたら戦いやすい相手だと言える。

 「やっぱり貴方に比べたら・・・シルフィアの方がまだ遥かにマシよぉっ!!」

 シグルドの周囲を高速で飛び回り、カリンはシグルドを翻弄する。
 ビームサーベルでシグルドに斬りかかり、ビームランスやガンシールドで受け止められたら即座に高速離脱。シグルドに決して的を絞らせない。

 「ええい、ちょこまかと鬱陶しい女だ!!・・・ん?」

 だが運命というのは、一体どこまでカリンに残酷な仕打ちをするつもりなのか。
 母親に捨てられ、父親に借金を勝手に押し付けられ、風俗店で屈辱的な思いをしながら働かざるを得なくなり、さらには帝国の大人たちに騙され、利用され続けるなど、これまでの人生で悲壮な運命に翻弄され続けたカリン。
 その絶望を乗り越え、シルフィアという希望をようやく見出したカリンに、運命というのはどうしてここまで残酷な仕打ちが出来てしまうのか。

 カリンとシグルドの目に映ったのは・・・突然現れた、逃げ遅れた1人のメイドの少女。
 彼女は確か最近入ったばかりの見習いで、城の給仕の仕事をしていた少女だ。カリンは彼女には何回か世話になった事があるのだが。
 何を思ったのかシグルドは突然ニヤけた表情になり・・・突然ガンシールドの銃口を少女に向けたのだった。
 予想もしなかった出来事に、絶望を隠せない少女。

 「ひいっ!?」
 「ふはははははは!!死ねい!!」
 「くっ、そうはさせないわよ!!」

 ガンシールドから放たれたビームが、情け容赦なく少女に襲い掛かったのだが・・・慌ててカリンが少女の前に立ちはだかり、放たれたビームを次々とビームサーベルで弾き、少女を守った。
 だがあまりの威力に受け切れず、カリンはビームサーベルを弾き飛ばされ、吹っ飛ばされて壁に叩き付けられてしまう。

 「ぐあああああっ!!」
 「ラザフォード中尉ぃっ!!」

 直撃、被弾。
 カリンが身に纏うゼルフィカールに無数の亀裂が走り、無惨にも火花が飛び散っている。
 泣きそうな表情でカリンを介抱する少女を、シグルドがニヤニヤしながら睨み付けていた。

 「わ、私を庇って・・・ラザフォード中尉・・・そんな・・・!!」
 「ふははははははは!!ラザフォード中尉が負傷したのは貴様のせいだぞ!!貴様がトロトロと逃げ遅れてノコノコとこんな所までやってきたせいで、ラザフォード中尉は貴様を庇わざるを得なくなってしまったのだ!!」
 「まさか、ラザフォード中尉が私を庇う事を狙って・・・!?酷い!!どうしてこんな酷い事を出来るんですかぁっ!?」
 「この甘ちゃんが!!戦場でそんな言い訳が通用するとでも本気で思っているのかぁっ!?」

 目に涙を浮かべながら自分を睨み付ける少女を、シグルドが鬼の形相で一喝したのだった。

 「ゆとり世代の貴様らに、戦場で最も大切な事は何かを教えてやる!!それは勝つ為には手段を選ばん事だぁっ!!」
 「手段を選ばないって・・・そんな・・・!!」
 「戦場は遊びではない!!ルールなど存在しない、敵と殺し合いをする場所なのだ!!敵を討ち、味方を守る為ならば、どのような卑劣な手を使ってでも敵を殺さねばならんのだぁっ!!」

 シグルドに言わせれば、逃げ遅れてこんな所までノコノコとやってきた少女が悪いのだ。
 少女を守る為にカリンは持ち味の機動力を封じてまで、シグルドの攻撃を真正面から受け止めてまで、身体を張って少女を庇わざるを得なくなってしまった。
 つまりはカリンが被弾したのは、少女が逃げ遅れたせい・・・全てはこの少女の責任なのだ。
 それをシグルドに思い知らされた少女は、深く責任を感じてしまい・・・大粒の涙を流しながら倒れているカリンを見つめていたのだが。

 「・・・戦場にルールなど存在しない・・・か・・・それは違うわよ、シグルド・・・!!」

 何とか起き上がったカリンが、よろめきながらも何とか立ち上がる。
 そして目から大粒の涙を流しながら自分を見つめる少女に、カリンは背一杯の笑顔を見せた。

 「ラザフォード中尉・・・ご、ごめんなさい・・・私の・・・私のせいで・・・!!」
 「大丈夫よ。ゼルフィカールはもうボロボロだけど、私自身の怪我は大した事は無いから。」
 「だけど、私のせいで・・・私のせいで・・・っ・・・!!」
 「私はこの国の軍人よ。軍人が自国の民を命懸けで守るのは当然でしょ?」

 自分が足手まといになってしまった事に責任を感じる少女を、全く責めようとしないカリン。
 そんなカリンの姿を、シグルドがとても不満そうな表情で睨み付けていたのだが。

 「俺様の言う事が違うだと!?一体何が違うというのだ!?」
 「戦意を失い投降した敵兵士は丁重に扱わなければならない、除隊を希望する自国の兵士に戦闘行為を強要してはならない、洗脳や人体実験などの非人道的行為も禁止、その他モロモロ・・・国際条約で定められているはずよ。」
 「フン、それがどうしたと言うのだ!?そんな下らない国際条約など、この俺様が・・・」
 「そして、自国の民を守る為に戦う・・・それが軍人が戦場で守らなければならない、軍人に課せられた必要最低限のルールよ!!」

 とても厳しい表情で、カリンはシグルドを睨み付けていた。
 今、ようやく確信した・・・やはりシグルドに人の上に立つ資格など無いと。
 そしてだからこそ、今この場でシグルドを、何としてでも討たなければならないのだと。
 この国を守る為に・・・そして10年も続いたこんな下らない戦争を終わらせる為に。

 「貴方は私に勝つ為に、貴方が本来守らなければならない彼女を殺そうとした!!自国の民まで殺そうとした貴方に、皇帝を名乗る資格なんか無いわよ!!」
 「まさに笑止!!強国たる我が帝国に、避難命令が出ているのに逃げ遅れるような、そのような足手まといのノロマなど不要!!弱者など要らぬ!!必要なのは強者なのだ!!」
 「結局、弱者は強者に蹂躙されるしかない・・・そう思っていた時期が私にもあったわ。私も自分自身の弱さのせいで、今まで悲惨な目に遭ってきたから・・・だけど今は違う!!」

 ビームハンドガンの銃口をシグルドに向けながら、カリンは威風堂々と、何の迷いも無い力強い瞳で宣言したのだった。
 カリンの脳裏に映ったのは、シルフィアの、そしてリアナたちの笑顔。

 「今の私には命懸けで守りたい人たちがいる!!その人たちの為に私は戦う!!それがこれからの私の戦う理由よ!!」
 「貴様の口上は実に見事だ!!だがそんなボロボロの機体で何が出来る!?翼をもがれた鳥は最早飛ぶ事すら叶わぬ!!今の貴様には億に1つも勝機は無いわぁっ!!」

 ビームガトリングガンもビームサーベルも失い、ゼルフィカールもボロボロ。
 確かにこんな状態では、今のカリンに勝機など無いかもしれないが。
 いや・・・「カリン1人だけなら」、確かに完全に詰みだっただろう。
 そう、今のカリンには、かけがえのない仲間がいる。
 今のカリンは・・・もう1人では無いのだ。

 「・・・戦場において最も大切なのは、勝つ為に手段を選ばない事・・・確かに貴方はそう言っていたわよね。」
 「然り!!だが今の貴様に一体何が出来るというのだ!?」
 「だったら私も遠慮無く・・・手段を選ばずにやらせて貰う事にするわ。」
 「何だと!?貴様、一体何を言って・・・っ!?」

 その瞬間、インペリアルから鳴り響いた、自分がロックオンされた事を告げる警告音。
 慌ててシグルドが上空を見上げると・・・そこにいたのは自分に銃口を向けるアーキテクトたちの姿だった。

 「総員撃ち方始め!!ラザフォード中尉を援護する!!」
 「「「「「「「「「「「「イエス、マム!!」」」」」」」」」」」」

 放たれた一斉射撃を、慌ててガンシールドで受け止めるシグルド。

 「ぬうっ、もう全滅させられたとでも言うのか!?あの傭兵共も使えん連中だ!!だがこの程度でこの俺様を倒せると思うなぁっ!!」

 ガンシールドから放たれた無数のビームを辛うじて避け、地上へと降り立つアーキテクトたち。
 そして散開してシグルドを取り囲み、全方位から一斉射撃を繰り出す。
 だがそれでも強固な防御力を誇るインペリアルには、決定的なダメージを与えられない。
 全方位にビームバリアを展開し、アーキテクトたちの攻撃をやり過ごすシグルドだったのだが、その時だ。 

 「そんな豆鉄砲で、この俺様のインペリアルを傷付けられるとでも・・・っ!!」

 そこへカリンのジャマーグレネードが、シグルドに襲い掛かった。
 放たれる閃光がシグルドの視界を奪い、レーダーも妨害される。

 「ぬうっ、小賢しい真似を!!だが殺気と気配で貴様らの位置は特定しているぞ!!」

 マテリアに放たれたガンシールドのビームを、カリンがビームシールドで受け止めた。
 だがシグルドの攻撃を立て続けに受け続けた影響もあり、今の一撃でとうとう限界を迎えてしまい、ビームシールドの発生装置が粉々に粉砕されてしまう。
 それでもカリンの瞳からは、希望の光が失われてはいなかった。

 「マテリア!!轟雷!!迅雷!!」
 「カリンちゃん!?」
 「この子をお願い!!それと・・・!!」

 少女をマテリアに託したカリンが決意に満ちた表情で、ボロボロになったゼルフィカールを脱ぎ捨てたのだった。

最終更新:2017年05月05日 07:36