小説フレームアームズ・ガール

後日談「例えその身が汚れていても」


1.動き出す陰謀


 グランザム帝国軍がルクセリオ公国騎士団に降伏し、互いに多くの犠牲を出した壮絶な10年戦争が終結してから、一週間が過ぎだ頃。
 グランザム帝国の城下町は戦後の混乱に晒されながらも、新たな皇帝となったシルフィアが上手く人々を纏め上げ、着々と戦後の復旧を進めつつあった。
 コーネリア共和国軍の捕虜となっていたグランザム帝国軍の兵士たちも、戦争が終結した事で全員が釈放され、無事に祖国に戻り家族と再会し、穏やかな日々を過ごしている。
 戦争に敗北したグランザム帝国だったのだが、それでもジークハルトがグランザム帝国を決して奴隷扱いしなかった事から、城下町にルクセリオ公国騎士団の兵士たちが駐留し騒ぎを起こすような事も無く、人々は復旧作業で忙しいながらも平和な日々を送っていた。

 スティレットがイクシオンのエンゲージ・システムでジークハルトとシルフィアの心を繋いだ事で、シルフィアに本当に敵意が無いという事、ルクセリオ公国に降伏してでも戦争を早期に終結させたいという、シルフィアの強い想いが証明されたという事もある。
 だが何よりもジークハルトが心優しく聡明なシルフィアの人柄を信じ、わざわざ軍を駐留させて騒ぎを起こすような真似は必要無いと判断した事が大きかった。
 もし今の状況で帝国の皇帝が、ヴィクターやシュナイダー、シグルドのような愚物だったのであれば、ジークハルトは即座に城下町に兵を送り込み、強い監督体制を敷いていたに違いない。

 それ故に城下町に住む人々の多くが、自国が敵対国に降伏したという実感が全く持てないという、何とも奇妙な状況になってしまっていた。
 それでもルクセリオ公国騎士団は、もう城下町には攻めてこない。つい先日まで飛び交っていたミサイルもビームも、もう飛んで来る事は無い。
 正式な終戦協定式の日取りはまだ決まってはいないが、それでも戦争はもう終わったのだ。 

 そんな中、チャイナ王国の国王・呂建民が、何を思ったのか突然シルフィアに対して求婚。
 しかも

 『私としては非常~~~~~に不服ではあるのだが、それでも貴様のような小娘を我が妻として迎えてやると言っているのだ。光栄に思うがよいぞ。』

 などという、シルフィアに対して恋愛感情など全く持っていない、ただの小娘としてしか見ていないと言わんばかりの、物凄く上から目線で一方的な要求・・・というか命令だった。
 これも強力な軍事力を誇るグランザム帝国と同盟を結び、自国の国力をさらに盤石にする為の、いわゆる政略結婚の一環なのだろう。
 それを察したシルフィアは断固拒否。逆に建民のスマートフォンにカリンとのキス画像(自撮り)を送りつけてやった。
 これが器量の小さい愚物である建民を激怒させ、後に無謀にもチャイナ王国軍がグランザム帝国の城下町に侵攻した挙句、大惨敗を喫するきっかけとなってしまうのだが、それはまた先の話である。

 そして城下町の復興作業が着々と進む中、それに水を差すかのように大型台風がグランザム帝国を直撃。
 激しい暴風雨で交通機関が乱れ、土砂災害などの甚大な被害が出る中、グランザム帝国軍はシルフィアの指揮の下、総力を挙げて人々の救助活動に奔走する。
 この一大事を重く見たエミリアは、アイラ隊のメンバーを救援としてグランザム帝国の城下町に派遣。カリン隊と協力して救助活動を行う事になった。

 かつて敵同士として死闘を繰り広げた間柄ながらも・・・いや、逆にだからこそ彼女たちはあの死闘がきっかけとなって、互いに強い絆で結ばれたとでもいうのか。
 カリン隊とアイラ隊は互いに一糸乱れぬチームワークを発揮し、フレームアームの上にレインコートを纏いながら、情け容赦なく襲い掛かる暴風雨にも負けず、迅速的確に救助活動を行っていた。
 その凄まじい暴風雨が吹き荒れる外の様子を、シルフィアが城の窓から心配そうな表情で見つめていたのだが。

 「どうやら救助活動は滞りなく進んでいるようですな。」

 そんなシルフィアの下にやって来たのは、グランザム帝国の大臣を務める初老の男性、ドゼー・クリストファーだ。

 「これも奴らの救援のお陰だというのが、何とも気に入らなくはありますが・・・。」
 「暴言は慎みなさい、ドゼー。エミリア殿からのご厚意のお陰で、私たちの救助活動が円滑に行えているのですよ?それを気に入らないとは一体どういう了見なのですか。」
 「しかし奴らは我が国に甚大な被害を及ぼした連中なのですぞ?そんな奴らの手をむざむざと借りるなど・・・。」
 「元々コーネリア共和国に不当な侵略行為を行ったのは、元はと言えばシュナイダー兄様なのですよ?それを考えれば、むしろ我々がエミリア殿に謝罪しなければならない立場にあるのです。それをエミリア様は笑ってお許しになられ、こうして彼女たちを救援に送って下さったのですよ?」
 「しかしこれでは奴らに借りを作ってしまった形になります。後々の政治的な駆け引きを考えれば、奴らを我が国に迎え入れたのは得策とは言えませぬぞ?」
 「エミリア殿がアイラ隊を派遣して下さったのは純粋な厚意からです。貴方にはそれが理解出来ないのですか?」

 不機嫌そうな表情のシルフィアを、ドゼーが何とも気に入らないといった表情で見つめている。
 シルフィアは今回のアイラ隊派遣というエミリアの厚意を、本当に心からありがたいと思っている。
 だがドゼーが言うように、これではグランザム帝国がコーネリア共和国に借りを作ってしまった形になってしまうのも事実だ。
 シルフィアにもエミリアにも全くそんなつもりは無いのだが、少なくともドゼーのように政治に深く関わる上層部の者たちは、それを強く懸念しているのだ。
 ましてグランザム帝国軍はシュナイダーの命令によって、中立国のコーネリア共和国に対して不当な領地侵犯を行ったという前科さえあるのだから。

 「・・・ですがシルフィア様。これはまたとない好機ですぞ。」
 「好機?何がですか?」
 「分かりませぬか?奴らのスティレット・ダガーから、奴らが独占活用している魔法化学技術を、我々が盗み取る絶好の好機だと言っているのです。」

 人というのは強大な力を目の前にすれば、それを使わずにはいられない。
 世界中で唯一、マナエネルギーの実用化に成功した・・・それ故にコーネリア共和国は今も、世界中の国々から強い圧力を掛けられ続けているのだ。
 優れた技術を自分たちだけで独占するとは何事なのかと。
 コーネリア共和国の科学技術が、他国を大きく引き離す目覚ましい発展を遂げた事が示すように、マナエネルギーがコーネリア共和国の人々に与えた恩恵はあまりにも大きいのだ。
 いや・・・各国から強い圧力を掛けられる程までに、あまりにも大き過ぎたと言うべきか。

 自然を汚さないクリーンな、しかも永久機関を実現した強大なエネルギー。
 それを動力源にした最新鋭の機体であるスティレット・ダガーが、こうして今ドゼーの目の前に存在しているのだ。
 その優れた技術を何とかして、自分たちが手に入れる事が出来れば・・・ドゼーはそれを企てていたのだが。

 「・・・ドゼー。それはむしろ犯罪ですよ?」
 「バレなければ犯罪ではないのですよ。技術を盗み取った後に、我々も偶然技術の実用化に成功した事にすれば良いのです。」
 「今こうして目の前の私にバレているではありませんか。」
 「ですからシルフィア様からのご承諾さえ頂ければ、私はすぐにでも行動させて頂きます。何、証拠など一切残しませんよ。奴らに何を問い詰められようが・・・。」
 「そんな事は絶対に許しませんよ。」

 シルフィアが強い口調で、ドゼーに対して情け容赦なくそう告げた。
 マナエネルギーに関しては正直に言ってしまえば、確かにシルフィア自身も魅力を感じていない訳でもない。
 だがその技術をスティレット・ダガーから盗み取るという事は、今こうして必死に救助活動を行ってくれているアイラたちや、彼女たちを派遣してくれたエミリアに対する、最大の裏切り行為に他ならないのだ。
 バレなければいいなどという問題ではない。マナエネルギーの技術を盗み取るという行為自体が、彼女たちの信頼を裏切る人道的に絶対に許されない事なのだ。
 何故そんな事も理解出来ないのか・・・シルフィアはドゼーに心の底から失望していた。

 「ドゼー。貴方はコーネリア共和国と再び戦争でも起こすつもりなのですか?」
 「しかしシルフィア様、我々が魔法化学技術を手に入れれば、我が国はさらなる発展を・・・。」
 「絶対に許さない・・・そう言いましたよね?ドゼー。」
 「しかしですよ、シルフィア様・・・。」
 「正直こんな言い方はしたくないのですが・・・貴方は抗命罪に問われたいのですか?」
 「・・・う・・・うぐっ・・・。」

 鋭い眼光で自分を睨み付けるシルフィアに、さすがのドゼーもたじろいてしまう。
 全く、物事の大局も理解出来ん小娘だ・・・ドゼーは心の奥底でそんな事を考えていた。
 今ここでマナエネルギーの技術を手に入れる事が出来れば、このグランザム帝国はさらなる発展を遂げる事が出来るのは間違いないというのに。
 シルフィアはそれでコーネリア共和国と戦争になってしまう事を懸念しているようだが、そのリスクを冒してでも手に入れるだけの価値が、マナエネルギーにはあるのだ。

 「・・・まあいいでしょう。それはそれとして・・・シルフィア様。建民殿からの求婚を断ってしまって本当によろしかったのですか?」
 「今度はその話ですか。私にはカリンがいると何度言えば分かるのですか。」
 「しかし建民殿はとてもお怒りになっておられます。今すぐに発言を撤回しなければ我が国への侵略も辞さないと、先程建民殿からの連絡が・・・。」
 「ただの下らない脅しですよ。そんな理由で戦争を起こそうものなら重篤な国際問題になります。そんな事も分からない程、建民殿も馬鹿ではないでしょう。」

 まあ、そんな事も分からないような馬鹿なのだが。

 「しかしそれを抜きにしても我が国にとって、建民殿からの結婚の申し出はまたとない好機・・・チャイナ王国を傘下に収める事が出来れば、我が国の国力はさらに盤石になるのですぞ?」
 「あのような建民殿からの一方的な要求に応える義理などありません。大体私にはカリンがいると言っているでしょう?」
 「ですがシルフィア様、ラザフォード中尉と一体どうやって子作りをなされるおつもりなのですか?このままでは我が国は後継ぎが生まれず、皇族の血が途絶える事になるのですぞ?」
 「私の血を引く者だからと言って、必ずしも王の器とは限りません。私の部下たちの中で最も信頼出来る者に継がせれば済む話ですよ。」

 それはシュナイダーやシグルドが最も分かりやすい例だろう。
 シュナイダーは己の私欲の為に無駄に戦火を拡大させただけでなく、ミハルを人質に取ってマチルダをシオンと無理矢理戦わせるという、非人道的な行為まで行った。
 シグルドも武人としてはとても有能だったのだが、それでもカリンに勝つ為に自国の民まで平気で殺そうとするなど、とても人の上に立つ資質があるような人物ではなかった。
 だからこそシルフィアは自分の代で皇族の血が途絶えようが、そんな物はどうでもいい事だと思っているのだが。

 「しかしシルフィア様、女性同士の恋愛など・・・それに身分が違い過ぎますし、しかもあのような風俗上がりの汚れた小娘・・・ひぎいっ!?」

 怒りの形相でシルフィアがドゼーの胸倉を掴み、壁に叩き付けて壁ドン!!した。
 そのシルフィアの胆力と鋭い眼光を前に、ドゼーの顔面から冷汗が溢れ出て来る。
 シルフィアは怒っていた。ドゼーに対して本気で怒っていた。

 「・・・ドゼー。先日言ったばかりですよね?カリンに対して・・・いいえ、カリンだけではない。今も風俗店で必死に働く女性たちに対して、その手の侮辱は一切許さないと。」
 「で、ですがシルフィア様、それでも世間の目という物が・・・!!」
 「そんな物は一切気にしない・・・私はそう言いましたよね?」
 「な、何故あのような小娘にそこまで固執するのですか!?私にはとても理解が・・・!!」
 「貴方の知った事ではありませんね。」

 シルフィアに胸倉を離されたドゼーが、腰を抜かしてその場にへたり込んでしまう。
 そんなドゼーの情けない姿を、シルフィアが汚物を見るかのような目で見下していた。
 この国を守る為に必死になって、それこそ命懸けで戦ってくれたカリンに対して、何故そのような暴言を吐けるのか・・・シルフィアはドゼーに対して本気で怒りを露わにしていた。
 政略結婚や女性同士での恋愛、後継ぎの件で文句を言われるのはまだ分かる。
 だがそれで何の罪も無い、それこそ誰にも頼れない中で必死に今を生き抜いてきたカリンに対しての不当な暴言など、許されるはずがないのだ。

 「シルフィア様。只今ヨツバ電機からの救助要請がありまして、道路が土砂災害で封鎖され、物資の受け取りも避難もままならない状況との事です。このままでは3日で工場内の食料が底を尽く上に、従業員たちが不安に駆られて暴動を起こしているから助けてくれと。」

 息を切らしながら帝国兵の新兵の青年が、慌ててシルフィアの下にやって来た。

 「分かりました。カリンたちのB13地区の救助作業はどうなっていますか?」
 「はっ、もう間もなく完了すると、先程ラザフォード中尉からの連絡がありました。」
 「ならカリンたちに工場までの連絡通路の土砂の除去、並びに人々の救護活動と暴動の鎮圧をするよう伝えておいて下さい。」
 「了解!!」

 シルフィアに敬礼をした青年が、慌てて息を切らしながら走り去っていく。
 その様子を見届けたシルフィアが、再び腰を抜かしているドゼーに向き直り、はっきりと告げた。

 「ドゼー。これ以上カリンに対しての不当な暴言は一切許しませんよ?いいですね?」

 それだけ言い残して威風堂々と去っていくシルフィアを、ドゼーは苦虫を噛み締めたような表情で見つめている。
 元々ドゼーはカリンに対して、正直いい印象を持ってはいない。
 士官学校を中退したにも関わらず軍に配属され、しかもいきなり中尉階級を与えられただけでも生意気な小娘だと思っているのだが、それ以上にシルフィアの心を乱した元凶だと思っているのだ。

 カリンさえ現れなければシルフィアは、建民との政略結婚を・・・いや、別に建民でなくとも構わない。それ相応の地位の者と結婚して子供を産み、王家の血を絶やさずに済ませられたのではないのか。
 そもそもあんな多数の男の汗にまみれた汚らわしい女が、皇族であるシルフィアの傍にいる事自体が許せないのだ。
 確かにカリンは帝国軍最強の剣士とまで呼ばれる程の、凄腕の軍人だ。
 だがルクセリオ公国との戦争が終結を迎えた今となっては、カリンは最早この国には必要無い。
 この凄まじい暴風雨・・・この機を逃すつもりは毛頭無い。カリンには今日ここで事故死に見せかけて消えて貰うとしよう。
 そう・・・バレなければ犯罪ではないのだ。

 「・・・おい。例の件・・・準備は出来ているか?」
 『い、いつでもいけますが・・・しかし大臣、本当によろしいのですか?幾らラザフォード中尉がフレズヴェルクを装備していると言っても、こんな事をすれば無事で済むはずが・・・。』
 「構わん。責任は私が取る。貴様は何も気にせずに任務を遂行すれば良い。」
 『りょ、了解しました。』

 通信を切ったドゼーが外の風景を見ながら、とても邪悪な笑みを浮かべていたのだった。

2.救助活動の最中に


 未だ激しい暴風雨が吹き荒れる中、フレズヴェルクを身に纏ったカリンが、ベリルショットランチャーで道路を塞ぐ土砂を粉々に吹き飛ばした。
 その道路に散らばった土砂の破片をアリューシャたちがせっせとどかし、立ち往生していた多数の車がリアナの誘導を受けながら、一台ずつゆっくりと進んでいく。
 このフレズヴェルクはルクセリオ公国がグランザム帝国の研究施設から鹵獲し、ナナミが使っていた物なのだが、戦争終結後に和平の証としてグランザム帝国に返還されたのだ。
 そして修復が施され、シグルドとの戦いでゼルフィカールを失ったカリンに与えられたという訳だ。
 扱いの難しいフレズヴェルクを、カリンはまるで自分の手足のように自在に使いこなしていた。

 「慌てないで下さい!!焦らず私の指示に従って、一台ずつゆっくりと進んで下さい!!」
 「おい、何チンタラやってんだ!!早くしねえと仕事の納期に間に合わなくなるだろうが!!」
 「周辺の安全確保が最優先です!!二次災害を防ぐ為です!!どうかご理解下さい!!」
 「アンタら軍人には分からねえかもしれねえけどな、納期に間に合わないと顧客との信用問題に関わるんだよ!!」
 「お願い、どうか私の指示に従って・・・きゃあっ!?」
 「どけオラぁっ!!」

 リアナの指示を無視したトラックの運転手の男性が、突然トラックを急発進させた。
 そして物凄い勢いで前の車を追い越したトラックが、そのまま物凄い勢いでリアナの隣を通り過ぎていく。
 何とか無事で済んだリアナだったのだが、それでも一歩間違えば危うくトラックに追突される所だった。
 そんな事を気にする事無く、全く悪びれる素振りもみせないまま、トラックが物凄い速度でそのまま走り抜けていった。

 「リアナちゃん、大丈夫!?」
 「ええ、ありがとう、アリューシャちゃん。」

 腰を抜かしてしまったリアナを、アリューシャが慌てて助け起こす。
 その様子をカリンが、とても厳しい表情で見つめていた。
 あのトラックの運転手も、仕事の納期に間に合わせる為に必死だったのはカリンにも理解出来る。そんな状況で土砂崩れで道路が寸断され、足止めを食らっていたのだ。運転手のイライラも相当な物だったに違いない。

 だがだからと言って、幾ら何でもこれは身勝手にも程があるだろう。
 リアナはゼルフィカールを身に纏っているので、トラックに追突された程度ならそこまで大怪我はしないだろうが。
 これはそういう問題ではない。最早モラルの問題なのだ。
 ろくに安全確認もせずに急発進、急な追い越し、しかも目の前にリアナがいるにも関わらずだ。
 納期に間に合わせる為に、あそこまで乱暴な運転をしていいはずが無いだろう。

 これはあのトラックの運転手だけの話ではない。10年戦争が終結してから1週間・・・城下町全体が復興に向けて慌ただしくなってきているのだが、どうも人々が「焦り過ぎている」と印象をカリンは感じているのだ。
 つい先日も従業員に違法な長時間労働を強要したとして、エアコン製造業者の経営者を労働基準法違反の容疑で逮捕したばかりだ。しかもこの事件を巡っては、連日の長時間労働に耐え切れなくなった従業員の1人が過労自殺までしているのだ。
 確かに戦争は終わった。だが復興を急ぐあまり、人々の心が逆に荒(すさ)んでしまっているのではないのか。
 グランザム帝国軍ではシルフィアが、

 「余計な経費がかかりますし、皆さんは我が国にとってかけがえのない財産ですから。誰一人として過労などという不本意な形で失いたくはありません。」

 という理由で、残業も休日出勤も厳しく禁止しているというのに。
 あのトラックの運転手が言うように、軍人と製造業を同列に比較する事自体が、間違っているのかもしれないが。 

 「・・・カリン。あのトラックのナンバーと、それと証拠映像もしっかりと記録しておいたよ。後で公務執行妨害と道路交通法違反で立件すればいい。」
 「ええ、ありがとうアイラ。リアナも本当に大丈夫?」
 「う、うん。私なら本当に大丈夫だから。それよりも早く車を誘導しないと。」

 健気にも再び車の誘導を行おうとしたリアナだったのだが、そこへ突然現れた護送車から帝国兵10人が慌ただしくカリンの下に駆け寄り敬礼をした。

 「ラザフォード中尉、それにカリン隊の諸君。この暴風雨の中の救護任務ご苦労である。アーテル中尉たちにも協力してくれた事に心からの感謝を。」
 「エルウィン大尉、そちらこそお疲れ様です。」

 慌てて上官に敬礼を返すカリンたちを、救助された市民たちが車の中で、呆気に取られた表情で見つめていたのだが。

 「シルフィア様からの伝言だ。ここの事後処理は我々に任せ、貴官らはB14地区のヨツバ電機の救護に向かって欲しいとの事だ。」
 「ヨツバ電機ですね。了解しました。」
 「何でも土砂災害で道路が寸断されているらしくてな。物資の補給も避難もままならない状況で、残された食料もあと3日分しか無く、不安に駆られて暴動を起こす従業員まで出ているとの事だ。」
 「はっ!!直ちに土砂の除去と取り残された人々の救護、暴動の鎮圧にあたります!!」
 「頼んだぞ。フレームアームを纏った貴官らなら、いずれも造作も無い事だろうがな。」

 命令を受けたカリンがアリューシャたちに向き直り、フレズヴェルクをサイドワインダー形態へと変形させた。

 「皆、聞いての通りよ。直ちにB14地区のヨツバ電機まで急行、救助任務を行うわよ。」
 「「「「「「「「「イエス、マム!!」」」」」」」」」
 「「「「「「「「「了解!!」」」」」」」」」
 「総員、私に続け!!」 

 カリンを先頭にリアナたちが上空へと飛翔し、襲い掛かる暴風雨をもろともせずに、物凄い勢いで工場へと向かっていく。
 ここから工場までは車で行くとなると割と面倒なのだが、フレームアームで空を飛んでいけば大幅なショートカットが出来る。
 あっという間にカリンたちは、工場の道を塞いでいる土砂の前に到着した。
 だが今回の土砂崩れは先程よりも規模がかなり大きく、そう簡単には片付けさせては貰えなさそうだ。

 「全く、私たちなら楽勝だなんて、エルウィン大尉も物凄く簡単に言ってくれるわ。」

 目の前の惨状を目の当たりにして、カリンは思わず苦笑いするしかなかった。
 先程の土砂崩れは比較的小規模だったので、カリンがベリルショットランチャーで吹っ飛ばすだけで簡単に片付ける事が出来たのだが、ここまで規模の大きい土砂崩れ、しかもこの暴風雨の中でとなると、慎重に処理をしないとさらなる土砂崩れが発生し、二次災害を引き起こす恐れがある。
 仮にカリンがベリルショットランチャーで一か所を吹き飛ばしたとしても、その衝撃や暴風雨によってさらに土砂が崩れ、カリンたちに襲い掛かる危険性があるのだ。
 それを防ぐ為に、慎重に土砂を処理しなければならないのだが・・・従業員が暴動を起こしているという工場の様子も気がかりだ。

 「アイラ。土砂の処理は私たちでやるから、貴方たちは先に工場まで飛んで行って、暴動の鎮圧にあたってくれる?」
 「了解。アンタらも慌てなくていいから、気を付けて作業するんだよ?」
 「貴方たちもね。頼んだわよ。」

 アイラたちが工場まで飛翔したのを見届けてから、カリンは目の前の土砂をどうやって処理しようか思案していた。
 従業員の暴動に関してはアイラたちに任せておけば、何の問題も無い。
 現在工場内で暴動を起こしている従業員は100人近くいるらしいが、アイラたちなら1分もかからずに鎮圧出来るだろう。
 補給物資を運ぶ車も、現在工場に向かっているらしいのだが。

 『何をモタモタしているラザフォード中尉。早急に土砂の除去作業を行わんか。』
 「クリストファー大臣・・・。」

 土砂の安全確実な処理方法を模索しているカリンを急かすように、ドゼーが通信を送って来た。

 『貴様のフレズヴェルクなら、ベリルショットランチャーで簡単に土砂を吹き飛ばせるのではないのか。』
 「お言葉ですが大臣。これだけ土砂崩れの規模が大きい上に、この暴風雨です。慎重に作業をしないと二次災害を引き起こす危険があります。」

 土砂の除去を焦るあまり、カリンたちまで二次災害に巻き込まれては洒落にならない。
 現在工場内にいる人々には申し訳無いが、あくまでも自分たちの安全確保が最優先だ。それが出来ない以上は迂闊に動く訳にはいかない。

 「大臣。物資の補給に輸送艦は使えないのですか?あれならこの暴風雨の中でも問題なく飛べるはずですが・・・。」
 『無理だ。あちらこちらから引っ張りだこで、そちらには回せん状況だ。』
 「そうですか・・・せめて空からの物資の供給さえ出来ればと思っていたのですが・・・。」
 『だからこそ、貴様らの迅速かつ的確な作業が重要となっているのだぞ。』

 ドゼーの言い分も理解出来る。土砂崩れのせいで陸路からの物資の供給が断たれている、しかも空輸による供給も望めない以上、工場内の人々の不安を考慮すれば、一刻も早くカリンたちが土砂を除去しなければならないという主張は正論だろう。
 だがそれでもカリンは、今から慌てて土砂の除去作業をするのは得策ではないという判断を崩さなかった。
 フレズヴェルクをインターネットに繋ぎ、台風の状況を検索。
 目の前の空間に映し出された画像を見たカリンは、ドゼーに上申したのだが・・・。

 「大臣。天気予報だと台風は今日の夜には我が国を抜けて、急速に勢力を衰えて明日の朝には温帯低気圧に変わる見込みです。それに物資の供給が断たれていると言っても、あと3日分は食料の備蓄があるのでしょう?」
 『だから何だ?』
 「ですから危険を冒してまで今すぐに土砂の処理を行うのではなく、天候が回復するのを待って明日の朝・・・いいえ、昼からの方が確実でしょう。安全が確保されてから土砂の処理を行った方が得策だと私は言っているのです。」
 『駄目だ。貴様らは直ちに土砂の処理作業に当たれ。これは命令だ。』

 これだけ言っても頑なに土砂の処理を急がせるドゼーの態度に、カリンは違和感を感じていた。
 何故今この状況で、ここまで土砂の除去を急がせる必要があるのか。

 「大臣、一体何をそこまで焦っているのです?先程も言いましたが現状で土砂の処理を行うのは危険過ぎますし、工場内に食料の備蓄がまだある以上は、その必要性も感じられません。」
 『ヨツバ電機の社員の方々の不安を、早急に取り除く為だ。現に工場内で暴動まで起こっているのだぞ?彼らの不安や心労を少しは慮(おもんばか)れ。』
 「それは理解出来ます。しかし今作業をしても私たちの安全確保が・・・。」
 『カリンちゃ~ん、暴動ならたった今、私たちが27秒で鎮圧したよ~。えっへん。』

 ドヤ顔でアリューシャが親指を立てながら、通信に割り込んで来たのだった。

 『カリンちゃんが今言ったように、明日の朝には台風は抜けるから落ち着いてって伝えたら、皆納得して暴動を止めてくれたよ?それで皆に申し訳ありませんでしたーーーーってジャンピング土下座までされちゃった。』
 「・・・だ、そうです。これでますます土砂の除去を急ぐ必要性は無くなりましたよね?」
 『ちっ、あの小娘共め、余計な真似を・・・。』
 「・・・は?」
 『何でもない。こちらの話だ。』

 何やら考え込む仕草を見せるドゼーの姿に、カリンはどうしても違和感を拭えない。
 どうあってもドゼーはカリンに、今すぐにこの土砂を除去させたいようだ。
 一体何を考えているのか・・・いや、一体何を企んでいるのか。
 これだけ二次災害の危険があると言っているのに、そもそも土砂の除去を慌てて行う必要性が無くなったというのに、それでもカリンに土砂の除去を早急にさせたい理由でもあるのだろうか。

 「・・・メール?こんな時に誰から・・・。」

 そこへ軽快な着信音と共に、カリンのフレズヴェルクに一通のメールが送られたのだが。

 「・・・な・・・!?」

 その内容に唖然としたカリンの下に、さらにシルフィアからの通信が割り込んできたのだった。

 『カリン、今送ったメールの通りです。直ちにドゼーの言う通り、土砂の除去を行って貰えますか?』
 「・・・分かったわ。そういう事情なら仕方が無いわね。」
 『ええ、御免なさいね。貴方をこんな危険な目に晒してしまって。』
 「気にしないで。これも軍人の役目だもの。」

 シルフィアとの通信を切ったカリンが、ベリルショットランチャーを構えて照準を土砂に向ける。
 その様子を見たドゼーが突然ニヤニヤしながら、懐からスマートフォンを取り出したのだった。
 画面に映っているのはドゼーが部下に作らせた、爆弾を遠隔操作で爆発させるアプリだ。

 実はドゼーはカリンたちが到着するよりも前に、部下たちに土砂の中に強力な爆弾を多数仕込ませていたのだ。
 カリンが土砂の除去作業を試みた瞬間に遠隔操作で爆破し、事故に見せかけて殺す・・・それがドゼーが企てている計画なのだ。
 フレズヴェルクの耐久力もしっかりと計算に入れている。この至近距離で爆破すれば、幾らカリンでも直撃すれば決して無傷では済まないだろう。
 爆風でカリンを殺せるなら良し、殺せなくても負傷して病院に担ぎ込まれたカリンを暗殺する準備も整えてあるのだ。

 先程のシルフィアの割り込みが気がかりだが、まあ今となってはそんな事はどうでもいい。
 自分はシオンたちの暗殺に失敗し、コーネリア共和国を追放されたダランとは違う・・・証拠など一切残さない。
 今ここで、シルフィアの心を乱す害虫であるカリンには、事故死に見せかけて消えて貰うとしよう。

 「大臣。シルフィアからの命令により、直ちに土砂の除去を行いますが・・・先程も言いましたが二次災害の恐れがあるので、慎重に作業させて頂きます。なので時間が掛かるかもしれませんが、どうかご理解下さい。」
 『ああ、分かっている。現場にいるのは貴様だ。判断は任せる。』
 「了解!!ベリルショットランチャー、フルチャージ!!」

 カリンがベリルショットランチャーを最大出力までチャージし、土砂をロックオンする。

 (そうだ、撃て!!撃った瞬間が貴様の最期だ!!)

 ニヤニヤしながらドゼーが、スマートフォンの液晶画面に右手人差し指を近付け・・・そして・・・

 「・・・発射!!」
 (死ね!!ラザフォード中尉ぃっ!!)

 カリンの掛け声と同時に、ドゼーはスマートフォンの液晶画面の爆破ボタンに触れた。
 次の瞬間。

 「・・・ど・・・どういう事だ・・・!?」

 カリンはベリルショットランチャーを何故か撃たなかった。激しい暴風雨に晒されながらも、威風堂々と目の前の土砂をじっ・・・と見据えている。
 そしてドゼーが仕掛けた爆弾は、何故か爆発していなかった。
 まさかこの激しい雨のせいで不発に終わってしまったというのか。いや、仕掛けた爆弾はこの激しい暴風雨の中でも使用可能な程のスペックを有しているはずだ。
 それなのに、一体何故・・・。

 「・・・くそっ、一体どうなっているのだ、これは!?」
 「クリストファー大臣、失礼致します!!」
 「何だ、また貴様か!!今忙しいのだ!!後にしろ!!」

 先程シルフィアに対して伝令を行った帝国軍の新兵の青年が、またしても息を切らしながら、何度も液晶画面の爆破ボタンを押すドゼーの元にやってきて・・・。

 「シルフィア様からのご命令により、貴方をラザフォード中尉に対する暗殺未遂の現行犯で逮捕します!!」
 「な、何だとぉっ!?」

 突然ドゼーの両手に手錠を掛けたのだった。

最終更新:2017年09月24日 06:56