小説フレームアームズ・ガール

後日談「民事裁判」


1.提訴


 「どうしても払って下さらないって言うんであれば、貴方の自宅と土地を差し押さえるしかありませんね。それが嫌ならちゃんと返済して下さいよ。」
 「貴方の勤め先に先程連絡したんですけどね、来月分の貴方の給料から未払い分を天引きさせて頂く事になりました。え?勝手な事をするなって?期日までに借金を返さない貴方が悪いんでしょう?」
 「あんたね、ウチから100万ゴルダ(1ゴルダは日本円にして1円)も借金しておいて、仕事が辛いから辞めるとか、何甘えた事言ってんの。」

 グランザム帝国城下町の高層ビルの上層でテナントを構える、帝国の大手金融会社・・・株式会社ヴァイフル。その事務所内では背広を着た多くの職員たちがパソコンのモニターと睨めっこしながら、ローン契約を結んだ取引相手に電話で支払いの催促を行っていた。
 テレビのCMで可愛らしい猫が登場し、ほのぼのしたイメージを強調しているヴァイフルではあるが、当たり前の話だが現実はそんなに甘くは無いようだ。

 「上場企業だろうと何だろうとなぁ、俺らが借金取りである事に変わりはねえんだよおっ!!」

 本来なら国際法で定められた金融法では、債務の権利者が債務者に対して恫喝的な取り立てをする事は一切禁止されている。
 さすがに上場企業の社員だけあって、その法律を遵守し論理的に債務者を追い詰める者も多いようだが、中にはそんな事はお構いなしに債務者を怒鳴り散らす若手社員もいる始末だ。
 そんな若手社員に対して上司が注意を促し、怒られた若手社員が平謝りする。

 その慌ただしい騒動の最中、事務所の応接室では社長と顧問弁護士、それと1人の若手男性社員が机を取り囲み、特別送達で先程郵送されたばかりの数枚の書類を目の前にして、困惑の表情を浮かべていた。



                                告訴状


 グランザム帝国城下町地方裁判所 御中

 アルテミア星歴5724年11月3日
 原告人:グランザム帝国軍カリン隊所属中尉 カリン・ラザフォード
 弁護人:コーネリア共和国弁護士協会所属弁護士 フュリー・ベルクス 

 違法債務過払い金返還請求事件
 請求金額は以下の通り

 過払い金 550万ゴルダ
 慰謝料 500万ゴルダ
 原告人の弁護士雇用費 56万5千ゴルダ 

第1.請求の趣旨

 1.被告人、株式会社ヴァイフル(以下、被告人と記載)は原告人、カリン・ラザフォード(以下、原告人と記載)に対し、違法に課した債務によって原告人から支払われた過払い金と、それに伴い原告人が受けた肉体的、精神的苦痛に伴う慰謝料、及び原告人が弁護士を雇用するのに要した金額を全額支払え。

 2.なお訴訟費用は、原告人の負担とする。

以上の判決を求める。

第2.請求の根拠

 1.下記金融法第13条2項により、原告人が被告人に課した債務は違法である。

 金融法第13条2項:契約者とローン契約を結ぶ際、本人の同意無しに勝手に連帯保証人にする事は出来ない。また同意があったとしても20歳未満の者を連帯保証人にする事は出来ない。これは例え契約者の親族であっても例外ではない。

 (1)原告人が連帯保証人契約を締結させられた時点で、原告人の年齢は16歳である。
 (2)また本訴状を被告人に送付した時点で、原告人の年齢は18歳である。
 (3)原告人の連帯保証人契約の締結は、自らの意思で行った物では無い。

 以上を理由に過払い金の全額払い戻しを請求する。

 2.上記違法債務を清算する為に、被告人は士官学校を中退してまで2年近くもの間、風俗店に勤務せざるを得なくなり、不特定多数の男性客、及びレズ鑑賞サービスに伴う女性従業員を相手に、不本意ながらも性的行為を繰り返さざるを得なかった事、それに伴い原告人が受けた肉体的、精神的苦痛に対する慰謝料。

 3.原告人が被告人に課された債務は明らかに違法であり、被告人が全てにおいて過失を追うべき案件である。それ故に弁護士の雇用費も被告人が全額負担すべき物であると主張する。

第3.請求の原因

 1.被告人は原告人の父・カシム・ラザフォード(別紙家系図参照の事)との間に、アルテミア星歴5722年10月に2000万ゴルダの融資契約を締結。カシム・ラザフォードが年利10%に相当する200万ゴルダを含めた、2200万ゴルダの債務を負う事となった。

 2.ところが融資契約締結の際、カシム・ラザフォードは自らの長女の原告人を名義に、本人の承諾を得る事無く勝手に連帯保証人契約を締結。その直後にカシム・ラザフォードは失踪して行方不明となり、原告人がカシム・ラザフォードの連帯保証人として上記の債務を負う事となった。

 3.本来なら上記金融法第13条2項を根拠に、原告人が課された連帯保証人契約、並びにそれに伴う債務は無効である。にも関わらず被告人は原告人に対して金融法第13条2項を無視し、違法に債務を強要した。

 4.原告人は上記債務を清算する為に、当時在籍していた士官学校を中退し、上記の通り風俗店で2年近くもの間、不本意ながらも性的行為を繰り返さざるを得なくなってしまった。その際に原告人が受けた肉体的、精神的な苦痛は想像を絶する物がある。

 5.原告人は被告人に年利10%を含めた550万ゴルダを支払い済みなのだが、この金額を支払う為に給料のほとんどを債務に回し、生活費をギリギリまで削らざるを得なくなってしまうなど、士官学校在籍時とは一転して相当困窮する事となってしまった。

 6.原告人は当時在籍していた士官学校において上位の成績を維持し、同級生の生徒たちからも慕われており、教官たちからも将来は素晴らしい軍人になると太鼓判を押されるなど、輝かしい日々を送っていた。にも関わらず被告人の違法行為のせいで全てを奪われ、2年間もの希望に満ち溢れた貴重な学校生活を台無しにされてしまった。

 7.以上を理由に、原告人が被告人に請求する慰謝料は500万ゴルダとした。

 8.上記の通り本案件については、全て被告人が過失と責任を追うべき案件である。よって原告人が弁護士を雇用するのに要した以下の費用の全額も被告人に請求する物とする。

 (1)相談費 5千ゴルダ
 (2)着手金 2万ゴルダ
 (3)報酬金 50万ゴルダ
 (4)交通費 往復4万ゴルダ

 以上、56万5千ゴルダとする。
 なお滞在費に関しては弁護士が城内の部屋を無料で借りる事になっており、請求は発生しない。

 9.原告人は被告人に対し、上記請求金額を誠意を持って全額支払う事を求める。

 以上。

第4.証拠方法

 1.原告人の家系図、戸籍謄本
 2.連帯保証人契約書の写し
 3.債務契約書の写し
 4.原告人が10年戦争の際に使用していた、ゼルフィカールに記録された音声データ


 「・・・このカシム・ラザフォードって、確かお前の担当だったよな?」
 「・・・はい、その通りです。」
 「お前、金融法を知らんのか!?何で未成年の娘を勝手に連帯保証人にしとるんだ!?」

 社長に怒鳴り散らされた社員が怯えた表情で、思わずビクッとなってしまう。

 「す、すいません!!カシムさんに連帯保証人はどうするんだって聞いたら、娘が士官学校に入ったから、将来軍人になって大金を稼ぐだろうから大丈夫だって言われて・・・!!」
 「それで娘を連帯保証人にする事に同意したってのか!?けど訴状を見た限りじゃ、娘の同意無しに勝手に連帯保証人にされた事になってんじゃねえか!!」
 「その・・・カシムさんが失踪してしまって・・・それで連帯保証人にしたんだから、娘から返して貰えればと・・・!!」
 「この馬鹿が!!これじゃあ非があるのは完全に俺らじゃねえか!!そもそも失踪した時点で何で俺に報告しなかったんだぁっ!?」
 「ひいっ!!も、申し訳ありません!!」

 すっかり憔悴し切ってしまった社員を、社長が苛立ちに満ちたため息をつきながら、怒りの形相で睨み付けていた。
 ヴァイフルも企業である以上、仕事の成果によって従業員の給料が上がるのは当たり前の話だ。
 どれだけ借金をさせる事が出来たのか。どれだけ借金を払わせる事が出来たのか。どれだけ会社に利益をもたらす事が出来たのか。
 それ故にこの社員も、成果を上げる為に必死だったのだろうが・・・2000万ゴルダという大型債務契約を結ぶ事が出来たのはいいが、本来の債務者に失踪された事で、このままだと会社に2000万ゴルダもの損害を出してしまうからと、焦ってしまったのだろう。

 これまでこの社員が社長に報告しなかったのも、失態を犯した事を理由に解雇されてしまう事を恐れたからなのだろう。実際に社長も訴状が届くまでは、これまでカリンが借金を肩代わりしていた事を全然知らなかったようだ。
 これは前皇帝であるシュナイダーが、巧みに情報操作をしていたからだというのもあるが。

 「まあこうなっちまったもんは仕方がねえ。問題はこれをどうするかだ。弁護士さんよ、もしカリン・ラザフォードから実際に裁判を起こされたとしたら、アンタならどうなると予測する?」
 「結論から言ってしまえば、裁判になれば100%我々に勝ち目はありません。」

 顧問弁護士が表情を崩さずに、はっきりと事実だけを冷静沈着に告げた。
 何しろ法的に問題があるのは100%ヴァイフルの方なのだ。裁判を起こされれば、どうあがいてもヴァイフル側に勝ち目はない。

 「訴状に書かれている弁護士の雇用費に関しても・・・今回の件に関しては完全にヴァイフルさんに非がありますからね。」
 「俺らが全額払わないといけないってか!?」
 「全額とまではいかないでしょうが、それでもかなりの額の支払い命令がいくでしょうね。」
 「くそっ、いきなり1100万ゴルダ払えって言われて、素直にはいそうですかって払える訳ねえだろうが!!弁護士さんよ、何とかならねえのか!?」
 「私も顧問弁護士としてヴァイフルさんと契約している以上は、全力を尽くしますが・・・何しろ相手が悪いですからねえ。」

 フュリー・ベルクス。訴状に記載されたカリンの担当弁護士・・・10年戦争の際にアイラの口から名前が出ていた、アイラの幼馴染の敏腕女弁護士だ。
 カリンの借金の違法性を知らされた彼女が、アイラにカリンへの伝言を頼んだのだ。
 もし貴方が望むなら、私は全力で貴方を弁護すると。

 「彼女は若干24歳にして世界中を飛び回る凄腕の女弁護士だと、我々の業界では凄く有名な人なんですよね。ウチの事務所には吸血鬼なんてあだ名をつけた弁護士もいるんですよ。」
 「吸血鬼ぃ!?何だそりゃあ!?」
 「彼女を民事裁判で敵に回したが最後、被告人は多額の金を彼女に搾り取られるからとか何とか。それだけ彼女の裁判での勝率が驚異的だって事ですかね。」
 「そんな奴がカリン・ラザフォードの担当弁護士になったってのかよ!?」
 「そうですね。それも含めて我々に勝ち目はありません。ですので素直に過払い金550万ゴルダをカリンさんに全額返還して、その上で慰謝料と弁護士の雇用費に関しては、互いに話し合われた方がよろしいのではないかと。」

 これまでヴァイフルがカリンに支払わせ続けた550万ゴルダに関しては、法的には完全に違法な代物なのだ。裁判になってしまえば、どうあがいてもカリンが今まで支払ってきた550万ゴルダ全額の返還命令が下されるのは避けられないだろう。
 どうせ勝ち目の無い裁判に挑んで無様に負けて、国民の会社に対するイメージを傷付ける位だったら、素直に和解に向けた話し合いをするべきだ・・・そう弁護士は主張しているのだが。

 「駄目だ駄目だ!!今更そんな大金を払える訳ねえだろうが!!」

 どうあっても社長は、カリンとの和解を頑なに拒む構えのようだ。
 今期の営業利益は何とか辛うじて黒字になる見込みなのだ。それを1100万ゴルダ近い大金を払えなんて事になったら、途端に大赤字に転落してしまう。
 社長は経営者として、従業員と家族を養っていかなければならないのだ。素直に弁護士の言う通り和解に応じて、会社を大赤字にしてしまう訳にはいかないのだ。
 だからこそ何としてでも裁判に勝ち、裁判官にカリンの請求を棄却させなければならない。
 仮に弁護士の言う通り勝ち目が無いとしても、請求金額を少しでも減らす道を探らなければならないだろう。だが・・・。

 「過払い金550万、それに慰謝料500万、あと弁護士の費用50万ちょいか・・・!!過払い金は仕方ねえにしても、慰謝料と弁護士の費用に関しては徹底的に争わねえとな・・・!!」
 「そうですね、カリンさんにも何らかの非があったのかどうか・・・それで慰謝料と弁護士の雇用費に関しては争う余地は無いとも言えなくはないですかね・・・ですが・・・。」

 弁護士は社長に対して、あまりにも残酷な事実を告げたのだった。

 「・・・私の予想では、恐らくまともな裁判にすらならないと思います。即日結審どころか我々の負けだとその場で判決を言い渡されて終了、控訴しても棄却されるのがオチだと思いますよ。」
 「くそがぁっ!!これじゃあ俺の会社は大赤字じゃねえか!!何でこんな事になっちまったんだぁっ!?」

 バァン!!と、社長が鬼の形相で、机を思い切り叩き付ける。
 怯えた表情でうつむく社員、その様子を弁護士が冷静に見つめていたのだった・・・。

2.邂逅


 こうしてグランザム帝国の城下町に訪れるのは、一体いつぶりだろうか。
 飛行機の窓から外の景色を眺めながら、フュリーはそんな事を考えていたのだった。
 グランザム帝国がコーネリア共和国と戦争中だった頃は、自国の民をシュナイダーによって人質にされてしまう事を懸念したエミリアの命令により、グランザム帝国領への一般人の渡航は完全に禁止されていた。
 今は戦争が集結し、シルフィアなら信頼出来るとエミリアが判断した事で渡航禁止令は解除されたのだが、それでも仕事でグランザム帝国領を行き来していた人々が激怒し、渡航禁止令を解除しろ、我々の会社を潰すつもりなのかと、相当な騒ぎになった物だ。

 そして彼らが渡航禁止令の解除をエミリアに求め、フュリーも弁護の依頼を受けたのだが、勝ち目が無いから裁判を起こす事だけは止めておいた方がいいとフュリーが忠告したにも関わらず、彼らは戦争中にエミリアを相手取り民事裁判を強行。
 裁判になってしまったからには仕方が無いので、フュリーも必死に彼らを弁護したものの、それでもフュリーの予測通りまともな裁判にすらならず、即日結審をすっ飛ばしてエミリアの全面勝訴をその場で言い渡され、慰謝料の請求も全面棄却されたのだ。
 同業者から『吸血鬼』なんてあだ名を付けられる程の凄腕の弁護士であるフュリーと言えども、全く勝ち目の無い裁判を勝利に導くなんて芸当は到底出来ない。幾ら彼女でも裁判の勝率は100%では無いのだ。

 だが今回カリンから弁護の依頼を受けた民事訴訟は、あの時とは全くの真逆・・・100%負ける要素が何一つ無い代物だ。
 幼馴染のアイラからカリンの話を聞かされた時は、正直心の底から激怒した物だ。
 実の娘を、しかも未成年であるにも関わらず、勝手に借金の連帯保証人する父親・・・違法だと知りつつも平然とカリンから金を搾り取る金融会社・・・そしてカリンを利用する為に、敢えて借金の違法性をカリンに対して黙っていた帝国の大人たち。
 帝国には未だに、こんな馬鹿げた真似をする者たちが存在するのかと。

 「皆様、長旅お疲れ様でした。もう間もなくグランザム帝国城下町に到着致します。皆様席にご着席の上、シートベルトを装着して下さいますようお願い致します。」

 スチュワーデスの女性がマイクを手に、穏やかな笑顔で乗客に呼びかける。
 言われた通りシートベルトを装着したフュリーだったのだが、それでも難癖を付けてシートベルトを付けたがらない者たちが未だに存在するのは何故なのだろうか。
 鞄からタブレットを取り出したフュリーがブラウザを開いてネットに繋ぐと、ヴァイフルが慰謝料に関しては徹底的に争う姿勢を見せた事が、大々的に報じられていた。
 だからこそフュリーは裁判でカリンを弁護する為に、こうしてカリンの元に向かっているのだが。

 『今回ラザフォード中尉が起こした民事訴訟においては、被告側のヴァイフルは過払い金の事実関係を争わない姿勢を見せながらも、慰謝料に関しては法廷の場で争うと主張。しかしラザフォード中尉の全面勝訴は確実と見られ、裁判は即日結審する見込みとなっている。』
 『今回の裁判では、あの吸血鬼の異名を持つ敏腕弁護士、フュリー・ベルクスがラザフォード中尉の弁護を担当。』

 タブレットの画面に映るニュースの速報記事に、静かに目を通すフュリー。
 いつの間にか同業者から吸血鬼なんてあだ名を付けられてしまったフュリーなのだが、これもフュリーが2年間もの弁護士稼業の中で残してきた実積が大き過ぎたからこそ・・・ある種の有名税みたいな物なのだろう。

 (それにしても吸血鬼だなんて・・・随分と酷いあだ名を付けられた物ね。)

 フュリーが苦笑いしている内に、飛行機が着陸態勢に入ったようだ。フュリーの足元からガコンガコンと、前輪が展開される鈍い音が響き渡る。
 タブレットを鞄にしまったフュリーが窓から外の景色を眺めると、美しい夕陽の光がグランザム帝国の城下町を優しく包み込んでいた。
 緑溢れる大自然に囲まれた美しい場所であるコーネリア共和国の城下町と違い、このグランザム帝国の城下町は数多くのビルが立ち並ぶ、いかにも大都会といった感じの都市だ。
 空港の指令室からの誘導灯に従い、飛行機がゆっくりと着地、停止。
 それと同時にスチュワーデスがマイクを片手に、穏やかな笑顔で乗客に呼びかけた。

 「皆様、大変長らくお待たせいたしました。グランザム帝国城下町に到着です。車内にお忘れ物の無いようご確認の上、お気をつけてご降車下さいませ。」

 乗客たちが一斉に立ち上がり、スチュワーデスの指示に従って一斉に飛行機を降りていく。
 フュリーもゆっくりと階段を下りて、税関で手荷物検査を済ませ、弁護士の仕事で訪れたという渡航目的を係員に告げ、改札を潜り抜ける。
 そこで待ち構えていたカリンとシルフィアが、穏やかな笑顔でフュリーに手を振ったのだった。
 フュリーも穏やかな笑顔で、2人に軽く手を振る。

 「ネットと電話で何度もやり取りはしていたけれど、こうしてカリンちゃんと直接顔を合わせるのは初めてね。コーネリア共和国弁護士協会所属弁護士、フュリー・ベルクスよ。よろしくね。」
 「グランザム帝国軍カリン隊隊長、カリン・ラザフォード中尉よ。」
 「わざわざのご足労、感謝致します。帝国にようこそおいで下さいました。フュリーさん。」

 カリンやシルフィアと握手を交わすフュリーに、集まって来た報道陣が一斉にカメラのフラッシュを浴びせた。
 この時刻に3人が空港で待ち合わせするという情報を、彼らは一体どこから掴んだのだろうか。
 たまたま通りかかった空港の利用客が、カリンとシルフィアの目撃情報をネットで拡散させて、それを知った記者たちが慌てて集まって来た・・・という可能性もあるのだが。
 仮にそうだとしたら、ネットというのは本当に恐ろしい代物だ。

 「こんな所で立ち話も何ですから、これから3人で夕食でもどうですか?」
 「そうね、是非ご一緒させて頂くわ。」

 シルフィアに促されて、3人は記者たちに追い掛け回されながらも、すぐ近くのオムライス専門店に足を運んだのだった。
 普段はシルフィアがカリンの食事を作っているだけに、こうしてカリンが外食をするのは随分と久しぶりだ。
 カリンたちを質問攻めにする多数の報道陣に対して、シルフィアが「他のお客様と従業員の皆さんのご迷惑になるというのが、理解出来ないのですか?」と苦言を呈し、カリンたちは店の中に足を運ぶ。

 「騒がしくしてしまって御免なさいね。本当に気配りの出来ない人たちばかりなんだから。」
 「それだけカリンちゃんとシルフィア様が有名人だって事よ。これも有名税だって割り切らないと、この先やっていけないわよ?」

 謝罪するシルフィアに対して、苦笑いしながらそう答えるフュリー。
 どこに行っても注目の的・・・これもフュリーの言うように、カリンとシルフィアの立場からすれば仕方が無いのかもしれないが。
 従業員の少女に注文を済ませた3人に対して、シルフィアに怒られて店の外で待機している記者たちが、性懲りもせずに一斉に集音マイクを向けたのだった。
 記者たちも仕事でやっている以上、シルフィアに怒られたからといって簡単に引く訳にはいかないのだろうが。

 「・・・まあ見ての通りなので申し訳無いのですが、会話の内容にはくれぐれも気を付けて頂けませんか?」
 「ええ、別に構わないわよ。元々彼らに聞かれて困るような話をするつもりは無いしね。」

 フュリーは鞄から書類を取り出し、テーブルの上に乗せる。
 フュリーがカリンから郵送で送付して貰った、カリンが勝手に押し付けられた借金の借用書と、連帯保証人契約書のコピーだ。
 カリンの父・カシムと、それと誰かに書いて貰ったであろうカリンの署名が記載されている。
 これのせいでカリンは2年近くもの間、苦しめられる事になったのだが。
 その苦しみからカリンを救う為に、フュリーはこうしてグランザム帝国までやってきたのだ。

 「さてと、電話でもカリンちゃんに話したんだけど、改めて説明しておくわね。まずこの借用書と連帯保証人契約書なんだけど、国際法で定められた金融法っていう法律があるんだけど、それを根拠に両方とも違法な代物だと断言出来るわ。」
 「ええ。それはアイラからも戦争中に聞かされたわ。」
 「だからこそカリンちゃんにはヴァイフルさんに、今まで支払ってきた550万ゴルダという金額を、全額返還請求する権利があるの。そしてカリンちゃんは2年近くもの間、これだけの金額を支払う為に士官学校を辞めてまで、辛い思いをしてきた・・・それに関する慰謝料も請求する為に、今回の民事裁判を起こす事になった訳ね。」

 こうして改めて借用書のコピーを見てみると、カリンがどれだけ大変な思いをしてきたのかというのを、フュリーはまざまざと見せつけられてしまう。
 たった2年間で550万ゴルダなどという大金を支払っただけでも凄いが、その上で食費や光熱費、家賃、税金なども全てカリンが全額負担してきたのだ。そうなると一体どれだけの金額をカリンが今まで支払ってきた事になるのか。

 風俗嬢の給料というのは一般のサラリーマンと違い、完全出来高制だ。客を呼び込んだ数だけ、オプションサービスを行使させた分だけ、対価として給料が支払われる。
 つまり客を呼び込めなければ、それだけ給料が減ってしまうのだ。
 だからこそ楽に稼げるからと勘違いして、軽い気持ちで風俗嬢になったのはいいが、客を取れずにまとまった収入を得られず、短期間で辞めてしまう風俗嬢も多いのだ。カリンも風俗嬢として働いていた頃、そういう「世の中を舐めている」少女たちを数多く見て来た。

 逆に言うと沢山の客を呼び込めた風俗嬢は、それだけ莫大な金額を稼ぐ事が出来る。
 カリンは2年間で550万ゴルダもの大金を、全く遅延する事無くヴァイフルに支払う事が出来た・・・これは一般のサラリーマンの収入では到底不可能な金額だろう。
 つまりはそれだけの数の客を相手に、カリンは必死になって今まで性的サービスを行使し続けた事を意味するのだ。
 それがどれだけ想像を絶する程の辛さだったのか・・・同じ女性であるからこそ、フュリーはそれを身に染みて理解出来ていた。
 女性にとって好意を持たない男性に身体を触られるというのは、それだけで大変な苦痛を伴う物なのだ。実際にフュリーはセクハラを受けたから慰謝料を取れないかと言う相談を、女性たちから受けた事も何回かあるのだ。

 「裁判の第1審は明後日開かれるんだけど、私の予想ではまともな裁判にすらならないわ。即日結審してその場で判決を言い渡されて終了。カリンちゃんの全面勝訴で終わりよ。」
 「だけどヴァイフルは、慰謝料に関しては徹底的に争うって言ってきてるんだけど・・・。」
 「それを言い負かす為に、私はカリンちゃんの担当弁護士になったのよ。吸血鬼の異名は伊達じゃあ無いのよ?うふふ。」

 それからカリンたち3人は注文した料理が届くまでの間、裁判に向けての話し合いを続けた。
 まずフュリーの滞在期間中は、シルフィアが城内に部屋を用意させたので、そこを無料で使っていい、食事も侍女に用意させるという事。
 過払い金に関してはヴァイフル側が事実関係を争わない事を表明しているが、慰謝料に関しては一定の金額は確実に入るだろうが、それでも請求金額の全額を貰えるかどうかは、判決が出るまでは分からないという事。
 ヴァイフル側が支払いを拒否した場合、社長の土地と建物、財産を全て差し押さえる為の手続きを行う準備も出来ている、それを売り払えば請求金額分の現金はちゃんと入るだろうから安心して欲しいという事。 
 不安そうな表情を隠せないカリンに対して、フュリーが「大丈夫だから、私に任せて。」と、優しく声をかけ続けたのだった。

 「お待たせ致しました。チーズハンバーグオムライスのお客様はこちらで、それと・・・。」

 そうこうしている内に、注文していた料理がようやく届いたようだ。
 一流の料理人によって作られた、焦げ目一つ無いふわふわのオムライスが、カリンたちの前で香ばしい香りを漂わせている。
 カリンがスプーンでオムライスを掬って口の中に運ぶと・・・ふわとろの玉子とピリ辛のドライカレーライスがマッチし、カリンの口の中で絶妙なハーモニーを奏でたのだった。

 「・・・シルフィアの作るオムライスより美味しい。」
 「あ~、言いましたね~?私のオムライスの方が美味しいって、近い内に絶対カリンに言わせてあげるんだから~。」

 笑い合うカリンとシルフィアの姿に、フュリーがとても穏やかな笑顔を見せる。
 こんな年端も行かない2人の少女が、これまでどれだけ悲壮な人生を歩んで来たのか・・・それを想像すると思わず胸が痛んでしまう。
 父親のせいで人生を狂わされたカリン、そして戦争で肉親を全て失ってしまい、僅か17歳で皇帝と言う重責をその身に背負う事になってしまったシルフィア。

 だからこそフュリーは、カリンが本来の債務者であるカシム・ラザフォードの長女であるという事を証明する為に、裁判所から要求された書類・・・カリンの代行者として役場から取り寄せた戸籍謄本を元に作成した家系図を、カリンに今この場で見せる事を躊躇ってしまっていた。
 まさか彼が、10年戦争においてカリンと死闘を繰り広げた、フュリーもよく知る彼が・・・カリンとこのような関係だという事をカリンが知ってしまったとしたら。

 (・・・そうね、今はカリンちゃんに裁判に集中して貰う事だけを考えましょう。全ては裁判が終わってからよ。)

 注文したオムライスを食べながら、フュリーはそんな事を考えていたのだった。

最終更新:2017年11月26日 06:50