小説フレームアームズ・ガール

後日談「民事裁判」


3.民事裁判


 そして2日後・・・遂にカリンの違法債務を巡っての民事裁判が行われる日がやってきた。
 午前中だけ仕事をして昼からの有給休暇申請を行い、シルフィアやリアナたちに励まされながら電車で裁判所に足を運んだカリンとフュリーを、多数の記者たちが質問攻めにする。
 帝国では超有名人であるカリンが起こした民事裁判という事もあり、裁判所には数多くの記者たちが詰めかけ、平日の昼間にも関わらず傍聴希望者が殺到し、裁判の傍聴席を巡っての抽選倍率も50倍、その貴重な傍聴券を手に入れた者がその場で転売しようとして警備員に捕まってしまうなど、とんでもない騒ぎになってしまっていた。
 記者たちに詰め寄られるカリンをフュリーが庇いながら、

 「裁判が終わった後に記者会見を開きますので、今はカリンちゃんを裁判に集中させてあげて下さい。」
 「全ては記者会見の場で話します。」

 と記者たちを必死に牽制し、カリンと共に受付にて裁判の手続きを済ませる。
 その様子はテレビの昼のワイドショーにおいて、緊急生放送で世界中に放送されていた。

 「ではこれより事件番号5724-367、原告人カリン・ラザフォードからの依頼を受けた、違法債務返還請求案件についての民事裁判を執り行います。」

 その凄まじい喧騒の中、午後1時30分・・・グランザム帝国城下町地方裁判所において、遂にカリンが法廷に立つ時がやって来た。
 緊張した面持ちを隠せないカリン、そんなカリンを必死に守ろうとするフュリーが原告側の席に、そしてヴァイフルの社長と顧問弁護士が被告側の席に座る。
 そんな両者を傍聴席の観客や記者たちが、固唾を飲んで見守っている。

 「原告人カリン・ラザフォード、前へ。」

 裁判長に命じられたカリンが立ち上がり、証言台へと上がる。
 てめぇ、何て事をしてくれたんだ・・・そう怒鳴りつけるかのような鬼の形相で自分を睨み付ける社長の視線を全身に受けながらも、それでもカリンは一歩も引かない。
 自分は何も悪い事はしていない、違法に徴収した借金を法に従い全額返還しろと、当たり前の事を裁判で主張するだけなのだから。

 「訴状の内容に嘘偽り、または訂正事項などはありませんね?」
 「はい、間違いはありません。」
 「分かりました。では証言台の上に置かれた書類の内容を確認した上でサインを。」

 神聖な場である法廷において虚偽の説明をすれば、例え民事裁判だろうと原告人、被告人共に虚偽申告罪として罪に問われる事になる。
 だからこそ今回の訴状の内容、そして両者の主張に嘘偽りが無いという事を、署名という形で宣誓しなければならないのだ。
 カリンは何の迷いも無く書類に署名をし、フュリーの隣の席に座る。

 「では被告人株式会社ヴァイフル。前へ・・・これから行われる審議において、貴方の発言に嘘偽りはありませんね?」
 「ああ、ねえよ。けどよ、主張すべき事はしっかりと主張させて貰うからな。」
 「構いませんよ。貴方にはその権利があります。では原告人と同じように、書類の内容を確認した上でサインを。」

 署名を済ませた社長が、カリンの事を睨み付けながら自分の席へと戻る。
 そんな社長に傍聴席から一部の者が野次を浴びせるが、裁判長がハンマーを何度も叩きながら静粛に、と傍聴席に呼びかけたのだった。

 「それでは審議を始めさせて頂きたいと思います。まず最初に通告しておきますが書類に書かれた通り、この法廷の場において虚偽の発言をした事が発覚した場合、原告人、被告人共に虚偽申告罪の刑事罰に問われる事になります。両者共に嘘偽りのない発言をお願いします。」

 それからカリンと社長、そして互いの弁護士の間で、白熱した審議が行われた。
 まずカリンからこれまで違法に徴収してきた借金の過払い金に関しては、社長は争うつもりは一切無い、全ては一部の従業員の暴走による物、経営陣の従業員に対する教育不足が招いた事だとして素直に謝罪し、全額返還する事を約束。
 裁判官も過払い金に関しては和解が成立したと見なし、これで審議は慰謝料の是非についてのみ行われる事となった。

 だが社長は慰謝料に関しては、500万ゴルダという金額はあまりにも不当だと主張。「我々も悪いが原告の方にも非があるのではないか」などと食い下がって来た。
 それに対してカリンの担当弁護士であるフュリーが、カリンを守る為に真っ向から反論。両者の間で凄まじい舌戦が繰り広げられる事になった。

 「異議あり!!裁判長、今の被告人弁護士の発言には、女性としてのカリンちゃんに対する配慮という物が全く考慮されていません!!」

 フュリーがとても真剣な表情で、被告人弁護士に対して厳しい視線を向けた。

 「確かに被告人弁護士の主張通り、カリンちゃんが士官学校を辞めたのも風俗店で働いていたのも、全て本人の意思による物です!!ですがそれも被告人がカリンちゃんに対して、そうせざるを得なかったように不当に追い込んだ事が原因でしょう!?」
 「確かに被告人にも落ち度はあります!!それは認めますよ!!ですがそれを踏まえても500万ゴルダという金額はあまりにも不当でしょう!!」
 「女性にとって好意を持たない男性に身体を触られるというのが、どれ程の肉体的、精神的な苦痛を伴う物なのか・・・しかもカリンちゃんはそれを不特定多数の男性客を相手に、2年近くも続けたんですよ!?それがカリンちゃんにとってどれ程の生き地獄だったのか、貴方がたは理解しているのですか!?」
 「いや、仕事としてやってるんだから、生き地獄も何も無いでしょう!?」

 被告人弁護士の心無い発言に傍聴席から非難の声が上がるが、それでも被告人弁護士もまた一歩も引かない。
 彼もまた契約相手である社長を、どんな手段を使ってでも全力で守らなければならないのだ。例え傍聴席からどんな酷い野次を受けようが、それでも絶対に引く訳には行かなかった。

 「原告人弁護士の今の発言は支離滅裂していると断言します!!原告人が『自らの意思で』風俗店で働いておきながら、それを生き地獄などとする主張は、意味不明で理解出来ません!!」
 「ではカリンちゃんが当時置かれた状況において、風俗店で働く以外に2200万ゴルダという金額を返す方法があったと言うのですか!?被告人がそういう風にカリンちゃんを不当に追い込んだんですよ!?」
 「それを何故原告人は、すぐに弁護士や役場などの公的機関などに相談しなかったんでしょうかね!?全て自分1人だけで抱え込んだ原告人にも落ち度はあると私は主張します!!」

 被告人弁護士の主張こそ支離滅裂しているのだが、それでもカリンはその主張に胸が痛い思いで一杯だった。
 何故誰にも相談しなかったのか、何故自分1人だけで抱え込むのか・・・それは10年戦争の際にスティレットやリアナに言われた事でもあるのだ。
 あの時、被告人弁護士の言うように、自分1人で抱え込まずに誰かに相談してさえいれば・・・カリンの未来も少しは違っていたのだろうか。

 だがそれでも、失ってしまった時間は二度と元には戻らない。
 どれだけ後悔した所で、人生をやり直す事なんて出来る訳が無い。
 だからこそカリンはこの民事裁判に勝利して、気持ちの踏ん切りをつけないといけないのだ。

 「裁判長。傍聴席の皆さんとの質疑応答をしてもよろしいでしょうか?」

 両者共に白熱した舌戦が繰り広げられる最中、突然フュリーがこんな事を切り出してきた。

 「いいでしょう。原告人弁護士の傍聴席への質疑応答を許可します。」

 少なくともグランザム帝国における裁判では、特に禁止されている行為ではない。
 それ故に裁判長はあっさりと許可を出したのだが、フュリーが被告人弁護士に対する厳しい態度とは一転して、まるで訴えかけるかのような潤んだ瞳で傍聴席に訴えかけてきた。
 ここからがフュリーの・・・吸血鬼とまで呼ばれた程の敏腕弁護士としての本領発揮だ。

 「傍聴席の皆さん、仮に皆さんがカリンちゃんの立場に置かれたらどう思いますか?特にそこの若い女性の方。」
 「え!?私ですか!?」
 「ええ、是非想像してみて下さい。貴方が不特定多数の男性客を相手にキスをされ、胸を揉まれ、局部を触られ、身体中をいじり回され・・・生きる為にそうせざるを得ない状況に追い込まれたら、果たして貴方は正気でいられますか?」
 「そ、そんなの私には無理!!絶対無理に決まってますよ!!」

 身震いしながら、フュリーに名指しされた女性が拒絶の反応を見せる。
 この女性だけではない。傍聴席の女性たちの誰もが、フュリーの言葉に激しい嫌悪の表情を浮かべた。
 無理も無いだろう。フュリーの主張通り女性にとって、好意を持たない不特定多数の男性に身体を触られるというのは、それだけで苦痛以外の何物でも無いのだ。それは同じ女性であるフュリーだからこそ理解出来る事だ。
 カリンには辛い事を思い出させてしまって申し訳無いが、これも裁判で慰謝料を少しでも多く手にする為の武器として、精一杯利用させて貰う事にした。

 「そこの初老の男性の方。想像してみて下さい。貴方の娘や孫が幸せな学園生活を送っていた所へ、それを本人の意思とは無関係に理不尽な形で退学しなければならなくなったとしたら?隣の若い男性の方も、もし貴方の恋人が風俗店で働かざるを得なくなったとしたら?」

 次々と畳み掛けるように、フュリーが他の傍聴席の者たちにも呼びかける。
 傍聴席の者たちは戸惑い、ざわめき・・・それを見届けたフュリーがさらに止めを刺すかのように、決定的な一言を傍聴席に呼びかけた。

 「その全てがカリンちゃんにしたのと同じ様に、被告人である株式会社ヴァイフルが違法に押し付けた、本来なら返済義務が無いはずの債務が原因だとしたら?被告人弁護士はカリンちゃんにも非があるなどと言いますが、皆さんはどう思われますか?それでも被告人弁護士と同じ事が言えますか?」

 その一言がきっかけとなって、傍聴席の者たちが一斉に社長と被告人弁護士に罵声を浴びせ始めた。
 被告人弁護士の巧みな話術によって、「カリンにも非がある」と傍聴席の者たちの何人かが思い始めていた所を、それをフュリーによって一気に覆されてしまったのだ。
 無理も無いだろう。誰だって自分の大切な存在がカリンと同じ目に遭わされたと想像させられたら、その元凶となる者たちを批判するのは当たり前の話だ。
 これはカリンに対する賛同者やヴァイフルに対する反抗者を増やす事で、裁判を有利に進める為だけではない。先程から不安そうな表情を隠せないカリンを安心させる為でもあるのだ。

 「静粛に!!皆さん静粛に!!」

 裁判長が何度もハンマーを叩き、傍聴席の者たちを必死に黙らせる。

 「原告人弁護士。裁判の進行の妨げになるので、質疑応答はこれにて終了とさせて頂きたい。」
 「ええ、もう大丈夫です。私が言いたい事は全て皆さんに伝えましたから。」
 「では裁判を続けたいと思います。被告人弁護士。今の原告人弁護士の発言に対して・・・。」

 今のフュリーが行った傍聴席への質疑応答は、裁判長の心情をカリン側に傾けるさせるには、あまりにも充分過ぎる効果があったようだ。
 元々ヴァイフル側に100%落ち度がある案件だった上に、カリンがヴァイフルのせいでどれだけ苦しめられる事になったのかという事を、周囲の者たちにとても強く印象付ける事になったのだ。
 最早フュリーが予言した通り、まともな裁判にすらなっていなかった。
 被告人弁護士に苦し紛れの反論や言い訳をする余地さえも与えず、フュリーがさらに被告人弁護士に反論し、論破し、畳み掛け、黙らせる。
 その白熱した審議が始まってから、一体どれだけの時間が流れたのか・・・やがて互いの主張が出尽くした所へ、裁判長が裁判の終了・・・即日結審を告げた。

 「では最後に原告人カリン・ラザフォード。何か申し開きしたい事はありますか?」

 裁判長に促され、カリンが再び証言台に立つ。
 またしても社長から鬼の形相で睨み付けられながらも、それでもカリンは怯まずに裁判長を見据えながら、自らの想いをはっきりと告げた。

 「私は父から不当に押し付けられた借金のせいで、士官学校を中退してまでブルードリームで、2年間も働かざるを得なくなってしまいました。そして私のゼルフィカールに残された音声データにもありますが、その借金の違法性を帝国の大人たちは、誰も私に教えてくれませんでした。」

 シュナイダーが、風俗店の店長が、そして株式会社ヴァイフルが、さらには実の父親であるカシムでさえも・・・カリンの事を利用する為に、誰一人としてカリンにその事を伝えなかったのだ。
 最初からカリンに債務など存在しないという事を。カリンが士官学校を辞めてまで風俗店で働く必要など無かったと言う事を。
 アリューシャやアイラに言われるまで、カリンは全くその事を知らなかったのだ。
 知らなかったのをいい事に、帝国の大人たちはカリンの事をずっと騙してきたのだ。

 「失った私の2年間という時間は、もう二度と戻って来ることはありません。その元凶となった人たちに対して怒りや憎しみの心が無いと言えば、正直嘘になります・・・ですがそれでも私はこれからも強く生きていかなければならないと思っています。今の私は・・・もう1人じゃないから。」
 「分かりました。もう下がって頂いて結構ですよ。」

 目を潤ませながら自分の席に戻るカリンの肩を、フュリーが慰めるかのように優しく抱き寄せたのだった。

 「では被告人株式会社ヴァイフル。何か申し開きしたい事はありますか?」

 裁判長に促されて、社長が再び証言台に立つ。
 フュリーの巧みな誘導により、既に裁判の流れは完全にカリン側に傾いてしまっていた。既に裁判長からも即日結審を言い渡されており、ここで社長が何を主張しようが、最早慰謝料の支払い命令が下されるのは避けられないだろう。
 こうなったら社長が取れる行動は、最早たった1つしか無かった。

 「裁判長さんよぉ、勘弁して下せぇよ!!ただでさえ俺の会社はギリギリで黒字だったってのに、それをこんな賠償を命じられたんじゃ大赤字ですわ!!俺だって従業員たちを食わせてやらないといけねえ、俺の会社が潰れちまえば従業員たちが路頭に迷っちまうんだ!!」

 それは、土下座。
 あまりにも無様な、しかしなりふり構っていられないという、社長の裁判長に対する必死の土下座だった。

 「確かに俺の部下の不手際のせいで、彼女を2年間も苦しめる事になっちまった!!それは何も言い訳出来ねえよ!!だけど俺の会社はその辺の闇金とは違う!!法で定められた年利だってちゃんと守ってるし、真っ当な金貸し業をやってるんだ!!」
 「被告人、頭を上げなさい。見苦しいとは思わないのですか?」
 「なあ、カリンさんよ、アンタ夢が叶って軍人になれたんだろ!?しかも中尉といったら相当な地位じゃねえか!!給料だって沢山貰ってるんだろ!?だったら今更慰謝料なんか貰わなくったって食っていけるじゃねえか!!なあ!?」

 裁判長に促されても頭を上げる事無く、社長は今度はカリンに土下座をする。
 何と言う見苦しい醜態。だがそれでも社長はカリンに頭を下げ続けた。

 「だから頼む!!過払い金はアンタに言われた通り全額払い戻す!!だから慰謝料だけは本当に勘弁してくれぇっ!!」
 「警備員、被告人を下がらせなさい。」

 裁判長に促された二人の警備員が、いつまでも土下座を止めようとしない社長をずるずると引きずり、無理矢理自分の席へと戻らせたのだった。
 そんな社長に対する傍聴席の者たちの、厳しい視線。

 「原告人カリン・ラザフォード。被告人の懇願通り、慰謝料に関して和解の意思はありますか?」
 「いいえ、全くありません。」

 情に訴えるという社長の作戦・・・というか悪あがきは、完全に失敗に終わってしまったようだ。
 これはカリン1人だけの問題ではない。自分と同じように違法な債務に苦しめられる世界中の人々に希望を与える為にも、ここでカリンは絶対に引く訳にはいかないのだ。

 「分かりました。ではこれにて判決を言い渡します。」

 即日結審どころか、即日で判決が出る事態になってしまった。
 これもまたフュリーが、事前にカリンに予言してみせた事だ。

 「原告人の主張には全て反論の余地は無く、原告人が被告人のせいで士官学校を中退しなければならなくなった事実はあまりにも重く、また風俗店において2年もの間受け続けた肉体的、精神的な苦痛、さらに生活にさえも困窮するなど、想像を絶する苦しみがあったと断言出来る。」

 カリンが目を潤ませながら、自分の肩を抱き寄せるフュリーに身体を預けながら、裁判長の言葉にしっかりと耳を傾けていた。
 判決言い渡しが始まった事で、記者席に座る記者たちも一斉に慌ただしくなっていく。

 「また被告人が主張する原告人の過失においても、あまりにも支離滅裂していると言わざるを得ない。そもそも被告人が金融法を遵守していれば、このような事態にはならなかった。原告人の2年間という貴重な時間を奪った被告人の責任はあまりにも重く、情状酌量の余地は全く無い。」

 憔悴する社長に対してさらに裁判長は厳しい表情で畳み掛け、責任を追及し・・・そして遂にその時がやって来た。

 「主文・・・被告人株式会社ヴァイフルに対し、過払い金550万ゴルダ、慰謝料500万ゴルダ、加えて原告人が弁護士を雇用するのに要した必要経費の56万5千ゴルダ全額、合計1101万5千ゴルダを、原告人カリン・ラザフォードに支払う事を命じる。」

 それと同時に、記者たちが慌てて一斉に外へと飛び出していく。
 この後テレビの速報で、一斉にお茶の間にカリン全面勝訴のテロップが流れる事だろう。

 「ちょ、ちょっと待って下せえよ裁判官さんよぉ!!過払い金は仕方ねえにしても、慰謝料と弁護士の費用を全額って、そんな・・・!!」
 「なお訴訟費用に関しては、原告人カリン・ラザフォードに全額負担を命じる。これにて本件の審理は全て終了、本日はこれにて閉廷する。以上。」

 裁判長が去っていくのと同時に、社長が憔悴し切った表情でその場に崩れ落ちてしまう。
 そんな無様な醜態を見せる社長を、被告人弁護士が必死になだめていたのだが。

 「どうします?控訴なさいますか?最も高等裁判所に控訴した所で、控訴請求を退けられるのがオチでしょうけど。」
 「・・・ううう・・・ううあああああ・・・畜生があああああああああああああああああああああ!!」

 絶望し絶叫する社長を、フュリーがカリンの肩を抱き寄せながら、汚物を見るかのような目で見下していたのだった・・・。

4.裁判が終わって


 その後、ヴァイフルは判決を不服として控訴するかと思われたが、フュリーが控訴しても無駄だと脅しをかけただけでなく、支払いに応じなければ自宅の土地と建物、財産の差し押さえの手続きをするとフュリーが社長に通告した事で、意外とあっさりと慰謝料の支払いに応じ、カリンの銀行口座に請求金額の全額を振り込んだのだった。
 これ以上会社のイメージを汚すような事態は避けたい・・・そう社長は判断したのだろうが、これによりカリンの全面勝訴が確定。ヴァイフルは今期の営業利益が何とか辛うじて黒字の見込みだったのが、途端に大赤字へと転落する事になってしまう。

 カリンは裁判が終わった後にすぐにフュリーと共に記者会見を開き、自分の2年間もの人生を台無しにした帝国の大人たちに対しての恨みの言葉を述べながらも、それでも失った時間はもう戻らないが、今回の全面勝訴で気持ちの踏ん切りがついた、残りの人生を前を向いて生きて行くと宣言した。
 一斉に浴びせられるカメラのフラッシュにも怯む事無く、カリンは目を潤ませながらしっかりと背筋を正し、目の前の記者たちを見据えたのだった。

 そして、その日の夕方・・・コーネリア共和国に帰国するフュリーを空港で見送ったカリンは、シルフィアが鼻歌を交えながら夕食を作っている最中、フュリーから手渡されたカリンの家系図を、複雑な表情でじっ・・・と見つめていた。

 『カリンちゃんには裁判に集中して欲しかったから、今までずっと黙っていたんだけど・・・。』
 『私の家系図・・・?こんなの今更一体何を・・・』
 『それを見て貰うと分かるんだけど、実はシオン君とカリンちゃんがね・・・。』

 従兄だった。
 シオンとカリンは同じ祖父を持つ、血の繋がった従兄妹同士だったのだ。
 従兄妹同士だという事を互いに知らないまま、シオンとカリンは10年戦争で敵同士として、身内同士で互いに殺し合う羽目になってしまったのだ。
 戦争というのは・・・いや、運命というのは・・・一体どこまで残酷なのか。
 今週の土曜日にグランザム帝国の城で行われる終戦協定式において、恐らくシオンもエミリアの護衛として姿を表す事だろう。
 その時カリンは、果たして一体どんな顔でシオンに会えばいいのだろうか。

 『・・・本日のゲストにはコーネリア共和国軍所属、アーキテクト・オラトリオ少佐に来て頂きました。オラトリオ少佐、本日はお忙しい所をわざわざご足労頂き、ありがとうございます。』
 『いえ、こちらこそよろしくお願い致します。』
 『オラトリオ少佐はグランザム帝国軍に在籍時に、ラザフォード中尉が訓練兵だった頃、教官を務めていた経験があるとの事ですが?』
 『そうですね、私も何故彼女が突然士官学校を辞めるなんて言い出したのか、当時は全く意味が分からなかったのですが、今回の民事裁判で・・・。』

 テレビのニュースでは今回の裁判の一件が大々的に報じられているのだが、今のカリンの頭の中にはニュースの内容が全く入っていなかった。
 そう言えばそんなような事もあったかな、とカリンは頭の片隅で思い出したのだが、それ以上にシオンが自分の従兄だという事実に衝撃を隠せないでいるのだ。
 カリンの裁判が終わるまで、この事を今までずっと黙っていたフュリーの判断は、適切だったと言えるだろう。
 裁判の真っ只中にこんな事をカリンが知ってしまったら、きっとカリンは動揺して裁判どころではなくなってしまっていたかもしれない。

 「カリン、晩御飯出来ましたよ。」
 「あ、うん・・・。」

 シルフィアに呼びかけられて、カリンはふと我に返ったのだが。

 「今日の晩御飯はゴーヤの玉子とじですよ~。」
 「え(泣)!?」

 自分の目の前に出された赤飯と味噌汁、そしてゴーヤと牛肉の玉子とじを見たカリンが、途端に泣きそうな表情になってしまう。

 「今日はカリンの全面勝訴をお祝いして、お赤飯にしてみました。」
 「いや、あの・・・(泣)。」
 「お代わりもありますから、遠慮せずに沢山食べて下さいね~。」
 「わ、私、ゴーヤはちょっと・・・(泣)。」

 ピンポーン。
 泣きそうな表情でゴーヤを見つめるカリンだったのだが、そこへ突然呼び出し音が鳴り響く。

 「・・・っとっとっと、はいはい、今行きますからね~。カリン、先に食べてていいですよ。」

 慌ててエプロンを外して扉に向かったシルフィアが壁に据え付けられたモニターのボタンを押すと、液晶画面に若い帝国兵の青年の姿が映し出されたのだが。

 「はい、どうされました?」
 『シルフィア様、おくつろぎ中の所、本当に申し訳ありません。そちらにラザフォード中尉はお見えになりますでしょうか?』
 「カリンならここにいますが・・・何かあったのですか?」
 『・・・それが・・・。』

 バツが悪そうな表情で言葉に詰まる帝国兵だったのだが・・・それでも意を決してシルフィアにとんでもない事を告げたのだった。

 『中尉殿の御父上と名乗る男性の方がいきなり押しかけてきて、先程から中尉殿に会わせろと、しつこく食い下がってきていまして・・・今は応接室でお待ち頂いているのですが・・・。』
 「・・・父さんが!?」

 なんかもう目をうるうるさせながらゴーヤを飲み込んだカリンが、途端に真剣な表情になる。

 「・・・だ、そうですが・・・どうします?会いますか?カリン。」

 今まで自分に勝手に借金を押し付けて姿をくらましていたと思ったら、今度は一転して突然自分に会いたいなどと。
 今更一体何の用なのか・・・いいや、一体何があったというのか。
 シルフィアに問いかけられて、しばらく考え込むカリンだったのだが・・・それでも意を決した表情でシルフィアを見据え、はっきりと告げた。

 「・・・会うわ。ただしシルフィア、貴方も一緒に来てくれる?それが条件だと父さんに伝えて。」
 「ええ、勿論です。私を頼ってくれて嬉しいですよ、カリン。」

 不安そうなカリンを安心させる為に、シルフィアは穏やかな笑顔をカリンに見せたのだった。

 「では、今は夕食の最中なので・・・そうですね、6時半頃にそちらに向かうと伝えて頂けます?」
 「ヒトハチ・サンマルですね。了解しました。」

 シルフィアに敬礼をした帝国兵の青年が、慌てて応接室へと向かっていく。
 それを液晶画面越しに見届けたシルフィアが、カリンの反対側の席に座る。
 失踪していたカシムが突然会いに来るなど、余程の事があったに違いない。
 これまでの一件を謝罪して、今更家族として一緒に暮らしたいなどとでも言うつもりなのか。
 そんな事をシルフィアは、今更絶対に許すつもりは無いのだが。
 何にしてもカリンに頼まれずとも、カリンをたった1人でカシムに会わせるつもりは微塵も無かった。
 カリンを不安にさせたくはないというのも勿論あるが、何よりもカリンをカシムに奪わせない為でもあるのだ。

 「そう言えばカリン、さっきゴーヤがどうのこうの言ってましたが・・・。」
 「・・・何でも無いわよ。頂きます。」

 今更どのツラ下げて自分に会いに来たのか。どんな謝罪の言葉を述べるつもりなのか。
 だが折角向こうから会いに来てくれたのだ。これまでの2年間、自分がどれだけ辛い思いをしてきたのか、どれだけの絶望を乗り越えてきたのか・・・それを思い切り父にぶつけてやろうと、カリンはその決意を顕わにしていた。
 その決意を胸に、カリンは目をうるうるさせながら、必死にゴーヤを口に運んだのだった。

5.決別


 「おい、カリンの奴はまだ来ねえのかよ!?」
 「も、もうしばらくお待ち下さいませ!!まだラザフォード中尉は夕食の時間ですので・・・!!」

 カシムに理不尽に怒鳴り散らされた使用人の少女が、泣きそうな表情で平謝りする。
 シルフィアは午後6時30分頃に行くと兵士に告げたのだが、時計の針はまだ午後6時20分を回った所だった。
 焦りと苛立ちを隠せないカシムが、とても偉そうにソファの上にどかっと座り込み、足と腕を組みながら、ひたすら時計の針を睨み続けていたのだが。

 「こんな甘ったるい飲み物なんざ飲めるか!!酒はねえのかよ酒はぁっ!?」

 少女が提供した紅茶を一口飲んだカシムが、突然ティーカップを床に叩き付けた。
 派手な音を立てて、ティーカップが粉々に砕け散ってしまう。

 「も、申し訳ありません!!シルフィア様のご意向により、城にご来場頂いたお客様にアルコール類は用意しておりませんので・・・!!」
 「くそが、客に酒も用意しねえとは、何て王女だ!!」
 「そ、その、お客様が酔って暴れてトラブルを起こさないようにと・・・!!」
 「何だとコラァ!?俺様の酒癖が悪いとでも言いてえのかよおっ!?」

 頭に血を上らせて突然立ち上がったカシムが、怒りの形相で少女の胸倉を掴んで睨み付ける。
 いきなりの出来事に少女は怯えた表情で身体を震わせたのだが。

 「父さん、彼女に何をやってるのよ!?」

 駆け付けたカリンが慌ててカシムの両手を無理矢理外し、少女を庇うように立ちはだかった。
 カリンに睨みつけられたカシムが、先程までとは一転して突然大人しくなってしまう。

 「ラ、ラザフォード中尉・・・!!」
 「ありがとう、後は私とシルフィアが父さんの相手をするから、貴方はもう下がっていいわ。怖がらせちゃって本当にごめんね。」
 「は、はい、では失礼します・・・!!」

 慌てて割れたティーカップを片付け、雑巾で紅茶を拭き取った少女が、泣きそうな表情で走り去っていったのだった。
 そんな少女の後姿を、カリンがとても厳しい表情で見つめている。
 いきなり押しかけてきたと思ったら、善意で紅茶を提供してくれた彼女に何て事をしてくれたのか。

 「よ、よおカリン、久しぶりだな。元気そうで何よりじゃねえか。て言うか王女様も一緒なのかよ。」
 「それが会う条件だと伝えたはずよ。取り敢えず席に座りなさいよ。」
 「そ、そうだな・・・。」

 相変わらず偉そうな態度でソファにどかっと腰を下ろすカシム、そんな彼の反対側の席にカリンとシルフィアが座る。
 2年経ってもカシムは、何も変わっていない・・・一般常識や礼儀作法という物が全く身についておらず、周囲に対して無礼な態度で横暴な振る舞いをする。
 それにしても随分とみずぼらしい恰好をしているのだが、ちゃんと仕事はしているのか。
 カリンが幼少時からカシムは職を転々とし、まともな定職にも就かずに毎日酒ばかり飲んでいたのだが。
 こんな父親に嫌気が差して、カリンは中学卒業後に家を出て全寮制の士官学校に入ったのだ。
 カリンに対してヘラヘラと薄ら笑いを浮かべるカシムを、カリンの隣の席に座るシルフィアがとても厳しい表情で見つめていた。

 「私は父さんに言いたい事が山程あるんだけど・・・取り敢えず先に用件から聞くわ。私に一体何の用なの?」

 勝手に借金を押し付けて姿をくらましていたと思ったら、突然会いに来たカシム。
 一体彼の口から、どんな謝罪の言葉が告げられるのか。どんな謝罪の態度を見せるつもりなのか。
 今更親子として一緒に暮らしたいとでも言うつもりなのか。そんな事は今更絶対に嫌なのだが。

 「・・・なあ・・・カリン・・・。」
 「何よ。」

 だがカシムの口から飛び出した言葉は、カリンの希望とは全くかけ離れた物だった。

 「・・・金、貸してくれよ。」

 ヘラヘラを薄ら笑いを浮かべながら、全く悪びれる事無くカリンにそう告げたカシム。
 その瞬間、カリンの頭の中が真っ白になる。
 この人は一体、私に対して何を言っているのかと。

 「・・・は・・・?」
 「なあ、お前裁判に勝ったんだろ?1100万ゴルダ手に入ったんだろ?」
 「・・・・・。」
 「それにお前軍人なんだろ?公務員なんだろ?だったら収入が安定してるし、しかもお前中尉なんだから給料も相当高いよな?」
 「・・・・・。」
 「だったら少し位金貸してくれたって、別にいいじゃねえかよ。俺、今月ピンチなんだよ。」
 「・・・・・。」

 怒り、哀しみ、そして絶望・・・そんな負の感情がカリンの心を支配した。
 あれだけ自分の事を苦しめておきながら謝罪もせず、さらに金を貸してくれなどと。
 誠心誠意からの謝罪の言葉を期待していた。すまなかった、許してくれと。ただそれだけの言葉を・・・それだけを期待していたのに。
 それなのに・・・こんな・・・しかも全く悪びれもせずに・・・。

 「だから頼む、取り敢えず20万でいいや、貸してくれ・・・どあああああああああああああああっ!?」

 だがそこへ突然立ち上がったシルフィアがカシムの胸倉を掴み、壁に叩き付けて壁ドン!!したのだった。
 怒りの形相で、シルフィアはカシムを睨み付けている。

 「シルフィア!?」
 「貴方はカリンに対して、他に何か言う事は無いのですかぁっ!?」
 「な、何なんだよアンタ!?別に俺何もしてねえだろうがよおっ!?」

 別に俺何もしてねえ。
 別に俺何もしてねえ。
 別に俺何もしてねえ。

 この人は一体、何を言っているのだろう。
 シルフィアはあまりのカシムの横暴な態度に怒りを隠せずにいた。
 カリンに多額の借金を勝手に押し付けて姿をくらませておいて、それで別に俺何もしてねえなどと何故言えるのか。
 カリンの2年間もの人生を台無しにしておいて、2年間も生き地獄を味合わせておいて、それで別に俺何もしてねえなどと何故言えるのか。
 この男は一体、自分の娘の事を何だと思っているのか。

 「貴方のせいでカリンが、今までどれだけ苦しんできたと思っているのですかぁっ!?」
 「ひ、ひいっ、何なんだよアンタ!?一体何をそんなに怒ってるんだよ!?ちょっとカリンに金貸してくれって言っただけひぎいいいいいいいいいいいいいいっ!?」
 「貴方がカリンに対して最初にするべき事は何ですか!?それ位の事も言われないと分からないのですかぁっ!?」
 「と、取り敢えず離してくれよ!!これじゃあ落ち着いて話も出来やしねえよ!!」

 シルフィアに手を離され、すっかり腰を抜かしてその場に座り込んでしまったカシムを、シルフィアが汚物を見るかのような目で睨み付けている。
 読心術を心得ているシルフィアだからこそ理解出来るのだ。カシムはカリンに対して全く謝罪するつもりが無いという事を。
 それどころか自分がカリンにしでかした事に対して、何の罪悪感も抱いていないという事を。
 こんな・・・こんな男が・・・カリンの実の父親だとでも言うのか。
 こんな男のせいでカリンは、2年間も苦しみ続けたとでも言うのか。

 「・・・シルフィア・・・。」

 そんな2人の様子をカリンがソファに座りながら、泣きそうな表情で見つめていたのだが。
 何とか立ち上がったカシムが、呆れた表情でシルフィアを見つめていたのだった。

 「ア、アンタ、堅気の人間だろ!?その辺のヤクザ者より余程おっかねえじゃねえかよ!?」
 「貴方に貸すお金など、1ゴルダたりとも持ち合わせていません。今すぐにこの場を立ち去りなさい。そしてもう二度とカリンの前に姿を現す事を許しませんよ。」
 「何だよ、国民を助けるのが皇女の役目だろうが!?それなのに目の前で国民が苦しんでるってのに、それを助けねえってのはどういう了見だよ!?」
 「・・・貴方は・・・この期に及んで一体何を・・・!!」
 「なあカリン、お前も軍人なら国民を助けるのが仕事だろうが!!なら金が無くて困ってる俺を助けるのも仕事の一環だよな!?だから金貸してくれよ!!俺仕事をクビになって本当に困ってるんだよ!!」

 もうこれ以上は何を言っても、何を諭しても無駄のようだ。
 ある意味ではシュナイダーよりも、余程性質の悪い男だと言える。
 いや、これでは分別を弁えているだけ、シュナイダーの方が余程マシに見えるではないか。
 溜め息をついたシルフィアが指をパチンと鳴らすと、駆け付けた帝国兵の青年2人がシルフィアに敬礼したのだった。

 「彼を城から追い出して下さい。もうこれ以上何も話す事はありません。」
 「「はっ!!」」
 「ま、待ってくれよ!!せめて金貸してくれよ!!俺本当に今月ピンチなんだよ!!この、離しやがれお前ら!!やめろ!!」

 ジタバタ暴れるカシムを兵士2人が情け容赦なく連行していき、問答無用で城から追い出したのだった。
 それを見届けたカリンが目から涙を浮かべながら、身体を震わせて嗚咽してしまっている。

 「・・・は、ははは・・・覚悟はしていたけど・・・一番最悪になっちゃった・・・。」
 「カリンっ!!」

 涙を流すカリンをシルフィアがぎゅっと抱き締め、彼女の顔を自らの豊満な胸に埋めた。

 「・・・ううう・・・シルフィア・・・!!」
 「寂しがらないで、カリン・・・貴方には私がいますから・・・ずっと貴方の傍にいますから・・・!!」

 両親から愛されず、父親のせいで地獄の日々を強要され、挙句の果てに実の従兄であるシオンとも殺し合う羽目になってしまった。
 さらに追い打ちをかけるかのように、その父親が突然現れたと思ったら、今までの事を全く謝罪しないどころか金を貸してくれなどと。これではカリンがショックを受けて当たり前だろう。

 「ううう・・・うわああああああああああああああああああああん!!」

 シルフィアの優しさと温もりに包まれてすっかり安心してしまったのか、カリンは泣いた。大声で泣きじゃくった。
 せめて謝罪くらいはして欲しかった。今まで済まなかったと、それだけ言ってくれればカリンはそれで充分だったのだ。
 それなのに・・・こんな・・・。

 「カリン・・・!!」

 悲しみに満ちた表情で、シルフィアは涙を流すカリンの顔をぎゅっと抱き締め続けたのだった。

最終更新:2017年11月26日 06:53