【えかとん】
カパッチは無言で、しかも目を見開いたまま、もしゃりもしゃりと音を立ててパンを食べている。
【ファフス】
かぱっちはぱたりと本を閉じて、こちらを見据える。
【チタン】
カパッチは道を適度に駆ける、疾走と言うには遅い足運びは、軽い音を鳴らして静かな街頭を抜けた。
【エカトン】
(ダイエットでもやってんのか、あいつ?)
【ファフス】
そもそも、彼は担々麺を食べ過ぎなのである。そろそろ、自分の身体の醜さに自分で気づいたということだろう。
(醜さってか、普通に美形だがな。)
ロシア人に間違えられたほどの美白な肌、短く切り揃えられた黒い髪がフードに隠れながらも足を進めるたびに顔の横で震えていた。
【チタン】
カパッチは麺を口に運ぶ、熱く辛いスープは麺に良く絡んで舌を刺激する。
この辛さが久々に食べると結構イケる。
具として入っている野菜をいくつか口に入れて、少しスープをすすって、一息吐く。
そして倒れた。
【ファフス】
「先生!バイタルが20です。エグゼプション・プロフィーディングの用意を」
「誰か生理食塩水もってきて!」
病院は慌ただしく動いていた。かぱっちは病床の上で意識を取り戻した。
担々麺屋を狙った連続テロ――それに巻き込まれたのだろう。我ながら恥ずかしく思う。自分だけはまきこまれないと、そう思っていた。しかし、多分一命はとりとめたのだろう。
【チタン】
医者が重々しい雰囲気を纏って病室に入ってきた。
「カパッチ君意識はあるかい?」
声を出そうとして、呼吸音だけが弱弱しく抜けるだった。
「無理はしないで。君は一命をとりとめたが危険な状態だ」
14か所の骨折、右腕の壊死、下半身不随、その他多くの症状が告げられたが理解が及ばない。
こちらが喋られないのをいいことに好き勝手にいいやがる。
【ファフス】
「普通なら君はもう普通の生活が出来ないと、いうことになるが――」
医師は言葉をそこで止める。忌々しそうにこちらから顔を避けて、背を向ける。何者かが医師の後ろから現れた。
「全く、政府の人間はこういうことだけには金は出す。」
【えかとん】
桜舞い散る季節。薄い桃色の吹雪が、ひとひら、ふたひらと蝶の番のようになって地面へと落ちる。医師は窓の外に目をやって、その番が地面に落ちるのを追っていた。重い息が溢れる。
「それで……どうなんですか?」
【KPHT】
スギ花粉舞い散る季節。桃色の花びらが落下し、刻一刻と自分の花弁が失われていく桜の木の様子をじっくりと観察している医師。また一つ、葉桜に近づいたんだな。
「それで……どうなんですか?」
【チタン】
「カパッチくんかい?」
医師は苦しそうに、息を詰めてから吐き出す。
長い息はたっぷりと数秒続いてから言葉を紡ぐ。
「善処はしたがね、政府にはさからえんさ。
彼は今、怪人として政府に雇用された」
空間が制止したように鎮まる。
「……あぁぁぁ」
ファフスは頭を抱えて叫ぶ、そうでもしなければ吹き出しそうだったのもあるが、今はどうでもいい。気にしなくていいことだ。
「くっ……ぷ……。で、今彼はどこに」
【ファフス】
医師が指し示した先が自分であることに気付いて、旧友であるふぁふすが何を言っているのか段々理解してきた。
「|人体改造《リチュアル・パッケージ》なのか?」
「話が早い。」
ふぁふすは自分の病床の横に座ってこちらを見据えながら、手を振って医師を病室から追い出した。
「どうせ、このままじゃゴミみたいな人生のままだぜ。可能性に賭けてみないか?」
ふぁふすの言葉は嘘偽りない声色だった。
【えかとん】
――ぴすてぃる。
それは、人々が羨むヒーロー。弱きを助け、強きを挫く。現代の日本では“ぴすてぃる”という役職は金メダルを取るより難しい。難しいが、それは栄誉あることだった。
しかし、その辺の情報に詳しいファフスは知っていた。
「歴史が大きく変わる時、“ぴすてぃる”は姿を表す。最初は怪人として、世界の破壊者として君臨する――。 全てが終わった時、“ぴすてぃる”は再び姿を表す。 今度は“英雄”として――」
そう、“ぴすてぃる”は秩序を乱す者なのだ。その姿こそは明らかではないが、真の目的が何なのか。それはファフスはおろか、誰も知らない……。
【チタン】
カパッチは思った。ゆえに声に出さねばならない。
「あほかお前」
【ファフス】
ふぁふすは目を丸くしてこちらを見てきた。
「正気か、このラテン語衒学者が。」
「あんだと、このシリアスサイコパスが!」
なんでこんな馬鹿馬鹿しい話に陥ったのか、それは二年前から始まってアメリカ同時担々麺店テロから始まる。
【チタン】
「逃げたぞ!追え!」
怒声が響く路地裏におっさんの声が響く。
アメリカではあまり聞かない日本語のままの声は地元の人々の目を一瞬集め、すぐにいつもの事として処理された。
「へっへー! さっさと潰れちまいなよその店ぇ!」
店主らしき男の前を走るのは薄汚れた服をまとった少年二人組だ。
カパッチとふぁふす。二人はいつものように担々?屋に忍び込んでは食材を頂戴していた。
それが日常で、いつもの風景だったのはある日を境に消え去った。
その店は、警官に囲まれ、何人もの動かなくなった人が担ぎだされている。
その古い記憶こそ、二人の忘れがたい過去であった。
【ファフス】
「何があったんだ?」
おそるおそる少年二人は担々麺店を覗いてみる。店内は惨たらしい状況だった。床にばら撒かれた七味、店内はタバスコの酸い香りが充満していた。
そして、店の床に倒れる複数人の客。これに関しては脳が思い出すことを拒否していた。
ニュースは連日、この日の惨劇を報道し続けた。
かぱっちとふぁふすの良く通っていた担々麺店だけではなく、アメリカ中の担々麺店で同じような事件が起こっていた。一時は食中毒と報道され衛生監督所が各店舗に立ち入って調査を行ったが、明確な病原菌などは見つからなかった。しかし、その代わりにそれぞれの担々麺には神経毒が仕込まれていたという話だ。
後のFBIの調査で、同じ神経毒が複数の地域の事件で使われていたことで事態は急変した。大統領を含むNSC――国家安全保障会議は国内から担々麺を排除することに決定した。テロリストを探すこともなく、対症療法で担々麺屋を消し去った。
二年後、この事件を誰もが忘れていた。二度とあんな馬鹿馬鹿しい、フィクションじみたテロは起こらないと――誰もがそう思っていた矢先のことであった。
【チタン】
「今回の担々?の事、お前ならすぐに思い当たるだろ?」
固く結んだが口が沈黙を答えの代わりにした。
「あっちの担々?屋がなくなって、こんどはこっちだ」
「あの店の担々?なら前から食べてたけど、こんなことは初めてだ」
「だろうな」
ふぁふすはA4サイズの紙を入れられる封筒を乱雑にベッドに落とす。勢いでいくつかの書類と写真が出てきて、その中に特に目を惹かれる物があった。
それを掴みふぁふすに見せる。
「これってあの時のおっさんか?」
ふぁふすは少し苦い顔をしてから答える。
「あぁ、今回の被害者のうちの一人……なんでこんな場所にいるのか知らないが、検死が行われた時お前の|人体改造《リチュアル・パッケージ》の元になった古い手術の痕があった」
言葉の意味を理解して、さらに驚きを得た。オッサンの技術と、政府は繋がっている。
「車の用意はしてある、行くか?」
勢い良く掛け布団を剥がす。
患者用の服だが、すぐにふぁふすが黒いスーツを取り出し、着替えつつ応える。
「どこに止めてある?」
【ファフス】
「病院の裏だ。話は付けてあるから、職員用通用路を使って出られる。」
ふぁふすはいかにも当然そうにそう言い放ったが、自分にはどうにも腑に落ちないところがあった。
「|人体改造《リチュアル・パッケージ》の話は分かった。政府とオッサンの関係もな。だが、こそこそして行く必要はないんじゃないのか?」
「どうだかな――」
その先をふぁふすは言おうとしたが、病院の建物が低い音を立てながら震えているのに気付いて口を止めている様子だった。しばらくして、音が落ち着くと病院内に何人もの血まみれの人間がストレッチャーで運ばれてきた。その服装は黒ずんでおり、顔は煤塗れになっている。
「我々も良く分からないが、奴らが狙っているのは担々麺店だけじゃないようでな。」
「我々?」
ふぁふすの言葉に疑問を抱く。ふぁふすの行動は|人体改造《リチュアル・パッケージ》を推進してきた「政府」に従ったものではなかったということだ。独立してテロリストに立ち向かっているのであれば無茶苦茶な行為だった。
「政府も信用できん。二年前、あいつらは根本を絶たなかった。あれには俺は何か裏の理由があると踏んでいる。」
「……。」
何か薄気味悪いものを見たような気がして身震いした。ただ、アメリカ各地で担々麺屋の担々麺に毒を盛られたごときの話が、国家規模の陰謀に繋がっているという可能性を感じた。
「さあ、考えている暇はない。あいつらはもうすでにここを突き止めた。行くぞ。」
そういって一人勝手に行こうとするふぁふすに、追いすがるようにかぱっちは小走りで付いていった。
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最終更新:2018年04月06日 01:22