不死技術(帝連語:dilaafgenstla)とはジエール帝国連邦を代表する技術の1つであり、人間の寿命を大きく引き伸ばす技術の1つである。

アオン政治と不死技術

 1534年アオン・シオン・ヴェードが首相として就任すると、彼は新しい管理主義シンテーアの自動生産工場の増設を進めるとともに、管理主義の優位性を内外に示すために科学研究の促進を行った。
 その成果の一つが第1世代不死技術であり、老化のメカニズムが解明された。彼はその技術をシンテーア内で多くの人民が一般的な値段で使用できるように普及させた。一方で不死技術の輸出を禁止し、情報を徹底的に保護した。
 彼はサーヴァリアやエルトリアの上流階級に対し、シンテーアに来訪し不死技術を受けられる施設を設けた。彼等に対し、高額な費用で不死技術を提供し、大量の外貨を獲得した。
 彼等もそれ以外では寿命を引き延ばす術がないためしぶしぶ受け入れた。しかし、シンテーア国民は一般的な価格で行えるのに対し、外国人に対しては高額な費用で提供するという姿勢は国外から非難された。

技術の秘匿性と保護政策

 アオン・シオンは完成した不死技術を外貨獲得の第1手段として定め、情報を徹底的に保護した。そのため、当時外国では不死技術を受けることができず、非常に多くの外国の上流階級が寿命を引き延ばすためにシンテーアに来訪した。
 しかし、多くの国が世界の経済バランスが崩壊し、シンテーアに巨額の富が流入することの他、一部の人間が不死になることで社会に不平等が発生することを恐れ、不死技術の使用を禁止するなどの対抗措置に出た。
 また、シンテーアに対し侵攻作戦を準備する国が登場する中、アオン・シオンは不死技術で得た利益の一部を惜しまず軍事力の強化に使用。さらなる情報保護の強化と国防力の強化に努め、海外からの侵略を未然に防いだ。

不死技術の発展段階

第1世代

 1550年代。テロメアが解明され、老化の防止及び若返りが可能になった。しかし、この段階では単に老衰を防止したのみであり、いまだに一部難病や外傷による死亡は発生した。
 国民は自身の外見年齢を自由に設定することができ、年代により流行が異なった。

第2世代

 1650年代。新種の感染症を除き、死因になりうるあらゆる病気が治療可能となり、老化防止の不死技術を含め、外傷以外での死亡が防止できるようになった。一方で、生体回復技術も発展を遂げ今まで致命傷とされてきたダメージもある程度は回復できるようになった。
 またこの頃、不死技術による長寿者による社会的地位の独占、及び生きる目的を失った人民たちの自殺が社会問題となった。

第3世代

 1800年代。人間の意識が解明され、クローン体への意識移植が可能になった。意識連動型マルチディスクも同時に発明され、緊急時の意識転送が可能となったため、この段階でセンサー範囲内では一部自己を除き人間は死亡しなくなった。
 同時に意識電脳接続技術が開発され、ヴァーチャルシンテーア人が誕生するなど、社会に多大な影響をもたらした。

不死技術が社会に与える影響

 不死技術は以下の原因で社会的に甚大な影響を与えるとして議論されている。

1.一部上流階級による社会的地位の独占。
2.一部の人間のみが長寿を許されるという倫理的不平等。
3.人口爆発。
4.「老害化」現象

 不死技術は一部人間による社会的な地位の独占につながるとして、自由主義国家の多くで禁止された。一方で、サーヴァリアでは不死技術を独自に開発した後は国家が不死技術を独占し、非常に高額な価格で販売することで「大量の資本と引き換え」方式をとり、バランスを保持した。
 シンテーアでは、技術の蓄積の観点から、国民が長寿であることは国益につながるとして不死技術を自国民に安価に提供した。また、優秀な成績を残した技術者や科学者には無償で不死技術を提供した。しかし、これによる人口の増加が原因で、人工統制政策を余儀なくされた。
 また、一部頑固な長寿者がいわゆる「老害化」する現象が発生し、社会的地位の「ローテーション」が必要であるという問題提起がなされた。

関連項目