ウィジャナスラナント
uijanaslanant
基本情報
製造所:プダージN-8e造船区
級名:ウィジャナスラナント級
運用者:ニーネン=シャプチ
次級:カヴマー級主力戦艦
艦歴
起工:1609年
就役:1612年8月頃
最期:
要目
全長
全幅
最大加速度
エンジン
亜光速度
ワープ装置
シールド
装甲
レーダー
武装 9号ヴィドー砲6基
試作SHSH荷電粒子砲12基
3号ユファー荷電粒子対空砲12基
反水素魚雷発射管6基
設備
搭載機
全長
操縦要員 130名
乗員 600名
積載重量 不明
航続距離 不明

 ウィジャナスラナント(檀語uijanaslanant)はウィジャナスラナント級戦艦(旧式戦艦)のネームシップ。ニーネン=シャプチ史上最大の9号ヴィドー砲を装備した戦艦である。1609年にプダージの造船区で建造された。


概要

 艦名の由来はuijai(選ばれた者の栄光)とslanant(神聖なもの)。
 当時の大宇宙連合会議加盟国の戦艦級艦艇と比較すると、小型で鈍足だが高威力の主砲と様々な機能を兼ね備えている。また、前級以前の戦艦(旧式戦艦)と比較すると、8重電磁反応装甲や砲塔配置の全周化など実験的かつ先進的な機能が備わっており、船体の姿も主力戦艦への過渡期を思わせるシルエットとなっている。
 当初は大口径高火力の旧式戦艦として建造される予定だったが起工直前に計画が変更され、このような姿になった。1600年代当時のニーネン=シャプチは、数々の知的生命体による星間国家に対する接触への懸念から軍事技術の刷新を急いでいたことが主因と考えられている。

沿革

建造時

 ブゲイヴァン級10番艦チェッテドゥブガイエが就役してから二年後の1602年、ウィジャナスラナント級計画で招民院軍部艦隊設計局にて初の図案が提出され、三度の修正の後に起工を始める予定だったが、1607年に第三次カラ=パライ政権の方針転換によって急遽設計を変更し直すこととなった。招民院宗教枢密局プナ=タイユ=ウェグナの試算により1609年頃までには完成させる必要があったため、招民院軍部は各部署の余剰人員を全てウィジャナスラナント級の再設計に動員し、1612年に1番艦ウィジャナスラナントは建造された。
 ウィジャナスラナントは当時の招民院軍部星系軍第一星系艦隊の旗艦として配属され、ニーネン=シャプチの新時代を象徴づける次世代戦艦として政府のプロパガンダに利用された。そのため、就役直後のウィジャナスラナントは母港であるジャフーグ第二軌道軍港に停泊していることは少なく、各地の軍事パレードや軍事演習のために各惑星の宇宙港や停泊所、軌道、地上基地を巡った。

シ=ギーラム事変

詳細についてはシ=ギーラム事変を参照
 惑星シ=ギーラムにてジエール帝国連邦とファーストコンタクトが行われたものの、1618年2月20日、シ=ギーラムの領有権を巡って衝突が発生。現地人民の保護及びジエール第二遠征艦隊に対する牽制、警告のために招民院軍部は星系軍第二星系艦隊に対し2月20日付でスクランブル出動を命じた。この時、星衛主席のサグナサグトーチェ=パナジェンは「第一星系艦隊を出動させるべきではないか」と招民院軍部担当長官に訪ねたところ「彼らは大型艦2隻を含めたわずか9隻の艦隊です。我が国の主力艦隊を出撃させれば、あまりに威圧的すぎて間違いなく武力衝突は避けられないでしょう」と答えた。
 この時、ウィジャナスラナントの乗員は「自国以外の宇宙文明国家の侵略」という誤認からひどく動揺していた。艦長の戦闘待機命令に対して魚雷発射管担当員がパニックに陥り、反水素魚雷発射管の最内殻セーフィティーロックの制御システムを破損させたために非常警報装置が鳴動。一時艦隊ドックから乗員や周辺のドック作業員たちは避難を余儀なくされるということがあった。
 シ=ギーラム事変では指揮系統の混乱から、ウィジャナスラナント級2番艦のヴァジャダームのみが出航し、惑星シ=ギーラムへ向かった。ヴァジャダームは無傷で帰還したが、主砲命中率が二割を下回っていたことから、搭乗した将兵たちも処分を恐れて帰還後もなかなか下船しなかったと言われる。
 そこにたまたま居合わせたウィジャナスラナントの搭乗員たちは、それを見て作戦終了と思ったのか次々に下船し、後に艦隊司令から文句を言われたというエピソードが残っている。

ゲフレイバール事件

詳細についてはゲフレイバール事件を参照
 当時のニーネン=シャプチでは新たに遠星系軍艦隊が発足され、ウィジャナスラナント級はそれぞれ第一艦隊と第二艦隊に配備されることとなった。ここでは既に主力戦艦が投入され始めていたこともあって、主力の国防軍(本星系軍)から切り離される形で左遷となったことを示唆している。1628年、ロフィルナ連邦共同体とのファーストコンタクト任務を受領したウィジャナスラナントは専用MSNワープ艦2隻を率いてロフィルナ領エールミトナ星系へと侵入する。
 その後の相互意思疎通におけるトラブルによってロフィルナ艦隊とウィジャナスラナントは交戦する。この時、ウィジャナスラナント艦長はフリュクレップス級巡航戦艦への砲撃を指示している。
 撃沈には至らしめられなかったが、ヴィドー砲による2発を命中(いずれも直撃には至らず)させた。
 また、ウィジャナスラナント艦長はヒュー級シュトムのモラケ艦長と同じ士官学校の同期であったことから、モラケと連携して攻撃を引き付ける役割を担った。それが功を奏して、モラケはロフィルナ艦隊の旗艦に横付けを成功させ、結果的に戦闘を中断させた。
 この一件は本国ニーネン=シャプチで高く評価され、モラケ艦長は白金カンブラ=ヴナフ勲章を受賞した。その時のコメントでモラケ艦長は「あいつ(ウィジャナスラナント艦長)にもくれてやってください。あいつがいなかったら、私は結果を残せなかったんだ。経過があって経過がある……そうでしょう?」とウィジャナスラナント艦長の功績を讃えている。

その後

 ゴルギアの時代に差し掛かり、老朽化していたウィジャナスラナントはツァニェー政権による「ラフチ作戦」で惑星レーウス、シ=ギーラム、ヒェルニエの上空で地上部隊を支援した。また、上空警備のため一度だけアヴァイトラールに来たこともある。
 1647年に主力戦艦との置き換えを目的として退役した。
 その後は、1663年まで試作型フィエシ砲を搭載できるように改装し、新兵器実験と訓練のために招民院士官学校で用いられた。1679年にプダージ招民院軍艦博物館に艦橋と主砲区画の一部を残して解体された。