ギゼヴトラ・ZHL条約
通称 ZHL兵器禁止条約、
ZHL条約
署名 1710年2月12日
パカパーク
効力発生 1710年12月1日
内容 ZHL兵器の撤廃
言語 ヴァルエルク語ドルムント語エミュンス語など

 ギゼヴトラ・ZHL条約(ぎぜヴとら・じる-)とはシンテーア暦1710年に当時の大宇宙連合会議加盟国間で締結された無差別的な被害をもたらすものであるZHL兵器の使用・製造・保持などを禁止する国際条約である。ZHL兵器の使用を撤廃させることを目的として起草された。


背景

 1683~1694年にかけてのジエール・サーヴァリア戦争において、戦争中盤のエルナー・ゲリテーンの戦いにて現地のカジャラベールウイルスに感染したヴァルエルク軍兵士を発端として連合国軍内において爆発的に流行した。連合国軍のみならず、同盟国軍兵士やエルナー・ゲリテーンの原住民など広範な被害を及ぼしたこの感染症の蔓延の原因は、当初連合国側によって「ジエール帝国連邦の軍部が自国領土に侵入する敵軍を撃退するために散布した」という生物兵器説が提唱されていたが、後にサーヴァリア、ヴァルエルクを主導とした連合国軍調査団の調査によって公式に否定された。
 カジャラベールウイルスは1693年に撲滅されたが、国際世論には衝撃的な"事故"として、その後の生物兵器反対の風潮へと繋がっていった。
 最初に非人道的兵器に対する反対運動を展開をしたのはジエール・サーヴァリア戦争後の1696年にヴァルエルク共和国の反戦運動家のXXXXのデモ運動に端を発する。同年ジエール帝国連邦でもこのような活動は起こり、17世紀末から18世紀中葉にかけて国際的なムーヴメントはある一定の広がりを見せた。
 このような世論を受けて、1705年、エルミア共和国の首相XXXとドルムント共和国のエドガー・フィッツジェラルドは非人道的兵器に関する会談を開き、これを規制する方向で大宇宙連合会議加盟国内の国際条約の起草を視野に入れた。
 1705年から大宇宙連合会議での情報整理や国際情勢の分析、1706年から周辺諸国との交渉や議論を経て、1708年に最初の8ヶ国間で調印され、1710年に発効した。

 当初は10年の制限付き条約として起草されたが、期限が切れた1720年に再検討会議会議が開催された。「大量虐殺の懸念を残してはならない」と各国首脳陣の意見が一致したため、ZHL兵器撤廃の無期限延長を決定した。

定義

  1. ZHL兵器とは民間人や非戦闘員のを無差別的、非人道的に殺傷または負傷させうる兵器を指す。
  2. ZHL兵器の具体例として生物兵器、化学兵器、核・反物質兵器、環境改変兵器、スペースデブリ拡散兵器などが挙げられる。
  3. 上記以外にも、ZHL兵器には五感を不可逆的に損傷させるもの(網膜破壊兵器など)、精神・記憶・感情・神経伝達などへ影響を及ぼす可能性のあるもの(記憶消去ナノマシン兵器など)といった非人道的兵器も含まれる。

批准国


国際問題

 1707年、大宇宙連合総会にてZHL兵器禁止の枠組み決定の議論中だったにも関わらずグロスクロイツ社会主義共和国連邦がZHL兵器を製造していることがディガイナのラジオ放送のリークによって発覚する事件があった。
 この問題が波及し、当時鎖国体制を敷いていたロフィルナに対する疑惑も浮上し、ヴァルエルク政府が情報開示を要求するも、ロフィルナ政府はこれを頑なに拒否。自国の存立を揺るがす策動に対して屈しないとする姿勢を強調した。
 また、ジエール・サーヴァリア戦争における同国の特殊作戦部隊の関与を一貫して否定し続けてきた経緯から、対抗姿勢を強めていくこととなった。これを受けて、ヴァルエルク政府は大宇宙連合会議安全保障理事会の招集を要請。対ロフィルナ包囲網の構築を呼びかけた。

関連項目