管理主義帝連語Naxtsiulonsh)とは、生産をコンピューターとロボットなどの機械に任せ、人間は単純労働から脱却しようという思想。国民に対する教育支援を強化し、労働からの脱却により浮いた時間を研究や創作などにあてることで研究・文化大国を目指す。 
 また、すべての生産はコンピュータにより管理、効率化され、生産で得た利益は人民が平等に享受しようとする思想。資本はすべて国が管理し、一部の人民に資本が集中しないよう工夫する法律がある。
 管理主義は社会主義の一種であるが、共産主義とは異なるものとして位置づけられている。


歴史

 レーウス星において初めに社会主義が誕生したのがシンテーア暦1360年代。カーラネ国の経済学者のゲイルがすべての生産工程を国有化し、経済を労働党が管理すれば、産業革命により発生した資本主義の矛盾を解決できるという学説を発表。ゲイルの発表した新反資本主義宣言は大きな反響を呼び、ゲイルは危険分子とされカーラネを追放される。
 数年後、レーウス星初の社会主義革命であるカーラネ革命が発生すると、カーラネ社会主義共和国が誕生した。その後もレーウス星の社会主義は変容を重ねていくも、ゲイル主義は経典主義とされ、重んじられてきた。
 さらにレーウスの歴史が進むと、とある人物が現れる。ジクラール共和国で生まれ育ったエンジニア、ギャッコー・セーヴェル・ディオンである。彼は人間による経済統制に矛盾を感じていた。ギャッコーはコンピュータを最大限に活用した政治体制こそ最も効率的で、自由で平等であると主張した。しかし、反動的思想と見なされジクラールでの地位が危ぶまれたギャッコーはサーヴァリア王国連邦に亡命。サーヴァリアにて現代の社会主義は堕落していると痛烈に批判、一方で厳しい競争資本主義社会にもなじめなかったギャッコーは資本主義も次第に批判するようになった。研鑽主義の観点からこれを問題視したサーヴァリア政府はギャッコーの管理主義思想を怠惰で退廃的な危険思想と判断し、弾圧した。
 夢ついえたかと絶望したギャッコーは急激な経済成長を遂げ、拝金主義に陥っていたシンテーア帝国で次第に資本主義に矛盾を感じる市民が増えてきているとの情報を耳にする。ちょうど、シンテーア内の秘密結社管理主義研究会から管理主義を説いて欲しいという要望が舞い込み、ギャッコーは秘密裏にシンテーア入りすることとなる。その秘密結社から偽造パスポートを受け取ったギャッコーはシンテーアの管理主義研究会を訪問し、発明者の管理主義を説いた。

管理主義の変容

 管理主義国家の建設を巡って起こった永帝革命が発生すると、その最中にギャッコーは死去する。その後、若者たちに引き継がれた管理主義は様々な変容と遂げることとなる。現代ジエールにおいては管理主義三銃士による三大思想が政治的思想の基盤となっており、革命三銃士語録の読解はジエールの社会科目で必修となっている。

ギャッコー主義(経典管理主義)

 経典管理主義とも呼ばれる。すべての生産を国家の中枢であるスーパーコンピュータが管理し、毎週国民からの生産受注を行い、コンピュータが統計し生産の命令を出す。それに従って、工程が自動化された工場が生産し、人民に配分を行うことで人間の労働時間を削減することができる。機械にはモチベーション自体が存在しないため社会主義特有のモチベーション低下による生産性減少がカバーできる。

特徴的な政策

 「通貨消費期限制」、「貯金申請制」など 

重視する政策

 国内経済、経済統制、資本分配

ルニアス主義(超平和主義的管理主義/実践的管理主義)

 ギャッコー主義を実際に革命を行う上でさらに理想化したもの。超平和主義的管理主義、実践的管理主義とも呼ばれる。ルニアス主義はギャッコー主義の理念を完遂する際に、人民の幸福を最も重視する。管理主義が完成すると、シンテーア内部での金銭的争いがなくなると主張。金銭による嫉妬や妬みがなくなり、すべての人民のストレスが半減される。さらに自動生産による物資の分配を行った後、各人民の趣味の活動やライフスタイルを重視する。人間が労働しなくなることにより、逆に好きなことにずっと精を出すことができるため、研究や創作活動がさらなる発展を迎えると主張した。
 また、管理主義革命時代ではその勢いをさらに強いものにするため、様々な演説が行われ、ルニアス主席語録が出版されるに至った。さらに、管理主義を導入するにあたっての心構えを説き、管理主義の実践を支えたことからも実践的管理主義といわれるようになった。

特徴的な政策

 「複婚制」、「軍事費削減」など 

重視する政策

 国内経済、幸福度、娯楽

アオン主義(国家拝金主義的管理主義/戦略的管理主義)

 国家拝金主義的管理主義、戦術的管理主義とも呼ばれる。ルニアス主義は革命の第一段階であり、ルニアス主義は磨かれた宝石のようなもので、非常に幸福なものだと評価。しかし、海外の拝金主義者どもはその宝石を奪いに来るだろうと説いた。アオンは海外の個人拝金主義者から管理主義を守るために、積極的にジエールの製品、ジエールの研究、技術、創作の成果を売り出し、拝金主義者から資金を逆に搾取し、それを以てジエールの管理主義をさらに強化しより豊かな生活を実現しようと主張した。
 彼の思想が拝金主義であるという批判に対し、かつての拝金主義者を個人拝金主義者と言い放ち、国家拝金主義は得た富を人民に平等に分愛するというより精力的な管理主義とした。アオンはルニアス主義の言葉を借り、さらなる発展をさせた。ルニアス主義では同胞同士の争うはなくなる、しかしそれは対外的な戦いを放棄していないと主張し、拝金主義者から逆搾取を行い、それを打倒し、そのうえでシンテーアが世界に秩序をもたらすべきだ、とした。

特徴的な政策

 「国防費増額」、「研究費増額」、「威圧的外交政策」など 

重視する政策

 国家研究力、国家間関係、国防

ウーナ主義(母性的管理主義/世界管理主義革命思想)

 母性的管理主義、世界管理主義革命思想とも呼ばれる。ウーナ主義はルニアス主義の管理主義内では金銭的な対立が発生しないという考えを重視し、世界の国々が管理主義化し、自治を行えば世界から戦争がなくなり平和な世界が訪れるという思想。ウーナは初の管理主義国家であるシンテーアが率先して他国の管理主義革命を支援し、投資し、成長を見守らなければならないと主張した。
 ウーナ主義の初期の投資方針では、すべての国が不測の事態でもあらゆる物資を享受できるようバランスの良い産業育成が目指された。
 ウーナはその思想の元、管理主義国家の集合体であるジエール帝国連邦を設立し、支援を行った。しかし、支援を行っているうちに、管理主義のための投資は非常に資金がかかり、新たに加わった国家に対し無償で管理主義投資を行うのは現実的でないと判断。管理主義に至るにはその前段階、拝金主義の搾取の試練を経験しなければならないとした。拝金主義は確かに経済成長力があると認めたうえで、搾取がぎりぎりの段階に達した国家に対して、シンテーアが支援するべきだとした。

特徴的な政策

 「管理主義国際会議」、「対外支援」など 

重視する政策

 管理主義対外プロパガンダ、対外的経済支援、協調的外交

プロアイス思想(生産効率的管理主義)

 ウーナ思想の「世界管理主義革命」を支持しながら、その無制限の投資を批判し、現実的に修正したもの。バランスの良い産業育成から、すでに特化している産業の育成に投資し経済発展を目指す「比較生産費説」に基づいた管理主義投資政策。
 また、特化産業強化の生産効率的管理主義は帝連国内の生産分業化をもたらすため、万が一にも帝連構成国の独立脱退を避けようとした。そのため、帝連加盟国に対する徹底的な中核化政策が行われた。

特徴的な政策

 「中核化政策」、「効率的産業政策案」など 

重視する政策

 国内経済、国内の文化的統合

アマト主義(調和的管理主義)

 調和的管理主義とも呼ばれる。アマト主義は封建制社会からイデオロギーの成長を飛び越えて管理主義に飛び入りした天嶺皇国で誕生した思想。天嶺はジエールの経済支援により、封建制社会を無理やり管理主義社会にまで進化させた。そのため、管理主義に至るまでの思想的プロセスを経ておらず、民衆の考え方に矛盾が多く発生した。
 アマトはシンテーアが管理主義に至るまでの歴史をまるで自国の歴史であるかのように義務教育し、国民に管理主義革命を追悼体験させた。また、シンテーア同様に皇帝による革命を天嶺でも起こすとし天嶺革命を起こした。
 アマト主義が重視するのは正しい教育と技術の革新である。正しい教育と技術の革新が行われれば、歴史的なプロセスを経ていない国家でも管理主義を採用することができるとした。また、アマト主義は自然との共存を重視し、幸福度と自然との密接な関係を証明したうえで、むやみな森林伐採を行わないよう規制した。そのうえで、アオン主義に触れたうえで、国家の財源に関して観光業を重視するように指示した。

特徴的な政策

 「翠の管理主義政策」、「観光客倍増計画」など 

重視する政策

 自然保護、生態系研究費増額

イレーナ思想(階級制情報管理主義/自然成長思想)

 1740年代に登場した新しい管理主義思想。1610年代のウーナ思想による管理主義国家の支援で財政が悪化すると、ウーナ思想は次第に「管理主義革命段階に達した国家に管理主義革命への支援を行うべきである」という考え方に進化した。
 イレーナ思想はアオン思想を取り入れてうえで、このウーナ思想を達成しようという考え方である。
 ジエールを管理主義の発達度合いに分けて1~5にレベル分けをし、それぞれ行政を分離する。低レベルでは拝金主義による文明の成長を行い、徐々に管理主義に移行させる。高レベルでは持続的に管理主義による前進を行うということである。
 この際、低レベル地区での不満が噴出しないように、情報を統制し、人民の行き来を制限することで秩序の維持を図った。
 1740年代から行政的にスタートし、徐々にその成果が表れると、ジエールの固定化した政治体制となった。しかし、人民連合は一貫してこの手法に反対している。
 さらに、イレーナ思想ではケニアズ復古が唱えられ、カルニエート4世への権力集中がすすめられた。イレーナ思想では高度な情報管理制に置いて「最高管理者」が必要であると考えられ、ケニアズ・カルニエートがアドミニストレータとして降臨する。

特徴的な政策

 「リュート・リェニュト法」、「不敬罪」など 

重視する政策

 国内経済、統合的情報管理

関連項目