セイバーから見ても、遠見真矢という女性は善良な人間であった。
 勤め先の喫茶店では全ての客に愛想を振り、友人や後輩と出会っては談笑し、囲んだ食卓で家族団欒の時間を過ごす。
 そんなありふれた日常の中で彼女と接する者達にとって、彼女の温厚な人柄と和やかな語り口は癒しを感じるに十分だったに違いない。
 やや大層な表現を用いれば、遠見真矢は平和の側に属する人間であり、そうであることを信じたいと思えるほどだった。
 だから、セイバーは絶句せざるを得なかった。
 今しがたセイバーによってサーヴァントを撃破されたために最早抗う術を無くし降伏の意を訴えていた青年の身体が、乾いた音響の直後、力無く崩れ落ちた事実に対して。
 青年の左側頭部に穿たれているのは一つの小さな穴。右側頭部に接するアスファルトはじわじわと赤黒い色に染められていく。何の反応も挙動も示すことの無い青年の瞳からは、光が完全に喪われていた。

「嘘だよ」

 真矢の方を見る。地に伏す射殺体を冷徹な視線で見つめたまま、ようやく両手で握った拳銃を下ろした。
 細やかな彼女の指に、その無機質な鈍色のフォルムが随分と不釣り合いに映った。

「もうしない、許してくれって何度も頭を下げていたけど、全部嘘。その人、戦う意思を全く失くしてない目だった。それに、自分のサーヴァントを奪った私達のことを心底憎んでた」

 遠見真矢の生きている世界は、人類の生きるべき場所としては既に滅亡間際であるという。
 数十年前に地球に現れたケイ素生命体、フェストゥム。人類とは異なるその生命体によって人類の生存圏は浸食され、何十億もの生命が失われ、人類の築き上げた文化の殆どは無に帰した。
 彼女が生まれたのは、そんな世界に残された最後の平和の地、竜宮島。
 フェストゥムに、そして奴等の根絶を目指す同じ人類によって追い立てられたながらも、竜宮島の人間は一つの事実を突き止めた。
 フェストゥムは悪意によって人類を脅かしていたのではない。ならば、対話による人類とフェストゥムの共存の可能性は残されている。
 微かな希望を信じ、フェストゥムに平和を伝えようとした彼女達の行く先は、しかし絶望だった。
 フェストゥムは、人類から向けられた敵意と業火により憎悪という感情を学んでしまった。人類は、理想とする人類文明の再興のために真矢達すら危険分子として排除することを決定した。彼等によって真矢達の仲間の生命は次々と奪われ、対話の意思も踏み躙られた。
 だから、彼女は選んでしまった。
 守りたい者達のために、撃つべき者を撃つことを。フェストゥムだけではなく、同じ人類に対してであっても、引鉄を引くことを。

「たぶん、ううん。間違いなく、その人は他のサーヴァントと組んでもう一度聖杯を狙うつもりだったよ。そのために、私達のこともどんな手を使っても追いつめるつもりだった」

 聖杯に託す願いは、平和な世界の実現。誰もが分かり合える、誰かが誰かを撃つ必要の無い、楽園。
 罪を重ねて、その果ての答え。故に真矢は聖杯を求める。

「セイバーさん、覚えて……ないよね。その人、少し前に私の働いてる喫茶店に取材に来た雑誌の記者だよ。話し込んだわけじゃないけど、顔と名前は覚えられてたと思う。制服にネームプレート付けてたから。仕事帰りのタイミングを狙ったあたり、もしかしたら私の住処の探りも入れてたのかもしれない」

 今にして思えば、セイバーは心のどこかで彼女が手を汚す未来を信じられずにいたのかもしれない。彼女の意向を聞き届けていたにも関わらず、だ。
 仮初の、しかし確かな平穏が約束されていた日々の中で生きていた頃の彼女の姿が、あまりに幸せそうだったから。セイバーにすら、一度は忘れてしまった大切なことを追想させるほどに。
 だから、彼女が殺人者としての自分を形成可能である事実を、その精神を甘く見てしまっていた。日常を過ごしながら、彼女は既に臨戦態勢を取っていたというのに。

「このまま生かして帰したら、私達の不利な情報を他の誰かに流されてた。そのくらいのことをしても全然不自然じゃないくらい、強い敵意と憎悪だった」

 確信的に死者の心境を説明する真矢は、それほどまでに人の心情の機微に聡いのだろうか。もしその通りなのだとしたら、恐ろしい子だと思う。
 セイバーの疑問に応じるように、伏し目がちだった真矢の目が真っ直ぐに向けられた。

「セイバーさん、人間のこういうところが嫌いなんだよね。自分の身を守るためなら惨いことも平気で出来るところ」

 見透かされた。
 その居心地の悪さを、どうにか表情に出さないよう努める。
 もしかしたらこの状況に至るよりもずっと前、セイバーと出会った瞬間から既に彼女はセイバーの心境を察していたのかもしれない。
 だからこそ、真矢の言う「人間」が果たして誰を指していたのか気がかりだった。自分達に襲い掛かり返り討ちに遭った青年は、聖杯を求める多数のマスター達の一人であり、ならば、遠見真矢もまた。

「いいよ。軽蔑しても。私は別に平気だから」

 セイバーは、真矢に対して自らの生い立ちを未だ詳しく語っていない。彼女がセイバーについて理解しているのは、付き従うと言う意思以外では保有する戦闘能力と、その力の根幹である人間を超えた異形の怪物としてのこの姿くらいか。
 だからだろうか。彼女はセイバーの保有する判断基準を深く考察するよりも前に、自らを蔑むべき対象と定義する。
 セイバーの抱える感情を容易く見抜いておきながら、彼女自身の価値については自己判断で決定する。

「何でも平気な自分になんてならなくていいって、一緒に島に帰ろうって一騎くん、私の…………仲間が言ってくれた。でも、私はもうその言葉に背いちゃった」

 一騎くん、という人間のことをセイバーは知らない。真矢と一騎という人間が互いに向ける感情のベクトルが果たしてどのような意味を持っているのか、正確には理解出来ない。それでも、互いを慈しみ合える関係であることは感じ取れた。
 どんな非道も平気でこなす人間である必要は無い、だから故郷の大地を一緒に踏みしめてほしい。一騎という人間の願いは、彼女にとって救いだっただろう。
 しかし、その裏を考えればどうだ。どんな非道も平気でこなす人間であろうとするならば故郷に帰る資格など無いという理屈は、果たして成り立つのか。
 一騎がこの場にいない今、真偽を彼本人に確かめることは出来ない。だから、真矢は真矢の中にいる彼に問うしかない。その答えは、改めて彼女に聞くまでも無い。

「こうでもしないと願いを叶えられない人間だって、私が一番分かってる。平和のためと言って、平和を捨てた人間」

 遠見真矢は救世主になり得るだけの力を持たない。闇を切り裂けず、光も齎せない。
 セイバーは真の意味で彼女の救世主にはなれない。他の何者もまた、彼女を救えない。
 そうであるにも関わらず、人間一人には過ぎた規模の夢を叶えようとするため、代償として真矢は自らの性質を変容させる。
 自らに残る人間らしさを、他者の尊厳諸共捨てようとしている。
 脆弱と強靭の二面性のうち、片方を意図的に消し去ろうとしている。
 ならば、自分と異なるモノを犠牲にするという理由で真矢は「人でなし」なのだろうか。セイバーが生きて死んだあの退廃の世界の住人と、等しいと言えるのだろうか。
 真実を見抜く能力に秀でていないセイバーにすら、痛いと叫びたがっているのが明白なのに。

「私を裏切らないことだけは約束して。それが出来たら、どう思われても平気」

 表情を変えぬまま、真矢は微かに震えた瞳へと人指し指を当てた。
 少しだけ強く押し付けて、数度ごしごしと擦って。

「ほらね」

 そうして離した指を見つめて、おかしそうに口元を綻ばせた。

「泣けないもん」

 その力無い笑みを見たセイバーの行動は早かった。
 青年の亡骸の心臓部分目掛けて、右手に握った剣の刃先を突き刺す。びくん、と一度だけ痙攣した青年の亡骸は、数瞬の内に煤けた色の灰へと変わり果ててぼろぼろと崩壊した。

「セイバーさん?」
「これは使徒再生と言って、オルフェノクの因子を植え付けて人間をオルフェノクとして生まれ変わらせる能力だけど……大抵は失敗して、こうやって肉体が灰になるだけで終わる」

 不思議そうな表情を真矢は浮かべた。人間の身体が崩れること自体への恐怖心は、見た限りでは無いようだった。

「でも、肉体が残らない方がこの状況では都合が良いだろう。灰に変えてしまえば多少は証拠の隠滅になる。少なくとも、マスターが撃ち殺して終わらせるよりは」

 人間をやめたことで、苦難ばかりを背負ってきた。オルフェノクとなってしまったことへの後悔を一度もしなかったと言えば、嘘になる。
 それでも、今この時だけは自分がオルフェノクである事実を有難く思う。遠見真矢ではなく自分が手を汚すことに、合理的な説明が出来るから。

「だから、もしもマスターを殺すべき時が来たら、君ではなく俺が手を下すべきだ」

 その言葉を聞き遂げた真矢の顔が、今度こそ、少しだけ穏やかになったような気がした。
 聖杯戦争の『剣士』として、その夢を諦めろとは言えなかった。代わりとして送った提案は、彼女の心にとって多少でも安らぎになってくれただろうか。

「セイバーさん、優しいね」

 救世主であることを諦めたセイバーに、願いは無かった。かつての理想を他者に託した今、もう聖杯に託すべきことは無い。
 だから、願うとしたらただ一つ。
 遠見真矢が、最後の地平線だけは越えないことを。誰かが自らを見失わないための、地平線のような人間であってくれることを祈るだけ。

「そう言ってくれる人がいるなら、皆に嫌われても、私達の島に帰れなくても……別に大丈夫だよ、うん」
「マスター。君が言ったことだけど、断るよ。君が何をしても、どう変わってしまったとしても、俺は軽蔑しない。人のために泣いてあげられる君という人間がここにいたことを、記憶に刻むよ」

 ぽかんとした顔の真矢は、また目元を擦った。
 相変わらず、濡れてなどいなかった。

「私、やっぱり泣いてないよ?」
「泣いてるよ」

 たとえ苦笑でも、笑い合えるなら今はそれでいい。
 いつか真矢がまた涙を流して、その後で笑えたらそれがいい。
 願わくば、彼女が還るべき場所へ辿り着き、傷を癒すための時間を取り戻せることを。



【クラス】
セイバー

【真名】
木場勇治@劇場版仮面ライダー555 パラダイス・ロスト

【パラメーター】
筋力E 耐久E 敏捷E 魔力C 幸運C 宝具B

【属性】
中立・中庸

【クラススキル】
  • 対魔力:C
魔術に対する守り。魔術詠唱が二節以下のものを無効化する。
大魔術・儀礼呪法など、大掛かりな魔術は防げない。

  • 騎乗:D
乗り物を乗りこなす能力。大抵の乗り物を人並みに乗りこなせる程度。
セイバーは『ライダー』に相応しい逸話を持たない。

【保有スキル】
  • 進化種:B(→A)
地球上から人類を駆逐し、新たな支配者としての地位を得た新種族オルフェノク。
その種族の一員であることを表す、人類種に対して有する優位性。
「人間」との戦闘の際、有利な判定を得られる。

  • 謀られし者:B(→A)
かつて種族間の和平の道を志していたセイバーは、悪意に欺かれ絆を踏み躙られた。
皮肉にも、その時の深い絶望によって彼は最強の力を得ることとなってしまった。
セイバー或いはその仲間を「陥れた、或いは陥れようとした者」との戦闘の際、有利な判定を得られる。

  • 戦闘続行:C(→B)
名称通り戦闘を続行する為の能力。往生際が悪い。
決定的な致命傷を受けない限り生き延び、瀕死の傷を負ってなお戦いを止めない。

  • 救世主伝説:A(→A+)
闇を切り裂き光を齎す『救世主』を語った、小さな星の話。
彼に敗れた帝王の視点からこの逸話を見た時の光景を表す、絶対に取り除くことの出来ないバッドスキル。
『救世主(セイヴァー)』のクラスで召喚されたサーヴァントと一対一の状況で対峙した時に限り、幸運値が自動的に1ランク下落する。
(スキルランクがA+の場合は幸運値が2ランク下落する。さらに敵の「対英雄」スキルの効果次第では、幸運値が最低以下のE-ランクに至る可能性もある)


【宝具】
  • 『疾走する本能(ホースオルフェノク)』
ランク:C 種別:対人宝具(自身) レンジ:- 最大捕捉:1人
 解放時パラメーター⇒筋力B 耐久B 敏捷C++ 魔力C 幸運C 宝具B
一度死を迎えた人間が再生・覚醒することで至った新種族オルフェノク。
セイバーは(オルフェノクに殺されるのではなく)自然発生で発現したオルフェノク「オリジナル」であり、他の個体より高い能力を持つ。
肉体自体が変化するため、ノーモーションでの解放が可能。解放時はパラメーターが上記の値へ上昇する。
主武装は魔剣ホースソードと巨大な盾。
短時間に限り四本脚の速度強化形態「疾走態」への変化も可能であり、その時は敏捷値が上昇する。
また感情が昂ぶった時のみ「激情態」または「激情疾走態」へと変化し、ステータスが若干向上する。

  • 『Ω/地を統べる帝王(オーガ)』
ランク:B 種別:対人宝具(自身) レンジ:- 最大捕捉:1人
 解放時パラメーター⇒筋力A+++ 耐久A 敏捷C 魔力B 幸運C 宝具B
スマートブレイン社が開発した二つのライダーズギア「帝王のベルト」の一つ、「地のベルト」によって変身した戦士。
専用ツールのオーガギア一式、及びオーガギアによって変身した戦闘形態を含めて一つの宝具と扱う。
道具の装着による変身のため、解放には一連のアクションが必要となる。
超高出力のフォトンブラッド、装甲やローブの耐久性能等により、オルフェノクの世界における最高峰の戦闘能力を誇る。
解放時はパラメーターが上記の値へ上昇するほか、保有スキル4種のランクが1ランク上昇する。
主武装は大剣オーガストランザー。この剣によって放つ必殺の奥義「オーガストラッシュ」の発動時は、筋力値が格段に上昇する。

【weapon】
形態に対応した各種武器。

【人物背景】
劇場版の世界観からの参戦。
オルフェノクによって人類の居場所が奪われた地球で生きた、一人のオルフェノク。
彼は残された人類とオルフェノクが共存する世界を夢見て、しかしその希望は人類によって汚された。
そして彼は決意する。オルフェノクとして全ての人類を滅ぼすと。そんな彼の戦いは、『救世主』に敗れて終わった。
今、確かに言えることは一つ。木場勇治は、優しい心の持ち主だった。

【サーヴァントとしての願い】
オルフェノクの世界を聖杯で変えようとは今更思わない。
もしも願うならば、マスターが人間であることを。



【マスター】
遠見真矢@蒼穹のファフナー EXODUS

【マスターとしての願い】
楽園のように、平和な世界を。

【weapon】
  • ハンドガン×1
手元から失われたはずだったが、縁のアイテムということで今回持ち込まれるに至った。
遠見真矢が初めて自らの明確な意思で人を殺した時に用いた銃。

【能力・技能】
  • 天才症候群
遺伝子操作によって誕生した竜宮島の子供達が持つ、生来の特異な能力。
遠見真矢の場合は「異常な推測能力」である。
他者の表情や些細・無自覚の仕草等から、感情や思考を察することが出来る。

  • 射撃
ファフナーパイロットとしては狙撃型機体への高い適性を持つ。
そのためか、非搭乗時でも銃の扱いに長けている。

【人物背景】
本編第23話終了後からの参戦。
フェストゥムによって人類の居場所が奪われた地球で生きる、一人の人間。
彼女は残された人類とフェストゥムが共存する世界を夢見て、しかしその希望は人類によって汚された。
そして彼女は決意する。守りたい者達のためなら撃つことも躊躇わないと。そんな彼女の戦いは、未だ続いている。
今、確かに言えることは一つ。遠見真矢は――

【方針】
聖杯を手に入れる。そのために全てのサーヴァントを倒す。必要な場合はマスターも撃つ。
それで竜宮島に帰れなくなるのだとしても、構わない。



【把握媒体】
セイバー(木場勇治):
劇場版の視聴のみで把握可能。
異なる世界観を描いたTV版を視聴する必要は無い。

遠見真矢:
『EXODUS』本編第23話まで視聴するだけでも把握自体は可能。
直接ストーリーが繋がっているため、シリーズ前作に該当するTV第一期と劇場版の視聴も推奨。

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最終更新:2016年07月13日 18:12