第一節 諜報勤務の準備及通則

 第三章 諜報勤務の実施


   第一節 諜報勤務の準備及通則

第五十四 諜報勤務の遂行を円滑ならしめんとせは先マつ其準備を完全にせさるへからす
 即ち勤務者位置の選定、情報出所との連絡、自衛の処置等周密なる用意と遠大なる計画とを以て勤務の基礎を整備するを要す

第五十五 諜報機関の主要なる業務は情報を蒐集し之を査覈サカクし且カツ所要の方面に之を伝達普及するに在り従て諜報勤務の準備は此等三業務の敏活なる実施を目途とすへし

第五十六 諜報勤務者の居所は其公表せる身分の如何に依りて選択の趣旨を異にすと雖イエドモ何れの場合に於ても他の注目を免れ難きを考慮し且カツ所要に應し諜者との会見等隠密の業務を実施し得るの用意あるを必要とす
 勤務者其ソノ身分上直接其ソノ居所に於て諜者との会見等を行ふこと困難なるときは別に之か為タメ適当なる場所を選定し置き且カツ適時之を變更すること必要なり

第五十七 諜報勤務の準備として最も必要なるは情報の諸出所との連絡を密にすること是なり即ち勤務者の身分に應し官憲、一般有力者其他情報の源泉たるへきものと成るへく速に広く且カツ深く交誼を進め適時求むる所に近接し得る如くすること肝要なり之と同時に適当なる諜者を選択馴致ジュンチし活動の根抵を完備するを要す
 諜者の選択に関しては後に之を詳述す

第五十八 諜報勤務者の業務は常に對手アイテ国当事者の妨害あることを覚悟せさるへからす故に業務開始に先サキダち既に将来を洞察して一身の防護、秘密の確保等必要の自衛処置を講し実施に方アタりては支障の発生なき如くするの用意なかるへからす
 自衛に関しては後に之を詳述す

第五十九 諜報勤務者と其指導機関との連絡手段は単一なる方法に依るのみにては妨害を受くるの虞オソレ多し故に隠密の通信に関し十分の準備を整へ且カツ必要に際し数多アマタの補助手段を採択し得るの用意あるを要す諜報勤務者と諜者との間の連絡に就ツイても亦マタ同し

第六十 諜報勤務者活動の素地は実に其識力なり而して其任に就く者既に多少の豫備知識を有すへきは当然なりと雖イエドモ業務の実施に入るに先サキダち更に実地に應して其識能を一層向上するは最も緊要にして之ありて始めて勤務の成果其努力に伴ひ常に機宜に適したる情報を獲得するを得へし

第六十一 諜報勤務者活躍の要素として資金は一刻も之を欠くへからす蓋ケダし機微の間或は要人の買収を行ひ或は諜者を駆て危地に挺身テイシンせしむるものは実に資金の力に依らすんはあらす故に此資金の準備及其オヨビソノ補給の途は常に之を確実にし内外の信用を繋持するに誤あるへからす

第六十二 諜者勤務者は其環境、一般情況及地誌其他諜報目的に関係する諸般の事象に関して十分なる豫備知識を必要とす故に豫アラカジめ経験を有するか若は之か為の豫備教育を受けたる者を以て之に充アつるを本則とす而して本勤務実施の間に於ても傍カタワら常に自ら修養を怠るへからす

第六十三 諜報勤務は連続不断なるを効果大なりとす故に之に従事する者は其位置に在ること永きに従ひ益々事情に通し経験を重ね其成績愈々イヨイヨ良好なるを得へし加之シカノミナラズ勤務の本質上秘密保持の必要なるに稽カンガへ多数人をして其勤務の内容に関知せしむるは適当ならさるを以て成るへく交代を避け同一人をして永く之に従事せしむるを可とす

第六十四 諜報勤務者は諜報對象国の事情に精通すへきは勿論若モし駐在地を對象国以外の土地に求むる場合に於ては同地の情況に関しても相当の知識を有するを要す某地方に於ける第三国の行動を探知せんとする場合に於て特に然りとす

第六十五 諜報勤務には俊敏機智固モトより必要なりと雖イエドモ更に欠くへからさるは進取の気魄及オヨビ堅忍不抜目的を貫徹せすんは已ヤまさるの熱誠と義務心と是なり蓋ケダし適確、機宜に投したる情報資料の獲得は座して其機会を待つへきにあらすして自ら進んて之を求むるにあらされは得難き所なるのみならす其成果は常に必すしも其努力に報いらるることを豫期すへからさるか故に百折不撓ヒャクセツフトウの忍耐と間断なき勤務の継続とに依らされは到底目的を達すること能アタはさるを以てなり

第六十六 諜者の操縦或は諜報上の要人懐柔等ナド諜報勤務者は常に気を以て對手アイテの気を制せさるへからす之か為には一面放胆其腹心を暴サラす如くし清濁共に之を併呑するの大量を具ソナへ他方細心真の警戒を失はす遂に他をして乗し得しめさる如くするを要す

第六十七 諜報勤務者の挙措キョソは常に彼我ヒガ両方面の間隙カンゲキなき注視下にあることを覚悟せさるへからす従て其一挙手一投足の微カスカと雖イエドモ之を慎重にし軽浮の言動を戒むへし特に秘密保持に就ては最も用意を厳にするを要す蓋ケダし諜報勤務者より漏れたる秘密は他の注意を惹き易く其伝播力絶大なるを以てなり

第六十八 諜報勤務者の身分を公表すへきや否やは情況に應して定むへしと雖イエドモ何れの場合に於ても交際の円滿エンマンにして触接する範囲の広汎なるは其勤務遂行の為利する所多し特に我か外交官、軍部以外の国家諸機関とは最も親密なる態度を保持し互に和衷協同し赤誠セキセイ以て国家の利益を図るへし
 談笑の裡機微を捉へて能ヨく事の真諦に触れ諜報勤務の目的を達成し得んか為には語学の素養最も緊要なり

第六十九 軍部諜報勤務者は軍事の諜報に任するものなることを肝銘し軍事に関係なき外交事項或は政治的施設等の実際に干与するか如きは之を避くるを本則とす若モし軍事に全く関係なき事項に関し探知するか或は交渉、協議等を受けたる場合に於ては速スミヤカに之を当該関係機関に移すと共に上司に報告するの処置を取るへきものとす然れとも軍事と政治、外交との関係は当該国当時の政情特に国際関係緊張の度等に依り各々差等あるを以て勤務者は宜しく当面の事情を判断し本末を誤らす条理に悖モトらす機宜に應する如く処辨ショベンすること肝要なり

第七十 諜報機関の使用する文書、字句の如きは時に重大なる関係を招来することあるに注意し最も慎重に取扱ふこと必要なり勤務者の名刺類の如きも或は之を悪用して非違ヒイを敢てする者なきにあらす十分の戒慎カイシンを必要なりとす
最終更新:2017年11月23日 17:43