第五章 對諜報防衛

 第五章 對諜報防衛


第百六十五 平戦両時を通し諜報勤務者の活躍に對し之を防衛して其目的を達せしめさるは国家必須の施設なり而シカして對諜報防衛の要領を知悉チシツするは諜報勤務を十分に遂行する為に緊要欠くへからさることに属するのみならす諜報機関として其本然の任務以外に敵の諜報勤務防衛に関する一部の任務を担当する場合に於ても必要なり
 戦時に於ける對諜報防衛勤務は単に敵国竝ナラビニ其同盟国を對象とするのみならす此等と情報交換の虞オソレある第三国の諜報勤務組織に對しても之に準して注意すへきものとす

第百六十六 對諜報防衛機関は之を全国的に統一し敵国諜報機関をして活動の餘地ヨチなからしむるを要す
 對諜報防衛機関として主要なるもを挙くれは次の如し


一般警察及軍事警察

新聞其他刊行物検閲機関

郵便、電信等通信検閲取締機関

旅券、出、入国者及在留外人取締機関

無線放送取締機関


 戦時情報統一機関設置の場合に於ては同機関は對諜報防衛勤務に関しても全般の統制竝ナラビニ一部の実施に任すへきものとす
 戦時大本営陸軍情報部は陸軍に関係ある對諜報防衛の企画に任し且部内に於ける同勤務実施全般の統制竝ナラビニ部外との連絡に当るものとす

第百六十七 對諜報防衛は国民上下一般に自衛の念を深からしめ敵諜報機関の乗すへき餘地なからしむるを以て第一義と為す即ち国民一般に愛国の熱情に基く警戒心を喚起し特に戦時に方りては其敵愾心テキガイシンを旺盛にし官憲の厳密なる取締に協力して寸隙スンゲキをも存せさる如くせさるへからす之か為刊行物、活動写真、無線放送其他の方法を以て汎ヒロく敵国諜報勤務の情況を了得せしむる等特に此目的を以てする宣伝の要あり

第百六十八 平戦両時特に戦時に於ては敵国は間断なく有らゆる手段方法を尽して我に関する情報を蒐集シュウシュウせんとし国民は目視し得さる敵の包囲中に在るの覚悟あるを要す而して一見何等の価値なき紙片隻語と雖イエドモ之を敵手に委するときは重大なる価値を現はすことなしとせす故に秘密保持の消極的最良方法は緘黙カンモクを守るに在り
 對諜報防衛勤務上管轄を異にする両地方の境界は對手アイテの好んて乗せんとする所なるに注意すへし

第百六十九 軍人及国防に関係あるものは口頭若モシクは文書を以て軍事其他国防に関する事項を漏洩するを厳禁す而シカして縦タトひ其肉身者に對する場合と雖イエドモ亦然り
 一般に公衆の集まれる場所(汽車、電車内、茶店、料理店、劇場等)に於て苟イヤシくも敵国に知らしむへからさる事項は絶對に之を発言すへからす

第百七十 平戦両時を通し一国の機密保護、間諜行為取締に関しては各々法律の制定せらるるものあるを通常とし間諜行為に對しては重罪を以て之を罰する如く規定しあり其他對諜報防衛の目的を以て制定せらるへき規則類を列記せは次の如し


一 通信、無線放送、公表禁止事項の規定

二 新聞其他刊行物に関する規定

三 敵国人の退去、抑留竝ナラビニ外人取締規定

四 旅券、官印偽造に関する規定

五 私人暗号及外国語電報取扱規定

六 無線電信使用取締規定

七 交通機関の取締規定

八 伝書鳩に関する規定

九 特種「いんき」使用禁止に関する規定

十 陰謀取締規定

十一 軍機漏洩取締規定

十二 作戦行動の準備時機に於ける人民の交通制限

十三 在敵国俘虜宛書信の検閲

十四 航空機の行動に関する規定



第百七十一 對諜報防衛に任する諸機関は近時に於ける諜報勤務の実施に関し詳細なる知識を必要とし特に對手国諜報網の組織を探究し其諜報勤務上の企図を諜知するは防衛上の第一義にして取締上最も必要なり而シカして其方法は種々あるへしと雖イエドモ要人間の交通、通信の景況、行動等を注意観察することは有力なる一方法なりとす

第百七十二 諜報勤務に於て科学の應用近時愈々イヨイヨ巧妙なるに對應し之か取締の為にも其必要益々大なり今其主要なるものを挙くれは次の如し


一 暗号解読  對手国諜報機関の間に使用せらるる各種の暗号電報を解読し以て通信取締に資するものなり

二 写真術の應用  要注意人物及其周囲の者の人相、行動を写真に撮影し探偵の資料に供するものなり

三 特種「いんき」、封印等の對策  特種「いんき」に関する研究及封筒、封印等の隠密開封若モシクは封内透視等の為の科学的手段研究を深厚にす

四 無線電信の窃聴セッチョウ  對手国の諜報勤務に無線電信を利用する場合に於ては之か窃聴施設は必須の要件なり


第百七十三 要注意人物を発見したる場合其行動の探偵尾行は取締上最も必要とする所にして之か為には当該国人の性情、風俗、習慣を知悉するのみならす諜報勤務者の秘密通信法、自衛法等に通暁し常に對手アイテに一歩を先んする如く行動するを要す
 要注意人物に就て其行動特に通信、交際関係に細心注意するときは對手国の通信系統竝ナラビニ其手段、資金出入の経路、連累者等発見の端緒を得ること少からす

第百七十四 国境出入者の検査に方りては単に旅券の検閲等一片の形式に止むることなく苟イヤシくも諜者の疑ある者に對しては最も厳重なる身體検査を励行レイコウするを要す而して其実施法に関しては時の情況に應し中央統制機関に於ても機を失せす所要の指示を与ふへきものとす

第百七十五 公然の要職を帯し其実諜報勤務に従事する者に對しては優遇を名として故イタズらに要点以外の観察若モシクは視察に誘導し其行動をして意の如くならしめさるも亦マタ一種の防衛手段なり
最終更新:2017年11月23日 17:46