【二日目】


スーパーマーケットの一角で、制服を着た少女が新鮮な肉が陳列されているコーナーにて品定めをしていた。
少女――矢澤にこは、その歳の割には小柄な体で家族に振る舞う夕食のための食材を買いに来ていた。
にこの母は出張で、これから2週間ほど家を空けるらしく、その間は長女であるにこが妹2人と弟1人の面倒を見なければならなかった。
家の経済的な事情もあって、金の無駄遣いはできない。このスーパーでできるだけ安い品物を買わなければならない。

「…はぁ」

しかし、にこは浮かばない顔をしながら本来しっかりと見なければいけない値段や肉の重量などを流し見してしまう。
普段は常にアイドルとしての意識を忘れないにこが人目もはばからず溜め息をつくなど、本来はありえないことだ。
昨日から、こうして思わず自分の頭の中に籠って注意散漫になってしまうことが多くなっている。
それもこれも突然にこの中で明確になった取り巻く状況への違和感と、それに連なるようにして起こる出来事の数々が原因だ。

何かが、おかしかった。音ノ木坂も、秋葉原も、家族も、μ'sのメンバーも。
大部分は確かにそれらしいところはあったが、細かいところがにこの知るものとは異なっていた。
まるで、ある時を境に世界がおかしくなったように見えた。この世界が別の世界であることに自分だけ気付いたようだった。
みんな、この違和感を感じていないのだろうか?もしかしたら私がおかしくなっただけなのだろうか?
拭えない、体内に蓄積していく不純物のような不快感に苛まれ、人の知れないところでにこの心には正体不明の恐怖が渦巻いていた。

「ニコ?どうかしたの?」
「アルフレッド…」
「野菜はもうこっちで選んだんだけど…お肉はまだなんだね?」

夢遊病患者のように自失状態で歩くにこを見かねて、アルフレッドと呼ばれた少年が近寄って声をかけた。
にこはハッとして、なけなしの金で買ってやった普段着を身に着ける少年を見る。背はにこと同じか少し高いくらいだ。
昨日、急遽家に匿って居候することになったひ弱そうな外国人だった。

「今日の夕飯はどんなのにするんだい?」
「肉炒め、かしら」
「じゃあ、早く買って帰ろう。ココロちゃん達も待ってるよ」

そう言ってアルフレッドは手頃な肉を選んで、にこに帰宅を促す。

(アルフレッドって外出する時は何かと言ってついてくるわね…)

路頭に迷っていたところを拾ってから1日しか経っていないが、アルフレッドはこの買い出しのように、外出する時は取ってつけたような理由でにこに同行したがる節がある。
聞いたところ家族はいないようだし、フレンドリーに接しつつも実は寂しがり屋なのだろうか。
少しだけ不審に思いながら、相槌を打ってアルフレッドと共にスーパーマーケットのレジへ向かった。

アルフレッドはにこが周囲への違和感に気付いてから程なくして、近所の人気のない路地で出会った少年だった。
今は普段着を身に着けているものの、当時はボロ布しか身に着けるものがなく、とても貧しそうにしていた。
そして出会い頭ににこに対して、「僕に住む家をくれませんか?」と懇願してきたものだから、にこも大層困惑した。
話を聞くと外国人で戸籍すらも持っていないらしく、年はまだ14歳らしい。
どうして外国人の少年がこんなところで、とも思ったが見捨てるとなんだか後味が悪かったので、母が出張でいないこともあり流れに任せて居候を許してしまった。
突然姉が外国人の身寄りのない少年を連れてきたことには妹達も驚いていたが、アルフレッドの優しい性格も相まって妹達ともすぐに打ち解けることができた。
一応、貴重な男手ということで虎太郎の遊び相手にも一役買ってもらおうと思っている。
母が帰ってきた暁にどう説明するかは悩みの種の一つであったが。

スーパーマーケットからレジ袋を持ったにことアルフレッドが出てくる。
時計を見るともう午後6時を過ぎており、辺りも暗くなってきていた。
にこはふと、自分の右手の平を見てみる。そこにはハートとその上に「K」のマークが刻まれていた。
いつの間にか手の平に描かれていた、まるでトランプのような印だ。
先日から世間を騒がせている連続殺人といい、成り行きとはいえ一緒に住むことになったアルフレッドといい、にこが違和感を持ってからは奇妙なことが連続して起こっている。
これから何が自分の身に降りかかるのかと思うと、なお怖くなる。
にこはどうすることもできず、世界がおかしいのか、自分がおかしくなったのかわからぬまま今を過ごしていた。








どうにかサーヴァントだと知られずに済んだ。
本来は良家の上品な服装をしているアルフレッドだが、にこの前に現れる時には敢えて汚い服を着用しておいて正解だった。
彼女の妹弟にも、姉が拾ってきた身寄りのない外国人の少年として通っていることだろう。
アルフレッドは傍らを歩く矢澤にこを見ながら、彼女に危機が及んでいないことに安堵する。
言うまでもないがアルフレッドはバーサーカーのサーヴァントである。
マスターは矢澤にこで、にこが周囲に感じていた違和感は即ち記憶を取り戻したことを意味する。

なぜ、アルフレッドはバーサーカーにも関わらず理性を保てているのか?
なぜ、アルフレッドはにこにサーヴァントと認識されていないのか?
なぜ、アルフレッドはにこに聖杯戦争について教えないのか?

これらにはアルフレッドという存在とその願いが関係している。



「…わっ!?」

帰り道を行くにこの前に、突如小さな雀が飛来する。
その雀はにこの周りを1周した後、羽をバタつかせながらアルフレッドの肩に着地した。
雀にからかわれたようで少し苛ついたのか、にこは「なによ!」と雀に対して声を上げる。
アルフレッドにはそれがおかしく見えてクスリと笑ってしまった。

「アンタも笑うの!?」
「ごめんごめん。この子、結構やんちゃみたい」

アルフレッドが肩の前へ空いている手を差し出すと、それに呼応して雀がぴょんと跳んでアルフレッドの手の平に乗った。
チュンチュンと鳴いている様子がかわいらしい。

「そんなの、よく手に乗せられるわね。小鳥に懐かれやすいの?」
「うん。僕、子供の頃から小鳥が好きだからね」
「μ'sにもことりって子がいるんだけど、アルフレッドなら好みそうなタイプね」
「そうなの?是非会ってみたいんだけど…ダメかな?」
「ダ・メ。にこが男を家に匿ってるなんて噂されたらどんな目に遭うか」

アルフレッドもμ'sのことはにことの会話から聞いている。
音ノ木坂学院の廃校を防ぐために結成されたスクールアイドルなるものらしいが、にこの意向によりそのメンバーに会うことは禁じられていた。
確かにそのことりという娘は気になるが、たとえ会えなくとも特に問題はない。
そのようなことは二の次であり、アルフレッドの本当の目的は別にあるからだ。

【――――】
【ん?】
【――――】
【そう、わかった。教えてくれてありがとう】

アルフレッドは雀から頭の中に向けて声が発せられていることに気付く。
彼の持つスキルの一つ、動物会話により深い意味は伝わらないが鳥との会話が可能だった。
その雀によると、近くにある廃工場で人と人が争っているらしい。
それを聞いたアルフレッドは手に乗せた小鳥を逃がし、にこに切り出す。

「ごめん、ニコ。ちょっとスーパーで買い忘れたものがあるんだ…」
「え、今になって!?随分急な話ね…」
「ちょっと今から1人で買ってくるから、先に帰っておいてくれるかな?」
「いいけど…ここからの帰り道分かるの?」
「大丈夫!もう覚えてるから」

アルフレッドは適当に理由を取り繕って、にこを先に帰らせて近場の廃工場へ向かう。
あの雀の言っていた「人が人を襲っているという状況」…間違いなく聖杯戦争が関連しているだろう。
その廃工場はにこの家がある地点からそれなりに近い場所にある。
そこでサーヴァント同士の闘争をしようものならにこだけでなく、その妹のこころやここあ、弟の虎太郎まで被害が及びかねない。

アルフレッドには生前、唯一の肉親でもある大切な姉のサラがいた。
男勝りなところもあって頼りがいのある姉で、いつもアルフレッドことを気にかけて守ってくれていた。
だがある日、アルフレッドは良家の長男であったが故に暴漢に誘拐されてしまう。
サラは身を挺してアルフレッドを救おうと暴漢に立ち向かったが、力及ばず返り討ちにされてしまった。
そしてサラは死に際にアルフレッドにこう伝えたのだ。
『自分を守れるくらい強い男になるのよ』と。

あの日は自分が弱かったから。
自分に力がなかったから姉さんは犠牲になってしまった。
あの時、右手の平についた姉さんの血が忘れられない。
だがサーヴァントとして現界した今、少年アルフレッドはあの日とは違う。
マスターの矢澤にこを守れるだけの力がある。
アルフレッドの目的は『矢澤にことその家族を守る』ことだた一つだった。
にこの姿を姉のサラと重ねていたアルフレッドは、あの日の姉のように彼女を聖杯戦争で死なせたくないのだ。
にこに聖杯戦争のことを教えてないのもそのためで、アルフレッドが自身の姉のように自分から危険に向かうこと、
更にはにこを危険に晒すことを恐れたがゆえに敢えて情報を伝えていない。
にこが元の世界に戻るかどうかはアルフレッドにとってはどうでもよく、彼女が生きてさえいればそれでいいのだ。
守るべき者を守るためには、知らない方がいいことは知らせないに越したことはない。

にこを傷つけないために。皆を守るために。『あの人』の下でつけた力を振るうために。
ここで暴れているであろうサーヴァントを止めるべく、廃工場の門の前にアルフレッドは立っていた。
門前でも感じ取ることのできる絶え間のない地面の振れ。
おそらくは主従同士の死闘の真っ最中なことであろう。
アルフレッドは意を決して、付近に落ちていたガラスの破片を手に廃工場の内部に押し入った。
『あの日の約束』を胸に。

「「「「…?」」」」

やはり廃工場では、2組の主従による戦闘が繰り広げられていた。
両方の主従――マスターとサーヴァントの計4人――がすぐにアルフレッドに気付いて決闘に水を差す愚者を睨んだ。
彼らがどんな経緯で戦闘に入ったか?彼らはどんな容姿をしていたか?サーヴァントは何のクラスだったか?
そんなことは語るだけ無駄であろう。

なぜなら――





彼らは皆『バーサーカー』に殺されるのだから。





アルフレッドは自らガラスの破片で右手の平を傷つけ、流れ出した己の血を凝視する。



そして「無力の殻」を突き破り、アルフレッドは本来の姿へと変身する。



マスターに視認されるステータスを持つ存在へと。理性を失い、殺戮の限りを尽くす狂戦士へと。



アルフレッド完全体――『ハート』へと。





「――――ぃぃぃいいいいてえええええええよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお―――――――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」




――数十分後、廃工場の内部には肉の塊といっても過言ではないほどの巨躯を持つ肥満体の男だけが立っており、その足元を原型を留めていない肉と血で覆いつくされていたという。








「…うぅっ」
「お姉さま!?」

矢澤にこの自宅にて。
アルフレッドを含む5人分の料理を作っている最中だったにこは突然眩暈と妙な気だるさを覚えてその場にうずくまってしまう。
それを見た妹のこころとここあは驚き、心配そうな顔つきで駆け寄ってくる。

「おねえちゃん、大丈夫?」
「だ、大丈夫よ。昨日から何かと物騒だし、忙しいから疲れちゃったのかも、ね」
(とはいってもそれ以上に大変なことは山ほどあるのよね…)

この違和感だらけの間違いか正解かわからない世界のなかで、にこは何も知らされずにただ今日という日を過ごす。
突如にこを襲った貧血に今後の不安を覚えつつも、立ち上がって料理を再開する。
その原因がハートの戦闘による魔力消費であることを、にこは知る由もなかった。
アルフレッドがにこの家に帰ってきたのはそのすぐ後であった。
彼が自分で手につけた傷は、誰にも見られることはなかった。





【マスター】
矢澤にこ@ラブライブ!

【マスターとしての願い】
おかしくなった世界が元に戻ってほしい。

【weapon】
特になし

【能力・技能】
アイドルらしく歌って踊れる。
特技はヘアアレンジと、家事全般。
衣装係も担当しているため、裁縫も得意。

【人物背景】
国立音ノ木坂学院に通う三年生、スクールアイドルユニット『μ's』のメンバー。
メンバー内では唯一、幼い頃からアイドルを目指しており、小泉花陽と同じくアイドルに対しての情熱は誰にも負けないぐらい持っている。
μ'sで最も小柄でスタイルも貧相だが、強烈な個性を放つ。
ことあるごとに猫被ったりセコい作戦を立てては空回りするアホの子、いじられキャラとして描かれている。

此度の聖杯戦争ではアルフレッドがサーヴァントに現界したが、アルフレッドがまともな情報を与えていない上に無力の殻を被っているため、
アルフレッドがサーヴァントであることすら把握していない。

【方針】
とりあえず日々を過ごす。
それにしても最近はやけに貧血が多いわね…。



【クラス】
バーサーカー

【真名】
アルフレッド/ハート@北斗の拳外道伝 HEART OF MEET ~あの日の約束~

【パラメータ】
筋力A+ 耐久A++ 敏捷C 魔力C 幸運D 宝具C+

【属性】
秩序・悪

【クラス別スキル】
狂化:A
筋力・耐久・敏捷を2ランク、その他のパラメーターを1ランクアップさせるが、理性の全てを奪われる。
「アルフレッド」の場合、狂化の影響を受けない。

【保有スキル】 
無力の殻:B
心優しい少年「アルフレッド」としての姿。
力が一般人と同じかそれ以下になる代わりに、サーヴァントとして認識されなくなる。
宝具や他のスキルとの併用はできないが、「アルフレッド」の場合は動物会話と病弱を持っている。

動物会話:D
「アルフレッド」の場合、鳥とのみ意思疎通が可能。
動物側の頭が良くなる訳ではないので、あまり複雑なニュアンスは伝わらない。
無力の殻との併用が可能だが、「ハート」に変身するとこのスキルは失われる。

病弱:C
天性の打たれ弱さ、虚弱体質。
デメリットスキルだが、そもそもこのスキルは「アルフレッド」にしか適用されないため、戦闘では大して気に留める必要はない。

変身:B
自らのカタチを変えるスキル。
宝具『あの日の約束』にある条件を満たすと、少年「アルフレッド」は狂乱の殺人鬼「ハート」へと変身する。

拳法殺し:A+
アルフレッド完全体「ハート」の持つ特異体質であり、その肉体を覆う分厚い脂肪の鎧。
あらゆる打撃攻撃を柔らかく包み込みダメージを無効化し、斬撃や刺突に対してもある程度ダメージを軽減する。

【宝具】
『あの日の約束(ハート・オブ・ミート)』
ランク:C+ 種別:対人宝具 レンジ:―― 最大捕捉:自分
手についた姉の血によるトラウマと、姉の死に際の『自分を守れるくらい強い男になるのよ』という言葉から力を求め、
アルフレッドがKINGの最強の部下、ハート様に変貌を遂げたという逸話からくる宝具。
バーサーカーは手の平に付着した血を見ると、「アルフレッド」の姿から肥満体の男「ハート」に変身する。
「ハート」へと変身すると狂化により理性の全てを奪われ、殺戮の限りを尽くすようになる。
「アルフレッド」に戻すには、「ハート」の気が収まるまで放置しておくか令呪により強制的に元に戻すしかない。

【weapon】
己の肉体。

【人物背景】
世界が核の炎に包まれる以前は小鳥が好きな心優しい少年だったが、ある日の事件を境に姉を亡くしてしまう。
そのトラウマと姉の言葉からKINGの下で修業した結果、完全体となり拳法殺しの肉体を手に入れた。
そして彼はKINGへの忠誠を胸に抱いたままケンシロウに挑み、散っていった。
天にいる姉に「僕は強くなれたかな…?」と呼びかけながら。

【サーヴァントとしての願い】
ニコとその家族を守る

【捕捉】
北斗の拳外道伝 HEART OF MEET ~あの日の約束~は、「北斗の拳 イチゴ味」の第一巻に収録されています。



候補作投下順



最終更新:2016年03月03日 13:11