【1日目】





 昼休みの音楽室では、ピアノの戦慄が響いていた。



 県内屈指の名門進学校の、誰もいない音楽室で、リストの難曲も苦も無く弾き続ける一人の少年――高遠遙一少年。
 顔立ちは、取り立てて美少年というわけでもなく、逆に崩れているというほどでもない。
 身長も特別高くなければ、普段着る服も目立たない物ばかり選んでいる。
 今の制服は規律通りに着用していて、少しも着崩さなかった。
 彼はそんな――どこにも飾り気のない、どこにでもいる地味な生徒だった。

 ただ、一目見て秀でている点と言えば、細長い指先だろうか。
 目で追うのは困難なほどに優雅にそれを動かし、鍵盤を叩いていく。

 時に激しく……時に滑らかに……。

 彼は、古の音楽家たちの遺した芸術を重ね合わせた。
 とはいえ、別に、彼もピアノや音楽が好きなわけではない。
 ただ、考え事をしたい時には、無意味にピアノを弄んで、孤独な時間を潰しながら何かを想うだけだった。
 いつも、ピアノを弾いている時が一番考え事が捗った。
 家にはピアノがないので、普段はこうして昼休みや放課後に音楽室を貸してもらうのだ。


「……」


 そんな高遠少年の目に映るのは、自らが奏でる音ではなく、奇術の事ばかりである……。
 幼心を刺激した不可思議のマジックショー。
 おそらく……自らの母である、近宮玲子。

 ――彼女のように、大勢の人の視線の先に立り、マジックを披露する事のみが彼の目標であり、目指すものである。

 普段の学校の勉強という物にもさして興味はなく、ただ目を通した物が勝手に頭の中で記憶されていくだけでしかない。
 自分で掴み取ろうとしているマジシャンの座以外に、願いもない。
 強いて言うならば、息苦しい今の家から脱し、マジックの勉強に専念したい程度だが、それもまた今の彼の立場からすればそれはただの我儘でしかない。
 欲しい物は、何もない。

 しかし、聖杯は彼を呼んだ。
 彼は、それについて何とも思わなかったが、ただ、聖杯には興味があった。
 それも見識を広げる為、という程度だろうか。

 命を奪われるリスクがあるのも承知しているが、別段、それに強く恐怖する事もない。
 得た物を使い、ひとまず、その聖杯という物を拝んでみたいという程度の細やかな願いがあった。

 彼の奏でる戦慄は普段と何も変わらない。
 少しの指の震えもない。



 ただ、彼は、これから起きる出来事への期待と、既に始まっている何者かによる連続殺人事件に……少しだけ、笑った。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ――『地獄の傀儡師』


 この異名は、後にこの高遠遙一少年が芸術犯罪を行う時に名乗る事になる名前である。
 しかしながら、高遠少年は今現在、犯罪を犯した事もなければ、今後起こすつもりもない。
 むしろ、犯罪など、これから先の人生で彼が持っている夢を邪魔する物に過ぎないと考えているくらいだ。

 そういうわけで、今のところは、ただマジシャンを目指して邁進し、ステージの上で母と再会する事だけを考えている。
 ただ、それもまた、いう程真っ直ぐな夢というほどではない。
 他人に聞かれて、こんな夢を語る事もないし、「プロになりたいのか?」と聞かれれば、とりあえず否定をするだろう。
 見ず知らずの他人に、夢想家だと思われるのは高遠も嫌いであった。

 だが、彼自身は、着々と夢に近づいていた。
 小さなマジックショーの中で。
 高校のマジック研究会の中で。
 父親に隠れながら――。
 己の中に眠る、天性の犯罪者としての血は未だ覚醒する事もなく、ただ純粋なマジシャンとしての技量だけが積まれていった。

 本当なら、高校など辞めて今すぐ海外で高名なマジシャンに弟子入りしたい所だが、厳格な父親の手前、そうもいかない。
 仮にもし、もっと早く弟子入りをしていたら、既に彼はステージの上でデビューをしていたかもしれない程の腕前は、まだ少年の中に隠れていた。

 そして、そうしている間にも、どこかにいる彼の母の命と芸術が、一人の弟子によって奪われようとしている事など、彼は知る由もなかった……。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 放課後。
 彼は井之頭公園にいた。
 考えてみれば、ここも、一昔前、バラバラ死体が見つかり、犯人の正体もわからぬまま公訴時効を迎えた忌まわしい場所だ。
 しかし、そんな事件は人々もとうに忘れて、ここを遊び場にしている。子供も立ち入って、当たり前に遊んでいる。

 この公園の中央にある大きな池のほとりに高遠遙一は、いた。
 彼は最近、ここで小さなマジックショーを行っているのである。


「……はい、じゃあこれでおしまいだよ」


 子供ばかりが数名集まり、高遠少年の持つシルクハットに注目する。
 今まさに、そのシルクハットの中から現れた大量の鳩が飛び交っている最中であった。
 自由の空に飛び交う大量の鳩たちに子供たちの目が奪われている。

 果たして、一体あの小さな帽子のどこからあれだけの数の鳩が収まっていたのか……。
 そして、先ほどまで空洞だったはずの帽子に、何故鳩が現れたのだろう。

 高遠少年のマジックショーのクライマックスに相応しい大がかりなマジックだった。
 マジシャンにとっては基本中の基本とも言えるが、それを目の当りにした子供たちにとっては魔法そのものである。


「すご~い!!」


 子供たちの純粋な眼差しと拍手喝采を受ける高遠少年の姿は、満更でもなかった。
 こうして人々の前で「不思議」を、演出するのが彼は好きだ。魔術のタネを考え、披露するのは最高の楽しみである。

 今もまた、舞台に立つ未来像の為に、人前でマジックを披露する練習をする。
 純粋であるがシビアでもある子供たちは、その為の最適なデータをくれる。
 彼はこうして、トリックで人を欺くのが好きで――同時に、マジックの好きな子供というのも嫌いではなかった。

 高遠が、ニヤリと笑う。


「え――!?」


 次の瞬間――子供たちが釘漬けになっていた空の鳩たちは、一斉に赤い薔薇の造花へと姿を変えた。
 羽音さえも同時に消え去り、そこにいた鳩たちは元々、薔薇の化身だったかのように消えたのである。
 全く、不可思議な現象であった。


「どうなったの……?」


 そして、それは、まるでパラシュートで落下するように、ひらひらと、子供たちの手の上に落ちていった。
 まるで子供たちの位置まで計算され尽くしていたかのようである。
 今度は、歓声よりも、何が起こったのか瞬時に理解できず、困惑する声の方が大きかった。

 今の鳩たちは消えてしまったのだろうか……?
 子供たちの中には、そんな後味の悪ささえ残した者もいたが、誰かの拍手が鳴ると同時に、他の子供もつられて拍手をした。
 そして、彼らは消えた鳩の事など忘れた。
 手元にある赤い薔薇がそれの化身でないのは確かだろうと思いながら……しかし、またこれが鳩になるかもしれないと思い、ぎゅっと握る。


「それは僕からのプレゼントだよ!
 さあ、優しいお母さんがいるお家へお帰り――。
 ……この近くには、怖~い殺人鬼がうろついているみたいだからね」


 優しい高遠の言葉に、子供たちは純粋に微笑みながら、「うん」と頷き、その場から去って行った。
 また、この場所でマジックをする高遠少年と会える事を望むだろう――。


「……」


 高遠少年は、その背中を見送った。
 これでショーは終わりだ。


「――さて」


 優しき少年の表情が、冷徹な聖杯戦争のマスターへと変わったのは、それからすぐの事だった。
 公園で今のマジックショーを覗いていた一人の、髪の長い少年――。
 彼こそが、高遠が出会った『サーヴァント』の『セイバー』の仮の姿である。


「……セイバー、何か言いたそうだね」


 セイバー――として現れたのは、少年の姿を象った『ウイングマン』であった。
 高遠少年とは相反する善なるサーヴァントと言って良い。
 ただし、それもまた真名とはいいがたい仮の名前であり、実際はドリムノートによって実体化された一人の少年の「記憶」である。
 本当のウイングマンの変身者である広野健太は全てを忘れて、戦いに巻き込まれなかった普通の少年として暮らしている。
 彼の姿と記憶だけを借りたセイバーは、言って見れば、健太をかつてウイングマンにした『ドリムノート』という不思議なノートそのものであった。


「マスターも、子供にだけは優しいんだな……と思ってさ」

「善良な観客は、最大限持て成すのが、プロのルールだからね。それを真似ただけだよ」


 苦笑しながら、マジック道具を片づける高遠。
 セイバーも、高遠を見直してはいたが、この少年の本質的な問題点が変わっていない事だけは理解していた。
 彼と組んで以来、その常軌を逸した独特の感性に、セイバーも気圧されてばかりいる。

 彼自身は、聖杯戦争を楽しんでいる――。
 この戦争の行く先に言い知れぬ期待を持ってここにいるのだ。
 高遠が、セイバーに訊いた。


「セイバー。……どうだった? 僕のマジックショーは――」

「どうしてオレにそんな事を聞くんだ?」

「他に訊く相手もいないし、英霊であるセイバーの感想が聞いておきたいんだ。
 それに、僕の事を好んでいないセイバーなら、より厳しい感想を口に出来るだろうから」


 そう言われ、少したじろいでから、セイバーは答えた。


「マスターには、魔術の素養もなく、オレの宝具の力を使ったわけでもないんだろ?
 だけど、マスターのマジックは、まるで魔法のようだった……一体、どうやったんだ?」

「……そうか。英霊すらも騙す事が出来て光栄だよ」


 そう言う高遠の瞳は渇いていた。
 言葉とはまるで正反対の態度である。何か物足りなく思っているようだった。
 褒められてもこの態度だが、おそらく、望んだ通りの厳しい感想を口にしたとしても、つまらなそうに回答するのだろう。
 それから、高遠は、怜悧な表情を崩さず、言った。


「……じゃあ先に帰っていてくれ。
 僕は、ここでもう少し――月を見ているよ」

「……」

「……ああ、ごめん。訊かれた事にこたえてなかったね。
 でも、悪いけど、マジックの種だけは教えられないんだ」


 そう言って、高遠は困ったように笑った。


「それは……わかってるよ。余計な事聞いて悪かった。
 でも、まだ月が見えるには早いんじゃないか……?」

「――ああ。
 ……だから、あの月が煌々と輝く時まで、あの月を見ていようと思ったんだ」


 そう不思議な事を言いながら、空を見上げる高遠。
 セイバーは、そんな彼の命令には逆らわず、ただその場から去った。

 夕方の月は、夕日の輝きに負けて、空の中では薄く輝いていた。
 聖杯戦争の本格始動まで、あと僅か……。


 ようやく始まる――月を眺める高遠の中で、そんな予感がした。








【クラス】

セイバー

【真名】

ウイングマン@ウイングマン

【属性】

秩序・善

【ステータス】

筋力B 耐久C 敏捷B 魔力C 幸運C 宝具A+

【クラススキル】

対魔力:B
 魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
 大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。

騎乗:B
 騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、 魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなせない。
 ただし、ウイングマンの場合、サポートメカの『夢仕掛けの天馬(ウイナア)』の騎乗が可能であり、ウイナアをウイナルドに変形させる事も可能。

【保有スキル】

戦闘続行:B
 名称通り戦闘を続行する為の能力。
 決定的な致命傷を受けない限り生き延び、瀕死の傷を負ってなお戦闘可能。
 「往生際の悪さ」あるいは「生還能力」と表現される。

忘却の英雄:B
 人類史の中でその名が記録されていない英雄の性質。
 かつて、広野健太が『夢想の備忘録(ドリムノート)』に記憶を消去した為、ウイングマンの存在は忘れられている。
 これにより、サーヴァントの真名が知られた差異、対策を練る事が困難となり、真名を明かすリスクが軽減される。
 彼の宝具の中でも、存在が記録されている物は、『夢想の備忘録(ドリムノート)』のみである。

【宝具】

『夢想の備忘録(ドリムノート)』
ランク:A+ 種別:対人宝具 レンジ:∞ 最大捕捉:∞
 書き記した事を現実にする事ができる、異次元世界「ポドリムス」のノート。
 ドリムペンを使い、かつ本当にそれを夢見て書きこんだ内容のみが現実世界に反映される。ただし、基本的には他者を生き返らせる事などは不可能。
 唯一それを可能とした例は、ドリムノートの全ての項目をドリムイレイザーで削除して、「アオイを生き返らせたい」という強い願いを全てのページに描きこんだ際の事であり、これによりかつてドリムノートの記憶は三次元世界から忘れ去られた。
 (ただし、この例また奇跡の産物に近く、実質的には武装強化など用途が限られる事になる。)
 ウイングマン自身がこの『夢想の備忘録(ドリムノート)』の産物であり、この宝具を破壊(もしくはウイングマンに関するページが削除)された場合、サーヴァント自身が消失する事になる。

『悪裂の夢戦士(ウイングマン)』
ランク:B 種別:対人宝具(自分) レンジ:- 最大捕捉:-
 かつて、『夢想の備忘録(ドリムノート)』によって発現されたセイバーの真名。「悪・裂!ウイングマン!」の掛け声と共に解放される。
 長剣クロムレイバーなどの武具を装備し、ファイナルビームやデルタエンドなどの必殺を持つ事ができる。
 三次元世界においてウイングマンの姿を実体化できるのは、いかなる魔力を持つ者が利用しても十分間が限度である。
 ただし、かつてウイングマンを誕生させた広野健太の姿を借りる事で長時間の実体化も可能であり、この場合は身体能力は著しく低下する。

『夢仕掛けの天馬/夢仕掛けの機人(ウイナア/ウイナルド)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:1~50人
 『夢想の備忘録(ドリムノート)』から誕生したウイングマンのサポートメカ。
 攻撃能力は無いが、陸上はもちろん海中・水中でも行動が可能、さらに異次元(ポドリムスしか行かないが)への出入りも可能。
 ビームサイザーやウイザービームなどの武装を持ち、サーヴァントが拘束された際に補助攻撃を行う事もできる。
 そして何より、これは『夢想の備忘録(ドリムノート)』が存在する限り、何度破壊されても再度呼べば再臨する宝具である。

【weapon】

『夢想の備忘録(ドリムノート)』
『長剣クロムレイバー』

【人物背景】

 かつて、ヒーローオタクの少年・広野健太がドリムノートに描きこみ、健太が変身したヒーローの姿。
 原作の「ウイングマン」に登場するウイングマンには人格は存在しないが、ポドリムス人あおいの中に内在するウイングマンの記憶を元にドリムノートと共に、英霊として複製されている。
 普段は、かつてウイングマンに変身した「広野健太」という少年の姿を借りるが、彼自身は三次元人でもポドリムス人でもない、ただの「広野健太とウイングマンの記憶を模して描き起こされた存在」である。
 サーヴァント自身もその事を認識している為、健太よりも少しドライで冷静な面があるが、やはり健太の性格を強く引き継いでいる。

【サーヴァントとしての願い】

 ヒーローとして、この世界の人間を守り抜く事。





【マスター】

高遠遙一@高遠少年の事件簿

【マスターとしての願い】

特になし。しかし、一つの経験として聖杯を手に入れたい。

【weapon】

『マジック道具』
 普段、高遠が自らの身体に仕込んでいる様々なマジックアイテム
 アタッシュケースに入れて必要時に持ち歩いている物の他、いつでもショーが披露できるように体にも幾つかのマジックのタネを用意して生活している

【能力・技能】

 天才奇術師・近宮玲子の血を引き継いでおり、当人もマジシャンを志している為、魔法と見紛うような奇術を披露できる。
 高度な知性を持ち、名門進学校の秀央高校に入試全科満点で合格している。それに加え、授業を聞いていなくても一通りの授業内容を理解できる天才児。
 ピアノも悠々と弾きこなすほか、校内で発生した殺人事件を解決する事もある。

【人物背景】

 秀央高校一年生。マジック部に所属している。
 天才マジシャン・近宮玲子の息子であるが、現在は義父の元で暮らしており、母とは幼い頃に一度会ったきりである。
 成績優秀で、県下の名門高校を全教科満点で合格している他、ピアノの腕も見事。
 将来は母と同じマジシャンを志しており、普段は井ノ尾公園で子供を相手にマジックのパフォーマンスも行う。
 しかし、彼は同時に感情も殆ど空っぽであり、人が死んでも、あるいは殺したとしても何とも思わない(とはいえ彼なりの秩序や美学は持ち合わせている為、無差別殺人は行わない)。
 後に、「地獄の傀儡師」と名乗る連続殺人鬼になる前の高遠であり、この時点ではまだ誰一人として殺害していない。

 ※「金田一少年の事件簿」のキャラクターであるが、出典となる外伝「高遠少年の事件簿」の設定では一部、原作との矛盾がある。

【方針】
 聖杯に興味がある為、他の陣営を倒して聖杯を得る。
 ただし、無差別殺人などは行わず、ターゲットも基本的にはサーヴァントに絞る。



候補作投下順



最終更新:2016年03月03日 13:28