夜の公園の歩道を、一人の少女が歩いていた。
都内の高校のものと思われるブレザーの制服を着用しており、少女はその高校に通う女子高生であることが見て取れる。
きっと学校の帰りに友人とつい遅くまで寄り道してしまい、自宅へ向かう時間がいつもより遅れてしまったのだろう。

少しだけ身震いしつつ、少女は辺りを見回す。
日は既に沈んでおり、空一面は闇で覆われている。
街灯のおかげでなんとか視界を保てているが、それでもこのじめじめとした異様な静けさは不気味だ。
歩道の脇から先には、大きな池がある。この公園内に存在する池で、いくつかの川の中継点にもなっている。
そのため、少女のいる公園の周辺には川の向こうを行き来するための橋が都内ではトップクラスに多い。



――ガサリ。



「ひっ」

――誰か、いる?

不意に、池の水底に根を張る植物が音を立てる。少女に恐怖と緊張が走る。
この暗闇の中だから、当然池の水中など見えるはずもない。
少女の目に映る池は入ったら二度と出られなくなる底なし沼のような宇宙の闇そのものだ。

――きっと気のせいだよ、ね?

自分にそう思わせるために少女はおそるおそる池の水辺に近づいてみる。
池の水の音が近くなってくる最中、少女はある噂のことを思い出していた。
それはあまりにも荒唐無稽で誰にも信じられていなかったが、学生の笑い話に使えるくらいには流行っている東京都内の水辺に関する噂。
曰く、東京都の池や川などあちこちの水辺で、夜な夜な正体不明の人影が現れるらしい…。
一部の者はこれを河童だのUMAだのと騒いでいたが、出没する場所もはっきりとしていないのでその手の輩の流したガセネタとしか思っていない者も多かったし、少女もその一人であった。




今、この瞬間までは。

「っ!!!!!!!」

池の植物の隙間から細長い手足を持った人型の影が浮かび上がる。
闇に潜んで少女を凝視していた目がギラリと光った。
背景に溶け込んでいた緑の斑のかかった気色の悪い肌が少女の目に鮮明に現れる。
池の水を垂らしながらギトギトに油にまみれた髪を揺らしながら、『それ』は少女に言葉をかけた。

「ごはん」

『それ』は既に少女を捕捉しており、獲物を狩れる瞬間を植物に紛れて今か今かと待っていたのだ。

「きゃああああああああっ―――むぐっ!?」

『それ』は呟くと、叫び声を上げようとする少女の顔に目がけてタール状の液体を吹きかける。
その狙いは見事なもので、その液体は少女の顔全体を正確に捉えてべったりと覆った。
『それ』の狩りの技術が本能レベルまで染みついていることが分かる。
あまりに驚愕したからか液体を吹き付けられた衝撃で少女は尻餅をついて態勢を崩してしまう。
少女には『それ』の正体や、早くここから逃げることについて考える余裕などなかった。
視界が文字通り暗闇に覆われた恐怖と呼吸ができなくなったことからパニックになり、顔に張り付いた物体を取ることにしか頭が行かなかった。

「むぐ…ぐ…うぐうう~~~~~!!!!」

どうにかして助けを呼ぶため、そして謎の液体により奪われた呼吸機能を取り戻すために少女はへたり込んだ姿勢で必死に顔を覆うものを取り除こうとするが、
タール状の液体は既に硬化しており、人間の力ではとても剥がせないほどまでになっていた。
足をばたつかせ、出せるだけの力をありったけ出して硬くなった物体を引き離そうとするが、その努力は報われない。

「ううううううう!!!!んぐ~~うおお~~~んおあ~~~~~っ!!!!」

少女は顔に張り付く物を掴んで何度か寝返りをうった。顔を地面に打ち付けたりした。
やれるだけのことは全てやって激しくもがいていたが、数分経つ頃には体内に残っていた酸素を全て使い切り、ほぼ窒息していた。
それでも小刻みにピクピクと体を震えさせていたが、やがて少女の生命活動と時を同じくして身体の動きが完全にストップした。
『それ』は少女が動かなくなったことを確認すると、周囲を警戒しながら池から陸地へと出る。

「ごはん」

そして、少女の亡骸を掴んで、池に引きずり込む。
『それ』の口からはタール状の物質がまるで涎のように滴っていた。

「ひと」

ズルズルと砂利の混じる陸地から、『それ』と亡骸は池の水に浸かっていく。

「ごはん、――」

そして完全に人の目から避けられるくらいまで進み、『それ』が手の平と足の裏から出る溶解液で獲物の死体を溶かそうとしたとき、頭の中で火花が起こったような感覚がした。

「――あれ?」

舌足らずな口調で、『それ』は首をかしげる。

「あれ?」

溶解液が絶えず溢れる手の平で、長い間シャンプーで洗っていない油まみれの髪に触れる。
髪を洗う…?

「かみ あらってない あれ?」

毎日おっきい人に洗ってもらっていたのに、洗っていない。
髪をとくくしもない。

「あれ?」

ときどき見に来てくれるちっちゃい人もいない。

「せんせー あれ?」

「あれ?」

「あえ?」

「アエ!!」

その瞬間、『それ』は思い出した。自分の名前がアエであることを。

「『アエ』…それがあんたの名前なのね?」

そしてマスターとして覚醒したアエの前に『それ』は現れた。
新生物「ミュータント」のサーヴァント、『フー・ファイターズ』が。








深夜の池をそれなりに進んだところにある浅瀬にて、アエとそのサーヴァントが向かい合っていた。
アエと同じく人間とかけ離れた肌の色に、表面から何かが崩れ落ちており、短髪の女性の姿をベースにした姿を取っているのが現在のフー・ファイターズの容姿だ。

「ふん はいたーず?」
「誰が糞を吐いただってェ――ッ!?フー・ファイターズだ!二度と間違えるなッ!!難しいようなら『F・F』でもいい」
「えふ、えふ?」
「そう、F・Fだ」
「えふ!えふもごはん食べる?」
「……遠慮しとくぜ」

F・Fはアエの足元を見て、引き気味に答えた。
アエが記憶を取り戻してからそれなりの時間が経過した。
どうやら、このアエという娘はうまく話すことができないらしい。
F・Fは自分の名前をうまく伝えようとしたが、途中で諦めてアエからは『えふ』の呼称が定着していた。
アエの足元には黒い液体の混ざった水が広がっている。
アエの足の裏から分泌される溶解液により、少女の死体はベトベトの黒ずんだ液と化し、もはや遺体は完全に消失していた。
そしてその黒い液体はアエの皮膚を介して循環器系に送られる。これがアエ――SCP-811――にとっての「ごはん」である。

無論、F・Fはアエに聖杯戦争についての説明を試みたが、無駄だった。
聖杯戦争の発音すらもろくにできず、これが殺し合いだとどんなに細かく説明してもちっとも理解しなかった。
どんな願いを持つかを聞いても『しゃんぷーしたい』の一点張りで、相当髪に気を使っているんだな、とF・Fは思った。

また、F・Fは自分の持つすべての知性を総動員して、アエから現状を聞くことができた。
この東京でアエに与えられたロールは、東京の水辺に棲む人外。当然のことながら住む家も家族もなく、先のような「狩り」をして空腹を凌いでいる。
アエは空腹でなければ攻撃的ではないが、飢えていればたとえ親友であっても狩りの対象になるのであろう。
それは知性を持つ生物とは真逆であり、動物的ともいえる。

「アエ」
「なあに?」
「アエは…ここに来る前は何をしてたんだ?」

だが、それは逆にF・Fの興味を引いた。
アエは間違いなく、F・Fと同じ何らかの過程で生まれた新生物である。
しかし、アエは人間的な部分は少なく、どちらかといえば動物的な本能が勝っている。
アエはどのような経緯で現在のような姿となり、東京に招かれる前はどうやって暮らしていたのかを、F・Fは知りたくなったのだ。

「まえ?ごはんのまえ?」
「えーと、ごはんのまえのまえのずっと前!世界っていうか…見ているモンがぜーんぶ変わったみてーな…」

F・Fはアエにもわかりやすいように身振り手振りを使って説明する。両手を目いっぱいに広げるジェスチャーは『ぜーんぶ』の意味だ。
かつてF・Fが親友に出会った時の体験談をしているような感覚だった。

「かわった?」
「そう!なんか変わったことはねーか?」

それを聞いたアエは先ほどのF・Fのようにジェスチャーを駆使しつつ断片的な言葉を紡ぐ。

「えっとね。かべ。とうめいなかべ」

アエは手で目の前にある何かを叩くような仕草をする。パントマイムのような手振りだ。

「ここ そと」

次に、アエは地面に指をさし、

「なか ちがう」

と答えた。

F・Fは、その様子を静かに見ていた。
察するに、アエはどこかの組織に閉じ込められていたのだろう。
「なか」と「そと」の決定的な違い。「なか」に閉じこもっていては「そと」の者と接することはあっても親友にはなれない。
それはまるで、ホワイトスネイクの「DISC」をただ守っていた時の自分と同じだ。
それでは、ただ単に生きているだけだ。「思い出」を作ることができない。

この時、F・Fはアエには真の意味で『生きて』ほしいという思いが芽生えた。
親友の徐倫やエルメェスとの出会いで蓄えていった、大切な「思い出」。
生きることはすなわち「思い出」を作ることだとF・Fは悟ったのだ。
きっと今のアエに足りないものは「思い出」だ。きっと彼女には「思い出」が足りないから、知性が本能に勝ってしまうのだろう。
「いい思い出」がエネルギーとなって自分自身に勇気を与えてくれるという感覚…それが知性なのだ。
「思い出」があればアエだってきっと…。

「思い出」はこれから作ることができる。
F・Fが徐倫についていったあの時のように。

「アエ。何か欲しいもの、ある?」
「しゃんぷーと、くし。えふかってきてくれるの?」
「ああ。陸に出るにはNPCの身体を借りねーといけないけどな」





【クラス】
ミュータント

【真名】
フー・ファイターズ@ジョジョの奇妙な冒険

【パラメータ】
筋力D 耐久D+++ 敏捷D 魔力B 幸運D 宝具B(地上)

筋力B 耐久EX 敏捷A 魔力A 幸運C 宝具B(水中)

【属性】
混沌・善

【クラス別スキル】
環境適応:C
「新生物」のクラススキル。
苦手なフィールドでも一定時間それに晒されることで次第にミュータントに変異が生じ、周囲の環境によるあらゆるペナルティを軽減ないし無効化するようになる。
ランクは周囲の環境への適応能力の高さを示し、ランクが高いほど適応するまでの時間が早くなる。

【保有スキル】
水棲:A+++
プランクトンとしての水中への適応能力。水の抵抗を受けずに活動できる。
ミュータントの場合は水辺にいる間はパラメータが上記の水中のものに変換される。
後述の宝具により水辺にいるミュータントを倒すことは不可能といえる。

憑依(偽):C
一部、あるいは全てのプランクトンを人間の肉体に宿すことで、人間を乗っ取って操ることができる。
ミュータントが人間の肉体に宿った場合、長時間陸で活動できるようになる他、自身をサーヴァントではなくただの人間であると誤認させることができる。
その代わり、乗っ取っている間は霊体化できなくなるデメリットもあるので注意。

知性の記憶:B
ミュータントは人間として生活をする過程で、どんな無駄で些細な出来事でもそれらを大事な「思い出」として全て覚えてきた。
それはサーヴァントになった今になっても受け継がれており、同ランクまでの情報抹消を無効化する。

他者修復:B
プランクトンを傷口に埋め込むことで応急処置に利用でき、回復手段に使える。
しかし、プランクトンで埋めた部分からは痛みが伴う。

【宝具】

『知性の海の縮図(フー・ファイターズ)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:―― 最大捕捉:――
フー・ファイターズを構成するプランクトン一体一体が全て宝具。
ミュータントの身体は本来心臓や脳がある部位も含めて全てがプランクトンで、水さえあれば魔力を全く消耗せずに分裂し、2体以上に別れて行動もできる。
一部のプランクトンが死滅しても他のプランクトンが残っていればミュータント全体として生き続けられる上、
プランクトンの増殖に必要な水があれば魔力消費無しで損傷を回復できるので非常にしぶとい。
プランクトンは水が存在しない場所では生命活動が行えないため水のない陸地が苦手だが、環境適応スキルにより生命活動を行える範囲が広がる可能性がある。
憑依(偽)により人間になりすましている間は指を銃の形にしてプランクトンの一部を弾丸として打ち出す『F・F弾』が主な攻撃手段。

『友にさよならを』
ランク:E- 種別:対人宝具 レンジ:―― 最大捕捉:――
ミュータントのプランクトンが全て死滅し、ミュータントが完全に消滅する際に発動する宝具。消滅後1ターンのみ、実体のない姿で現界できる。
最期まで親友との知性と思い出を失うことはなく、親友の空条徐倫に「さよなら」という言葉を残して死を迎えたという逸話からくる、仲間へ「さよなら」を残すためだけの宝具。
最後の言葉を守りたい者へ贈る時間は1ターンあれば十分なのだ。

【weapon】
ミュータントを構成するプランクトン群

【人物背景】
通称F・F。湿地帯のプランクトンにプッチ神父により『能力』と『記憶』のDISCを与えられ「フー・ファイターズ」という生物になった。本体もフー・ファイターズで同一。
体はプランクトンの集合体で水さえあれば分裂し、別れて行動もできる。
プッチ神父の命令により刑務所敷地内の湿原の倉庫でDISCを守っていた折に徐倫・エルメスと交戦のち敗れるが、徐倫に水を与えられ命を救われてからは徐倫を守りたいという思いに目覚める。
徐倫達の仲間に加わってからはエートロという女囚の死体を乗っ取り新しい身体にすると、エートロとして女子房で生活をしているが、
普通の人間と違い(湿地と違って水分の無い陸地で過ごすためには)定期的に水分を補給しなければならない身体であるため、それを巡るトラブルも少なくなかった。

【サーヴァントとしての願い】
アエの「思い出」をつくってやりたい
アエには本当の意味で生きてほしい。



【マスター】
SCP-811“沼女”、またの名をアエ@SCP Foundation

【マスターとしての願い】
しゃんぷーしたい

【weapon】
自身の肉体以外特になし

【能力・技能】
『溶解液』
手の平と足の裏からは常に緑がかった透明の液体が分泌されている。
これは有機物ならばどんなものも急速に溶かして粘着質の黒い液体に変えてしまい、それはアエの食糧となって皮膚を介して吸収される。
非常に強力な溶解液で、かのSCP-682の実験にも用いられたことがある。

『タール状物質の噴射』
胃の中で食糧を酵素と細菌叢が分解、凝縮したざらついたタール状の物質を、口からアエの意思によって経口噴射することができる。
アエはこの能力を狩りに利用しており、標的の顔あるいは傷口を優先的に狙い、そして口と鼻を塞ぐことによる即時の窒息か、
その物質に含まれる攻撃性細菌の侵食による多臓器不全によって標的が死ぬまで待つ。
アエの噴射したタール状物質が傷口に入り込んだ場合、三時間以内に広域抗生物質による治療を受けないと急速に悪化してしまう。

【人物背景】
細長い手足とわずかに膨らんだ腹部の人間の女性に似た体型を持つSCP。Object ClassはEuclid。身長171cm、体重47kg。
トレビュシェット博士を始め財団職員からは本人の希望で『アエ』と呼ばれている。
肌はわずかにざらざらした質感で緑のまだら模様をしており、従来のシャンプーをも撥ね退ける油っこい黒髪を持つなど、その容姿は人間からかけ離れている。
一方で人語には部分的な理解を示しており、ヘアブラシを財団職員に所望するなどところどころで人間の女の子らしいところが垣間見えるが、
実は彼女は――――[削除済]

フー・ファイターズのことを「えふ」と呼んでいる。
聖杯戦争のことは当然ながら把握していない。

【方針】
不明

【捕捉】
クリエイティブ・コモンズ 表示-継承 3.0に従い、
SCP FoundationにおいてPig_catapult氏が創作されたSCP-811を二次使用させて頂きました。



候補作投下順



最終更新:2016年03月03日 23:16