ショッカー。それは、かつて――1970年代に世界を暗躍し、世界征服を企てた秘密結社の通称である。


 秘密結社といっても、あの有名なフリーメーソンなどとは異なり、この「ショッカー」の通称が一般に流通する事は、まず無い。
 確かに、ごく一部のディープなオカルトマニアが「ゲルダム団」などの組織と併せてその名前を出す事はあるが、一般社会でその日を繋いでいる現代の若者がショッカーやゲルダム団などの名前を知る余裕はないのだろう。
 仮に知ったとして、その名を刻み続けるなどという者は、それこそ一握りであるし、詰め込んでも仕方のない余分な知識の一つと見なされるに相違なかった。
 例えるなら、歴史の教科書に載らない戦国武将や、数十人のアイドルグループの一端で踊る少女と同じだ。
 名簿の上に名前があっても、それが人々の記憶に留められる機会を得るのは、至極薄い望みなのである。

 また、近年、この秘密結社の活動は一切なく、70年代~80年代を境に、類似組織の活動すらも一斉に途絶えたのも、その存在に関心を持つ者が減少し、語られる機会が見受けられなくなった所以であろう。
 実のところ、ショッカーは世界を暗躍し、制服の一歩手前まで歩を進めたはずの組織であったが、今は壊滅し、既に僅かな残党(これも還暦を超える人間しかいない)が存在するのみだ。

 そして、生き残った彼らも、自ら自分がショッカーの構成員であった事を漏らしはしないし、家庭を築くといったありふれた幸せさえ得ようとせず、孤独に口を噤んで生きているという。
 多くは、職業も住所も転々としながら、密かにショッカーの再興を夢見て、その日を生き抜いている事だろう。

 ……だが、疑問に思わないだろうか。

 こんな事が、果たしてこの現代、ありうるのだろうか?
 数万人規模の組織に裏切りが出ず、情報漏洩が今日まで一切行われない徹底した秘密主義など、インターネットの管理下にある我々に考えられるのだろうか?
 目の前の道具が、これまで幾つ個人や企業の隠したい秘密を暴き、そして、永久にネットの海の上に晒してきたのか知る者たちが、それを信じられるだろうか?



 ――しかして、それを可能にしたのがこの偉大とも言える秘密結社なのであった。



 ショッカーは、世界各国の優秀な科学者、博士が結集し、人類が本来ならば30年後、いや、40年、50年後に初めて表立って得る事になるような最新鋭の科学を、昭和時代に既に導入していたという信じがたい技術力の組織なのである。
 たとえば、分かりやすい話ならば、2006年に山中伸弥氏とその研究チームが発見したiPS細胞などは、70年代の時点でとうにショッカーの科学班が発見しており、ショッカーの主力である「ある技術」に応用する形で利用していたくらいである。
 1983年のエイズウィルスは、勿論の如く、70年代以前に既にショッカーの研究チームの手中にあったし、2000年代に流行した新型インフルエンザ、即ち、H1N1亜型ウィルスなども実際には彼らの研究室が保管していた物が壊滅後に何らかの形で流出した一例だとも言われた。
 これだけに留まらず、人類が未だ、直面していないような猛毒性を持つウィルスや、iPS細胞以上の万能細胞の実験記録なども保管されていたのだが……その話は、今はあまり触れずにおこう。

 そんな、高すぎる故の先見性を持つのがショッカーであった。
 以後数十年、あるいは数百年に渡って組織の概要が漏れないよう、情報を完全統制する手段も既に見つけ出していたとしても何ら可笑しい話ではない。

 また、高名な科学者、優秀な大学生、政治家、スポーツマンなどが立て続けに失踪した時期が、丁度ショッカーの全盛期にあったのもあまり知られていない話である。
 一時には、これが先述したショッカーの「ある技術」の人体実験に利用され、「別の物」へと成り果ててどこかに放たれたとか、あるいはショッカーの一員に洗脳されたとか、そんな噂も立った事がある。

 その噂こそが真であった。
 この頃に失踪した人間の多くは、ショッカーが拉致し、強制的に身体改造し、その意思までも洗脳し、兵士として組み換えられている。
 しかし、これらの真実は、結果的に「全く秘密ではない秘密結社」の仕業という説の方が陰謀論者には有力で、この実行犯としてショッカーが挙げられる事は、やはり殆ど無かった。
 今でも地震やテロが起こる度に、他の秘密結社や某国政府たちは常にその悲劇との関連を疑われるが、当時起こった重大事件の殆どもまた、事実ショッカーによる陰謀であり――そして、今も尚、ショッカーにより隠され続けていた。
 実際のところ、これだけの規模の組織が政府と癒着を成していない筈もないが――一説では、ナチス・ドイツの持っていた科学力を流用し、当時の科学者たちが主導していたとも言われており、この事の方が、真に近いだろう。

 これらが、あまりに信憑性の薄く、突飛な話である故に、全く、都市伝説としてもパンチが弱すぎたのは、我々人類の心理の盲点だったに違いない。
 結果的に、全ては伝説にさえならず、ただのジョークに変わっている。
 例えば、70年代当時に撮影された「黒いタイツを被った謎の人々」の写真などは今も怪奇本やインターネットで有名であるが、これが嘲笑以外のニュアンスで語られた事があるだろうか?
 あの写真を見た事があるオカルトマニアたちは、あれが、世界征服を果たそうとした秘密結社の使徒であるなどと、本気で信じようと思っただろうか?

 誰もがその現実性を認めず、実際に目撃した者でさえも自分の見た光景を白昼夢と錯覚する――それが、ショッカーという組織なのだ。
 今から思えば、このジョークのような外面を保ち続け、一般大衆にはパフォーマンス集団のように見せた事もショッカーの先を見た目論見の一つだったのかもしれない。
 全く姿を偽る事なく、お化け屋敷の宣伝をしていたなどというのだから、やはり侮れない方法を使う物である。

 だが、やはり、我々はそんな冗談のような存在こそ、最も疑わなければならないのだ。

 それこそ、ショッカーという存在がかつて実在した事実を通じて知るべき教訓に違いない。
 今日までショッカーは、その実在すらも真偽が問われ、今では多くの人間がその存在を一笑に帰すほどであったが、事実、ショッカーは存在し、世界征服の一歩手前までのし上がったのである。
 もし、ショッカーと闘う事で彼らを止める者がいなければ、彼らを笑ったまま、最後には彼らの起こす大事件の惨禍に巻き込まれたかもしれない。
 たとえば、某教団による薬害テロなどは、その良く知られた例ではないか。

 ……とはいえ。
 ここで連ねられた言葉を見て、ショッカーについて周囲に喧伝しようと思い立ったならば、明日にはその命がなくなる物と思った方が良いだろう。
 これまでも、何人か、そういう者はいたが――彼らは、口を閉ざすか、もしくは、行方をくらました。
 結局のところ、今からショッカーの正体を知ろうとしても、トップ・シークレットと化したショッカーの資料を閲覧する事は許されず、その正体を探るのは霞を掴むような話に違いないのである。
 その上、この組織の名前を追った者が数多く行方不明になり、最悪の場合は変死体になるという事実からも、興信所や雑誌社の稼業を行う者は、まず触ろうともしない。
 警視庁公安部、FBI、各国政府、アンチ・ショッカー同盟――「ショッカー」の真実を知る者は、やはり、いずれもショッカーの名を聞くだけでも、それを訊く者に注意を促した。

 これがこの組織の最も恐るべき点であり、真の秘密結社たる常識離れした怪奇性であった。

 ジョークの種にする他、今も絶えないショッカーの魔の手から身を守る術はないのである。
 実際には、ショッカーを笑う者は、二つのパターンに分類されているのかもしれない。
 ショッカーの存在を、本気で信じず、ただ笑う者――これが90パーセント以上を占め、
 ショッカーの脅威を知り、信じないフリをして、笑う事でその魔の手から逃れようとする者――これがおおよそ、8パーセントほどを占める。



 そして。
 残る者は、そう……人間の自由と平和の為に、ショッカーと、戦おうとした者だ。
 そちらの名前も、半ば都市伝説的に有名になっている。
 ――彼らの方は、「仮面ライダー」などと、呼ばれていたらしい。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ……たとえば、誰も寄らないような廃墟や廃倉庫が近くにあるならば、それが「ショッカー」の秘密基地の入り口であった可能性は否めない。
 仮にもし、そんな場所にたまたま立ち寄って、そこで「黒いタイツの男」、「白いタイツの男」たちが出入りしているのを見つけたならば、即座にそこからは遠ざかり、己が目で見た光景を忘れるのが良い。
 そして、もう二度と、人気のない所を冒険しようとするのを辞めた方が良い。
 そこにいるのは、つい先日、現世に再臨した『キャスター』のサーヴァント――かつて、ショッカーの大幹部として君臨した、この「死神博士」の作り上げるアジトに違いないのだから。

 この現代に、彼を呼び出したのが何者かは、現時点ではまだわからない。
 かつては、「ショッカー」の類似組織である「デストロン」によって、再び死神博士が蘇ったという話もあるが、そうした目論見を持つ者の仕業ではなかったようである。
 この頃、そのアジトには、ショッカーの一員とは思えない、奇妙な長髪の男が出入りしている。
 おそらくは、その男こそが、キャスターを呼び出した『マスター』なのだろう。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆





~~~~~「ショッカー」とは、世界制服を企む悪の秘密結社である!!~~~~~





◆ ◆ ◆ ◆ ◆1



 ――『マスター』の職業は、中学校の理科教師だった。

 教師とは思えない、ボサボサの長髪で、飲食禁止の校内でもいつも風船ガムを噛んでいる。生徒から贈られた仇名は、『風船ガム』であるが、そう呼ばれるのはこの普段の素行が故である。
 死んだ目をしていて、遅刻は当たり前の職務怠慢。授業なんかを真面目にやる気はない。
 酷い時は生徒を適当に遊ばせて一人で寝ているし、時たま熱心になったかと思えば、その時には生徒によくわからない「原子爆弾のつくりかた」などという物を黒板に書き写す。

 公立中学に勤務する教師とはいえ、クビにならない理由はわからない。
 一応は、これでもサボる事はなく、必ず、毎日学校には顔を出す人間だった。
 それだけが彼のクビを繋ぎとめていたとは思い難いが、もしかすると、間もなくクビになる「最終通告」くらいは告げられていたかもしれない。
 それでも彼は、全くといっていいほど、態度を変えなかった。

 そんな彼も、昔は熱血教師で、校長と教育方針の違いで怒鳴り合う事もあったらしい。
 それは生徒たちの間で交わされる噂に過ぎないが、事実、生徒たちは、彼が自分たちをテロリストの手から守るのを目にしている。
 女子生徒の間では、アイドル歌手のような外見と併せて、彼に本気で惚れているという声も珍しくない。

 彼の本名は、城戸誠というらしい。
 しかしながら、彼はその名前もどうでも良かった。
 自分の名前など、『赤胴鈴之助』でも、『山田太郎』でも、『ハマーン・スミス』でも――何でも良いと思っている。
 それこそ、『A MAN』でも――人間を識別するナンバー充分なのだというのが、彼の持論だ。

 名前――重要な事はそんな事ではない。そんな事ではないのだ。
 日常生活の中にある、鬱屈とした何かを取り払うのに――『自分が何をしたいか』という答えを出すのに、名前などいらない。
 問題は名前じゃない。
 そいつが何を抱えているか、何が“痛い”のか、何が“痛くない”のかだ。
 中身がどんな風に詰まっていて、その中身がどんな色で、自分でそれを覗いて、綺麗だと思えるのか、嘔吐するのかだ。

「おう、順調順調。頑張ってるじゃないか」

 いつもながら、城戸は、自分が呼び出したキャスターの陣地に立ち入り、馴れ馴れしく、『戦闘員』たちの肩を叩く。
 ここ数日、彼はそんな事ばかりしていた。

 学校の授業が終わると、この『工房』――もとい、『アジト』に入り、戦闘員たちをからかう。
 呼びかけられた彼らは、戦闘員とは言っても、『科学班』に分類される白いマスクの戦闘員であり、むしろ専門は、この陣地でキャスターに代わって道具や『改造人間』を作成する事にあった。
 科学班の戦闘員は、純粋な戦闘能力で言えば、それこそ、ただの人間よりマシと言う程度である。
 戦闘員たちは、戸惑いつつも、この城戸という男には逆らう事が出来ず、ただ、無言でおどおどしているだけであった。
 力においても、立場においても、戦闘員たちは城戸には敵わない連中だ。

「……で、改造人間はどれくらい出来たんだ?」

「はっ! 既に何体かの改造人間が完成しております」

「よしよし、御苦労」

 城戸も、少しは「彼ら」こと、「ショッカー」に興味はあった。
 それこそ、彼はこんな連中が現れるのを望んでいたし、彼らの目的に賛同をしていなくとも、何故か彼らに協力したがる奇妙な愛着があった。
 科学という分野においては、一応、多少の興味がない事もないし、『聖杯戦争』のようなゲームには、むしろ進んで巻き込まれたがっていたのが城戸だ。
 変に正義感が強い『秩序』や『善』の属性を持つサーヴァントよりか、彼らのようなサーヴァントの顕現を望み、まさしく、その通りになった。
 キャスターの属性は、『混沌』と『悪』だった。
 はっきりとした線引きが出来た位置にあるサーヴァントを呼び出したわけだ。

 ……で、何をする?
 わざわざ魔術回路や式を習ってまで彼らを呼んで、それから何がしたいのか。
 それは、城戸にとって、自分でもよくわからない事だった。

 事実、聖杯を得たとしても、自分が何を成したいのかなど、彼自身が己に訊きたいほどにわからない。
 しかし、それでも彼は、聖杯を欲する執念だけは、おそらくここにいる誰よりも強い。

 ――それだけは本当なのだ。

 ここにいる、キャスターと呼ばれるサーヴァントを優勝させ、聖杯を得て……問題はそこから先だった。
 自分が何をしようとしているのかは、城戸本人にもわからないまま、ただ毎日が過ぎて行く。

「既に改造人間――ジャガーマンが、近頃この近辺をうろついていた怪しい男を一人殺しました。
 我々の秘密を探っていたようです。――イーッ!」

「……そうか。
 そいつはちょっと惜しいかもしれないな」

「…………は?」

「そいつは、他のやつらよりもうちょっと面白かったかもしれない。
 みんな死んでる。この街にいる奴、みんな死んでいるんだ」

「……」

「そいつは、生きている奴だったかもしれないんだ」

 ただ単純にスリルを得たいのか。自分を満足させたいのか。聖杯に興味があるのか。
 そんな感情はどれも当てはまるし、どれも当てはまらない。
 ただ、もう少し、意味のないところで――『聖杯』という器を欲した。
 そこまでして得たい物なのに、それを得たい理由は彼自身にもわからない――という事なのである。
 他者を犠牲に手にする事に意味があって、他者の願いを踏みにじっていく事にも意味があるのかもしれない。
 その痛みが欲しいのかもしれない。

 それだけだった。
 以前から、そうだった。

 ――彼は、狂人の退屈しのぎにも見える執念だけで……ただそれだけで、原子力発電所からプルトニウムを盗み出したのである。

「……もういい。お前と話す事はないよ。
 さ、もう仕事に戻れ」

 城戸は、今でも、部屋に帰ると、時たま、サッカーボール大の原子爆弾を、足で弄ぶ。
 誤作動すれば、この都市は大爆発。火に包まれ、放射能で汚染され、ここに人が住む事は出来なくなってしまう。
 でもそれをサッカーボールにしている。

 城戸自身、近頃たまに嘔吐もするし、下痢もする。この長い髪も、一束になって抜け落ちる事が珍しくない。
 将来ハゲるとか、それ以前に、もう間もなくハゲるだろう。
 小型の原爆は、父親である城戸に向けて、死へのカウントダウンを刻一刻と告げている。

 ――死ぬかもしれない、と思う。
 死にたくはないが、死ぬかもしれない。
 いや、死ぬだろう。

 ――痛い、と感じる。
 痛いのは嫌だが、逆に痛くないのはもっと退屈で嫌だ。
 痛いのを怖がって何もしないよりは、ただ痛みを受ける為だけに動いていた方が良いのかもしれない。

「……いるか、キャスター」

 だが、やはり――。
 そうまでして、原子爆弾を得て、警察を脅して、何を成したいのかは、城戸もわからないままだった。

 聖杯戦争を始めたのも。
 サーヴァントを呼び出したのも。
 ショッカーの改造人間計画に乗り気なのも。

 理由は、今のところ、城戸自身さえも知らない。

『城戸誠か――』

 ふと。
 声と共に、城戸が来て、しばらくして、このアジト内のライトが薄暗くなった。
 チカチカとアジトの灯が点滅し、「彼」が来る気配がした。

 これは、「彼」が来る時には、いつも同じ事なので、城戸は全く動じないが、戦闘員たちが、少し慌てふためき始めた。
 やはり、直属の上司の鞭が怖いのであろうか。
 その点においては、城戸は絶対安心の立場にある。

 この声の主こそが、ショッカーの戦闘員たちを動かす動力源であり、まさしく、城戸の真の相棒とも呼べるサーヴァントだった。
 それ故、城戸が恐れる相手ではなかった。
 魔術師『キャスター』――死神博士である。
 ただ、いつも彼が見せるのは、本来の彼の姿ではなく、そこから分散した幽体のようでもあった。
 普段、瞬間移動をしているかのように彼はどこにでも現れるのだ。

『一体、我がショッカーのアジトに何の用だ……?』

 キャスターが発するのは、枯れたような老人の声だった。
 何かの病が喉を蝕んでいるのか、彼の言葉は常に喉の奥から密やかに、城戸に向けられる。

 ……この、キャスターというサーヴァントは、いつも暗闇を照らすようにして、青白い不気味な顔を映すのだった。
 薄い頭髪や、灌木のようにやせ細った長い体。皺だらけで生気のない肌。
 しかし、鼻は高く、日系の他、どこか西欧かどこかの血を交えたような筋が通っている。
 白色に固執したかのような上下の服と、裏地の赤い襟を立てた黒いマントは、彼の曲がった背中を隠していた。
 さながら、何百年も生きた妖怪のようだった。
 しかし、彼の真名を一度、「死神博士」と聞いてしまうと、それ以外の呼び名は考えられなくなってしまうほど、その名は体を現していた。

「……キャスター」

 その底知れぬ不気味さは、城戸にとって、却って愛嬌さえも覚えるほどの物であった。
 彼の姿を見れば、多くの人は恐れおののき、ショッカー以外の人間が慣れる事など滅多にない。

 しかし、城戸はそれを目の当りにしても、平然とそこで風船ガムを噛み続けた。
 煙草の煙を吐き出すように、風船ガムを膨らませた。――そして、潰した。
 それから、また風船ガムを噛みながら、だらしのない瞳で、キャスターに答えた。

「――俺は、世界最高の秘密結社を持ってる。
 そして、世界で一番恐ろしい爆弾も持ってる。
 ショッカーと、何番目かの原子爆弾を……」

『それがどうした……?』

「そろそろ、こいつを使って、『何か』がしたいんだ」

 キャスターは、その言葉に些か疑問を抱いた。
 強い力を得た人間が、それを使いたがるのはやむを得ない話であるとしても、「何か」と言うのが気になった。
 彼は、その言葉に含みを持たせているわけでもなく、正真正銘、まだ「未定」の「何か」をしようとしている。

 たとえば、嫌いな人間を殺すとか、ショッカーに自らも加担するとか……そういう事をするつもりはないらしい。
 彼には理由や大義はないらしい。忠誠を誓う者もない無宗教で、教育者だが教育に熱心でもない。
 かつては熱心なフリをしていて、今はそれをする気力もない。
 ただ、この『聖杯戦争』で得た力と、『原子爆弾』を、意味もない『何か』に使おうとしているのである。
 その事は以前から知っていたが、始まりからこれだけ時間を経ても、まだ、その『何か』が芽生えてこないというのだろうか。

『――お前の目的は、まだわからないままだというのか……?』

「……」

『お前は何がしたい?』

 キャスターは、思わずそう問いたくなった。そして、それは口からこぼれていた。
 これだけ虚無に満ちた存在を見ていると、なんだか妙に腹立たしい気持ちにもなった。
 城戸誠、という男の実像は掴めない。
 しかし、だからこそ、どこか城戸に惹かれつつある自分が腹立たしく、そして、それを認めたくない気持ちになる。
 城戸は、口を開いた。

「――それをこれから考える。
 とりあえず、今はあんたらは好き勝手してればいい」

『我々が、世界征服を成功させても良いのか……!!』

「その方がいいかもしれない。
 世界なんて、その方が……。でも……」

 城戸は、少しだけ躊躇して考え込んだ。
 はっきりとした回答や意見というのは彼には今、別段芽生えていなかった。
 だから、逆に、キャスターの方に訊く事にしたのだろう。

「それに、あんたは、世界征服をして……だから、何をする?
 じゃあ、お前は、一体、何がしたいというんだ?」

『……』

 キャスターは押し黙った。
 彼が何を成したかったのか――それは、回答しなかったのではなく、回答できなかったに違いない。
 彼らショッカーの人間は、須らく改造されており、首領に絶対の忠誠を誓う。
 それ故、自分らしい「自分」などという物は持たなかった。
 ただ、理由のない大義だけが彼らを突き動かしているだけなのだ。

「なんだ、わかんねえのか。わかんねえなら余計な事言うんじゃないよ」

 すると、城戸は不機嫌そうながら、完全に開き直った。
 結局のところ、キャスターが世界征服をする意味なんて知っても仕方が無かった。
 何をすればいいのか、さっぱりわからないまま、ただ暴れている……そんな人間は自分だけではない。
 一瞬なりとも、キャスターを屈服できた事が気持ち良かった。

 だからか、彼は、味を占めて、大きな声を張り上げて『アジト』に轟かせた。

「おい、あんたら。作業やめろ。
 俺が、俺が……このキャスター――『死神博士』のマスターだぁ!
 ほら、見せてみろ! ほら、敬礼しながら、いつもの合図を――!」

「イーッ!!!!」

 作業を中断して、嫌々敬礼する彼ら戦闘員の声を、城戸は気持ちよさそうな笑顔で聞いていた。
 ただ、意味もなく彼らの邪魔をする。
 聖杯戦争もそういう物だったのかもしれない。

「おいどうした? 声が小さいぞ!」

「「「「「「「「 イーッ!!!!!!!!! 」」」」」」」」

 それは、大勢の人間の意識を巻き込んで、こんな奴らに気を遣わずに――彼らの意思を自分の物に出来る征服感による物だった。
 それは楽しかった。
 世界征服も別に悪くはない願いかもしれない。……が、面白い願いではなさそうだった。

『――奇妙な男だ、城戸誠……』

 キャスターは、城戸という男の空虚さを見守っていた。
 確かに彼も人間に過ぎない。しかし、何かが狂っている。

 彼は、自分の内側を知らない人間のようだった。
 だから、空っぽに見える体に何かを埋める為に、他者と違う事をやって、そこに色をつけようとしているのだ。
 少なくとも、キャスターはそう思った。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 夜。――外はすっかり暗くなっていた。
 城戸は自分の住まうアパートに戻っていた。
 ショッカーの連中は、まだ作業を続けているのだろうか。

「……空を超えてー、ラララ星の彼方ー、……ゆくぞー……アトムー……」

 城戸は、『鉄腕アトム』の歌を歌い、原子爆弾を足で転がしながら、インターネットをしていた。
 風呂上りで、パンツ一丁の姿のまま、画面をスクロールさせている。
 ちなみに、今見ていたのは、城戸がたまたま見つけた、掲示板内のスレッドである。

『――何でも一つだけ願いが叶うとしたら何がしたい?――』

 そういうタイトルのスレッドを彼は探していた。
 つまらない雑談が書かれた掲示板は、いくらでもあった。
 それを全部片っ端から開いて、面白そうな書き込みを探していた。

 本当はラジオで呼びかけて、面白い願いを募ろうとしたが、インターネットは便利だった。
 呼びかけるわけでもなく、いくらかの欲望が見られる。
 誰かが既に呼びかけているのだから、適当に検索してそれを見ればいい。
 インターネットでは、だいたいこんな趣旨の事が訊かれ、いくつかの回答が出てきていた。

 一生遊べる金。
 とびきり美人の女。
 地方局でのアニメの放送。
 死んだ友達の命。

「……」

 ……なるほど。
 目を引くのは、そんなつまらない願いばかり。
 しかし、城戸が欲しいのはそんな物じゃない。
 もっと、つまらない欲を持ってる奴がいたら、その方が面白い気がした。

「――夕方六時。Fテレビで、アダルトビデオを十分間、地上波放送。
 カラミあり。女優は×××を希望。男優は指定なし」

 地上波でAVを放送――こんな大喜利のような回答。
 ……これがふと、目を引き、もう少し肉付けして口に出してみた。

 多少、しっくり来た。
 だが、やはり違う。

「――とんねるずとダウンタウンを共演させる生番組を一時間。
 他の出演者は一切なし。とんねるずとダウンタウンだけに一時間語らせる」

「――東京ディズニーランド。
 ミッキーに着ぐるみを脱いでもらうパフォーマンス」

「――18歳未満の女の子のヌードを解禁してほしい。
 オール・ロリータの風俗店の合法化……」





「はぁぁぁぁぁぁぁぁああああーーー…………。
 ……………………駄目だなこりゃ」



「……おい、お前は何がしたいんだ?」 

 こうしたつまらない願いの中から、適当に選んで聖杯に叶えさせようと思ったが、どうやらろくでもない物ばかりらしい。
 まあ、結局のところ、ラジオで募っても同じ結果に終わるだろう。





 ――――さて。
 ――――それじゃあ、何をしようか。




 手元の原子爆弾に訊いてみた。
 原子爆弾の表面は、銀色に光っていて、そこに薄らと、歪な城戸自身を映していた。






「ほら、黙って勿体付けてないで言ってみろよ。
 一体、何がしたいんだ? お前は――――?」








【CLASS】

キャスター

【真名】

死神博士@仮面ライダー

【パラメーター】

 筋力E+ 耐久E+ 敏捷E 魔力A 幸運C 宝具B

【属性】

混沌・悪 

【クラススキル】

陣地作成:B
 魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げるスキル。
 死神博士は、『工房』の代わりに、地下・洞窟・空きビル等に『アジト』を作り出す事が出来る。
 これによって、魔力と科学を駆使した道具は勿論、『改造人間』さえも作り出す。

道具作成:A
 魔力を帯びた器具を作成する為のスキル。
 死神博士は、魔力と科学力を併せ持ち、道具だけでなく、『改造人間』を作り上げる。

【保有スキル】

秘密結社:B
 実質的には、アサシンのクラスが持っている「気配遮断」のスキルと同様。
 完全に気配を絶てば発見することは非常に難しい。

外科手術:D
 マスター及び自己の治療が可能。

改造人間:-
 自身の肉体を科学と魔術により再構成し、人知を超えた怪物へと変化するスキル。
 これはキャスターとして現世に顕現した際に失われている。

【宝具】

『世界征服を企む悪の秘密結社(ショッカー)』
ランク:B 種別:対界宝具 レンジ:1~全世界 最大捕捉:1~全人類

 彼が大幹部として多くを従える大軍団、秘密結社ショッカーという組織力そのもの。
 そして、この宝具はキャスターが召喚されてから、キャスターの消滅の瞬間まで常時発動している。
 キャスターが場に存在する限り、聖杯戦争のフィールドには常人の数倍の戦闘力を持つ『戦闘員』たちが蟻の群れのように湧いている。
 この戦闘員たちは、『偵察を行う者』、『陣地を守る者』、『キャスターに代わり他のサーヴァントとの戦闘を行う者』、『キャスターに代わり道具作成を行う者』など数々の班に分かれ、キャスターの命令を最優先した上で、キャスターに利を成す行動を考えながら自立する。
 いわば、この戦闘員たちこそが使い魔に近い存在となっている(ただし、戦闘員は基本的に魔力を持たない)。
 また、戦闘員は意識的に『改造人間』たる素質を持つNPCやマスターを識別した後、誘拐・拉致した上で、『アジト』内で改造し、戦闘員よりも強力な戦闘力や特殊能力を持つ『改造人間』『怪人』に変える事が出来る。
 改造されたNPCやマスターは、作成の最終工程で洗脳を受け、キャスターの宝具の影響下で忠実な僕となっていく。
 ただし、これは短期で作った改造人間ほど実力に乏しく、サーヴァントと渡り合える改造人間を作るには、最低一日以上の時間をかける必要があるだろう(並行して何体もの改造人間を作成する事自体は可能である)。
 これらの効果により、NPCを巻き込んで、徐々に大軍団を築き上げ、聖杯戦争の場に悪の秘密結社ショッカーを再現するのが、キャスターの絶対の宝具である。

 ※宝具に反映されているデータは、秘密結社ショッカーの改造人間データである為、第79話の「ガラガランダ」までは作成可能。
  ただし、死神博士の「大幹部」のポストよりレベルが高い「首領」を作成する事は出来ない。

『暗黒を吐き出す白貌の悪魔(イカデビル)』
ランク:- 種別:対己宝具 レンジ:- 最大捕捉:-

 戦闘特化のクラスで呼ばれた際ならば使用できた筈の宝具。
 死神博士が『改造人間』のスキルで変身する筈だった姿であるが、。その全貌は謎に包まれており、死神博士をよく知る軍団内部すらも、この宝具が如何なる物であるのか知る者は少ない。
 軍団そのものが秘密裏に存在していたものであるが故に、記録上にもなく、彼を知る者の殆どは命を繋ぎとめる事が出来なかったという話すらもある。
 この宝具を以後に解禁するには、『世界征服を企む悪の秘密結社(ショッカー)』の力で再度、キャスター自身が最低1日をかけて改造手術を受ける必要があるだろう。

【weapon】

『改造・鞭』
『改造・鎌』

【人物背景】

 悪の秘密結社ショッカーの大幹部の一人。
 当初はスイス支部にて活動していたが、後に日本支部の二代目大幹部としてショッカーを指揮したとされる。
 彼は卓越した科学力を持つ博士であり、同時にオカルトの魔術にも精通している、まさに現代の魔術師と呼べる男であった。
 また、自らの身体を改造済であり、その真の姿は烏賊を模した改造人間・イカデビルという名を持つ。
 しかして、イカデビルは、反ショッカー思想の"仮面ライダー"なる男に殺害され、既にこの世に存在しない存在であり、その死後に英霊になったものと思われる。
 後に、ショッカーの後続組織による、改造人間の再生技術で再生したとされるが、その際にも、反ショッカー的思想を持っているらしい。

 尚、本名は、イワン・タワノビッチであり、日本人とロシア人のハーフとされる記録が存在する。
 ナターシャという妹の蘇生の為に狂気に身を投じたとされるが、その真偽も定かではない。
 人間だった際の事など、既に死神博士は忘れているのかもしれない。

 これらのデータはFBIが秘密裏に持つデータ上の話であり、こんな人物・及び組織も実在したか否かは現代でも真偽が問われる物である。
 しかし、この現代も、彼の所属した秘密結社の名前を調査する者は、いずれも早々にその調査を切り上げるか、調査の数日後に行方不明になっているらしい。

【サーヴァントとしての願い】

 ショッカー軍団の再興。
 それにより、再度の世界征服を決行する。

【基本戦術、方針、運用法】

 キャスターは、現在までに百人規模の戦闘員と、これらを従わせる数名の改造人間を作り出している。
 これらの戦闘員、改造人間は英霊としての気配は持たないので、上手に使えば他のサーヴァントを探し、攻撃する偵察要員として使う事が出来る。
 今のキャスターは戦闘能力に乏しく、生前に扱う事が出来た変身能力すらも無い為、まともに他のサーヴァントを相手にしていく時には、『改造人間』をひたすら作り続けるしかないだろう。
 もし、キャスター自身に戦闘能力を付与したいのであれば、早々にキャスターを再改造し、『闇を吐き出す白貌の悪魔(イカデビル)』を再現するという手もある。
 また、マスターを改造する事自体もできなくはないので、キャスターと意見が対立してきた場合は、改造手術をされてしまう可能性も否めない。マスターはそれに気を付けるべし。





【マスター】

城戸誠@太陽を盗んだ男

【マスターとしての願い】

 わからん。

【weapon】

『原子爆弾』

【能力・技能】

 理科教諭。個人で原子爆弾を製作する科学力と技術力を持つ。
 材料は東海原発に潜入した。警備員を倒して手に入れており、行動力や戦闘力もかなりの物。
 また、カーチェイスが出来るほどのドライビングの腕で、大抵の事は人並以上にこなしてしまう。
 女装したり、変装したり。人を傷つける事も厭わない。
 もしかしたら自分が死んじまうかもしれないような事も平然とやる。
 ちょっとは命がやべえと思う事はある。
 でも、本気の本気で命がヤバい時は、絶叫して怖がるかもしれない。

【人物背景】

 普段はやる気ゼロの中学の理科の先生。その実態は、原子爆弾を持つ男。
 当時は、原爆保有国が八つだった為、彼はその九番目として、“9番”と名乗り、東京全土の人間を人質に警察を脅迫する。

 手始めに、とりあえず、「プロ野球のナイターを最後まで放送してほしい」と言った。
 日本中のテレビが、プロ野球のナイターを最後まで放送した。
 ただ、たった一個の球っころで、日本中が思い通りになるんだという事がわかった。
 だが、考えてみると彼にはそうまでしてやりたい事というのは別にない。
 試しに五億円を要求してみた。
 しかし、別に金が欲しいわけでもないので、屋上からバラまかせた。
 最後に彼は、「ローリングストーンズの日本公演」を要求した。
 それも別にローリングストーンズが好きだからではなかった。

【方針】

 ショッカーに協力する。目的はない。
 ただ、そのうち、ショッカーと原子爆弾を使って警察なり政府なり他のマスターなりを脅して、適当に何かさせようと思っている。
 そして、『聖杯』は、たとえ何を犠牲にしてでも欲しい。その対価が他者の命でも自分の命でも構わない。
 しかし、聖杯に願いたい願いは今探している。そのうち、募集してもいいかもしれない。
 ローリングストーンズの日本公演くらい面白い物があったら、まあそれでいいと思う。


候補作投下順



最終更新:2016年03月05日 02:01