「あぇっ……――」


 鮮血の匂いと、それが飛散する音とが、路地裏で噴射された。
 一人の男の首筋の血管が、鋭い刃に引きちぎられるように切断される。
 不意を突くように背後から襲われたその男に、一片たりとも恐怖はなく、残ったのは即死を免れた数十秒の後悔だった。

 彼が殺された理由はただ一つ。
 聖杯戦争のマスターだったからだ。
 その男が、この聖杯戦争にいかなるスタンスで参戦したのかはわからない。
 しかし、聖杯戦争に招かれた時点で、過半数は幸せな未来を勝ち取る事は出来ない運命に巻き込まれるのである。
 この男の未来はここで途絶えた。
 命が燃え尽きる時にまで何かを望むような男ではなかったのだろう――痛みの中でもどこか安らかに眠りに堕ちようとしていた。
 その男は、その生涯を終え、死人となる。


「まず一人」


 気配を殺して、男の背後に現れ、その男の首筋を切り裂いたのは、『暗殺者』のサーヴァントであった。
 そのクラス特性を最大限利用した戦法であると言えよう。

 青いメッシュの入った長い茶髪と、のっぺりした中年間近の顔立ちが、そのアサシンの特徴だった。
 その年齢不相応な外見と黒いレザージャケットは、確かに街中を歩けばそれなりに目立つだろうが、サーヴァントとしては取り立てて個性に満ちた外見でもない。
 元々、日本人だったので、平然と東京の街を歩いても、大人しくしていれば、多少個性的に見られても、そこまで注目を浴びる方でもないのだろう。
 確かに、目立つといっても、都内で一日中電車に乗っていれば、二、三人は見かける変人ほどではない。


「フンッ」


 彼の本当の名は、大道克己。
 知る人ぞ知る、テロリスト集団のリーダーであった。
 日本の地方都市を狙い、タワーを占拠した逸話が最も有名な活躍であり、それ以外では傭兵としての活躍が世界的であった。
 一般人にこそ知られておらずとも、その世界の重鎮・要人ならば確実に知っている類の人間だ。雇う側としても、狙われる側としても……。
 かつて占拠したのは、東京スカイツリーほどの規模の物ではなかったが、それでもその都市のシンボルとしては有名なタワーであった事や、国内でも注目を浴びる都市であった事もあり、その知名度は上がった方だろう。
 その目的も又、ある種、特殊な思想に基づいた物であり、常人には理解し難く、故に人々の理想の中でカタチを歪められる事もなかった。
 これは後述しておこう。


「――これでいいな? マスター」


 アサシンは、無抵抗な人間を後ろから襲う事にも、躊躇は一切しなかった。
 先ほどの男が、いかに無力で無意識であろうとも、命を刈り取る事に何の躊躇も持たない。
 人間と同程度の気配にまで押し込めた、『気配遮断』のスキルは、こうして有効活用しなければ意味がないわけだ。
 そこに微かな感情でも閉じこもっていれば、どれほど気配を消す事が出来ても人を殺すのには向いていない。

 本当に暗殺に必要なのは、ナイフを捻る事が出来る腕と、躊躇と罪悪感のない精神だけだ。
 しかし、前者は鍛えられても、後者は普通の人間に生まれれば備えるのは難しい部分でもある。
 その点において、アサシンの境遇は、まさにその素養を培うに十分だった。

 ――そう。

 このサーヴァントには、感情が無かった。
 肉体が強化され、感情が消えた“死人の兵士”――“NECRO OVER”、という在り方をした彼には、罪悪感など生まれる余地も無いのである。
 一度死んだ時、彼からは全ての感情が希薄化し、やがて、完全に消失した。

 そして、彼にとって、英霊であった以前の“生前”など何の意味もない。
 便宜上の“生前”には、彼は既に“死人”だったのだから。
 今も、生前も、何ひとつ、考える事は違わなかった。
 同じように他者を殺し、己の目的を達成しようとする姿であり続ける――それが大道克己だった。


「ええ。上出来よ」


 ふと、アサシンのマスターが、口を開いた。
 彼女は、この真夜中に、日傘を差したまま、男の死体を見下ろしていた。
 その瞳には、この哀れな死者への侮蔑が織り交ぜられていた。
 それは、先ほどまで、この男と交わしていた瞳だった。
 だから、この“死体”が生きていた時、最後に見たのは、まさしく、彼女の豹変した、歪んだ笑みだった筈である。


「……マヌケなオトコ。この程度の色仕掛けに屈するなんて」


 そもそも、何故この男がこんな路地裏にやって来たのかといえば、それは、このマスター――≪美柳ちなみ≫の、名のとおりの美貌に魅かれての事であった。
 少し声をかけてみれば、あっさりと人を寄せてしまう……それが彼女だった。

 こうして真夜中に道を歩いていても、彼女の周りは外灯が照らすように輝いてしまうほど――彼女は美しかった。
 自ずと彼女の周囲には蝶が飛び交い、独特の和やかな雰囲気は他者を安心させる。
 その内面に孕んだどす黒い感情など、微塵も表に醸し出されなかった。
 男性ならば、彼女に注目せざるを得ない容姿であろう。

 下手をすれば、アサシン以上に、気配が全く遮断できていない――というのに、他者を油断させ、他人を容易に暗殺できるのが『美女』という生物だ。
 綺麗な花には棘がある、という言葉があるが、ちなみの持つ棘の数は半端な物ではない。
 ここにいるアサシンもまた、彼女にとってはそのいくつもの棘の一つに過ぎないのだろう。


「……でも、お礼だけは言っておくわ。ありがとう……ステキだったわ、あなたの“最期”」


 日傘を傾けたまま、男の死体に微笑みかける。
 下手をすれば――この男が根っからの馬鹿男だったのなら、この一つの笑みで彼女を赦してしまうかもしれなかった。
 あまりにも柔和で、美しい微笑みを前に、自分が死んだという事実さえどうでもよくなる――。

 しかし、その言葉には、「死んでくれてありがとう」という意味合いを含んでいた。
 彼女は、自分の為に一人の人間を殺してもその程度にしか思っていないか――もしくは、何とも思っていない。
 この世に必要なのは、自分だけ。

 ……それが、美柳ちなみという女だった。
 只の人間でありながら、ここまで人間らしい感情を消せるのもまた、人の業という物であろう。
 まともな育ち方をすればこうはならなかったのだが、彼女は母に捨てられ、父にも愛されず、結果として、愛する事を知らないまま犯罪者となった。
 その心を癒す者は、自分の為に他者を道具として扱う事のみだ。


「いつも、こうね。みんな、ちょっとした演技に、簡単に騙される。それとも、アタシの顔ってそんなに綺麗なのかしら」

「生きている人間には、余計な欲が付きまとう。本当に生を楽しむには、ジャマな欲がな」

「……だから、アナタは、この街の全てを“死人に変える”おつもりなのかしら?」


 ちなみの口調が、淑やかな令嬢のようになっているのは、皮肉のつもりのようだったが、アサシンは意に介さない。
 それは、別段、アサシンがちなみに酔っているという訳ではない。――彼には、感情など無いのだから。
 だから、そう問われて、アサシンは全く表情を変える事なく、答えた。


「……いや。他人の欲なんざどうでも良い」

「では、何故?」

「――それが、俺の死んでからの唯一の楽しみだからだ。
 “死んでいながらこの世を彷徨う”……そんな寂しい人間たちで街が溢れていくのが見たいんだ。
 ……そう思わないか? なあ、“姉貴”」


 アサシンは、マスターの事を、どこか皮肉っぽく「姉貴」と呼んだ。
 ちなみは、その呼び方に眉を顰めた。
 それというのも、ちなみ自身が、既に、アサシンたち英霊と同じく、“死人”であり、その状況を好ましく思っていなかったが故だろう。

 魔術師として呼ばれたちなみであったが、本来、彼女は何年か前に殺人などの罪で死刑を執行された怨霊である。
 それ故、本来ならば、その立場は英霊の側でもおかしくない訳だが、サーヴァントに匹敵する卓越した能力や逸話は持たなかった。
 結果、聖杯に肉体を与えられた彼女の役割は、サーヴァントではなくマスターだったのである。
 そんな“死人”仲間であるちなみを、アサシンは姉と呼んだのだ。


「……アタシを下品に呼ぶのは、やめてもらえるかしら?」

「ハッ。流石は、お嬢様って奴だな。それなら、“姉さま”とでも呼べばいいのか」

「冗談でしょ?」

「ああ。冗談だ」


 そして、ちなみとアサシンは、同じ“死人”でありながら、目的は正反対だ。
 サーヴァントとマスターの関係は時に、恐ろしい程に噛み合わず、主従というにはあまりにもばらけた目的のまま協力する羽目になる事がある。
 ちなみは、現世に還る事を望み、アサシンは、“ある街の人間をすべての人間を死人に変える”事を望んだのだ。――それは、“生前”もアサシンの目的として在った思想だった。
 いわば、生の側に執着するか、死の側に執着するかの点において、二人は相いれなかったのである。

 だが、一度こうして結ばれたからには、我儘は言えない。
 与えられたカードでゲームをするしかない事は、お互い理解している。
 たとえ噛み合わなくても、それぞれの聖杯に託す望みの為に戦わねばならない。

 いずれにせよ、アサシンが死人だらけにする街など、ちなみには何の関係もないので、聖杯を得てからお互いの願いが叶っても、困る事はない。
 行うべきは、協力し合う(あるいは、利用し合う)事で、他の主従を撃退する事――のみ。
 あとは、互いの思想を、極力忘れながら、機械的に、他と殺し合うだけだ。
 これがなかなか難しいわけだが。


「……まっ、俺にはこの身体を維持する為のマスターが必要だ。
 親愛を込めた名前で呼びたくなっても、仕方があるまい」

「親愛など、無い癖に」

「違いねえな。……ああ、死人に『愛』なんて無い」


 冗談を言うアサシンは、常に表情を変えなかった。
 どこまでも乾いた男だった。
 口が利けることを試すように、ただそれだけの為に冗談や皮肉を言うのである。
 ちなみ以外の人間が見たら不気味に思うだろうが、ちなみは彼を不気味には思わなかった。


「――アサシン。アンタは、生きている人間にも、必ず愛があると思ってるの?」

「……少なくとも、あんたは違ったらしいな」

「命ある者は、自分の為だけに戦えば良い……。それが、当然の事でしょう?
 愛なんていうモノを信じるのは、お人好しのガキと、老い先短いオジサマやオバサマだけ……」

「ハッ! 珍しく気が合うな、マスター」


 ちなみは、アサシンの方に少し目をやった。
 そこにあるのは、相変わらず乾いたアサシンの瞳だけだ。
 一点、気が合ったが、しかし、それでも尚、ちなみにはアサシンと分かり合える予感は無かった。
 少なくとも、ちなみは“感情”が欠如している訳ではないのだ。
 ただ、“愛”が無いというだけ。

 ちなみの胸中には、ある人物たちへの強い憎しみが生々しく残り続けている。
 両者には、根本的な差異があった。


「さあ、くだらない話をするより、そろそろ行きましょう。
 このオトコの相棒の死に損ないが、消えるより前に……ここを立ち去らないと」

「フンッ。わかってる」


 アサシンは、どこか不服そうだった。
 無理もない。戦争屋だった彼は、闘争や殺戮そのものを楽しんでいる。
 どうせならば、死に損ないであっても、この男のサーヴァントと最後に一戦交えたいと思っていただろう。
 しかし、マスターの方針としては、「極力正面から戦わない」を提唱していた。
 これは、アサシンの特性から考えても至極当然の事であるが、彼の性格が過度に好戦的だった。
 もしかすれば、『狂戦士』としての特性も充分に存在したのかもしれない。
 何にせよ、共に聖杯を目指す以上はそこに合理化も必要となる。


(アサシン……アンタに好き勝手させるつもりはないわ。
 アタシには、まだやる事があるの……。それまで、絶対に消えるワケにはいかない……)


 ちなみは、現世での再臨を、聖杯に託す事にしていた。
 かつてちなみをこの世から完全に消し去った成歩堂龍一や綾里真宵を殺し、綾里千尋のプライドを打ち負かす――その為に。
 そして、その先は、また、己の欲望だけを果たす為に生きていく……ただ、それだけの為に。


(よく首を洗って待っている事ね、“リュウちゃん”……それに、“オバサマ”……)






【CLASS】

アサシン

【真名】

大道克己@仮面ライダーW FOREVER AtoZ/運命のガイアメモリ

【パラメーター】

通常時
 筋力D 耐久B 敏捷B 魔力C 幸運C 宝具A

変身時
 筋力B 耐久A+ 敏捷B 魔力C 幸運C 宝具A
 ※気配上昇

最強形態
 筋力A 耐久A 敏捷A 魔力A 幸運A 宝具A
 ※使用可能時間は数分間のみで、一度でも使用すると確実に東京全土に気配が伝わる

【属性】

中立・悪

【クラススキル】

気配遮断:C
 自身の気配を消す能力。
 完全に気配を断てばほぼ発見は不可能となるが、攻撃態勢に移るとランクが大きく下がる。

【保有スキル】

屍人の兵士:A
 ネクロオーバーとして、『生前』に『屍人』であった者が持つスキル。
 このスキルによって身体能力が常人の数倍に達し、彼の能力をサーヴァントの域まで引き上げている。

心眼(偽):B
 直感・第六感による危険回避。
 虫の知らせとも言われる、天性の才能による危険予知。
 視覚妨害による補正への耐性も併せ持つ。

【宝具】

『失われし“永遠”の記憶(エターナル)』
ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1~100 最大捕捉:1~100

 ロストドライバー、T2エターナルメモリの二つの人工遺物を用いて変身する『死神』の仮面ライダーの姿。
 この白貌の死神へと変身する事で、アサシンは、三騎士(セイバー、アーチャー、ランサー)に匹敵、もしくは、それ以上の戦闘能力を一時的に獲得できる。
 変身時は、両腕に青い炎を、背には黒い『エターナルローブ』を纏い、武器として短刀『エターナルエッジ』を構え、『26本のT2ガイアメモリ』で自在な攻撃を可能とする。
 エターナルローブは、あらゆる熱・冷気・電気・打撃を無効化する能力や、Aランクレベルの「対魔力」のスキルを一時的にアサシンに付随させ、彼の守りを鉄壁に変える。
 エターナルエッジは、敵を斬り裂くだけでなく、任意のT2ガイアメモリの力を幾つもの異能力へと変えて自らの身体を強化する役割を持つ。
 T2エターナルメモリを含めた26本のT2ガイアメモリは、適時召喚して使用する事が出来、25種類の能力を死神に与え、特殊攻撃を放つ事を可能とする。
 また、26本全てを同時召喚して使用する事で数分間だけ、パラメーターがオールAランクの『最強形態』へと変身する事もできる(使用中はエターナルローブを失う)。
 上記のように、『失われし永遠の記憶(エターナル)』は強力な宝具であるが、発動中は、「攻撃態勢」とみなされ、「気配遮断」のスキルが一時的に無効となる。
 変身時の武具も使用頻度が高まるほど感知されやすくなる為、無暗に使いすぎれば確実に他のサーヴァントに気配を感知されるだろう。
 特に、最強形態へと変身した際には、東京全土に確実にアサシンの気配が伝わってしまい、他のサーヴァントに狙われやすくなる事は間違いない。

【weapon】

『ロストドライバー』
『T2エターナルメモリ』
『無銘・ナイフ』

【人物背景】

 テロリスト集団『NEVER』の隊長。
 かつては心優しい少年であったが、交通事故で死亡した後、NEVERとしての蘇生技術で、蘇生。
 感情を失い、代わりに兵士としての異常な戦闘能力を獲得している。
 風都の人間を全て死者へと変える事を目論み、仮面ライダーエターナルとして街を泣かせた。

【サーヴァントとしての願い】

 東京全土の人間を全て、『死人』へと変える。
 聖杯に託す願いは、『風都の解放』――即ち、『風都の人間を全て、屍人の兵士へと変える』事。





【マスター】

美柳ちなみ@逆転裁判3

【マスターとしての願い】

 自らの命の蘇生。
 綾里千尋、成歩堂龍一、綾里真宵への復讐の遂行。

【Wepon】

『日傘』

【能力・技能】

 代々霊力を持つ霊媒師の家系『綾里家』の分家筋で、彼女自身は霊力の才をほとんど持たないものの、それらに対する理解が一定数存在する。
 殺人鬼としては、男を魅了する美貌や雰囲気、他人を同情させる交渉術などを用い、他者を利用して殺した。

【人物背景】

 死刑執行済の美女。
 誰にも真から愛される事も、愛する事もないまま歪んだ殺人鬼。
 他者を自分の利益やプライドの為に蹴落とし、自らの罪を明るみにしようとした者は容赦なく殺害する。
 既に死人であるものの、聖杯によって肉体が与えられ、成歩堂龍一や綾里姉妹への復讐の好機を得る。

【方針】

 聖杯の入手。



候補作投下順



最終更新:2016年03月12日 22:05