私の名前はキング博士。
君はいかなる人類の発明品よりも私が憎んでやまないものが何か知っているかね?
そう――リンゴの種だ。
*
その時のキング博士の表情は、絶望もしくは茫然自失したものだっただろう。
なぜなら、彼は思い出したくもない記憶を思い出してしまったからである。
キング博士が、この東京の地で聖杯から与えられた役割。
それは、研究者でも、大学教授でも無かった。
『リンゴ専門店』――それが聖杯によって、キング博士に最も相応しい役割だと選択されたのだ。
「Fuck!リンゴ専門店ってなんだ! ふざけるな!」
キング博士は叫んだ。
キング博士は見るのも嫌なリンゴについての詳細な知識を、聖杯から与えられてしまったのだ。
恐らく記憶を取り戻さなければ、キング博士はいい笑顔でリンゴを売り続けていただろう。
しかし、幸いと言って良いのかはたまた残酷なのか、キング博士は記憶を取り戻した。
ともかく今のキング博士は、最悪の気分だった。
ではなぜ、キング博士はマスターとして覚醒するに至ったのだろうか。
キング博士が東京で生活し始めた記憶は、一週間ほど前が一番古い。
キング博士は自宅が入ったビルの1階に、リンゴ専門店をオープンさせた。
初日こそ問題は何も無く、オープン記念で店もそこそこ繁盛した。
2日目、店の床にチラホラとりんごの種が散らばっているのを発見する。キング博士は疑問に思いながらも掃除した。
3日目、店で焼いたアップルパイに種が入っていると苦情が入る。キング博士は謝罪して作り直した。
4日目、アルバイトの子が掃除中に棚の裏から大量のりんごの種を発見。数えたところ382粒、キング博士は嫌がらせを疑う。
5日目、店内で客が転ぶ、足元にはりんごの種。6日目、トイレが詰まる、原因はりんごの種。
棚からりんごの種か降る。自動ドアがりんごの種で詰まる。引き出しを開けるとりんごの種。流しの排水口にりんごの種。
りんごの種。りんごの種。りんごの種。りんごの種。
――りんごの種。
キング博士は気が狂いそうになり、アルバイトはバイトを辞めていった。原因はりんごの種。
キング博士はノイローゼになりそうになったが、ふと自分の記憶の中に知らないりんごの種があることに気づいた。
遂に狂って記憶に障害が出たかと思ったが、それはSCP財団でのりんごの種の記憶だった。
一度思い出すと、後はズルズルと記憶が戻ってくる。
相変わらず記憶はりんごの種ばかりだったが、キング博士は思い出したのだ。
キング博士の右手が熱くなる。
視線を向けると、そこあったのは――デフォルメされたりんごの輪郭と、中心部に2つの点。
その2つの点は、紛れも無くりんごの種だった。
キング博士の目の前が煌々と輝き出す。
よく見るとそこにはりんごの種だできた魔法陣、または曼荼羅のような模様が光っていた。
光はだんだん光量を増していき、ついにはキング博士の視界を白く塗りつぶす程になる。
キング博士は眩しさに目を閉じてしまった。
――コトッと何かが地面に触れる音がした。
「私は此度の聖杯戦争において、アーチャーのクラスで召喚された。汝が私のマスターか?」
キング博士が眼を開けると、そこには異形の少女が立っていた。
翠緑の衣装を纏い、動物の耳と尻尾の様な物を付けている。
キング博士はストレスがピークに達していたこともあってか、全く事態が読み込めていない。
「誰なんだお前は!? 一体全体何を言っている!」
「だから言っただろう。私はアーチャー、真名ならアタランテという」
「いや、待て……全然わからんぞ」
「詳しい説明はいまからしてやる。まずは落ち着くことだ、マスター」
混乱からキング博士はアタランテに怒鳴ってしまうが、アタランテは極めて冷静な様子である。
アタランテは少々高圧的な態度だが、これはキング博士の第一印象が情けないせいであろう。
アタランテは近くの椅子に腰掛け、キング博士が落ち着くのを待った。
ともかく数分を要し、キング博士はようやく落ち着いた。
「さて、先程まで一般人だったせいで見苦しいところを見せたな。私はキングだ。よろしく、あー……アタランテ?」
「私を呼ぶ時は基本的にアーチャーと呼んでくれ。真名は無闇に晒すべきではないからな」
「そうか、なら改めてよろしく、アーチャー」
「ああ、よろしく頼む」
*
互いに自己紹介を終えた後、アタランテから聖杯戦争についての説明を聞いた。
キング博士はSCP財団で奇妙な物を沢山見てきた経験からか、大変飲み込みが早かった。
聖杯がなんでも願いを叶えると聞いた瞬間から、キング博士の表情は非常に明るいものであった。
全ての説明を終えた頃、アタランテがようやくキング博士に疑問を問う。
「聖杯の話を聞いた辺りからやけに嬉しそうな顔をしていたが、それほど叶えたい願いでもあるのか?」
「よくぞ聞いてくれた、と言いたいところだが――アーチャー、リンゴは好きか?」
「リンゴだと!?」
アタランテにとってリンゴは非常に因縁深い果物である。
生前アタランテは、リンゴのせいで望まぬ結婚をするはめになったからだ。
あらゆる男に徒競走で負けなかったアタランテは、父と「徒競走で勝った男と結婚する」という約束を交わした。
そして女神の力を借りた男が、アタランテの気を「黄金のリンゴ」で逸らして見事娶ることに成功したのだ。
あれから、アタランテが「リンゴがなければ、リンゴが憎い」と思わなかった日はない。
そしてアタランテは、キング博士にその思いの丈をぶつけてしまった。
「私はリンゴが大嫌いだ、何度憎いと思ったかわからない」
「そうか! それなら話が早い! 私の願いは、この世からクソ忌々しいリンゴを全て消し去ることなのだ!」
「え!?」
アタランテはあまりの驚きに、珍しく声を上げてしまった。
アタランテはリンゴが嫌いだが、それは策略に使われたからであって、食べる事は大好きなのだ。
むしろ好物と言って良い。
そもそも、嫌いな食べ物を見せびらかされたからといって競走中に気が逸れるわけがない。
アタランテは誰よりも愛深きゆえに悲しみ、憎さも100倍になっているだけである。
要するに、アタランテの言葉は、リンゴに対するツンデレ的な意味なのだ。
「ま、待て。聖杯をそんな程度の願いに使うつもりか? 失望したぞ、マスター」
アタランテは極めて冷静に、キング博士に反論した。
真意がバレないよう努め、同時に嫌いな物程度で使う事に対する本音も混ざっていた。
「そんな程度だと! これを見てもか、アーチャー!」
キング博士はゴミ箱を指差す。
中には当然、りんごの種。その他にも床や棚の隙間など、細かく見ればあちこちにりんごの種が散らばっている。
キング博士の体質を知らないアタランテは、その中の一粒を摘み上げる。
「なんだこれは? りんごの種?」
「そうだ、りんごの種だ。そしてアーチャー、君の今立ったばかりの椅子を見てみたまえ」
アタランテが振り返ると、座る前には何もなかったはずの椅子にりんごの種が落ちている。
「どういうことなんだ?」
「要約すると、私がりんご――いや、りんごの種に愛され過ぎているということだ」
まさか――とアタランテの頭に予測が浮かぶ。
いや、それは予測というよりむしろ確信に近い。
今回、アタランテのスキルの中にいつもなら現れないスキルが付加されていた。
『黄金のリンゴ』である。それはアタランテの持ち物に全てを魅了する黄金のリンゴを見せて、食欲に駆られた人を招きよせるといったものだ。
今回に限ってこのスキルが現れ、その上異常なほどに高いランクになっている。
アタランテは目の前のマスターとの関連性を疑わずにはいられなかった。
アタランテはスキルを使用し、黄金のリンゴを出そうと試みる。
「――なっ!?」
「お前、今手からりんごの種を出さなかったか?」
「いや、違う! これは私のスキルの一つをだな……」
アタランテがスキルを使うと、そこに現れたのは大量のりんごの種。
アタランテは思わずキング博士の視線からそれを逸らしたが、キング博士は一部始終を見てしまっていた。
思わず声が震えるキング博士。
急いでアタランテが種をかき分けると、そこにはきちんと黄金のリンゴが存在していた。
アタランテはホッと胸を撫で下ろし、それをキング博士に見せた。
「ほら、これは私の『黄金のリンゴ』というスキルで、敵を引き寄せる効果があるのだ」
「おおっ! 美味しそうなリンゴじゃないか――!?」
黄金のリンゴを見たキング博士は、思わず齧り付きたくなる衝動に駆られた。
あれだけリンゴ嫌いであるのに、黄金のリンゴを脳で認識した瞬間「うまそう」「食べたい」「リンゴ=美味しい物」という情報がキング博士の脳内に入ってきたのだ。
アタランテの説明によれば、相手に見えなくてもリンゴを出しているだけで引き寄せられるのだという。
異常なまでにランクが上がったこのスキルは、キング博士の認識までも変えてしまった。
(なんてこった、これは深刻なミーム汚染じゃないか)
キング博士は黄金のリンゴを危険視し始めた。
そんなキング博士をよそに、アタランテはキング博士がリンゴに好感情を抱いたと思い込んでいた。
「マスター、私の願いは“この世全ての子供らが、愛される世界”だ。リンゴの排除はこの願いの妨げになるかもしれん、――否、なるだろう。
ここはお前の体質を治すことを願いとしてはどうだ?」
「ん?……まあそうだな、それがいい」
もはや暴論の域だったが、考えこんでよく聞いていなかったキング博士はそれを了承した。
そこでアタランテは方針が決まったと判断し、話し合いの席を立った。
アタランテが店の中を見て回ると、そこはやはりリンゴ専門店、りんご尽くしである。
「なあマスター。このメニューの料理はお前が作るのか?」
「あぁ、聖杯に作れるようにされてしまったのだ。今日でもう店は閉めるがな」
「この、なんだ、アップルパイを焼いてはくれないか」
「……なんだって? お前はリンゴが嫌いなんじゃないのか?」
「敵を知らねばなんとやらだ。それに……味は嫌いじゃない」
壁に貼ってある店のメニューを見ながら、アタランテは言った。
リンゴ嫌いという癖にアップルパイを食べたがるアタランテに、キング博士は訝しむ視線を向ける。
アタランテの様子がどこかワクワクして見えたからだ。
最後にボソッと何かを呟いたが、キング博士には聞こえていない。
(さっきもうまく丸め込まれただけで、本当はアーチャー自身がリンゴ好きなのではないか?
いや、しかし最初にリンゴを嫌いだと言ったあの時の目は、確かに本物だった。
………まぁ、どうせ今日で店を閉めるつもりなのだ。リンゴをこのまま腐らせるよりはいいだろう)
悩みは晴れなかったが、キング博士はしぶしぶキッチンへ向かった。
キング博士は妙に手慣れてしまっている自分の体に、嘆きながら器具を揃える。
生地などは既に仕込み済みで、リンゴを選ぶだけである。
店頭に並ぶリンゴから適当に取ろうとした時、アタランテから声が掛かった。
「マスター、なにをしている。これを使え」
そういってアタランテがキング博士に持たせたのは、『紅玉』と書いてある棚から取ったリンゴ。
アタランテの顔は、もはやアップルパイへの期待を隠してなどいなかった。
キング博士は、ここで確信を得る。
こいつは、絶対にリンゴが嫌いじゃない――と。
【クラス】 アーチャー
【真名】アタランテ@Fate/Apocrypha及びGrand Order
【パラメーター】
筋力D 耐久E 敏捷A 魔力B 幸運C 宝具C
【属性】中立・悪
【クラススキル】
対魔力:D
魔術に対する抵抗力。、一工程(シングルアクション)によるものを無効化する。魔力避けのアミュレット程度の対魔力。
単独行動:A
マスター不在でも行動できる。
ただし宝具の使用など膨大な魔力を必要とする場合はマスターのバックアップが必要。
【保有スキル】
黄金のリンゴ:A+++
宝物である「黄金のリンゴ」を見せつけて、敵を近くへと引き寄せる。
普段の聖杯戦争ではこのスキルは出ないが、なぜか今回だけ発現している。
アルカディア越え:B
敵を含む、フィールド上のあらゆる障害を飛び越えて移動できる。
追い込みの美学:C
敵に先手を取らせ、その行動を確認してから自分が先回りして行動できる。
【宝具】
『訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)』
ランク:B 種別:対軍宝具 レンジ:2~50 最大捕捉:100人
弓や矢が宝具なのではなく、それらを触媒とした『弓に矢を番え、放つという術理』そのものが具現化した宝具。
“天穹の弓”で雲より高い天へと二本の矢を撃ち放ち、太陽神アポロンと月女神アルテミスへの加護を訴える。
荒ぶる神々はその訴えに対し、敵方への災厄という形で彼女に加護を与え、次ターンに豪雨のような光の矢による広範囲の全体攻撃を行う。
だが射撃を行っているのが彼女ではないため、照準は余り正確ではない。攻撃領域を彼女の意志で極度に限定して収束することも可能だが、元々の攻撃範囲が広いため、集団戦においては周囲の敵味方の配置を確認してから使用しなければならない。
『神罰の野猪(アグリオス・メタモローゼ)』
ランク:B+ 種別:対人(自身)宝具 レンジ:0 最大捕捉:1人
アタランテが仕留めたというカリュドンの魔獣、その皮を身に纏うことで魔獣の力を我が物とする呪いの宝具。
アタランテは召喚時点ではこの宝具の使用方法を理解しておらず、我が身を顧みない憎悪を抱くことによって初めて使用可能となる。
タウロポロスの封印と引き替えに幸運以外の全ステータスが上昇した状態となるが、Aランクの狂化を獲得したバーサーカーとほぼ同等の状態となってしまう。
敵を仕留めるための論理的思考は保てるが敵味方の識別は困難となり、場合によっては己のマスターでさえ識別できなくなる。
またAランクの変化スキルが追加され戦闘状況と纏った者の性質により形態が変化する。
【weapon】
天穹の弓(タウロポロス):
狩猟の女神、守護神アルテミスから授かった弓。引き絞れば引き絞るほどにその威力を増す。
アーチャー自身の筋力はDランクだが、渾身の力を込め、限界を超えて引き絞ればAランクを凌駕するほどの物理攻撃力を発揮することも可能。
【人物背景】
ギリシャ神話に登場する狩猟の女神アルテミスの加護を授かって生まれた「純潔の狩人」。超一流の狩人であり、神域の弓術の使い手。
アルカディアの王女として生まれるが、男児が望まれていたため生後すぐ山中に捨てられ、女神アルテミスの聖獣である雌熊に育てられる。
成長したアタランテはやがて並ぶ者なき狩人となり、ギリシャ中の勇者が揃ったというアルゴナイタイのメンバーにも加わり、カリュドンの猪の討伐を果たしていた。
技量も桁外れに高く、弓兵でなければ知覚すらできないような遠方から、闇に包まれた密林という視界が零に近い状況下で、高速で戦闘している標的にすら矢を必中させる。
眼差しは獣のように鋭く、髪は無造作に伸ばされ、貴人の如き滑らかさは欠片も無いため一見すると粗野な女性に見える。しかし他人を「汝」と呼び、自分達を「吾々」と呼ぶなど非常に古風な話し方をするため、不思議な気品がある。
考え方や死生観が獣と同じであるため、彼女にとって生きる糧は奪って手に入れるのが当たり前であり、過度な誇りは犬にでも喰わせるべき代物。
ただ、全く誇りを持っていない訳ではなく、退廃的な雰囲気や陰謀の気配を持った人間を嫌っている。
【サーヴァントとしての願い】
この世全ての子供たちが愛される世界。
【マスター】キング博士@SCP Foundation
【マスターとしての願い】
忌々しいリンゴを世界から消[修正済み]――因果もとい体質を治す。
【weapon】
なし。
【能力・技能】
気づいたらリンゴの種に囲まれている。
【人物背景】
SCP財団の職員。キングの行動全てにリンゴの種、及びリンゴがつきまとう。
リンゴの種に埋もれて気を失った際の精神世界の空飛ぶリンゴに、「お前はリンゴを生み出すために生まれたのだ。」とさえ言われる。
【方針】
なんとしてでも聖杯を手に入れる。その為にアーチャーとしっかり戦略を練る。
【捕捉】
クリエイティブ・コモンズ 表示-継承 3.0に従い、
SCP FoundationにおいてDr. Roget氏が創作されたDr. Kingのキャラクターを二次使用させて頂きました。
候補作投下順
最終更新:2016年03月13日 08:46