──「滝川空」の自宅の浴室では、その日、異常な量のシャワーの水が延々垂れ流され続けていた。
排水溝の上には透明なビニールが敷かれ、その上には長い髪の毛が引っかかり、海藻のように揺れている。
そこに向かって一心にせせらぐ水は、微かに絵具が溶けたような薄い紅色を伴っていた。
中には、髪の毛に交じって濃厚な深紅も覗いていたが、それも無色透明の水の勢いに負け、だんだんと色を薄めていく……。
それは、既に「作業」の「最初の行程」が随分と進んでいる事を示していた。
茶髪の青年──ソラは、それを行っている間中、ずっと考えを巡らせている。
作業自体は手慣れた物だ。
どんな異常な行動をしながらも、彼は普段通りに思考する事が出来る。今やっている事は、料理と大差ない。
「──」
……が。
考えてみれば、この場に来てから、こういう事態に発展するのは初めての事である。
そして、この面倒なやり方での「作業」も久々だ。
何せ、彼は昨日まで本当に「滝川空」そのものだったし、もっと前には「グレムリン」として別の世界で生きてきたのだ。
ソラは昨日まで、自分が「ファントム」という怪物だった記憶すら消されて、久々に至極真っ当な「人間」をやっていたらしい。
人間になりたいという彼の悲願は、皮肉にも僅かな時間だけでも叶っていた事になるといえる。
──それは、まったく、今振り返っても茶番劇に近かった物だが。
「ふふっ」
ソラは、わけもなく、挑発的に笑った。
……なるほど、事情はわかった。聖杯戦争、なる物にも理解は及んだ。
昨日まで、ある意味では「叶っていた」と言っていい自分の願いを、もっと永久的な物に変えられるのがこの聖杯戦争なのだ。
人間になりたい。──その純粋な希望。それが叶う時が来そうだ。
こうして全てを知る事が出来たのは、今日出会った少女のお陰である。
その少女には感謝しなければならない。
「ふははっ……」
────そして、今もその少女は、目の前にいる。
そう、乱雑に四肢と首をバラバラに切り取られた、死体となって──。
(ありがとね、きみには随分良い事を教えてもらったよ♪)
先ほどまでは美しい容貌だった筈のその少女の首は、彼女を知る人が見ても判別がつかない程に命の色を失っていた。
艶めかしい筈だった十代の裸身も、六つに切り取られてしまい、そのパーツの一つ一つは見る者の血の気が引くほどの青白さにまで冷え切っている。
……何せ、今、体中の血液がすっかり、シャワーの水で流されているのだ。
これは、ソラが滝川空だった頃からたびたび行っていた「死体処理」の方法の、パターンの一つだった。
……まず、こうして血を全て水で流す。
その後で死体を解体し、臓器をミキサーにかけて潰し、肉や皮はサイコロステーキのように細かく切り取ったり、ちぎったりするのだ。
その作業が終わった後は、肉片と臓物ジュースは便所に流すか、動物の餌にする。
全て終えると、もう残るのは骨くらいの物で、それは砕いて川に流してしまうという手段がいちばん楽だった。
確かに手間がかかるのだが、こうすれば死体が見つかる事はないので、被害者は「行方不明」になってしまうわけだ。
今は、その最初の「血を全て水で流す」という工程が丁度終わったという所である。
あらかじめ全部バラバラにしておくのは、血を迅速に抜き取る為だった。
──ファントムになってからはこんな方法は使わなかったのだが、思えば、人間である時は、やはり罪から逃れる為にこうして死体を消さなければならなかった。
考えてみると、それも随分懐かしい話だ。殺人を行う場合、死体処理に困るが、それに慣れてしまえば、あとは簡単である。
今回は、「魔力」の節約の為にも、いささか不便な方法での死体処理を行わせてもらった。
自分の呼んだサーヴァントがわかっていない現状、どの程度までなら魔力を使って良いのやら、ソラにはまだ実感が無かったのである。
魔力が対価として要される事は既にこの死体の少女に教えられているが、その塩梅というか、加減というか、それがまだわからないうちはあまり無暗に使わない方が良いと思ったのだ。
尤も、彼女を脅していろいろ聞き出す為に、一度「グレムリン」の姿に変身してはいるのだが。
「……にしても、アンラッキーだね~、きみも」
滝川空が生前殺した人数は、記憶にあるだけで数十名に上っていた。
そして、それは、全て、「ある特徴」に符号する女性である。
──今、死体になっている名も知らぬ女性にしても、生きている内はそれに該当していた。
「まあ、そういう運命だったと思いなよ。僕もそうする事にするから」
──やはり、彼女は、いくつもの不運の連なりによって殺された少女だった。
第一の不運は、艶のある黒い髪を持っていた事。
第二の不運は、たまたまその日は、親に買ってもらった白いワンピースを着ていた事。
第三の不運は、その恰好で、「滝川空」が務める美容室で髪を切ろうとした事。
この条件を重ね持った彼女を見たソラは、「記憶」を取り戻してしまった。──きっかけとしては、これだけでも充分すぎただろう。
ただ、ソラは聖杯戦争などという物は全く知らなかったので、マスターとして襲ったわけではない。「白い服で長い黒髪」だったその十代の少女を殺しておこうとだけ考えたのだ。
その為に、この客を見送った後、理由をつけて即座に退勤し、帰る途上にあった彼女を気絶させ、手際よく連れ去った。
そして、彼女の髪をばっさりと切っていた時、目を覚ました彼女のうなじに、妙な紋章がある事に気づいた。
記憶を取り戻したソラの胸にも、同じような魔力を伴う紋章が出来ていたので、それが気になったのだ。
彼女なら何か知っているかもしれない……と思い、ソラは、グレムリンに変身して、彼女を脅して、紋章について詳しく聞いた。
それから、彼女は怯えて泣きながら、知る限りを全て語ってくれた────そして、その後で、ソラは彼女を殺した。
それが、今ここに至るいきさつの全てである。
「さて──」
そろそろ、彼女の身体をもっと細かく切り刻んで棄てる準備をするか、とソラは思った。
血はこれだけ抜けば十分だ。あとは、早い内に行った方が手際よく後の作業を行える──。
と、思った、その刹那である。
「──!?」
ソラは、自らの背後に、高い魔力を持つ者が「瞬間移動(テレポート)」してきたのを感じ、振り返った。
この反応は、おそらく、この少女のサーヴァントか、あるいは自分のサーヴァントか──高い魔力だ。
死体処理を行っている時に他人が現れるのは、さすがのソラも肝が冷えるというものである。
しかし、そこにいるのが人間ではないとわかると、ほっと一息ついた。
「ピポポポポポポポ……」
どこからか奇妙な電子音が鳴った。
何やら、このサーヴァントから発される鳴き声のような物らしい。
──そこにいたのは、ほとんど半裸と言っていい姿の少女だった。
手足と乳首と腰だけを隠したかのような──痴女じみた服装である。
髪は長いが、色素は薄い紫色で、白い服なども着用していない。
怜悧な瞳をしているが──ソラに、敵意を向けたり、戦意を見せたりする事がなかった。
まるで感情のない機械のようなタイプだった。
「………………ハロ~♪ 待ってたよ。──きみが、僕のサーヴァントだね?」
ソラは、それがおそらく自らのサーヴァントだろう、と確信する。
仮にこれが敵のサーヴァントだとしても、ソラはファントムとしての姿に変身してある程度なら渡り合い、自分の身を守る事も出来る。
そして、──彼は、無邪気な笑みを見せた。足元に、ばらばらの死体を放置したまま。
ソラは訊いた。
「えーっと、きみは、『セイバー』?」
ソラは、彼女の様子などお構いなしに、七つのクラスを頭の中で浮かべる。
少女に聞いていた聖杯戦争のルール上、サーヴァントは通常、七騎のいずれかに属する事が多い──。
そのうち、目の前のサーヴァントの場合は、どのクラスに属し、どう運用するのが正しいのかを確かめようと思ったのだ。
しかし、剣を武器としている様子はなかった。
「──じゃなさそうだし、『アーチャー』でもなさそうだね……」
「?」
「あっ、わかった。『アサシン』だ」
「……?」
「……じゃあ、『バーサーカー』か。違うかな?」
そう聞くと、彼女が、「ピポポポポポポポ……」とまた電子音を発した。
バーサーカー、という単語に反応したと見える。
いずれにせよ、言語らしい言語が返ってこないのを見ると、確かにバーサーカーに間違いなさそうである。
どうやら、バーサーカーである彼女には、言語を理解する能力もろくにないらしい。
問題は、それに見合う戦闘力を本当に有しているかだ。
今のデータでは、自らのサーヴァントが強力であるのかは、ソラにも判然としなかった。
他のサーヴァントがどれほどの実力であるのかを知らないので、相対的に見る事も出来ないのだ。
そんなソラの疑念をくみ取ったわけではないようだが──バーサーカーは、ソラの足元に落ちているばらばらの死体を、ふと見つめた。
それが、何かをコレクションする行為ではなく、「処理」する様だと理解したバーサーカーは……それから、少し思考する。
思考、はあるらしい。
実際のところ、ここに来たのも、令呪を得たマスターを感知し、そこに近づくようにテレポートを繰り返してきたからである。
バーサーカーは、六つに分けられた死体を凝視した──。
「……」
そして──次の瞬間。
「っ!」
──バーサーカーの胸部から、突如現れた炎の球が飛んだ。
その熱量を間近で感じ取ったソラは、一抹の危機感を覚えた。
咄嗟にグレムリンへと変身して空の浴槽に向かって飛び込んだソラ。
自分が狙われたのかと警戒したが、実の所、バーサーカーが的にしたのは、違ったらしいとすぐに気づく──。
「!?」
ソラがもといた場所を見ると、そこにあった死体が跡形もなく消えている。
そして、死体を焼いた時のあの匂いが、ほんの微かにだけ鼻孔をくすぐった。
──そう、彼女が、やったのだ。
ソラの為、というわけではないだろうが、邪魔になりそうなものをいち早く処分してくれた。
それは、視界に入るのが不快だったからかもしれない。
あまりソラに忠実なサーヴァントであるようには見えなかったが、いきなり役に立ってくれた。
「……」
再び、人間の姿に戻ったソラは、バーサーカーの方を見た。
バーサーカーにも、もう何か攻撃意志を発動するつもりはないらしく、相変わらず冷徹な瞳で、黙して立っている。
それを見ていると、ソラにも笑いがこみあげてきてしまった。
「……ふふふふふっ」
──なるほど。
聖杯戦争、という物の要領がわかった気がする。
自分のサーヴァントがどれくらいのエネルギー量や威力を持つ武器なのか。
それに伴う魔力消費はどの程度起きるのか。
勿論、魔力が微かに減少した時点で、バーサーカーが己のマスターである事は確信へと変わる。
「わかったよ、これからよろしく。バーサーカー」
わかった。やはり、彼女はミサと同じだ。
少女の姿でありながら、それは確かに狂戦士と呼ぶに値する──。
ソラがそう思っていると、突然に彼女のもとから鳴き声が聞こえた。
「ゼットーン……」
そう、バーサーカー──その真名は、「宇宙恐竜ゼットン」と言った。
【クラス】
バーサーカー
【真名】
宇宙恐竜ゼットン@ウルトラ怪獣擬人化計画 feat. POP Comic code
【パラメーター】
筋力A 耐久A+ 敏捷A+ 魔力B 幸運A 宝具A+
【属性】
混沌・狂
【クラススキル】
狂化:E
通常時は狂化の恩恵を受けない。
というか、元怪獣なので最初から言語能力や思考力がそんなにない。
これ以上言語能力や思考力が落ちる事もなく、能力を引き上げるとして狂化を使う事は不可能(他人の言葉にリアクションを起こす事はある)。
【保有スキル】
仕切り直し:A
戦闘から離脱する能力。
彼女の場合は、瞬間移動によって戦闘から即座に離脱する事が出来る。
ただし、それは原則的に自己判断に依る。
無辜の女子高生:C
生前の行いから生じたイメージによって、 過去や在り方をねじ曲げられた『無辜の怪物』の逆バージョン。
バーサーカーの場合、元々は怪獣だったにも関わらず、人々の欲望が投影され、外見やサイズが女子高生程度の美少女と化している。
当時の60mという巨体を再現できる事もできない為、マイナスのスキルであるが、能力や強さは美少女化しても健在(そもそも、このスキルの無いゼットンは、呼んだ時点でマスターが死ぬ)。
尚、このスキルを外す事は出来ない。
【宝具】
『最後の怪獣(ゼットン)』
ランク:A+ 種別:対人宝具 レンジ:不明 最大捕捉:不明
宇宙恐竜ゼットンが生前、ウルトラマンを打ち破り勝利した逸話から生まれた宝具。
ウルトラマンが戦った最後の相手である故の異常なまでの強さと、「主人公を殺す」というお約束破りを平然と行う空気の読めなさ等がそのまま宝具として成立しており、常時発動して敵のあらゆる補正を消し去ってしまう。
鋼鉄の数百倍の固さを持つ身体で、顔部分からは1兆度という桁違いの温度の火球を吐き出す、敵の光線を吸収して跳ね返す……といった、ふざけた能力設定もまたこの宝具の一部である。
バリアーや瞬間移動、壁抜けなどのトリッキーな手法で敵の攻撃を回避してしまうような、正攻法で倒すのが困難になりそうな小狡い設定も同様。
つまり、ラスボスとしての桁違いの強さと、主人公を殺す補正破りの二点の情報が、ゼットンを構成する宝具なのである。
【weapon】
なし
【人物背景】
元々は、「ウルトラマン」の第39話に登場し、ウルトラマンを倒した怪獣。
原典では、身長60メートル、体重3万トン。出身地は宇宙。ゼットン星人によって地球に連れてこられ、ウルトラマンや科学特捜隊と戦った。
しかし、ウルトラマン(というか科学特捜隊)に敗北した為、現在は美少女になり、擬人化怪獣たちの街を彷徨っている。
敗れた怪獣の行きつく「怪獣墓場」は、実質的に「英霊の座」と同じ役割を果たしており、そこから呼ばれた形になる。
【サーヴァントとしての願い】
不明。
【マスター】
ソラ@仮面ライダーウィザード
【マスターとしての願い】
人間になる事。
【weapon】
日用品以外は特になし。
【能力・技能】
『グレムリン』
ソラが変身する事の出来る、緑の姿の上級ファントム。「ラプチャー」と呼ばれる鋏にもなる双剣を武器とする。
身軽で俊敏な動きを駆使して狭い場所や高い場所を素早く移動し、更には壁をすり抜けるという能力も披露した。
尚、賢者の石を入手していない時期の参戦である。
【人物背景】
ワイズマンに仕える上級ファントムの一人。
生前は「滝川空」という明るい美容師の男性だったが、彼はファントムでありながらこの人間の時の人格を有している(通常のファントムは素体となった人間の人格を完全に乗っ取る)。
その為、「人間になる(人間に戻る)」事に固執し、それを己の「希望」としている。
ちなみに人間の頃からファントム以上に凶悪な殺人犯であり、「白い服を着た長い黒髪の女性」の特徴に一致する客を次々と、髪を切ったうえで殺害していた。被害者は数十人に上る。
この猟奇殺人に走ったのは、白い服で長い黒髪の彼女に裏切られ、捨てられたトラウマが原因によるものとみられる。
一応、本編のラスボスだが、現在の能力でいえば、作中終盤に登場する「白い魔法使い」に劣る。
能力が強いラスボスというよりは、主人公の操真晴人と対になり、晴人の導き出した答えをぶつける為のラスボスという感じである。
【方針】
己の願いの為に、他のサーヴァントを全て殲滅する。
候補作投下順
最終更新:2016年03月03日 11:59