始まりは、いつも、そう――――…………少し、えっちいハプニングから始まる。





◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ……日本の一般的な高校生ならば経験があるだろう。
 班ごとのローテーションで放課後に回って来る、「掃除当番」という仕事。
 社会経験を積む為の一つのシミュレーションとして、生徒の情緒を鍛える日本特有の教育プログラムだ。
 共学の場合、多くは、男女混合の班が割り当てられ、それは口下手な男子にも女子との事務会話の口実になる。
 故に、面倒でも実は嫌いじゃないという人間も少なくない。


 ――――が、そんな事は、ここから先の話には、実はあまり関係ない。


「うわああああああああああああっ!!!!!!!!」

 結城リトが自身のあるべき姿を思い出したのは、掃除の時間であった。
 モップに躓いて、体のバランスを崩し、転落した先に――同じ班の女子の集団がいた。
 そして、彼は、物理法則に従うように落ちていく中で、一人の少女のスカートの中へと顔が吸い込まれていった。
 それは、全く、彼が意図したわけではない――というか、何億分の一という確率でしか起こりえない、純然たる事故だった。
 しかし、顔全体で、蒸れた肉体とふわふわした布の柔らかさを感じ、鼻先で花園の香りを嗅ぎながら――結城リトは、「前にもこんな事があったような……それも、何度となく……」と、自身の性を思い出す。

 ――はっ、と。
 リトの頭の中が、その瞬間から切り替わった。

(春菜ちゃん……ララ……!)

 ……など、他数名。リトにとって、大事な女性たちの事が、思い出された。
 なぜ、忘れていたのかわからないくらいに、大事な……みんなの事だ。
 自分を好いてくれている女の子や、自分が好いている女の子たちの事を――リトは、全て、このクラスメイトの名もなき女子のスカートの中で、思い出した。

(そ、そうだ……! オレは……!)

 ――いつも、こうだった。
 何故か、結城リトは、当人の意思と関係なく、それはいわゆる、一つの不可抗力という奴で――いつも、女の子の股間や胸に、突っ込んでしまう。
 そんなうらやましい因果を引き寄せるのが、リトの血筋なのだ。
 それは、たとえ、彼が記憶を失い、全くの別人になったとしても、魂を洗い流されて別の存在へと変わったとしても、おそらく変わる事のない因果である。
 仮に、聖杯にこの体質を変える願いを託したとしても、聖杯が聞き入れないだろう。
 故に、今、こうして、全て忘れたリトにも、ラッキースケベが、降りかかったのだ。

 そして、そんなリトが、この聖杯戦争において、全ての記憶を覚醒させる引き金となったのも、やはり、女の子のスカートの中に突っ込んで全てを感じた瞬間であった。

 ――「そういえば、この数日、このパターンが無かったな」と、ふと思ったのだ。
 これまで、リトがこの何億分の一かの確率を引き当てた回数は、一度や二度ではない。
 宇宙の王となるに相応しい器は、さすがに女の子の股間に偶然突っ込んでいく回数も桁違いであり――彼の場合は、それが全てを動かす歯車となるのである。
 あらゆる記憶が、頭の中に蘇った。

「な、なにあれ……」「変態……?」「不順異性交遊か?」
「いや、事故でしょ……あれ、大丈夫か?」「死んでるとしてもうらやましい」
「本当は意識あるんじゃねえの?」「保健室の先生呼べ! 救急車でもいいぞ!」

 ざわざわと声が漂い始めた周囲。
 当たり前だ。
 階段から落ちた男が、既に一分近く、女の子のスカートの中に頭を突っ込んだまま、動かないのである。てっきり、どこか悪い部分でもぶつけたのかと心配するに違いない。

 女子の方は幸い、怪我がないようだが、ほとんど放心して固まっていた。
 実際にスカートの中にリトの顔がある女の子の方としても、どう動かせばいいのやらさっぱりわからないまま、腰を抜かして動かない。
 そんなお嫁にいけない状態のまま、男子、女子、教師……属性を問わず、徐々に人だかりが出来ている。
 と。

「思い出したーーーーー!!!!!」

 リトは、唐突にスカートの中から顔を出し、立ち上がった。スカートがめくれ上がり、水玉模様が一瞬、野次馬たちの目に映り、「おおっ」と歓声が上がった。
 まあ、それはそれとして、階段から落ちて頭を打って記憶喪失になる人間は数多くいるが、階段から落ちて女の子のスカートの中に突っ込んで記憶を取り戻した人間は数えるほどしかいないだろう。
 リトはこの瞬間、その一人になった。
 とにかく、リトは野次馬たちを一周見る。

「――」

 ――やはり、変だ。
 この人たちの顔は、ここ数日でよく知っているが、本当の自分は、この人たちと過ごしていたわけじゃないはずだ……。
 何故か、結城リトの学園生活は、本来の学園生活と全く別の物として、突然に一新されて始まっているのである。

 そう――これまでリトが通っていた彩南高校とは、人員も名前も異なる高校にいる。
 いつの間にか、誰かが勝手に、新しく始めてしまっていたのである。
 そういう事をしかねない知り合いなら何人かいるが――しかし、目的がわからなかった。

「どういう……事なんだ……?」

 悲しい事に、ここにはリトが想いを寄せているクラスメイトのララや西連寺春菜もいなければ、小手川唯や猿山のような友人たちも誰もいなかった。
 どれだけ見回しても、いるのは、それまでの人生で関わった事がないはずのクラスメイトたちだけだ。
 ――どういうわけか。
 強いて、この世界にいるとわかっているのは、帰るべき家にいる妹の結城美柑くらいのもので――どこに行っても、それ以外の知り合いが自分の周りにいなかった。

「なんでオレ、こんな所にいるんだ!? ララは!? はる……西連寺は!? ――ここは、どこだよ!?」

 そう言って立ち上がると、ざわざわと声が鳴り始めた。
 リトがおかしくなったと思っているらしい。やはり救急車を呼んだほうがいいか……といった話までしている連中がいる。
 おかしくなったわけじゃないんだ、と叫びたかった。

「――……」

 ……まあ、それはともあれ――スカートの中に突っ込まれた女の子の方からすれば、意識があるにも関わらず、一分ほどずっとスカートの中に顔を突っ込まれ続けていたのだからたまらない。
 リトがどれだけシリアスにやろうとしても、隣には、リトのラッキースケベの犠牲になった女子がいるわけである。

 次の瞬間、


「結城くんのスケベ~~~~~っ!」


 ――――ぺちんっ!!!

 お約束とばかりに、ビンタがリトの頬を打った。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 そのまま、リトは荷物をまとめて、帰宅しようとしていた。
 リトの左の頬には、真っ赤な手形が出来ていて、それはズキズキと痛んだ。
 しかし、リトはそんな痛みはまだ容認できた。「保健室に行け」という先生の指示も、「大丈夫です」と上手くかわして、すぐに帰って治すと宣言している。
 実際、階段から落ちた痛みもビンタの痛みも微々たる物で、リトにとっては、この「自分の大事な人たちが一斉に姿を消した世界」で過ごしている事の方が重大だった。

 心にぽっかりと穴が開いたみたいである。
 騒がしいけど大切な――そして、大好きな人たちが、この世界には、いない。

(――まったく、一体、どうなってるんだ? またララたちの変な発明なのか……? でも、この世界って……)

 過去にもそんな話があった気がするが、しかし、「ララたちがいない世界」なんて作ってどうするのだろう。
 何かの事故なのかもしれないが、どうしても気がかりだった。

(どっちにしても、こんな世界にオレはいられない……早く、どうにか抜け出して、元の生活に戻らないと……)

 これが何の実験になるのか――一刻も早く、自分を元に戻してほしい所である。
 リトは、とてもではないが、こんな世界にはいられない。今にも気が狂ってしまいそうだ。
 クラスメイトでもなんでもない人間たちをクラスメイトにして、充実感のない日々がこのまま続いてしまうなんて嫌だった。

「うん……?」

 思案気な表情で帰り道を歩いていると、ふと、リトの前に一人の少女が立っていた。
 リトの方へと影を作って――、そう、十三歳か十四歳くらいの、女の子が。
 顔は、眩い夕日で、すぐには見えなかった。

「待ってました――マスター。学校の時間が終わるまで、ここでずっと……」

 凛とした声で、彼女はそう言った。――だんだんと近づいてくる。
 黒衣に、金髪――見覚えのある、懐かしい美少女。
 怜悧で、華奢で、どこか暗い影を落としながらも……優しさを伴った笑みで、彼女はリトを見ていた。
 リトには、その姿に見覚えがあった。

「ヤミ……?」

 それは、間違いなく、リトが知る――『金色の闇<ヤミ>』という少女の姿だったのである。
 彼女もまた、リトの仲間であった。――だから、ここに、彼女がいるという喜びで、リトは目をゴシゴシと擦った。
 心細い中でも、どうやら、ちゃんと自分の仲間がここにいてくれたのだと思って……。

「ヤミ……ヤミなんだな……!」

 自分が知っている友達が、誰もいない世界で再び――ヤミに会えたのだという喜びで、思わずリトは走り出す。
 身体が勝手に動いてしまっていた。

「良かった……! オレや美柑以外にも、ここに、知ってるヤツがいてくれて――」

 そう言って、“ヤミ”に近づいていくリトだったが、当の“ヤミ”は、リトが何を言っているのかわからないと言った様子で、「?」を浮かべている。
 なんだかわからないが――。

「え?」

 とにかく、リトが一人で感激して近づいてくるので、彼女の方にも少し警戒が芽生えていた。
 ――彼と関わらなければならない、という運命は、変わらないにせよ。
 向かってくるリトは何か勘違いをしているのでは? ――と、薄々ながら、“ヤミ”は思っていた。

「あだっ」

 と、偶然、リトの足元のアスファルトが若干ぼこっと崩れていた。
 そこに、偶然、リトのつま先がはまったのである。勢いよく走っていたので、靴が脱げた。
 で、偶然、リトがバランスを崩し、偶然、リトの身体は宙を舞った。

「あっ……――!」

 そして、リトのスピードとタイミングが絶妙なまでに合ってしまった為に、天文学的な確率で、リトは“ヤミ”の身体の方に飛んでいく。
 それが、はたまた、偶然にも、“ヤミ”の衣服に手をかける形になってしまい、それを縦一直線に引き裂いてしまう。
 そうなると、“ヤミ”の衣服がリトの力で下着ごと破れていき、上半身の肌が露わになり、それから少し遅れて、リトの顔がそこに埋もれ、押し倒すような形で、二人は重なり倒れた。

「うわあっ!!」

 ――という感じの、およそあり得ない偶然の重なりで、見事、リトは、相変わらずのラッキースケベを発動したのだった。
 この、“実は初対面の少女”に向けて――服を引き裂いて裸になった胸に、顔をうずめて押し倒すという形で。
 幸い、通行人はいなかったが、もしいたら、犯罪者そのものに見えただろう。

「……――――~~~~~ッ!!!」

 次の瞬間、彼女は声にならない声を発しながら、長い髪の毛を巨大な二つの拳へと変えて、リトの顔面を何度となく殴打した。
 リトの意識は、それから数分間、途絶えたままになった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ……一件落着、というわけではないが。
 安心のパターンがわかってきたところで、事情は全て結城家の茶の間で説明された。

 まだ妹の美柑はギリギリ家に帰ってきておらず、割とスムーズに彼女を連れてくる事が出来る形になった。
 どちらにせよ、この時間なので、美柑もすぐに帰って来るだろう。
 その時に、自分の部屋に女の子がいたら言い訳できないので、いざという時は、「そこで迷子になっていたから家にあげたんだ」と逃げ道を作れるよう、こうして客間にあたる場所で少女から事情を聞き出す事にしたのだ。
 顔面がぼこぼこに腫れているリトだが、暴力の事はひとまず忘れて、胡坐を掻いてリラックスしながら、少女の話を聞いていた。

「――聖杯戦争……?」

「はい。貴方は、いま、聖杯をめぐる戦いに選ばれています」

 リトに、少女は自分の知る全てを説明していた。お茶をすすりながら。
 少女の顔色は相変わらず不機嫌であるが、既に衣服は完全に修復されている。――髪の毛が自在に変わるように、衣服もまた「ナノマシン」で自在に作り上げる事が出来るのである。

「……」

 お茶を飲んで、ほっと一息つくと、少し冷静になった。

「そして、私の名は『ヤミ』ではなく、『ランサー』――本名は、『イヴ』ですけど。私が、貴方がこの聖杯戦争で引き当てた、『サーヴァント』なんです」

 彼女がそう名乗る。
 ランサーと名乗る少女の方を、疑わしそうにまじまじと、見つめるリト。
 ――別人と言われても全く納得できない程に、イヴとヤミは似ていた。
 ……というか、性格以外は明らかに同一人物だった。

(どう見ても、ヤミなんだよなぁ……)

 姿が似ているとか以前に、身体をナノマシンで変化させる性質が同じ人間など、早々いる物ではない。
 そもそも、ヤミ自体が「プロジェクト・イヴ」で生み出された「イヴ」という名の存在だったような……。

「……あの。そんなに似てるんですか? 私と、ヤミさんって……」

「あ、いや……」

 似ている、などという次元ではないが。
 ――まあ、その辺りはあまり気にせず、本人が主張している通りだった事にしよう。
 実際、性格は明らかにヤミとはずいぶん異なっているし、仮に彼女がヤミだとしても、あのヤミがこんなに器用にリトを騙せるわけがない。
 もしかすると、ヤミと同じように、ティアーユ博士のクローンなのかもしれないし……。
 深入りするのをやめ、リトはランサーの言う事を信じ、彼女から聞いた話を全てちゃんと把握する事に努めようとした。

「――……うん、確かに似てるよ、すごく。でも、別人なんだろ? じゃあ、俺はランサーの言う事を信じるよ。……で、聖杯戦争って、一体何なんだ?」

「……そうですね。じゃあ、そこからきちんと説明します」

 リトが一番訊きたいのは、自分が巻き込まれているという状況だ。
 それから、ランサーは次々とリトに説明を始めた。

 ――聖杯という願望器と、それを巡る魔術師『マスター』たち、そして、魔術師が呼ぶ英霊にして、使い魔の『サーヴァント』。その戦いの舞台、『東京』。
 命令を聞かせる為にあるが、使い切ると脱落してしまう『令呪』。サーヴァントたちが持つ『宝具』。
 七つのクラス――『セイバー』、『アーチャー』、『ランサー』、『ライダー』、『キャスター』、『アサシン』、『バーサーカー』。

 そう、それが聖杯戦争のルールだった。
 イヴもまた、サーヴァントの一人『ランサー』の資格を持つ存在である。

「――」

 リトが巻き込まれたのは、そんな日本の都市で起きる、日常の裏側の恐ろしい夜の戦争だったという事だ。
 他のサーヴァントたちは、もしかすれば、自分の願いの為にリトやイヴを殺しに来る――そういう者たちばかりかもしれない、という。

 リトは、自分が理不尽に巻き込まれた現実に、絶句する。
 イヴとヤミ、という鏡面のように酷似した少女たちの事など忘れるほどに。

「……ちなみに、ララさんと言う人たちは、おそらく聖杯戦争とは何の関係もありません。このトーキョーでは、おそらくマスターの記憶を改竄する形で聖杯戦争の参加資格を決めている……という事ですから」

 当たり前だ。
 ララたちがこんなにも悪趣味で凄惨なゲームを考えるなんて、そうだと言われたって信じないだろう。
 やはり、リトの本来預かり知らぬところで起きた予想外の事態がこの聖杯戦争なのだ――。

「――マスター……いえ、リトさん。貴方は、これからどうしますか?」

 リトが愕然としている所で、ランサーがこう訊いた。
 おそらく、リトが恣意的に選ばれたマスターだったから、というのもあるのだろう。安全地帯にいた人間が、突然赤紙で戦場に駆り出されるような物だ。
 魔術師の素養もなければ、聖杯に託す願いも無い普通の少年が、これから聖杯戦争で戦いぬかねばならない……というのは、少し酷であろう。
 だから、あえてマスターではなく、「リトさん」と呼ぶ。突然、誰かの「主」になるというのも変だ。

「……突然、不可解な状況に巻き込まれて混乱するのはわかりますけど、動かなければ敵が襲ってきます。――尤も、どう動けばいいのかは、私にもまだわかりません」

「……」

「それでも、ここから脱出するにも、なるべく早く情報を集めた方が良いと思います。同じ境遇にある仲間を探すとか、この模造のトーキョーを散策するとか……出来る事はあります」

 それに、リトは、こんな所にいるよりもとにかく元の世界に帰りたいのだろう、と、ランサーは思っていた。
 実際、元の世界にいる「ヤミ」という友人とランサーを重ね合わせたくらいなのだから。
 記憶を取り戻した彼にあるのは、友人と逸れて、見知らぬ異世界に捕らわれ、命を狙われるという心細さだけである――。
 このくらいの事は、ランサーにもすぐにわかった。

 だから、彼に選択の余地を与えてみる。――選択は早い方が良い。
 これから、他のサーヴァントたちを倒して生き残るべきか、それとも、この世界から抜け出していくべきなのか。

「それは……」

 訊かれて、リトが少しだけ、どもるが、どんな選択をするのかは、全て、リトに任せる事にした。答えを出さないのも仕方ない。
 確かに選択は早い方が良いが、それでも無理強いする物じゃない。
 勿論、他人を殺す事なんてしたくはないが、それもリトの立場をわかったうえで彼の意見を尊重するようにしたい。
 ――それが、おそらく、サーヴァントという存在の役目なのだ。

「……」

 しかし――それでも。
 彼が答えを出す前に、彼を横から支えるように、彼女は言った。

「ただ、もし、貴方に帰るべき場所があるのなら…………私は、必ず貴方をそこに帰す為に最善を尽くす――それだけは、約束します」

 ランサーがこう言って、それから、リトは、また少し考えた。
 ランサーは、答えを待ってみた。

「……」

 そして、それから、すぐに答えが彼の口から絞り出された。

「――――うん。わかった、決めたよ」

 リトは、かつてなく実直な瞳をランサーに向けながら、宣言する。
 ランサーの鼓動が、一瞬、どきりと動いた。

「……俺、こうするよ。この聖杯戦争から、抜け出すか、それか――“この聖杯戦争自体をやめさせる”。元々、他のヤツらを倒してまで手に入れたい物なんてないんだからな」

 リトの声は溌剌としていて、これから前向きにこの聖杯戦争から生き残り、元いる場所に帰ろうという意思がみなぎっているようだった。
 知り合いに似た少女と協力しながら、上手にここから脱出したい、というのがリトの下した判断だ。

 ランサーは、これまでより、少し柔和に、リトに微笑む。
 このマスター――結城リトは、思ったよりも、ずっと強い人間らしい。
 いや――普通の人間より、きっと強い勇気や信念の通った男子高校生だった。
 スケベである事を除けば、概ね、信頼できる――と思う。

「でも、その為に君だけを頼る事はしない。オレも一緒に頑張って、それでここから脱出する。――女の子に任せっぱなしなんて、やっぱり男として恥ずかしいしさ」

 ランサーにとって、それは少しだけ、むっとする言葉でもあったが、しかし、やはりリトは憎めない性格だ。
 普通なら少しは恐れるような聖杯戦争を前にも、立ち向かう意思を見せている。
 それに、きっと、他人を傷つけるのを嫌う、優しい性格なのだろう。それが、彼の言葉から見て取れた。

「……わかりました。それが貴方の考えなら、私はそれに従います」

 ……充分、力を貸せる。
 嫌な相手じゃない。
 もし、ランサーが「イヴ」として相反する考えの持ち主だったなら、きっと、協力すると言っても、どこまでも本気になる事はできない。
 しかし、彼ならば――余す事なく、力を貸してやれる、とわかった。
 サーヴァントとしての仕事は、自分の全てをかけてリトを守り――彼の掲げる方針に全力で応える事だろう。
 ランサーは、右手をリトに向けて差し出した。

「――え?」

 と、リトが疑問符を浮かべた。

「共同戦線のしるしです」

 握手しよう、という事だ。
 ランサーの小さな右手が、リトの前に在る。
 リトは、ランサーが協力してくれるというのは本当だとわかったようで、嬉しそうに、ランサーと右手を重ねようとした。
 聖杯戦争で引き当てるサーヴァントはランダムで、下手すると『バーサーカー』なんていうトンデモない奴を引き当てるかもしれなかったのだ。最悪、ルールを教えてくれなかったかもしれない。
 しかし、自分の引き当てたサーヴァントは、悪い奴じゃなかった。
 これは、最悪の状況に巻き込まれた中でも、唯一のラッキーだ。

「ああ、これから、よろし――」

 握手には応えよう、と。


 ――――と。


「あっ」

 握手の為にランサーに近づこうと立ち上がった時、唐突に足が痺れた。――まあ、畳の上で胡坐を掻いていたので、そういう事もあるだろう。
 しかし、そのせいで、リトは身体のバランスを崩し、ランサーを巻き込んで床に倒れてしまったわけである。

「――えっ」

 バランスを崩したリトに押されて、ランサーが先に、仰向けに床に倒れ込んだ。
 そして、後から、リトがその上に倒れそうになる。が――リトは、ぎりぎりのところで、腕で支えて、地面に激突するのを避ける。
 ――のだが。
 偶然にもリトの差し出した右手は、丁度、ランサーの微かに膨らんだ胸があるあたりを、鷲掴みにしていたのである。

「――!!」

「あっ……こ、こここ、これは、不可抗力で――」

 まるで、この瞬間を誰かに見られれば、リトが女の子を家に連れ込んで、押し倒して胸を揉んでいるように見えてしまうだろう。



「ただいまー…………………………」



 ――――そして、その時、丁度、帰宅した妹の美柑が、襖を開けて茶の間に入ってきたのだった。







【クラス】

ランサー

【真名】

イヴ@BLACK CAT

【パラメーター】

筋力C 耐久C 敏捷C 魔力B 幸運D 宝具B

【属性】

秩序・善

【クラススキル】

対魔力:B
 魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
 大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。

【保有スキル】

変身:A
 自らのカタチを変えるスキル。
 イヴはナノマシンの肉体を自在に変化する事が出来、肉体の一部を武器に変えて戦闘の為の能力としている。
 詳しくは宝具『変身能力(トランス)』を参照(実質的にはスキルよりも宝具としての性質が大きい)。

博学:B
 常識を超えた探求心や知識欲と、それによって得た博識。
 一度本で読んだ内容は決して忘れず、細かな部分まで記憶し、想像・応用する事が出来る。

自己修復:B
 致命傷レベルのダメージを受けても、短期間で肉体を修復し、回復する事が出来る。
 その際に用いる魔力は自分で賄う事が出来る。

【宝具】

『変身能力(トランス)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1~5 最大補足:1~5

 ナノマシンで出来た肉体のDNA構造や原子配列を組み換え、あらゆるカタチに変身させる、イヴ固有の能力。
 イヴ自身が生体兵器であるが故、その肉体そのものが宝具であると言えるが、生前、周囲の人間のバックアップによって「モノ」である自覚を消していた為、能力のみが宝具として成立している。
 イヴはこの宝具により、「天使の羽」を生やして飛んだり、「人魚姫」の姿へと変わって水中戦を行ったりといった形で、場に適した戦闘方法を用いており、変身には既存の伝説のイメージも投影できる。ランサーの必須条件たる槍(ランス)もこの宝具によって肉体組織や老廃物(ナノマシンの残骸)から生成しており、デザインはやや幻影的でもある。
 このほか、長い金色の髪は、拳、極薄の刃、大槌(ハンマー)などへと姿を変え、両手は剣、槍、盾へと変じさせて戦っており、その場の判断で全身を自在に戦闘手段へと変じられる。戦闘時は身体を鋼鉄へと変化させる事も出来る為、宝具使用時の筋力・耐久は現在の値と少し上下する場合もある。
 更に、単純な戦闘能力だけでなく、ナノマシンを他者に注入する事でナノマシンを中和して相手の不死体質を打ち消したり、ナノマシンで電脳世界に侵入したりといった運用方法もある。
 ただし、能力を使用する際には高い集中力を要する為、常に変身能力を維持し続けるという事は不可能であり、精神状態によって能力の暴走が起こるリスクもある。
 現在はランサーとしての召喚である為、槍(ランス)の攻撃力が微かに上昇しており、戦闘には槍(ランス)、もしくは、物体を極薄に切り裂く「ナノスライサー」の戦法が最適。

【weapon】

 なし

【人物背景】

 闇の商人トルネオ=ルドマンが、ナノマシンの開発過程で生み出した生体兵器の少女。
 体内で生産したナノマシンで身体のDNA構造や原子配列を組み替えて、身体の一部を自在に変身させる「変身(トランス)」の能力を持つ。
 当初は殺人兵器として育てられ、自分の意思や感情もなく、「鬼ごっこ」と称して殺戮を繰り返していたが、スヴェン=ボルフィードとの出会いで「自由」を求めるようになり、トルネオから解放され、スヴェンとトレイン=ハートネットの掃除屋稼業に同行し、能力を駆使して協力するようになる。
 その後は、大量の本を読み、あらゆる戦いの中で恐怖を経験し、時に人々の想いに触れながら、あらゆる事を学び、徐々に感情表現が豊かになっていった。
 そして、スヴェンに憧れ、トレインにライバル意識を持ちながら、だんだんと一人前の掃除屋へと成長していった(ちなみに掃除屋のライセンスを得たのは本編終了後)。

 全盛期として顕現したイヴの肉体は、だいたい最終回ごろの成長した状態程度の体格だが、変身能力での扱いやすさなども踏まえて、ロングヘアーになっている(尤も、髪型も変身能力で自在に変えられそうだが)。
 ちなみに、「To LOVEる」にも、彼女とほぼ同じ設定の金色の闇というキャラが登場する。彼女もヤミと同じく、多分、えっちいのは嫌いだろう。

 以下、プロフィール。

 血液型:AB型
 趣味:読書、観察、何となくスヴェンを見ること
 好きな物:アイス、花火、やさしい人
 嫌いな物:窓の無い部屋、怖い人、下品な人
 好きなタイプ:優しくて硬派な人

【サーヴァントとしての願い】

 リトさんを脱出させる。

【方針】

 結城リトと協力して聖杯戦争から脱出する。

【基本戦術、方針、運用法】

 戦闘能力はあまり高くないので、トリッキーな戦闘方法と機転が利く性格で上手く立ち回るしかない。
 無暗に強い相手に向かっていく事もないので、相手から仕掛けられない限りは能動的に戦闘をする事もないだろう。
 また、交渉上手な性格的にも同盟を結びやすく、脱出を目指す他の主従を見つけられればコンビネーションでいくらでも戦闘を上手に立ち回れるだろう。

 あとは、マスターのリトが驚異的なラッキースケベ体質の持ち主である為、ラッキースケベが発展して、型月原作的な魔力供給でどんどん魔力があふれていく展開もありうる。それで場合によっては、かなり強くなれるかもしれない。
 問題は、それで敵のサーヴァントに魔力供給してしまう可能性が無きにしも非ずという点と、イヴはえっちいのが嫌いという点だろう。





【マスター】

結城リト@To LOVEる ダークネス

【マスターとしての願い】

 聖杯戦争からの脱出。

【weapon】

 特になし。

【能力・技能】

 身体能力は基本的に高く、同学年では抜群の足の速さを誇る。
 人外レベルの女の子に殴られてもすぐ直る頑丈さや回復力も持ち合わせており、常人では避けられないような攻撃を間一髪避けた事さえもある。
 それでいて、手先は器用らしい。花を育てるのとかが好き。
 ただ、頭の方はそこまでよくない模様。
 あらゆる因果や物理法則を捻じ曲げてラッキースケベを発動する驚異的な性質の持ち主である。少年向けの漫画雑誌で映しちゃいけない物を瞳に反射させる事とかもできる。
 そして、ラブコメ主人公なので異常にモテる。ただし、この聖杯戦争では、リトさんハーレムは制限され、妹の美柑以外は(他の書き手氏がマスターとかで出さない限りは)いなくなっている。
 あと、色々あって女体化すると、夕崎梨子という美少女になる(ただし、体格が結構がっしりしてるせいもあって、女装はそこまで似合わない)。

【人物背景】

 彩南高校に通う男子高校生で、2年A組所属(尤も、聖杯戦争では彩南以外の公立高校に通わされている)。
 恋愛に奥手で、同級生の西連寺春菜に恋をしているが、片思い(と本人は思っている)。
 そんな彼のもとに、ある時、ララ・サタリン・デビルークというデビルーク星の王女が家出してきた。彼女を追っ手から守ったリトは、色々あってララの婚約者候補となってしまう。
 それ以降、女性絡みで多くのトラブルに見舞われ、多くのヒロインたちとのエッチなハプニングやドタバタの中で、彼女たちに好かれ始めるという、モテモテな主人公だが、本人は至って一途。
 春菜とは実は両想いだが、だいたいいろいろあって告白が邪魔される。
 また、二行前の「一途」と書いた部分と矛盾する気がしないでもないが、色々あった末に現在は、「ララは好きだが、春菜はもっと好き」という結論になっており、周囲のヒロインが一夫多妻でもいいからリトとくっつこうとしている感じになっている。

 性格的には、少年漫画の主人公らしい勇気と優しさを重ね持った、極めてお人好しの少年であり、どんな状況でも女の子に手を出さない紳士でもあり、相手が誰だろうと気配りを見せる性格もある為、あんまり男性読者からも嫌われていない。それどころか、「リトさん」と呼ばれて、作者の矢吹神ともども崇拝される事もある。
 根が純情なので、水着グラビアを見て気を失ったという話もあるとかないとか……。しかし、そんな設定ながら、「ダークネス」からは、もはや女性キャラとの交流が18歳未満お断りなレベルに達しており、それでも一線だけは超えない形になっている。

【方針】

 ランサーと協力して聖杯戦争から脱出する。



候補作投下順



最終更新:2016年03月03日 13:00