amatake

製作者紹介


 amatake(あまたけ)とは、Baseball lifeのプレイヤーである。
α版15年度から参加した中堅プレーヤー。α版のユーザー名は「AMA_TAKE」だったがあまり格好良くないのでβ版では「amatake」に変えている。
ユーザー名が「amatake」の通り選手名は「天野剛〇」で統一する事を決めている。
選手画像の決め方は前世の選手が一番最初に入団した球団(現実球団)のいいカンジの選手。
例:β版二世代目天野剛裕の入団した球団はドラゴンズ → ドラゴンズのパワー自慢の左打ち外野手 → 福留孝介
  β版三世代目天野剛治の入団した球団はバファローズ → バファローズの捕手 → 若月健矢 など...

選手を作成した時に目標にする能力、選手を決めるが道が逸れてしまい思うようにはいかない。つぶやき欄で色々発言しているが成績は大した事ない。
よく長い記事つぶやきをするが中身は薄く言うほど記事になっていない。記事つぶやきの延長としてネットニュース風のブログをしている。
トレードされた場合に事件が起こりやすく、「ボボボトレード」(BBL用語集(α版)の「天野剛裕←→さいてょトレード事件」を参照)や1年出戻りする「レンタルトレード」がある。

ちなみにTwitterは @amatake1107 だ。よろしくな。

選手紹介

α版一世代目 天野剛也

名前の由来はパワプロ2016に登場する架空のドラフト選手。
ルーキーからライオンズの中継ぎの一角として482試合に登板。抑え転向や先発転向を経験しよく分からない投手となった。
登録当初は疲労が自然回復する事を知らずストレッチを選択してしまい能力をうまく上げれなかった。
全盛期の能力はCDDDD。だが超早熟型で31歳で衰えてしまい、格好つけてその年限りで引退してしまった。本人はその事を凄く悔やんでいる。

+ 選手名鑑
大した事ないので名鑑無し

α版二世代目 天野剛裕

先発一本の投手を目指してタイガースに入団するも先発陣の層の厚さから最初の数年はローテーションに入る事が出来なかった。
新しく導入されたトレード機能を使用して移籍を試みるもシステムのバグにより移籍はできず、戦力外になるまでタイガース一筋となった。(詳しいことはBBL用語集(α版)の「天野剛裕←→さいてょトレード事件」を参照)
43年度BBLシリーズ最終戦の9回1失点完投勝利が唯一の誇り。通算勝利数はタイガース3位タイ。入団当初から付けている背番号13に愛着を持っていた。
全盛期の能力はCCFCBE。(おそらく)普通型で35歳で衰えた。(たぶん)38歳で防御率5点台を記録し戦力外通告を受けた。

+ 選手名鑑
選手名 選手画像 所属球団 背番号 ポジション 投打 フォーム 出場期間 選手紹介
天野剛裕
タイガース 13 投手 右投右打 オーバースロー 34年度~47年度 選手紹介 初先発が27歳と遅咲きの選手だったがタイガース歴代で3位タイの勝利数をマークした。一度トレードによるバグに巻き込まれたがタイガースに20年在籍した。また逆シリーズ男として前世に続きBBLシリーズではムエンゴに悩まされたが、43年度のシリーズで3勝3敗ともつれた7戦目に先発し、9回1失点完投勝利でシリーズMVPを獲得した。
通算成績
キャリアハイ
獲得タイトル
パワプロ再現能力

α版三世代目 天野剛人

ホークスに入団。前世の天野剛裕が戦力外を受けたのがα版が終わる年でなぜか作ってしまった全く意味のないこの選手。外野手になるつもりが内野手になったり、画像を間違えたりとよく分からない選手だった。

+ 選手名鑑
もちろん試合に出ていないので選手名鑑は無し。

β版一世代目 天野剛也

β版スタート前にアンケート(剛也からやり直す・剛人・剛治)の結果から剛也→剛裕とやり直す事が決定。
先ほど書いたα版一世代目の天野剛也が超早熟型だったので前々からやり直したく、同じ設定でやり直した。
ファイターズに入団。剛裕の経験から変化球は必要ないと考え着いたので変化球は捨て変化球以外のステータスを上げる事にした。
中1の酷使を気持ちよく感じており、αの天野剛也が先発転向などを経験しているのに対し、β版では中継ぎ一本にする事を決めている。
なので抑えに移動するのを嫌っており中1になるために能力を上げるのを止めるほど。わがままである。
天野家初のトレードを成功させ、マリーンズに移籍したが1年でファイターズに戻った。なんとそのトレード相手はファイターズ→マリーンズ、マリーンズ→ファイターズのトレードどちらも紅葉 鹿選手であった。
9年度BBLシリーズでは2戦目・4戦目に登板し合計5失点の大乱調で2戦ともに敗戦投手に。3勝3敗でもつれた7戦目に谷山投手の後を投げ胴上げ投手となった。
その後は中2に幽閉され満足のいかない成績を残してきたが15年度終了時にFA権を取得しベイスターズに。見事中1となった...のだが
当時の抑え投手がFAにより移籍。繰り上げにより抑えに。抑えもなんなくこなし、翌年中継ぎに戻った。
31歳のシーズン、通常衰えにより中2,中3に下がりバックアップに徹したが防御率が悪化。その年限りで引退する事となった。

+ 選手名鑑
選手名 製作者名 選手画像 所属球団 背番号 ポジション 投打 フォーム 出場期間 選手紹介
天野剛也 amatake
F→M→F→B 27→30→50→27→65→30 投手 右投右打 サイドスロー 5年度~18年度 ファイターズ、ベイスターズで主に活躍したリリーバー。ファイターズBBL1に貢献した。
通算成績
キャリアハイ
獲得タイトル

+ 能力

β版二世代目 天野剛裕

先ほど書いたアンケートに内容から二世代目はα版と同じ天野剛裕に。ドラゴンズに入団した。
2年目からはローテーションの一角として投げ続け、23歳の時に15勝を挙げ最多勝と勝率一位を獲得。
その翌年に同じく15勝を挙げ、最多勝とベストナインを獲得した。
26年度には1位スワローズと1ゲーム差で直接対決の最終戦に先発し、完封。見事リーグ優勝に貢献した。
同年のBBLシリーズでは王手のかかった第5戦に先発。7回1/3,4失点と粘りのピッチングで勝ち投手に。BBLシリーズを制覇した。
31歳になる頃、製作者はてっきり早熟だと思い込み、衰えるのを覚悟していたが回避。製作者は喜んでいる。
29年度から11敗、10敗、15敗、11敗、17敗、14敗と負け続け耐え切れず34年度で引退。

+ 選手名鑑
選手名 製作者名 選手画像 所属球団 背番号 ポジション 投打 フォーム 出場期間 選手紹介
天野剛裕 amatake
ドラゴンズ(19~34) 60→17 投手 右投右打 オーバースロー 19年度~34年度 ドラゴンズ一筋で活躍した先発投手。2年連続15勝を達成した時期もあったが29年度から6年連続二桁敗戦で引退。
通算成績
キャリアハイ
獲得タイトル

+ 選手能力

β版第三世代 天野剛治


引退前に取ったアンケートによって次世代はパワーAPの外野手として「天野剛治」になる事が決定した。
2年目から準レギュラーとして低打率ながら活躍し4年目にレギュラーを獲得し133試合に出場。5年目にレギュラーを奪われ6試合の出場に。6年目にイーグルスに移籍。規定未達も打率.279と本塁打7本をマークし、オフにトレードでタイガースに移籍。「攻撃的2番」として監督の期待に応え、その後はファイターズ、ドラゴンズに移籍し2000試合出場と2000本安打を達成し52年度限りで引退。

+ 選手名鑑
選手名 製作者名 選手画像 所属球団 背番号 ポジション 投打 フォーム 出場期間 選手紹介
天野剛治 amatake
バファローズ(35)→ライオンズ(36~39)→イーグルス(40)→タイガース(41~47)→ファイターズ(48~51)→ドラゴンズ(52) 63→39→5 外野手 右投左打 スクエア 35年度~52年度 2年目からトレードを繰り返し6球団に在籍。多くの球団で活躍した。
通算成績
キャリアハイ
獲得タイトル

+ 能力

β版第四世代 天野剛信


Twitterのアンケートで決定。天野家初のキャッチャーとしてコンドルスに入団。
3年目の55年度から徐々に出場するが、57年度は1試合のみの出場に留まり、オフにブルーバイソンズに移籍。
10年目にようやくレギュラーに定着し全試合出場。71年度までキャッチャーの座を守り続けるも、
35歳の衰え時に水死。72年度に引退となった。

+ 選手名鑑
選手名 製作者名 選手画像 所属球団 背番号 ポジション 投打 フォーム 出場期間 選手紹介
天野剛信 amatake
コンドルス(53~57)ブルーバイソンズ(58~72) 23 捕手 右投右打 スクエア 53年度~72年度 パンチ力のあるキャッチャーとしてブルーバイソンズを守り続けた。
通算成績
キャリアハイ

+ 能力

β版第五世代目 天野剛斗

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最終更新:2018年09月09日 01:25