開かずの蔵とは、あるおんJ民の家にあった、長らく開かれなかった蔵のことである。
探索したところ、歴史的に貴重な遺物が発見されたことで注目を集めた。


概要

1 :名無しさん@おーぷん:2016/11/02(水)13:08:32 ID:kjq(主) ×
1人じゃ怖いから助けて
何も無いかも知れないけどwww

懐中電灯1つで蔵に潜入したスレ主。蜘蛛の巣や蛇らしき骨に驚かされながらも、蔵の上階へと進む。
2階は木箱や農具、巻物、刃物、食器など、雑多な物品で溢れていた。

225: これでええか? 2016/11/02(水)14:34:25 ID:ra0
ちらっとうつすけど
http://i.imgur.com/kBxpSeS.jpg

探索中、ガラクタの中から「遺品」「故 海軍二等飛行兵曹」と書かれた怪しげな木箱を発見。
実は祖母から祖母の兄(大伯父)の遺品探しを頼まれていたスレ主は、ひとまずその木箱を回収することに。
ちなみに祖母から頼まれたのは、祖母が亡くなる一ヶ月前のことだった。
大伯父は真珠湾攻撃に参加したゼロ戦乗りであり、輸送機の事故により亡くなっているという。

374: これでええか? 2016/11/02(水)15:24:34 ID:ra0
ちょっと中身出したけどこんな感じ
http://i.imgur.com/TfddLVh.jpg

箱を開けたところ、中には保存状態の良い手帳や書類、大量の写真などが入っていた。

385: これでええか? 2016/11/02(水)15:30:47 ID:ra0
何か新聞?出てきた
何だろうこれ蒼我龍?って書いてあるのかな?

526: 名無しさん 2016/11/02(水)15:52:25 ID:ra0
日記3冊出てきた

特筆すべき事に、帝国海軍の航空母艦「蒼龍」の艦内新聞が21枚も見つかった
1枚目の写真に写っている新聞の日付は「昭和16年12月3日」。真珠湾攻撃の5日前である。
ちょうどハワイへの移動中に発行されたものなのだ。
蒼龍はミッドウェー海戦においてアメリカ軍機の攻撃を受け沈没しており、艦内新聞は殆ど現存していない。

そもそも戦時中に艦内新聞が発行されることはあまり無く、沈没などで失われたものも多い。
確認した限りでは

  • 戦艦「長門」の「長門新聞」(1941年~1942年)*1

  • 重巡洋艦「高雄」の「高雄新聞」(1942年6~11月、防衛研究所所蔵)*2

  • 特設巡洋艦「愛国丸」(1942年5月~9月、入船山記念館所蔵)*3

  • 戦艦「日向」の「日向新聞」(1945年1~2月)*4

の4紙くらいしか現存していない模様。
今回の21枚は恐らく現存している数少ない「太平洋戦争開戦前後に発行された艦内新聞」の一つだと考えられる。
発行日の重要性が他の現存艦内新聞と比べて群を抜いており、まさに歴史的大発見と言えよう。

大伯父はウェーク島攻撃の後、空母「瑞鳳」に転勤しており、そのタイミングで蒼龍新聞が運び出された可能性がある。
(ちなみに蒼龍は真珠湾からミッドウェー海戦までに2度本土に帰投している)
また、大伯父が書いたらしき当時の日記も発見されており、これらは当時の軍隊生活の様子を知る上で貴重な資料となりうる。

477: 名無しさん 2016/11/02(水)15:47:06 ID:ra0
読めない‥

492: 名無しさん 2016/11/02(水)15:48:55 ID:sCv
雨ニモマケズ 風邪ニモマケズって書いてあるね

507: 名無しさん 2016/11/02(水)15:50:33 ID:msK
最後の行の途中のところだけ
「遊ビニ行ク」って読める…?読めない…?

600: 名無しさん 2016/11/02(水)15:59:39 ID:4zX
晴風強し 寒
冬休暇第2日目
興亜奉公日

??二千六〇〇年 意義深き元旦を故郷にて
迎える。神社に詣でて昭和十五年への祈りをなし
第一線将兵 武運長久を祈る。其のまま
初日を拝む瑞雲少なく東天にたなべきて五光
さし  輝き真に二千六百年 大日本帝国

仕事中だからここまでで勘弁やで
なおワイの勝手な読み下しンゴwww

ここからおんJ民の総力を上げた解読作業が始まる。
歴史学専攻の自信ニキなどが集まり、達筆過ぎて読めない文章を解読していく。

一方、スレ主は日記中に登場した大叔父の親友の遺族へ、発見した写真を返そうと行動する。
遺品を頼りに遺族との接触に成功したほか、大叔父の同期に詳しい人物や、海軍関係の専門家の協力を得るなど、なかなかドラマチックな展開となっている。

解読された文章の一部


日記(1939年1月頃)



【書き起こし】
「総員起し」のラッパに飛起き練兵場に出た
東の空はあからんで空気は清浮だ 一杯胸に潮風を吸う
明けの明星はまだ輝き渡る 日課手入 遥拝□
九時十五分外出許可 海行にて横須賀に行□ 電車にて鎌倉に参拝
十四年を職務を全う出来得る様祈願した 二時頃帰った
今日は帰隊時刻をきったものがあった
分隊士教班長から御注意があった 其れは我等の緊張が欠けているを証明している
たとえ『如何なる事あろうと帰隊時刻に遅れん様に』『軍人に賜わった勅諭』を拝読し
その精神を味うとともに一□の軍紀に対し緊張味を増さんと堅く心に誓った

【現代語訳】
起床を知らせるラッパで飛び起きて訓練場に出た
東の空はあからんで空気が澄んでいる 精一杯胸に潮風を吸う
明けの明星はまだ光り輝いている 日課の手入れ
宮城(皇居)の遥拝(遠く離れた所から天皇陛下を拝むこと)をした 
9時15分に外出許可が出た
海行(ボートか?)で横須賀に行き、電車で鎌倉にいき参拝
昭和十四年も職務を全うできるよう祈願した
二時頃軍の部隊に帰った
しかし今日は門限を破った者がいた
分隊の教育班長から注意があった
それは、(門限に遅れるのは)我らの緊張がかけていることの証明だ、と
たとえ『どんなことがあっても門限に送れないように』という
『軍人に賜った勅諭(軍人勅諭)』を拝読(「読む」の謙譲語)して
その精神をよく考えるとともに、軍隊の紀律に対して
いっそうの緊張感を持とうと心に誓った



日記(1940年1月1日 内地にて)


【書き起こし】
天気 晴風強シ
寒暖 寒
冬休暇第二日目
興亜奉公日

紀元二六〇〇年之意義深キ元旦ヲ故郷ニテ迎ヘリ。
神社ニ詣デ昭和十五年ヘノ祈リヲナシ第一線将兵ノ武運長久ヲ祈ル。
其シテ初日ヲ拝ム、
瑞雲少シク東天ニタナビキテ五光ハ五光ハサン〱ト(サンサント)輝キ、
眞ニ二千六百年ノ大日本帝国ノ弥栄ヲ祝ツテイル様デアル。
木川ノ辺ニ立チテ清ク澄ンダ水ハ何ンノ変化モナキ様ニ流レ去リ行クノデアル。
帝国ハ此ノ太陽ノ如ク世界ニ光々ト其ノ光ヲ遠久ニ輝シ
川水ノ如クニ如何ナル時局モ突破シテ国運隆々トシテ行ク感ガ有ツタ。
我ガ帝国ノ隆昌ヲ願(頁は崩し字だと欠のようになる)ツタ。
午前十時ヨリ学校ニテ式ニ行キタ。
終ツテ通校柿沼君ト遊ビ海軍生活ノ今迄ヲ語リ合ツタ。
其レヨリ熊谷ニテ遊ビニ行ク。アゝ楽シカツタ。

【フランク訳】
北風つえーわ
冬休み二日目だわ
ボランティア行くわ

実家で有意義な元旦パーリィして初詣行ってきたわ
今年は武運に恵まれるようお祈りしてきたンゴ
初日の出は雲も少なく東の空に光が指して見えたわ
大日本帝国に栄光あれ

そのあと海軍学校で柿沼君と今後の海軍での生活について語り合った
今から熊谷に遊びに行くで
あー楽しかった



日記(1940年9月頃 兄の戦死の報を受けて)

久々の外出だ、皇軍の武運運びを祈る、まったく力強い鈴鹿風である。
本間、中名主、井野と四人楽しく土浦町に行く
俺の兄上も元気に戦経?の事だろうと国旗のなびくに見惚れた。

(ココまでで日記は一度書き終えたと思われる。)

電報
「兄戦死委細文」
常通室?より電報を頂いた
あぁ、唯一人の兄を失った体、心、中何とも言えない気持ちだ
大変立派に戦って皇国、玉砕となった
靖国の神と□まりました。
兄上、俺が立派に仇をうつぞ
( )←読めない
又、靖国神社に会いに行く
兄上、兄上、兄上 安らかに!!

※大叔父の兄は陸軍に入隊。
中国戦線で青島に上陸した後、各地を転戦し鉅野県営里周辺にて戦死。享年23才。



蒼龍新聞(1941年11月19日付)

※21枚の中で一番日付が古かったもの

http://i.imgur.com/G1pANqx.jpg
【表面】
【蒼龍新聞】昭和十六年十一月十九日(水)
明治天皇御製の和歌
[ニュース]
来栖野村両大使「ハル」長官と会談
「華府(ワシントン)」十七日
来栖大使は野村大使とともに十七日午前十時半国務省に「ハル」長官を訪れ初会見を行った後
三者打揃って「ホワイトハウス」に赴き「ル」大統領と四人で会談を遂げたが
会見終了後両大使は諸般の問題を話したと語った。
尚一八日も来栖「ハル」の会談は続行される

臨時軍事予算案成立
臨時軍事費追加予算案は十八日の貴院本会議で
満場一致可決全議案の「トップ」を切って此処に成立した

衆議院の国策遂行成る
衆議院の国策完遂決議案は十八日の本会議で満場一致可決されたが
提案理由説明に当った嶋田俊雄は支那事変遂行の最大障害物は米国を主体とする敵性国で
中でも米国こそ世界大動乱の源動力であると達すると共に
一億国民鉄石の意思を強張して政府の断固たる決意を促し
之に対し東條首相より政府は凡ゆる準備を遂げ断固として既定国策遂行に遺憾なきを期していると
重ねて固い決意を披瀝した

重慶政府の恐怖
「上海」十八日 東條首相の演説で日米間に断乎たる態度を闡明(せんめい)した事は
最近の「ビルマ」進攻を宣伝しつつある重慶側にとっては
英米の極東兵力の劣弱を知っている丈に深刻な恐怖を抱いている様である

中小商工業者に営業免許制度を設ける
岸商相は十八日の議会で政府は中小商工業者の転廃業対策として
営業免許制度を設ける事とし国家総動員審議会を通過したので
近く実施に移す予定であると言明した

情報局第三部長に堀公世任命
情報局第三部長石井康は泰国駐箚大使館三時間に転出
後任は上海在任大使館一等書記官堀公世が任命された

「イラク」政府日本並びに「ヴイシー」政府との外交関係断絶
「バグダット」十八日「イラク」政府は
日本並びに「ヴイシー」政府との外交関係を断絶する旨十七日発表した
理由は去る五月の戦闘行為に際し両政府が早熟的の態度を取ったと云うにある

氷川丸横浜に帰港
遣米第三船 氷川丸 は引揚邦人三百六十四人を乗せ十八日午前十一時横浜に帰港した



http://i.imgur.com/mitVcVj.jpg
【裏面】(一部)
東郷外相南方問題「パナマ」問題に関し次の如く語る
十八日の衆院予算総会席上で東郷外相
南方問題「パナマ」問題に関し泰国と我が国との関係は次第に親密となりつつあるが
同国内の英勢力が我に不利な動きを見せてるのは事実である
又「ビルマ」「蘭印」とも親密と成る様努めてる。
「パナマ」の邦人圧迫事件に就いては何斗かの対策手段に出るかも知れない。
然し此の問題の解決には同国に圧迫を加える其の隣国に対して
日本が毅然たる態度をとるか否かに依って決定しようと述べ、
又、東條首相は我が大東亜共栄圏建設は万邦をして
各々其の所を得せしめると言う聖旨に基いて行われるものと考えるが
之を以て直ちに被圧迫民族の解放独立だと考えるは行き過ぎであると述べた

芹沢大使「ドクー」佛印総督を訪問
「河内(ハノイ)十八日 芹沢大使は十八日午后(後)
「ドクー」佛印総督を訪問し初会見した

雑詠
 青坊主
すべてをば忘れてはげむ訓練に
兵の瞳のかくもするどき 

天の声 地の声
 家康
我れ岡崎一城の主たる時は近所の城々に用心せしめ
三州一国の主となりては近国の用心をし
関東八州の主となりては東海、東山、北陸道の治乱を考えたるぞ
今又天下幕府の意の主となりては日本国を治平したる故
諸異国の事を聞かするぞ

笑い話
「魚も代用食」
「釣りに来た男」
隣の男にばっかりかかって自分の方には一向に魚がかからんので堪り兼ね
「一体貴男は何の餌を使ってますの?」
と尋ねれば
「隣の男」
「ウドンサ」

※現代語訳
男が釣りに来たが、隣の男にばかり魚がかかって自分の方には一向にかからない。
たまりかねて、隣の男に「一体お前は何の餌を使っているのか?」と尋ねたところ、
隣の男は、「うどん」ときた。
(・・いま時分、魚まで代用食のうどんを食ってやがるんだとさ。チャンチャン)

※解説
うどんは海軍の定番夜食メニューだが、戦時体制下ではそのうどんにも「代用うどん」という、
小麦粉を減らしてふすま(小麦の糠)や団栗を混ぜて作ったものが登場しており、これが兵にはすこぶる不評であった。
呉鎮守府の主計関係者の間では、潜水艦等の帰還率の低い比較的少人数な艦が出撃する際、
せめて出航直後の夜食ぐらいは…ということで、対岸の香川で讃岐うどんを集めて回った、という話が残っていたりする。


海の幸 九 芦江
東天しらむ甲板に
夢路を破るラッパの音
素破(すわ)こそ早日に生きる幸
希望に満ちてすがすがし

千切れ雲綻び陽炎もえる
東洋永遠の聖戦に
永久に鍛えん海の兵
黒潮躍る広き海原

落つる夕日と金波銀波
平和に満つる静けき海の
一日業(わざ)終えて秋夜を告ぐる
流れる銀星寒夜の月に


日記(1941年12月2日 真珠湾攻撃直前)


http://i.imgur.com/SXymS2M.jpg
【書き起こし】
昭和16年12月2日 進撃
百八十度線を越えて艦は西半球上を進む
「タッチハアバー」「ミツドウエー」にも最短距離で米国の
警戒区域だ 今日明日が非常に警戒を要する時だ
午前3時総員起床
午前 ハワイ方面に於ける防御小私設に関して講話 終つて攻撃準備
午後は又攻撃準備だ 然し既に準備完了の状態で有る別科は体技だ(※)
飛行甲板で一寸ぶらついたら終り
精神的には攻撃で七生報国に張り切って居る 然し作業は呑気だ
夕食后は配給の「ビイル」に全隊は賑う
攻撃前に益に(さらに)士気を上げる

【現代語訳】
経度180度(日付変更線)を越えて艦は西半球を進んでいる
「タッチハーバー(アラスカ南部の米海軍基地)」、
「ミッドウェー」にも最短距離であり、米国の警戒区域だ
今日明日は非常に警戒しなければいけない時だ
午前3時総員起床
午前、ハワイ方面の米軍の防御施設(対空砲など)についての講話を聞いた
それが終わって攻撃準備、午後もまた攻撃準備である
しかし既に準備完了の状態である雑務の兵士は体操をしていた
飛行甲板でちょっとぶらついていたら時間が終わった
精神的には攻撃で七生報国(七回生まれ変わって国に尽くす)
しようと張り切っているのだが、準備作業は呑気である
夕食後にビールの配給があり、みんな盛り上がった
攻撃を前に、さらに士気が高まった

※海軍でいう「別科」とは本来の職務(スレ主の大叔父なら飛行)とは別に、
トレーニングや整備課の手伝いなどの雑務のことを指す。
特にやること無いから飛行甲板で軽くランニングした程度の意味だと思われる。

【フランク訳】
今日は戦闘準備が終わったんで敵国の警戒海域にも近いんで、夕食でビールで盛りあったぜ(意気揚々)。


日記(1941年12月9日 真珠湾攻撃直後)


http://i.imgur.com/dYKqNWl.jpg
【書き起こし】
昭和十六年十二月九日 避退
昨日のハワイ攻略戦に赫々たる専科を収めて機動部
隊は二十七節(ノット) 非常なる警戒をしつつ避退する
朝早くから上空□□の機は出て居る
今日は敵□巡出撃せば此れに対して雷撃の予定□
魚雷をつんで攻撃に行けると思ったら遂に敵なし…
残念だ
午前二時四十五分艦攻四機□□捜索に発艦
敵影認めず二機八時頃着艦 あとの二機
十時になるも帰らず 遂に十時半 [海軍記号:飛行]時間八時間
非常なる心配に [海軍記号:飛行]甲板に皆出る 其の頃三機来て
二機は瑞鶴で母艦の二三浬(カイリ)前方で1機は不時着

【現代語訳】
昭和十六年十二月九日 避難・退却
昨日のハワイ攻撃では素晴らしい戦果を収めて、(今日は)
機動部隊は27ノット(ほとんど全速力)で、厳重に警戒しながら戦場を離脱する
きょうは朝早くから、空母の周りを警戒する味方の戦闘機が飛んでいる
もし今日敵の軍艦(巡洋艦か)が出撃してくれば、これに対して魚雷攻撃の予定だった
魚雷をつんで攻撃にいけると思ったのに残念だ
午前二時四十五分 97艦攻が四機、敵艦隊をさがして蒼龍を発艦した
敵の姿は見当たらず、2機は8時ごろ着艦した 
あとの2機は10時になっても帰らず、ついに十時半、飛行時間が8時間に達した
非常に心配でみんな飛行甲板(空母の平らな部分)に出てきた
その頃3機の味方機がやってきて、2機は瑞鶴で母艦(蒼龍)
の2,3カイリ手前で1機は不時着



蒼龍新聞(1941年12月11日付)



【蒼龍新聞】昭和16年12月11日(金)
天候 曇
温度 10.5
勝って兜の緒を締めよ
一日一言 今日の問題は戦うことなり
News
◇大本営海軍部発表
九日発
八日帝国海軍空軍は比島の敵空軍基地「イバ」「クラックフィールド」を空襲
二十五機を撃墜七十一機を地上撃破せり
我が損害五機
一、「シンガポール」附近「テンガー」「セレパ」両空軍基地及
空軍司令部其他重要軍事施設に対し夜間爆撃を敢行せり
戦果大なりと認むるも夜の為め明確ならず 我が損害無し
一、「香港」並に同空軍基地を爆撃し英駆逐艦一隻に大損害を与へたり
一、「ウェーキ」島を空襲 敵機九機を撃破 燃料タンクを炎上せしめたり
一、帝国海軍艦艇は八日午后(後)「ミツドウェー」を急襲
猛攻撃を加へ飛行機格納庫燃料を炎上せしめたり 我が方の損害無し
一、海戦第一日拿捕抑留せる敵國船舶左の如し
(イ)大型船舶「カレジデント・ハリソン」号(一万五千沌)「メリー・モーラー」号(五千沌)の他二○隻 
(ロ)其の他約二○○隻以上計八万沌
帝国船舶の拿捕抑留されたもの無し

◇米「ハワイ」戦況を発表
米軍は「ハワイ」周辺で今尚日本軍と交戦中。
七日 日本軍の「オアフ」攻撃に然る米軍損害は予想より遥か甚大の見込
一、「オアフ」島死傷者数は死者三千 傷者千五百の見込

◇支那方面艦隊香港封鎖
上海八日
「古賀」支那方面艦隊司令官は八日香港全沿岸を封鎖する旨宣言を発した

◇大本営陸軍部発表
九日発表
帝国陸空軍は八日二次に亘り「マレー半島」敵空軍基地を攻撃
英「マレー」空軍の多数を撃滅し且逐次「マレー半島」に躍進し「シンガポール」方面攻撃中
一、在支帝国陸軍は八日早朝来「天津」「北京」「秦豊島」「上海」「シヤーメン」の敵性租界へ
一斉平穏理に進駐を完了し敵国権益の処理は順調に進捗中で北支では米マリンを武装解除せしめた

◇皇軍「秦国」に進駐
「バンコック」九日
八日日泰間に皇軍の秦国内通過に関して協定成立し
皇軍は「バンコツク」始め東南他各要地に堂々平和進駐を開始し
「バンコツク」には同日午后(後)九時過進駐を完了配備についた

◇「米」在米軍人に対し逮捕を発令
「リスボン」八日
「ワシントン」来電「アメリカ」は在米日本人役一千名に対し逮捕を発令
目下続々逮捕しつつあり又濠洲・比島でも在留邦人の拘束を開始し比島では約二万五千を逮捕したと…

◇大本営海軍部発表
十日「マニラ」方面を大挙空襲し比島米陸軍航空兵力の大半を撃破せり
戦果左の如し
一、空中戦で敵機四五機以上を撃墜せり
一、地上爆撃で敵機三六を爆破炎上せしめたり
一、「キアビテ」軍港繋留中の敵駆逐艦一隻潜水艦一特務艦一を大破し同工廠一面を炎上せしめたり
一、「ニコルス」飛行場の格納庫廰舎を爆破大火災を起こさしめ我が方の損害は三機未帰還二機自爆

十一日発表
我が海軍陸戦隊は十日未明「グアム」島「アブラ」の要地に進撃し之を完全に占領
三千沌飯油槽船一隻を拿捕し米海兵少佐以下三十名を捕虜とせり我が方損害なし

十一日発
海軍航空部隊は九日
一、「マレー」空軍基地「クヮンタン」を攻撃
地上の敵機約三○機を重爆撃し六機を炎上四機を大破し格納庫一棟を炎上せしめたり
一、「ウェーキ」島第二次攻撃を敢行 敵戦斗機七機と空戦五機を撃墜せる外
同島の兵舎及倉庫群を爆撃 其の半数を炎上せしめたり

◇比島軍潰走中
「西貢(サイコン)」十一日
「マニラ」来電に依れば「ルソン」島上陸の日本軍は十日要衝○○を占領
比島軍は「マニラ」方面に潰走中なり

◇「ル」大統領のデマ放送
「ルーズヴェルト」大統領は十日の「ラヂオ」放送で八日
布哇眞珠湾戦斗で日本の航空母艦を撃沈したと言明したが
大本営海軍部では十日夜其の事実無根なる事を言明した

◇「プリンス・オブ・ウェルス」 及「レパルス」を撃沈
「マレー」沖に於て英戦斗船「プリンス・オブ・ウェルス」及「レパルス」撃沈
海戦で我が方は飛行機三機を失へり

◇「グアム」上陸の陸軍戦果
一.捕虜三百五十鹵獲品多数捕虜中には「マクミラン」「グアム」総統兼要港部司令官以下将校多数あり
一.「グアム」首都「アガニヤ」を占領島内掃蕩中、我に損害無し

社告!!
当分の間其の日の情況に依り休刊するやも知れません

◇「独」対米宣戦を声明
「伯林」十一日
「ヒットラー」総統は十一日午后三時国会に於て独逸の対米宣戦を声明した

◇「伊」対米宣戦を布告
「ローマ」十一日
「ムツソリーニ」首相は十一日午后三時五十分対米宣戦を布告した

◇日・独・伊 三国に新協定
帝国政府は今回対米宣戦に決した独・伊両国との間に単独布告並に世界新秩序建設の爲協定を締結
十一日午前十一時「伯林」に於て三国代表間に調印を見た
同協定は四條より成り対英米協同の戦争が完遂せらるヽ迄は断じて干戈収めざる不動の決意を以て
一、三国は英米に対して総ゆる強力なる手段を以て勝利に終る迄戦争を遂行する
一、三国は相互の完全なる了解に依るに非ざれば米英何れ共単独休戦又は継続をなさず
一、勝利を以て戦争終結後に於ても昨年締結した三国条約の精神により世界新秩序の為相協力する



蒼龍新聞(1941年12月19日付)



昭和十六年十二月十九日(金)
天気 晴
温度 二四.五
一日一言 正直の 枝に黄金の 花が咲く

明治天皇御製
◇小山田のさとのけぶりもとし/゛\にたちそふ世こそ楽しかりけれ

米「英がまければ 元も子もない」

◇米布哇(ハワイ)の大敗を実地検證
「リスボン」十七日
「ル」大統領は「ハワイ」海軍大敗の責任を糾明(きゅうめい)すべく「ロバート」大審院判事を委員長とし
「スクンドレー」元海軍作戦部長「リーヴス」元艦隊司令長官他二名の委員よりなる諮問委員会を設置し
十七日第一回会合を行ったが近く「ハワイ」に実地検證に赴く筈である

◇大本営陸軍部発表
陸軍は各方面に兵力を増強
海軍と緊密に協力し敵を撃碎
戦況順調に進展しつゝあり
十七日迄の戦果左の如し
一、香港方面は空陸海一体となり同島攻撃中
一、比島方面北部「ルソン」島上陸部隊は十二日
(アパリ)南方の○○飛行場攻撃更に南に戦火拡大中
西岸(ヴイガン)方面の戦況も順調に進捗中
南部「ルソン」島上陸部隊は十三日(レガスピイ)西北方面一帯の要地を攻畧
航空隊は「マニラ」周辺の敵主要飛行場を連爆
大戦果を挙げつゝあり此の方面の敵機主力は既に潰滅せるものゝ如し
一、「マレー」方面八日未明
泰領「マレー」海岸に上陸せる部隊は泰侵入の英軍を撃退し
十四日其の一部は(クラ)地峡を撃滅して進出
航空隊は「ビルマ」英領「マレー」の敵空軍基地を奇襲大戦果を挙げた

◎香港に巨彈を集中
「九竜」一七日
香港攻撃の我巨砲陣は一七日猛攻撃を続行
空軍の猛爆を相俟(まっ)て敵の全要塞に巨彈を集中してゐる

◎英「マレー」西岸の要衝○○【検閲?】の陥落を確認か
「西貢(サイコン)」一七日
「シンガポール」の放送に依れば英國は「マレー」西岸の要衝○○の陥落を確認し新抵抗線に後退したが
同地区の斯くも早き崩壊は防衛の英軍□加奈陀印度濠洲本国兵の寄り合い世帯で
特に印度兵は戦意に乏しく逃亡者相継ぐ様で各兵團の統帥に缺陥があったと英軍の惱(悩み)を暴露してゐる

◇大本営海軍部発表
一、帝国海軍は○○方面で敵潜水艦三を撃沈せり
一、帝国海軍は十六日○○方面で駆逐艦一を失った
一、布哇海戦の戦果は攻撃部隊の□撃(?)・攻撃後の写真偵察□に依り
左の如き戦果を挙げ米太平洋艦隊と布哇方面敵航空兵力を全滅せしめたる事判明せり
(イ)撃沈戦艦五
カリホルニア型・メリーランド型・アリゾナ型
ニタ型、艦型不明各一。甲巡又は
乙巡二、給油船一
(ロ)大破戦艦
カリホルニア型・メリーランド型・ネバタ型各一
軽巡駆逐艦二
(ハ)中破戦艦一(ネバタ) 乙巡四
(ニ)敵航空兵力損害円状四百五十
撃墜十四外外(?)撃破せるもの多数
格納庫十六棟円状、二棟破壊

二、同海戦で特殊潜航艇を編成せる我が特別攻撃隊は真珠湾に侵入敵艦隊を震撼せしむ

三、我が損害飛行機二十九未帰還、特殊潜航艇五隻

四、八日撃沈せるも確実ならずと発表せつ
敵航空母艦は沈没を免れ○○港に潜伏中なる事判明せり

◎「英」「ケダー」方面に救援隊を送る
「リスボン」一七日
「ロンドン」よりの情報に依れば「マレー」の英軍当局は日本軍の前進の為
「セイター」要衝は早くも危態に瀕してゐると確認
戦況不振挽回の為「ケダー」方面に救援隊を送り
日本軍の戦果を阻止せんとしてゐると発表した

◎米「キンメル」長官を罷免
「ウェノスアイレス」一七日
「ワシントン」電に依れば敗戦責任糺弾(きゅうだん)査問委員会は一七日開会、
太平洋艦隊司令長官「キンメル」提督を罷免し
後任司令長官には軍務局長「ニミッツ」少将に決定
同氏は今年五十六才、亜細亜艦隊「オーガスタ」副長
海軍々務局次官 第一戦斗艦隊司令官を歴任 一九三九年六月軍務局長となった

「漫画」蒋の運命
河南戦敗走
湖南戦大敗
英米依存
民心怨嗟

布哇遠征(続キ)【恐らく前の号から連載】
東仙居士(ペンネーム)


傲慢不遜英米の輩
世界制覇の鴟張(しちょう)を伸
隠忍自重限度有り
断じて許さず東亜の干渉

【フランク訳】
えらそうでイキっとる英米のヤロウ
世界制覇やゆうてフクロウみたいに羽根をひろげて調子にのっとる
我慢すんのも限界や
絶対許さんへんで、わしらのアジアにちょっかいかけやがって


開戦大命全軍に下り
恐懼感激言を知らず
粉骨砕身死力を尽くし
東亜永遠の過根を除かん

【フランク訳】
天皇陛下より開戦の号令が全軍にかかったで
おそれおおて感激しすぎて言葉になんかでけへん
そらもう死ぬ物狂いで
東亜にあだなすモンは根絶やしや

◎月冴えて潮風かほる海洋に母安(やす)かれと北空拝む

◎かく迄に頼り欲しきを人知るや故里はなれ國はなれ来て

◎明日知れぬ身にありながら今日もまた故里偲び月を眺める



日記(1941年12月23日 ウェーク島攻撃直後)


http://i.imgur.com/pMkH0id.jpg
【1】
昭和16年12月23日 「ウエーキ」攻撃
昨日の攻撃に九死に一生を得て帰還した
感無量 一夜を明した
本日の攻撃編成に又攻撃参加出来て昨日の戦死者の仇打(討)ちにと心は勇躍した
4時に艦爆・艦戦 攻撃に発進 今日は上陸作戦強力で有る
昨日午後の11時頃上陸作戦を開始したと云(い)う報に接す
午前6時発[海軍記号:空母]其の時は既に陸戦隊は上陸して「ウエーキ」本島進撃中で有ると云う
艦攻9機艦戦2機発[海軍記号:空母] 天候は各所にスコールの有る様な状態で雲多し



http://i.imgur.com/sqiz8hY.jpg
【2】
予定コースを進撃 7時20分頃 ウエーキ着
陸戦隊・水雷戦隊 島の付近に舷行して居る 非常に嬉しかった
又昨日の通り戦斗(闘)機の攻撃が有るのかと機銃をかまえた
然(しか)し敵機見ず 高度二千程度「ウエーキ」島上空を四五回旋回して偵察した
然し地上砲火なし 高度700付近に下げて爆撃した
午前8時半頃に敵兵は降伏 白旗を掲げて陸戦隊が前進して行くのを見て非常に嬉しかった
全く米国人なんてたいした事ない 全くぼかんと陸戦隊の行動を見ている様なもので有ったと云う
午前10時頃ウエーキ群島を完全占領した



http://i.imgur.com/cY7OrC6.jpg
【3】
斯(かく)して作戦は完全に遂行し得て当隊は内地に向けて帰還するので有る
午前九時半頃無事に着艦した
第一分隊長機と森兵長の[海軍記号:飛行機]機は
低空偵察をした所が機銃射撃を受けたのか分隊長は弾片で顔腕等を負傷した
森兵長の[海軍記号:飛行機]機は燃料タンク打抜れて二機はよく母艦に帰還した
森兵長の[海軍記号:飛行機]機は燃料に火が付いて燃えながら着艦したと云う
本日の攻撃の損傷唯・・此れだけ 然し我等は無事に帰還された事を祝すので有る
第二次攻撃取止め 夕刻総員集合…艦長訓示

※「森兵長」は森拾三二等飛行兵曹(隼鷹攻撃隊パイロット)のことか?
「蒼龍」艦攻隊員として、真珠湾攻撃、インド洋作戦、ミッドウェー海戦等に参加。
ガダルカナル攻防戦のさい、グラマンの攻撃をうけて不時着水、右手を失う。
(『奇蹟の雷撃隊―ある雷撃機操縦員の生還』(光人社NF文庫) の著者略歴より)



http://i.imgur.com/oxw8yJv.jpg
【4】(作戦図)



雑記

大伯父の略歴

※スレ主からの情報やお墓に刻まれていたものなどを統合したもの

横須賀海軍航空隊に入隊。乙種飛行予科練習生(予科練)第9期生となる
蒼龍の空母艦載機(九七式艦攻)乗りとして真珠湾攻撃やウェーク島の戦いに参加。その後は瑞鳳に転属
昭和17年(1942年)3月頃、父島付近で索敵中、天候不良もあって瑞鳳に帰還できず行方不明に
戦死認定され、勲7等功6級青色桐葉章を受章。享年20才

玉砕鉢巻

「玉砕」は予科練乙9期の合言葉だったらしい。
恩師の先生に「玉砕の鉢巻も雄々しく元気で張切っています」と書き送った9期偵察員もいるという。

海軍入隊テストの過去問


スレ立ての経緯

343 :これでええか? :2016/11/02(水)19:40:56 ID:ra0 ×
因みにここにたどり着いたのは
2ちゃん VIPでしらべたら出てきてスレ立てた

展示

2017年5月2日から28日にかけて、茨城県の 予科練平和記念館 20世紀ホールにて、一部遺品が展示された。

また、期間中は会場にて蒼龍新聞のコピー(昭和16年11月19日・11月23日・11月27日)が無料配布された。


関連リンク



コメント欄

  • ほんとこのスレだけはドキドキしながら見とったなあ -- (a) 2016-12-19 13:58:11
  • 42 :これでええか? :2017/03/07(火)19:13:56 ID:CqS × ではご報告です! 5月2〜28日にかけて 清守さんの遺品展示のお話を頂き、ご協力を経て 予科練平和記念館 20世紀ホールにて一部遺品を展示する事になりました! 無料で観れるので興味のある方は是非お越し下さい! (記念館、中の展示は有料になります) 2件 43 :これでええか? :2017/03/07(火)19:15:30 ID:CqS × http://www.yokaren-heiwa.jp/index.html こちらです 今後ホームページやパンフレットも出来るみたいなので、随時報告させて頂きます。 -- (名無しさん) 2017-03-14 17:43:50
  • ネタwikiらしからぬ内容の濃いページ -- (名無しさん) 2017-03-18 12:35:24
  • 詳しい人のブログとかたまに見るわ。勲章とかも保存されてた模様 -- (名無しさん) 2017-03-25 16:56:04
  • すっげー -- (名無しさん) 2018-08-30 21:36:05
  • 心優しい家の人達だから、こんなにも感動的な繋がりが生まれたんだろうなぁ。スレを読んでいて、清く正しく生きることの大切さを学んだ気がする。 -- (名無しさん) 2019-01-05 04:33:17
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