異国から訪れし新たな星(仮)

薫桜ノ皇国から大慶帝国へと渡ってきたグザンの三名が馬国との国境に程近い集落に立ち寄った際の事。

その集落の長から『猪 武能』と言う者が近年狼藉の限りを働き皆怯えている、何処其処に居るという事なので欲しい物があればくれてやるのでこの集落だけは襲わない様話をしてきてくれないかと乞われた。

まだ冒険者としても駆け出しであり、路銀も少なく報酬とは別に集落に滞在中は衣食住に関しては集落の長が立て替える事を条件にこれを了承。
を借りて蔦と苺を集落に残すと妖刀魔鏖を預けて武能が天幕を張っている所へと一人赴く。

武能は近くの集落から一人で来たと言う使者にその度胸に免じて天幕に入る事を許すと腹が減ったろうと皮を剥いだ生のを寄越す。
周りに居た武能の息子等はこれに人間が肝を潰すだろうと思いニヤニヤと笑って見ているとグザンは『有難い』と合掌の後に平然とこれを手掴みにムシャムシャと平らげてしまった。

武能の息子等が唖然としているとその豪気に気を良くした武能は次は喉も渇こうと大瓶に一杯の濁酒を寄越す。
武能の息子等も次こそはこの人間も肝を潰すだろうと見ていたがまたしてもグザンは『忝ない』とこれをガブガブと瞬く間に干してしまった。
愈々この使者が只者では無いと色めき立つ息子等を一喝で鎮めた武能は自身も大盃に濁酒を呷りながらグザンを勇敢な『猛き者』と認め話を聞こうと発言を促す。

そこでグザンは武能に集落の長の言葉を伝えるがその様な重要な役目を部外者に押し付けあまつさえ自身の治める集落を守る事さえ半ば放棄したような軟弱さに同じく長として、また部下の命を預かる身として激怒、『猛き者』の言葉なら耳を貸すが我らが従うは『強き者』のみとその集落を明朝日の出と共に蹂躙すると言い放ちグザンを追い返す。

集落に戻ったグザンが集落の長に言われたままを伝えると激しく狼狽しどうしてくれるのかと憤るがグザンは力で屈服するより他に無かろうと平然と言ってのける。
やれるものならお前がやって見せろと尚も憤る集落の長にグザンは二つ返事でこれを了承。
集落で一番速い馬と陣を張るので集落の外れの墓地を貸すように言うともうどうにでもなれと了承し、それを聞いたグザンは宿屋に戻るや否や崩れ落ちるように寝床に倒れ込んだ。
曰く『歓待を受けたがこの辺りのそれは少しばかり自身にはきつかった』との事。

明朝まだ日の昇らぬ内に有り合わせの物で墓地に陣幕を張って陣とすると苺を遣わせて集落の住民をその陣幕から最も遠い倉へ避難させる。
まず蔦が怨霊魔術で墓地の死骸からスケルトンと少数ながらゾンビを、墓石からグレイヴストーンゴーレムをそれぞれ作成し雑兵を用意する。
昨日の宣言通り日の出と共にアーミーボアに股がり武装して終結した軍猪鬼の軍勢に対峙すると鏑矢を放ちこれを合図として合戦の開始とした。

最前線に配置したグレイヴストーンゴーレムを壁としつつ後衛のスケルトンが投石を行い、最前線を抜けて来た相手にスケルトンやゾンビが群がる様にして一体多数で攻撃を仕掛けると言う布陣に軍猪鬼の軍勢がじわりじわりと数を減らし攻めあぐねいている中グザンが動く。
騎馬を駈って正面から斬り込むと元より馬上での使用にも適した大太刀である妖刀魔鏖の間合いを活かして次々と斬り伏せて行く。

遂に特別に大柄なアーミーボアに股がった武能の前まで来ると既に刀傷や矢を受けていたがそれでも意気軒昂に昨日は馳走になったと礼を述べ名乗りを上げる。
その意気や良しと武能も応じて名乗りを上げると互いに騎上で大太刀と馬鍬で激しく打ち合うも決着が着かずに先に騎獣が参ってしまい共に揉み合いながら地面に転がる。
他の軍猪鬼が好機とばかりに加勢に入ろうとするのを武能が一瞥にて制すると仕切り直しとばかりに互いに打ち込み鍔迫り合いの様相を呈する。

最初は体格で勝る武能が自身が魔王となり部族の誰もが飢えない国を作ると発して一歩二歩と踏み込む。
だがグザンはそれを小さいと喝破し、ならば自身は誰も飢える事の無い泰平の世を築こうと負けずに発すると奮起し満身の力を込めてこれを押し返す。

お互いに足元の地面が陥没する程に踏み込み暫し拮抗するも徐々に武能が押され始めて遂には馬鍬を手にしながら両の膝を地に着ける。
己の敗北を悟った武能はそれでも尚力を微塵と緩めずグザンこそ己の部族の為に魔王候補を名乗った自身よりも魔王らしいと言い『強き者』であるグザンこそ次代の族長であると最大の賛辞を送る。
それを全て聞き届けたグザンは渾身の力で持て武能を斬り伏せると魔鏖の毒気で武能の全身が腐り落ちてしまう前に小刀で首を落としその首級を掲げて勝敗は決したと勝名乗りを上げて自身が次代の族長であると宣言する。
新たな族長に平伏す軍猪鬼達に追って沙汰を待てと告げ帰らせるとグザンは凱旋するのであった。

新興ではあれど魔王候補を名乗る猛者を打ち倒したグザンという勇者候補の名はこれより広く轟く事となる。

後に事後処理の為蔦と苺を連れて軍猪鬼達の天幕を訪れると新たな族長就任の宴が催され捧げ物として次々に家畜や酒等が用意されたが前回の様に剥き身の羊や大瓶に酒が出てこないのでふと不思議に思ったグザンが生き残った武能の息子の一人に聞いてみると顔を青くして何やら取り繕おうとする。

まぁまだ事後処理も終わっておらずゴタゴタしている所へと突然の訪問であり準備が間に合わない事もあろうとグザンが思っていると捧げ物の列に軍猪鬼の娘達も加わる。
聞けば族長を襲名した者は前の族長の血族を取り込んでより強い血を残すが慣わしとの事で目の前の娘達は皆嫁入りしていない武能の娘や孫であると言う。
今度はグザンが「…ゑ?」と固まる番であったが上に立つ者として受け取らないのも非礼と大いに飲み食いし供の二人と軍猪鬼の娘達と共に一夜を明かした。

軍猪鬼達の天幕で一月程を過ごしながら幸いにも戦死者が多かっただけに食扶持が少なくなったのもあり略奪を辞めて元の遊牧民へと戻るように指示し、自分は大義の為に世界を平らげねばならぬと言い代理として生き残った武能の息子の一人に管理を任せて彼らの下を後にした。
以降その部族は略奪を辞め鏖金の明星の旗標である竜胆の紋を掲げ己らを『狗山』の『走狗』であるとして姓を狗に改めて以降は狗の一門と名乗る様になる。

余談ではあるが後に烏の濡羽をした黒毛の個体が増えたそうな。

その後集落を後にしたグザンは集落の長から試練山の事を聞きこれを一人で踏破。
元よりグザンは剣術・体術・気功の三要素からなる桜華流の免許皆伝であり、気功を扱う才覚にも秀でていた上に魔力も豊富であった為にそれを認められて仙力を得る方法の教えを受け、以降もこの修練を続けてゆく事となる。


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最終更新:2022年06月30日 11:24